それぞれの戦い - 攻める者達
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夜ベッドに入って寝付くまでの間に、一つ一つ思いついた事を積み重ねていく。
カチャリカチャリとまるで積み木のように、隙間なく。
もし隙間が出来るようだったら、その仮説は間違っているのだ。
別の未だ見ぬピースを探すか、それとも今のピースだけで隙間なく積み上げる方法があるのか。
今回の件で言えば、ピースが足りない方だ。
けれどそれがどんな形をしているのか、即ちどんな空間を埋めるためのものなのかはわかったような気がする。
ならば、現在手元にあって使われていないものから、足りない部分にフィットするようなピースを作り出せばいい。
それをイメージする。
寄せ集め、辻褄が合うように組み合わせ、まるで剣に魔力を通すように一本のしなやかで固い論理の筋を通す。
その新しいピースを使って隙間がない積み上げ方が出来れば、それは例え事実ではないにしろ強力な説得力をもつオブジェが出来上がる。
それを仮説と言うのだ。
何故、イー・キノエは『英雄』という言葉を強調したのか。
何故、あのミッションはスカイリッパーに回されたのか。
何故、あたしとリンツァイスがスカイリッパーと組んでいる事が前提のような…
何故、……
その夜、夢の世界へ旅立ってしまう前に、あたしの頭の中には隙間が一つもないオブジェが誕生していた。
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「スカイリッパーさん、います~?」
真夏の爽やかな朝日と共に入り込んできたそんな声を耳にして、俺は剣を振る手を止めた。
「…どうした?」
そのまま残心の体勢で呼吸を整える。
声の主はわかっている。ファピナナだ。
「あ…すいません。稽古中だったんですね。お邪魔しちゃって」
「いや、いい。丁度終ろうと思っていたところだ」
彼女は相変わらずおせっかいなまでに気が回る。
「そうですか。入ってもいいですか?」
「ああ」
俺は生返事を返したのだが、
「それじゃ失礼しま~す」
彼女はにっこりと微笑みながら、軽い調子で道場に入ってきた。
今日の彼女はゆったりとしたチュニックを着ている。柄はこの間のものとは違うがシンプルなものだ。
ここは鉱山区の地下の一角にある道場、ちょっと広く天井が高くなっているぐらいで、鉱山区の普通の家とそう変わりがない。
ガルカの古老の一人が開いている道場だ。門下生はガルカだけでなく、商業区や港区からヒュームも受け入れている。
俺はこの道場で師範代の役にある。もちろん冒険者が本職だから国にいる間限定のバイトのようなものだが。
その他にも、どうもモグハウスが好きになれないといった事情があり、俺はこの道場から続き間になっている部屋に間借りしている。
「それで、どうしたんだ?」
通路に面した開けてある木戸をを眺めてみたり、壁に掛かった様々な種類の練習用の模擬剣などを丹念に見たり…きょろきょろと道場の中を見回しているファピナナに向かって、俺は声をかけた。
「何か用事がなきゃスカイリッパーさんとお話しちゃいけないんですか?」
「いや、そういうわけではないが…なんだ?」
こんな所まで来て、一体なんだというのだ?
「フェムヨノノさんを見てて、私もちょっと頑張ろうかと思ったんです」
「は?」
「私の方は彼女と違って、まだ負け戦になると決まったわけじゃないですからね」
彼女はしっかりと俺の目を見て、かみ締めるように言った。
だが…俺の方は、ますますもってわけがわからない。
「こっちの話ですよ。終った所なら丁度良かったです。朝ご飯にサンドイッチ作ってきましたから」
「おお、そりゃありがたいな」
疑問は多々あるのだが、俺はとりあえず大人しく頂いておこうと決めた。
黙ってそうしておいたほうがいいような直感があったからだ…逆らったら恐ろしい事になるのではないかと。
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「エレノアから連絡が来た」
朝っぱらから、あたしとリンツァイスのお茶の時間に割り込んできたのは、ミスラ独特の鼻に掛かったような声だった。
あたし達は旅先でもなければ朝食は取らない。だから濃いコーヒーで目を覚ます。
これが粋なバストゥーク流…とあたしは勝手に思ってるんだけど…。
ドアがぶち開けられてすぐさまそんな大声を出されれば、朝の爽やかな雰囲気はぶち壊しだし、おまけに寝起きの頭にも辛いのだ。
「ごめん、イー・キノエ。あなたの声は頭に響くのよ…」
「なんだい、ねえさん。宿酔いかい?」
「そういうわけじゃないけど、バストゥークにいると寝起きはいつもこうなの。安心しちゃってるのね。…それで?」
「とりあえず判明した事実だ」
「うん、お願い」
あたしは、カップに半分ほど残った熱い液体のさらに半分を喉に流し込んだ後、居住まいを正してそれを聞こうとした。
横ではリンツァイスもカップをテーブルにおいて、腕組みをして真剣な顔をしている。
イー・キノエは一つ息を吐くと、話し始めた。
「ブルストという男とウルリッヒ…元は仲間だったらしい。黄金銃士隊のな」
「やっぱりウルリッヒは元黄金銃士隊…って、えぇ!?」
仲間って…ブルストはそんな年齢なのだろうか?
