深秋の旅

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「本当にねぇ、遅れちゃってすいませんでした。お詫びに剣の研ぎ賃の方はサービスさせてもらいましたから」
鍛冶ギルドの女将が愛想よく挨拶してくれた。
やっと戻ってきた修理に出していた鎧。百人隊長装備と呼ばれるバストゥークの官給品だ。
とは言ってもあたしには胴鎧をつけられる体力なんてないから、手足だけ。だけどこれでも全然違う。
それと愛用のHQ品のフルーレの研ぎ直し。
これに自分で綻びを直していたローブとあわせて、一応装備は全部手元に戻ってきた。
保存食やいざという時のための薬品類はもう揃えてあるし、何とか明日には出発できるだろう。
それにしても、なんで今年は遠出するなんて言い出したんだろう、あいつ?

そんなことを考えながら鎧袋を背負って大工房を出ると、見知った顔に出会った。
「あれ、ねえさん、どうしはったんです?」
あたしの三倍をゆうに超える背丈を持ったエルヴァーンの青年。名をオノレという。
彼もまたバストゥーク生まれのタルタルであるあたしと同じで異端の存在。なんとウィンダス連邦で生まれ育ったエルヴァーンなのだ。
なんでそんな彼がバストゥークに居るのかというと…
実は彼、ウィンダスで魔法学校への入学を志望したのだそうだ。一応入学試験を受けて優秀な成績を修めたものの入学は拒否された。
ウィンダスの名誉のために言わせて貰えば、それは決して人種差別なんかじゃなくて、ただ単に環境の問題だった。
他国の人はこの事実を知ったら驚くだろうけど(実際あたしもびっくりした)、
ウィンダスにある魔法学校は基本的にタルタルの子弟のための学校であり、そのため校舎のつくりは全てタルタルサイズになってる。
今はミスラの生徒が一人居るらしいけど、ミスラはタルタルの次に小柄な種族だからまだいい。
実際オノレも子供の頃に入学を決めていたらたいした問題はなかったかもしれない。
ところが彼が魔法の道に入ろうと決めたのは十六歳の時。身体はすっかり成長しきっていた。
しかも彼はエルヴァーンの中でも大柄な方。
ほぼ五分の一の背丈のタルタルの子供達と机を並べるのはいくらなんでも無理な話だ。
(想像してみるとちょっと笑える。実際そんなことになったら、子供達は怯えちゃって授業にならないだろうけど)

しかし入学試験で優秀な成績を取った人材をこのまま魔法の道から放り出すのはもったいないし可哀想だ。
ということで、バストゥークで私塾を開いているあたしの先生を紹介されたらしい。
彼は冒険者じゃないからビザ無しで滞在するわけにもいかず、また魔法学校でも申し訳ない気持ちがあったのだろう、なんと連邦政府の特殊奨学留学生という身分を得てバストゥークにやってきたのだった。
つまり彼はあたしの弟弟子ということになる。先生のところに入門したのが三ヶ月ほど前だった。

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

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「ちょっと修理に出してた鎧を取りに鍛冶ギルドまで行ってたのよ。そう言うあんたはこんなところで何やってるのよ?」
「はぁ、ちょっと先生のお使いを任されまして商業区にいっとったんですが、終って戻るところです」
「あ、そ。丁度良かったわ。あたしも今から先生のところに行くから一緒に行きましょ」
「ほなら、その鎧、持ちまひょか?ねえさんには辛いでしょ?」
その言葉にちょっとムカッときた。
確かにあんたは恵まれた肉体を持ってるかもしれないけど(そのせいで魔法学校へ入学できなかったんだから皮肉な話だ)、
「あんた、あたしをバカにしてるの?普段自分がつけてる鎧だもの、自分で持てるわよ!」
と、睨んでやった。
オノレは恐縮しちゃった様子で、
「あ、そりゃどうもすみませんでした」
と謝ってきた。
まだまだ純真な年齢だけあって、姉弟子の言うことは素直に聞くみたい。
うんうん。いい傾向だわ。

