この砂漠の地へ来てもう一週間以上経つ。あたし達の調査は難航していた。
流砂洞にも行ってみたのだけれど、結局入り口付近で大勢の蟻人間……アンティカとかいう獣人に足止めをくらい、まともに内部まで入っていく事が出来なかった。
それにラバオのガルカ曰く、もうあそこには何も残っていないらしい。もちろんもっと奥まで入りこんできちんと探せば、色々なものが見つかるのだろうけど、あたし達の今の実力では限界のようだ。
そのガルカに話を訊いてみたりもしたのだけれど、彼自身は大戦後の生まれらしく、また長らく閉ざされていたこの地では昔話をしてくれるガルカもいなかったということで、あたし達よりも知っている事が少なかったぐらい。

「アルテパ砂漠って広いですよね~」
「旅人にとってはまこと難儀な土地よのぅ」
「あんた、どこでそんな言葉遣い覚えたのよ?」

日はだいぶ沈んでいる。あたしの心も沈んでいる。
あたし達……何しに来たんだろ?
「期待はしていなかったがな。流砂洞はそもそもずいぶん昔のものだ。言わば古代遺跡の一種だ」
スカイリッパーが、こちらはあまり気落ちしていない様子で言った。
「まぁそうなんだけどねぇ。スカイリッパーにとっては離散後の方が重要なの?」
リンツァイスが横を歩くスカイリッパーに訊いてる。
「うむ。だが少しばかり感動したぞ。俺は自分のルーツの一つを見る事が出来たわけだからな」
「ああ、そりゃ良かったねぇ」
実際の所、それでだけで良かったのかもしれない。
流砂洞に立ち入り、そして自分達の都を襲ったアンティカの末裔と剣を合わせ…なにかしらを感じたのだろう。
形のある成果を手に入れることよりも、そっちの方が彼にとっては重要なことなんじゃないかって思う。

あたし達は、とぼとぼとラバオへ戻る途中。
空には赤く染められた月が昇り、その周りには無数の星が輝き始めていた。
「やっぱりいるんだよねぇ」
後ろを振り向きながらリンツァイス、
「どうせなら、アンティカ達を蹴散らしてくれればよかったのにさ……」
などとぼやいている。
例の男の事。
あたしは、ファピナナが言っていた事に多少同感できるようになっていた。
全くご苦労な事だと思う。

「イー・キノエ、あなたの考えを聞かせてほしいんだけど?」
黙々と歩きつづけていたイー・キノエに、あたしは問い掛ける。
「考えってなんだよ?」
あたしの方も向かないで歩きつづける彼女。ただあたしの話はしっかりと聞いてくれているようだ。
「あれ、ミッションだと思う?」
つまり、あたし達を追うことが国からの指令なのかどうか、ということ。
もしそうなら帰ったらかなりやばい事になるのかもしれない。
「それってブルストが国の意向であいつに依頼したってことかい?」
「国や政府というよりも、トップクラスの一部ってことだけど」
「……そうとは思えないね。これは単なる勘だけどな」
「ふーん」
勘、ね。なにか考え付いてそうだけど。

