「おお、麗しき乙女よ、我が愛に、どうか答えてくれ」

……!?

目の前の男は、私に対して身体を斜めにして手を広げるという大げさな身振りと共にそんな事を言ったのだ。

あたしの顔は真っ赤だ、多分。
何も言えない。だって……求愛されたのなんて初めてだもの。

脇でやっぱり赤くなっているナタリアと、ほけっとしているリンツ。
対して男の後ろでは、男のパートナーだと紹介された金髪の少女が、頬を少しばかり引きつらせながらも目を丸くしてそれを見ていた。


あたしの名前はフェムヨノノ。種族はタルタル、性別は女性。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。


この男の相棒、少女と言えど、実は男本人よりも大きい。
当たり前と言えば当たり前で、男がタルタル、少女がヒュームだからだ。
男の年齢は……タルタルらしく推し測れないとして(それでも成人している事ぐらいはわかるけど)、少女の方は、年の頃17、8と言ったところ。

タルタルの男はウィンダスで連邦軍師級である事を示すコートを着て(あたしも前に来ていたやつだ)、頭にはそろいの三角帽、腰の後ろに魔力杖。
その他に魔法を仕込んであると思われる派手な装飾の柄の短剣が革の鞘に入れられて、腰の左に吊るされている。
いかにも『ウィンダスで正規の教育を受けたエリート魔道士です』と言わんばかりの格好。
だけど、明らかに普通の連邦軍師とは違う場所がある。どこの戦闘魔導団の何番隊に所属しているのかの部隊章がないのだ。でも、これだけきちんとした格好だと冒険者にも見えない……。

それに対して少女の方は、これもまたびっくり。
地が深い青、それに金で縁取りされている、ごついスーツ系の鎧を着こなしている。
これはサンドリア様式だっただろうか。鋼鉄銃士隊の正銃士のものに代表される、質実剛健!って感じのバストゥーク調のスーツに比べると、剛性を高めるための曲面が少なく、装飾が幾分派手だ。見た感じ女性っぽいというのだろうか?
でも、だからびっくりしたんじゃなくて……少女はその鎧を普通に着ているわけじゃない。なかなかおしゃれ。なんと胴鎧をドレス調の鎧下の上に着ているのだ。
ドレスはそれ程華美なものじゃないし厚手なのがわかる。動きを妨げないような大胆なカットになっているのだけど、要所要所はしっかり抑えていてなんとも可愛らしい。
しかも鎧はスーツを全て着込んでいるわけではなく、各部位に分けて必要な部分だけ、という感じ。それ程筋力があるとは思えないからそれで丁度いいのだろう。
背中には……あまりにも不釣合いな巨大な両手持ちの戦斧。
そしてやっぱり、腰には魔戦士級であることを証明する投げナイフを吊るしているのに部隊章がどこにも見当たらなかった。

「あなたがいくつか知らないけどさ。フェムは乙女って齢じゃないよねぇ」
ポツリというリンツ。
ところが、男はそれに大げさに反応した。
「それはフェムヨノノさんに対して失礼だろう!?」
「失礼も何も……実際そうなんだし、ねぇ?」
と確認するようにあたしを見るんだけど……ゆでだこになっているあたしは、それに気付いただけで何のリアクションも取れずにボーっとしている。
いや、だって……そんな……

「フェム?」
「お義姉さん?」
「あ、うん、あ、えーと……」

「……こりゃダメだねぇ」
リンツは頭を振ると、
「ああ、ちょっとごめんなさいねぇ。今目を覚まさせてきますから。先にビルルホルル先生の所へ行ってて下さい。ナタリア、案内してあげて」
と周りに言った。そのままあたしの手を引っ張って、と言うか半分持ち上げて、居住区画へ歩き出す。
為すがままのあたしだ。もう自分の目がどこを見ているのかすら定かじゃない。景色は目に映っているけど、頭には入ってきてないのだ。
だけど、心臓はドキドキと激しく波打っている。

だって……しょうがないじゃない。この齢になるまでそんな経験してこなかったんだもの。
大体バストゥークにはタルタルが少ないのよ。年頃になってもそれらしい出会いなんてなかった。


あたしに……求愛してきたタルタル男性。名前をウィルパナルパという。ウィンダス連邦の人だ。
きちんとしたルートで先生の所へコンタクトを取ってきたんだから、それはまず間違いない。こそこそしてる風でもなかったし。
その格好が示す通り軍師級、つまり12個ある戦闘魔導団にそれぞれ8個ある魔戦隊に所属する人形使い……クラスのはずなんだけど。
どー見たって人形使いって感じじゃない。根拠は、付与魔法を専門とするあたしの勘だ。
(一瞬彼の大げさな仕草をトレースする100体並んだカーディアンを想像してしまったのだ……それが様にならないんだから絶対違う!)
着ているものがコートなのだからミスリル銃士隊にあたる元老院警護隊って訳でもないし。

で、導き出される答えが一つ。
つまりバストゥークで言う黄金銃士に相当するんじゃないかってこと。
口の院直轄の別働部隊かなにかに所属し、単独や少人数での探索や戦闘行動を主な任務にしている……のだろう。
黄金銃士っていうので、ちょっとばかり頭を掠めた事があったけれど、それは無視して。

「……ェム、フェムってば!」
はっと我に帰るあたし。
「あ、リンツ?」
目の前ににゅっと現れた幼馴染でパートナーの目を、きょとんと見てしまう。
「『あ、リンツ?』じゃないよ。ここがどこだかわかる?」
「……あんたの部屋」
「ハァ、良かった。フェムが戻ってきてくれたよ。何やっても無反応だったし」
連邦軍師もどきの彼のが移ったのか、大げさに喜ぶリンツだ。
……何をやってもって……何をしたのよ?

