story



しあわせの忘れ物
まちの家々から朝のやわらかい匂いがしはじめました。 大きな旅行かばんを持ったおじいさんがなつかしそうに一軒の小さな家をながめています。 おじいさんのかげからひょっこり少年が顔をだしました。 『ぼくこのまちにずっともどりたかったんだ。』とうれしそうにはしゃいでいます。 『あまり遠くへ行くんじゃないよ。』 おじいさんは言いました。 『おじいさんよりぼくのがくわしいさ。』 そう言うと少年は、景色の中に消えていきました。 少年の名前はアルノと言いました。 アルノはまず、よく遊ぶ通りに行きました。 ともだちを探しているのです。 『あれ?まちがえたかな?』 そこには、アルノが覚えていた路地の風景はありません。 ケーキ屋、そのとなりは雑貨屋、むかいには郵便屋があったはずですがケーキ屋はパン屋に、雑貨屋はあき地になっていました。郵便屋だけが、アルノの記憶どうりにありました。 『ここには大男のボブがいた。太いゆびでケーキを器用に作ってたんだ。』 アルノは、パン屋をのぞきこみ大きな声をあげました。 『ごめんください』 すると店の奥で大きなかげがうごいたのです。 『なんだい?お使いかい?』出てきたのはおばあさんでした。パン作りの途中だったらしく手に白い粉をつけています。 『あのボブさんは?ここはケーキ屋でしたよね?』 おばあさんはめんどうくさい顔をし『うちにボブなんていないよ。それにケーキも作ってないんだよ。ごめんね坊や』とエプロンで手を拭きながらいそいそと奥に戻っていってしまいました。 『なんだよ、ふん。』 つぎに雑貨屋のあったあき地に立ちました。 『おかしいな。どうしてなくなっているのかな。』 アルノは、店の入り口だった場所にしゃがみました。 『フリッツもエーリヒにもあえないし…』 だんだん心細くなってきました。 するととつぜん、むかいにある郵便屋のドアが開きました。 『ジェムさんだ。ジェム兄さんだ』 アルノは郵便屋からでてきた青年をそうよび、走り出しました。 『よかった。お兄さんがいた。』 青年は、アルノに気付くと言いました。 『きみ、手紙をだすのかい?もう配達にでるからいそいでね。』 『ジェムさんアルノだよ。もどってきたんだ。』 青年は、肩をすくめてアルノに言いました。 『ひと違いだね。仕事があるから。じゃあね。』 そういって、ポケットの懐中時計をたしかめると背中におぶっていた袋を自転車に乗せていってしまいました。 アルノは、ひとり残されました。 『あんなにジェムさんそっくりなのに』 どんどん不安になってきました。 アルノはフリッツとエーリヒの家に行ってみることにしました。 路地を一本一本、家を一軒一軒ていねいに確かめながら走っていきます。『あった。あの赤い屋根、まちがいない。』 アルノはうれしくなり家にかけよりました。 すると、家のドアに<空家>とかいてあるはり紙を見つけました。 もう一度あたりをみまわしました。やはり赤い屋根の家はこの家しかみあたりません。 『そんな…フリッツ…いったいどこにいっちゃたんだよ。……エーリヒは知っているのかな。』 アルノは、エーリヒの家に向かって走り出します。 良く知っていたはずの街並も人々もすべて違って見えはじめていました。 『見たことない路地がある。エーリヒの家は、どっちだろう』アルノは迷ってしまいました。 『ここは、僕の大好きな街さ。どんなに細い路地だって端から端まで知ってるんだ。』アルノの目から涙がぽろぽろ落ちてきます。 『……知っていたんだ。知っていたのに。』 『おやおや。そこにいたのか。』 重たそうに旅行かばんをひきずりながら、おじいさんがアルノのもとにゆっくり近付いてきました。 『なんだ、どうしたんだい?泣いているのかい?』 アルノは、黙ったまま、うなづきました。 『全然違うんだ。ぼくの知っていた街じゃないよ。つれていってよ。フリッツやエーリヒに会いたいんだ。』 おじいさんは、すこしさびしそうな顔をしてほほえみ、無言でアルノの手を握りました。 アルノも黙って握りかえして立ち上がり、二人で歩き始めました。 しばらく歩くと、目の前の路地から黒い服を着た人々が出てきました。誰か亡くなったようでした。 アルノは、恐くなりおじいさんに隠れました。 『お互いに、長生きしたんだな…』 おじいさんは、ぽつりとつぶやきました。 黒服の人々を見送ると、アルノは、何故かさびしい気持ちになりました。 『もう時間だな。』おじいさんは、来た街を振り返り、なごりおしそうに歩き出します。 さっきまで、おじいさんにしがみついていたはずのアルノの姿は、いつのまにか消えていました。 しかし、おじいさんは探そうとせず、そのまま二度と街を振り返ることなく去っていったのでした。

aruno

end










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