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日曜日、正午を少し過ぎた頃。 「面白いなー、2丁拳銃」 自宅のリビングでテレビのお笑い番組などを観ていた三塚松理(ミツヅカマツリ)の携帯に、山我轢(ヤマガレキ)、通称我轢(ガレキ)から連絡が入った。無表情に用件のみを伝えるその素っ気ない文字面は、松理が考える自分と我轢の距離をそのまま反映したようなものであり特に気にはならなかったが、相談事があり既に家の前まで訪ねて来ている、というその内容は、送信先を間違えたのかそれとも気がふれてしまったのかと心配を煽った。 小さじ二杯のグラニュー糖を溶かしたホットミルクをお供に、ソファの上に体育座りをしてくつろいでいた母の千秋(チアキ)が、携帯の画面を見て首を捻っている松理の様子に気付く。 「どしたのまつ、木箱を開けたらへその緒じゃなくビジュアルメモリから抜いた大量の要らないボタン電池が入ってた時みたいな顔して」 「喩えは簡潔に直感的に、これ母さんの教えだぜ」 「じゃあ言い直し。レンタヒーローNo.1のビジュアルメモリ用ゲームで遊んだ時みたいな顔して」 その母親の渾身のボケを、松理は見て見ぬ振りで遣り過ごす。 「うん、るると同じクラスの我轢ってのが相談があるって言ってきてるんだけど、俺とあいつってそんな仲だったっけと思って」 その松理からの冷遇を特に気にしてないように、千秋も話を先に進める。 「我轢くんて、いつも空希くんにくっついてる背のちっちゃい元気な子でしょ。母さん知ってるわよ」 「趣味はスポーツ、特技は運動の健康優良児、そのくせして何故か対戦格闘ゲームだけ天才的に巧くて、デモプレイを数回見ただけで独自のシステム理解して実際にも使いこなす、なんてちょっと羨ましい特殊能力の持ち主」 松理のその説明に続き、テーブルの上にきのこの山を箱から出して並べ、今から食べる分と夕食後の楽しみとする分とを選別していた、松理の双子の妹のるるが、付け加える。 「でも、我轢くんはお勉強はちょっと苦手なのよ。ものの価値を決めるのは自分自身の心なのだから有価証券売却時に損益が発生するなんて有り得ないって言い張って取り付く島もないのよ」 「いずれにせよまつを見込んでの相談なら、冷たい事言ってないで聞いてあげなさいな。背丈が同じくらいのよしみでさ」 「関係ないよね、身長の高い低いは今は絶対関係ないよね」 果たして。 場所を移した先の近所の児童公園にて松理は、唯一空いていた遊具のシーソーに我轢と向き合う格好で跨り、まるで想定していなかった恋愛相談を受ける事になるのだが、やはり、それを自分のところへ持ち込んでくるなど酷く前後不覚に陥っているのかそれとも危ないきのこでも食べたのかと、疑心を抱かせた。 「そういう話ならお前、俺より適任者が山ほど居るじゃん小野先輩とか、国見さんや清流さんもきっと親身になってくれるだろうし」 「俺も俺なりに考えて、その上でお前が一番適任だと思ったんだよ。なにしろ今度の相手、年下で、ちょっと妹みたいな雰囲気もあるから」 「だからってなんで俺が適任なんだよ」 「とにかく、対策ってゆーか攻略法ってゆーか、ブルーの銃を俺はどこで手に入れればいいのか助言して欲しいんだよ」 我轢のその、自らの感情に対し率直に過ぎる行動を、素直に過ぎる発言を、微笑ましく、羨ましく思うと同時に共有を求められた事に関してはすこぶる照れくさく感じてしまう。だからテーマパークを出て直ぐに鼠の耳付き帽子を慌てて脱ぐみたいに、松理がついつい口にする。 「お前は馬鹿か、馬鹿なのか」 「おい馬鹿って言うな、俺を今日太と同じ括りにすんな」 激しく抗議する姿は真剣そのもの、その思い込みの強さが滑稽に滲む。 宝町高校に於いて音楽室を溜まり場とする生徒の一団、類は友を呼ぶ形で集った彼らは端的に言えば厄介者の集団なのだが、その一員らしい我轢の一面を、松理は見た気がした。 track 29山我轢のそんなあのコにDokkin'恋====================富裕層と呼ばれる人種の食卓に上がる想定の下であるからそれは当然のように、伊勢海老だ。 その想像上の伊勢海老を背中から持ち上げ、威容を誇る甲殻を以て相手にダメージを与えんとする攻撃技、即ち。 「海老でカッター」 絶大な効果を期待出来る反面、それを全額で発揮し得るかは躊躇せず放てるかによる事から使い手として相応しいのはやはり真に富める者に限られる。 その特殊な攻撃技に対する唯一有効な防御技が即ち、想像上の伊勢海老を背中から持ち上げ甲殻の彼硬度を以てダメージに備える、その名も。 「海老でガード」 以上の二大技による熾烈なる攻防戦が、るると、るると同じく一年生の千葉今日太(チバキョウタ)の間で繰り広げられている。 眼前のそれに、三年生の小龍包虫男(ショウロンパオムシオ)、通称小虫(コムシ)が参加をしていない理由が、馬鹿馬鹿しいとか幼稚だと感じているからではない事は、彼がその右手に既に想像上の伊勢海老を掴んでいる事からも一目瞭然、しかし、必殺技を繰り出す際は技名を叫ばねばならない、という不文律が存在する以上、小虫はその右手を垂下したままで堪えねばならない。