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開設のご挨拶
「井戸掘り」を主調に徒然に拙文をしたためたいと思います。

ひとり言レベルの文章でしかありませんが、ひとり言を誰かに聞いて欲しい夜もあります。
そんな私の我儘におつきあいくださる方がひとりでもふたりでも見つけられれば満足です。

HP開設に際して娘(大学1年、春休みでただ今帰省中※2002年)の協力を全面的に得ました。

つまり私とパソコンとの関係はその程度ということです。その程度の関係ながら果敢にITの恩恵に与りたく勇んでの出陣です。

「井戸掘り」というのは、今の私の生活のテーマです。前出の娘が6年前拒食症を発症しました。
この6年は娘にとっても私にとっても出口の見えないトンネルのなかで彷徨っているような絶望感にまみれた日々でした。

去年の秋頃、その暗闇の中で僅かな灯りが見えるように娘に小さな変化が現れ始めました。
劇的な改善が見られたわけではありませんが、それでもトンネルは抜けたように思いました。
ちょうどその頃、河合隼雄さんと村上春樹さんの対談集を読み、その中で「井戸を掘る」という言葉を見つけました。
河合さんが、村上春樹氏の「ねじまき鳥クロニクル」に触れて「井戸を掘る」ことの大切さを話されていました。
人はその意識の深いところで繋がりあっている、だから井戸を掘って深い深いところへ降りて行くことはとても意義深いことだ、
というようなことを話されていました。私はその話し、その言葉に強く感応しました。
「ああ、そうか私はトンネルの暗闇で彷徨っていたと思っていたけれど、井戸を掘っていたのかもしれない」と思いました。
その思い至りは発見でした。

娘の突然の変調からのこの6年の苦しく辛い日々は、
私の人生の中で必要な井戸掘り作業に向かわせるために何者かの意思によって私にもたらされたものなのかもしれない、と思いました。

その発見が正当なものであるかどうかよりも、その思いによって得られる力を手に入れることのほうが私にとっては現実的な選択でした。

ということで私はただ今井戸掘り続行中です。
井戸掘りの反対語は「旗立て」です。

足元の井戸を掘らずに、旗や看板に趣向を凝らすことにあくせくしている人たちがいます。

そういう人とは友達になれないし、なるべく関わらずに生きていきたいと思っています。

でも、この年まで生きていると、旗立てる人たちの心にも悲しみや痛みがあることを知っています。
ただ私は私の心の痛みや悲しみを、井戸を掘ることで癒していきたい、そういう生き方を選ぼうと思います。
娘との関わりの中でおしえられたこと、今だに学べずに悩みつづけていることも書き付けておきたいと思っています。
ある種の闘病記という趣にもなるかもしれません。

開設初日に志は山のごときではありますが、ま、ぼちぼちやりましょ。本日はこれにて。

2002年03月21日 01時10分28秒