それぞれの戦い - 守る者達

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「オノレを冒険者にさせるぅ!?」
あたしの声が部屋の中に響き渡った。内容はとんでもなく突拍子がない話。
「ど…どういうことですか?」
もちろん、あたしはどもってしまうほど驚いて、先生に聞き返した。

先生の書斎、ここにいるのは、あたし、リンツァイス、そして何故かイー・キノエ。
その時は、なぜその三人が呼ばれたのかさっぱり判らなかったのだけど…

「どうもこうもないよ。オノレ君は特別奨学留学生の資格を失った。だからビザも切れる。この国にとどまるためには滞在フリーの冒険者になるしかない」
「資格を失ったって…だから理由を聞いてるんです!」
「理由はシンプルだよ」
だが、その後に出てきたのは、とんでもない一言だった。
「オノレ君は用済みになったんだ。次の世代を担うのにふさわしい英雄がウィンダスに登場したからね」

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

あたし達は息を飲む。
否、イー・キノエだけは舌打ちだった。

「オノレ君の特待奨学生という身分、それは何を表していたか。希少なエルヴァーンの魔道士としてウィンダスの未来の…そうだな、アイドルになるということだった、というのは解ってるよね?」
あたしはコクリと頷く。

オノレはその特殊な身の上を買われて魔法を勉強する資格を得ている。
いや、勉強するだけだったり、魔法を使うだけだったらどうにでもなるのだけれど、きちんとした魔法研究者になるための教育、つまり連邦の魔法学校レベルの教育を受けられるところなんてそうはない。
両大陸を合わせても指で数えるほどしかないのだから、やはり耳の院というのは相当に幅を利かせていることになる。

それはそれとして、やっぱり身の上の問題から魔法学校入学を拒否されてしまっているオノレは、耳の院の紹介とウィンダス政府の特殊特待奨学生の資格を得て、ここバストゥークのビルルホルル師塾にいるわけだ。
オノレの就学については、先生と耳の院との間で、結構複雑な契約があったようなのだ。

そして、耳の院、というかウィンダス政府の目的は…そう、ブルストと同じ求心力を持った存在を作り出すこと。
オノレはその目的に乗ってしか、勉強する事が出来なかった。
自分の未来さえも自由にならなかったのだ。

ところが…そんなオノレが不要になったときた。
もちろん連邦政府の人達全てがオノレの事を知っているわけではないだろう。むしろオノレに関わっている人間なんて耳の院と政府の本当にごく一部のはずだ。
そのごく一部の人間が、『将来のオノレ以上のアイドルが誕生した』と感じてしまったわけで。

「『英雄』…ねぇ」
リンツァイスがため息をつくように、言葉を吐き出す。
あたしたちには思い当たる所があるのだ。
「つまり、エアハルトの仲間って事だよねぇ…」
あたし達は、一人の『英雄』とその人間がそう呼ばれるようになった経緯を知っている…というか考え付いてる。

その人は、多分ウィンダスで生まれ育って冒険者になった生え抜き…なんじゃないだろうか。
バストゥークに留学して帰ってくるエルヴァーンと天秤にかけて、今回英雄になった人を採ったわけだ。
エアハルトの仲間ならば、星の神子と通じてもいるのだろう。
それこそ世界の命運が掛かった出来事だったはずなのだ。ウィンダスもサンドリアも関与していないわけがない。
各院の院長や博士とも懇意にしてるはずだ。オノレをあっさり捨てられるぐらいの生え抜きなのだから、口の院の関係者…生きた伝説であるシャントット博士やアジドマルジド現院長と繋がりがないはずはない。

「連邦政府のはブルストのより悪質だな」
と、イー・キノエ。
自分の国、とは言ってもタルタルたちの運営する魔法関連の事だ。いつもより辛辣になってしまうのかもしれない。
「確かにそうかもしれないわね。英雄を作ろうとしておいて、より良い素材が出てきたらあっさりと捨てちゃうんだから」
耳の院に対しては好意的なあたしでも、今回ばかりはどうしようもなく嫌な気分になる。

とりあえずあたし達は、昨日の話し合いの結果を先生に伝える事にした。
さすがに多少驚いた顔をしていた先生だけど、ちょっとばかり黙った後、納得した表情になる。
「…あの男はそんな事を考えていたわけか。ボクにちょっかい出してた理由がやっとわかったよ」
「えぇ!?」
「先生にまで!?」
驚くあたし達。
「以前からブルストの事は知ってたって言ったろ? 先の大戦のちょっと前ぐらいかな、バストゥークにいることが多くなっていたボクに、ブルストはフォルカーさんやザイドさんを紹介しようとしてたんだ」
ほぅ、とあたし達三人はため息をつく。
あの男も筋金入りだ。
「とは言っても、ボクは既に二人とも面識はあったんだけどね…暗黒騎士の絡みとかからボクは二人と組んで戦う事を拒否したのさ」
そう言えば、先生に暗黒騎士の道を示したのはザイドさんだったって聞いたような気がする。
「何よりその当時は冒険者という存在が今ほど重要視されてなかったし、冒険者が参加した義勇軍と正規軍の間の待遇や期待みたいなものもひどく違った。だからボクとしてはそんな話を受けるわけがなかったんだよ」
結果的には、後に先生はバストゥーク政府と重要な関わりを持つようになったのだから、ブルストにとっては失敗した結果良い状況になったとも言える。

「それで、オノレ君の話に移るけど」
そうだ、今はそっちの方が重要だ。
「先生、冒険者にするって…どういうことなのか説明してください!」

「なに、話は実にシンプルでね…」
と前置きしておいてから…ああ、聞かなきゃ良かった。
「オノレ君はこのままウィンダスに帰るのが妥当なところだろう。でも魔法学校への入学が拒否されている以上、もう勉強は続けられないし、最低限度の事が身についてなければ仕事も出来ない」
ウィンダスで魔法の研究者としてやっていくということは、つまり何処かの院の職員になるということ。
残念ながらオノレにはまだそこまでの実力はない。
「魔法学校からボクのところへも、ウィンダスへ帰すようにと言って来ている。だけどね…そんなこと許せるわけがないじゃないか。彼はボクの弟子だ。
例えボクがオノレの事を嫌っていたとしても、ボクは彼が独り立ちできるまで面倒を見なきゃいけない。
師匠になるということはそういう覚悟を持つことなんだ」