大工房から商業区の北のはずれへ向かう。
先生の塾は魔法屋と同じ建物にある。実は魔法屋も先生が始めたものだった。
今は研究生として残っているタルタルとヒュームの二人の妹弟子が引き継いでいる。それぞれ白魔法と黒魔法を専門にしているのだ。
一応あたしは先生がバストゥークに来た時から弟子をやってるから、一番の古株だ。
とは言っても冒険者になって、というか実質的に独立して七年。ずっと研究ばかりをやっているわけにもいかないから、白魔法と黒魔法に関しては妹弟子達の方が詳しくなってるだろう。
もちろん赤魔法に関しては筆頭を譲るつもりはさらさらない。
先生の弟子はあたしを含めても今まで四人しか居ない。つまり、あたしとお店の二人、そしてこのオノレ。
通常バストゥークで魔道士として冒険者を志す人は、ほとんどヒュームというのもあり、国の冒険者支援機関で短期間の基本的な研修を受けるらしい。
でも、その内容はあたしが子供の頃からやってるのに比べればたいした事はないようだ。
実際冒険者達の間ではジュノに到達することが見習い脱出の証明とされているが、あたしや、やはり子供の頃から剣術の道場に通っていたあたしの幼馴染は、冒険者登録をしていきなりジュノでやっていける実力を持っていたのだった。

ふと、オノレがあたしの左手に目を留めた。
「…ねえさん、結婚してはったんですか?」
「え!?」
「そうかぁ、ねえさんもいい歳やから。それが自然なんかもなぁ」
あたしはまたまたムカッとして鎧袋を振り回して彼の足にヒットさせた。フレイルの要領だ。
「いてっ!!何するんです?」
「女性の年齢を口にするなぁ!!」
今あたしは二十四歳…もうすぐ二十五になる。確かにそろそろ微妙なお年頃だ。
でも今は冒険者稼業やって様々な文献を集めてきたり魔法の研究をしたりするのが楽しいから、そんなこと考えてもみなかった。
「この指輪を見てそう思ったわけ?これは違うわよ。幼馴染の彫金士からのプレゼントよ」
「そやったんですかぁ…でも彫金士が作ったもんにしては、えらいデザインがシンプルですな」
「そりゃそうよ…これ、最初に作ったの18年も前だもの。まだまだ駆け出しの時ね」
「へ?そんな昔の指輪なのに全然黒ずんだりしてないんですか?すごい技術ですねぇ」
「だって毎年鋳直してるんだもの」
「は?」

というところで、あたし達は先生の塾についた。
勝手知ったる先生の家、上がりこんで、先生の書斎まで向かう。
「お、フェムヨノノか」
あたしは一礼して、
「先生、また明日からちょっとでかけてきますね。今度はサンドリア方面に行くので、何か入用のものがありましたら、言付かりますが。」
「そういえば、お前もうすぐ誕生日なんだな」
あたしは頷く。
「ん?サンドリアだって?なんでまたそんな遠くへ」
「それがあたしにもわからないんですよ…あいつただ、今年はサンドリアに行くよ、って」
「だいたいの鉱物ならこの近辺の鉱山で揃うだろうに」
「そうなんですよ。わざわざサンドリアまで行かなくても、バストゥーク近辺の鉱山が一番貴金属の含有量は多いはずなのに」
「ふーん…」

この先生、結構お歳を召していらっしゃるのだが、タルタルの例に違わず見た目からはさっぱり想像がつかないのだ。話す言葉も若者と同じ様な感じだし。

あたしの左手の薬指にあるこの指輪…シンプルなデザインの黄銅のリングだ。
十八年前の誕生日に、彫金ギルドで見習を始めたばかりの幼馴染が作ってくれたものだった。
幼馴染の名前はリンツァイス、ヒュームの男。歳はあたしよりも一つ下。
今はあたしと同じ冒険者稼業で戦士を生業としている。
実家もモグハウスも隣同士。

