「はぁ……これがねぇ……」
「エアーズロックとはよく言ったものね…」
リンツァイスとあたしは、どこまでも高くそびえる絶壁を見上げて感動しまくっている。
エアーズロック。西アルテパ砂漠の中央に位置している巨大な一枚岩だ。
もちろん正式名称ではない。
しかし実際にこうやって目の当たりにしてみれば、共通語で『空の岩』という意味をこめて冒険者たちがこの岩を呼ぶのは非常に的を射ていると感じざるを得ないところだ。
ドロガロガの背骨のようにどこまでも続く絶壁。しかもメリファト山地以上に不毛の地だから余計にそれが強い印象をもってやってくる。
恥ずかしながら、あたし達は今までアルテパ砂漠の奥まで足を踏み入れたことはなかった。
ミンダルシア大陸の各所に比べれば遥かにバストゥークに近いのだが、このゼプウェル島へ続くコロロカの洞門は、遥か昔からつい二、三年前にいたるまでしっかりと閉ざされていたのだ。
コロロカの洞門を越えるぐらいまでは、その封印が解かれた時に一度歩いてきているのだけれど、そこから先は砂漠越えの準備をしていなかったこともあり諦めたのだった。
逆に同じ時期に飛空挺航路が設置されたエルシモ島には、あたし達はよく出かけている。ノーグという東方の大陸の物品が集まるマーケットが開催される街というか海賊のアジトというか、ともかくそういう場所があるからだ。
あたしとリンツァイスは基本的にモノを探す旅をしている。だからエルシモ島に行けば何かしらの収穫があるのだが……
ここは見ての通り不毛の地。アルテパ砂漠で一番大きいオアシスを中心としたラバオという街があるが、物流の規模はそれほど大したものではない。
それにしても……
「確かにこれは辛いな」
「参っちゃうよねぇ」
「蕩けちゃいそうですよね……」
「軟弱だな。ねえさんや兄ちゃんまでなんだい?」
「そんなこと言われてももさぁ、やっぱりねぇ……」
「「「「……暑い!」」」」
あたしたちは一斉に声をそろえて高い高い空に向かって叫んだのだった。
あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応……中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。
もう季節は完全に夏である。もっともここは一年中夏なのかもしれない。
バストゥークとは距離的に近いし、はたらく精霊の力も同じようなもので気候が似ている……ともいえるのだが、こちらは正真正銘の砂漠。そこら辺は赤茶けた細かい砂で満たされている。
鉱毒混じりの川が流れているグスタベルグの荒野とは質が違うのだ。
どこまでも続く細かい砂の海。そしてじりじりと照りつける太陽。
乾燥地帯は夜になればだいぶ違うというのは知っているけど、それにしても、である。
金属鎧を着てこなくてよかったと、つくづく実感してしまうあたしだ。
リンツァイスはいつもの旅と同じように革鎧を着ているし、スカイリッパーは骨細工の中でも体を全部覆ってしまわないハーネスと呼ばれるタイプの鎧を着ている。
イー・キノエは元々鎧を着る習慣がないのか、藍で染めた上に金で綺麗な模様を描いた革の胸当てと、それと同じ細工の小さな肩当を、草色の丈の短い服の上につけているだけだし……(どうでもいいけど、足を大胆に出しているのは砂漠ではどうなのかな、という気がしないでもない)
この間フルプレートの金属鎧を着て現れたファピナナもさすがに砂漠行きだけあって、白いチュニックにズボン、その上に胸にだけ灰色の革の部分鎧といった出で立ちだ。ただその背中にはこの間と同じように巨大な盾と剣がくくりつけられているのだけれど。
あたしは……といえば、魔法図書館のお誘いを蹴った時に押し付けられた黒地に金糸が入ったウィンダス製のコートを着ているのだけれど、襟元をがばっと開けている。
はしたないけどしょうがない。
普段手足は官給品のスケイル系のものをつけているけど、今回は革製のものを調達してきた。火傷したんじゃたまったものじゃないから。
ファピナナのジュノで用事が一段楽し、とりあえず数ヶ月のフリー期間を作って彼女はバストゥークへ来てくれた。