「なぁねえさん、バストゥークでは、ミッションを出すための手続きって面倒なのか?」
今度はイー・キノエがあたしに訊いてくる。
「え?」
ど……どうなんだろ?
「エレノアだって私以外の人間を使おうと思えば、やってやれないことはない筈なんだ。そっちの方面を担当する武官と親しくなればいい。なんなら自慢の美貌と舌を使ってたらしこんだって良いはずだ。何処ぞの誰かさんを囲った時のようにな」
「あの~、なにか引っかかるんですけど……」
ファピナナが少し口を尖らせて抗議する。
「いや、悪い。冗談さ」
あっさりと謝るイー・キノエ。どうも無意識に余計な修飾をつけてしまう癖があるみたい。
オノレ相手のときはそれが見事に出たりして言い合いになっちゃうんだけどね。
「だがそれをしなかったという事は、サンドリアでは冒険者にミッションを出す手続きは相当面倒だという事なんだと思う。実際ミッションは二つの騎士団に関係するものが多いそうだからな。誰に受けさせるのかもある程度は依頼主が決めるんじゃないか?」
「なるほどね……」
だからエレノア女史はイー・キノエを使っているわけだ。
「ところがウィンダスではそうじゃないのさ。各院が勝手にゲートハウスに依頼して自分のところへ来させるんだ。誰にミッションを出すのかもある程度はガードに委ねられてる。
冒険者が重要なミッションを受けて得点を稼げるかっていうのは、ある意味ゲートハウスとの付き合いにかかっていると言ってもいい。いい結果を出せばゲートハウスの評価にも繋がるしな。
だから各ゲートのやつらは新人勧誘に必死だったりもする」
へぇ……ウィンダスのガードってそんな感じなんだ。
「うーん、あたしもとにかく来てくれってだけのミッションを受けた事があるし…行政の詳しい所は知らないけど、バストゥークもそんな感じなんじゃないかしら?」
あたしはリンツァイスとスカイリッパーの方を見る。
「まぁ、そうだねぇ。勧誘合戦ってのは聞いた事がないけどさ」
「うむ。俺もミッションを受けるのは鉱山区のゲートハウスと決まっているな」
二人の反応を聞いて、イー・キノエは何か納得したかのように頷いた。その目は相変わらず前方を見たままだけど。
「なんなのよ?」
「ああ……考えがまとまったら話すさ。もっと裏付けが欲しい所だしな」
「あ、そ」
彼女が今話さないという事は、今はまだそれほど重要にはなっていない事なんだろう。
情報のプロでもある事だし、とりあえず彼女が話してくれるのを待った方がいいのかもしれない。


結局またその周辺を歩き回っているうちに三日ほどが過ぎてしまった。
大した成果もない事だし一度バストゥークに戻るか、という話になって、あたし達は今、ラバオからチョコボに乗ってコロロカの洞門へ向かっている。

本当に目立った成果はない。だけどスカイリッパーの顔付きはだいぶ変わっていた。
目の輝きに意思が宿っているというのだろうか、そんな感じで。
例えばほんの小さな土器の欠片、壁に刻まれた落書き、積み上げられた風化しかけた乾燥煉瓦、
そういったかつてこの地に暮らした古代のガルカ達の息遣いを感じさせる歴史のかけらを見つける度に、彼の目の輝きは強くなっていった。
一人のガルカとして自分達の歴史を探求し見つめる。その事が彼を成長させているのだろうか。
それは語り部がいなくても歴史は伝わっていくと証明する事でもある。
むしろその方が、彼ら一人一人が、今のスカイリッパーのように一生懸命生きるんじゃないだろうか?

……彼らにとって、語り部って本当に必要なのかしら?


コロロカの洞門の入り口、すとんとチョコボを降りるあたし。みんなも次々と降りていく。
短い距離で助かった。あたしはどうしてもチョコボが苦手なのだ。

「今度は湿った洞窟よね……身体が驚いちゃわないかしら?」
「あはは。そりゃそうかもねぇ」
そのまま洞窟内に入っていこうとしたのだが……あたしの視界の端っこ、入り口の前あたりですくっと白いモノが立ち上がるのが見えた。
「……?……!?」
その正体をはっきりと認識した時、あたしはなんて迂闊だったのだろうと自分を呪った。
白髪に近い銀髪とパールホワイトの鎧……あの男だ。
「そういえば……今日はまだ見てなかったわね。朝の挨拶でもするべきかしら?」
あたしは白い鎧のてっぺんを睨みつけながら皮肉っぽく言った。
でも考えてみれば、この男と話した事はない。直接対面するのもブルストと一緒にこの男が現れた時以来だ。

だが、男はあたしには構わずスカイリッパーの方を見て……そして呟いた。
「……ずいぶんといい顔になったものだ」
意外にも澄んだいい声だった。まるで大きな鍾乳洞の中でグラスの端を指先で弾いたような……そんな綺麗な声。
ヒュームの男にしては声のピッチが幾分高いけれど、決して不快感を持たせないような響き。
スカイリッパーはふんと鼻を鳴らして横目で男を見ている。