それは携帯の電波はおろか外来語も届かない山奥の孤児院出身者としての宿命か、或いは、いずれかの宇宙に御座す大いなる意思の無理圧状によるものか、誰にも解らない。それでもその大いなる意思に己は楯突くべきであると反抗心を覚えれば、その不甲斐なき自分自身に対する苛立ちを、逆さにした鉛筆の尻で以て高橋名人張りの速度で机を叩いて表し、その音を聞き付けた神代国見(カミシロクニミ)や小此木木野羽(オコノギコノハ)、通称此羽(コノハ)が駆け付ければそこで小虫は紙片になにをか書き付け、それを駆け付けた者が翻訳する、という一連の流れがお定まりとなっている。 「言わばアイデンティティークライシスのこれが表面化した形、という、ま、そういう寸法さ」 「或いは融通のきかん調子こきがダブルバインドに陥った状態や。ほんま難儀なやっちゃで」 国見、此羽の順番で、そうして小虫の心情が言語化されると、しかし七面倒な過程を経た割には単純至極の見たまんま、応えて松理がお得意の。 「そうやってなんでもかんでもを浸透率の怪しい薄らぼんやりとした横文字に置き換え免罪符みたいに利用して諸々を煙に巻こうとする昨今の風潮に対して思う俺の大いなる違和感は、まぁ、ともかくとして、単にあんたの場合は横文字嫌いなだけじゃん、アレルギーなだけじゃん」 ばっさりと、一刀両断するようなものの言い方で突っ込む。いやさ突っ込みを隠れ蓑として追求を避けたその実相が、小虫を這い蹲らせているものが在るとしてそれは触らぬなんとやらに祟りなしという類のものであるという理屈を経験則として呑み込んでいるが故の柔和な、ともすれば軟弱なそれは態度であり、車寅次郎の恋が成就しない理由を、或いは葬られた筈のジェイソンが再び活動を開始するメカニズムを、検証するなど愚の骨頂とする日和った考え方に過ぎない。 しかし、王様が裸で居る事を誰も指摘しない状況に疑問を持つ輩は必ず出現するものだ。その不穏分子の役割をこの場で演じ得る者の名前を言えばそれは、今日太だ。 今この機会が絶好と、今日太は、前々から気になっていた事を確かめるべくにお定まりの一連の流れの中で作成された小虫の書き付けを、対峙するるるから繰り出された海老でカッターに対して海老でガードで応えながら、盗み見た。 それは、どのように勘案して国見がアイデンティティークライシスと、此羽がダブルバインドと、翻訳したのか摩訶不思議でならないが、ともかく、似顔絵だったのだが。 行く先々で殺人事件が起こる事から自分こそが犯人ではないかという強迫観念にとらわれ、自らの潔白を証明する為に先ずは無関係の他者を事件関係者に見立てた上で完全に再現、その実行過程からヒントを得て犯行内容を推理するという小学生探偵の活躍を描いた国民的テレビアニメの主人公、未成年の俺はいつも無実、の決め台詞でお馴染みの彼の、似顔絵だったのだが。 下手ではないが巧くはなく、なんらの欠落もないが大事ななにかが吹き込まれていないような、額装の裏に貼られたお札のような、年寄りに羽毛布団を勧める営業マンの本音のような、知らずにいた方がよい事実をただ徒に喋り出しそうなそんな剣呑な雰囲気が。 その似顔絵には、小虫の書き付けには、宿っていた。 世の中には踏み込んではいけない場所が歴として在る、そうした道理を教えられたように思いぞっとした事実をそっと我が胸に閉じ込めて今日太は、勝手に拝借した親父の背広に身を包んで臨んだ繁華街の無料案内所前から何もせずに引き返すみたいに、何事もなかったかのように。 ただ無邪気に。 「海老でカッター」 を繰り出す、といった具合の普段と変わらぬ光景が、始業前の、宝町高校の直線型校舎の三階南端、音楽室にて繰り広げられていたその一方、同室内、別の一角では普段と違う新鮮な光景が展開していた。 即ち二年生の小野京美(オノキヨミ)が、先輩である三年生の海乃花(ウミノハナ)、通称花乃(ハナノ)を慕い、昨日の自分の放課後の過ごし方を話したり今日の数学の小テストの対策を教わったりなどする場、そこに、新顔の一年生の男子が加わり、自身の携帯電話に保存してある、彼の大学生の兄が主宰する外遊びサークルのバーベキューパーティーに参加した際のスナップショットを見せて感想を求めるなどといった光景だ。 「サイコーに楽しかったんで、なんなら今度一緒にどうです、誘ってあげますよ、SNS」 そう言った新顔が、続けて両手の親指をそれぞれ立てながら、陽気に。 「いいね、いいね」 その押しの強さに気後れした色を滲ませながら、京美が応える。 「でもここに写ってる人の誰も知らないし、あたしは遠慮するよ」 「心配ないですよ、ノリの好い、親切な人たちばっかりなんで、SNS。いいね、いいね」 その様子を、遅れてやって来た三年生、生徒会会長の清水逸流(シミズイチリュウ)、通称清流(セイリュウ)が不思議そうな表情で遠巻きにしながら、松理に訊ねる。 