この際人数が居るうちにゼプウェル島の気になるところを回ってみようというのだ。
流砂洞とかいう名前のガルカの都の廃墟に何か残っているかもしれないし、ラバオに数人のガルカが居るらしいから、歴史について何かを知っているかもしれない
間違えてはいけないのは、あたし達の目的は伝えられていないガルカの歴史を知り、そしてスカイリッパーに考える材料を提供するということ。
先々代ミスリル銃士隊隊長と先代語り部の真実を声高らかに糾弾することでは、絶対にない。
ブルストという男、どうもそこら辺を勘違いしているんじゃないかと思う。
もしスカイリッパーが決断するのであれば、話さなければならないことではあるのだけれど……でもそれが本来の目的じゃない。
事実は事実として認めて、今までの歴史を知り、そしてこれから先どうするか、バストゥークに暮らす人々が考え議論し、これから先国を作っていくための、ほんのささやかなお手伝い。
……あたしとしてはそういうつもりだったのだけれど。
「いる?」
「いるねぇ……」
リンツァイスが目を細めながら遠くを見た。
ブルストがあたし達を追わせている冒険者らしき男のこと。
だいぶ離れてはいるがしっかりついてきているようだ。むしろわざと距離をとっているのだろう。
それだけでもかなりフィールドワークに熟練した冒険者だと言える。軍の訓練のみを受けた人間だとこういう技能はなかなか磨かれない。
ブルストと同じ冒険者のような活動をする黄金銃士隊なのかとも思ったのだが、雰囲気が違うのだ。
あの男が戦闘する場面を見たわけではないから断言は出来ないが、動きが全体的に大きめ。
モンスター達と戦うときの基本。きっと対人戦闘があいつのメインではないはずだ。
着ている鎧……チュニックに鎖帷子を仕込んだようなものやパールホワイトの手甲や腿当てと脛当て。そして華麗な彫刻の施されたサークレット。
左手に持った華麗なレリーフが施された騎士盾。そしてこの間見た時とは違う七色の光を携えた騎士剣。
きらびやかで尚且つ静粛な感じは、多分魔力を持ったものなのだろう。
軍、特にバストゥーク軍の人間が着るようなものではない。
今あたし達はラバオまでもう一息というところで腰を下ろして休息中。
実は正確な地図を持っていなかったから、イー・キノエが冒険者たちから聞いてまとめた大体の地図を見ながら明後日の方角へ迷走したりなど……砂漠という所は目印がないから困る。
結局地図を修正しながらこの巨大な岩を見つけ、太陽の方向と合わせて正しい方角が判ったのはついさっきの事だった。
「あの人も大変そうですよね……」
ファピナナがそちらを見てぽつりと言った。確かにじっと立ち尽くしこちらを見ている。
一応スカイリッパーとファピナナにも、ブルストとの一件とあの男のことは話している。いつ襲われるかわかったもんじゃないし、気をつけるに越したことはないからだ。
とりあえず今のところは大丈夫そう。
「ふん、かってに大変な思いしてればいいのよ。ブルストと繋がっている時点でロクなもんじゃないわ」
「そんな一言で切って捨てなくても…」
ああそう。あなたは優しいわよね。
「ブルストさんに英雄って言われてたよねぇ?」
「そうだけど……表ざたに出来ない英雄なんて、かえって怪しいじゃない。どうせ国の汚い仕事での英雄なんでしょ!」
あたしは息巻いた。
リンツァイスもリンツァイスだ。あれだけ言われて腹が立っているはずなのに。
「そうとも限らないんじゃないか?」
イー・キノエが口をはさんだ。
「どういうことよ?何か調べたの?」
「いや、それほどたいした情報じゃなかったんだけどな……エレノア経由の情報なんだが、サンドリアにも王室の人間や行政のトップレベルから英雄と呼ばれる人間が現れたそうなんだ」
「サンドリアにも?」
それは初耳だ。
「他の国にも出ているのかぁ。やっぱり冒険者なの?」
リンツァイスがイー・キノエに訊いた。
「そうらしいな。少なくとも二つの騎士団の人間じゃない。赤獅子のヤツかどうかはわからないってさ」