「実はそれだけなんだけどな…ねえさん、もう判っただろ?」
にやりとあたしを見るイー・キノエ。
「イー・キノエ…あなた…」
「ねえさんも私と同じ所に辿り着いてるんだろ? そうじゃないなんて言わせないぜ?」
知らず大きなため息が出てしまった。
あたしは何をやってるのだろう?
バストゥークで生まれ育ち、ずっとこの国の冒険者をやってきたというのに…新参者のイー・キノエと同じタイミング、それより遅い時間でしか、その場所に辿り着けなかった。
あたしは最初から関わっていた、いえ、巻き込まれていたはずなのに。
「笑ってくれていいわよ。所詮あたしはこの程度の頭しか持ってないってことよ」
あたしは肩をすくめ自嘲してみせる。
「はぁ? 何を言ってるんだ、ねえさん? …つーか、それ私にとっちゃえらい失礼な言い方だぞ?」
「あなたはこの国でずっと暮らしていたわけじゃないわ」
「まぁそりゃそうだが…それにしたって納得できないな」
もとよりあたしのそんな自嘲を理解してもらえるとは思っていない。
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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。
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「どうだ、やってみないか?」
ファピナナの作ってきてくれた朝食を食べて、どうでもいい話をしながら少し腹が落ち着いてきた頃合だ。彼女に声をかけてみる。
「え?」
彼女はきょとんとした顔で俺を見た。それに構わず俺は続ける。
「残念ながら練習用の盾は木製のラウンドシールドしかない。それでもよければだが」
「ああ、そういうことですか」
小さな騎士は納得した様子だ。だがその後に出てきたのは、俺の考えもしない言葉だった。
「では、エルヴァーン用の片手剣の練習刀…重量バランスは戦士剣ぐらいのものがあればそれを貸してもらえませんか?」
「…なんだと!?」
エルヴァーン用では彼女にはとてもじゃないが振り回せない。彼女にとっては殆ど両手剣みたいなもののはず…もしや。
「なるべく柄が長くて細いものがいいですね~。もちろんタルタル用両手剣があれば一番いいんですけど」
やはりそういうことか。つまり彼女は両手剣を欲していたのだ。
だがここはバストゥーク。ただでさえ両手剣などを使うタルタルは少ないのに、ましてやここはそのタルタルすら殆どいない土地だ。
だから丁度バランスが同じエルヴァーン用戦士剣を求めたという事なのだろう。
「ああ…タルタル用がある。ビルルホルル師が時たまここに来て振っていくものだ」
「そうですか。ではそれを」
事も無げに言う彼女。ビルルホルル師が剣を振るう事に驚いていないのだろうか?
これはフェムヨノノですら、ついこの間知った事実のはずだ。『なんで今まで教えてくれなかったのよ!?』などと問い詰められた覚えがある。
「しかし…使えるのか?」
「ええ多少は。どうせならあなたとは、あなたの得意な得物でやってみたいですから」
にっこり微笑む白魔道士のはずのタルタル。一体どうなっているのか…。
壁に掛かっていたビルルホルル師が使う両手剣の模擬刀をファピナナに放ってみた。
自分でも一瞬「しまった!」と思ったのだが…危なげもなく、それを軽く受け止めてしまう彼女。
その光景はなにか異様なものを感じさせる。
「それじゃ本気でお願いしますね~」
「なに!?」
「今日明日また出かけるわけじゃないんですから、ケアルもあるんですし、稽古用の剣なんですからよっぽど当たり所が悪くなければ死ぬわけじゃないですよ」
「う、それはそうかもしれないが」
確かに普段生死のやり取りをしている俺たち冒険者にとっては、所詮は刃のついてない練習用の剣だ。
「もし運がなくて、『よっぽど悪かった』場合は、すぐにフェムヨノノさんを呼んでレイズかけてもらえればいいですよ~」
「確かに…いや、ちょっと待て、それはさすがに行き過ぎだぞ!」
ちょっとした場繋ぎかお遊び程度のつもりで声をかけたのだが、それが裏目に出てしまったようだ。