その視線を遮って質問の口火を切ったのは、意外にもイー・キノエだった。
「あんた一体何者だ? ずっと気になっているんだけどね。あんたが受けた仕事のことより、あんた自身の方が気になる。こんなのは珍しい事なんだがな」
その口調は落ち着いているが、あたしには何か危なげなものを感じさせた。
いらついていると言うか、怯えていると言うか。
「……俺か? 別にお前達にそんな事は関係ないだろう」
男もそれに無難に答えたのだが、次のイー・キノエの台詞はあたしの想像を越えるものだった。

「いや、あんただけじゃない。あんたとその仲間について聞きたいね」
その質問が出た途端、男の眉がくいっとあがる。
それはすぐに無表情に戻ったのだが、ややきつい表情になってイー・キノエが追い討ちをかけた。
「『英雄』……なのか?」

じっとイー・キノエを見つめる男。イー・キノエもしっかり見つめ返してる。
お互いに探り合うような視線のぶつけ合い。
だけど、それは大して長く続かなかった。男が目をそらして下を向いたのだ。
しかし……
「……俺の名は……ラオグリム」
「!!」
ちょ、ちょっとどういうことよ。何で先代語り部と同じ名前を!?
「ぐ、偶然同じ名前ってわけ?」
でもグスタベルグ地方とゼプウェル島の古語が同じ系統にあるとは言え、ラオグリムというのはガルカの名前。ヒュームが名乗るのは明らかにおかしい。
「預かることにした名前だ……ガルカではないが今はこの名前とその意味を引き継いでいる……」
ぼそぼそと言葉を続ける……ラオグリム。
いったいどういうこと?
「預かったって誰によ? 何の理由で? 名前の意味ってどういうこと?」
「……」
「語り部本人に会って預かったというわけでもないでしょ!?」
男は沈黙するだけだ。
「貴様!」
さっきまではずっと落ち着いていたはずのスカイリッパーが激昂した。
当たり前だ。彼らの大事な語り部の名をヒュームに名乗られたんじゃたまったもんじゃない。

「話は……する必要がないな。いやむしろ出来ないというべきか」
またもやボソリと男が言う。
ということは……

それに真っ先に反応したのはイー・キノエだった。
左手を懐に突っ込んだかと思うと、人の形に切り抜いて文字が書かれた何枚かの紙を、指ではさんで取り出した。
そのまま額に指を当てて何かを詠唱している。
これ、空蝉とかいうニンジュツ?

あたしも続いて、まずファランクス、ストンスキン、ブリンクなどの自分を守る魔法を立て続けに詠唱する準備に入る。
貧弱な魔道士のタルタルである自分を守ることが、仲間を守ることにそのまま繋がることがわかっているから。

ファピナナも、背負った盾を留めていた革のベルトをバチンと外した。彼女の体を半分は隠せそうな巨大な騎士盾が、ザクっと音を立てて灼熱の砂の上に突き刺さる。
「フェムヨノノさん、スカイリッパーさんとリンツァイスさんには、上位プロテスを!」
盾が倒れそうになるのを片手で抑えながら、彼女はプロテアとシェルラを詠唱し始めた。
「わかってるわ!あなたも自分に防御魔法かけておいてよ!?」
あたしもそれに怒鳴って答える。

それに対して、男どもの反応はいまいち鈍かった。
あたし達がいきなり戦闘準備を始めた理由がわかってないの?
「おい、どうしたんだ?」
「フェム?」
「いいから!さっさと剣を抜きなさいよ!」
あたしは怒鳴りかえす。
まったく鈍感もいいところだ。

なんだか判らないような戸惑った顔をしたリンツァイスとスカイリッパーが剣を抜こうとした時、あたし達の頭上で光が弾けた。
続いて各々の体をクリスタルのような結晶と魔方陣が包み込む。ファピナナが使ったプロテアとシェルラだ。
その時既にあたしは自分への守りの魔法を詠唱し終わっていたから、続けて二人に上位のプロテスを上書きしていく。