赤獅子騎士団というのは、王国騎士団、神殿騎士団の二つの正式な騎士団の他に、サンドリアの冒険者の一部が組織している『自称』騎士団だ。
はっきり言って怪しいことこの上ない謎の団体なのだが、サンドリアのトップクラスに対してはそれなりに影響力をもっているらしい。冒険者の時代というのを反映しているのだろうか。
「うーん……」
あたしは唸る。
一応バストゥーク所属の冒険者達の間でもガーディアンフォース、通称GFという似たような組織がある。
赤獅子騎士団にしてもGFにしても、互助を目的としたリンクシェルと呼ばれるネットワーク組織の一つなのだが、あたしやリンツァイスは冒険者同士のネットワークからは意図的に遠ざかっているから、そういう情報は入ってこない。
それに普段のあたし達はそういう情報を求めているわけではなく、あたしなら魔法研究者繋がり、リンツァイスならば彫金ギルドというネットワークを頼る事が出来る。
「ファピナナは聞いたことある?」
ファピナナに訊いてみる。彼女はあたし達の中で一番冒険者的な生活(変な言い方だけど)をしている。
ちょっと前まではスカイリッパーもそうだったのだけれど、大使館付武官になってから例の一件があって、結局任期を終えてからは殆どジュノへ出向いていないのだ。
「いえ、ジュノでもそういう話を聞いたことは……私はウィンダスにも帰れませんしそちらの方もあまり」
「でもおかしいよねぇ。ジュノでそういうことが話題にならないなんてさぁ」
リンツァイスの疑問はもっともだ。冒険者が一番集まっている場所がジュノ。もしその『英雄』と呼ばれている人たちが全て冒険者だとしたら、ジュノで話題に上るのは当然のはずなのだけれど。
ふとイー・キノエが考え込むような表情をしているのに気付く。
「なに?」
促してみるのだが、彼女は何か言いかけて、そしてまた黙ってしまった。
「お願い、何か気付いたなら言って頂戴?この事に関してはあたし達の安全に直接かかわるわけだから」
「ああ、ねえさんの命令なら……」
言いにくそうにするイー・キノエ。いや、あの……『ねえさんの命令』じゃないんだけど。
「ジュノだからこそ話題にしにくい事柄なんじゃないか…なんて考えてみたんだがね。それが何だかはさっぱりさ」
肩をすくめるイー・キノエ。
そういうのって、あるのだろうか?
「……あるじゃない。こんな旅をすることになったきっかけだって」
英雄の称号がジュノ政府や関係する人間の秘密裏の依頼の結果、もしくはその反対でその連中に害を為した結果だったとしたら。
ジュノではもちろん協定を結んでいるにある三国でも、公表されて英雄と呼ばれる事はないはずだ。
あたしはボソボソと口に出しながら考えていたのだが、隣でリンツァイスがぽんと膝を打つ。
「なるほどねぇ。そっち絡みってことかぁ」
ファピナナとイー・キノエの二人は不思議そうな顔をしているので詳しく説明することにする。考えてみれば彼女達二人はあのミッションの時はまだ一緒にいなかったのだ。
きっかけの一件についての概要は話したけれど、詳しい話はしていなかった。
「なるほど……ジュノ大公やそれに近い人間がかなり深いところで関っている事、と考えているわけですね?」
「そんなのだったら、確かにジュノでは口にしづらいな」
二人とも納得した表情になる。
「英雄……そういえば彼女もそんなことを言っていたな」
やはり考え込んでいたスカイリッパーがぽつりと言った。
「なによ、それ?」
「……いや忘れてくれ。あまりにも不思議な出来事だったんで俺にも上手く説明できん。今思えば夢だったのかもしれん。やたら美人だったしな」
「ふ~ん、美人だったんですか」
ファピナナがスカイリッパーの巨体を見上げてそんな風に反応した。
あ~あ、余計なこと言うから。
あたしはややこしいことにならないようにそれを遮って言う。
「さて、ラバオまではもうちょっと……なのよね?出発しちゃいましょ」
干からびる前になんとかラバオにたどり着いたあたし達は、慣れない砂漠渡りをやったせいで疲れきっていた。
ラバオ自体は三国やジュノからは独立した街だからレンタルハウスはない。駐留しているコンクェスト担当の人間はいないし、だからアウトポストもない。
