フェムヨノノとリンツァイス (後編)
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「フェム!」
リンツァイスが叫ぶ。頭上には星の光を遮って空に踊る竜。スカスカのはずの骨なのに影を作り出すっていうのは、存在分の重量として闇の力を纏っているのだろうか。
あたし達は寸前で後ろへ飛びのく。
ズンと響き渡った直後に、ガラガラと音を立てて崖の一部が崩れていく。さっきまであたし達が立っていた場所の半分は、もう一段低い場所めがけて落下を開始していた。
その裂け目から発した砂埃が一面を覆い尽くす。
…デタラメだわ。
ブルスト一人きりでは、あたし達二人を同時に相手にする事は出来ない。
いくらあの男がベテランの黄金銃士で、鋼鉄銃士じゃ滅多にしないような戦いの経験を重ねてきたとは言え、あたし達だって素人じゃないから。
おまけに対人戦はあたし達の一番得意とするところだし、ここは街中じゃないから魔法だって武器だって使える。
だから、ブルストはエアハルトと同じようにスケルトンを召喚してくると睨んでいた。その為の準備もしてきたのだ。
…さすがにこんなものが出てくるなんて予想できなかったけど。
それでも骨は骨。ブルストなんかに支配された、しかも過去の英雄なんて、あたし達にとっては恐怖の対象にもならない。所詮『英雄』なのだ。
「…あんたは、相手を間違ったのよ」
ズシンズシンと音を響かせて、こちらへ近寄ってくる骸骨竜を見ながら、あたしは呟く。
それがあたしの最後通牒。
腰の剣の柄に左手をかけて、そこにあることを確認する。
先生がウィンダスで手に入れてきてくれた新しいフルーレ。
云われを聞いた…元はサンドリアのもの。柄のバランサーには女神教会のホーリーシンボルが刻み込まれている。それにウィンダスで魔力杖と同じ効果を持たせるように加工したらしい。つまりこれは魔力杖にして剣。
しかも出自を考慮に入れれば、殆どあたしのためだけに存在するような剣だ。
いつ気付かれたんだろう? 先生の顔を思い浮かべる。
そしてあたしは一気に頭に電気を流した。
頭の中で光が濃縮され、そして一気に弾けた。目に映る世界が一瞬真っ白になる。
魔法の原理が形を結び、あたしの頭の中を駆け巡る。
とても気持ちがいい感覚。高速で色々なものが過去へと流れていく。
それに自分自身が流されないように気をつけながら、一つの言葉を口の中で転がす。
「…フェム・リート」
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名前というのは、それだけでその人を特徴付け、魂を形作らせる力を持つ。
Fem Lied、バストゥーク古語での意味は『五つの歌』。
文字通り、フェムという名前を持つ魔道士のあたしが織り成す五つの魔法の詠唱。
そしてあたしは、弱体強化の付与魔法を専門とし、尚且つ全ての系統の魔法を使い、細かい魔法を短時間に多く詠唱する事に長け、さらに自らも剣を持って戦う赤魔道士だ。
必然…全てはそのために。
目の前の巨大なスケルトンドラゴン…最早ドラゴンの名を関するのも躊躇われるような美しくもない異質な巨体を睨みながら、あたしはしゃがんで、乾いた大地の上に右手の手のひらを置いた。
「Ett!」
一筆書きで、地面に巨大な魔方陣が描かれる。
シェル。対象はこの魔方陣で囲まれた部分。
あたしはすぐさま立ち上がりフルーレの柄を握り締める。
「Två!」
骸骨竜の足が止まり、そこから逃れようともがきだす。
バインド。シェルの範囲内へ魔法が完成するまで一時的に閉じ込める。
あたしは腰からフルーレを抜き放って左手に逆手に持つ。
「Tre!」
菱形の光が骸骨竜を包み込む。
ディスペル。付与されているかもしれない魔法防御力を消し去る。
あたしは目の前で左逆手横一文字にフルーレを構える。
「Fyra!」
フルーレの美しい刀身が白銀に輝きだす。
エンホーリー。これがあたしの研究成果…神聖魔法と強化魔法の複合。
ホーリーそのものを使えないからこそ、あたしはこの魔法を使えるのだ。
全てを知る魔道士、そして赤魔道士が赤魔道士である所以。
