フェムヨノノとリンツァイス (前編)
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「だから…ごめん」
そう最後に謝って、あたしは通話を切った。
いいのかな…いいんだよね?
「フェムヨノノ師、仲間に黙ってていいのですか?」
やっぱり男が訊いてきた。
「あたしのやることは全部終ったわ。あとはイー・キノエが何とかしてくれるはずよ」
あたしは自信を持って答える。彼女は信頼できるし、スカイリッパーもファピナナも、これから先はあたし達に関わってもしょうがない。
もしスカイリッパーが英雄の協力者として立つならば、あたし達とは敵になることもあるかもしれないから。勿論そんなことは望まないけど。
白魔道士はちょっとばかり不思議な顔をしてたけど、おもむろに頷くと魔法を詠唱し始めた。
このメロディは…なるほどね。サンドリア教会に帰依しているバストゥーク人冒険者か。どうりでディディエの名前が出てきたわけよね。彼女は正真正銘女神に仕える教会の修道女なのだから、教会に協力する冒険者と面識があってもおかしくない。
その魔法は、女神教会秘伝のテレポ系だった。あたしは教会の魔法には疎いから、どこに飛んでいくのかまでは判らない。教会の魔法の最たるもの。
その長い詠唱の間、あたしはリンツァイスの目をじっと見つめる。
そして魔法が発動する直前、アイツが微笑んでくれたのが見えた…ような気がした。
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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。
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乾いた風があたしの首筋を駆け抜けていった。
でもグスタベルグのとは違う、草原の香りが混ざっている。この匂いは…
「メア石…?」
そして回復した視界には、まばらに草の生えた赤茶けたタロンギ大峡谷の岩山が飛び込んできた。
ザルカバードの雪の中じゃ判らなかったけど、日は既に傾き、オレンジ色の光が大地を染めている。もうこんな時間だったんだ。
「…こりゃまた。どこに連れて行かれるのかと思ったんだけどねぇ」
隣でリンツァイスが呆れたような声を出した。
「案外拍子抜けよね」
あたしもそれに同意。
まさかメアに飛んでくるとは思わなかったから。そういう意味では意表をついていたと言える。
現在の所発見されているゲートクリスタルは六つ、テレポの魔法で飛んでいけるという事は、一度そこへ行って特殊なクリスタルを手に入れているという事だ。
だから知らない場所へ飛ばされる事はない。
まぁ、すぐ近くのヴァズ石に飛ばされることはないだろうと考えていたから、あとはヨトか、この間手に入れたばかりのルテか…そんなところだと思っていたのだけれど。
「ここ、意味があるの?」
「目的地はここではありません。このまま北西へ向います」
「メリファト山地まで登って行けって事?」
「チョコボは?」
「もちろん使いますよ。では行きましょうか」
男はそう言ってタンタンと階段を下りていく。
そのままチョコボガールと交渉を始め、体格のいいのを一頭選ぶとさっさとまたがってしまった。
「どうしました?」
まだ石の前であっけに取られてるあたし達を、不思議そうな顔で見上げている。
「あのねぇ…目的地はメリファトのどこなのさ?」
リンツァイスが階段を下りていきながら、男に訊く。
そう、一口にメリファト山地といっても、それはものすごく広大な場所を指す。その中のどこへ行けというのだろう?
「フェムヨノノ師は薄々想像がついているのではないでしょうか?彼が使う術を知ってるのでしょう?」
ムカっ!