「あ、ウィルパナルパさんは?」
「先にビルルホルル先生の所へ行ってもらったよ。ナタリアに案内してもらってる」
「そう……」
「まだ調子が戻ってきてないみたいだねぇ」
「う……言わないでよ。先生の所へ行くわ。」

そう言って、座らされていた椅子から飛び降りて、ドアの方へ向かう。
あれ? 何でリンツは動かないの?
「リンツ、あんたも来なさいよ?」
「へ? 僕も行くの?」
不思議そうな顔で訊いてくるリンツ。
「だって、あたし達へ回ってくると思うわよ?」
あたしは当然のようにそれに答えた。

そう、ウィルパナルパさんは先生へ仕事の依頼をしに来たのだ。
オノレとクィラ・リキゥで片付く事ならば二人がやる方がいいのだけれど、さすがに軍師級の人が依頼してくる仕事だ。いくらなんでもまだまだ素人同然のあの二人には無理だろう。
だから、あたし達に回ってくるだろうと予想はつく。元々二人で迎えを頼まれた事わけだし、先生も最初っからそのつもりなんだと思う。

それにしても……飛空挺公社の出口から出てきた途端、あんな事を言われるなんて思っても見なかった。


あたしとリンツが魔法屋の前に着いた時、例の金髪の少女は、何故かお店の前に立っていた。しかもそのままの格好。さすがに巨大な斧は背中から降ろして杖にしているけど。
海面の照り返しを受けて青紫といった色調になったプレート鎧が輝いている。おまけに金髪もきらきらと光を反射している……美少女よね。

「あれ? ウィルパナルパさんはどうしたんだい? ナタリアが案内してきたんじゃ」
リンツが少女に訊く。
「既に中に入っています。あの女性と共に」
淡々と答える彼女。
「あ、そう」
気を削がれたように返事をするリンツァイス。それと同時に魔法屋の中からナタリアが顔を出した。
「あ、リンツァイスにお義姉さん。あの方はビルルホルル先生の所へ」
「ありがと。んじゃあたし達も行きましょうか」
ナタリアは先に帰るようで、彼女に軽く手を上げてあたし達は中に入ろうとしたのだけれど……
リンツが、やっぱり何か判らないって感じで後ろを振り返って、
「あのさ、君、どうして中に入らないの?」
って少女に訊く。
うん、実はあたしもすっごく気になってた。

ところがその美少女、
「いえ、私は外で」
と涼しげに言うのだ。
「パートナー……なのよね?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「仕事のパートナーなら、一緒に話をするんじゃないの?」
「ここは連邦首都ではありません。何があるかわかりませんから、私はここで警戒を。あの人に傷つかれては私がいる意味がないですから」
「「……?」」
思わずリンツと顔を見合わせてしまう。
こんな街中で何を警戒するっていうのよ? 例え不届きな乱入者がいた所で、中には……先生を筆頭に、そこそこの腕を持つオノレとクィラ・リキゥ。ソロロとツェイラだって二、三発撃つだけならば末弟子二人を遥かにしのぐ超一級品だ。
もしかして、空からメテオでも降ってくるっていうのかしら?

「ああ……うん。わかったわ」
どうにも納得できないあたし達。けれど、その場は放っておいて中へ入る事にした。
カウンターには珍しくクィラ・リキゥが座っていた。ウィンダスからのお客さんだからソロロがお茶を淹れているのだろう。その代わりということかな。
「おねえさまぁ」って手を振ってくる彼女に(やや引きつった)微笑みで返して、あたし達は奥の先生の書斎へ向かった。


リンツはぽかんとしていた。
あたしも少々驚いてはいるのだ。まさか先生への依頼じゃなくてリンツへの依頼だったなんて。先生はその仲介役だったわけだ。
「さて……リンツァイス君、どうする?」
先生がリンツにゆっくりと問いかけた。目の前ではウィルパナルパさんが、真剣な顔をしてリンツを見つめている。
「あ、いや、そりゃもちろん」
リンツはそう言いかけてこっちを見る。
「……無碍に断るわけにはいかないよねぇ?」
「ま、好きにしなさいよ」
あたしは微笑みながら彼に答えた。
こういう依頼だったっていうのは、あたしの事じゃなくてもすごく嬉しい。自然と笑みが漏れてきてしまうのだ。仕事全体を見ればリンツにしか出来ない事だったから。
「それじゃ、その仕事、受けます」
「ウィルパナルパさん、あたしもついていきますから」
あたし達が、そんな感じで了解の返事をした途端、
「おお、愛しのフェムヨノノさんがいてくれれば百人力だ。ああ、我が心は躍りだす。なんて幸せなんだ!」
感極まったような発言が脇から飛び出た。
手を握られそうになったものだから、びくっとして引っ込めてしまったのだけれど、悪い事したかしら?
「決まりだね。それじゃ明日出発か。ウィルパナルパ君もそれでいいかな?」
「ええ、我々はそれで全く問題がないですよ。丁度ぴったり合いますから」

ってことで、話はとんとん拍子にまとまり、行く先は……砂丘からグスタフの洞門へ。
最終的にはテリガン岬へ抜けることになるだろうか。


砂浜へ寄せる波の音。
とりあえずセルビナに一泊、という感じの行程だった。明日は砂丘の海岸の奥へ行ってグスタフの洞門へ。そこで目的を達して……という感じになりそう。
一応ここら辺もあたし達の行動範囲ではある。

宿屋の中からは、まだ宴会の喧騒が聞こえてくる。セルビナに長いこと逗留して修行をしている新米とベテランの両冒険者達だ。
新米がここを修行場所にしているというのはよく聞く話だけれど、ベテランがいるというのは珍しい。
今日この街へ入ってくる時に見かけたのだが、そのベテランの冒険者達は『セルビナ警備隊』を名乗っているらしい。新米の指導やら勝ちきれなかった時のサポートやら、セルビナの門の前に立って大声を張り上げていた。
町長からの依頼か何かかしらね。たしかに物騒極まりない土地だから。

夜の潮風があたしの鼻をくすぐった。バストゥークの近くの海とはまた違った暖かい海。当然潮の香りも違う。
炎の精霊力が強い土地だから、まだ春先だっていうのに結構な暖かさなのだ。夏となればそれはもう地獄なのだけれど。

「ラティシア……眠れない?」
少女の脇まで歩いていって、あたしはそう尋ねる。
彼女は鎧と上半身の上着を脱いで、スカートと長袖のシャツだけになっていた。ごつい肩当がついた鎧を取り去ってみれば、年相応の華奢な腕と細い肩。
濃い藍色のシャツとスカートだったから、彼女の白い肌と白金に程近い髪の毛が、夜の海をバックに浮かび上がっているように見える。
そのセミロングの金髪は、今は頭の後ろでちょこんと結ばれているだけ。昼間は垂れ下がった部分をバレッタで上に留めていた。
なるほど、短いと結べないから却って邪魔になるし、長い髪だと結い上げるのが大変だ。かろうじて結べるぐらいが丁度いい長さなのだろう。
特にあたし達冒険者は数日間水浴び出来ないことも多いわけで……。
それにそのぐらいの長さの方が、『女の子』って感じでこの娘にはあってるような気がする。

