サンドリアの白魔道士

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「だから私達はアルタナの女神に感謝をして日々を過ごさなければならないのです」

…むかつくぅ。

あたしは隣に座ってるリンツァイスをジトーと睨む。
あの女に見とれていた彼はあたしのその視線に気付いて、ちょっとびくっとして、それから汗をかきながら、あたしに愛想笑いをしてみせる。
だいたいなんだってこのいんちき魔道士の言葉をそんなに真剣に聞いてるのかしら?
(あんたはずっと傍であたしの魔法を見てきたじゃない!!)って叫びたくなる。

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。だけど、あたしはバストゥークで生まれ育った。
職業は…一応中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。

もともとあたしの両親は先の対戦の折、ウィンダス連邦からバストゥーク共和国に派遣されてきた領事館の秘書官だった。
そしてそのままバストゥークの国籍を取って居付いてしまったのだ。
両親は今では大統領府の諸外国との渉外担当なんかをやってる。

あたしが物心ついた頃、商業区の北の外れに一人のタルタルが引っ越してきた。そのタルタルは元冒険者で黒魔道士だった。
いいかげん歳をとったのを契機にして冒険者稼業を引退して、一番気に入ったというバストゥークに腰を落ち着け、魔法屋と小さな私塾を開いた。

あたしの両親は同じタルタルだということでその先生と親しくなって、自然あたしはその先生の私塾で魔法を学ぶことになった。 両親も魔法学校出身だけあって、いくらバストゥークに居るとは言え、子供のあたしには魔法を学ばせたかったらしい。
そこであたしは黒魔法と白魔法、両方を均等に学んだ。
あたしにとってはそれは自分のルーツであるウィンダスやタルタル一族の歴史を学ぶことでもあり、すごく興味を持って勉強に取り組んだ。

私が先生の話の中で一番感動したのは、ウィンダスでは各魔法がきちんと系統分けされて学問として成り立っている、ということだった。
すなわちウィンダスのタルタル達にとっての魔法というのは、学校勉強そのもの、ということになる。
だから魔法学校が正式な学校として存在しているのだ。
ここバストゥークやサンドリアでの魔法の扱いとはだいぶ違う。 確かにその二つの国でも、黒魔法は学問体系として成り立っていて様々な研究がなされているという。
でも…白魔法や赤魔法に関してはそういう事がないようだ。

リンツァイスは私の幼馴染。ヒュームの男の子だ。 もう男の子って歳じゃないけど…やっぱり今は冒険者で戦士だ。
私にとってはかけがえのない幼馴染。家は隣同士、生まれた時からの付き合いだといっていい。
彼は鉱山区に住むガルカ老戦士が開いている道場で剣を学んだ。
その他にも彫金ギルドに通って、彫金士の見習みたいなこともしていた。
今ではそこそこの物を作って収入を得られるぐらいの腕にはなっている。

そして、あたしが冒険者になる、と言い出したとき、リンツァイスは「じゃあ、僕も一緒に行くよ」と事も無げに言いだして…一緒に冒険者登録をした。
今まで一緒にミッションや仕事をこなしてきて…いろいろなところへ行った。

そもそもあたしが冒険者になったのは、学問としての魔法を極めたかったから、と言ってもいい。
先生の話に聞いたウィンダスの高名な魔道士達は国の公式な冒険者としてある程度の修行を積んだらしい。
もちろん、そこいらに居るような冒険者じゃなく、ウィンダスの口の院所属の戦士として、様々な調査をしたりとか、そういうことだ。
あたしは、子供の時からリンツァイスと一緒に剣の道場に通ったし、そして、よく言われる「赤魔法が赤魔法であるといわれる、その本質」に惹かれて、自分を赤魔道士とすることにした。
単に両方の魔法、そして、そのどちらにも属さない魔法である赤魔法、全てを勉強したかったからかもしれない。

そんなこんなで私は冒険者になって、そこそこの経験を積み、いろいろな国を回るようになってからは、世界各地で魔法研究についての本を見つけ、買い込み、読み漁り…そんなことをしている。
初めてウィンダスの魔法図書館に行った時なんて、もうそりゃ感動しちゃって、一月ほど滞在して毎日図書館に通っていた。
実際あたしのモグハウスには蔵書が山と積まれている。
魔法だけじゃなく、世界の地理学の本とか、くだらない民間伝承の本とか、吟遊詩人の詩を書き残したものだとか…。
リンツァイスは魔法になんか興味がないのにそんな私に付き合ってくれている。
その代り、あたしもリンツの宝石探しに付き合っているわけだけど。

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だから…!!
むかつくのだ、このサンドリアの白魔道士には!!