その時ギラリとした光が鋭い音とともに宙を走った。
ラオグリム……が剣を抜いてこちらへ駆けて来ている。
く……間に合うか!?それとも抵抗される!?
あたしは必死にスリプルの魔法を詠唱を完了させたのだが、やっぱりそれは無駄だった。
紫色の靄がラオグリムの頭部を包んだのだけれど、その男は頭を一振りすると何事もなかったようにこちらへ走ってくる。
あたしから黙らせた方がいいと判断したんだろうか。
次の瞬間、まるで瞬間移動のようにラオグリムが飛び込んできた。ものすごい力で前方に跳躍したのだ。上に跳ばないところはさすがだ……なんて感心してる場合じゃない。
あたしの頭上に振り下ろされた長大な騎士剣が迫る。
まずい。あたしはまだ剣を抜いていない。
すぐさま横に飛びのこうとしたのだけれど、なんて事だ、砂に足を取られてあたしは半分転んだような体制になってしまう。
自分が転んで動けなくなってしまっては、魔法で作り出した分身も全く意味がない。
く……足をもってかれる!?

だがその斬撃は、横から滑り出てきたリンツァイスが眼前に構えた剣の腹にぶつかり、派手な金属音を立てるにとどまった。
リンツァイスは剣の先を左手の盾につけて足を踏ん張り、その一撃をどうにかこらえてくれたようだ。
あたしの耳に、アイツの荒い息づかいが飛び込んできた。
二人はそのままの姿勢で固まっている。

「……なかなかのものだ」
「あなたも戦士なんだろ? どうして女性から狙うのさ!?」
リンツァイスが歯の奥から搾り出したような声でラオグリムに問い掛けた。
「……男女差別主義者か?」
ギリギリと剣を押し付けながら、ラオグリムがつぶやく。
「そういうことじゃない!」
力負けしてるリンツァイスの足が砂に沈んでいく。
リンツァイスはヒュームの男性としてはかなり小柄な方なのだ。当然腕力もそれに見合ったものしかない。
普段は剣の重量や筋肉の反動を上手く使っているけど、こういう正真正銘の腕力勝負になった時にはかなり不利だ。
「リンツ!」
あたしが立ち上がりながら叫んだのと同時にズサっという音が上がり、ラオグリムは鍔迫り合いをやめて横に跳んでいた。
先ほどまでのラオグリムの位置には、普通のそれより遥かに巨大なガルカ用の両手剣の剣先が突き刺さっている。
ツヴァイハンダーというバストゥーク古語での呼び名がそのまま剣の種類の名前として共通語でも使われてしまっている、極めて高品質のトゥーハンドソード。
スカイリッパーだ。

「さすがに大振りはよけられるか」
スカイリッパーが剣を戻しながらボソリと言う。初めからリンツァイスを助けるための牽制だったのだろう。

「……不利か」
ラオグリムは呟いて、剣を油断なく構えたまま懐から袋を取り出すと、その中身…何か白いものを砂の上に巻いた。
砂と石?それにしては形が奇妙だし、まるで骨のような……。
そして印を切って何か呟くと、男の目の前に紫がかった闇の渦が出現した。
途端に男の周りからスケルトンウォーリアがムクムクと生えてくる。
「えぇ!?」
「な、なんなんですか~!」
リンツァイスとファピナナが悲鳴をあげた。
そりゃそうだ……あたしだって絶句してる。
「ネクロマンシー……」
イー・キノエが青ざめた顔で呟いた。
「あんにゃろう……ノーグとも深い関係にあるわけか。下手すりゃ首領の近辺までコネがありやがるぜ。もしかしたら首領本人からなにか仕事でも受けたか?」
彼女は続いて汚い口調で吐き捨てる。
「ノーグとスケルトン兵ってどういうことよ?」
あたしも身構えながら彼女に訊いた。
「海賊船の出元はノーグなのはねえさんも知ってるだろ?アレのスケルトン兵召喚の技術を持ってるのはノーグだけ。ネクロマンシー、死霊使いと呼ばれる秘術さ」
なにかの本で読んだ記憶がある。もっぱら東方の大陸で進んでいるという魔法の一系統だ。
原理的には付与魔法と神聖魔法を組み合わせたものに近いという…とは言っても神聖魔法自体が原理不明で意味不明な魔法ばかりだ。
「神の名において漂う英霊を人骨のかけらに宿らせる……って」
その文献の、どう考えてもかなり怪しげな一節があたしの頭の中をよぎる。
だがこの系統の魔法は、ミンダルシア、クォン両大陸では全くと言って良いほど話も聞かないし、まともな文献もない。
ノーグの連中がそれを使うのは知っていたが、なるほど。外部に漏れないようにしてるわけね。
確かに海賊業の一番コアな部分だ。
それを知ってるって事は……やはり首領自身とかなり深い信頼関係にあるのだろう。