「あ……フェムヨノノ師?」
波止場に寄せて返す波をじっと見ていた彼女は、声に気が付いてあたしを振り返った。
その脇に歩いていきながら、
「今日、あなたとゆっくり話せなかったから、男どもが飲んでるうちにと思ってね。うるさくて眠れなかった?」
少女は未成年である事を理由に、自分の分を食べ終えると、早々に部屋へ引き上げていたのだ。
「いえ……兄さん、結構飲んでいるのですか?」
「……」
心配そうな声に、あたしは口元だけを歪めた沈黙で返す。
お酒の入ったウィルパナルパさんに、とことん口説かれまくったのだ。あれはもう……セクハラの領域?
……まぁ悪い感じはしなかったけど。多分、根がいい人だからなのだろう。

ウィルパナルパさんとこの少女ラティシアは『兄妹』なのだ。
彼女本人は魔戦士の身分で、ウィルパナルパさんの警護役らしい。
確かに黒魔道士は戦士の助けがなきゃ何も出来ない。そういう意味で彼女は彼に絶対に必要な存在。

「可愛いわね、その格好。あたしもガンビスンなんかじゃなくて、そんなのが着たくなっちゃったわ」
彼女の鎧下はスカートになっているとは言え、それは決して装飾的であるだけではなく、結構機能的な裁断をされている。前が殆ど割れちゃってるから、鎧無しの状態でペチコートを着けてなかったらむしろおかしいぐらいのもので、動きを妨げない事は一目見て解る。
だからロングスカートではないけれど、ミニスカートというわけでもなく、すごく上品な長さ。おまけにふんわりとしている。あのままサンドリアに行っても通用するんじゃないかしら。
「ああ、これは兄さんの趣味なのです。『若い女性は殿方の前に出る時は常に着飾らなくてはならない。冒険者とてそれは同じだ。せめて鎧下ぐらいこだわれ』と」
「……女性蔑視?」
ウィルパナルパさん、そんなタイプの人なのかしら?
「そのような事ではないのです。実はこれも特注品なのですよ。かなり厚手になっていて鎧下としての機能を充分に果たしてくれています。それに露出が少ないから肌も傷つかない。兄さんはそういう細かい所にこだわる人で」
その言葉からは愛情が伝わってくる。彼は妹のために機能と見た目を両立させる服を知恵を絞って考えたわけだ。多分鎧を選んだのも彼なのだろう。深い青と金の縁取りは彼女の髪にぴったりだ。
「それに、出回っている女性の体型に合わせた鎧や鎧下などは……」
ちょっと恥ずかしそうな話す少女。
「いささか……その……ああいう感じのが多くて。兄さんと二人で『はしたないな』と。それでこういう結論になったのです」
……なるほど。了解。
ヒュームやエルヴァーン、そしてミスラの女性のサイズで作ってある既製品の鎧や野外服は大体の場合……なんて言うか、こう……ピチピチかバイーンのどちらか。フルプレートやスケイルなどの金属鎧では、そのピチピチやバイーンは素材的に実現できないから、その代わりに際どい場所の素肌がチラリと覗くようになっている。
彼女のような格好の方がよっぽど可愛らしいって、あたしは思うだけど……世の中の男性の大多数にとってはそうではないらしい。
あたしも何度、鼻の下を伸ばすリンツの足を踏みつけたことか……ナタリアに代わって、よ?
タルタルは男性も女性も体格は殆ど変わらないから(……言ってて落ち込むわね)、女性用っていうのはないけれど。

あたしも彼女の脇に腰を下ろして、一緒に海を眺める。
しばらく闇の海と、その中にオレンジの光を抱いて浮かび上がる灯台を眺めていた。いくら暖かい風と言っても、酔い覚ましには丁度いいぐらいの冷たさを持ってる。

「あなた達……パートナーって事は、いつも一緒に行動してるのよね?」
そう切り出してみた。
「今回みたいな旅でも? あなたは依頼内容を知らないって言ってたけど……国の仕事じゃないわ」
そのぐらいは教えてもいいかな、って思って口にする。
「兄さん、何故か私の分も休暇を取ってしまって……それで今回は連れ出されたんです。たしかに兄さんが休むのならば私の仕事はないですから、休暇を取るのも問題ないのですが。しかし仕事がないのに旅をするというのも……家で二人でゆっくりしていた方が……」
ちょっとだけ不満そうな顔の少女。
あら、この分だとウィルパナルパさんは彼女に何も話していないらしい。
「そう……パートナーに振り回されて、お互い大変ね」
とりあえず当り障りのないように、そう言っておく。
「フェムヨノノ師も、パートナー、リンツァイスさんでしたか、彼に振り回されていると?」
ところが彼女は驚いたようだった。
「アハハ……多分アイツもそう思ってる。それも『お互い様』って事よ」
「はぁ、なるほど」
納得したようなしてないような、金髪の少女はそんな表情だ。

「そう言えば、あなたはどうして戦闘魔導団に?」
依頼を受ける時に聞いた分には、二人は一応戦闘魔導団の別働隊という籍も持ちつつも、冒険者登録はしているらしい。けれど実際にこなすのは国発行のミッションだけ。一般の冒険者に知られるとまずいと判断された機密性の高いものを扱っていて、ミンダルシア大陸を中心に忙しく駆け回っているそうだ。
「ええ、私は兄さんを守るために魔戦士の資格を得たんです。もし兄さんが普通の部隊に所属していたら私なんかは要らなかったと思いますけど。でもあんな仕事ですから危険も多いですし。私を育ててくれた恩には報いないといけません」

「話は聞いたわ……孤児だったって?」
「はい。とは言っても両親の顔は覚えても居ないのですが」
「そう……」
なかなかヘビーな話だったけれど、彼女はすごく柔らかくて優しそうな表情になって胸に手を当てた。
そして言う。
「兄さんが私を救ってくれたんです。だから今度は私が兄さんを守る番だと思って魔戦士をやってきました。でも、コブ付きのせいで遅れていた結婚がやっと……ですから」
しまった、薮蛇だ。あたしはちょっと後悔する。
「フェムヨノノ師、兄をよろしくお願いします」
真剣な顔になって、あたしの目をしっかりと見つめてきた。
「あー……」
そのつもりはないのだけれど、ちょっと言い出せないかな?
ただ、あたしには気になってることが一つあった。この少女の事。今日一日、彼女を見ていて……やっぱりなんと言うか、あたしもそういう経験をしてきた女だ。気付く事はある。

「あくまで仮定だけど、あたしが彼と結婚するとして……あなた、ウィルパナルパさんのパートナーから降りるつもりなの?」
「そ、そ、それは……兄さんが選んだ人であれば……」
明らかに動揺し始めるラティシア。
「本当にそれでいい? あなた、秘めた想いがあるでしょ」
少女のディフェンスを掻い潜って、あたしは細い剣を急所に突き込んだ。
息を飲むのがわかる。そしてあたしから目を逸らし、俯いてしまった。
……意外に根性ないわね。こういう事だからかしら?