「女神アルタナに願い、奇跡を起こしてもらうのです。それが魔法というものなのですよ」
静かに話しつづけるヒュームの若い女性。サンドリアの修道院の出身だそうだ。
布教活動もかねて修行として冒険者をやってるらしい。

あたし達は専ら二人だけで旅をしている。
その他には剣道場の同期生でやっぱり今は冒険者をやってるガルカのスカイリッパーと、時たまいっしょに行動する程度。
基本的には二人で気ままにあっちこっちへふらついているのだ。
そもそもあたし達は、あたしの本とリンツァイスの彫金に使う貴金属や宝石を手に入れるという目的をもって旅をしてるから、普通のお金儲けや修行を活動のメインとする冒険者達とはそりが合わない。
自然、二人旅が多くなる。

それなのに、この二日間、この憎憎しい白魔道士と行動を共にすることになってしまったのだ。
今回、あたしとリンツァイスは東方から運ばれてきた品物が集まるノーグに向かうことになっていた。
今までも何度か行った事があるけど、今回はいい出物(もっぱら珍しい書物と貴金属)が入ったと天晶堂からの情報を聞きつけ、なら買出しに行きましょ、という感じで、荷物持ちを期待してスカイリッパーを誘ってエルシモに渡ってきた。

ところが、エルシモの玄関口であるカザムで、リンツァイスがこの女に引っかかってしまったのだ。
 「ぜひノーグに行って布教活動をしたいので、ご一緒させてもらえないか?」と保存食などを買い込んでいた競売前で話を持ちかけられ、そのままほいほいと返事をしてしまったらしい。
このバカ。

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エルシモのジャングルに入ってから1日がたった。
幸いあたし達はジャングルに巣食うモンスター達に苦戦するような駆け出しではなく、ここまでは割とすんなりこれた。
でも、明日ノーグへ通じる海蛇の洞窟を抜けるわけで、今日のような楽な行程ではなくなる。 あたしの魔法も戦士二人の剣も睡眠不足では十分な威力を発揮することは出来ないだろう。
そこで、あたし達はアウトポストの宿舎を利用して一晩止まることにしたのだ。
簡単な夕食を済ませた後、ユタンガ大森林名物の滝を見ながら、一杯やっているというわけだ。

その白魔道士、名前はディディエ、はそこで白魔法の奇跡(!!)について語り始めた。
曰く、女神に祈り奇跡を願う、その結果が白魔法としてあらわれるのです。あなた方が冒険で負った傷を癒せるのは女神のおかげなのです。
だから皆さん、アルタナの女神に感謝して日々を送りましょう。と。

冗談じゃない!!魔法というものはそんな簡単なもんじゃない。
ウィンダスの魔道士達をはじめとする先人達の必死の研究の結果作り出された、我々人間の知恵の産物なんだ!!

話を聞き始めた最初はあたしは口出しする気もなく、横でちびちびとヤグードドリンクをやっていた。
でも、リンツァイスが真面目そうに相槌を打っているのをみて、さすがに頭にきたのだった。