教会の魔法は嫌い。だからこれはウィンダスや古代の人々の研究成果を元にしたあたしのオリジナル…ディディエという修道女に出会わなければ、この魔法は生まれなかったのは確かだけど。だから、『感謝してる』。
あたしはそのまま剣の先を地面へ向ける。
そして最後。
「Fem!」
付与魔法の原点。だからその魔法自体に名前はない。
対象に魔力を付与する。即ち魔力の移動…しかし暗黒魔法のような吸収とは原理が根本的に違う。
リフレシュをイメージするとわかりやすい。
あれは回復魔法と思われるかもしれないけれど、その実、自分の魔力を起爆剤として対象の魔力を回復する自然の力を強化するだけ。強化の付与魔法である。
赤魔道士の魔力を分け与えてるわけではないのだ。だからこそ、消費魔力以上の回復が得られる。
そして、魔力の移動元や移動先は人間でなければならないわけじゃない。そもそも人間だって世界の精霊力を取り込み蓄積するだけのものでしかないから。魔法を付与された物体は既にその力を持ってる。
シェルもエンホーリーも光属性。その対象が違っているだけで、世界から取り込み発露させるエナジーの質は同じだ。
ならば、付与対象と発現の仕方をちょっとだけずらせばいい。ホーリーは神聖魔法だけど、エンホーリーとする事で強化魔法の発露方向を持つようになりシェルとの相性は良くなる。シェルを変質させる起爆剤としてのエンホーリーだ。
あたしは左手に逆手に構えたフルーレに右手を柄の上へのせて、地面へ突き刺した。
瞬間剣の中で形作られたホーリーの魔力が一気に魔方陣に伝わり、魔方陣の魔力と共鳴し始めた。
大地に描かれていた魔法陣が、ふわりと浮かび上がってくる。
そのまま骸骨竜の頭上に達して、光の魔力のベールを作り…
そして、シェル自体が持つ魔法力の巨大な光の塊の、爆発。
魔方陣の中が強い光と煙で満たされる。
上の方に陣取ったブルストが、目を見開いて驚くような顔をしてあたしを見ていた。
あたしはニヤリと下品な笑みでそれを返す。
…プロテスとシェル。強化魔法のごく基礎であり、誰もが習得しようとし実際に習得できる魔法だ。
だけど、世界から対象となる精霊の力を取り入れ自分の中で織って目標に付与する、という付与魔法の基本はそこにある。
当たり前すぎる魔法で、気付いていなかったり軽視したりする赤魔道士や白魔道士は多いけれど、上位のプロテスとシェルは強化魔法の中でもダントツに魔力を消費することから考えてもわかるだろう。
とんでもない光属性の力が込められているのだ。
そして相手は神の名においてこの地に降ろされた英霊。神聖魔法で呼び出されたはずなのに闇属性を持つ。
もしかしたら、アンデッドってもともと神のための生贄…供物なのかもしれない。
神の力で滅ぼされる事を目的として降ろされた過去の英霊。神聖属性を弱点として持つのはそういうことなのだろうか。
ちょうどエアハルトがバストゥークの未来のための生贄であるように。
ガジャン
煙の中から巨大な骨の前足が浮き出てきて、音を立ててあたし達の目の前に着地する。
それに続いてぬらりと巨大な骸骨竜の上半身がが現れた。
さすがに崩れ去るまでは行かなかったようなんだけど…もともとあたしの目的はそれじゃない。
強化魔法を使った弱体魔法。矛盾するかと思われるけど、そういうことだ。
ディディエやファピナナが使っていたバニシュをヒントにして、付与魔法のスペシャリストであるあたしが組み立てた、一つではなく、一連の魔法。
存在力の違いから物理攻撃が効きにくいアンデッドに対して、最大限の力を発揮する弱体魔法だ。
そしてあたしにはリンツァイスが居る。
あたしが全てをこなす必要はない。あたしは付与魔法を専門とする赤魔道士だから。
自信を持って言える。これがあたしとリンツァイスの戦い方だ。
「うおおおおお!」
リンツァイスが雄たけびを上げた。闘気が彼を中心に渦巻くように見える。
そのまま横に剣を振るい…水平に巨大な骸骨竜の左前足へ叩きつける。
光の魔力でもろくなっていた骨にひびが入った。ガクっとつんのめるようにアバラをつく。
リンツァイスは返す刀でそのまま頭蓋骨…それすら頭蓋骨と呼ぶにはふさわしくない大きさだけれど…を狙う。
だけど、あいつに迫るものを見とめて、あたしは叫んだ。
「横!」
スケルトンドラゴンの巨大な尻尾がリンツのいる場所をめがけて薙ぎ払われたのだ。
「く!」
間に合う!?