「ってことはさ」
「そうよね」
あたしとリンツァイスが目と目だけで納得する。
つまりこの男がノーグに繋がっているということはブルストも何らかの形でそれに影響しているということであり……。

そんな事をやっている間に、三体のスケルトンウォーリアがこちらへ向かってくる。
まずい状況だ。どう割り振る?あたしは必死で考えてる。
スリプルは効かない、バインドも効きにくい、イー・キノエは接近戦を苦手としているはず……集中させて叩く?
でもその間にラオグリムに接近されたら?
ところがその瞬間的な思考の間に神聖魔法の旋律がかぶさってきた。

「ちょ……やめ」
正気なの? あたしは一瞬自分の耳を疑った。
だがあたしがそちらを向いて声を発した時には既にファピナナの詠唱が完了している。
バニシュガ……ファピナナもあの修道女と同じ事やるわけ? お願いだから自己犠牲は止めてよね!
一気にスケルトンウォーリアの注意が彼女の方を向く。
あたしは青ざめたのだけど、
「スカイリッパーさんとリンツァイスさんで一体ずつ! バニシュの残留効果が効いていますからもろくなっているはずです。イー・キノエさんはそれを援護してください! フェムヨノノさんは弱体魔法と精霊魔法で狙ってください」
矢継ぎ早にファピナナの的確な指示が飛んできた。当たり前だけれど、彼女は集団戦闘の経験が一番豊富だ。つまり、あたしが心配していたような行動じゃなくて。
「おう!」
それを聞いてリンツァイスとスカイリッパーがファピナナの所へ集まりかけていた骸骨兵を一体ずつ受け持つように道を遮った。
あたしは素直に従う事にした。あの三人なら接近戦の技術も持ってるし、それをイー・キノエがサポートするなら問題ないはず。
ファピナナが心配といえば心配だけれど、彼女はそれを補って余りある対アンデッド用神聖魔法を使える。
なるほど。彼女が全部の敵の注意をひきつける自己犠牲的作戦をやるのかと焦ったのだが違ったようだ。全員の能力を的確に判断した上で指示を出している。さすがだ。

えーと……あたしが詠唱すべき魔法はなにが優先?
必死に頭をひねるけれども、他人のペースで戦う事に慣れていないあたしは戸惑っている。
お願いあたしの頭脳、回転して頂戴!
だけど考える必要はなかった。ラオグリムが既にあたしに向かって駆け出して来ていたから。
「!!」
「フェムヨノノさん!」
対峙する精神的時間的余裕も与えられず、先程と同じようにラオグリムの騎士剣による斬撃が繰り出されてくる。
「フェム!」
リンツァイスの叫びが耳に届くけれど、あたしは目の前の攻撃に注視している。
右、左、右、左へフェイントをかけてもう一度右へ……
あたしは最初にブリンクで作り出しておいた分身を上手く使いながら、ステップを使って鋭い剣撃をフルーレで受け流していったのだが……幾度目かの攻撃の後分身は綺麗さっぱりなくなってしまった。ファランクスもストンスキンも効果が切れてしまっている。詠唱しなおす時間がない。
あたし達赤魔道士は時間と魔力を引き換えにして近接戦闘能力を作り出しているのだ。
「やば……」
自分の顔が引きつったのがわかる。

無表情のまま、ラオグリムが右手の剣を大きく振りかぶった。次の一撃は……身長差を利用した唐竹割!?
頭上からの勢いを持った一撃は、あたしのフルーレでは受けきれない?
それがわかった途端、あたしの頭の中で光の奔流が弾けた。
殆ど無意識のうちに連続魔が発動する。そして振り下ろされてくる剣に向かって左手をかざした。
「ファランクス!」
あたしの左手の先を中心に発生した、あらゆる属性を持つ七色の巨大な魔力の盾が、迫ってくる剣を受け止める。
だがもちろんそれだけで防げるような一撃じゃない。
勢いは多少殺されたものの、魔力の盾をぬるりと抜け出てきた騎士剣があたしの頭上に迫る。
その様子は、あたしにはまるでスローモーションに見えた。
『死ぬ時って、世界がゆっくり動くように見えるんだよ』
まことしやかに語られる一節……あたしはそれを体験してるのだろうか?
あたしは死ぬの?
そしたら誰がリンツァイスのパートナーをやるのよ、誰もいないじゃない!?