そういえば、ファピナナは師匠と喧嘩してウィンダスを飛び出したのよね…。

「だけど…当然ながらビザの問題がある。帰すようにって要請がある以上ビザは取り消されるだろう。だから滞在フリーの冒険者にさせる」
「なるほど…ここで勉強を続けられるようにするわけですか」
確かに妙案といえば妙案だ。
「もちろん、今までこの塾が連邦政府から受け取っていたオノレの分の学費がなくなるわけだし、彼自身の生活費の問題もある。おまけに今はクィラ・リキゥ君もいるよね?」
そうか…オノレには押しかけ女房の婚約者がいるんだった。
「ミスラの女の子、でしたっけ?」
リンツァイスが確認するように訊く。そう言えばリンツァイスはまだ直接会ったことがないんだった。
「…あの娘、まだいたのか」
イー・キノエは呆れ顔。
「クィラ・リキゥ君もねぇ、帰る気がないようなんだよね。どうやら」
「あの娘、オノレのとの事を第一に考えていますからね。一緒にいなきゃだめなんですよ、きっと」
あたしはそんな事を呟いてしまった。
その想いは痛いほど解る。

「もちろんボクは学費なんかとるつもりはないよ、けどね、冒険者だったらバストゥーク政府の仕事は出来ないし…かといってフェムヨノノみたいに外部との学術協力の仕事で研究費を取ってこれるレベルには達していない」
それはそうなのだ。あたしから見ればオノレはまだまだ素人。
十五年以上も修行を重ねてきたあたしといきなり同じになられたんじゃ、あたしは一体どうしたらいいのよ。
「ボクも出来るだけ援助はするけど、ボクらの塾の収入はその殆どが政府の仕事で占められている。生活費までボクにべったりというのは心苦しいだろうし、それじゃ若い二人の教育にも良くない。
おまけにソロロやツェイラとしては耳の院からの学費の分だけ収入が減るわけだから、ちょっと難しいんだ」
ソロロとツェイラはそんな事なんか気にしないんじゃないかな。二人は今だって先生の取り分をもっと多くすべきって主張しているのだ。ちなみに今は三人で収入を等分という形だったりする。
どうしてこう、この一門の弟子達はお金に興味がないのだろうか?
「いっそのこと、冒険者とかじゃなく移民しちゃえばいいんじゃないか?バストゥーク人になってしまえばそっちの仕事も出来るだろ?」
イー・キノエが提案しかけたのだが、
「もちろんそれが出来れば一番良いよ。でもウィンダスが認めると思うかい? 修行中とは言え魔道士二人、しかも一人はひどく優秀な素質を持っているとわかってるいるんだから。飼い殺しにしておいていざという時に使えるようにしておいた方が良いだろう」
先生の冷静な一言で、あっさり終る。
あ、でも先生もオノレの事はかなり高く評価してるんだ。

「で、この間イー・キノエ君が言った事をさらに拡張して考えて…二人で冒険者になって、少なくとも生活に困らないぐらいはお金を稼いで欲しい」
理想的とは言いがたいけど、現実には最善の策だ。
「これはソロロやツェイラもそうなんだけど、ボクやフェムヨノノに比べてあの子達の魔力量は半端じゃなく少ないんだ。身体が出来てないからね。魔法と言えど人間がやることだから、結局は肉体に強く影響を受ける」
「そうですね。冒険者をやるのはお金稼ぎだけじゃなくて、魔道士や魔法研究者としてもいい修行になると思いますよ」
それはあたしの経験からの本心。
ここら辺までは納得できる。
聞かなきゃ良かったと思ったのはこの先。

「で、フェムヨノノ」
「はい?」
「しばらくの間、オノレ君とクィラ・リキゥ君の面倒見てやってよ。即席で…そうだな、ジュノでやっていける段階ぐらいまで育ててくれないか?」

「…は?」
あたしはしばらく呆然とする。
「あ、リンツァイス君にもお願いしたいんだけどね」
「…」
やっぱりリンツァイスも固まってしまった。

「あの…先生、何をどうしろと?」
「だから。修行をやりながら二人をジュノまで連れていって」
「それって…もしかしなくても、ものすごく面倒くさいんじゃないですか?」
「うん、多分ね。なに、少なくともオノレ君は魔法の基礎があるんだ。一月もあれば充分じゃないかな?」
あっさりと言ってのける先生だった。

「一月って…あのあたし達も…」
「実は、ボクの方もそれぐらい必要だ」
「え?」
あたしが反論しかけようとしたところ、先生が急に真剣な顔と口調になってしまったものだから、思わず訊き返してしまった。
「今までずっと避けてきた、連邦との戦いをボクはやらなきゃいけない」

寝耳に水だった。連邦との戦いって…。
でも、イー・キノエは例のいやらしい笑みを浮かべている。
「なるほど。それで私まで呼んだわけだな、先生さん?」
「その通りだね、イー・キノエ君。これはボクからの依頼だと思ってくれていい。きちんと報酬は出すよ」
「え?どういう…」
訊いてみるのだが、二人は平然とした顔だ。
「つまりだ、オノレ君の自由を勝ち取るための戦いだ。バストゥークへの移民が出来れば一番良いけど、ボクはそこまでは高望みしてない。せいぜい冒険者として自由に勉強が出来る立場になるって事ぐらいだね。飼い殺しの理論から言えば、いつでも都合よく使うために冒険者なんてのにはならせないはずだから、そこだけどうにか」
「それはそうですけど…?」
…まだ解らない。
「ねえさん、私の専門はなんだ?」
「それは情報の……って、連邦政府を強請るつもりですか!?」
あたしは大声を上げたのだけど、
「フェムヨノノ、それは人聞きが悪いな。強請るなんてそんなやくざな事、ボクはしないよ。ただコテンパンに叩きのめすだけだ」
「そっちの方が人聞きが悪いんじゃないかなぁ…?」
リンツァイスが隣でポツリ。
それを意に介すことなく、先生はさらに邪悪な言葉を吐き出した。
「幸いバストゥーク領事館の女性領事は非常に頼りになる人だし」
リンツァイスだけじゃなく、あたしも開いた口がふさがらなくなっていた。
どうやら先生は領事部まで巻き込んで利用しようとしているらしい。

「で、ボクは一つ疑問がある」
「なんですか?」
あたしが聞き返したけど、先生が見たのはイー・キノエの方。
「イー・キノエ君、ボクがウィンダスに英雄が登場したって話をした時のキミの反応は、フェムヨノノやリンツァイス君と明らかに違った。何を知っている?」
「え?」
驚いたのはあたし。
そう言えば、驚きじゃなくて舌打ちだった?