それからずっとあたしはこの指輪をはめている。
親指から中指、人差し指と、あたしの体の成長に合わせて指輪の位置は移っていき、そして今は薬指にはまっている。
身体は成長しきっちゃってるから、もうここから動くことは無いだろう。
あたしがおでぶちゃんにならない限りね。

毎年、彼はあたしの誕生日に合わせてこの指輪を鋳直して、綺麗な状態を保ってくれているのだ。
メッキをしていない黄銅は一、二年も経てば輝きを失ってしまう。それを防ぐため。
何でデザインもサイズも変えずにいるのかは分からないけど。きっと何か思うところがあるのだろう。
冒険者になってからは、誕生日前に鋳直しのための材料の鉱物を一緒に採掘に行くようになった。
冒険者でなければ立ち入れないような鉱山も多いし、そちらの方が貴重な鉱物が取れる。
この指輪はただの黄銅だけども、その他の鉱物でちょっとした収入になるから、それで誕生日のご馳走を作るのだ。

普段私たち二人はほとんどいっしょに行動している。
あたしは古い魔法の研究書や他のいろいろな書物を集めているし、リンツァイスは彫金に使う鉱物や宝石を仕入れている。
でも、普段の旅ではあたし達は鉱山にいくことはない。リンツァイスがいくらそれなりの彫金士だといっても採掘の技能があるわけではないからだ。
あいつの場合、材料は専ら世界各地の職人から仕入れている。採掘をするのはこの指輪のためだけ。
今までの誕生日前に行く鉱山はたいていバストゥークの近くだったのだが、何故か今年はサンドリア方面だという。
だいたいサンドリアまで往復して、それから指輪の加工してたりしたら誕生日に間に合わないような気もするのだが…

「買って来て欲しいものっていうのは特にないなぁ。ま、とにかく気をつけて行ってきなよ。今回は帰ってくる頃にはもう歳を重ねているかもしれないけどね」
「では、失礼しますね」

あたしは先生に一礼すると、書斎を辞した。
魔法屋に顔を出して弟弟子、妹弟子に挨拶してから、自分のモグハウスへ帰った。
明日の出発までにやらなきゃならないことは…とりあえず荷造りだ。
部屋に乱雑に積まれている蔵書の山を見ればわかるように、あたしは、この手の作業が苦手だったりする。
果たして寝る時間が取れるのだろうか。

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次の日の朝。
あたしはモグハウスの隣の部屋のドアを喧しくノックしていた。
既に出発の予定の時間から一時間も過ぎてる。あたしも荷造りで睡眠不足だから寝過ごした。
でもそれよりさらに寝過ごしてるリンツァイスは、いったいなんなのだ!?
でもアイツは出てこない。
よく見ると、ドアの隙間に紙切れがはさまれているのが見えた。
手にとって読むと、そこには錬金術ギルドであいつが待っているということが書かれていた。
何で錬金術ギルドなのだろう?

あたしは鉱山区まで駆けて、ガルカたちの住居が集まる通りを走った。
するとリンツァイスが突き当たりの錬金術ギルドから出てくるのが見えた。
「ちょっとリンツ!!あんた集合場所が違うじゃない!!」
「あ、フェム。おはよ」
「いやちょっとね、取りに来るものがあったものだから。これからフェムのところに行こうかと思ってたんだけど」
「あんたにしちゃ早起きね?一体何を取りに来たのよ?」
「それは秘密」
「…」
何かやたら楽しそうな顔をしてる。
そういう顔されると、あたしはむかつく性質だって知ってて、そういうことやるのか!?
今回、リンツァイスは絶対変だ。
とてもうきうきしてるし…