「買いかぶるのはやめて。そういう言われ方が一番頭に来るのよ」
もちろん親しい人間ならそう言われても全く構わない。あたしと言う人間を知っているからだ。
でも、まるであたしは何でも知ってるんだろう、みたいな言われ方は気に食わない。
「あなたは頭がいいんだから、そのぐらい軽いもんでしょ?」っていうのは馬鹿にされてるのと一緒だ。
あたしだってただの凡人だ。自分の専門としている事だけは良く知ってる。だけどそれ以外であれば、知らないことが殆どだし考えつかない事もある。ましてや頭だって良くない方なのだ。
ここの所、それをひたすら思い知らされつづけてちょっと鬱が入っているから、余計過剰に反応してしまうあたしだ。
あたしの表情に気が付いたのか、男は素直に謝ってくれた。
「いや、これはすいませんでした…行き先はすぐ近くです。山を一つ越えたメリファト山地の南端ですよ。道の関係で多少遠回りになりますが。さて、準備はいいですか?」
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男がチョコボを止めた時、既に日は沈みきって辺りは暗くなっていた。
「ここです」
勝手にチョコボから降りてしまう男。男はそのまま、輝き始めた星を見上げた。
山の影が地平線を覆い尽くしている分、アルテパで見たよりも、輝きが遠くに見える。
あたし達もチョコボから乾燥した大地に降り立った。
タロンギ大峡谷から続く不毛の荒野。ウィンダスからジュノまでの道は殆どがこんなものだ。先の大戦の影響らしい。
首都の近辺だけが未だに草原を保っている。ミンダルシアの最南端は元々水の精霊力があまりにも強いところだったのだろうか。
三頭のチョコボが走り去ったのを見送った後、男はあたしをじっと見つめた。
そして切り出す。
「フェムヨノノ師、伝えておく事があります」
「なによ?」
「エアハルトからの伝言ですよ。
『フェムヨノノ師や彫金士リンツァイスとは共闘してもいい。もちろんブルストの願いためじゃなく、本当の意味でのバストゥークの将来のためにな』、と」
あたしは、はっと息を飲む。隣のリンツァイスも一緒だ。
でも…あたしはゆっくりと首を振る。
「英雄にそう言ってもらえるなんて光栄だけどね…ごめん、それはお断りだわ」
「そうだねぇ。無理だよ。僕らとエアハルトとは根本的な所で合わないから」
この間イー・キノエが言った中での最大の間違いがこれ。確かに表面だけ見ればそう見えるけど、手を取り合うことは絶対にない。
「合わない、ですか?」
「エアハルトって正義感の塊でしょ? しかもピュアな」
それを聞いて、ちょっと戸惑ったような男。だけどすぐに、
「…言いえて妙ですが、そのような感じです」
納得したような表情でそう言ってきた。
「あたし達も確かに正義感の塊って言われる事もあるわ。でもねあたし達のは…所詮『偽善』なのよ。全然純粋じゃない」
「…は?」
ブルストは見事に的確に指摘してくれて…英雄となるならばそれを直せ、ということなのだろう。
あたし達が振りかざそうとする正義は偽善なのだ。実の所、知らない所で他の人がどうなろうと構わない。
それが身近な人に迫ってくれば、どちらかが悲しい思いをしちゃうのを防ぐ為だけに、戦う。ただそれだけ。
本当に人が死ぬのが嫌だという理由だけで人を助けた事はない。それを看過する事によって自分やお互いが嫌な思いをするのが気に入らないから。
だから、目の前で人が死んだ直後でも自分やお互いの事を考える事が出来る…この間みたいに。
もちろん一時的なショックは受ける。でもこの間パルブロ鉱山で駆け出し冒険者の死に立ち会った時だって、一時間も経たないうちにお互いの事を考えられるようになっていた。彼の死をあたし達の関係のために利用しようとしていた。それは決して人の死に慣れてしまったからじゃない。
それが偽善じゃなかったらなんなのよ?