「先生さん…あんたちょっと鋭すぎるな。これは守秘義務かとも思ってたし、別に話すことじゃないから控えておいたんだが…まぁいいか。エレノアも丁度先生と同じような戦いをしている」
「ちょ、ちょっと!?」
そう言えば、サンドリアにも英雄が現れたって…

「そっちは英雄の行動の犠牲になった人を救うんじゃなく、英雄を救う方らしいが」
英雄を救うって…?
「サンドリアの英雄には娘がいるらしいんだが、側近の誰かがバカ王子との縁談話を立ち上げたらしい。政略結婚…というか英雄を王族に準じる立場にするための人質だ。おまけにその娘には誓い合った恋人がいるんだと。側近もバカ王子達には愛想が尽き果てているらしいから、下手したらその英雄に王位継承権を与えてしまうかもしれない。本人の希望如何にかかわらずな」
「…へ?」
「なんだ、王位継承権はともかくとして、割と平和な話じゃない?」
あたしとリンツァイスの反応はそんなものだったのだけれど、
「ねえさんも兄ちゃんも甘いよ。サンドリアで王族の結婚といったら一大事だぞ?」
「はぁ…なるほど」
「まだわかってないようだな。断ったりなんかしたら、一族揃って罪人扱いだ」
「…えぇ!?」
「やっと理解したかい?」
「そ、そんな…だって個人の自」
「自由? そんなものが王族に通じるとおもうかい? 相手は人ならぬ人だぞ。エレノアは文字通り命を張って戦ってるんだ。冒険者を救うためにな」
「でも…なんでエレノア女史がそんなこと?」
「あいつはあいつで色々思うところがあるからな。とくに冒険者が絡むことに関しては」
国から家に与えられた役職のせいで、冒険者を辞めなければならなかった…だから同じ思いをさせたくはないのだろう。
きっとその政治力を最大に発揮して、英雄とその家族を守るために奮闘しているに違いない。
「まぁバカ王子コンビの上の方は少々特殊な趣味をしているらしいからな、そっちも被害者といえるんだろうが」
イー・キノエが、今度は吐き捨てるように言った。
特殊な趣味…なんだろう? サンドリアに関してはあたしは疎い。そんな嫌な顔をするような事なんだろうか。

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「さてさて…」
とりあえずエレノア女史の方は健闘を祈っておくとして、こちらも考える事は山積みだ。
「二人の専門…ジョブは何にするんです?」
「オノレ君はね、今の所、神聖魔法と精霊魔法に対して素質を見せている」
「それはまた難しいですね。でもそんなに攻撃的な性格だったかしら?」
「別に各系統は相反するものじゃないから、そういうこともありえるだろう。それに魔法の素質と性格にも何の関係もない」
「フェムは絶対関係してるよなぁ…相手を少しずつ追い詰めていく事に快感を感じる所とかさぁ」
またもボソリとリンツァイス。あたしは隣を睨んでやる。まるであたしの性格が悪いみたいじゃない?
「クィラ・リキゥ君は…はっきり言って魔道士としてやっていける才能はないね」
「…」
身もふたもない言い方だ。
「ただし、身のこなしは運動音痴気味のオノレ君を圧倒的に上回るし、暗黒魔法に関しては若干ではあるけれど適正があると僕は見ている。ミスラの少女だから力はないけれど、ボクの目指す暗黒魔法は、本来そういう人間のためのものだ」
先生の暗黒魔法における理想は知っている。肉体的な力で劣る者が戦うための手段。

「つまり攻撃的灰魔道士と暗黒騎士のペアねぇ…あはは…」
リンツィアスが心ここにあらずといった感じで、半分笑いながら視点の定まらぬ目で宙を見ている。
「それは実は好都合だ。将来キミ達の助けなしに二人でやっていかなきゃならないんだから、組み合わせ自体は悪くない。オノレ君も回復魔法が使えないわけじゃないし」
「でも、とりあえずやっていけるようになるまでは大変だよなぁ…」
「どーしろっていうんですか!?」
あたしは叫ぶんだけど、イー・キノエはもはや諦めた感じで、
「ねえさん、もう諦めた方がいい。とんでもないヤツの師匠をやることは、ねえさんにとっても勉強だよな…ははは…」
こちらも呆けたような笑い。

ふと一つの不吉な予感があたしの頭をよぎった。
「あの…先生、先生もあの二人には戦闘の才能がないって思ってるんじゃ…?」
思わずあたしの口から出てしまった文句は、
「うん、そうだよ」
先生にあっさりと認められてしまったものだから、あたしの方が反応に困る。
「でもまぁ、コンビの武芸者として身を立てようってわけじゃないんだから、いいんじゃないか?」
「…まるで他人事ですね」
「オノレ君の目的は冒険者として有名になることじゃないし、クィラ・リキゥ君の目的はオノレ君の側にいることだ。戦わずに済むのならそれが一番いいし、冒険者をやるならフェムヨノノと同じように身を守るぐらいの技術を身に付けてなきゃいけないってことだよ。ほら、何の問題もないだろ?」
「もういいです…」

