来月、生まれる事になりました。
いよいよ、決めなくてはならない。

生まれるのですか?
それとも
生まれないのですか?

生まれる日が近づくにつれ、最近、やはり、この声が頻繁に聞こえてくるようになりました。
いよいよ、決めなくてはならない。

ここ数ヶ月間は、ずっとその事について考えてきました。
考え始めた最初の頃は、生まれてからのあれこれを想像し、損と得と、どっちが多いか悩みました。
しかし、どんなに想像をしてみても、生まれてからの事は生まれてみた勇気のある人にしか解る筈がないのです。
結局時間の無駄でした。
与えられた時間は、ごく限られているのに。

次に、生まれる意味を考えてみました。
本能、強制、エゴ、依存、間違い、見栄・・・
意地の悪い言葉が次々と出てきてしまいます。
生まれる日が迫っていて、少し気が滅入っているみたいなのです。
そういう風に理由をつけて、この意地悪な言葉たちを柔らかく否定するところをみると、
私は、他人より、生まれたい欲望が強いのかもしれない。そう思うようにしてみました。
そこで
希望、宝、未来、健康、愛、夢・・・
なるべく、平和な言葉を唱えました。
しかし、残念ながら生まれる意味とは繋がらず、平和な言葉は実体のないものとして漂い始めました。

一つ一つの考えが、じっくり、重く、巡っては、消え、やがて、収拾のつかない状態になりました。

生まれるのですか?
それとも
生まれないのですか?

今日、唐突に、しかし現実味を帯びて、はっきりした感情が芽生えたのです。
それは、私と血の繋がる人たち全てに対しての想いでした。
愛情とか、いたわりとか、親切、大切、慈しみとか、そういった暖かい言葉では表せない、
重く底のない、天上もない感情でした。

義務


きっと邪魔になるであろう<エゴ>が強くならないようにと必死に願いながら、
とてつもないプレッシャーと共に、
明日、私は生まれてみます。