全てがお互いのためにある。そんな業。
「そうですか…解りました」
納得したわけじゃなかったみたいだけど、男はそう言った。
「それと、これはディディエから」
「あの修道女から?」
一体なんだろう? もう一年ぐらい前にたかだか二日間いっしょに行動しただけなのだけれど。
あたしはともかくとして、向こうまで覚えてるとは思わなかった。
「『女神の力を感じられるようになりましたか?』だそうですよ」
クククと可笑しそうに笑いながら、男は口にした。
「なにが可笑しいわけ? あんたも教会所属なんでしょ?」
「いえいえ、確かに教会にはお世話になってますよ。でも私は女神の奇跡など信じてません」
あら…珍しいタイプよね。
「ならどうして教会所属なのさ?」
リンツァイスも同じ疑問を抱いていたみたい。
「なに、テレポの魔法を頂いただけでして。今の冒険者の白魔道士は私みたいなのが多いですよ。例えウィンダス魔法学校の出身の人でも、冒険者ならばテレポを使うのは当たり前です。使えるものはたとえ女神の教えでも使ってしまおうという人達ですから」
それはまたずいぶんと節操無しで。ま、あたしだって人の事は言えないのだけれど。
「ふーん、実利的で結構な事ね…それで、答えだけど」
「はい、承りましょう」
男はかしこまった口調で、だけど冗談っぽくあたしに言う。
あたしは逆に真剣になって…
「『ノー』よ」
きっぱりと答えを返した。
「あれっきり女神の奇跡にお近づきになる機会はないわ」
そもそも白魔道士と組んだのは彼女が最後だ…あ、ファピナナがいるか。でも彼女は魔道士としてはあたしに近い。古典的なウィンダスの魔道士だし、おまけに剣まで振るっちゃう。
エレノアと一緒にサンドリアにいた時期、教会に出入りしていたらしいけど、逃げ出した、って言ってた。
「そうですか。伝えておきましょう」
にっこりと首をかしげながら…男だから可愛らしくはないけれど…了承の返事をしてきた。
「あ、これも付け加えておいて。『感謝してる』って」
でも、他の人が女神の奇跡を使うのを見た事がないからこそ、彼女との出会いはあたしに強く影響を及ぼしている
「は? …いえ、わかりました」
そう言うと、すたすたとあたしから離れていく白魔道士。
だけど数歩離れると、思い出したようにこちらを振り向いた。
「私としては、あなた達にはエアハルトの仲間になってもらいたい。私達の愛するバストゥークのためにね。私はその為の力を持ちませんから」
にこやかにあたし達に向かって言う。
だけどあたしはそれには冷たく返事をした。
「…あんたもブルストと同じね」
一見好青年みたいなこの男も、自分に絶望した質だったってことよね。
「なんとでも言ってください」
あたしの言葉を意に介した様子もないようだ。
それだけを言うと、魔法の詠唱に入ろうとする。デジョン…よね。
「ちょっと待って、貴方の名前は?」
手を胸の前に合わせ詠唱を開始しようとした男に向かって、リンツァイスが訊く。
無駄な事…だけどリンツァイスは必要なことなんだと思ってる。出会った人の名前を知らないまま別れるなんて悲しいって。あたしも普段だったらそれに賛成。だけどこの男は…
「…やめておきます。英雄には凡人の名前など必要ないことでしょう?」
さもそれが当然のように言う男。やっぱり無駄だった。
判りきっていた答えだったけど、だからこそ文句の一つも言いたくはなる。
「一つだけ言っておくわ。あたし達も凡人よ。エアハルトみたいな天才と一緒にしないで」
「……」
「そして多分エアハルトもそう思ってるわよ? あんたやあたし達があの男をどう思おうとね。あの男は自分を天才だなんて思わないはず。笑っちゃうわよね…でも、そういうもんなのよ」
男は何も答えずメロディを歌い上げ…紫色の歪みの中へ消えていった。
さて…
「しかしまぁ、よくも引っかかってくれたものだ」
頭上から降ってきた一言がこれだった。
「そうね。しっかり踊らされたわ…お久しぶり」
あたしは声がした方向を向き、高台になっている場所を睨みつけた。
「スカイリッパーは完成したのか?」
あたし達が今いる所よりも一段高くなったところ。背後は崖だが、そこにブルストは悠然と立っていた。
腕組みなんかして余裕の表情だ。
「彼の事は心配しないでいいわよ。きちんと誇りを持って自らの意思を選択するはずだわ。まぁラオグリムの名を継いだエアハルトが道を間違えさえしなければ、彼は協力すると思うけど」
「そうか…色々と大変だったが、報われた、という所か」
一瞬まじめな顔になったのだけれど、ブルストの口からはすぐさま笑いが漏れてきた。
「それにつけても、ガルカの戦士よりもひねくれ者の魔道士の方が御しやすい、というのには驚いた。つくづく実感させてもらったよ。子弟揃ってそれだからな」