今のファピナナは何故かやる気に満ち溢れている。
「それにあなたとは一度本気でやりたいとずっと思ってたんです。フェムヨノノさん達はいつも一緒に稽古してるんでしょ?」
「俺が国にいて、あいつらが忙しくない時はな」
「だったら、私にだって少しぐらい良い思いをさせてくれてもいいじゃないですか?」
膨れたような顔で俺を睨むファピナナだ。
「何が良い思いなのかは判らんが…しょうがないな」
だめだ。今日の彼女が何を考えているのかがさっぱり判らん。
とりあえずお互いに両手剣でやらないと彼女の機嫌が悪くなりそうだったから、俺は詮索をしないで納得する事にする。
ため息をつきながら自分の模擬剣を構え、道場の中心へ向かった。
ファピナナは既に下段に構えたまま、そこで待っていた。
俺はその前に立ち、こちらは上段に構えた。
俺と彼女では体格が全然違う。身長は四倍ほどもあるだろうか。体重にいたっては…それこそ十倍以上も違うだろう。
だから間合いにしても力にしても俺の方が圧倒的に有利と思われるかもしれないが、それは素人考えである。
単純に組合って力押しになった時には、体格は大きなアドバンテージになる。俺が横に振ったのを剣の腹で受け止めただけで、彼女の剣は弾き飛んでいってしまうだろう。だから体全体で力を受け止められる騎士盾を使うのだ。
だが…結局わかった事。
それは彼女の剣は間違いなくパーティをサポートするためのものだ、という事だった。
しかしサポートとは言っても、フェムヨノノのように守ることを最優先しているというわけではない。それは彼女にとっては盾の役割なのだろう。
ファピナナの剣術はパーティに足りない攻撃力を補うためのもの。
そう、下段に構えていても、彼女の剣筋はまさに攻撃に特化したものだったのだ。
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「…いいわ。まずあなたから話してもらえる?」
「ああ。ねえさんや兄ちゃんから聞いたことを考えていくうちに、何かとても奇妙な感覚があったんだ」
言われてみれば確かにそれはとても奇妙な話だった。
「ウルリッヒという人物は実はかなり嫌われている。実力もないのにミスリル銃士隊の隊長になったり…特にガルカ達には語り部の忠告を聞かなかった人物として」
「その通りね」
あたしの横でもリンツァイスがコクリと頷く。
「ああ、彼に実際に実力がなかったというのは判らないさ。だがそう言われているのは確かだな」
あたし達をゆっくり交互に眺めてから、イー・キノエは先を続けた。
「…彼が本来なるべきだった姿は、ラオグリムの盟友であり、ヒュームとガルカが手を取り合い発展していく時代の英雄…って所なんじゃないか?」
「ふふん、いきなり確信ね」
あたしはニヤリと下品な笑顔でそれに答えてみせる。
リンツァイスもさして驚いた様子はない。
やっぱり辿り着いた所は三人そろって同じだったのだ。
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驚くべき事にその小さなタルタル女性は軽々と両手剣を振り回してみせた。
様子見で何度か軽く打ち合わせてみても、まったく危なげないのだ。
ならば…そろそろ行くかと思い、俺は上段に構えた位置から剣を横に振り回した。
狙うは右上からの斜め薙ぎ払い。ファピナナの体格はゴブリンより小さいのだから、丁度袈裟切りになるような感じの一撃だ。
両手剣のセオリーから行けば、彼女は頭上に構えた剣でこの一撃を受け流して、そこから左からの抜き胴へ持ち込むだろう。
それを返して…と手順を思い描いたのだが、実際に得たイメージはそれとは全く逆。
振り始めた時点で頭に浮かんだのは、何故かその一撃が完全な空振りに終るという奇妙な確信だった。
ダンッ
と石の床らしからぬ高い音が狭い道場の空間に弾ける。
彼女が強烈な左足のステップを使い、下段に構えたまま後ろに飛んでいたのだ。
ダダン!
続いて右足、左足の順で着地。体勢を左にほんの少し低くして、俺の剣の軌道をギリギリで避わす。
ダダッ!