「じゃ、ボクは明日から連邦の首都に行ってくるよ。ちょっと時間はかかるかもしれないけれど、さっき言った通り一月ぐらいで戻れると思う。まぁ骨休めだと思ってジュノまでのんびり旅してきなよ。あ、お金の出入りは記録しておいてね」
「…いってらっしゃい。朗報を待ってます」
諦めて、もうそう答えるしかないあたしだ。
脇でイー・キノエが立ち上がって先生に声をかけた。
「先生さんよ、明日の朝一番の便、ジュノ経由でいいんだな?」
「うん、よろしくね」
「そんじゃ。ねえさん、ご愁傷様。ついでに例の件の裏付けも取ってくるさ。あの作戦にも丁度いい時間だろ」
あたしの肩をぽんと叩いて、イー・キノエは部屋を出て行った。
「あたし達も帰ります。せめて今日ぐらいはゆっくり寝ないと…オノレ達にはもう話はついてるんですよね?」
「そりゃもちろんだよ。あ、やり方はフェムヨノノに任せるけど…外に出る前に体術の基礎訓練はしておいた方がいい。道場に頼んでおいたから。丁度今はスカイリッパー君もいることだしね」
「そうですか…それじゃ先生、気をつけて」
「ビルルホルル先生、こうなったら絶対にオノレの自由を勝ち取ってきてくださいよね」
あたしとリンツァイスは肩を落として退出したのだった。

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ドンドン!とドアが叩かれる音で目が覚めた。
ベッドの中で丸まっていたあたしの耳の中で、次第に衝撃音が形になってくる。
最近、あたしの朝は邪魔されるためにあるんじゃないか、なんて思う事もある。
なんで自分のベッドで寝ちゃったんだろう。朝っぱらから襲撃される事はわかってたのに。リンツァイスの所で眠ればよかった。そうすれば少なくともこういう風に叩き起こされるなんて事は…
「おい、フェムヨノノ!」
あれ、オノレじゃない? てっきりオノレが来たものだとばかり…スカイリッパー!?
一体どうしたというのだろう?
「ちょっと待ってよぉ…今開けるから…」
ボソボソと声を出しながらベッドの中から這い出そうとしたら、ガチャガチャと鍵を開ける音に続いてドアが開いた。スカイリッパーともう一人、寝巻きで眠そうな顔をしたヤツが入ってくる。
「リンツ…あんたも起きちゃった?」
「起きたんじゃなくて起こされたって言うんだよ、こういうのは」
目をこすりながら、やっぱりボソボソと喋るリンツァイス。
今朝はリンツァイスの腕の中も安全地帯じゃなかったって事かしら。
「で、何なのよ…あんたが朝早いってのは知ってるけど、あたしとリンツはそうじゃないのよ?」
スカイリッパーに文句を言ってみる。
「お前の末の弟弟子が道場に来た。おまけに年端も行かないミスラの女の子を連れてな! よろしくお願いしますなんて挨拶されたんだぞ!?」
「…へ?」
なるほど、あの二人はそっちに押しかけたのか…でもまぁ、あたしが起こされた事には変わりない。手順がちょっと違っただけ。
それはともかくとして、なんでスカイリッパーは驚いてるんだろう?
「スカイリッパー、師範から聞いてないの?」
リンツァイスの疑問もあたしと一緒だったようだ。
「なにをだ!?」
「あのタヌキ親父…」
あたしは悪態をつく。今まで先生は人格者だって思ってたけど、その考えを改めなきゃならないかもしれない。
おまけに昨日の先生は真剣だったけど、それでも戦闘意欲に満ち溢れた顔をしてた。意地が悪いわよね…。
「師範もグルだって事だよねぇ。おじいさん二人はそんなにまでして僕達のまどろみを潰したいのかなぁ?」
「まったくだわ。そんなに朝眠ってられる若者が羨ましいのかしら? そうだ、スカイリッパーに任せちゃうわね」
「は? なんだと?」
「オノレはそうね…短剣の基礎と護身術、クィラ・リキゥには両手剣の基本から教えてあげて」
「だからなんだって言うんだ!?」
「じゃあね、後で顔出すから」
あたしはそのままベッドから這い出して、リンツァイスと二人でスカイリッパーを部屋の外へ押し出して、あたしも自身も外へ出て自分の部屋へ鍵をかけて…。
隣の部屋のベッドへ、リンツァイスと二人で一直線。

「おい、フェムヨノノ! リンツァイス! どういうことだ? 説明しろ!」
相変わらずドアは叩かれてるけど、もう気にしない。
夏の涼しい朝でも、二人分の体温があれば再び眠りにつくのにさしたる努力は要らなかった。
ベッドの中にナタリアの香りが多少残っているのが少し気になったけど、今この時間、リンツァイスの胸と腕はあたしのモノだ。

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睡眠のリズムから外れた起こされ方は身体にとってあまり良くない…という言い訳。あたしとリンツァイスがもう一度目覚めたのは、日がかなり高くなってからだった。
着替えて顔を洗ってコーヒーを飲んで、そこまでしてようやっと出かけるあたし達。自分でもよっぽど気が乗らないみたい。
そもそも…魔法に関してはともかく、あたし達の冒険者としての技術はほぼ独学だ。かなり偏ってるし人に教えられるのも難しい。
剣術に関してはスカイリッパーが上手くやってくれるだろうけど。なんて淡い期待を抱きながら、道場の扉を開けると、
小さなタルタルの白魔道士がミスラの少女と一緒に両手剣の素振りをしている、そんな無茶苦茶な光景が目に飛び込んできた。
「ファピナナ!?」
「一体どうしたのさ!?」

