閉ざされた北の地にて

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目の前に,一人の男。
粉雪が舞う中を,なんでもないようにして,すくっと立っている。
一陣の風がかぶっていたフードを巻き上げ,男の顔があらわになった。
すっきりとした目鼻立ちの若いヒュームだ。

「あなたが、迎えの人?」
あたしがその男を見上げて問い掛ける。
男はコクリと頷いた。そしてにこやかに言った。
「ディディエから話は聞いていましたが…お会いできて嬉しいですよ、『紙切れ束の蒐集者』フェムヨノノ師」
その声は、顔に似合った落ち着いた感じのものだった。
だけどその声を使って発せられた言葉に、あたしはポカンとしてしまう。
え、ディディエってあの? いや、それも疑問だけれど、それ以前に。
「…なによ、それ?」
隣を見上げれば、リンツァイスも眉を寄せていた。
『スクラッパー』…自分がそう呼ばれているなんて。
まぁ、魔法やどうでもいい古い本とか、普通の人にとって役に立たないものを好んで集めているわけだから、『紙切れ』なんてのはその通りだと思う。
でも、もう一つ別の…『攻撃的な人』とか『喧嘩好きの人』とか、そういう意味もあるのだ。
あたし、そういう風に思われてるって事かしら?

「そして『銀鉄の再生者』のリンツァイス君」
「…僕も『スクラッパー』なんて呼び名なわけ?」
リンツァイスは今度は唖然とした表情だ。あたしにならともかくって感じの。
どっちの意味で「あたしならともかく」と思っているのか…あとでとっちめてやらなきゃ。
「英雄の条件というわけです。甘受してください」
男は冗談めかしてそんな事を言う。
「二つ名が英雄の条件?」
しっかりと頷く男。
「間違いなくブルストの仲間ね。そんな事を言うなんて。まさかその二つ名もあの男が考えたんじゃ…」
嫌味ったらしく、あたしは言う。
だが、その予想とは違って、
「私はブルストの仲間ではないのですよ。ブルストが最終的に何を考えているかなんて知りません。ただ、私もバストゥークを愛しているだけでして…強いて言えば、エアハルトの仲間と言ったところです」
そんな答え。
「んじゃ、何でこんな事…これから行く先にエアハルトがいるっての? あの男、ブルストとは切れたんじゃ…」
あの最後の時点で、それらしい事を言っていたはず。
「エアハルトは納得しました…けれど、これはエアハルトとは関係なく私の独自意思でブルストから請け負った仕事です」
納得? 一体何に?
「…は? あんたも英雄が世界を救うって考えなわけ? あんた自身が英雄でしょ?」
「私は英雄ではありません」
「だってエアハルトの仲間なんじゃないの?」
「古い仲間でして、私は『英雄』の身ではないのです。才能が足りなかった。彼とは途中で分かれたのですよ」
「そりゃ、あの天才と比較してもねぇ…」
冒険者としての経験はあたし達よりも遥かに短いはずのエアハルト。
サシで渡り合い、その剣を実際に受けた私としては、あの男が天才だということはしみじみと実感出来ていた。

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

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ヴァナ・ディールの北の最果て。失われた地、ザルカバード。
ボスディン氷河を抜けた先にあるこの場所へ訪れる人は殆ど居ない。一年を通じて雪が舞い、氷の世界が広がる。そんな場所へ好んで来る人は相当の変人じゃないだろうか。

どうしてブルストはあたし達をズヴァールへ呼び寄せたのだろうか。しかも『迎えを出す』んだから、目的地はザルカバードではないはずなのだ。
理由はただ一つ。スカイリッパーを英雄の協力者として完成させるため。そうとしか考えられない。
つまりここで、あたし達の口から彼へ伝えられる事がある、とブルストは考えているわけだ。
それは全くその通りで、あたし達はスカイリッパーに話さなきゃならない仮説…というかほぼ真実だろう…を抱えていた。