それからあたし達はチョコボをレンタルした。
チョコボ代も節約して、ガルカ用の体格が良いチョコボに二人乗りをしたいところだけど、それをやった日には免許を取り上げられてしまう。実は普段チョコボにすらあまり乗らないのだ。
あたしがチョコボが苦手だって言うのもある。もし二人乗りが可能だったら喜んで乗るんだけどね。

あたしに白魔道士の移動魔法が使えればこんな面倒くさいことはしなくても良いんだけど、テレポと呼ばれる一連の移動魔法はサンドリアの教会の秘術で外には漏らされてないのだ。
教会の外に出るときは必ずスクロールの形を取っている。ウィンダスの魔道士たちもそんなんじゃ研究できない。
大体魔法を手に入れるとしたら、修道士達に、ひいてはサンドリアの教会に頭を下げることになる。
ウィンダスの研究を馬鹿にするあいつらに、そんなこと出来るか!!というのが正直なところ。

とりあえずラテーヌ高原まで一気に駆けることになった。
「サンドリアまで行くんじゃなかったの?」
「もちろん、サンドリアにも行くけど、その前にオルデール鍾乳洞で取っていかなきゃならないものがあるんだ」
「なによ?」
「もうすぐ分かるよ」

今回はとにかく珍しい旅だ。
普段リンツァイスが先導することはめったに無い。もちろん貴重で珍しい宝石がどっかの町の店に並んだなんて話を聞きつけたら、あたしを急かして出かけるのだけれども。
こんな風にあいつが主導権をとるのが…

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オルデール鍾乳洞の入り口の一つにあたし達がたどり着いた時、もう空はオレンジ色になっていた。
慣れないチョコボに半日揺られていたから、あたしはすっかり疲れていた。
「ねぇ、何を取っていくのか知らないけどさ、明日にしない?あたしもう疲れちゃって」
「えーとね、ちょっと待っててね。実は目的のものは一晩かけないと取れないんだ」
「一晩?」
「そ、だから準備してきちゃうから」
「ちょ、ちょっと!?」
リンツァイスはそのまま鍾乳洞に入っていって、入り口付近の手ごろな鍾乳石の下にガラスの小瓶をおいた。
雫が鍾乳石を伝って、小瓶の中にポトンと落ちる。
「これ、もしかして、石灰を取るの?」
「そうだよ」
「ふーん…何か今回は特別なことをするわけ?」
「そ。ちょっと鋳直すだけじゃなくてね。さて出よ。今日はここで一泊しなきゃ」

あたし達は火をおこした。
リンツァイスが手ごろなウサギを狩ってきて、それであたしは簡単なスープを作った。
このスープと乾パンが夕食。
スカイリッパーがいるときはもっとたくさん作るのだけれども、二人だけの時は結構シンプル。
小さい身体の人ほどよく食べるなんていうけど、あたしもリンツァイスも大食漢じゃないから、ほんの少量で満足してしまうのだ。

沈んでいく太陽を二人で眺める。空の色が赤くなる。
紅葉している木々や、枯れかけて黄色になった草に、赤い光が反射して輝きだす。
バストゥークの人間が羨望を持って話題にする、普段は緑一色のこのラテーヌ高原。
それが紅の輝きに満ちていく。

もう秋も終わりだ。だんだん寒くなってきている。火が無いととてもじゃないけど、野宿なんか出来ない。
火は絶やさないようにしないと…それでも寒い。
あたしは荷物から毛布を取り出して、リンツァイスに渡す。
「ん、ありがと」
そして、そのまま胡坐をかいている彼の膝の上にちょこんと座った。
リンツァイスが毛布を肩からかぶって、あたしは毛布と彼に包まれる。

