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聖書の中にはイエス様による癒しの奇跡が、四福音書の随所に示されていますし、人々に依っては、この癒しの奇跡が、キリスト教の本質で有るように受取っており、その様に教えている一派も有りますが、ヨハネは神様は全能で有り、何も出来ないことがないと言う証として、キリストを信じる信仰に対す神様の恵みがこの様な癒しの奇跡を行わせているのだと意義ずけています。主は凡てをご存知で有り凡てを、愛と恵みにより癒して下さる方なので、例え其れが肉体的苦痛を和らげられなかったとしても、イエス様の癒しは、私達の心の中に、そして其の苦痛を通して、神が一緒に居て下さるのだと言う確信を私達にお与え下さるのです。主は私達が歪んだ、又は張り切り過ぎた自己中心的な生活の中で悔い改めて癒しを求める時、私達の祈りに答えて癒して下さるのです。「あなた方の中に、苦しんでいる者があるか。其の人は祈るがよい。喜んでいる者が有るか。其の人は讃美するがよい。あなた方の中に病んでいる者が有るか。其の人は、教会の長老達を招き、主の御名によってオリブ油を注いで、祈ってもらいなさい、信仰による祈りは、病んでいる者を救い、其の人を立たせて下さる。且つ其の人が罪を犯していたなら其れも許される。」ヤコブ5;13-17 と有ります。
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