「へぇ~。女神様ってのは偉いもんなのね。女神にさえ祈れば何の修行もなく白魔法が使えるんだ?女神様も随分大盤振る舞いね」
「あら?フェムヨノノさんと言ったかしら。あなたも魔道士ならそのことはお分かりのはずでしょ?」
「冗談でしょ?あたしは確かに癒しの白魔法も使う赤魔道士だけど、女神様なんてのに祈ったことはないわよ。」
横で慌てたようにリンツァイスが口をはさむ。
「ちょっと、フェム!!」
「なによ、リンツ!!あんただって、あたしが魔法を使うのをずっと見てきてるじゃない!?あたしの魔法がそんなに安っぽいものだっていうの?」
「安っぽいって、そんな…ディディエさんは女神様の奇跡だって言ってるんだよ」
「それが安っぽいって言うのよ!!」
ディディエがこちらを向いて話し始める。
「フェムヨノノさん、私の国では白魔道士というのはアルタナの女神に帰依しているものが力を授かってなるものなのです」
「私は修道院に入ってアルタナの女神の言葉を聞いて、その意味を悟った時に、魔力を授かりスクロールに封じ込められた魔力を自らの ものにすることができるようになりました。私の国の赤魔道士達も白魔法に関してはそのようにして習得した、と聞いています」
「ふん…だからサンドリアの赤魔道士はまともな魔法を使えないのね!!」
「残念ながらあたしは正当な体系での魔法をウィンダス流で学んだの。そんな事しなくても白魔法は使えるようになったわ。あれは昔の人たちの研究成果なんだから!!」
「ちょっとフェム、仮にも神殿の白魔道士さんにその言い方は失礼だよ。彼女達はそういう風にして魔法を習得したのは確かなんだから」
「だから、サンドリアの魔法なんて貧弱だって言ってるの。自らの修行もなしに魔法をつかうなんて、そんなバカなことやってるから。」
「修行はしますよ」
ディディエが微笑みながら答える。
…それもまたむかつく。なんか余裕綽々の態度みたいな感じで。

「へぇ~、どんな?」
「人によって様々ですね。私の場合、神に日々生きられることへの感謝の祈りを捧げ、女神の教えを世界に広めることを自らに課しています。それが私の修行です。」
「バカらしい。だからあんた達は武器に魔力を宿すことも出来ないのよ!!」
「私は白魔道士ですから…」
「もういいかげんにしなよ、フェム。スカイリッパーも何とか言ってよ」
「ふむ…俺は魔法のことに関してはてんで無知だからな、さっぱりわからんよ」
「そんなぁ…」
「いいからリンツは黙ってて!!いい!?サンドリアの人間がなんと言おうと、白魔法も黒魔法も赤魔法も全て、ウィンダスで体系化された研究の成果なの!!お気楽に女神とやらに祈ってるような人達が使っていいものじゃないわ!!」

あたしはそれを言い放つと椅子から飛び降りる。
バストゥークで生まれ育ったあたしにはヒュームサイズの家具が普通になってるから(初めてウィンダスに行った時は驚いた。建物がタルタルに合わせたサイズになってるなんて)、ここの椅子の高さも別にどうということもない。

「あ、フェム!!」
呼び止めるリンツ。でも構ってられない。あんたなんかそこのぶりっ子の修道女とよろしくやってれば良いのよ。
「ベッドの空きは充分にあるそうだから、今夜は一人で寝るわ!!」
そう言い放つと食堂を後にした。

「はぁ…もう。ごめんね。ディディエさん。」
「いえ、別に構いませんよ。でも…フェムヨノノさんはウィンダス流の魔法を学んだっておっしゃってましたが、バストゥークの出身だったのでは?」
「ええ…そうなんですけど。あいつはウィンダスから移住してきたタルタルの魔道士の私塾で学んだんですよ。」
「まぁ…」
「それで、あいつの両親もウィンダスから移住してきたものだから…ウィンダスに対して何か憧れのようなものを持ってるんですよ。自分のルーツを探る、って言うのかな、そういうようなものが。」
「わかりますわ、その気持ち。私もサンドリアにとっては異邦人ですからね。」
「うむ…」
「やっぱりスカイリッパーもそういうのがあるの?」
「ふむ…いくらバスがヒュムとガルカの国だといってもな、我々は少数民族というのがはっきりわからせられるような社会構造だからな。
幸い道場は鉱山区だったからな、あまりそういうことを感じないが。
やはり今でも意味もなく商業区をうろつきたくはない。」
「そっかぁ…うん。それでフェムは学問をすることでウィンダスに近づこうとしたんですよね…
もちろん好きでやってることだしすごく楽しんでいるんだけど、それでもやっぱり一生懸命努力して魔法を勉強しているわけですよ。だから、言葉は悪いですがディディエさんたちのやり方は、あいつにとっては不真面目に思えて気に入らないんだと思います。」
「そうですか…せめてアルタナへの感謝の気持ちぐらいは持っていただきたいと思いますが。
さて、私も失礼させていただきます。そろそろ休まないと、明日は辛いのでしょう?」