「彼は、一年生のようだけど」 応えて松理が即座に端的に。 「学校裏サイトって、分かります」 と質問返し、しかも脈絡のないようなこれに清流は不意を突かれる、が、咄嗟に、モデルがランウェイでするみたいに制服のブレザーの前を左右に開いて静止して見せる。表情を見ればその回答に自信ありという様子、ならば自分が思うように処理が必要な事故は起こっていないものと判断し、松理が、話を先に進める。 「そのURLを教えるのと交換に仲間に入れて欲しい、今日太辺りがその一員なら自分だって有資格者の筈、だそうですよ」 国見ただ一人がその正式な部員たる軽音楽部を核に音楽室を溜まり場としている生徒の一団、これが外部からは軽音部周辺人脈だとか音楽室組だとか、小虫組だとか、そんなふうに呼ばれている裏には若干の侮蔑か或いは憧れが、込められているのだろう。 「例えば困っている人が居たなら駆け込み寺のように思って欲しい、と個人的には願っているけども」 「少なくともあいつの場合はそんな感じじゃないでしょうね」 「小野さん狙い、かな」 「どうなんでしょうね。でも実際、文化祭で俺らが演った音楽劇を観て小野先輩に惚れたとか推し変したって話、ちらほら聞きますしね」 「小虫くんは、なんて」 「裏サイトに興味のある奴が居ればそいつの権限で仲間に入れてやれ、て。でも個人としては眼中にないみたいですね。大体、初手から交換条件なんて言って寄越す奴を小虫がどう思うかなんて考えるまでもない事ですけど」 清流と松理の視線の先ではちょうど小虫が、るるや今日太らと一緒に、右手に掴んでいた想像上の伊勢海老を捌いて豪勢な食事を楽しんでいるところだった。 「撮影後にスタッフがおいしくいただきました的なこれはあれだ、見事なリスクマネジメントだ」 「ともあれ誰も歓迎していないという事かな。円将くんも鋭い視線を飛ばしているものね」 と、清流に名を挙げられた六神円将(ロクガミエンショウ)、松理と同じ一年A組在籍、が、想像上の伊勢海老の味噌汁を椀を被るように飲み干してから松理と清流を顔だけで振り返る。 「そりゃ俺だって、本物の伊勢海老を食ってみたい気持ちがありますからね」 「違うよ、奴を気に入っていないようだって、清流さんの指摘はそっちだろ」 松理にそう突っ込まれ、椀と箸を置いた円将が椅子の上を尻で半回転、身体ごと松理と清流に向く。 「人付き合いも結局は技術、ですから二分もあれば二年前から自分はここに居たみたいな顔をする事も難しくはないです。ただ実際にそれをする為にはなにかを犠牲にする必要があって、その結果として心の濁った俺は代償を払わずにそれをやってのける人種を全力で妬むし全身全霊で嫉む、それだけの話です。但し来る者拒まずが小虫さんの基本姿勢である以上、部外者との問題解決時に暴力の行使を禁ずる教え同様に呑み込むだけですよ」 或いはその想像上の伊勢海老を円将の眼前に存在させているものが内から零れる嫉妬心なのかそれとも内で膨らむ憧憬の念なのか、清流には判らなかったが。 「いずれ気に入らない、て事だね」 「いずれ気に入らない、て事です」 いずれ良性のものと作用してくれる事を願うのみであった。 翌週、始業前。 自分の教室がある二階と、音楽室のある三階とを繋ぐ階段の踊り場にて京美は、人呼んで踊り場ギャングの活動現場に遭遇した。 何故か他者からの訂正を受け入れず頑なに、階段の踊り場を通過する際は必ず踊りを踊らねばならぬという認識を譲らず、故に実際に、階段の踊り場を通過する際は必ず踊りを踊る彼、なにかの願掛けのように胸の辺りまで伸ばした髪を左側面に一束だけ残して御河童にした二年生の青空勇希(アオゾラユウキ)、通称空希(クウキ)のその踊り場での行動が周囲に反響を呼び賛同者を集め一時的に占有状態を敷いた場、これが即ち踊り場ギャングであり、この日のメンバーは、頭の両脇にこさえた肩に届くかどうかの髪の束を小動物のように振り回す女子、るると、栗のいがみたいな短髪の男子、我轢であった。 しかし今日のこの場は踊り場ギャングと呼び得るものだろうか、と、京美に首を傾げさせたその彼らの普段とは異なる、或いは踊りとは呼べない動作とは、壁に対し肩口から体当たりをしつつ得意気な表情で決めてみせる、というものだった。 「これで男らしさのアピールは完璧なのよ。だから壁ドンはとっても素敵なのよ」 と、るるが請け負った。 「今の我轢くんには必修だね。これで連続失恋記録も食い止められるね」 と、空希が屈託なく言った。 そして我轢は。 「ワイルドだろぉ。ワイルドだろぉ。どうだいこの上なくワイルドだろぉ」 と、永久機関を埋め込まれた自動人形みたいに一心不乱に壁への体当たりを繰り返していた。 その光景を目にして京美は反射的に、或いは天啓を得たように。 ど、どすこい同好会だ。 と思った。 その何らかの名称が実際は、如何なる実態、或いは嗜好、或いは経歴、或いは主張を持つ団体、もしくは個人、もしくは経済活動、もしくは売名行為であるのか、京美には判断をしかねるものだがしかし脳裡に浮かんだイメージの言語化を試みれば、それは。 