20歳で大人?そんな観念かなぐりすてろ。は、それが第一腐っている原因じゃないのか。精神年齢がそこまで達しているのか?そこまで達していたとしても徳のない利益に動かされる傀儡ではないか。人間の屑という発言をするやつ……そいつも屑で。私は人間の屑なんて言わない。人間は屑だと申し上げましょう。(そういう私も屑ですが)こういうと反感を持つ人もなかにはいるでしょうが、それは、ただ自分の自尊心を傷つけれられたというだけで、人間の尊厳を理解しきっている、あるいは考えている思想家が、その意見に対する反論をもっているのではない。自尊心、プライド、人間の過信の賜物、そんなことしかありません。だから、「生きているだけでは意味がない」「あんなに長生きして、何がうれしいんかわからん、ただ、年寄りの醜態をさらしているだけ」だとか、人間に対すぼうとくをすると親は怒ります。「なにいってるの?」いや、私はただそのままを申し上げておるのです。あなたこそ何をのたまふのですか?と心のなかではいつもそう存じております。
 私は「人間、生まれたからにはどこかいいところがある」という過信がとことん気に入りません。これは崇高な理論であって、一般の人が使うにはほど遠いことです。私でさえ使うことは困難でしょう。愚衆はいいます。人に非難されたとき、あるいは批判されたとき、それを直そうとはせずに、この崇高な盾をつかって、下劣な自分を隠すのです。本当に気分の悪い。この言葉を盾に使うなど、本当にばかけている。これは自分を写実されるときに、使われることばであって、そんなために使われる下賎な言葉ではない。 
 そんな生まれたからってなんでいいところがあるんだ?逆にそう考えたやつはいないのか?いろんな生活を通して、考え、努力を積み重ね、徳とは……仁とは……本質とは……と考えてきたもののみが……そう、いろいろなことを考えてきたもののみが、いいところ、悪いところをわかるのであって、そんな何もせずにぼうふらみたいにどぶのなか彷徨い歩いていたやつが、いきなり「うまれてきたからにはいいところがある」なんていうのは、激甚な違和感を与えるのではないか?生まれてきたからにはいいことがあるなんて、盲目的思考はやめろ。かなぐり捨てろ……。神が泣き喚くぞ。私は無神論者であるが、あなたたちにとっては神は存在するであろう。その神というものが泣くんだ。それでも、自分が高貴であると思いつづけるのかい?ふん、勝手にしていればいい。私の一生はあなたにはまったく関係ないことだ。あなたが下賎であろうとなかろうと、私の及ぼす影響は何もない。ただ、その思想体系だけを待っている。
言葉の盾
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