「そうですね…スカイリッパーは?」
「俺もそろそろ寝るとするよ。お前も早く寝てしまえ。明日は洞窟越えだ」
「うん…」
「それではお二人とも、また明日よろしくお願いします」
「あ、はい。おやすみなさい」

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なによ、なによ、あいつ…あんな教会に洗脳された女に優しくしてやるなんて!!
あたしは、一人きりのベッドにもぐりこむ。
シーツがひんやりと冷たい。お酒を飲んで火照った身体を少し冷やしてくれる。
普段、旅先でアウトポストに泊まる時は、お金(特に他国のガードが駐留しているアウトポストでは)とベッド数の節約のために、あたしとリンツァイスは一つのベッドで寝る。
ガルカも充分に横になれるようにアウトポストの冒険者用のベッドは大きく頑丈だ。小柄なヒュームの男性とタルタル(あたしはタルタルとしては大きいほうだけど)で二つも占領するわけにはいかない。
他人が見たら変に思われるかもしれないけど、あたし達にとってはこれが普通。
子供の頃からずっとそうしてきた。姉弟みたいなもんだから。

ふと背後に慣れ親しんだ気配を感じた。
「ねぇ、フェム~」
「何よ、ベッドなんか余ってるんだし、あんたは他で寝なさいよ」
「そんな…事務所ももう閉まってるし、これからベッドの追加なんて出来ないよ。サンドリアのガードって融通が利かないし…バストゥーク支配だったらどうにかなるかもしれないけどさぁ」
「今日はあんたと一緒に寝たくないの!!」
「そんなこと言われてもさ…」
そう言いながらごそごそとベッドに入り込んでくる。
「ちょっと!!」
あたしが文句を言おうとしてる間にすっかりシーツにもぐりこんでしまったリンツァイス。背中に暖かさを感じる。
「う…」 しょうがない…そのままあたしは元の位置に戻った。

「ねぇ、フェム。フェムの言いたい事もわかるけど、サンドリアの人達はああいう風なんだし、お互い冒険者なんだから認めても良いんじゃないかな?」
「…あたしは嫌」 「はぁ…」
そのため息が聞こえて数秒後、いきなり寝息が聞こえてくる。いつもこうだ。こいつの寝入りの早さと言ったら。
あたしはまだちょっといらついていたけど、お酒も効いているのだろう、いつもどおりのリンツァイスの寝息を聞いてるうちにだんだん眠くなってきて…

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次の日の朝。
予想通りあたしはリンツァイスの腕の中で目覚めた。
抱え込まれている。
寝入り端は二人とも背中合わせで寝ているはずなのに、起きるといつもこうなってるのだ。
まぁ、大人になった今では旅先ぐらいでしか一緒に寝ることはないから、これはこれで久しぶりの感覚で心地よい。
あたしはリンツァイスにぎゅっと抱きついて、温かさの中でもう少しまどろみを楽しもうと思った…のだが。

外から激しい水音が聞こえてきて、ハッとする。
誰かが水をかぶってる?そんな感じの音だ。
一度目が覚めてしまった以上、寝続けることは出来ない。起こさないようにリンツァイスの腕をゆっくりはずして、ベッドから降りる。
水音は外から聞こえてくるようだ。
あたしは下着に愛用のサンドリア官給品のローブ(知り合いに横流ししてもらったのだ)だけ羽織って外に出てみる。
そこではディディエが湯浴み用の下着を来たまま水浴びをしていた。
彼女は、あたしが立ってるのに気がつくと
「あら、おはようございます」
と微笑んでみせた。
「あんた、昨日の夜も滝で水浴びしたのに、また水浴びなんかしてるわけ?修道女の考えることはわからないわね…」
「いえ、これは沐浴なのです。朝のお祈りの前に身を清めておこうと」
「ふーん、修道女様も大変なことね」

あたしも手ぬぐいを持ってきて、顔を洗い身体を拭き始めた。
うう…冷たい水で頭がはっきりとしてくる。
沐浴とお祈りを終えたらしいディディエがガンビスンとズボンを着ながら私に話しかけてきた。
「やっぱりあなたは女神の奇跡を信じられませんか?」
「もうその話はしたくないわ。朝から嫌な気分になりたくない」
「そうですか…でも」
「あんた達がどういう方法で魔法を使えるようになるのかなんて、あたしには関係のないことだわ。ウィンダス流の魔法では女神に奇跡を祈るなんてことはない。それは確実なこと」
ディディエが困ったような顔をする。
「じゃあね」
あたしはそれに構わないで、髪を後ろでまとめるとさっさと建物の中に入った。今日は洞窟を越えなきゃいけないから忙しいのだ。
リンツァイスも起こさなきゃいけない。これもまた手間だ。