ど、どすこい同好会だ。 という言葉になるものであり、むしろそれ以外の名称を受け付けぬ気概さえ有るように思う。詰まりこの場はいずれかの第三者がどすこい同好会と認識する事により完成形を見るのであり、京美は内心で。 ど、どすこい同好会だ。 と改めて呟き、それによりその場をもう誰も手を加えるべきではない状態へ昇華させ、果たして、目出度く、第三者として正式に弾き出された自分は晴れて別の階段を使う事にして三人の誰に声を掛ける事なくそっとその場を引き返した。 そうやって困難を乗り越えてたどり着いた音楽室でまた、ここ連日と同様に新顔の一年生に捕捉され。 「センパイ待ってましたよ、何しろ見せたかったんスよ、船上パーティーで盛り上がった時のインスタ、SNS。いいね、いいね」 と、蕎麦を塩で食う人種に取り囲まれ同調せざるを得ない時のそれに似た気持ちを味わわされる。新顔の売り込みはこの日、更に激しく、自分は連絡をまめにする傾向にあり大事な相手を不安にさせる事は決してない、などと主張を始める。 「しかも挙句に主演した音楽劇を観に来てくれないだなんて、ノーですよ、すんごく信じられない、SNS。いいね、いいね」 「笑っちゃうくらいにらしいなって思ったけどね。花乃さんとも満場一致で」 「それはでもやっぱり大事にされてない、蔑ろにされてるとしか思えなくないスか、自然に考えて本命相手にそんな事しないスよ、SNS。いいね、いいね」 「君はちゃんと、相手がどう思うかって事を考えてあげられるんだね。偉いね」 と、今日まで新顔の売り込みをやんわりと受け流してきた京美だったが。 「そう考えるのが一般的かなって話ですよ、何事にも例外は勿論あって、然るべきだとは思いますけど、SNS。いいね、いいね」 事ここに至り、さすがに苛立ちを見せる。 「それなら、君が言う小虫くんが絶対浮気をしてるって話も根拠が怪しくなっちゃうから、却下してもいいよね」 詰まり意見を言っても糠に釘、結論ありきの印象操作に付き合わされる徒骨折りに溜息を覚えた状態。 「さすがにそれはお人好し過ぎですよ、呑み込めない事情は分かりますけど、証拠は揃ってんですから、SNS。いいね、いいね」 しかし冷静に、新顔の顔を見詰めて六つ、数を数え、気持ちを落ち着けて深呼吸をした後、こう返す。 「そうやってわたしを人の意見に流され易い馬鹿扱いするのは構わないけど、それをし続けて最後に損をするのは自分自身だって知っといた方がいいよ」 果たして新顔の売り込みは、しかし。 「すんません、なんか怒らしちゃったみたいで、すんません、SNS。いいね、いいね」 遠慮や衰えを知らぬみたいに翌日からもまた今までと変わらぬ熱量で続けられるのだった。 たとえば放課後、友人の積もりで居る連中に付き合い小さな箱型の部屋に詰め込まれて不平不満を叫んだり、桜かもしくは雪が舞う季節に積極的に欲に流され溺れるなどといった未熟な過ちを犯した理由は純情を免罪符にしてしまったが故と今は理解し反省もしているので許してもらえまいか、と請い合う様子を眺めさせられる事が苦痛以外のなにものでもなかったのは、一年前までの事。 高校生となり友人や、仲間などと呼ぼうものなら絶縁を言い渡してきそうな連中とスパーリングを行うように日々を過ごしている今は、学校からの帰り途にカラオケに行く事も楽しみの一つと思えるようになっていた。 それが堕落か迎合か、成長か前進かはさて措いて。 果たして、ここのところの鬱憤を吐き出しマイクを置いた京美と視線を合わせて円将が、言う。 「相当、溜まってますね」 「それは勿論、二週間も、さー、しー、しつこくSNSに付き合わされてるからね、SNS。いいね、いいね」 「無理な愛想笑いは精神を蝕みますよ」 「無邪気なだけなんだろうと思うと無下に出来ないんだもん」 解決を望むなら拒絶あるのみと円将が提案し、解決は成り行きに任せると京美が観念を見せる、その互いの方針を尊重し合って話は終わる。最早常なるのその定型の遣り取りの打開策として円将が。 「間琴ちゃんも言ってやってよ、自分本位で考える事は別に悪じゃないって」 京美の隣に座る両間琴子(リョウケンコトコ)、通称間琴(マコト)に水を向ける。 町内の教会に併設された養護施設に籍を置く彼女は中学二年生、パチンコ屋の駐車場で遊戯中の親を待つ子供らの遊び相手を京美が自主的に務める場、即ち陽だまり教室にも出入りしている。シャツは際どく開襟し、スカートは折り込んで膝上丈、と挑発的な制服の着こなしが様になっており京美と同級と言っても通用するだろうが、それが背伸びか処世術かを判断出来るほど、円将は彼女を知らない。 だから。 「別に責める積もりじゃなく個人的な感想ですけど、円将さんて女性蔑視入ってますよね」 と不意打ちを、それも何をか見透かされたような気にさせるそれを真正面から喰らい、全額のダメージを受けて戸惑う。 「なにを根拠にまたそんな、言い掛かりを」 「オンナの勘です。