「……どうして」
少女が顔を伏せたまま何かを言う。
俯いてはいるけど、その顔が赤くなっているのがはっきりと判った。
「なに?」
「どうして、私にそんな事を……?」
搾り出すような声を出す。
あたしはそれには答えない。
「なんでそこまで自分を抑圧するの? いいじゃない?」
彼女はしばらく黙っていたけど。
「私は兄さんの妹ですから……兄さんの幸せを願って」
ま、そう思っちゃうのはわかる。でも。

「それに私は……タルタルではありません……タルタルの女性のようには愛らしくない。私には……魅力がないのです」
続けて出てきた押し殺したような彼女の言葉を聞いて、あたしは思わず夜空を仰でしまった。
もしあたしが女神の教えの下にいたなら、差し詰め「オマイガっ……」なんて呟いてた所だろう。
ウィンダスで育ったヒュームの彼女とバストゥークで育ったタルタルのあたし。

あたしとラティシアは、しばらく黙って波の音を聴いていた。
どうしてこうなっちゃうのかな……あたしとあなた、逆だったら良かったのにね?
そこまで考えて、自分の思考に情けなさを感じてしまった。
一つため息をつくと、砂を払いながら立ち上がる。もうそろそろ寝ておかないと明日が辛いだろう。
ただ去る前に少女に伝えておかなきゃならない事があった。
「あたし達はダメだったけど……見たいのかもしれない。少なくとも後悔はして欲しくないわ。手遅れにならないうちに何かアドバイスしたかったの」
訳がわからないというようにあたしを見るラティシア。
「……は?」
「どうしてあたしがあんな事を言ったかって、さっきの答えよ」
「……はぁ」
まだ訳が分らないといった感じの彼女。
「あとね……パートナーを降りるなんて、軽々しく口にしないで」
厳しい顔で彼女を見つめるあたし。
「あなたの秘めた想いの事はともかくとして、それだけは許せない」
少女はあっけに取られてる。
「フェムヨノノ……師?」
「人間出来る事と出来ない事があるの。多分あなたもそのうち直面すると思う。それにウィルパナルパさんの思いだって無視してるのかもしれないわ……それじゃ、おやすみなさい」

そう言って、あたしは波止場から立ち去った。
その後ろからは…少女が鼻をすする音が聞こえてきていた。


次の日、砂丘の奥まった海岸からグスタフの洞門に入った。
リンツは壁を見ながら奥へ進んでいく。ミスリルを追い求めたグスタフという山師の夢の跡。結局彼はミスリルの鉱脈に辿り着くことはなかったけれど、副産物であるこのトンネルはウォルボーとザルクヘイムを殆ど貫通していたという。
それに……彼にミスリルを諦めさせなかった、逆に言えばそのせいで彼をどつぼに落とし込んでしまったもの。それが少量の銀の鉱脈。

「えーと、ここら辺です」
「ほう……?」
ウィルパナルパさんは、リンツが指差した辺りを覗き込む。
「おお、本当だ。確かに金属調に輝いているな」
ちょっと感動したような口調だ。
彼は後ろに置いていた荷物の傍らへ戻って、バックパックに括り付けていた小さなつるはしを手に握った。
ところがそこでぴたりと止まり、困ったような顔をしてリンツを見上げる。
「……リンツァイス君、どうすればいいのかね?」
「うーん、僕も採掘はあまり経験ないんですよねぇ。とあるものを作る時しかしないんで」
「ふむ、そうか」
「とりあえず、普通に周辺を削って塊にするようにすれば……ここ含有率が高そうですし、今見えてる分だけでも充分ですから気楽にやってください」
「よし、わかった!」
そう気合を入れたかと思うと、
「フェムヨノノさん、間違いがあればいつでも指摘してください。愛しい人に見守られながらの仕事ならば苦にならない」
今度は軟派な台詞をはいてくる。
「あ、はい、わかりました」
どぎまぎしながら、とりあえずそう答えたのだけれど……それ、リンツに言ってください。あたしに言われても困ります。


カツーン、カツーンとつるはしを打ちつける音が、天井の高い洞窟内に響く。
その反響の仕方がちょっと変わってる。パルブロ鉱山みたいなくぐもった音じゃないし、かといって石灰質の鍾乳洞よりは音が柔らかい。コロロカの洞門みたいに音が吸い込まれるわけでもない。硬質の壁に砂地の地面、なんとも面白い場所だ。

ラティシアは洞窟の地面に大斧の刃の方を降ろして、その柄に手をかけて周りを油断なく見回していた……けど、やっぱりウィルパナルパさんが気になる様子。
『兄さんは一体何のためにこんな事を?』と半分膨れたような顔で、チラリチラリと彼のほうを見ていた。


結構時間が経って、慣れない肉体労働に悪戦苦闘していたウィルパナルパさんは、それなりの量の銀鉱を削りだす事に成功していた。
そりゃ黒魔道士だしね……いくら体力的に強い冒険者(もどき)とは言え普段は使っていない筋肉だろうから、明後日辺りには筋肉が悲鳴を上げる事だろう。可哀想に。
でも満足そうな顔をしてる。筋肉痛が襲ってきても、多分彼は気にはしない。
大事そうに布で銀鉱を包んで、丈夫なバックパックに押し込む彼。

その時、
「ぁ……!?」
後でラティシアの声が上がる。なにか驚いたような声。
え?
あたし達がそちらを振り向いた途端、視界には巨大な……
「さ、魚!?」
「おお、魚か」
「魚よね」
「魚だねぇ」
ラティシア、ウィルパナルパさん、あたし、そしてリンツの順。
陸魚と呼ばれる種類の、魚型のモンスターだ。
こうも大きくなっちゃうと、もうモンスターと呼ぶのも躊躇う事はない。食べるわけにもいかないだろうし(試した事はないけど)、何より水から出て辺りをうろついてるんだから……もう別の生物に進化してるんじゃないかな?
「あはは……当たり前だよねぇ。つるはしの音が響いてるわけだからさぁ。そりゃ嗅ぎ付けられるよなぁ」
あっけらかんと笑うリンツ。つられてあたしも。
「あははは…ホント、盲点だったわよね」

ところがまじめ一辺倒のラティシア、
「フェ、フェムヨノノ師、リンツァイスさん、ふざけているんですか!」
そう言って汗を流しながらも両手斧を油断なく構えた。まぁ何を考えてるのかわからない魚の目に睨まれてるんだから恐怖も一入だろう。
少女の戦う意思が伝わったのか、その瞬間巨大な魚が彼女めがけて襲い掛かった。
魚はとがった巨大な口先で彼女の顔めがけて突撃をかける。
危ない!