あたし達の目の前には、ズヴァール城。
「…スカイリッパー」
「ん? この中なのだろ、見せたいと言うものは?」
「一つだけ…聞かせて」
あたしはリンツァイスとイー・キノエを交互に見てから、再びスカイリッパーに目を戻した。
「どうした?」
「どうしたんですか?」
ファピナナも不思議そうな目であたしを見てる。
「あんた、バストゥークを救う気はある?」

「は…なんだと?」
訊き返されたのだがあたしは答えられなかった。居たたまれなかったのだ。俯きながら横をを見る。
「スカイリッパー。君はねぇ…エアハルトに協力する役目を負わされたガルカだったんだよ」
代わりにリンツァイスが伝えてくれる。
あたしはダメな人間だ。偉そうにしているくせに、こういう大事な事を伝える時は、いつもリンツァイスを頼ってしまう。
ボソボソと、アイツがあたしたちがこの間話し合った結果を伝えていた。

一通り喋り終えた後、リンツァイスはあたしの方を見た。
目の前ではスカイリッパーが固まっている。
語り部の真実を知った上に、おまけに自分がその後継者として位置付けられていたんだから、固まっちゃってもしょうがないと思う。
「そういうことよ、スカイリッパー」
「いや…しかし…だが…」
「あたし達に怒りを感じるんだったら、怒ってもらって構わないわよ。あたし達の出汁に使われたわけだものね」
「別にお前達に対して怒る理由などないがな」
「そ…ありがと」
「礼を言われる理由もないぞ。むしろ俺が言うべきだ」
「あたしも言われる理由がないわよ?」
あたしは剣の同期にして実質的には師匠たる優しくて大きなヤツに微笑んで見せた。
スカイリッパーの中には何かしら確かな拠所のようなものが出来ている。それがわかってとても嬉しかったのだ。

「しかし、俺が英雄の協力者、ガルカ達の指導者として期待されているだと?」
眉をしかめて、空を見上げるスカイリッパー。
「ブルストの描いたシナリオの中では、ね。勿論それはあんたが選ぶ事よ」
あたしは皮肉っぽくそれに応えた。だがスカイリッパーはこちらを見なかった。
「バストゥークの将来の為に…か。考えてもみなかったことだな」
彼は雪が舞う灰色の空を見上げながら、ため息をつくように声を漏らした。
「そりゃそうでしょ。あたし達だってそうよ。ま、あんたがこれから先どんな選択をしても、あたし達とは関係ないことだわ」
「そうだね。スカイリッパーの自由だよ」
冷たい言い方に聞こえるかもしれないが、実際はその逆。あたしやリンツァイスのスカイリッパーに対する信頼。
だからあたしとリンツァイスは笑顔でその言葉を口にしたのだ。
彼がブルストの誘いに乗らないという期待ではなく、彼は彼の判断で道を歩いていってくれるという信頼。どちらの道を取るにしてもね。
スカイリッパーもそれを判ってくれているから、
「…そりゃすまんな」
あたし達に向かってニヤリと笑ってくれる。
しかし続けて、
「しかし…俺がガルカという理由によって英雄の協力者を期待されているならば、お前達に期待されているものはまさに『英雄』だ。だからこそ俺は大使館付武官にされたんだろう? どうするんだ?」
心配そうな顔をしてくれた。
あたしとリンツァイスは顔を見合わせて、お互いに肩をすくめる。
「さーてねぇ」
「まぁ、それはあたし達が決める事だわ。それじゃ、もう一つあんたが見なきゃいけない所に行きましょう」
そう宣言して、あたしはズヴァール城の入り口へと踏み出した。