すぐさま左足で低く跳躍、さらに右足で加速を加える。両手剣では一番防御しにくい腹から胸を狙っての突き。下段からの腰だめの突きは予備動作を殆ど必要としない最速の技だ。
思わず聞惚れてしまうぐらい、見事なリズムだ。
既に剣を振るってしまっている俺としては、急いでそれを手元に戻すしかない。
しかし重量そのものを武器とする巨大なガルカ用の両手剣だ。
いかに達人の剣とも言えど物理法則の影響を受ける。小さな剣の動きについていくことは容易ではない。間合いに入られてしまえば為す術がなくなる。
何とかギリギリ剣を戻すのが間に合った俺が、ファピナナの突きを体の外側へ弾き飛ばす事に成功した。
彼女は俺の腹へぶつかって、そのまま反動で後ろへ転げてしまった。
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あたしはイー・キノエに先を促す。
とりあえず詰まるまでは喋らせてしまおう。
あたしの視線を受け取って、彼女は一つ頷くと続けた。
「ブルストは…ウルリッヒを使ってガルカの不満を抑えようとしたんじゃないだろうか。
だから出世させミスリル銃士隊に入れさせて、ラオグリムと組ませた。
語り部と盟友関係を結んだヒュームがトップに立てば、ガルカ達は国に協力する事になるだろう。
それだけ語り部の求心力は大きい…ようなんだ。ガルカ達に話を聞いて回るとね」
『不満を抑える』というのはちょっと違うと思うけど…まぁいい。
「だけどウルリッヒは愚か過ぎたんだ。少なくともブルストにとっては。
彼は自分の権力欲を優先させ他人の意見を聞くという事をしなかった。
だから、ラオグリムとは決別する事になった…って所だ」
「そうなってしまえばもうウルリッヒを使う事は出来ない。そこでブルストの計画はいったん頓挫した。
そして長い時を経て、次に目をつけられたのが現隊長フォルカー。だが彼自身は英雄になる事を拒否した。
ある一件を通じてその思いを強くしたフォルカーを、ブルストは取り込む事が出来なかった」
「その次が…」
「エアハルトってわけかぁ」
そこでリンツァイスが口をはさんだ。
「へぇ…さすが兄ちゃん。そうさ、次は『英雄エアハルト』の出番となったというわけだ」
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結局、稽古と呼べるような呼べないような打ち合いは、その一度だけで終っていた。
その時間、一秒ほど。だが汗が一気に吹き出てきた。
「ふえ~、さすがスカイリッパーさんですね…取れると思ったんですけど」
背筋で反動をつけて跳ね上がるように…というか転がるように立ち上がった彼女は、悪びれもなくそんなことを言ってのけた。
まさか攻撃に特化するとこのようになるとは…タルタルという種族は存外両手剣の戦士に向いているのかもしれない。
ゴブリンよりもさらに小さい体格。両手剣を以ってしても、その間合いは剣を使う種族の中では世界最小か。
しかしその狭い間合いは、有効に活かしさえすれば最強の武器になる。そしてタルタルという種族は骨格と筋肉、体重のバランスが良く、概してとてもすばしっこいものだ。
盾を使わない時は、その素早いフットワークを最大限に生かし、不利にならないように絶対に組み合わず、ただ一撃必殺をねらう。
サムライが使うカタナという特殊な両手剣。その用法に近いような感じなのかもしれない。
これが、かつてのパートナーから教わったというファピナナの剣術ということか。
同じ盾を持たないタルタルの剣でも、フェムヨノノは違う。
軽い剣を使い、インファイトのポジションでひたすら受け流す、というものだ。
フェムヨノノの方は常に強化魔法込みで剣を組み立てているからなのかもしれないが。
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あたしの手の中のコーヒーは、既に冷めてきてしまっている。
「概して戦乱の時代には英雄が生まれやすい。
ウィンダス連邦は一見各院やミスラの族長の分権体制に見えるけどな、実際は星々という神の言葉を伝える代理人の星の神子を中心とした封建国家なのさ。
ましてやサンドリアは王族と女神教会という絶対支配者階級が存在する王国でしかない。
しかしだからこそあの二国は強い。求心者がいるからだ。
それに対してバストゥークは…『英雄』が必要であり、一番登場しやすい場所なのさ」
そこまで一気に語って、イー・キノエは乗り出していた身を戻し、どさっと音を立てて背もたれに寄りかかった。
とりあえず考えていた事は全て喋ったということかしら。
あたしはリンツァイスに目で合図する。
「えーと、イー・キノエはコーヒーでいいのかな?」
アイツはそう言いながら立ち上がって、台所へ歩いていった。
見事に伝わる意思…って別にそんな大げさなものじゃないんだけど。