うぬぬぬ…言わせておけば…
「余計なお世話よ!」
あたしは怒鳴る。
「そのように怒鳴ってしまう所を指して御しやすいと言っているのだが、フェムヨノノ師?」
大げさに首を振りながら呆れ顔でそんな事を言うブルストだ。
「バストゥーク一の私塾がそれだといつまでたってもウィンダスには追いつけんな。ルシウス補佐官も下請け先を考えるべきだ」
全くもって余計なお節介というもの。ところが…
「うん、ブルストさん、的確な考察だねぇ。貴方のは正直上手いやり方だと思ったよ。
フェムやビルルホルル先生は、性根が捻じ曲がってて天邪鬼で負けず嫌い、他人の意見にはとりあえず反論…その他諸々だからねぇ。それを上手く利用してる。
動くなって言われたら動きたくなるってね。二人とも見事に引っかかったもの」
横から飛び出たリンツァイスの台詞に、あたしの頬がヒクっと引きつる。
どーせね…。
「でもね、他の三…今は四人か…とにかく他の人達はそんなことないから、バストゥークの魔法研究に関しては安心して良いよ」
「…あんたねー」
あたしの睨んだ先がツツツと隣の飄々としたパートナーへ移る。
「だってそれは本当の事だろ?」
僕は事実を言ってるだけだよ?ってそんな感じ。
…否定できないのが悔しい。もちろんリンツァイスはネガティブな意味で言ってるわけじゃないからいいんだけど。
「ハハハハ…いやいや、さすがリンツァイス君といったところだ。フェムヨノノ師のみならずビルルホルル師のことも的確に見抜いている」
笑い声が頭上から降ってくる。その笑い方もまたむかつくのだ。
「さてさて、スクラッパーの二人にご足労頂いて感謝する」
やっぱりあんたか!
「その二つ名、付けたのはあんたなわけ!?」
「いや、俺じゃない。いいかげん自分達が英雄として期待されているものだと理解したらどうかな?」
「…」
答え代わりに、あたしはブルストを睨みつけた。
今度はリンツァイスもあたしと同じような表情をして、頭上を見つめている。
ブルストはそんなあたし達の視線を軽く避わして、満天に輝く星空に目をやった。
「冒険者の時代…か。まさか国に役職を持たないものがミスリル銃士の面子よりも英雄にふさわしい時代が来ようとはな」
それはブルストという男の慨嘆なのだろう。今までのターゲットは例外なくミスリル銃士だったか、後日ミスリル銃士になったか、だ。
おまけにブルストは、国の武官…のはず。その慨嘆は理解できなくもない。
「あんたは、元黄金銃士、現在は冒険者を管轄する役職にある。しかもある程度の権限を持ち、国のトップに冒険者を推薦する事も出来るわけよね?」
あたしは確認するように訊く。
「うむ。はっきり言ってしまえば、鉱山区ゲートハウスの管理人だ。戦えなくなった人間の再就職先という所だな。勿論俺はそれを望んでやっているわけだが」
やっぱり、そういうことだったのね。
「黄金銃士というのは、その仕事内容は冒険者に近いのだよ。単独や少人数での行動を基本とし、大部隊での行動は殆どない。長期間旅にあり、連絡さえ困難な僻地や敵地での隠密行動も行う。
コンクェストなどの冒険者に関わる事は鋼鉄銃士隊の管轄だが、所詮連中は各地に駐留しての街道警備を専門としているに過ぎないからな。冒険者のことなど何も判ってはいない。
従って冒険者に関わる事は我々黄金銃士の経験が必要になってくると言うわけだ」
「そもそも、その時点でバストゥークは間違っていると?」
と、これはリンツァイス。
「そういうわけでもないな。鋼鉄銃士隊としてきちんと共和軍団から独立している分だけ他の国よりもましだ」
サンドリアは進駐を専門とする王立騎士団、ウィンダスは常設軍である戦闘魔導団(とは言っても傭兵団も実質的には常設らしいけど)の一部門が、そのまま冒険者の管理を行っている。
なるほど、そう言われてみれば確かに冒険者政策が一番進んでいるのはバストゥークかもしれない。
共和軍団も百人隊長以上の士官になれば常勤となるのだけれど、そこに適当に部門を作って管理させるのではなく、指揮系統の根本がきちんと区分けされているのはいい事だ。
でも…だからこそ、ブルストはエアハルトやあたし達をターゲットする事を思いついたわけだ。
そして、冒険者に似た経験をしてきた黄金銃士という立場を利用して、ゲートハウスの管理人になったのだろう。
もしかしたら、引退した黄金銃士がそのような職に就くという事すら、ブルストの提案だったのかもしれない。
いや、それ以前に…黄金銃士だったからこそ英雄を作り出すなんて発想が出てきたのかも。
「ゲートハウスに冒険者登録を済ませたばかりのエアハルトがきた時に、俺は感じたのだよ。こいつは英雄の素質がある、と。
あの男を英雄にするために俺がどれほどの手間をかけてきたと思っているのだ?