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なんともトラップの多い場所だ。
結局、フェムヨノノとリンツァイスとは内部ではぐれてしまった。
はぐれた…と言うよりは、扉によって分断されたと言う感じか。
しかし、何故かイー・キノエは落ち着いていた。
ファピナナが盛んに心配をするのだが、他の冒険者から聞き込んでまとめたらしい地図を手に、すたすたと奥へ歩いていってしまう。
「おい、イー・キノエ、待たなくていいのか?」
「いや、ねえさん達もこの地図の写しを持ってる。あの扉がこちらから開けられないとなると、別のルートを辿るしかない。そのうち合流できるさ」
「でも、イー・キノエさん!? 非常時のためって渡されたリンクパールの通話も繋がらないし」
ファピナナが心配そうに声を上げる。
「大丈夫だ…むしろねえさんと兄ちゃんの方が安全なんだぜ? あの二人の探索能力は知ってるだろ?」
確かにその通りだ。戦闘能力においては常日頃他の冒険者達と組み戦闘を繰り返している俺に分があるだろう。だがあの二人は探索を専門としている冒険者だ。俺達が力ずくで無理に通り抜けようとする場所でも、きっちり隠密魔法を使い、戦闘をすることなく通り抜けていく。
勿論状況によっては掃討していく事もある。そういった状況判断に優れているということだ。
ここは獣人の巣窟だから、あいつらは掃討という選択肢はとらないだろうが。

本心を言ってしまえば、羨ましい、ということだ。
俺はこの齢になって、やっと自分が探すものを見つけることが出来た。
だが、連中は…もうずいぶん前から、それこそ冒険者登録をする前から、探すべきものを持っていたのだ。
そして、探すために冒険者になった。

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何時間かの後、俺達は外に面した渡り廊下の先で、一つの大広間にたどり着いていた。
まるで祭壇…いや、王の謁見の間といった感じか?
「ここが…?」
俺は傍らのイー・キノエに問い掛ける。
「そうさ。語り部がここにいた」
「闇の王…か」
外で聞いた時には信じられなかった。
いや、今だって信じられない…だが、判るのだ。理解は出来る。

あの石に刻まれた記憶を見てから、俺なりに色々考えてきた。
流砂洞の壁に刻まれた落書きを見た時、目の前に古代のガルカ達の生活が蘇ってきたような気がした。
ガルカの誇り、流砂洞に満ちていたと俺が感じたのは、まさにそれだった。

ウルリッヒ…語り部を陥れた男。
あの男を駆り立てたものはなんだったのか。
嫉妬に狂い、稚拙な企てをして、挙句の果てには自らも死んだ。

誇り高き語り部に対して、ウルリッヒは自分が誇りを持ちきれなかったから、あのようなコンプレックスを抱き、行動に移してしまったのではないだろうか。
きっぱりと言ってしまおう。彼は間違いなく愚かだ。弱い人間だ。
だが、人間、どうしてもそこに行き着きやすいものではないか。
誇りをもって生きると言うのは大変な事だ。
俺達ガルカだって、皆が皆、誇りを持って日々を生きているわけではない。
自分が何をするわけでもないのに、雇い主や政府のガルカに対する政策などに不平不満をだらだらこぼしながら生きている者も多い。
俺はたまたまこんな仕事をやっているから誇りを持って生きていられるだけなのだ。だから幸運だろう。

ならば、俺がすべき事は何か。
…答えは自然に見えてきた。
誇りを持つ、と言う事をバストゥークのヒュームやガルカに教えることだ。
いや、バストゥークだけではなく、全ての人々に。

先代語り部は、誇りを持てないヒュームに対して絶望してしまったのだ。
だから…こうなった。心情は理解できる。
それを知ってしまった俺がやるべき事は、二度とそれを繰り返させない事だ。ガルカのためにも、ヒュームのためにも。