ところが……ガツンと音がして、一瞬の後、魚は上に吹っ飛んでいってしまっていた。
少女が斧の柄の部分で攻撃を受け流し、更に上向きの力を加えて弾き出したのだ。
「……!」
あたしは息を飲んでしまう。ものすごい技量だ。
両手斧って言ったら、その重量のせいで扱いが難しいとされている武器だ。色々な種類の武器を扱うエキスパートである戦士の中でも、かなり熟練した人間でないと自在に振るうのは困難らしい。
この少女の年齢でこんなのをメイン武器にして、しかもこの体躯にも関わらずこれだけ自在に操るって事は。
……また天才なわけね。どうしてあたしの周りにはこう天才ばかりが現れるのかしら? 凡人の身としては呆れるばかり。

「うぉおおお!」
ラティシアが雄たけびを上げると、シュウウと音を立てて少女の両手斧が光りだす。その光は彼女の髪と同じ、白金に程近い金色。
少女は巨大な木の幹に突き立てるように斧を横手に構え……そして体勢を崩していた巨大な魚へ一気に叩き込んだ。
魚としてはたまったものじゃなく、少しの距離を飛ばされる。

これって……もしかしてシールドブレイクって技? この手の技についての知識だけはあったけど、実際に見るのは初めてだ。
魔法ほど突飛ではないけれど、戦士達もかなりヘンな技を駆使するのだ。中にはこんな魔道士顔負けの大道芸をやらかすヤツも居たりする。
彼女が使ったシールドブレイクというのは、自らの闘気を氷の精霊力に変換して叩き込み、相手の運動神経の一部を麻痺させる、みたいな感じだ。結果的にその敵の動きが鈍くなる。グラビデとはアプローチの方向性が違うけれど、効果は大体同じだと思っていい。
普通、戦士はタイミングを狙いつつ自分が一番得意な技を必殺技として繰り出すものなんだけど。
なるほど、必殺技の代わりに、この手の芸当を積極的に繰り出す戦士も居るってわけね。

「リンツ!」
あたしはリンツに向かって叫ぶ。
「ひょえ~、すごいねぇ」
さすがにアイツは感心してるだけじゃなくて、傍らに置いていた戦士剣とバックラーを既に手にしていた。
あたしも既に二人へのプロテスの準備を始めている。既に鞘に入ったままのフルーレの柄を握り、そこへ魔力を通してフィードバック待ちだ。
「兄さん!」
「ああ、わかってる」
その兄妹の呼びかけの方向があたし達と逆だった。
ラティシアの呼びかけにウィルパナルパさんが答えて、すぐにブラインが飛んでいく。

ブラインを取られちゃったんで、あたしはプロテスを戦士二人にかけ、そしてすぐさまグラビデ。せっかくのシールドブレイクだもの。有効に活用しなきゃ。
続いて合間にリジェネとリフレシュを挟みながら各種弱体魔法。時間が余るからリンツへのヘイストや自分へのストンスキンなんかも挟んだりする。
ウィルパナルパさんの方は、ブラインを撃った後は、時折あたしは使わない精霊弱体を入れる程度。こう言ってはなんだけどその方が邪魔にならなくてあたしには嬉しい。

リンツが魚を後ろから蹴り上げて、自分へ注意を向ける。
既に戦闘は軌道に乗って、魔道士としてはタイミングを見計らう段階に来ていた。
ウィルパナルパさんは、腕組みをして悠然と構えちゃってる…確かに自分で切りつける訳じゃないからやることないんだろうけど。

あたしも一息ついたんで、フルーレを抜き放ちながら彼に訊いてみた。
「彼女のアレ、あなたが仕込んだんですか?」
ところが返ってきたのは全く関係ない答え。
「おお、フェムヨノノさんが凛々しい姿に。剣まで振るうとは! 惚れ直しそうだ」
「あ……あの……」
ガクっと戦闘モードに切り替えた頭が乱される。
まぁ、なんとなく予想はつく。ラティシアが使った技は、どちらかと言えば魔道士的な発想に基づくから、まず間違いなくその運用法を考えたのはこの黒魔道士の方だろう。
力で押すんじゃなく、時には回りくどく、って感じかな。
頭を振って、頭脳を強制的に戦闘モードへもう一度移行させる。
そして雷の力をフルーレの細い刀身へ宿すと、あたしは戦士達二人の方へ駆け出した。


小康状態……という所だ。お互いに決め手にかけるような感じ。
ラティシアのシールドブレイクとあたしのグラビデ、それとウィルパナルパさんの各種精霊弱体がかかっていても、魚はやっぱり素早い。おまけに鱗が滑りやすいから、なかなか致命傷を与えられないのだ。
一方、今攻撃を一身に受けているリンツも剣での受け流しと盾の使い方に関してはかなりのものだ。突撃を繰り返す魚のくちばしを上手い具合に避けている。

そんな中、小さい方の戦士が両手斧を振るいながら声を上げた。
「得意な技は?」
「え?」
思わず訊き返すリンツ。技ってシールドブレイクみたいなの?
「ああ、僕達の道場はちょっと特殊で……くっと」
ガツンと盾でくちばしを弾き返すリンツ。防戦のみに専念してるのだ。盾と戦士剣での受け流しをフル活用しながら防御姿勢まで取って、魚のくちばしの攻撃を食らわないようにしている。けど自分からは殆ど攻撃してない。
その分ラティシアとあたしのエンサンダーが少しずつダメージを与えてるみたいだけど。
死に物狂いで襲ってくる魚は、こんな会話が行われているなんて思いもよらないんじゃないかしら。
「わかりました。では私一人で」
そう言うと、彼女はすっと一瞬動きを止めてしまった。その間に巨大な両手斧を斜めに構え足をしっかりと踏みしめる。
「え?」
なになに!?
「はぁあああ!」
裂帛の気合が込められた叫びが小さな身体から搾り出されて…そして飛び出てきたのは、目にも留まらぬ三連撃。