そしたら、イー・キノエはずうずうしくもこんな事を言ってのけた。
「いや、朝食が欲しいな。ねえさん達が一緒に愛情込めて作ってくれる食事が私へのご褒美だ」
いやらしい笑いがその言葉に付属していたことは、言うまでもない。
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「ファピナナ、一つ訊きたい事がある」
剣を棚に戻して、汗を手ぬぐいで拭きながら俺はポツリと口に出した。
「なんですか~?」
彼女の方も、これでお終いとばかりに、模擬刀を床についてその上に手を乗せて一息ついていた。
「フェムヨノノは…あいつは大丈夫だろうか?」
そうだ、この間の語り部の名を名乗った不遜な男との戦闘の事だった。
「あいつは、お前と相性が悪い…のは気付いたか?」
「え?」
「フェムヨノノは根本的なところで自分以外の魔道士と協力する事を拒んでいる。普段ならあいつの判断と詠唱は全く淀みがないぐらいスムーズなのだがな…この間は違ったのだ」
ファピナナは、上目遣いで俺をじっと見つめて来た。
「な、なんだ?」
思わずどもってしまう俺だ。
そしたら小さな剣士はにっこりとしながら、グサっとくる台詞を吐きやがった。
「普段尻に敷かれてるのに、本人がいないとずいぶんと挑発的ですね。告げ口しちゃいますよ~?」
ファピナナ、それは違うぞ。断じて違う…が声に出して逆らう事は出来なかった。
「…普段がどうであれ、こと剣術に関しては俺は師範代であいつは門下生だ。道場で口にすることはそういう立場での事だ」
言い訳になったかどうか。
「ふふっ、そういうことにしておきましょ…フェムヨノノさんは大丈夫ですよ」
「以前組んだ事がある赤魔道士が、こんな事を言ってました。
『赤魔道士に出来る事とはなにか? 強烈な一撃を放つ事もできなければ、身を張って仲間を守る事も出来ない。
赤魔道士はその能力のみで戦うのではない。その頭脳をもって戦いに臨め。
考えろ、ただひたすら最善の策を考え続けろ、そしてそれを限りなく瞬発の領域まで持っていけ。
考えなければならない事は山ほどある。パーティ全体の魔法の組み立て、時間の割り振り、その時点での敵と味方双方の能力の見極め。それらを瞬間的に判断し未来を予測し、自分の行動を決めていく。
赤魔道士の戦いは敵との戦いではなく、ただひたすら時間との戦いだ』って」
淡々と謡うように語る彼女。以前組んだ赤魔道士とは誰なのだろうか?
「そうだ、その赤魔道士の言うとおりだと思う。この間のフェムヨノノはそれが出来ていなかったのだ」
「そうですね…でも、それはフェムヨノノさんにとっては当然なんですよ。私は彼女にとってはイレギュラーな存在なんですから」
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一人分だけというのも明らかに無駄だったから、結局あたしは三人分の朝食を用意した。
とは言っても、買い置きのホロ麦のパンと数種のフルーツ、それにナタリアが趣味で作ってる色々な種類のジャム。
火を使ったのはお茶だけだ。だからもちろん二人で作ったわけじゃない。
確かに頭をフルに働かせようとしてるんだから、甘いものを摂取しておいたほうがいいわよね…と自分に言い訳しながら、ジャムをたっぷり載せたあたしだった。
そんな山盛りのジャムを見て、イー・キノエは『朝っぱらからよくそんな…』と言いたげに顔をしかめてた。
肉食の習慣が強いミスラにとっては、ちょっとアレな食事かなとは思ったけど、そんな顔までされちゃうなんて。
「で、姉さんは何を思いついてるんだい? 私の考えだけじゃ不満そうだったけどな?」
たっぷりの食事と暖かいお茶をおなかに入れて、一息ついたイー・キノエ。さあやるぞ、といった感じで質問をかけてきた。
あたしは一つため息をついて、それに答える。
「ホロ麦のパンは野性味が強いから肉や野菜とは良く合うのよね、でも甘いジャムの時はサンドリア小麦の方がいいかもしれないって思ったわ…」
あ…盛大にずっこけるイー・キノエなんて今まで見た事がなかった。
「冗談よ」
「言ってる事自体は冗談でもなんでもなくて、非常に的を射た考察だよねぇ…」
うんうんと頷かんばかりのリンツァイスだ。
「ねえさん…あのな、兄ちゃんも!」
「判ってるわよ。えーとね、大筋は大体あなたの言った通りの事をあたしも考えてたわ」
ピクリと猫の耳が動く。
ジロリと猫の目が睨む。
猫娘は明らかに不信気だ。
「じゃあ何なんだよ、何か不満そうな顔して聞いてたじゃないか?」
何がと言われても…補足みたいな感じね。
「あたしとリンツァイスは最初から巻き込まれてたって事かな」
「最初からって、どういうことだい?」
「あなたには前に説明したけど、きっかけとなったあの闇の力が流れ込んだ石を回収するミッション」
「うん?」