あたしの頭の中で暴れまわる光はまだ収まっていなかった。
頭を右に振って最悪の事態は避けたけれど、既に耳あたりまで剣が迫っている。
このまま右に避けても左手はもってかれる。
ここまで攻撃が迫っている以上ブリンクの分身じゃ意味がない。当たる事を覚悟で……この場合ストンスキンしかないか。
それだけを必死に考えたところで、あたしの左肩口にラオグリムの騎士剣が突き刺さった。
黒いコートが切り裂かれ、ブッと肉が切れる音を立てて、その綺麗な刀身があたしの肩に食い込む。

「フェム!!」
リンツァイスの叫びがあたしの耳に届いたとき、スローモーションで回っていた世界が元の時間を取り戻した。

ラオグリムは怪訝な顔をして剣を引くと、バックステップしてあたしと距離をとった。
自分の一撃がこんな小さなタルタルに受け止められた事が信じられないのか。
……そう、なんとか間に合ったのだ。
ファランクスと当たる瞬間に発動したストンスキンのおかげで剣撃の勢いは殆ど殺せた。
あたしは死ぬ事もなかったし、半身をもってかれる事もなかった。

はぁはぁという自分の息使いがリアルに耳元に戻ってくる。
もちろん血は流れてきてる。左手は動かない。鎖骨ぐらいは折れてるんじゃないかな。
……当たり前なんだけどすごく痛い。

「残念ね……あたしを殺せば、他の連中に戦う意味はなくなるって判断したわけ?」
気力を振り絞って、あたしはラオグリムを睨み付けた。
「……フェムヨノノ師か……さすがだな」
「ふん、英雄様にさすがって言われるなんて鼻が高いわ」
「ソロロの魔法屋の一門だったな。あの店には駆け出しの時にはよく世話になったものだ」
え? ってことは……。
続けてラオグリムは剣を構えたけど……その次の攻撃はやってこなかった。
剣を一振りして鞘に戻したのだ。
ラオグリムの顔は相変わらず無表情だ。けど……先程はなかった薄笑いの影のようなものが張り付いていた。

「フェム!?」
「フェムヨノノさん!?」
もう一度リンツァイスの叫びが、今度はファピナナの声と一緒に耳に入ってきた。
そちらを見ると、青ざめた顔をしたリンツァイスが駆け寄ってきている。
ファピナナとスカイリッパー、そしてイー・キノエも無事のようだ。
三体の骸骨兵は既に崩れ去っていた。
「あんた達は大丈夫だったの?」
「フェムは!?」
「ごらんの通りよ。まだきちんと生きているわ……骸骨兵はそれほど強くなかったって事?」
あたしのその問いかけは、リンツァイスではなくラオグリムに向けたものだ。

「いや、それなりのものを召喚したつもりだが……なるほど、彼女は騎士だったか。攻撃の要となる狩人は生かせないと思って骸骨兵を召喚したのだが」
どういうこと?
「私は騎士ではなく白魔道士ですけど……あなたはバニシュが何だか知っているわけですね?騎士なんですか?」
え?でも騎士ってことはサンドリアの?
「サンドリアの騎士ではない。騎士の資格ありと認められ騎士の能力を振るう冒険者だ」
ラオグリムが何の抑揚もなしにそれを肯定した。
「そしてバストゥーク出身ってこと?」
うちの塾の魔法屋で魔法を買っていた、つまり駆け出しの時はバストゥークにいたわけで、そうなればバストゥークの冒険者としか考えられない。
おまけに「ビルルホルルの魔法屋」ではなく「ソロロの魔法屋」ということは、ソロロとツェイラが継いだ後に冒険者になったわけだから、それほど昔の事ではないはずだ。少なくともあたしやリンツァイスが冒険者登録をしたのよりもずっと後。
それでこの実力……『天才』か。