「おわ!?」
リンツが悲鳴をあげる。いきなり自分の方へモンスターを弾き飛ばされたんだから、そりゃびっくりもするだろう。
でもそこは歴戦の戦士。間髪入れずに、負けじと魚を蹴り飛ばす。魚の敵意を自分の方へひきつけておくためだ。

続けて、いきなり周りの空気が張り詰めたような感じを受けた。
いや違う。張り詰めたんじゃない、実際には薄くなってる。周りの風の精霊力が根こそぎ持っていかれてるんだ……ウィルパナルパさんに。
あたしが剣に宿した雷の力もバチバチと音を立てて半分消えかかっていた。他人が付与した魔力すら持っていくっていうの?属性だって違うのに……強制変換してるって事?
思わず彼の方を見た隙に、今度は技を撃ってから一瞬薄れていた隣の少女の闘気が、一気に存在感を取り戻した。
彼が居る一箇所だけ真空になったような精霊力の嵐の中で、彼女は閉じていた目をはっきりと開く。

そして、横の構えから一撃。
衝撃で脇に吹っ飛びそうになる魚をそうはさせず、その場に押しつぶすように、そのまま上からもう一撃を叩き落した。

短い時間に繰り出された二つの方向からの攻撃が突風を作り出して、ひゅんと音を立てる。空気が魚の周辺に集まって、さしずめミニチュア版の竜巻。思わず拍手したくなったんだけど、まだ戦いは終っ……
「離れてください!」
少女の叫びがあたし達の耳を突いた。ラティシア自身も右手で斧の刃の根元を支えながら後ろへ飛びのいている。
へ? だけど、とどめが……
「ちょ……ひゃああああ!」
今度の悲鳴はあたし。ミニチュアなんかじゃない、とんでもなく巨大な竜巻が陸魚を取り巻く形で発生したのだ。
あたしはなりふり構わずに後ろを振り返って安全圏へ頭からダイブ。
リンツも盾で顔を守りながら三歩ほど後ろへ下がったのだけれど、結局後ろに弾き飛ばされていた。

……これが正真正銘のウィンダスの黒魔道士の実力だっていうの?


カランと音を立てて、小石が頭に降ってきた。
咳き込むあたし達。あたり一面砂埃と鉱石混じりの石ころだらけ……ただでさえ下は砂だったのに、それに加えてウィルパナルパさんが作り出した竜巻が壁面を削っていったのだ。

「いやいやいや、つるはしなんか使わないで、最初からこうすればよかったな」
「「……」」
あたしとリンツは倒れたまま絶句してる。ラティシアは慣れているようで、
「……兄さん、やりすぎです。増幅効果を考えれば中位のエアロかサンダーぐらいで充分でした」
なんて文句を腰に手を当てながら言っていた。
ああ、なるほど。マジックバーストって呼ばれてる効果がこれだったんだ……って今の古代精霊魔法よね? 最早増幅云々とか関係ないような気がするんだけど。あたし達を殺すつもりだった?
「まあそういうなよ。フェムヨノノさんに刺激されたんだ」
ウィルパナルパさんは苦笑いした後、
「おっと、フェムヨノノさん、こりゃ失礼。大丈夫かい?」
そう言って倒れてるあたしに手を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
一応助けてくれてるんだし、ここは手を借りる事にした。このぐらいはいいわよね。
「僕はどーなるのさ……」
そんな事をぶつくさ呟きながら、リンツは自分で立ち上がってた。

「さて、向こう側に出てしまおう」
ウィルパナルパさんの宣言で、あたし達はその場を後にした。


一気に目の前が明るくなる。洞門を抜けたのだ。周りが砂地だから光が乱反射して、余計にまぶしい。
あたしは思わず目を細めてしまう。
テリガン岬。クォン大陸の最西端であるウォルボー地区のそのまた西の端だ。バルクルム砂丘とはまた違った大きさの粒の砂があたり一面に敷き詰められている。

ラティシアがあっけに取られたような顔をしていた。
「ラティ……どうだった? 虚仮の一念で掘られたトンネルっていうけど、ここまで来ると虚仮というのもなかなか立派だな? こっちに出てきた時には彼も感激しただろう」
「あ……はい。そうですね」
「君にもね、そういう風になって欲しいのだね。私は」
「……兄さん?」
ウィルパナルパさんは、それには答えず、
「さて、リンツァイス君、頼めるかな?」
と、後ろにいたあたし達に声をかけた。

「ええ、わかりました」
そう言うと、荷物を降ろして、おまけに鎧まで脱ぎだすリンツ。
「前から気になってたんだけど、クリスタル合成で鎧を脱ぐ必要があるの? 身軽じゃないだとダメとか?」
あたしは訊いてみたのだけれど、
「いやぁ、普通に彫金やるのと同じ格好になっていた方がイメージしやすいだけだよ」
なんて適当な答えが返ってきた。
ふーん……

ところが、一人だけ蚊帳の外のラティシア。
「な……一体何を?」
なんて唖然としたような表情であたし達を見てる。
「ま、黙って見てなさいよ」
あたしはニヤリとしながら、邪魔にならない所に腰をおろした。
手を目の上にかざして頭上を見上げてみれば、岩の隙間から見える空には雲ひとつない。青から藍色へのグラデーションが、遥かな高みまで続いている。星の世界に到達したとき、その青は黒になるのだろう。
そして、さんさんと照りつけてくる太陽。お尻の下の白い砂が熱い。
ここはバストゥークよりも北にある場所だし、今は冬だからそれ程気温が高いとは言えないけれど、砂丘同様日差しは強いみたいだ。

ラティシアは、まだ呆然としたように立っている。
「どうしたの? 座ったら?」
あたしがそう声をかけると、
「フェムヨノノ師は、兄さんとリンツァイスさんが何を考えているのか知っているのですか?」
彼女は真剣な表情で訊いてきた。
「ええ、依頼内容を知ってるのは当然でしょ。でもね、今あなたには教えられないわ」
「…何故です?」
「あたしが言っちゃったらウィルパナルパさんに悪いから。クライアントを裏切る事は出来ないわよね」
「は?」
「いいから座ってなさい。見た限り近くにモンスターはいないわ。安心して休みましょ」
そう窘めるように言うと、ラティシアは背中に背負っていた巨大な斧の柄を砂に突き刺して、続けてガシャリと鎧の音を立ててあたしの脇に腰を下ろした。
あ、でももう完全にご機嫌斜め。むすっとして唇を尖らせている。
無理もないだろう。この娘は、多分この旅の目的すら教えてもらえないまま、ウィンダスから連れ出されたのだろうから。
でも、そんな拗ねたような表情もなかなか様になってて、かえって彼女の持つ愛らしさが出ている。なんだか微笑ましい。
しばらくは生き生きとした美少女の横顔を観賞させてもらおう。
性根が捻じ曲がってて意地が悪いあたしは、ニコニコしながら彼女の横顔を眺めていた。