駆け出しのころからミッションを回し、支援し、国のトップに紹介し、引き合わせ、徐々に重要なミッションを与え、やっとここまでたどり着いた。
あいつは見事に俺の期待に応え、ついには闇の王を倒し世界を救った英雄になった。
今や三国のトップはエアハルトとその仲間に多大なる信頼を置き、ともすれば次期元首になどという雰囲気もできてきてる。
結構な事だ。英雄という求心力を持った人間は統治に対して絶大なる能力を持つ」
やっぱりだんだん話が狂気じみてきた。
「バストゥークには英雄が必要なのだ!そしてあの男はこれからも責務を全うしなければならない。民の視線を集め英雄として振舞わなければならないのだ!!」
狂ったようにブルストが叫ぶ。
「…英雄は誰かに作られるものじゃないわ」
あたしはそう吐き捨てた。
「エアハルトはあんたの期待に応えたわけじゃない。アイツはアイツなりに世界の事を考えて、自分の意志で行動したのよ。
決してあんたの考えを汲み取って動いていたわけじゃないわ。たまたま重なっただけ…
リンツ、この男のどこがピュアなわけ? エアハルトとは全然違うじゃない」
ジト目でリンツァイスを見る。
「いやぁ、純粋だと思うよ?」
感心した風に言うリンツァイスだ。全く…
そして頭上から、やっと本題が降ってきた。
「さて、フェムヨノノ師、リンツァイス君、君達に問い掛ける…答えは出たかな? 君達を求めている人達に応えるかどうか」
あたしはしばらく俯いて、決意を固める…答えなんてもうとっくに出てた。足りなかったのはそれを声にする決意だ。
一つため息をついて、だけどきっぱりと意思を込めて言葉にした。
「あたしの役割はあたしが決める。」
あたしは自分勝手なヤツなんだ、いい子じゃない、って公言してしまう決意を決めてしまえば…後は簡単。
「ほう…その役割とは何かな?」
「まず初めにリンツァイスのパートナーって事。そして二番目が魔法の研究者よ」
「だが民は君にそれ以外の事を期待しているわけだ。フェムヨノノ師ならバストゥークを救ってくれる、と」
さっきの白魔道士を思い出す。
「だからあたしが決めるって言ってるの。正直ね…どうでもいいのよ、他人の事なんて」
「またそれか…リンツァイス君がいれば他がどうなろうと構わない、と。なんとも勝手で非社会的なことだな」
「だって、それがあたし達が一生かけて戦っていかなければいけない業なんだもの。いつでもそれが重くのしかかってくる。その運命からは逃れられないわ」
業とか重いような事を言ってるんだけど、それとは裏腹にあたしは笑顔になってしまう。
幸せな戦い、幸せな業、幸福な束縛…。
「…開き直ったか?」
あたしの微笑みを見て絶句しているブルスト。そんな姿を見るのは正直愉快だ。
「コイツはあたしがいなくなったら多分発狂しちゃうわ。多分あたしがあたしじゃなくなっても同じ事になると思う。あたしはそれをどうしても看過できない。だからあたしは英雄にはならない」
きっぱりと言い切るあたしだ。
「うーん、僕も狂わないって自信はないね。フェムの言ってる事は確かだ」
リンツァイスも言葉の内容とは裏腹に、自信たっぷりに言ってしまう。
ブルストは一瞬あっけに取られたようだったけど、すぐさま仕切り直して攻撃をかけてきた。
「だが、君に向けられている人々の想いはどうなる!?」
「そうね…それがあたし達の為してきた事の結果である以上、想いを受け止めて責任は取らなきゃいけないわ」
「そうだよねぇ」
「ならば…」
「だけどね、あんたが敷いたレールに乗らなきゃ責任が取れないってものじゃないでしょ」
「俺が敷いたレールだと?」
「あたし達の責任の取り方は、世間の期待を一身に受ける英雄として立つ事じゃない。あたし達…あたしとリンツァイスでなきゃ出来ない事をするのよ。例え他の人の目に留まらなくてもね。
英雄なんかになるよりそっちの方がいくらも上等でしょ?」
「僕らは僕らのことをやるって事さ」