それか同族嫌悪ですね、私もオトコ信用してないんで。利用価値がありそうなのしか相手にしないんで」 なるほど戦闘服姿が堂に入っているのも当然だと、円将が甚く感心。しかし。 「処女でビッチがまこっちゃんの売りだからね」 と、補足する京美のものの言い方が軽薄に感じられ、真面目な表情を作って見せる。 「それ、いつか痛い目見るやつじゃないですかね」 果たして。 「用心するよう口酸っぱくして言ってる。自分の経験も話してる」 応える京美の態度は清々しく、ならば自分は御呼びでないと得心。 「本人がどう受け取るか、ですか」 「小虫くんならぶん殴ってでも言う事聞かすのかな。でもあたしはあたしなりに出来る事をやってる積もり」 そんな二人の会話を余所に間琴は、心中上等で愛を乞えと女性視点で綴る過激な歌詞を可愛らしい曲調に乗せた歌を、振り付けまでも完璧に再現する事で以て売女としての能力の高さを見せ付け、円将を納得させたのだった。 テレビ放映は週に一本、テレビ局資本で製作された邦画が流れるかどうかという実情、そこに、返却期限が気になりレンタルでは落ち着いて観賞が出来ないという個人的事情が重なると、映画を楽しむ為には劇場に出向く以外にないという必然状況が生まれる。しかし、沖縄県那覇市の映画館事情、その殊に料金体系は都会のそれに準拠したものであり貧乏人には厳しいと、那覇在住のweb小説家、火ノ下施恵(ヒノシタシケイ)、通称火施(ホセ)はそう零した。 賑やかな国際通りから外れ人通りも疎らな場所に在る単館劇場、その近くで終夜営業をしている串焼き屋台で鶏ハツの歯応えに感激しながら松理が、火施のその渇欲に対する救済措置として、映画好きだった父親が遺した蒐集品を送ると請け負った。その話を聞き付けた叔母の旦那、四菱秀(ヨツビシシュウ)もまた自身の蒐集品を供したいと名乗りを挙げ、果たして、4TBの外付けHDD2基におよそ1,000本のDVDが落とし込まれた。その作業を請け負ってくれた相手から完了の報せを受け、ちょうどバイトも入っていなかったこの日、松理は、放課後に男子寮に向かった。 携帯電話の電波はおろか外来語も届かない山奥の孤児院出身者が棟ごと借り上げ共同生活の場としているアパート、その二階の角部屋、電気使用量一番を誇る205号室が松理の目的地、電算室と呼称され、軽音部周辺人脈発のインターネット事業及び関連業務を担っているその部屋の住人は、ふくよかな体型の負可和封加(フカワフウカ)、通称負封(ブフウ)と、丸っこい体型の槙慎実太(マキシンジッタ)、通称慎太(シンタ)、共に30代後半にして就業及び社会経験皆無の引き篭もり、先細り必至のじり貧状況に在るを自覚しながらしかし気を揉む様子がない二人。 攻略対象を全てぽっちゃり系に限定し、ダイエット活動に励もうとする彼女たちの邪魔をして体型を維持させつつ親密になり、最終的に伝説の樹の下で愛の告白を受ける事を目指す恋愛シミュレーション、スマホ向けゲームアプリ「そんなあの娘にどす恋ラブ」の堅調な売上げが詰まり、その開発を手掛けた彼らがぬるま湯生活を許されている理由だが、「そんどす」もしくは「どすラブ」と略されるそれも今でこそ一本立ちしているが元は派生作品、メインヒロインの出自はやはりゲームアプリの空地運営シミュレーションでありその原案者が松理、故に、負封と慎太は常に松理への感謝を忘れず、そして松理も、自分の好きな事だけをして悩みもなさそうに生きている二人に好感を覚えていた。 果たして、二つノックをした後に電算室の扉を開くと、普段通りの肥満体型のおっさん二人が常居する部屋のそれとは違う、とても爽やかな檸檬のような匂いがした。玄関から見える居室の一部に制服姿の花乃と、彼女に向けてデジカメを構えている慎太の姿が見え、松理は咄嗟に、これが戦慄を覚える理由を伴った事態でなければいいと祈った。 詰まり、先入観で以て酷い決め付けをしたものだ、という話。 国見が主宰するインディーズレーベルは、戦略の一環として対外的に、花乃扮する現役女子高生が代表者として単独で全業務を取り仕切っている設定になっている。その公式ホームページの編集も電算室で行われるが、業務日誌の体で綴られる宣伝用ブログには花乃が顔を晒している。松理がてっきり、少女の性的な何某かが中年男性の暴走した性的妄想に買い付けられている現場だと想像したその撮影の実際のところは、所属アーティストの新譜が焼き上がり出荷準備が整った旨を予約購入者向けに報告しつつ潜在需要の覚醒促進を狙うブログ記事用に行われていたもの、落ち着いて観察をすれば積み上げられたCDがそこには在り、今までも現役女子高生の添削を受けながらおっさんが書き上げた捏造記事をにやにやしながら読んでいたのだから、直ぐに事情を察するにヒントは足りた筈。 「ぶふふー、おーれたちゃ人畜無害だってのにひどいぜまつりー」 と、負封が松理の失礼な早とちりを朗らかに笑い飛ばし。 「もう二人にはるるを会わせられないとか思っちゃいましたよ、すいません」 「しかしるるくんと花乃くんでは方向性がまるで別、一括りにするのは如何なものだろう。