「明日はどうするの?駆け足でサンドリアまで行っちゃう?」
「いや、サンドリアには寄らないよ。目的地はユグホト山だから」
「また怪しげなものを取ってくるわけ?」
「変なものって言うか…今回のために必要なものだなぁ」
「…今回さ、あたしの鎧が直ってくるのが遅かったからというのもあるんだけど、明々後日の誕生日に間に合わないよね」
「ん?間に合うよ」
「だって、明後日ユグホトに行ってその目的のものが取れたとしても、帰るのにサンドリアからチョコボを使っても二日、それから加工するんじゃまた一週間はかかるわよ?」
「だって、その場で加工するんだもの」
「!!」
「そ、クリスタル加工ってヤツ。ある程度できるようになったからね」
「あんた…彫金士の誇りはどこ行っちゃったのよ?」
「ケースバイケースだよ。従来の彫金の方法だってこれからも続けていくよ。でもやっぱり向きとか不向きとかあるじゃん」
「今回のはクリスタル加工に向いてるわけ?」
「うん、そうだね」
「ふーん…」

その会話の中、あたしは怯えていた。
あいつに分からないようにはしてたけど。
今まで何回鋳直しても同じデザインだった指輪を、新しくする。
それって、もしかしたら毎年の誕生日プレゼントの指輪ってこれが最後って意味なのかな、って。
なんとなく、この指輪はあたしとリンツァイスの歴史のような気がしたのだ。それが変わる。

深秋の夜の寒さの中、背中から伝わってくるリンツァイスの温かさを必死に感じて、あたしはその怯えを忘れようとした。

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結局翌日、あたし達はロンフォールに徒歩で入った。
ラテーヌ高原のテレポイントまで歩いていって、またチョコボを借りてもよかったのだけれど、この短い距離、チョコボを借りるのも馬鹿みたいだし。
あたし達ぐらいの強さだと、ここらへんのモンスター達は相手にもならない。モンスター達もそれが分かっているのだろう、襲ってこないのだ。
それだったら、徒歩でゆっくりと秋の森の景色を楽しんだ方が得というもの。あたしとリンツァイスの意見は一致した。

二人で並んで、秋の森の中を歩き続ける。
サンドリア方面にはめったに来ないから、色々なものが面白い。秋に来たのは実は初めてじゃないだろうか。
どんぐりを集めていた栗鼠が、欲張った結果木から落ちるのを見て、二人で笑いあったり。
木々のざわめきとあたし達が小枝を踏む音を合わせて、即興演奏したり。

おなかが減ったらご飯にする。
そして夜にはリンツァイスに抱かれて眠る。
いつもの誕生日前の旅と変わらない。あたしはそう思いこむようにしていた。
そうすれば、不安に捉われずに旅を楽しむことが出来るはずだから。

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そんな一日をすごした次の日の昼過ぎに、あたし達はゲルスパ砦の入り口にいた。
ここは獣人オークの巣窟。サンドリア兵が常時目を光らせている。
それでもゲルスパを通り抜けて、ユグホト山まで行くぐらいだったら、あたし達に危険は無い。

オークの目を潜り抜けるために、あたしがインビジを唱えようとした瞬間、リンツァイスが待ったをかけた。
「どうしたのよ?確かに必要ないかもしれないけど、念には念をって言葉もあるじゃない?」
「うん、銀を取っていこうと思ってね」

こ、このやろ贈ォ!!
あたしが一番嫌いな事させるつもりか!?

あたしは自分や仲間達が襲われでもしない限り、獣人達と戦うことは無い。
獣人はきちんと文化を持っているから、金品をや珍しい品物を溜め込んでいる。
だから冒険者の中には獣人の巣窟を好んで襲って、まるで強盗みたいなことをやらかす奴らも多い。
…けど、私が獣人の立場で強盗にあってあたしの大事な本をかっさわれたりなんかしたら、と想像するだけでとても悲しくなるのだ。

確かに時々古物商やバザーに並ぶ珍しい書物、主に大戦前の物は、そうやってもたらされた物が多い。
それを嬉々として買い集めるあたしも、そんな強盗まがいの連中に加担していることになる。
それは分かっているし偽善的だと思うけども、やっぱり自分からは獣人を襲いたくはないのだ。