「あれは間違いなく複数の人間に割り振られた仕事だったのよ。スカイリッパーは魔晶石の破片の回収なんかを期待されてなかった。多分既に回収自体は済んでいたんでしょうね」
「多分それをやったのはエアハルトとその仲間だよねぇ…」
あたしはリンツァイスに頷いてみせる。
「…あいつの本当の仕事は、石に封じ込まれた記憶を『あたしとリンツァイス』に見せる事だったのよ」
「はぁ? おいおい…なんだそりゃ?」
不可思議なものを見るように、首を振るイー・キノエ。
あたしは机に肘を突いて、彼女の方へ乗り出してみた。
「いい? 今までの英雄候補を辿ってみると、明らかに共通点があるでしょ。ブルストの目的自体に深く関係してくるんだけど」
「いや、それは僕が言うよ。ヒュームとガルカのペアだったって事でしょ?」
リンツァイスの横からの割り込みに、イー・キノエは、あっという顔をした。
「そういうことよ。ウルリッヒと先代語り部、フォルカー隊長と暗黒騎士ザイド。もちろんヒュームとガルカの仲を取り持つための英雄なんだから当たり前の事なんだけど」
「だけど、そのヒューム二人は盟友となるはずのガルカに対して、どちらもコンプレックスを抱いてた。イー・キノエが言ってた権力欲ってのとはちょっと違うと思う。だからブルストさんの計画は失敗したんだよねぇ…」
それが、魔晶石に刻まれたあの事件を生み出したってことなのだろう。
そのくせ、またもやヒュームの方を英雄にしようっていうんだから、ブルスト自身も何処かにコンプレックスみたいなのがあるのかもしれない。
「なんであたし達に、それが来たかって言えば」
「エアハルト本人は英雄の素質抜群だが、近い仲間に名前の知られたガルカがいなかった、って事かい?」
と、今度はイー・キノエが割り込んでくる。
イー・キノエもあたしの考えがだいぶ飲み込めてきたみたい。
「おまけにあたしはヒュームでもなくガルカでもない。あたしの両親やビルルホルル先生、そしてオノレみたいに、今の時代は移民が進んでいるわけ。第三勢力の事も考えた方がいいわよね」
「ねえさんと兄ちゃんはどちらも名前が知られている。その仲間でそこそこ名前が売れてるガルカを抜擢して、いい仕事を回してやればいい。そうすりゃ自然に名前は広まるしガルカ達のカリスマにもなる、か」
「語り部がいない時代にはそうするしかないって事よね」
本当にふざけた話だ。
在ジュノ大使館付武官という仕事は、スカイリッパーの実力が見初められたんじゃなく、そういう裏話があったんだから。
「あたし達はあの記憶を見た結果、問題意識をもってしまう。何かしら動こうとするって考えたんじゃないかしら?」
その為にあたし達を煽ったわけだ。
どこまで本気か知らないけど、少なくともあの時点では本当に塾の皆やナタリアをどうこうするとは考えてなかったという事だ。
悔しい…あたし達はまんまと踊らされたわけだ。
「あとは英雄の資格を得たエアハルトとあたし達を何かしらの理由で関わらせて…一度喧嘩したっていい、それで信頼関係を作らせるようにすると…」
「いずれバストゥークの平和という同じ目的の為に徒党を組むことになると睨んだんだろうな。なにせ、ねえさんも兄ちゃんも正義感の塊だからな。英雄であるところのエアハルトとも相性がいい、と」
「…余計なお世話よ」
むくれて見せるあたしだけれど、まぁそんなことはありえないから形だけだ。
そこだけはブルストの見込み違いだろう。いや、ブルストだけじゃなくイー・キノエもかしら。
エアハルトと相性がいいとか信頼関係が築くという事が『ありえない』んじゃなくて…あたし達二人の抱える問題があって、あの男、というより他の冒険者と組むことができないのだ。
今が異常なだけ。
「と、こんな所かしら?」
あたしが思い描いたブルストのシナリオは、とりあえずそんな感じだ。
大筋では間違っていない…はずなんだけど、
「フェム、それ少し付け足しが必要だよねぇ?」
リンツァイスが、ボソッと口にした。
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「魔法研究者であることと赤魔道士であることのジレンマですよ」
「…なんだと?」
ジレンマ?
「フェムヨノノさん、こと赤魔道士であることに関しては、ものすごく誇りを持ってるんです。だからさっきの『赤魔道士の本質』をよくわかってるんですよ。でも魔法研究者としての誇りがそれを邪魔してしまうんです」
「しかし魔法研究者も魔道士も似たようなもんじゃないのか?」
どうしてそこでジレンマが起こるのかが判らないのだ。どちらも目指すところは同じだろう。
「…冒険者としてのあなたと、剣術師範代としてのあなたにも矛盾する所があります。
赤魔道士は冒険者で、魔法研究者が日常、つまりスカイリッパーさんの場合は剣術の先生という事ですかね…それがさっきのあなたの剣にも現れてました。明らかに迷いが見えましたよ?」
俺の剣に迷い?