それとも理解出来ていないというなら喜んで解説をさせてもらうが」 と慎太が、人の評判などを気にしていたら絶対に口に出せないような事を言い銀縁眼鏡の奥の瞳を澱ませて、喉の奥で笑う。 普段通りの雰囲気が再現されると檸檬の香りはすっかりと失せ、太った二人のおっさんが仲良く暮らす部屋の匂いが蘇る。 そうして。 実在しない想像上の人格が実際のお知らせを発信する虚実ない交ぜの記事が広大なweb上のとあるブログに書き加えられると同時、その悪巧みが行われた電算室の扉がノックされた。 「ぶふふー、おー待ちかねの夕食だぜー」 「食事も突き詰めれば排泄と同義、人生に於ける無駄な時間の最たると俺は主張したいのだがね」 頃合いを計ったように二人分の夕飯をお盆に載せて運んできたのは、空希。 「いつもは我轢くんがお手伝いしてくれてるんだけど、今日は大事な用事でまだ帰ってないんだよ」 その献立を見て花乃が感心。 「美味しそうな切り干し大根。しっかり小鉢を用意する気配りがさすが空希くんね」 「欲しいんじゃないですか女子寮に、空希さんを。もしかしたら一番の女子力の持ち主ですからね」 松理がそう売り込むと、空希がやにわに反発。 「進んで小鉢の用意もするけど僕もこう見えて、男らしい部分もあるのさ」 そうして、得意気な表情を見るにどうやら或る行動で以て男らしさをアピールし始めたのだが、これに松理は大いに困惑、詰まり、階段の踊り場では必ず踊りを踊らねばならぬ法などないと幾ら説いても聞く耳を持たない空希のその純真無垢を、或いは狂気を、頭から否定してまで誤った認識を、それも今後の人生を左右するほど重大でもないものを指摘する勇気を、或いは狂気を、自分は持たないという理屈。 そうやって及び腰になる松理を尻目に花乃があっさりと、壁に向かって肩口から体当たりを繰り返している空希に対して大鉈を振り下ろす。 「壁ドンてそういう事じゃないわよ」 果たして。 「え、違うのかい。じゃあこれはもしかしてただの奇行なのかい」 空希の表情がみるみると蒼褪めていく、それは彼が自らの間違いを受け容れると同時、とある結末を思い浮かべてしまったが故の反応でもあった。 そのとある結末とは詰まり。 脈絡なく唐突に壁に向かって肩口から体当たりをする、という相手に言わせれば不審な行動を、しかも得意気な表情で、その日の逢瀬の最中に何度も織り込んだが為に交際の申し込みに対しこれをすげなく突き返された、という経緯による、我轢の連続失恋記録の更新である。 市立宝町高校二年生の千葉明日美(チバアスミ)、三年生の花乃、そして教諭の四菱綾子(ヨツビシアヤコ)、以上の三人は或る傾向性を以て同一グループに分けられる。即ち面倒見がいいだとか浮ついた部分が見えないだとかそういう話。我轢からみて年上であり恋慕する対象であるという、そういう話。 詰まり、町内の教会に併設された養護施設にボランティアを理由に我轢が足繁く通うその理由は、そこの職員であり子供たちからは、お姉ちゃん先生、の愛称で慕われ心の支えたる存在、百川愛合(モモカワアイコ)、通称百合(ユリ)に対し自らを売り込まんが為だと、誰もがそう思っていた。 故に、我轢失恋の報が一夜の内に音楽室界隈に拡散した際、その結果や経緯に対する好奇心に勝る驚きを皆に与えたのは、相手が教会併設の養護施設に籍を置く中学二年生であるという事実であった。 翌朝、始業前の宝町高校音楽室。 普段と変わらず賑やかなその場に、止せばいいのに修学旅行の日に弁当とおやつを忘れたみたいな雰囲気を着込んで現れた我轢が、ふらりふらりと少しの風にも流されそうな弱々しい足取りで歩を進め、適当な席に着いた。 映画「ロボコップ」の魅力を力説していた松理はそれを中断し、通夜の参列者みたいな表情で我轢の様子を伺い、果たして彼が小さく溜息を零したのを合図に以前に彼から相談を受けていた事実を告白した。 「男らしさアピールすれば大概いけると適当にあしらった事を今は反省している」 その松理の後悔を余所に。 「それより相手、間琴なんだろ。年上にしか興味ないのかと思えば急に趣味が変わった理由、誰か聞いてねえのかよ」 と、兄貴分的な立場上心配をしているのか、それとも野次馬根性を剥き出しているのか、いずれ小虫がにやける。応えて円将が。 「おごらされたかして一緒にカラオケに行った時にDAOKOの「BANG!」を振り付きで歌われてやられたとか。でも実際あれはヤバいですよ、女子に免疫なければ趣味もなにも関係なく一発で落ちますよ」 と、死線を越えた経験を語ると、国見がまた淡白な調子で。 「ま、男の純情ほど厄介な代物もなく踏みにじられた時だけが冷静に顧みる事の出来る格好の機会、これを糧に一皮剥けるなら御の字じゃないかね」 と、全くの他人事として片付けた。 詰まりが慰めも同情も禁物と意見が揃い、松理が「ロボコップ」のリメイク版についての個人的見解を語り始める。