エアハルトと言う英雄が名乗っていた『ラオグリム』と言う名前。
自ら戦った相手の遺志…その象徴が名前、か。
彼が先代語り部の絶望をそのまま受け継いだのだとしたら、いずれ合間見える時が来るかもしれん。
だから、エアハルトが受け継いだものが絶望ではなく希望である事を願っておこう。
もしあの男が、ラオグリムの希望を受け継いでいたならば、その時は喜んで協力する。『英雄の協力者』として。
その為の能力がフェムヨノノやリンツァイスには及ばないことは自分でもわかっているが、こなしてみせようという気にもなった。
ブルストという男が夢見る世界のためでは決してなく、俺が信じるガルカの誇りの為に。

そして、もう一つ。これは同胞であるガルカ達に向けてのメッセージだ。
語り部に依存するような誇りを持ってはいけない。
俺達は、俺達が生きてきた歴史を誇るべきなのだ。
確かに前世の記憶を受け継いでいく語り部は、他の人々から聞いた話、そして自分で見たものを全て記憶している。まさに俺達の歴史の象徴するものだろう。
だが、語り部がガルカなのではない。
もちろん語り部はガルカだが、ガルカという種族そのものではない。

転生という特殊な生態のせいで、ガルカという種族は語り部と言う存在を必要とするとされている。
だが、語り部が存在を消してからのこの三十年、転生の旅に出ていなくなった古老も多いが、実際に俺達はきちんと歴史や想いを受け継いでいるではないか。
つい最近転生の旅に出た最長老ウェライ。彼の想いはグンバという謎めいた少年に伝えられた。
パルブロ鉱山開拓者の一人、バベンの仲間に対する想いは、俺がその切れ端を受け継ぐ事になるだろう。
まだ四十半ばの若造、おまけに開拓者でもない俺みたいなのに受け継がれたんじゃ、バベンも文句を言うかもしれないが。まぁ今度顔を出して謝っておくとするか。

つまり、語り部と言う存在は絶対に必要と言うわけではない。
俺達は俺達を誇るべきであり、語り部を誇ってはいけないのだ。

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背中から剣を抜き、俺は玉座まで階段を昇っていく。
後ろのファピナナとイー・キノエは何か言いたそうだったが、黙って俺を見送ってくれた。

玉座の前に立つ。
そして俺は剣を頭上に構えた。そのままの姿勢で、心の中で、ラオグリムに、いや今まで悠久の時を生きてきた語り部という存在に感謝をする。
転生後も記憶を受け継ぐというあまりにも悲痛で過酷な運命に耐えて、俺を含め過去の全てのガルカ達に道を指し示してくれた。ガルカの誇りを築いてきてくれた。
それが遂には語り部自身をこのような場所に座らせてしまった。
だが、俺にはもうあなたの助けは要らない。あなた無しでも歴史を、想いを、伝えていく事が出来る。
今まで…ありがとう。

ガキンと音を立てて、剣先が玉座に食い込んだ。ピキピキと音を立てて玉座を構成する石全体にひびが広がっていく。
これが彼を解き放つための一つの助けになるならば、過去に語り部と共に生きた自分…俺の前世達…に申し訳が立とうというものだ。

俺は俺の前世が誰だかは知らない。もしかしたら昔の俺はその時代の英雄だったのかもしれない。
ん? …そうか。ふと気が付く。
語り部が存在していた悠久の時間が、自分にも確かにあったのだ。今まで考えた事もなかったが…俺も転生を繰り返しているはずなのだ。それを実感できないと言う事は、やはり俺は語り部ではなくて良かったということだ。俺だったらとっくに発狂していただろう。
その永遠の時間に思いをはせ、俺は一つ大きなため息をつく。
そして今はただの石と化した玉座から、剣を引き抜いた。

しばらく沈黙が部屋を支配しただろうか。
「フェムヨノノさんとリンツァイスさん…来ませんね」
傍らのファピナナが沈黙を破って声を出した。
入り口の扉の方を見ている。

…考えてみれば俺はウルリッヒと同じか。この小さな騎士を理解できていない。
他人を理解することは難しい。ましてや種族や生まれ育った国が違えば文化のバックグラウンドもまた違う。理解する事はさらに難しくなる。だが。
俺は彼女を理解しようとしないで逃げていたのだろうな。まるでウルリッヒがガルカやクゥダフ達を理解しようともしなかったように。