ウィルパナルパさんが、さっき掘り出した銀鉱を大事そうに布から取り出して、リンツに渡す。
リンツはそれを受け取って、やっぱり大事そうに静かに広げた布の上に置くと、かばんから炎のクリスタルを取り出した。

二、三度、クリスタルのエネルギーが放出されていた。
そもそもクリスタル合成って、エネルギーの放出のせいで作ってる過程がよく見えないのだ。
徐々に形になっていく作品を見れないというのも、ちょっとばかり悲しい事ではある。

そしてひときわ大きいエネルギーの放出があった。今までよりも辺りに撒き散らす光の量が多い。

ポンっ!

……ぽんって……ぽん? そんな間抜けな音がして……リンツはひとつ大きなため息をついて、そしてにっこりと笑った。

「どんなものでしょう? 僕自身のイメージも大分入っちゃいましたけど」
「……なるほど。ありがとうリンツァイス君」
ウィルパナルパさんが感心したように呟いた。

「できた?」
あたしはパンパンとお尻に付いた砂を払って立ち上がりながら、リンツに訊いてみる。
「うん、満足いくものが出来た。気持ちいいねぇ、こういう作品作るっていうのは」
「そ、よかったわね。ウィルパナルパさんはいかがです?」
「私の方も彼に頼んで良かったと思っている。軽く私自身のイメージを伝えただけだったのだがな……上手く増幅させてくれた。もやもやしていた物が形になるというのはすばらしいものだ」
クライアントに満足してもらえて何より。リンツも嬉しそうだし。

ウィルパナルパさんは、座っていたラティシアの方に向き直ると、
「ラティ、今日が何の日だか覚えてるね?」
と、少女に向かって問い掛けた。

「……何かありましたっけ?」
はぁ、と肩を落としてため息をつくタルタル男性。その仕草は相変わらず大げさだ。
「なんで覚えてないのかな……君の誕生日じゃないか」
少女は一瞬ぽけっとした表情になって、
「……えぇえええ!?」
その後、思い出したように叫ぶ。
ラティシアは孤児だったというのだから、本当の誕生日なんてわからないんだろう……でも多分初めて会った日とかそういった所だと思う。
でもそれは、ただ生まれただけという意味しか持たない日よりも、二人にとっては価値が大きい。

「そして、これが誕生日プレゼントだ」
そう言ってウィルパナルパさんはラティシアの左手を取った。そして裏の革のベルトをするりと外し、小手とその下の手袋を取り去ってしまう。無骨な青い金属の中からは少女の白くて綺麗な指が現れた。
「え?」
あっけに取られる少女。
そして彼は、握っていたものを彼女の左中指へそっとはめ入れた。
「……これ」
ラティシアは目を見開いたまま自分の左手を見つめる。
そこには、銀で出来た可愛らしい指輪が光っていた。
「ラティもそろそろ年頃だからね。こういうものもいいかなと思ったんだよ」
目を丸くしてウィルパナルパさんを見る少女。口も半開きで……本当に驚いている感じ。

「本当は隣の指の方がいいんだが……まぁラティがいい人を見つけられるように空けておこう」
ふふん、と言った感じで彼は付け加えていた。
リンツの新しい作品が収まったのは金髪の少女の中指。あたしも自分の左手を見る。
今は小手の下に隠れちゃってるけど、ついこの間まで薬指にはまっていたあたしの指輪は、今は中指にはまっている。リンツはリサイズを渋ったんだけど……でもわかってたことだし。
あたしの薬指に新しい指輪が入る時には、思いっきり嫉妬してよね?

「いやいや、リンツァイス君はさすがだ。上手く私のイメージを汲み取ってくれた。私の母親がつけていた指輪を想像したんだ。勿論失われた指輪と同じものを複製するなんて馬鹿な希望は抱かなかったが……何かしらを継いで欲しいという想いはあった」
「兄さんのお母様の?」
不思議そうな顔をする少女。
「そう。ラティは会ったことがないが……」
「ええ、というか兄さんの血縁の方なんて、一度も」
「まだ話してなかったな。ラティと出会う数ヶ月前……私は両親を亡くしたのだ」
ラティシアがはっと息を飲んで目を見開いた。

「学費を支払えなくなった私は学校を辞め今の仕事についた。本当ならば鼻の院でゆっくりと研究をする事を希望していたのだがね……私の両親はただの役人で蓄えが多いわけでもなかったから、さすがに両親無しでは学校を卒業する事は出来なかった。各院としては卒業していない人間を正規の職員としては採用できない」
そっか。あたしはウィンダス人じゃないから私塾出身でも目の院とも共同研究ができるけど、ウィンダスのタルタルにとって、魔法学校の卒業資格というのは成人している証明みたいなものなのかもしれない。
「だから渋々今の仕事……非正規の役人兼冒険者として戦闘のための魔道士になったんだよ。幸いそちらの才能には恵まれていたからね。不正規の役職には丁度いいと思ったのだろう。アジドマルジド院長は簡単に採用してくれた。
便利な存在だから、院長にはとことんこき使われて、今はラティにも迷惑をかけてしまってるな」

彼が戦闘魔導団の正規部隊じゃないっていうのは、そういう経緯だったんだ。
なるほど。確かに不正規の役職だ。だけどその実深い所に関わる……そしていざという時には使い捨てにする事が出来る冒険者という存在。

「いえ……私は兄さんの助けになれれば幸せなのですが、兄さんは」
「最初は私もやさぐれていたさ……でもな、そんな私を救ってくれたのがラティだったんだよ」
「私が……ですか?」
「不本意な仕事だったが、そこから得られるお金でラティを救うことが出来た。学校を中途半端に辞めてしまった私でも、人を救う事が出来るとわかったんだ。そうすればつまらない仕事にも価値も出てくる。君が一緒に来るようになってからは、仕事の旅がつまらないなどと思う事はなくなった」
その救われた少女の目は、兄が何を言っているのか、まだわかっていない。
「ラティが魔戦士になる前は、仕事で頻繁に家を空けていたから寂しい思いをさせてしまうことも多かったが……」