そうして誰もが近寄らず、或いは誰をも寄せ付けずで以てのエアポケットが音楽室内に一時的に生じると、そこへ、なんらの禁忌も摩擦も自分には関係ないと言うみたいな見る側が冷や冷やするような身軽さで、飛び込むものがあった。 「そんなに落ち込まなくてもさ、泣かなくてもさ、素敵な人がまたきっと現れるよ、SNS。いいね、いいね」 今日も今日とて二年と一ヶ月前からの馴染みみたいにこの場に紛れ込んでいた、新顔だ。 「相談とかあれば、なんも遠慮なんかする事ないから俺に言ってよ、そういうもんじゃん仲間って一般的に、SNS。いいね、いいね」 彼のその、熟達した者の余裕の軽装とも見える態度を円将は、迂闊な間抜けの軽率な判断と断じ独り勝手に殺気立つ。殺伐たるそうした感情をなによりも好み敏感に感じ取る小虫が、口角を持ち上げ頬に歪を刻む。 「あいつの交換条件を呑んだ奴は誰か居るのか」 「ああ、学校裏サイトか。今の今まで忘れてた」 小虫の問いに応え松理がそう言って、続ける。 「いや、匿名が無責任に発信する陰口を気にする奴は居なかったみたい」 果たして。 「だったら頃合いか」 融通の利かない機械が独特な形状に生み出された完成品を単なる規格外として工程上から外すみたいな冷酷さで、小虫が言った。 「おい新顔、望み通りお前を俺たちの仲間として迎えてやるよ」 否や円将が、無言で新顔に歩み寄ったかと思うと彼の顔面に拳骨を振り下ろした。限界値を疾うに超えて鬱積していた怒りをそうして解き放ち、やっと人心地ついたとばかりに大きな溜め息を零した円将が、電光石火にホルスターから抜いた拳銃を再び戻すみたいに小虫を振り返って、言った。 「ご協力感謝します」 この日以来、音楽室周辺で新顔の姿を見掛ける事はなくなった。 次の日曜日、昼過ぎ。 男子寮敷地内の一角で松理が、嘗て向かいのアパートの102号室の住人だった男が可愛がっていた猫たちにツナ缶を振る舞っている。そのしゃがみ込んで丸まった背中に、携帯で時間を確認しながら現れた今日太が、待たせた事を詫びる言葉を掛けた。 「じゃあ、二階だから」 そう言って今日太に階段を上がるように促し、前世紀に流行ったテレビゲームの音楽のメロディで男子寮の102号室の扉をノックした松理は、それに対する反応を待たずに今日太を追い掛ける。二人が訪ねたのは電算室、その玄関先に積み上げられた段ボール箱三つを引き取りに来た次第。 「思ってたよりでかいね」 「一箱だいたい120本前後か。でも大きさの割に重量はそんなでもないぜ」 三辺の合計がおよそ140cmほどになる段ボール箱の中身は四菱から貸し出されていた彼の蒐集品、ホラー映画のDVDが約350本。げたげたと笑いながら墓場から甦った死霊が首筋にチェーンソーを叩き込まれて2mも3mも血飛沫を噴き上げるだの、刑の執行直前に肉体から逃げ出す事に成功した死刑囚の魂が目論見を外し解剖直前の屍に宿ってしまい死ぬ事以上の恐怖を味わうだのといった戯言が、実際に形として残された分だけでも優に数百時間分、制作に費やされた時間をも含めればその5倍、或いは15倍の分量が詰め込まれている。 「これを宇宙と言わずしてどうするって話だよな」 「見た目からは怒った姿が想像出来ない四菱さんが家ではジェイソンが人殺すとこ見て喜んでるとか、俺いまだに理解出来ないよ」 「そういう無理解、或いは偏見をなくす為に血気盛んな俺たち世代が闘うべきとして申し訳ない、枯れさせてくれそこんところだけは」 「そういうのってやっぱり心の闇なんでしょ。そんな人が綾子先生と結婚してるとか、世の中ってほんと分かんないよね」 「たまにはいい事言うじゃん今日太、人間同士なら必ず理解し合えるとか言う奴は馬鹿だよな、お前ですら太刀打ち出来ない本物の馬鹿だよな」 「バカって言うなよ、それは本当に本当の事だからバカって言うなよ」 噛み合っているのかいないのか、松理と今日太がそんなふうにじゃれ合いながら待っていたもう一人、男子寮の102号室の住人の我轢が階段下から姿を見せる。そして今日太を見るや否や。 「なんだ、円将じゃない方か」 「じゃない方てなんだよ失礼だな。そんながっかりする事ないだろ」 果たして、四菱の住むマンションまで段ボール三箱を運搬する人夫が揃う。 「綾子先生の在宅は間違いないんだろうな」 滑り止め付きの軍手をはめながら我轢が、松理にそう訊ねる。それが一番に重要であるみたいに不純な目的を隠しもしない、その態度こそがすっかり失恋から立ち直っている証左として、恨み節の一くさりは浴びせられても仕方ないと覚悟していた松理が我轢を見縊っていた事を反省する。 「なんならお茶くらい用意しとけって伝えといてやるよ」 「それはさすがに遠慮しないと駄目なやつだろ」 「それよりも綾子さん親衛隊の第一号は俺だから、それも公認だから、そこんとこリスペクトしてもらっていいかな」 そう言って小鼻をうごめかす今日太を、我轢が鼻で嘲う。 「それってガキの頃の話なんだろ。過去の自慢話なんて馬鹿のする事だぜ」 「だからバカって言うなって。