「ファピナナ…お前とは話さないとならんな」
「なんですか、いきなり?」
傍らに立った俺を見上げて訊いてくる。
「すまなかった。確かに根本的な所ではお前の言う事を理解する事はできないだろう。だが、俺は理解しようする努力すら怠っていた」
今まで彼女の言う事を、『わけのわからないこと』と片付けていた。
いくら他人が踏み込んではいけない領域が人間の中にあるとは言え、全てがそうではあるまい。
彼女は俺に伝えたいなんらかの想いを持っているのは確かだ。せめてそこだけでも理解しようとするのは悪い事ではないはずだ。

「あ…え…?」
ファピナナは戸惑ったような表情をする。
「そうだな、帰ったらじっくり話をしよう。お前が抱いている想いをきちんと伝えてくれ。占い師調ではなくダイレクトにな。俺も必死にそれに応える」
「……。はいぃぃいい~!?」
あっけに取られたような沈黙の後、突如として素っ頓狂な悲鳴が上がった。どうしてかはわからんが、彼女の顔は真っ赤になって、その上引きつっている。
「どうした?」
「いえ…あの…応えるなんて約束しちゃったらまずいんじゃないですか…あ、ちが…応えるって言うのは伝えると言う事に対してなんですよね…うぅぅでも~…」
顔は赤いままでおたおたして、意味不明なことを口走っている。
俺から見ればいつも泰然自若としているファピナナでも、このようにうろたえたりする事もあるのか。
やはり俺は、彼女を全く理解できていなかった。

「こりゃご馳走さんだ」
ひょいと声が割り込んでくる。
「ちょ、イー・キノエさん!?」
「私を通してエレノアの目が光っていると言う事をお忘れなきようにな、元パートナーさんよ」
ニタリといやらしい笑みを顔に張り付かせた猫娘が、またいやらしい口調で言った。
俺もそうなのかも知らんが…どうして皆、こう意地の悪い笑みをするのだろうか。
ファピナナだけは違うようだが。
「え、エレノアは関係ないじゃないですか!」
「まこと罪作りなこって」
「な、なにがですか~!?」
慌てまくるファピナナだが…俺にはやっぱり彼女達の会話が理解できなかった。
俺は何かとんでもない事を言ったのか…?
こうまで解らない事だらけだと、さすがに不安にもなろう。
理解しようと努力してしまっていいのか? その選択自体が間違いではないのか? 知らない方がいいことなのか?
女二人のやかましい声を聞きながら、凍りつくような寒さの中、俺は何故か汗を流していた。

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あたし達が外に出てみれば、そこは吹雪だった。
霧のように細かい粉雪が視界を覆い尽くしている。

後の事は、イー・キノエがやってくれる。
彼女は、ズヴァール城の内部構造やそこでの戦いの事を詳しく聞いてきたのだった。
誰からそれを聞いたのかは判らない。
戦った本人達や、それにごく近い人達しか知らないはずの事。
彼女のバックにいるのはエレノア女史だけじゃないらしい。しかもエレノア女史とも全くつながりのない人なんだと思う。
イー・キノエはエレノアの腹心って訳じゃないんだ。
考えてみれば、彼女が伝えてくれる情報の出所、エレノア女史経由以外のものは全てはっきりと教えてもらった事がない。
多分、あたし達は聞いちゃいけないことなんだと思う。

彼女に任せておけばきっと大丈夫。きっとあたし達が知らないことも語ってくれるだろう。
あたしの想いをきちんと理解してくれている。
だから、スカイリッパーの協力者という役目はここでお終い。
あたし達は、あたし達の戦いへ向かう。