「その『スクラッパー』っていうの、気に入ったわ。あたし達は英雄じゃなくてその位が似合ってる。変なものを蒐集して喧嘩して…。
英雄のやり様が気に入らなければ喧嘩もするでしょうね。あの男を放逐するために動くかもしれない。そんな感じよ。あたし達にしかできないことって」
いくら国を救う英雄だろうが、気に食わなければ戦うだけだ。
カウンターの後、あたしはさらに追い討ちをかける。
「あんた、正直いい役者だと思うわ。あたし達に直接やっただけじゃなく先生まで上手く乗せてあたし達を動かした」
一つフェイントをいれて、
「なのにどうして自分が英雄になろうとしなかったのよ?」
心臓めがけての突きを入れる。
そう、英雄が国を救うと信じているならば、自分が英雄になればいい。
「器ではないといっただろう? 俺は自分の才能のなさに絶望したんだ。だからその才能を持つ君達が羨ましい」
「…」
「それに俺にはもう時間がない…この身体は病魔に冒されている身なのだ」
ふーん…だから何だってのよ。
「君達には英雄エアハルトを導く者としての役割を期待していた」
「単なる英雄じゃなく?」
「そう、どちらかといえば俺の意思を継いで欲しいというのが本音だ。もちろん英雄の素質を持つ君達ならば俺よりももっと高い所へいけるはずだ。いずれは国を裏から操る事も可能になるだろう。エアハルトにそんな真似は無理だろう」
…呆れた。神様気取りってわけ? それでそれをあたし達に継げって?
「僕達だってそんなことには向いてないよ。多分ね。そんな事になったら彫金に打ち込めなくなるじゃんか」
「あんたが言ったんでしょ、『スクラッパー』だって」
「その二つ名の出所は俺じゃないが…エアハルトのみでは英雄は完成しない。だからこその君達なのだがな」
まぁ、確かにあの男は権謀術数に長けているとは思えないけど。
でもね、だからこそ英雄の素質があるんじゃない?
「あんたが余計なちょっかい出さなければ、エアハルトはきちんとバストゥークの事を考えて行動するわよ。あたし達が導く必要なんてない」
…それが良いか悪いかはともかくとしてね。気に入らなければ、あたし達は彼の敵になるだけ。
「フン、だが、今のままのエアハルトでは俺の思うようなバストゥークにはならんな。あの男はまだ甘い。市井の事もわかっていない。俺か君達が介在する必要がある」
鼻で笑う男。
「貴方の理想のバストゥークって、求心者が絶対的な力を持って民衆を導いていくってことだよねぇ?」
「その通りだ、リンツァイス君。今の所我々が経験したシステムの中ではそれが一番合理的で無駄がなく、そして美しい統治形態だった」
「バストゥークってヴァナ・ディールじゃ唯一の共和制なんだけど、それがダメだって事?」
「だからこのような事になってしまったのだよ。ウィンダスやサンドリアを見てみたまえ。少なくとも我等が共和国よりも安定しているではないか!」
合理的というのは納得できなくもないけど。だけどそれじゃあたし達が生きている今のバストゥークはなんなのかって事になっちゃう。
夜の山地に響き渡るブルストの声。
「最後にもう一度だけ訊く。フェムヨノノ師、リンツァイス君、君達はバストゥークを救うために身を捧げる覚悟はあるか?」
「…ないよ」
あっさりと答えるリンツァイス。
「あたしも右に同じ」
あたしも続いて答える。
崖の上のブルストは一つだけ大きなため息をついた。
「よかろう。英雄の敵になるかもしれん、尚且つ求心力を持つ名前を有する者達よ」
かつての黄金銃士、そして数々の冒険者を見てきた男の前に、闇の渦が出現する。
「…君達は危険な存在だ。消えてくれ」
神の名において過去の英霊を呼び出して使役する。ノーグの海賊略奪行為のための魔法。
エアハルトが使った時より数段大きな闇が渦巻いている。
「やっぱりそう来るのね」
でも、ブルストは人骨を撒いていない。どうやって…なくても大丈夫なものなの?