「すまん…わからん。もっと判りやすく説明してくれないか?」
俺は、素直に降参する。
観念論的な言われ方をすると、頭が混乱してくるのだ。
「そうですね。自分の魔法や戦術の組み立てに絶対的な自信を持ってるし、普段は魔法を使うのは自分ひとりだから、他人の魔法を計算に入れられない、入れたくない、それが赤魔道士であることを邪魔する、という言い方で判りますか?」
今度はするりと頭の中に入ってきた。
「なるほど…最初からそう説明して欲しかったな」
「私は占い師ですから。直接的な言い方は避けるものなんですよ」
微笑むファピナナ。
もったいぶるのが商売という事か。
「スカイリッパーさんの場合は判りました?」
剣術師範代である事と冒険者である事の間にジレンマがある…?
「いや、そちらの方はわからない。フェムヨノノの場合のような具体的な言い方をしてもらえると助かるんだがな」
そしたら、彼女はきっぱりと首を振った。
「ダメです!」
「…は?」
「私が本人に直接言っちゃったら意味がないんですよ。今度までの宿題にしておきます」
ファピナナは後ろ腰に手を回して、得意げな顔で宣言した。
「もしどうしても判らなければ、お客さんになって見料払ってくださいね。そしたら教えてあげますから」
そして彼女は付け足すように言葉を続けた。
「さっきのフェムヨノノさんの欠点ですけど…彼女は元々他の魔道士と組むように出来ていないんです。生まれた時からそうだったんでしょう」
「それは冒険者として致命的なんじゃないか?」
「問題ないんじゃないですか? だって普段は二人っきりで行動してるんでしょ? そしてそれを二人とも善しとしている」
「う…」
言葉に詰まってしまう。占い師というヤツはどうしてこうも口が回るのだ?
「だからこそフェムヨノノさんは赤魔道士なんですよ。私がいる時は私が彼女をサポートすればいいだけです」
「…それはそうだが。生まれた時からというのはどういうことだ?」
それがわからない。いや、今日のファピナナの言う事はわからない事だらけだ。
「独占欲…なんですよ」
俺は何かものすごく場違いな言葉を聞いたような気になった。
「二人とも自分やお互いの一部分を捨ててる分、他の一部では独占欲がすごく強くて…だからあの二人は二人じゃなきゃいけないんでしょうね。さすがにそこまでは気付いてないと思いますけど…」
瞬間、切なそうな顔になるファピナナだ、ところがすぐににっこりとして、
「だから最近のリンツァイスさんはストレス溜まってるはずですよ~」
などと、やっぱりわけのわからない事を言った。
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「何よ、リンツ?」
「イー・キノエは全体の流れについて考えた。フェムは僕達が巻き込まれた理由について考えたよね?」
その通りだ。
「じゃ、あんたが考えた事って何よ?」
「ブルストさん本人の事さ。何度失敗してもこんな事をやり続けてる理由というか…」
なるほど。それは確かにあたしも考えてなかった。
今のあたしは、どうしても自分…というかリンツァイスとあたしの事を中心にして考えてしまうから。
「ブルストさん、本当はすごくピュアな人なんだよね」
「…はぁ?」
あのむかつく男のどこがピュアだというのだ?
「あの人、自分が英雄の器じゃない事に気が付いたんだ。でもこの国を深く愛しているからどうにかしたいって。
あの人が目指す所は、結局フェムや僕と同じなんだよ」
「イー・キノエが言ったよね。王様や神子、そして教会みたいな存在がないバストゥークが一番英雄と必要としてるって。
でも、本当はそんなこと関係ないんだよなぁ。
あの人はねぇ、アルタナの女神やウィンダスの星の神子みたいなのを信じていない。
もちろん元々信心が薄いバストゥーク人だという事もあるとは思うけど…でもそれ以前にさ」
「それってまるで…」
あたしに言い終わらせず、リンツァイスは言葉を続けた。
「あの人は人間の力を信じているんだよねぇ。多分さ」
「!!」
あたしの驚きはすぐ伝わるのだ。
「そう、ブルストさんはフェムと同じなんだ。絶対的な存在なんか許しはしない。先人達の努力の結果、僕ら人間が手に入れてきたものだけを信じてる。
だから、人の身ならぬ存在に求心力を求めたりしないのさ。王族や神子、アルタナの女神なんてのは人間じゃない存在の典型だよね。
多分語り部もそうなんだ。だから彼は語り部をあくまで英雄の協力者としてしか位置付けなかった。
あの人が求める英雄ってのはガルカじゃなくヒュームなんだよ」
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俺が彼女と会ったのは、彼女が白魔道士として参加したパーティでだった。
その時は別になんとも思わなかったのだが、ひょんな事から彼女が剣を使う白魔道士であることを知ってしまった。
騎士の戦闘法を習った事があると言っていたし、この間彼女の剣の師匠に会う事にもなった。
(その師匠には俺は一方的に敵視されているようだが…理由がさっぱりわからない)
だから彼女は騎士なのだと思っていた。
だが、彼女はきっぱりとそれを否定する。曰く「私は白魔道士です」と。
聖堂教会をバックグラウンドに持つ白魔道士は、戒律上刃のついた武器を使用する事を許されていない。
だが、それはもちろん教会の白魔道士、即ち神の教えの道に生きる修道士や修道女の場合だ。
ウィンダスで生まれ育ったということもあるだろうが、彼女はその本質的な部分でアルタナの女神を信じていない。
だからこそ彼女は騎士ではなく、剣を振るう白魔道士なのだ。
ならば、彼女の信じるものとは何なのだろうか。
神への信心やそれに代わるもの以外のどのような想いが、彼女をこんなにも強くさせているのだろうか。
俺ならば…間違いなくガルカの誇りと民族意識だろう。
今回の一件が、それを強く感じさせてくれている。
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「でさ、結局のところ…」
リンツァイスが言いかけて、そこで止めてしまった。
気持ちはわかる。あたしだって認めたくない。
だけど。
「あたし達の求めてたガルカの歴史の真実ってのはそれなのよ。少なくとも先の大戦の前あたりからバストゥークのガルカの歴史はコントロールされようとしてきた、って事ね」
どうしたものか…スカイリッパーに伝えちゃっていいんだろうか?