吹雪の中を一人の男があたし達に向かって歩いてきた。
石造りの階段の下で立ち止まり、あたし達を見上げてくる。
その男は白色の豪華なつくりのチュニックを着て、フードを被っていた。
「どうやらあの人みたいだね」
リンツァイスがそれをみて言った。

あたしは腰のフルーレの柄に手をやり、剣がそこにあることを確認する。
この間先生がウィンダスへ行った時に、知り合いに頼んで手に入れてくれたらしい新しいフルーレ。
高度な魔力杖には及ばないけれど、同じ魔力の増幅効果を持っている。これを受け取った時に、あたしは冒険者登録をした時に頂いた魔力杖をお返しした。
フルーレと言えば、細身の突剣の中でもサンドリア様式のものを指す。おまけにこのフルーレの柄に刻まれた紋章は…。
つまり先生は、あたしにはウィンダス流の魔力杖よりこちらの方がふさわしいと考えたわけだ。
まだ伝えてなかったけど、絶対に気が付いてる。
魔法の初歩の初歩からずっと見守ってきてくれた師匠だもの。リンツァイスの事はともかくとして、少なくともあたしの魔法についてバレないわけがなかったのだ。

そしてもう一つ、イー・キノエから預かったもの。懐に手を入れて確認する。

準備は…万全とは行かないけど。
でもあたし達にとって一番大切なのは、覚悟、だと思う。
自分の、自分達の想いを貫くために、自分達でやらなきゃいけない事。あたし達が今まで意図的に避けてきた事。お互いの業を見詰め合う事。そしてその為に力を振るう事。
それらを実際にやる覚悟だ。

だから、これだけで良い。多分ね。

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俺達は二人を待って部屋の外に出てみた。城とこの謁見の間を繋ぐ露出した渡り廊下の上に立つ。
そこは未だ細かい雪と風で満たされている。ほんの少し先も見えない。実際城側の扉も俺には見えなかった。
橋状になっている渡り廊下の淵まで歩いてみた。下を見下ろせば、まるで眼下から雪が降ってくるようで上下感覚を失ってしまうのだ。
実際は舞い上がってきているのだが、そもそも雪を見慣れない俺にとっては、それは異様な光景だ。
ここでは雪は上から下に降るものではないようだ。

ふと懐から、声が聞こえてきた。
この視界の悪さだ。はぐれたらどうしようもない。その為の連絡用にと預かっていたリンクパールの端末を取り出す。
「スカイリッパー。あたしよ」
そこから流れてきたのは、自分の仲間の声だった。
「フェムヨノノか。どこにいる?リンツァイスもそこにいるのか?」
「うん、リンツも一緒…見たんでしょ?」
「ああ、見させてもらった。だがそれよりも、お前達が今どこにいるのかの方が問題だ」
「…ごめん」
「どうした?」
「もう…会えないかもしれない」
「は?何を言ってるんだ?」
俺のその声を聞いて、下からファピナナがパールをひったくった。
「フェムヨノノさん!?」
「ファピナナ…スカイリッパーのことよろしくお願い。彼なりの結論が出たら、それを実現するために協力してあげて」
「いったいどうしたんですか!?今どこに!?」
ファピナナが大声を上げる。当たり前だ、この数時間何の連絡も入っていなかったわけだからな。
「スカイリッパーはいいヤツよね…あなたの目は確かよ。イー・キノエとエレノア女史の力も借りて…彼が思うように」
「ちょ、フェムヨノノさん!?」
もう一度名前を呼ぶが、彼女が求めた答えは一向に返ってこない。何をしてるんだあいつらは?
「先にバストゥークに戻っていてちょうだい…あたしとリンツはちょっと行くところがあるの。戻れたとしてもあたし達じゃなくなっているかもしれない。だから…ごめん」
どういうことだ!?
「おい、ちょっと待て!」
「待ってください!」
俺達二人がリンクパールに呼びかけるが、通話は途切れてしまった。
語り部が居た城の壁を叩きつける吹雪の音だけが、俺達の耳には残っていた。