1時間後、起きてきたリンツァイスとスカイリッパーを交え簡単な朝食を取って打ち合わせをした。
無駄な戦闘は避けて隠密魔法でモンスターの感覚を欺いて、なるべく安全に行こう、ということになった。
そして、滝つぼの裏にある入り口から海蛇の洞窟に入る。

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途中まではうまく行っていたのだ…聴覚をごまかすスニークの魔法でそこかしこにたむろするサハギン達をやり過ごしながら、前に覚えた道順をたどり隠し扉の前に着くまでは。
ところが…
隠し扉の向うに出た時、あたしは飛び出た石に頭をぶつけてしまい、その拍子にスニークが切れてしまったのだ。

それに気が付き襲い掛かってくる巨大な蟹!!
ここの蟹は獰猛なことで知られている。全く失敗してしまった。

「フェム、下がって!!」
スカイリッパーが巨大なアイスブランドを構え蟹の注意を引くと同時に、リンツァイスがウォーソードとタージェを構え意識を集中して攻撃力を上げて蟹に向かって切りつけ始めた。
スカイリッパーは意外な器用さで敵の攻撃を捌く守りと、恵まれた肉体から繰り出す重い一撃を重視する。
リンツァイスの剣術はあたしのそれと一緒で、とにかく数を当てるというもの。もっともあたしの貧弱な力とは比べ物にならないし、フェンシングの流れを汲むあたしの剣筋とは違い剣の重さに任せて叩きつける方法だ。
同じ道場に通ってても目指す方向性によって三人にこれだけの違いが出る。
これをそれぞれ教えていたんだから、つくづくあの道場の師匠はすごかったな、と時たま考えたりする。

あたしも一歩下がって、頭を一振りし岩にぶつけた痛みを忘れようとした。
瞬間的に意識を集中し、最初にスカイリッパーに自然の回復力を高めるリジェネの魔法を飛ばす。
そしてその後、立て続けに麻痺や動きを鈍くする弱体魔法を叩き込んだ。

見ると、隣でディディエが守りの魔法プロテアを唱えていた。
修道女にしては慣れてるじゃん、とちょっと感心したものの…
「ちょっと、あんたが強化魔法使ってどうするのよ!?専門のあたしに任せなさいよ!!」
と叫んでいた。
彼女ははちょっと驚いた様子でこちらを見たけど、その隙に魔法は発動してしまう。
光が盾を形作ってあたし達の身体を包んだ。

確かに赤魔道士が修行して手に入れたファストキャストと呼ばれる能力を持ってしても、全員に守りの魔法をかけるのは時間がかかるし、弱体魔法と強化魔法で手一杯だ。
確かに助かった…けど、やっぱり気に入らない。
この状況では背に腹は代えられないのだが、弱体そして強化魔法を専門とする赤魔道士の名が廃るってもの。

「もう…あたしは手一杯だから回復を頼むわね、あんたの専門でしょ!!」
「わかりました!」
その拍子に蟹は両方の鋏を交差させて防御姿勢を固めた。全く、どこで覚えてくるのかしら、あんな知恵。それとも本能なのかしらね?
「く…固いぞ、こいつ!!」
それを解くためにあたしはすぐさまディスペルの魔法を叩き込んだ。
「サンキュー!!」
だが、それでも蟹の甲羅は硬い。スカイリッパーとリンツァイスは致命的な一撃を叩き込めずに苦労している。
巨大な鋏で剣を受け流されることも多い。

一通りの弱体魔法を唱え終わったあたしは、愛用のフルーレ(タルタルの非力さを補うために奮発して買ったHQ品だ)を抜いて水生生物が苦手とする雷の力を宿した。そして切りかかる。
一身に攻撃をひきつけるスカイリッパーの受けた傷はディディエがたちどころに癒していたけど…やはり戦闘にはなれていないのだろう。もう魔力が切れ掛かっているのか青ざめた顔になっている。
もちろん彼女も頑張っているのはわかってるし、彼女が回復をしてくれている分あたしも攻撃に回ることが出来る。
それでも憎まれ口がでてしまう。
「もう、世話が焼けるわね!!」
あたしは剣で切りつけながら、魔力の回復を早める強化魔法リフレシュを彼女に放つ。
彼女がこちらを見て微笑んだ。
「ありがとう」
そんなお礼言う時間があるんだったら、さっさとスカイリッパーの傷を癒しなさい!!