「あの石が見せてくれた通り、先代語り部はあの時点では死んでいない…だからその闇の王って…」
「そういうことだねぇ。これだけ材料がそろってれば充分に想像できるなぁ」
「そこで問題になるのは、少なくとも次の段階は既に終ってる、という事だな」
「次の段階…そうか。エアハルトは『英雄』なのよね!?」
「そういうことさ、ねえさん」
にやりとするイー・キノエ。ぽんと膝を叩くリンツァイス。
三人そろえば文殊の知恵。議論を重ねていく事でお互いの思いつきが補強され相互に干渉しあって結果を生む。
元々たどり着いた場所が一緒だったからそのすり合わせには殆ど手間が要らなかった。
こういう事もあたしにとっては、また一つの戦いなのだ。
リンツァイスとイー・キノエとともに、調べて回ったことを武器に思考という戦いを繰り広げる。
相手なんかいない。
でも剣や魔法を持って直接敵と対峙するだけが冒険者の戦いじゃない。
あたし達はそれに勝利したのだと思う。この想像は…多分正しい。
実際に細かいところがどうなってるのか、エアハルトが本当の語り部殺しなのか、それともそうではないのか。どちらにせよそこに罪はないだろうけど。
だけど、実はあたしたちにとってそんなことはどうでもいいのだ。
問題は…。
「やめさせなきゃ…」
あたしは呟く。隣でリンツァイスも当たり前のようにそれに頷いてくれた。
そう。それが一番重要なことだ。
もちろん、ヒュームとガルカの対立がなくなることは喜ばしい事だ。しかしそれはあくまでお互いに納得し、誤解を無くすまで話し合った結果であって欲しい。
英雄などという一つの求心力を持ってのみ成し得るようなものであれば、そのカリスマがいなくなった時点で再び対立が生まれてしまうのだ。
人が仲良くするために容易な状況。
一つ目、強力な共通の敵を作る事…闇の王、獣人勢力という存在。
二つ目、強力なカリスマを準備する事…この場合ブルストがやろうとしていることはこちらだ。
当たり前といえば当たり前だ。彼には闇の軍勢を手玉に取るだけの手段がない。だが…英雄というカリスマを作る事は出来る。
その為に30年以上、彼は孤独に目的を持って一つの事をやりつづけてきたのだ。
まことあっぱれとも言えるかもしれないけど…
「ブルストが考えている事は、最終的にはただ一つ。バストゥークだけじゃない。世界の全ての人々の思いをまとめて、世界を真の平和に導くこと…多分ね」
その理想は立派だ。
だけど、あたしは…その手段を許すわけにはいかない。
イー・キノエがあたしの表情をみて一つため息をついてから、言葉を吐いた。
「と、なれば…もう決まりだな」
リンツァイスもそれに頷く。
色々理由をつけてみたけど、正直に言っちゃえばエアハルトがどうなるかなんてあたしは興味がない。
英雄でもなんでもやってればいい。
それがバストゥークの為になるのなら大歓迎だ。
でも…あたしは英雄になるのはごめんだ。
あたしはあたしのやり方で行く。
「そうね、やるしかないわね」
これはバストゥークを正しく導くための戦いなんかじゃない。ブルストを裁く権利なんてのもあたしにはない。正義なんてのがそこに介在する余地なんかはこれっぽっちもない。
あたしは、あたしとリンツァイスをいいように使おうとするやつなんが許せないんだ。
だから、これは私闘。
それが、あたしの戦いだった。