「あ、お姉様!」
「クィラ・リキゥ、その呼び方はやめて頂戴」
とりあえず釘を刺しておく。
「君がクィラ・リキゥかぁ。オノレやフェムから話は聞いてるよ。僕はフェムのパートナーでリンツァイスっていうんだ。よろしくねぇ」
「リンツァイスお兄様ですね。こちらこそよろしくお願いいたします」
優雅に一礼するクィラ・リキゥだ。
「…お兄様?」
ミスラの少女の反応に絶句しているリンツァイス。あたしの戸惑いの理由がわかったようね。
その後ろからファピナナの声が掛かった。
「二人ともおはようございます…というにはちょっと遅いですかね~?」
痛いところを突いてくるファピナナだ。
「あたし達、二度寝なのよ。スカイリッパーに起こされちゃってね」
「そうでしたか~。彼女なかなか筋がいいですよ? 体重移動がすごく上手いです」
「どうしてあなたが…」
「両手剣ですか? エレノアに習いましたから」
そりゃ戦士剣と騎士盾をあれだけ使いこなすんだから、両手剣の心得があってもおかしくはないんだけど。
そうじゃなくて。
「いやそれよりも、どうしてファピナナさんがこんな所に居るのさ?」
その質問を聞いたファピナナ、言葉に出したリンツァイスじゃなくてあたしの方を見てふにゃっと微笑んだ。
「私の戦いですからね~」
「そういうこと…わかったわ」
あたしも微笑みを彼女に返した。
「色々戦術を考えて攻め込んでみてますよ~」
…あら怖い。
リンツァイスはわけがわからないような顔をしている。多分スカイリッパーもそうなんだろう。
ああ、なんて報われないファピナナ。彼女の戦いが勝利に終ることを願ってやまない。あたしの分までって思う。
「あ、ビルルホルル先生の練習刀をお借りしてますけど、よかったですか?」
「…いいわよ。どうせ居ないし。それに先生にはもう剣を振らせたくないわ」
あたしは苦笑いを浮かべてしまう。
昨日みたいな先生はなるべく戦わせたくない。今回は政治の戦いだからまだいいけど、武器を持ってウィンダスに乗り込んでたらどうなる事やら…ってこの間押入れの奥から引っ張り出したって戦闘鎌、持っていってないわよね?
ファピナナはそんなあたしを見てちょっと不思議そうな顔をしたけど、
「ありがとうございます~。スカイリッパーさんが、彼女には私の剣筋の方が合ってるんじゃないかって言ったんですよ」
「へぇ、そうなんだ? 今彼女がやってるようなのだよね?」
興味津々といった顔でクィラ・リキゥの素振りを眺めるリンツァイスだ。あたしもやっぱり興味はある。
「基本はそういう感じですね。リンツァイスさん、やってみますか?」
一転して凛々しい顔付きでリンツァイスを見上げるファピナナ。
ところがリンツァイス、その表情に何かを感じ取ったのか、
「あ…いや、やめておくよ。また今度ねぇ」
そんな感じで逃げてしまった。何だったのだろう?

傍らでは、クィラ・リキゥが必死に素振りを繰り返していた。基本の型。でも確かにスカイリッパーのものとはちょっと違っていた。
スカイリッパーの場合は、ドンと山のように構えて巨大な剣を振り回す。
もちろん彼だって体重移動、筋肉の反動や剣の重量なんかも利用するのだけれど、今のクィラ・リキゥの素振りは、見た感じそっちの技術の方が強く出ている。もちろん元々体重も筋力も足りないのに両手剣なんてものを使おうとしてるんだから、それが自然なのかもしれない。
両手剣をこういう風に使った時の弱点は、剣同士をぶつけ合ったら弾かれてしまうということだ。
多分将来は力と力でぶつかり合うような剣にはならないんじゃないかな。
これがファピナナの両手剣の使い方なんだろうか? でも彼女は盾を使う時はしっかりと地面を踏みしめるわけで…エレノア女史の教え方がよっぽど良かったのだろうか。剣の種類と自分の身体の特徴を上手く取り合わせてるわけだ。
ちろりと彼女の方を見ると、にこっとして話し掛けてきた。
「話は大体聞きました。彼女、強くなる素質があると思います。想いが人を強くするわけですから。彼女のはとてもひたむきで純粋で、そこには力が感じられます」
「…そうかしら? だといいんだけど」
クィラ・リキゥの素振りは、まだまだ見てて危なっかしい。
でも、剣を持ったのは初めて…なのよね。それにしては上出来だと思う。
もともとミスラは狩人の一族だから、種族全体で運動神経が発達しているのかもしれない。

「オノレは?」
「大きい人ですか? 奥に居ますよ」
「大きい人って…」
いや、確かに大きいのだ。世界で一番小さい種族であるタルタルの中でも、ファピナナはかなり小柄だから、彼女にとってはオノレの顔を見上げるのは本当に絶壁の上を睨むようなものだろう。
「彼は魔道士ですからね…ちょっと違いますし」
そうだ。あたしはそれを教え込まなければいけない。

「ちょっと前に『まかり間違って冒険者になることがあったら』なんてオノレに言ったけど…まさか本当に冒険者にならなければならない事態になっちゃうなんてねぇ」
奥の部屋に続くドアを見ながら、リンツァイスがポツリと言う。
でも、先生がオノレに言いつけたイー・キノエの世話という仕事は、決して無駄にはならなかったんだって思う。
リンツァイスに軽く合図して、あたしは一人で奥の続き間のドアを空けた。
師範が先生にかけてもらった風の魔法だろうか、ゆるりと空気が流れている。そしてその中には燭台がいくつか揺れていた。
オノレは中心に座して瞑想をしていた。あたしが部屋に一歩踏み込むと、はっと目を開ける。
「…ねえさん」
「あのさ…残念だったわね」
ちょっと気まずかったけど、あたしは努めて明るくそれだけを言った。特待留学生の事だ。
「あ…ええ、まぁそうですな」
その口振りとは逆に、オノレはさして落胆しているようには見えない。
「なによ、元気じゃない? もっと落ち込んでるかと思ったわ。正月の時みたいに」
そう、この間ビザが停止されたときは、もっと死にそうな顔をしていたはず。
ところが、オノレはきょとんとした顔であたしを見返してきた。
「そら、ねえさんもずっとやってきた事ですから。僕も挑戦するだけや」
あれから半年以上、オノレもだいぶ成長したという事なのだろう。この間クィラ・リキゥが押しかけてきてから、さらに成長が加速したような気もする。顔立ちも心持ち凛々しくなっているのだ。
想いが人を強くする、ファピナナが言う事は真実かしら。
「…そうね。あたしにも出来たんだから、あんただって出来るはずよ」
「ねえさんというドエライ目標が、すぐ側にいるんですよ。こりゃ励みになりますわ」
ちょ…!
「や、やめてよ、恥ずかしいじゃない! あたしはそんなすごくないわ!」
「いや、ねえさんはいつも自分を過小評価しすぎや」
「そんなことはないわよ…」
あたしの顔は多分赤くなってる。冒険者なんていう生き方のことで誉められるとは思ってもみなかった。
この間のオノレは、あたしが冒険者を引退しないと決めた理由が理解できないって言っていたんだけどね。変われば変わるものだ。
これは、あたしの悪影響かしら?