本当の事は言っちゃったら悪口にはならないんだからやめろって」 三人が縦列を作り歩道の端を進む。 「松理さあ、店長から台車とか借りらんなかったの」 「あれは音がでかいし結構揺れんだよ。だからそこそこの距離を移動する場合には向かないって判断」 長方形の段ボール箱を肩に担いだり胸に抱えたりと、身巾を抑える事に四苦八苦しつつそれも一つの課題であるかのように挑戦しながら。 「だけど発想が軟弱だよな、お前ら町育ちは。鹿仕留めても運んで帰れないんじゃ山の神様に怒られんぞ」 「怒られる前に仕留められる自信がねえ。つーかどんな暮らししてたんだよお前ら孤児院で」 そんな道中にとある事実が発覚する。 「詰まり、山での暮らし方は山暮らし経験のある相手に訊くのが一番、て今更の結論だけどもさ」 いやさ発覚と言っては大仰、詰まり今この瞬間に初めて、我轢と四菱の間に面識がない事実に焦点が合わさったというだけの事。 「実際に綾子先生をめとってる人な訳じゃん。きっと学ぶところだらけなんだろうなって」 小学校卒業の日に高校生に告白をされた逸話を持つ綾子を基準に、釣り合う相手を想像すれば、我轢が宝くじに当選したみたいな顔をしているのも致し方のないところ、しかしその期待と四菱の実際の姿がきっと懸隔していると容易に想像出来てしまい、松理が苦笑い。 落胆するか二の句が継げなくなるか或いはその両方か、いずれにしても、と前置きをして、松理が言った。 「どんな犯罪行為も想像の中でなら自由とは言え、呉れ呉れも失礼な想像はするんじゃないぞ」 果たして。 向かった先のマンションのエントランスに量販店の特価品と一目で判る無地のスウェット姿で立っていたもっさりとした中年男、彼こそが綾子の旦那であると、我轢が認識をするまでに、優に三十秒を要した。 詰まり。 通常ならば混雑する時間でもないコンビニのレジの長蛇の列の先頭で、電子マネーの読み取り失敗を繰り返していそうなそのおっさんが、衰えを知らぬ美貌を以てきっと今だって相手は選り取り見取りであろう綾子と夫婦であるなど自分の思う常識では考えられぬがしかしそんな常識などを爽快に覆して呉れるだけの理由を四菱が持つとしてそれは一体、ああ、きっとちんこが凄いに違いない、きっとちんこが凄いに違いないのだ。 と、彼の面立ちを、いやさ有り体に言って大きな鼻を眺めながら白旗を挙げるまでに三十秒掛かったという事だ。 後日、その日帰宅した我轢が夕食後に開けた窓から一時間ほど星空を眺めてこんな事を呟いたと、空希が語った。 「男ってやっぱり気持ちで勝負する生き物だと思うんだよね」 なにかあったのかと知りたがる空希に、松理は応えた。 「敗北も失恋と同様、男を成長させる糧になり得るって事ですよ」 適当にあしらう時の口調で以て。 翌月曜日、始業前の音楽室。 「説明しちゃったら、値打ちが半減する面白さってあるじゃん、それが伝わるかどうかはもう賭けでしかないじゃん。お、偶然にもSNS。いいね、いいね」 と、弱る松理に今日太が食い下がる。 「でもこれくねくねの正体をちゃんと教えてくれないとどうやって怖がったらいいか分からないじゃん。それが分かってるならけちらずに教えてくれたっていいじゃん」 「だからけちとかそういう話じゃねえよ、お前は馬鹿か、馬鹿なのか」 「バカって言うなよ、それは本当の事だからバカって言うなよ」 最早幾度となく音楽室で繰り広げられてきた筈の、松理と今日太のそのじゃれ合いを、机六つ分くらい離れた位置からどこか眩しそうに眺めている清流の普段とは違う様子に、国見が気付く。 「なにか思うところがあるなら聞きますよ。ま、仲間ってそういうもんらしいんで」 そうして促されて、清流が語った胸中が、こうだ。 「以前に松理くんに、学校裏サイトとはどんなものか知っているかと問われた時に、咄嗟に思い付いたものだからぼけてみたんだよ、斎藤さんだぞって」 「お兄さん、ま、トレンディだね」 「僕としてはもう清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、必殺の一撃を加えるような積もりでぼけたんだけれども、それを松理くんは拾いも突っ込みもせずに流したんだよ」 「ま、チェケラッチョ。ま、ハゲラッチョ」 「だけど松理くんと言えばつっこみじゃない、つっこみと言えば松理くんじゃない。詰まりそれをしてもらえなかった僕はもしかして松理くんに好かれていないんじゃないかと、あの日以来ずっとそんな考えに囚われているんだよ」 触れず弄らず放置する事に依りボケを活かす、そうした手法を松理が使った事は清流の話を聞けば明らか、しかしその種明かしをせずにおいた方が得策と国見は判断し、心を鬼にした。 「それはねえ清流さん、悩んでこそ人は大きくなれるという、そんな松理からのメッセージかも。ま、しれませんよ」 他人事と片付けるでなく適当にあしらうでなく、清流のその真面目さに応えるように、真剣に考えた嘘で誤魔化した。 ('17.11.13) 掲示板へ Party Tunes. 目次へ トップページへ |