致命的な一撃は与えられないものの、三人の剣が蟹の体力を徐々に奪っていき…やっとのこと蟹は倒れた。

リンツァイスがため息を漏らして、座り込む。
「ふぅ…辛かった。ディディエさん、ありがとう」
「いえ…無事でよかったです」
その時、きっと、あたしのおでこにピキっと音をたてて十字が浮かんだだことだろう。
「ちょ、リン…!!」
頭にきて何か言おうとした時に、スカイリッパーが叫んだ。
「まずい、アンデッドが寄ってきている!!」
「うっひゃあ、やっぱりこの血の臭いはごまかせないかぁ…やばいよね」

アンデッドモンスターは傷から流れ出た生命エネルギーというのだろうか、それを感知する能力を持っているのだ。
「えーと、えーと、この間読んだ大戦時の戦術の本の中に確か…」
あたしが何とか切り抜けるための方法を思案していると、

「ぬお!!」
と普段のスカイリッパーからは考えられないような強烈な呻きがが頭上から降ってきた。
「どうしました?」
ディディエがいかぶしげに眉をひそめる。
「…大群だ」
「は?」
「ひと、ふた、み、よ…いっぱい」
リンツァイスも視認できたのか、間抜けな声で数えた。
「へ?」
「だから、ひと、ふた、み、よ…もっといっぱい!!」

あたしは一気に青くなった。
「マジぃ!?」
「マジもマジ。大マジだよ」
「ふむ…さてどうしたものか…」
「どーしよーかねー?」
戦士二人が気が抜けてしまったような声で話している。

とにかく、体勢を立て直さないと!!
あたしは自分とディディエにリフレシュをかけなおし、とにかく二人の傷を癒させた。
その隙に地響きがどんどん大きくなり…骸骨の兵士と魔法使いの大群が近づいてきた。

「傷が治ったからといって見逃してはくれないよねぇ?」
「うむ…とんだ不覚だったな。扉の外に連れ出して戦えばよかった」
「と・に・か・く!!」
あたしが叫んだ瞬間、骸骨達は一斉に襲い掛かってきた。
私達の強さから言えば、一体一体はさほど脅威ではない相手だけど、今は経験不足の白魔道士も抱えているし、何より大群だ。
瞬間的にリンツァイス達は骸骨に挑発をかまし、自分達にひきつける。

「く…さすがに…しょうがないわね」
あたしは骸骨とは組み合わずに後ろに下がってフルーレを鞘にしまい、腰の後ろに吊り下げていたワンドを手に持った。
ワンド、魔力杖とも呼ばれるこの片手棍は魔力を通すことでその威力を増幅することが出来る。
ウィンダス流の魔法を学んだ人間なら大抵一本は持っているはずだ。私のこのワンドは冒険者登録をした時に塾の先生から頂いたものだ。

あたしはすばやく印を切って魔法が抵抗されないような念を込めると、意識をさらに集中させ赤魔道士の能力を目覚めさせた。
連続魔と呼ばれるこの能力は一気に集中することで、時間をかけずに魔法を連続で詠唱することが可能になるというものだ。

「ウォタガー!!」
白魔法も黒魔法も学んだ赤魔道士であるあたしだからこそ出来る範囲精霊魔法の連続詠唱。
瞬間的にあたしのやろうとしていることに気付いたリンツァイスが、スカイリッパーに合図をしてすぐに骸骨達の群れから離れた。
立て続けに範囲魔法を叩き込む。
見る見るうちに骸骨達は崩れかけていく…けど。

最後まであたしの魔力が持たなかった。
いくらリフレシュで強化された魔力回復をもってしても膨大な魔力を必要とする範囲魔法をそう何度も唱えられるわけではない。
結局骸骨達を葬り去ることが出来なかったあたしはふらっと座り込んでしまった。