しょうがないからあたし達は殆どテントのような簡易宿泊所に転がり込んだ。巨大なテントを衝立で仕切ってあるだけの簡単な部屋だ。
用意されてる寝具は薄っぺらいマットとシーツだけ。
砂漠の夜の寒さはこのテント自体が防いでくれるのだろう。ずいぶん分厚いズック地で出来ている。
なるほど……昼間の通気性はよく、なおかつ夜の寒さを防いでくれる。砂漠には理想的な…家と呼ぶのは、石の壁にはさまれて育ったあたしには多少抵抗があるけれど。
「ごめん……もう限界」
あたしの隣でどさっと荷物を下ろしたリンツァイスが、そのまま荷物と同じ音をたてて倒れこんだ。
「リンツ!? 大丈夫なの?」
あたしはリンツァイスの顔を覗き込んだのだけれど、そこには安らかな寝息をたてているいつもの寝顔があるだけだった。鼻の先が日に焼けて赤くなってる。
「はぁ、いくらなんでも鎧を脱いで顔をぬぐうぐらいしなさいよ」
と、あたしはぼやいたのだが、その言葉は既に天国へ行ってしまってるリンツァイスの意識には届いていないだろう。
見ればスカイリッパーも荷物を下ろして胡座をかいて座った途端、頭が上下し始めた。
ファピナナがそれを見てため息をついた。多分あたしと同じような心境なのだろう。
でも二人の寝顔を見たら、あたしにも眠気が襲ってくる。
日はまだ沈んでいないけれど、とりあえず仮眠ぐらいしておかないとこれから先に差し支えるかもしれない。
「あたしも少し仮眠するわ。全てはそれからにしましょ。二人は?」
あたしは手足の鎧を外しながら、イー・キノエとファピナナに問い掛けた。
「まぁ……ねえさんがそう言うんだったらやることもないし、とりあえず寝るとするさ」
「私は少しあたりを見て回りますね。それから休みます」
「んじゃ失礼して、あたしは横にならせてもらうわ」
そこまで言ったのは覚えているのだけれど……。
次に気が付いた時には、既に日は落ちていたのだった。
リンツァイスはまだそのままの格好で寝息を立てているし、スカイリッパーはさっきとは体を横たえているという違いはあるものの、こちらも格好は鎧姿のままだ。
きっとずっと眠りつづけているんだろう。
二人とも起きた時には体の節々が痛むんじゃないかと、ちょっと心配をしてしまう。
ファピナナとイー・キノエの姿は見当たらない。女性陣は疲れてないのだろうか。
彼女達はあたし達とは違い湿気の多いミンダルシアの南方で生まれ育ったのだから、乾燥地帯での疲労はあたし達以上に大きいはずなのに。
今度は自分の姿を見てみる。ポニーテールはほどいてあるし、手足の鎧も脇にきちんと片付けられてる。コートの前は胸元をがばっと開けてあるが、いつこんな事やったのか……全く記憶にない。
例え意識が途切れていても、ゆっくり眠るための事は自動的にこなしてしまう。なにか不思議。
おまけに例によってリンツァイスの腕を枕にしていた。やっぱりこれも気持ちよく眠るための無意識の行動なのだろうか。
あたし達に宛がわれた一角を出て、テントの入り口まで歩く。
入り口にかかっていた分厚い布をそっと開いてみると、月と星が発する光が筋になって差し込んできた。
思いの他明るい夜にあたしはちょっと驚く。やっぱり空気の違いというのはあるんだ。
そして外に踏み出して群青の空を見上げてみれば、そこには満天に星が瞬いていた。
その巨大な天球が目に入ってきた途端、あたしの心は瞬時にその幻想的な空に惹きつけられてしまった。
輝きの大きい小さい、色の微妙な違い、密度の薄い濃い……そういう違いがある一つ一つの星がたくさん集まっている。
密度があまりにも濃くて、まるで光の川のようになっている場所もあるのだ。
なんて言ったっけ……天の川とか……
「こんな強い光の月や星が水面に映ったらどういう風になるんだろう? 綺麗なのかな?」
ふとそんな事が頭に浮かび、あたしはそのまま上を見ながらオアシスへ向かって歩いていった。
ところが、オアシスのそばに来て見ると、ファピナナがほとりにちょこんと座って夜空を見上げていたのだった。
その表情は、なにかすごく切なそうな……どうしたんだろう?