ウィルパナルパさんは淡々と語りながら、遥かなる高く青い空を見上げていた。
一度目を閉じて黙り込み……再び目を開けるとラティシアをしっかり見つめた。
「もう十五年になるのか……私は君にとって良き兄だったかい?」
「え……あ……」
少女は未だ、戸惑ったような表情をし続けていた。
ウィルパナルパさんは、そんな妹の姿を見て、ひどく優しげに微笑んだ。
「一緒に旅をするようになってからそれ程時間は経ってないが、それ以前から私達は共に生きてきたな……君は最高のパートナーだよ」

やっと、今度こそ、少女の目に雫が溜まっていく。
「私は……」
そこまで言いかけたのだけれど、その先の言葉を繋げることが出来なかったらしい。ラティシアは感極まったように俯いてしまった。
乾いた砂の上に、ポタリポタリと染みが出来ていく。
それは灼熱の砂を冷やしてしまうような涙なんかじゃない。きっととっても暖かい涙。


「それじゃ……君達はセルビナのホームポイントのクリスタルを持ってきたんだね?」
「ええ、そこからは歩いて帰りますから」
「そうか」
そしてウィルパナルパさんはリンツに右手を差し出して、
「ありがとう。リンツァイス君。おかげでいい誕生日プレゼントになった」
にこやかに握手を求めた。
リンツは照れながらも、ウィルパナルパさんの手を握り返す。
「いえ、こちらこそありがとうございました。人と人を結びつける作品が僕の理想ですから。すごく嬉しかったですよ」

そしたらウィルパナルパさんはあたしの方をじっと見て、
「フェムヨノノさん、私はいつまでも貴女を待っている。貴女はすばらしい女性だ。すっかり惚れてしまったよ」
なんて……真剣な表情で言ってくれるのだ。
やっぱりまだ赤くなってしまうあたしだけれど……

さすがにね。目の前でああいうことやられたんじゃね……ラティシアの想いにも触れちゃったし。
「すいません。それはちょっと……遠慮しておきます」
「そうか。残念だ。貴女ならラティシアの良き姉になってくれると思ったのだが」
大げさに肩をすくませながら、ウィルパナルパさんは慨嘆する。

「あたし……もう沢山弟妹抱えちゃってますので、ちょっとこれ以上は面倒見切れないかなー、なんて」
そう、塾の弟弟子、妹弟子……みんな。そしてリンツ。
「それに、ウィルパナルパさんは充分に立派なお兄さんですから、あたしが余計な事する必要はないと思いますよ」
彼に微笑んで見せる。このぐらいは求愛に対するサービスだし、それに本心でもある。
「ははは、そうか……では」
笑った後、ウィルパナルパさんは、きっと姿勢を整えてあたしの方を見た。
あたしとリンツはそれに頷く。それに答えて彼はは胸の前に手を広げて、旋律を歌い始めた。

まず始めにリンツ。詠唱が途切れた途端、リンツの周りが歪みだして、ぱっと消えてしまった。
ホント便利よね。あたしもちょっとふんばって移動系魔法覚えようかしら。テレポは無理だとしてもデジョン系は……リンツだけどこかにふっとばすなんて事態にならなきゃいいけど。

一呼吸おいて彼はまた同じ旋律を歌い始める。今度はあたしの番だ。
それに被せるように、あたしは少女に言った。
「これでわかったでしょ? あなたは彼のパートナーとしてもっと自信を持っていいのよ」
「……あ」
目を丸くしてあたしの方を見るラティシア。
「そしてね、もうちょっと大人になったら、想いを素直に彼に伝えるといいわ……大丈夫。想いはきっと伝わるから」
そう言って微笑んでみせる。結果がどうなるかはわからないけど…まぁ伝えないことには始まらないのだ。
「はい……わかりました。フェムヨノノ師、ありがとう」
彼女も私に微笑んでくれた。
ウィルパナルパさんの歌が終る寸前、あたしは、あたし達にとってもよく似た二人に手を振った。


あたし達はセルビナから砂丘とコンシュタット高地を抜けて、今日はグスタベルグを歩いてる。
さっきアウトポストも通過したし、バストゥークはもうすぐだ。

乾いた風が耳を掠めていく。埃っぽいのがこの時期のグスタベルグの難点かな。
だけど、日は出ているから寒くはない。風もそろそろ春めいてきている

なんだか幸せな気分をあの二人から貰ってきた。
おまけに、『あたし達にしか出来ない事』をやれたような気がするのだ。
とってもいい仕事だったと思う。

「それにしてもびっくりしたわ……まさかあんな事言われるなんて思ってもなかったから」
「飛空挺を降りて出会ったその日から、って?」
なによ、それ? なにかのキャッチコピー?
「まぁそのぐらい強引だったわよね……ウィンダスの魔道士ってもっと落ち着いた感じだと思っていたけど、あんな人も居るのね」
「でもさ、フェムもなんだかんだ言って、ちょっとはいい気分だったんでしょ?」
ニヤニヤとしながらリンツが訊いてくる。
「そ、そりゃ……悪い気は……しなかった……わよ」
ゴモゴモと口篭もってしまうあたしだ。
「もっと聞きたいって思った?」
「う……」
図星。
「あーあ、悪女だねぇ」
冗談めかしながら首を振るリンツ。
「いいの! 女ってそういうものなのよ! 例え意中の人じゃなくても求愛されたらそうなっちゃうのよ!」
「ふーん。ロマンチックが欲しいって?」
「それはあたしだって」
「ありゃりゃ、ウィルパナルパさんが言っていた通り、もしかしたらフェムも『乙女』ってことなのかな」
「あんたねー、あたしの事なんだと……そのうちナタリアに怒られるわよ」


あたしとリンツは、そんな事を言い合いながら、グスタベルグの大地を軽い足取りで歩いている。
とりあえず今の目的地はバストゥーク。その後の旅のことは、また考えればいい。
あたし達はあたし達なんだから、いつだって好きな所へいける、そしていつでも家へ帰れる。

一つの旅が終って街へ帰る。また何かが見つかれば嬉々として次の旅へ出かけるんだろう。
だけど、帰る先はいつでも、二人が生きている大事な場所だ。
フェムとリンツは、これからもそうやって生きていく。

あたし達は二人でしっかりと並んで、首筋に吹き込んでくる、春の香りをちょっとだけ含んだ乾いた風を感じながら、バストゥークへ向かって街道を辿っていった。