「それで、あたしが教えなきゃいけない事があるの。剣に関することだけど、これは師範やスカイリッパーでは教えられないわ」
予想に反して正解がするりと返ってくる。
「近接戦闘のための魔法運用ですな? クィラ・リキゥとやっていく以上、僕にはそれが必要なんや」
「解ってるようね…じゃ、とりあえず一通りセオリーを教えるわよ」
そう前置きして、あたしは講義に入った。
スカイリッパーが帰ってきたようで、扉の向こうからも両手剣の基本を講義する師範代の声が聞こえてきた。

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「ふぅ…とりあえずこんなところね」
二時間ほどたっただろうか。あたしはオノレにみっちりとセオリーを叩き込んだ。
これは座学なので、それが実際に使えるかどうかはまた別問題。ましてやあたしとオノレでは得意としている魔法も系統も違う。パートナーであるクィラ・リキゥがどういう動きをするのかでもまた変わってくるだろう。オノレがまだ使えないのも概要だけは教え込んだ。
あとは彼自身が自分で感覚を掴んでいくしかない。それかあたしのを元にして、彼なりのやり方を作るか…。
どちらにせよ、あたしに出来るのはアドバイスだけ。結局の所、冒険者というものはそういうものなのかもしれない。

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一週間の基礎訓練を経て、あたし達はジュノへ向けて修行の旅へ出た。ファピナナも同道を申し出てくれたのだけれど、彼女にはスカイリッパーと一緒に遊んでおいてもらうことにした。
ファピナナにとっては、それは遊びではなく、戦いの時間だったわけなんだけれど。

ベテランの冒険者が初心者に随行して修行を見ながらジュノまで行くというのは、吟遊詩人が語る謡や小説の題材になったりする事が多い。
それらは大抵、教える事に慣れていなくて苦労するベテランを面白おかしく描いている。それだけじゃなくそのベテランの方も色々な経験を得たりするものだ。
あたしもその手の話は結構好きで、吟遊詩人によくリクエストするのだけれど…。
自分がその立場に立ってみると、これほど大変なものだったのか、とつくづく感じるはめになったのだ。

オノレ達は、あたしやリンツァイスのように、すぐさまジュノでやっていけるわけではなかったけれど、先生の『一月』という見込みは確かだった。
元々魔法の下地や知識がある二人は理論面から戦闘を組み立てる事が出来たから、それだけの期間で済んだのだのかもしれない。
特にクィラ・リキゥは、『魔道士としての才能はない』のは確かだったけれども、しかし魔法の受け手としての才能には満ち溢れていた。
戦闘の経験なんか全くなかったはずなのに、オノレが次に使う魔法を正確に予測し、それにそって剣を組み立てる。
言ってしまえば、彼女の方がオノレを御して戦闘全体を組み立てている。これは戦士と魔道士の関係としては珍しい。通常は魔道士が一歩離れた立場で戦況を見据えコントロールするものだからだ。
なるほど、彼女は頭は悪くない。むしろ良い方なのだ。ただ魔法の才能に欠けているだけ。でも、それを補って余りある別の才能を発見する事が出来たんじゃないかって思う。

その他にも、オノレは魔力量を増やすために積極的に身体作りや瞑想をこなしていたし、クィラ・リキゥも魔法は苦手と言いながらも、状況に対しての行動オプションを増やすために、今まで覚えてこなかった暗黒魔法や弱体魔法なんかのスクロールをしっかり読んで習得しようと努力していた。
でも、あたしが特に力をいれて教えたのは、あたし達のような魔法研究者という特殊な立場の冒険者にとって、戦わなければならない時や戦ってはいけない時とはどういう状況か、とかそういう感じの事だ。
あたし達が命をかけて戦うのはモンスターじゃない。あたしやオノレは魔法の研究だし、リンツァイスは彫金、クィラ・リキゥは…なんだろ、オノレかな?
なんにせよ、あたし達は自分達の戦闘能力を、スカイリッパーのような冒険者達と同じ次元までは持っていけない。日々かけている時間が段違いだからだ。だから無闇に命をかけることは絶対にしちゃいけない。
だから、特にオノレに対しては『まずやるべき事は戦闘を避けるための思考。それが魔道士の仕事』という事を教え込んだ。
考えてみれば、この二人はあたしたちと同じ。戦闘自体を目的としていない、おまけに戦士と魔道士のコンビ。
先生があたしとオノレを指名した理由の本質はこれだったのかも…なんて後で考えついたりしたものだ。

とりあえず、諸々すったもんだを経て、オノレとクィラ・リキゥはそこそこ成長したし、バストゥーク近辺の探索が安全に出来るぐらいまでにはなったはずだ。

まぁ、その旅の経過は、今ここで事細やかに語る話じゃない。
夏の盛りのバストゥークからジュノまでの行程は楽しかったし、パシュハウ沼で遭遇した、雨がやんだ後雲の晴れ間から覗いた太陽は、感動するほど美しくて印象的だったとだけ言っておこうと思う。

./

そんな感じで、ジュノまで行って二人にチョコボ免許証を取らせてバストゥークに戻ってきて。
それで丁度一月だった。
イー・キノエと共にウィンダスから戻ってきた先生があたし達を呼び寄せた。