左手のラウンドシールドを構えながら飛びのくリンツァイス。
間に合わず、関節一つの骨があたし達二人分ほどもある巨大な尻尾がリンツを掠めて、それだけでアイツは後ろに吹っ飛ばされる。
「リンツ!」
あたしは悲鳴を上げた。
だけど、そのまま体勢を整えてリンツァイスは後方に着地した。
「ひぇ…あぶなかったぁ」
彼は一つため息をつきながら、立ち上がる。
「ちょ、大丈夫なの!?」
ついつい大声を張り上げて駆け寄ってしまう。
「うん。左手折れちゃったけどねぇ、フェム、ケアル頼むよ」
折れたって…そんなにこやかに言われても。たしかに盾を括り付けているアイツの左手はダランと垂れ下がっていた。
だけどあたしは文句を言わず、そのままリンツァイスに向かってケアルを唱える。ぽわんと軽い音を立てて、光がアイツを包んだ。
リンツァイスはそのまま左手を一振りして、もう一度かつて竜だったものを睨みつける。
「どうした?リンツァイス君、フェムヨノノ師の作ってくれたチャンスを無駄にしてしまったんじゃないか?」
ふと頭上から声が振ってきた。
ブルストは腕を組んでこちらを見下ろしている。それでも、その声にはさっきほど落ち着きはない。
「フン、あたしの魔法がこんな短時間で消えるって? そんなわけないじゃない!」
あたしは怒鳴る。現に巨大なスケルトンはまだ立ち上がれていない。立ち上がろうとしてもがいているようにも見える。
「あなたの方こそ動揺してるんじゃないの? 僕らがそんなに弱いとでも思ったのかなぁ?」
リンツァイスも、剣を肩に載せて珍しく意地の悪い顔をしてブルストを見上げている。
「あたし達に英雄の素質があるって言ったわね。確かにその通りよ」
あたしは上に向かって叫ぶ。
「なにせ、あたし達はフェムヨノノとリンツァイスなんだからね!」
ピクっとブルストの顔が引きつったのが見て取れた。
「さて、フェム、やっちゃおう」
もうブルストには構わず、リンツァイスがあたしの目を見て言った。
あたしはそれを見つめ返して、一つ頷く。
「そうね、こんな所で時間取ってられないわ。あの男を引き摺り下ろしてお灸を据えなきゃならないんだから」
「あいつはもう動けない。苦し紛れに振り回される右腕と尻尾さえ気をつけてればどうにでもなるねぇ」
「でも気をつけてよね。まともに食らったら…」
言い淀んでしまった。いくらリンツァイスでもひとたまりもない。
それが表情に出てしまったのだろうか、リンツァイスは笑顔を見せてくれた。
「大丈夫だよ。フェムを一人にさせるわけにはいかないんだからさ。フェムが居る限り僕は死ねないよねぇ」
「…バカ」
さっきのあたしの言葉に対するリンツァイスの返答だったのだろうか。
顔を見てられなくなって、あたしは俯いて二つ言葉を静かに吐きだした。
自分で言うのは平気なくせに、コイツから言われたら…なんか恥ずかしいわけで。
リンツァイスはそのまま愛用の戦士剣を構えて、倒れこんでもがいている骸骨竜へ向かって走り出した。
またもや右手が振り回されてあいつを狙ってくる。それを寸前で避けながらアイツは頭めがけて走っていった。もう二つ三つ跳躍すれば、アイツの剣は竜の頭へ到達するだろう。
リンツァイスが懐にもぐりこもうとする直前、尻尾が今度は上から振り下ろされてきた。
頭に達する瞬間、駆けていたリンツァイスの左足が地面を蹴ろうとする。
あたしは落ち着いて連続魔を発動させ詠唱を開始する。リンツァイスもあたしがどのタイミングで何を使うのかは判っているはず。
今のあたし達二人にとっては、骸骨の動きはもう既にスローモーション状態だった。ううん、敵の動きだけじゃない。お互いの動き、そして考えてる事が手にとるように見て取れる。
巨大な尾がリンツァイスの頭へ到達する寸前、アイツへ向けてのヘイストの発動。
その瞬間、周囲を完全に置き去りにして、あたし達二人だけの世界が、一気に加速した。
ものすごい速さでの前方への跳躍。振り上げられる戦士剣。その後ろで何もない地面に達して辺り一体を揺るがす巨大な尾の一撃。
そして…振り下ろされるあたし達の力。
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巨大な頭蓋骨を叩き割ったリンツァイスが、スタンと音を立てて、まだ揺れている大地に着地した。
その頭上からバラバラと骨の欠片が振ってくる。
まだ形を残していた体の部分も、次第に頭蓋骨のひびが広がっていって…最後はバラバラと粉になって、昔は竜だった巨大な骨は消えてしまっていた。
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さて、次が本題だ。
あたしは地面に突き立てていたフルーレを抜いて、だけど構えずにそのまま頭上を見上げる。
「ブルスト!!」
星が照らす山々の陰に、あたしの声が木霊した。
「例えあんたが過去の戦争を見てきたベテランでも、今のあたし達二人にはかなわないわよね?」
「大体あなたは自分が英雄の器ではないからこそ、英雄を作り出そうとしたんでしょ? どうするのさ? エアハルトにでも助けを求める?」
リンツァイスも頭上の男に声をかける。
だけど、半分壊れたような笑い声が、静かな山地に響き渡っていたあたしの声に覆い被さってきた。
「ハハハハ!」
その狂気の笑い声はあたしの声以上に木霊して、ウワンウワンと世界を揺らしている。
ブルスト…本当に壊れたのかしら?