あたしがそんな疑問を抱いた途端、その途端、ブルストの背後の崖下から、巨大な手がぬっと突き出され…ガシャンとブルストの脇に着地した。
「な…!?」
リンツァイスが絶句。あたしも目を見張る。
手…人の手の骨じゃない!?あまりにも巨大すぎる。それに骨格が…
「ちょ…もしかして!?」
「もうほんの少し南…峡谷の北端まで行けば大量に転がっているがな…丁度この崖下に巨大なのを見つけたのだよ」
「それでここだったってわけね」
「それだけではないがな。ここにはドロガロガの背骨があるだろう。魔法の素人の俺でもイメージがしやすい。まして、メリファト山地は交通の要所であるメアに程近いにもかかわらず人が殆どいない土地だ。俺はこの場所が好きだがな」
「あんたと同じのは嫌だけど、あたしも好きだわ。だからここでよかっ…」
ぐだぐだ言ってる間に、その巨大な骨はガシャリガシャリと音を立てながら崖からよじ登りきって、あたし達の目にその全身を映し出していたのだ。
改めて思う。本当に巨大だ。言いかけた言葉を失ってしまうほど。リンツァイスも呆然としている。
竜の骨…タロンギ大峡谷には古の生物達の骸骨が点在している。
確かにメリファトではタロンギ峡谷ほど数は見ないけど、すぐ隣なのだからここで命を途絶えさせた個体もそれなりの数がいるはずなのだ。
それが本当に竜なのかはわからない。今は翼もなく頭の大きな巨大なトカゲの骨といった感じだ。
トカゲとは言っても…全然別物だけど。
「その術って神の名において過去の英霊を降臨させるんじゃなかったの?」
唖然としながらも、あたしはなんとかそう呟く。
「英霊とは別にヒュームに限ったものではあるまい?何せこの世界ではガルカですら人間の範疇に入れられるのだ。知性を持ち文化を持つ種族であれば英霊も存在するだろう」
…ムカ!
一気に頭に血が上る。それであたしの頭は自失状態から戻ってきた。
「ガルカですら…ってそりゃないよ、ブルストさん」
リンツァイスの方は怒ったわけじゃなく、呆れ顔。あたし達との感覚の相違が絶望的なまでに深いことを悟ったのだろうか。
「確かに生態は他の種族と根本的に違うし、やたら神がかった語り部なんてのもいるけどさぁ」
だがブルストは一つだけあたし達と感覚が通じる所があった。
「なにせ、この世界の知的存在は全て、アルタナとプロマシアという二人の神によって作られたらしいからな。神の下では種族など関係ないということかな」
皮肉を強くこめたような口調で、そんな事を言ったのだ。
その言葉に皮肉を込めたい気持ち、あたしにも良くわかる。
だからこそ、リンツァイスは、『ブルストはフェムに似てる』なんて言ったのだ。
「さて、行きたまえ、英雄の道を選ばなかった者達に英雄の力を見せつけてやってくれ」
ブルストがそう言うと同時に竜の亡骸が、あたし達めがけて跳躍した。