またしても、呼ばれたのはあたしとリンツァイス、そしてイー・キノエだけ。
肝心要のはずのオノレとクィラ・リキゥがいない。
先生の書斎の窓は開け放たれて港の景色が見えていた。
夏も終りかけのバストゥーク港、グスタベルグを渡って来た乾燥した風が、目の前の海で湿気をたっぷり吸い込んで、さらに南の大陸へ向かう。
穏やかな昼下がり。夏のバストゥークは過ごしやすい。日陰でのんびり昼寝をするには最適の気候なのだ。

「フェムヨノノ、リンツァイス君、助かったよ」
床の上の籐の敷物に、あたし達が腰を落ち着けたのを見て、先生が切り出した。
「いえ…それはいいんですけど、肝心の先生の方は?」
あたしとしては早く先生たちの戦果が知りたいのだ。
「そんなに急かすなよ。オノレ君とクィラ・リキゥ君に話は聞いた。多分それなりの探索は出来るようになってる、とボクも思ったから、とりあえず成功だね」
「そうですねぇ。二人ともそこそこのレベルには達してるんじゃないかなぁ。それでビルルホルル先生の方は?」
リンツァイスがあたしと同じように先生に訊く。
「どうしてこの二人はこんなにせっかちなんだろうね?」
先生はイー・キノエに呆れたように声をかけた。猫娘の方は苦笑を浮かべて肩をすくめるような素振りで返す。
「いやいや、ねえさんがせっかちなのは先生さんの影響じゃないかい?」
あたしはちょっとばかり驚く。
この二人、かなり仲良くなってるみたい。そりゃ元々仲が悪いような感覚はなかったけど。
二人ともウィンダス出身で今回はウィンダスと戦ってきたわけで…かえって気まずくなりそうなものだけれど、全然そんな感じはしないのだ。

「あ、お金に関しては必要経費に加えてお前とリンツァイス君の分の報酬を払うからさ。記録してあるよね?」
先生は上機嫌でそんなことを言うものだから、ピキっと音を立てて、あたしのこめかみに血管が浮き出たんじゃないだろうか。
「…先生、いいかげんにしてもらえませんか? このまま続けるなら相場の十倍ばかり請求しますよ?」
静かに、でも迫力を込めてあたしは声を出す。イー・キノエと仲がいいのに嫉妬してるのかもしれないけど。
「ああ、わかったよ。全く…若者はせっかちだね。オノレ君やクィラ・リキゥ君もこんな風になってなきゃいいけど」
「余計なお世話です!」
「いや、ボクの弟子の事なんだから余計なお世話じゃないんだよ」
…なんでこんなに機嫌がいいの? 隣のリンツァイスは半分呆れ顔だ。もう突っ込む気もないみたい。
「さて、結論から言えば、二人分の冒険者登録をする事が出来た。もちろんウィンダス所属だけどね」
やっと話に入ってくれる先生だ。
「移籍はやっぱり無理だったよ」
正直な話、あたしだってそこまでは期待してなかった。でも問題はその先。
「それで…条件は?」
「へ? 条件って?」
あたしの質問に、先生は意表を突かれたような…え?
「だから、何かしら条件があるんですよね? 例えばあの二人は非常時には自動的に口の院の命令系統に組み込まれたりとか、もしかしたらミッション以外のことは出来ないとか…」
「なんで?」
先生は、やっぱり訳がわからないという表情をする。
「だって…」
つまり、普通の冒険者ではありえないような制限。
オノレの今までの教育費用は政府から出ていたわけだから、あっさり手放してしまうのも後から税金の無駄遣いとか突っ込まれるかも知れないし。
せめて今までのお金の分だけ、何かしらの見返りを要求されると、あたしは思っていたのだ。
「あのさ、フェムヨノノ」
「はい?」
「お前、ボクの力を信じてないのか? おまけに今回はイー・キノエ君の協力も得ているんだよ? そんな中途半端なことになるわけがないじゃないか」
首を振りつつ少し口を尖らせて先生が言った。
「って事は…二人には制限がないんですか? クィラ・リキゥはともかくとしても、オノレでさえ?」
唖然とするあたし。
「そうだよ。普通の冒険者と全く同じだ。どこに居ようがどういう仕事を受けようがどういう将来を選ぼうが勝手だ」
「ちょ…」
リンツァイスも口をポカンと開けている。
そんなあたし達をイー・キノエがニヤニヤと横目で見ていた。

どうやら、オノレとクィラ・リキゥは本当に自由な冒険者になったらしい。
そこら辺の先生の政治的手腕やイー・キノエのスキャンダル集めや…どういう(攻撃対象になった人達にとっては)阿鼻叫喚の地獄絵図が彼の地で繰り広げられたのか。
想像するだけで、げっそりするような話ではある。
巻き込まれたバストゥーク領事館の女性総領事が可哀想に思えてきてしまった。

「とりあえずそんなところだね…話はこれでお終い。明日ぐらいまでに出納表出してくれ」
先生は、お土産で買ってきたらしいウィンダスティーをすすって、それに合うお茶菓子…ヨーカンとか言うらしい…に手を出した。
「僕は仕事のつもりでやったんじゃないからさ、別に…」
リンツァイスはそう言いながらあたしの顔を見る。
言いたい事は解る。ただ、イー・キノエも正式に仕事として受けた以上、あたし達もお金は受け取るべきなのかもしれない。
後で『研究補助の謝礼』なんかの名目で突き返せばいいだけなんだから。
あ、そうじゃなくてオノレとクィラ・リキゥの二人に探索用品なり装備品なりのプレゼントをしたっていいかもしれない。
あたしは横を見上げて目配せする。結局それで納得したようで、リンツァイスは立ち上がった。
「それじゃ、僕とフェムはこれで。イー・キノエ、ちょっと相談しない?」
「ああ、解ってる。例の罠の事だな?」
こちらもわかっている様子。