「その通りだ、フェムヨノノ師」
「……戦う前に、とは言ってももう戦っちゃってるけど、話す気になった?そのラオグリムという名前について」
「その前にですね!」
ファピナナが怒ったような顔であたしを睨んだ。
「ハイハイ……わかってるわよ」
つまり、傷を治せというのだ。
あたしは自分でケアルを唱えようとしたのだが、その前にファピナナから上位ケアルが飛んできた。
一瞬のうちに傷がふさがる。骨もくっついてるみたいだ。軽く動かしてみたけれど問題ない。
ただ、まだ筋肉は引きつっているし重くて鈍い痛みは残ったままだ。回復魔法といえど万能ではない。
「ありがと、ファピナナ」
軽くお礼を言ったら、彼女はにこっとしてくれた。
「フェム、本当に大丈夫なの?」
リンツァイスが心配そうな顔で覗き込んでくれる。
「バカ、人の事心配する前に自分を見なさいよ」
そう返したのだけれど、別にリンツァイスがぼろぼろになっているわけじゃない。ただ頬に骸骨兵の鎌にやられたらしい裂傷が一筋走っていた。
「お願いだからあんまり人相悪くしないでよね。ナタリアに怒られちゃうわよ」
あたしはその頬に右手を寄せて、小さいケアルを詠唱した。
ぽわんと音がしてふっと傷が消える。

そんなあたし達の様子を、あの男は相変わらず無表情で、しかし先程に比べれば幾分面白がっているような表情で見ていた。

「さて、ラオグリム……だっけ?」
先代の語り部の名前を呼ぶのは、どうも不謹慎なような気がする。あたしはガルカじゃないけどバストゥークの民だ。
スカイリッパーはギリギリとあまり見ないような強い目つきで、この男を睨んでる。
「ここにはガルカもいるのよね、だから本当の名前というか……普段使ってる名前を教えてくれない?」
「……エアハルトだ」
相変わらずボソボソとしゃべる男だ。
「それで、話してくれるわけ?」
あたしはそこで、幾分緩みかけていた表情をきつく戻す。
「なんであたし達を襲ったのか?ブルストのヤツから受けた仕事の内容を」
当然といえば当然、あたしは拳で語り合って仲直りなんて、どこかのモンクのような熱血バカじゃない。
「語り部の名を騙る理由も忘れるな!」
怒気を込めて付け加えたのはスカイリッパーだ。

だけど質問は質問で返ってきた。
「フェムヨノノ師、あんたに訊きたいことがある」
「なによ?」
「あんたが俺をこうしたのか?」
「え?」
それはあまりにも予想できない質問だった。
あたしは一瞬ぽけっとしてしまう。
「あんたの名前はルシウス補佐官から聞いたことがある。つまりあんたは国の首脳陣に対して影響力を持ちうる人間だな? そのあんたが俺をこうするように動いたのか、と訊いている」
「は?」
まるでこの間のブルストのようなことを言う。
「大統領は、自分の利益のために戦え、と俺に言った。だが事が終ってみれば俺や俺の仲間の事がどこかに漏れている」
「……話が全然見えないんだけど?」
「そうか、ならば話はないな。ミッションは放棄する……放棄する理由が出来た」
そう言うとラオグ……エアハルトは懐から一枚の札を取り出した。
「待ちなさいよ、こっちの話があるのよ!?」
あたしは怒鳴りつけたのだが、
「俺の方にはない」
そんな道理が通るわけないでしょ!
だが、エアハルトは札を頭上にかざすと……そのままかき消したようにいなくなってしまった。
魔力を失った札が、はらりと砂上に落ちる。
呪符デジョン……か。
「……訊かれ損じゃない!」
あたしは憤慨してみせたのだが、どこか狐につままれたような気分だった。
エアハルトが言う事がさっぱりわからない。
「フェムの場合思いっきりやられちゃったわけだしねぇ。訊かれ損だけじゃ済まないよなぁ」
リンツァイスもあたしと同じように呆けたような顔をしていた。
スカイリッパーは相変わらず険しい顔をしているし、ファピナナもあっけにとられている。

だけど、その後ろでただ一人、イー・キノエがなにやら考え込むような顔をしていた。