「綺麗な星空よね……」
あたしは頭上を見たままファピナナに声をかけた。
彼女がはっと気がついた様子でこちらを振り返る。なんだろう、一瞬すごく驚いたような顔をした。あたしも彼女の顔を見て謝った。
「ごめんなさい。別に驚かすつもりはなかったのよ」
「いえ……座らないんですか?」
さして気にした様子でもなく、彼女は脇を勧めてくれた。
「あ、うん、ありがと」
あたしは彼女の脇で砂の上に腰を下ろして再び空を見上げる。
「男どもはまだ寝てるわ。ファピナナも少しは休んだ?」
「ええそうですね、2、3時間ぐらい」
ファピナナは胸当てを外してチュニックだけになっていた。
彼女はチュニックが割と好きみたいだ。でも白いゆったりとした服は砂漠には適しているだろうし、それもあって今回はこんな格好なのかもしれない。
「気がついたらもう日が沈んじゃってるんだもの。びっくりしたわよ」
「あはは、慣れないことすると疲れますよね……髪、砂埃まみれじゃないですか?」
あたしの下ろした髪をみてファピナナが訊いてきた。確かにその通りだ。
「そうよね……オアシスでざっと洗っちゃうのもいいかも」
そこではっと気付く。
あたしは髪は下ろしたままだし、上着の前も完全にはだけてしまっている。
それなのにファピナナはフードは下ろしているもののチュニックをきちんと着ているのだ。
「あ……ごめんね。だらしない格好で。寝起きだから」
「いえ、別に良いですよ」
にこっとそう答えると、彼女はまたさっきの表情をして空を仰いだ。あたしもそれに従う事にした。
ちょっとの間、二人でそうやっていたのだけれど、あたしは彼女の切なそうな表情が気になったので訊いてみることにした。
「どういう結果が出たの?」
「え?」
不思議そうな顔でこちらを見るファピナナ。
「占星術……よね?」
彼女は元々旅の占術士なのだ。彼女にとって冒険者は、それを実現するための都合のいいバイトのようなもの。
まぁ今となっては収入の割合がどちらに傾いているかは定かではないけれど。
「う~ん、難しいですね」
ふふっと笑って、そう答える彼女。
……教えてくれなさそうだ。無理して聞く事もないし、それだったら別に構わない。
そのついでにあたしはずっと疑問に思ってたことを尋ねてみることにした。
「でも、占星術ってどうやって個人のことを見るものなの?誰でも同じような空に見えるから、皆に対して普遍的な……そう社会的な動きとかそういうものしか見れないんじゃないの?」
ファピナナはちょっと考えるような素振りをして、
「え~とですね……空を見上げていると、今のその人を表す星というのが見つかるんです」
「どうやって見つけるの?」
「見つけるんじゃなくて見つかるんですよ。そのためにはその人を知らなきゃならないんですけどね」
……?
「するとですね、その星と周りの星の関り合いも見えてくるんです。そして天球の動きなんかと照らし合わせて、占いの結果を導き出すんです」
……??
だめだ、さっぱりわからない。
天球の動きとかそういうのはわかる。でも『見えてくる』っていうのが全然わからない。
あたしは苦笑いして両手を軽く上げた。
「ごめん、自分で質問しておいてなんだけど、降参だわ」
ファピナナが可笑しそうに笑う。
素人のあたしが理解しようとしたってそりゃ無理な話なんだろう。
あたしもくすくすと音をたてて笑いを漏らしてしまった。
二人でひとしきり笑った後、彼女がふと真顔になった。
「フェムヨノノさん、変わりましたね?」
あたしはぎくっとしてしまう。
「うん……あなたのせい……というかおかげかな?」
「?」
軽く首をかしげてあたしを見る彼女。
「あなたに気付かされたことがあったのよ。御礼を言ってなかったわね。ありがと」
「いえ、そんな……リンツァイスさんのことですね?しかも私があの時問い掛けたのとは別の」
お見通し、か……。
「ファピナナ……それ占いから?それともあたしの態度から気付いたの?」
あたしは上目遣いでそう訊いてみる。何だかばつが悪いのだ。
もし態度に出てたとなれば、気をつけなければならない。
「占いも人間観察も本質的には同じですよ」
「はぁ……?」
そう言われても……結局どっちなんだろう?