「むむ…」
「ちくしょ…」
リンツァイスとスカイリッパーがあたしに向かっている骨の大群を阻止しようと挑発をかまして攻撃をかけているけど、その数は多い。
何体かの骸骨をひきつけることに成功はしたものの自分達が防戦一方になって見る見る傷が増えていく。
それなりの腕を持つ二人といえども同時に複数を相手にするのはやっぱり辛いのだ。
リンツが骸骨の鎌に二の腕を引き裂かれるのが見えた。

「ははは…リンツ、ごめん…ダメだった…」
あたしが力無く座り込んで二人を見てると、ふと隣にいたディディエに光の塊が宿るのが見えた。
「アルタナの女神よ…あなたの下僕達に生きる力を!!」
彼女がそう呟いた途端、私達を強い光が包んだ。
リンツァイスとスカイリッパーの傷がたちどころに回復する。
「なに…?」
これは魔法じゃない…ケアルの光よりももっと温かい光…一体?
そして彼女はさらに呟く。
「不浄なる者たちに救いを…光あれ…」
あたり一体をまた強烈な光が包む。目も開けていられない。
…バニシュガ!?
それはあたし達赤魔道士には絶対使えない神聖魔法とよばれるもの…ウィンダスで散々研究されてきたにもかかわらず、いまだに体系化できてない種類の魔法…そして、その中でも特にアンデッドに対しては最強の攻撃力を誇る範囲魔法だ。

光の中で骸骨達が崩れていく…

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傷はふさがったものの、あたし達の魔力は回復していない。あたしとディディエは二人して地面にへたり込みながら力なく微笑んでいた。
横ではリンツァイスが心配そうにあたし達を覗き込んでいる。スカイリッパーは周りを警戒しているようだ。

「ねえ、あんた、あの光はなんだったのよ?」
「あれは女神の私達に対する祝福ですわ…生きようとする者、決して諦めない者に女神は等しく祝福を与えてくれます。私はあの時女神に祈りました。どうかこの人たちを助けて、と」
「…ふーん」
なんか納得できない。けど、あの光でリンツァイスとスカイリッパーの傷は回復し、そしてその後の神聖魔法で骨たちは崩れ去った。
もしディディエの言う女神の奇跡が無かったら、今頃あたし達はこの世にいなかったに違いない。
やはり女神という存在はいるのかもしれない、などと宗旨替えが頭をよぎる。

10分ほどして、あたし達の魔力は回復した。
「はぁ、二人ともよかった」
リンツが安心したように言う。
「さて、ノーグはもうすぐそこだ。また骸骨どもがよってこないうちに、さっさとたどり着いてしまおう」
スカイリッパーが提案する。その通りだ。いつまでもこんな所にとどまってたら、またモンスターが寄ってくる。
あたし達は立ち上がり、またスニークをかけてノーグへ向かって歩き出した。

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ノーグの入り口で、ディディエとは分かれた。
彼女は帰る分には各地のテレポイントに飛べる移動用白魔法があるので苦労しない…正直うらやましい。
しばらくノーグに滞在して、アルタナの女神の教えを説いて回るそうだ。もっとも一癖も二癖もある海賊達に彼女の言う女神様の教えとやらが伝わるかどうかは難しいところだ。
別れ際に、彼女は腰を低くしてあたしを覗き込み、右手を差し出して訊いてきた。
「フェムヨノノさん、少しはアルタナの女神を感じられましたか?」
あたしは、ちょっと照れながらも、握手を返してこう答えたのだった。
「どうかしら…?あんたが変な力を使ったって事はわかったけど」
「でも、まぁ、その女神様に伝えておいてよ。あたしの仲間を救ってくれて、ありがと、って」

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あたしとリンツァイスは珍しい書物や宝石を大量に買い込み、スカイリッパーに背負わせてバストゥークに戻ってきた。
リンツァイスは仕入れてきた宝石を加工するために早速彫金ギルドに駆け込んでいった。しばらく出てこないだろう。まったくあの男は…と思うけど、あたしも人のことは言えない。
また増えた蔵書をどんどん読んでいくことに没頭して、最近は食事すら忘れることも多い。
そんな感じであたし達はまたいつもの生活に戻ったのだった。

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結局、その後、女神の奇跡とやらをお目にする機会は無い。