それで、あたし達がドアから出ようとした時、先生がポツリと呟いた。
「これでボクはようやっと魔法の師匠になれたんだな…オノレ君とクィラ・リキゥ君に御礼言わなきゃな」
「え?」
あたしは先生の方を振り返った。
「ああ、うん。独り言だよ」
そうは言われても気になってしまう。
「どういう意味ですか?」
「…ボクはもう暗黒騎士じゃなくても良くなったんじゃないかな。なんだかそんな気がするんだよ。これはオノレ君を守るための戦いじゃなかったのかもね。ボク自身が解放されるためだった…とか」
湯飲みを抱えて天井を見上げる先生から返ってきた答えは、そんな訳の解らないもの。
「…」
あたしはそれには答えず、一礼してリンツァイスとイー・キノエと共に部屋の外に出た。
先生には先生だけが見えている先生の世界がある。暗黒騎士ではないあたしには理解できないことなのかもしれない。
ただ、クィラ・リキゥは暗黒騎士の業に飲まれることなく暗黒魔法を使うことになった。その暗黒魔法を使ってパートナーであるオノレを守っているのだ。
それが先生にとっての救いだったんじゃないかな、なんてぼんやりとは思い浮かんだのだけれど、本当にそうなのかは先生にしかわからないことだ。

とにもかくにも、オノレは今まで以上の自由を手に入れることになった。
でも、その分の責任はついて回る。オノレの場合、若い身空のくせに家族二人で自立してやっていかなければならない、という責任だ。
今までは、生活費と学費は全て政府が出していたわけだし、それにプラスして実家からも送られていたのだろう。でも今のオノレは裸一門。クィラ・リキゥと二人でやっていかなければいけない。

…『新婚の二人』という言葉が頭をよぎったような気がしたんだけど、あたしは気にしないことにした。
そんなモノ気にしてたら、敗北感みたいなのに悩まされるだろうという予感が確実にあったから。

./

さて、一月のインターミッションを挟んで…あたし達は本来の目的に戻る事にした。
これまで踊らされて来たんだから、今度はこっちが主導権をとって燻し出そう。そんな考えがあったから、この一月は全くそっちの方面での動きを見せなかったあたし達だ。
スカイリッパーとファピナナにも言い含めてある。『遊んでいてもらった』というのはそういうことだ。
まぁ、あたし達の仮説が当たっている事が前提なのだけれど。

「どうだったのよ? ウィンダスの英雄は?」
場所を移して、リンツァイスの部屋だ。
あたしはイー・キノエに問い掛ける。
「ああ、星の神子やミスラのミンダルシアの族長とも面識があるようだな」
「ふむふむ…って、かなり大物じゃない!?」
「そりゃオノレも捨てられちゃうかもねぇ。オノレに責任は全くないよ」
リンツァイスが納得したように言う。
「そうよね。正直に言って信頼の取り合いでオノレが太刀打ちできる相手じゃないわよ。なんか安心しちゃったわ」
そう、これではっきりしたのだ。オノレに悪い所なんかどこもなかった。強いて言えば運が悪かったというだけ。
「おまけに各院、特に口の院前院長と現院長とのパイプは相当太いようだぞ。あの変態師弟に付き合ってられるんだから、英雄本人も相当な変人だな」
変態師弟って…確かにその通り。あたしはアジドマルジド現院長やシャントット博士とは直接面識はない(というか関わり合うのが怖い)のだけれど、個性が強すぎる人達の噂は目の院経由でいくらでも伝わってくる。
仕事で親しくしている魔法図書館の職員曰く、まさしく、クィーン・オブ・変態とキング・オブ・変態…らしい。
現在のヴァナ・ディールで事実上最強の黒魔道士とその弟子がそう言われるのだ。やっぱり世間的には魔道士は変人というのが定説らしい。ちょっとショックではある。

「それとノーグとの関わりも深い。カザムの族長ともな。今も国とは関係ない別の事で色々とやっているらしいが…さすがにそこまではわからなかった」
英雄の方々は、更なる英雄街道を驀進中というわけだ。
「エアハルトもそうだって事よね。ま、それはいいわ。あたしたちには関係のない事よ」
そんな所まで付き合ってはいられない。オノレに教え込んだ通り、あたし達の戦うフィールドはそこじゃないのだ。

「それで、肝心の本題…英雄のきっかけの件な」
「うん」
「三国の首脳陣が極秘裏に出したミッションという事だ。ウィンダスもそうだったし、エレノア経由でサンドリアの英雄にも裏付けは取った」
「やっぱりね」
という事は…
「ブルストの立場、確定でいいわね? 黄金銃士は引退しているかもしれないけど、その特殊な経験を生かし、今は国の冒険者政策に深く関わっている立場にある、と」
少なくとも、優先的にミッションを回す権限を持ち、冒険者を国の首脳部に推薦する事の出来る立場だ。
となれば、ある事を疑わざるを得ない。
国は何のために冒険者に多額の予算を費やしているのか、その本当の目的だ。
結局の所、それを疑ってもどうしようもないし、あたし達や殆どの冒険者にとってはメリットだけがあることだから全く問題ないんだけど。
まぁそれはともかくとして、問題はあたし達とブルストの事だ。それ以外はどうでもいい。

「で、罠の首尾はどうなんだよ?」
「とりあえず、ドンピシャって所かしら?」
あたしは澄ました顔で人差し指を立ててみせる。けど、顔がにやけるのを止める事は出来なかったようだ。
「上手い具合にいってるのか?」
イー・キノエが椅子から身を乗り出して来た。
「ごらんの通り」
あたしは懐から、一通の封筒を取り出した。
宛名も差出人の名前もない、おまけに色気も素っ気もないただの封筒。

あたしは中から便箋を取り出して、イー・キノエに手渡した。
それを見た彼女、ピクっと特徴的な耳を動かす。それとは対照的に表情は動いていない。
「ほう…で、行くんだな? もちろんあの二人も連れて?」
「そうね。スカイリッパーにとってはあの場所を見るのは重要なことだもの。そしてこの間からのあたしの目的は、彼に考える材料を提供する事よ」
ガルカの歴史に関する事であたしが知っている事は、隠さずに伝えるつもりだ。
そうでなければ、あたしまでブルストと同じになっちゃう。
「ああ、んじゃ準備しないとな。いつだ?」
「一週間後」
あたしは短く答える。

「ズヴァールに迎えを用意させる」
その便箋にはたった一行だけ、だけどその意図はしっかり伝わる文章が書かれていたのだった。