「異種族ですか。難しいですよね。特にフェムヨノノさんの場合それ以外にも色々と……」
さすがに同じ立場だけある。
「自分でも結果はわかってる。でもね……」
このまま何もしないというのは、今のあたしの選択肢にはない。
「わかります……相手がヒュームだったらまだ想いを伝えることは出来ますからいいですね。ガルカの人達はそういう感情を理解できないんですよね。生物的な問題で」
ファピナナとあたしは同時にため息をつく。
え? ……あ、そうか!
なんで今まで気が付かなかったんだろう?
ファピナナのためにスカイリッパーを蹴っ飛ばしたりしてたけど、考えてみれば生存本能に生殖が組み込まれていないガルカは、恋愛感情などというものを理解できるはずがないのだ。
他の全ての種族が持つコモンセンスであるわけだから、もちろんその感情の存在は知っているだろうし、どういうことなのかもわかるんだろう。
それに世間ではガルカ達は男性格を持っているとされている。だからあたしもすっかり忘れていたのだが、恋という感情が本質的に理解できるかというと……かなり微妙なところだ。
なにせ彼らは恋をする必要が全くないのだから。
……ファピナナの恋って実はすごく辛いものだったのだ。
「それで……いいの?」
恐る恐る訊いてみるけど、彼女はにこっと笑って答えてくれた。
「いいんですよ。恋じゃなくても見返りを期待しない感情なんてたくさんありますよね?」
うん、その通りなんだけど。
あたしだって別に成就させたいとか見返りがほしいとか……そういうのはないのだ。
アイツから受け取ってるモノは今でも充分なぐらい。
ナタリアに嫉妬を感じないのもそのせいなのかしら。
あたし達人間は感情を発達させすぎてしまったのかもしれない。
異種族とお互いに理解しあおうとして共存できるということすら、自然界の法則から見ればかなり異常なことでなのに、成就したとしても子供が作れない異種族に対して恋までしてしまえるんだから。
そう考えてみれば、やっぱりあたし達は神様とやらに創造されたことは確かなのだ。
女神アルタナ……ね。
ちょっと前に会ったサンドリアの修道女のことを思い出す。
皮肉なものだ。こんな形で否定してた女神の存在を強く感じてしまうなんて。
信仰心による奇跡やらはどうしても認められないけど、一応あたしだって世界の創生ぐらいは知ってる。もちろん現代に伝わってくる間までにさまざまな脚色はされているだろうけど。
「ゼプウェル島には初めて来たんですけど、ここは面白いですね。なにか星々に……空に近いような気がします」
ファピナナにそう言われてあたしはもう一度空を見上げてみた。
瞬く星々が今にも降ってきそうだ。これは周りに光がないから?それともやっぱり空気のせいだろうか?
「昼間は青空がすごく高く感じたんですけどね。夜になったらその反対でした。不思議ですね」
「確かにその通りね。バストゥークの夜空とは全然違う」
「占星術を生業にしてる私にはすごく感動的な空です」
彼女は感嘆のようなイントネーションで続けた。
素直に感動しているファピナナを横目に、あたしは星に見とれる。
アルタナやプロマシアなんかの神様は、空の果て、星々の世界にでも住んでいるのだろうか?
もしかしたら、英雄と呼ばれる一部の人達は、神に会うなんてこともあるのかもしれない。
凡人であるあたしには、死ぬまでにそんな機会はないだろうけど。
でも、もし『女神様』に会えるのであれば、訊いてみたい。
「どうして、こんな感情を持つようにあたし達を創ったんですか?」って。
例えどんな答えが返ってきても、恨み言のひとつも言いたくなるのかもしれない…もちろん感謝の気持ちも込めて。