「いやいや…君達はやっぱり俺の睨んだとおりだった」
「フン、さっき言った通りよ。あたしとリンツにはその意思は全くないわ。いいかげんに観念したらどう?」
「ククク…フェムヨノノ師、それは出来ない。君達が俺の後を継がない以上、消えてもらうしかないのだよ」
まだ笑い続けているブルスト。
その彼の前に暗闇の渦が再び登場する。
…やっぱりこうなるのね。
どうあっても最悪の手段で決着をつけなくちゃいけないらしい。
元からブルストが手を引くなんて期待はしていなかったけど、それでもあたしの心には重い影がのしかかってきた。
「リンツ、いい?」
上目遣いで、全てを共にするパートナーを見た。
「うん…しょうがないか」
アイツの顔がちょっとだけ曇る。
だから、あたしも覚悟を決めるしかない。
「…なるべくやりたくなかった。けど、あたしは自分達の思いを貫くために好きなようにやるだけだわ」
あたしはそう呟き、懐から一枚の呪符を取り出した。
イー・キノエに教えられたとおり、闇の精霊力をその札に通し…放る。
「だけど、自分の行動の結果だけには責任を持つ…持たなきゃいけない」
「うん。僕も覚悟は出来てるからさ」
札はするするとブルストの前の暗闇の渦に吸い込まれるように飛んでいき…
「なんだと!?」
ブルストの悲鳴が上がった。
「フェムヨノノ師、何をした!?」
ブルストは詠唱を取りやめようとしたのだけど…それは無駄だった。
闇の渦が暴走する。どんどん巨大に膨れ上がっていく。光の魔力と闇の魔力が打ち消しあわずに掛け合わされたのだ。
星の光で辺りは明るいけど、ブルストの前の闇の塊だけが本当に真っ暗だった。全てを飲み尽くすような闇。あの中に英霊がいるのだろうか。
「ブルスト。あんた、今までやってきたことの責任を取るべきだわ。どうせすぐに死ぬって言うけど…」
「な、な…!?」
「神の名において過去の英霊を呼び出す…英雄を好き勝手使った事の報いよ。しかもその覚悟も無しに使ってきたんだからね」
「これは…貴様、ノーグの!?」
そっか…この呪符の出元ってノーグだったんだ。
考えてみれば当たり前で、ノーグで使う魔法のアンチマジックはノーグだけが持たなきゃいけない。そうでなきゃこんな魔法を独占は出来いだろう。海賊行為の秘密だから、おいそれと外に出すわけにはいかないはず。
イー・キノエから説明された時は、神聖魔法に対するカウンターだから、てっきりサンドリア教会が出元かと思っていた。
だけどあたしは、
「知らないわ」
それだけ答える。それは事実だ。
イー・キノエが言っていた事はもう一つあるけど…、曰く『大体無茶な事やってただで済むなんて思ってる方がおかしいんだ』だそうだ。
やっぱり相当無茶な魔法なのだろうか。
「うがぁあああああああぁぁぁぁ…」
悲鳴が次第に遠くなっていき…そして闇の渦はシュンと音を立てて消えてしまった。
また満天の星が、乾いた大地に立つもの全てを分け隔てなく照らし始める。さっきまでの特異空間みたいな闇は、もうない。
ブルストも、そんな特異空間だったんじゃないだろうか。
英雄への憧れを抱いたまま自分の才能のなさに絶望し、過去の英雄の魂と現在の英雄の想いに直に触れ続け、バストゥークと世界の平和を願い、そして自分に出来る限りの事を一生懸命やろうとした男。
「もし想いが人を強くするというなら、あんたの魂は間違いなく英雄だったのよ…」
それが、あたしが殺したそんな男に対する、あたしからの追悼の言葉だった。