「リンツ!!見損なったわよ。いつの間にそんな強盗まがいのことを覚えたわけ!?」
「へ?フェムは何を言ってるのさ?」
「弱い獣人を襲って銀貨をかっぱらおうっていうんでしょ!!大体そんなので作ってもらったプレゼントなんて嬉しくもなんとも無い!!」
びくっとして、リンツは首を横に振った。おまけに顔の前で両手を振っている。
「そ、そんなことするわけじゃないよ。ちょっと勘違いしてるんじゃない?」
「じゃあ、どっから銀を取ってくるって言うのよ!?」
「だから贈ォ、ここ」
「…へ?」
見ると、リンツァイスはつるはしではなく、小さいスコップを取り出している。
「な、何をするつもりよ?」
「ちょっと見てて」
そういうと、いきなり地面を掘り始めた。
「こ、こんなところに銀鉱があるわけが…」
「ユグホトの洞窟の中だったらともかく。あそこは結構有名じゃない。そっちじゃないの?」
あたしがそんな事をぶつぶついいながら見ていると、銀色に光る丸い玉がいくつも出て来た。
「銀鉱じゃないよ。銀そのものが溶けちゃってるんだ」
あたしは目を点にする。
「…。へ?」
今のあたしはすごく間抜けな顔をしてるんだろう。どういうことだかさっぱり分からない。

「実は、ちょっとした情報を聞いたんだ。このゲルスパの入り口、ここで銀の粒が取れるってね」
「どういうことなのよ?」
「うん、理由ははっきりしてない。だからこれは僕の想像なんだけど。もしかしたら、古代人の精錬場がここにあったのかな、なんてね」
「そんな馬鹿な話聞いたことないわよ」
「でも、オークがここに砦を作った理由って、地理的条件に優れてたからでしょ?」
「それはそうだけど」
「だったら古代の人達が街を作っててもおかしく無いじゃん。
それでね、ロンフォールで吹いてる風が丁度集まってきて、この谷間で強風になるんだよ。釜を設置するのには好都合なんだ」
「納得できないわ。そんな天文学的な確率の話」
「まぁ、いいよ。僕はこれが古代人の精製した銀じゃないか、って想像するだけでわくわくするけどね」
「古代人ねぇ…」

銀を取ったっていう事は、やっぱり新しく作るんだ。
この指輪じゃなく、新しいのを。
自分の想像がどんどん当たっていく。

「…まぁいいわ。で、これで必要なものは全部そろったの?」
「最終目的地はユグホト山だってば」
「まだ何か必要なの!?」

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そんなこんなで、あたし達はオークの目をくらましながら岩屋を抜けて、山の頂上にたどり着いた。
道は完全に覚えていたけど、オークの巡回が厳しくて魔法かけなおしたりなんかして手間取ってしまったのだ。
着いた時にはもう星が出ている時間だった。
硫黄の匂いがあたりにぷんと漂う。この頂上には温泉が湧き出しているのだ。
いきなりリンツァイスが鎧を脱ぎだした。
「さて、着いた。早速やっちゃおう。もう夜だから、誕生日に間に合わなくなるといけないしね」
「これから加工はじめるっていうの!?」
「そうだよ。日が変わる前に作っておかないと」
そう言って軽装になったリンツァイスは昨日鍾乳洞で取った石灰水の小瓶をとりだし、さらに空のビンを取り出してきてそれに温泉のお湯を汲んだ。
あたしもそれを見ながら鎧を外して、ぺたんと座り込んだ。

新しい指輪…何で今年は…
今まで通り鋳直してくれるだけでいいのに…
あの指輪には、あの黄銅の中には…あたし達の関係が刻まれてる。
磨り減りそして削れていった部分は新しいインゴットを足す。
そうやって蓄積してきたあたし達の関係。
それがなくなっちゃう。

そしてついにリンツァイスは雷のクリスタルをバッグから取り出してきたのだった。
あたしはそれを見てあることに気がついた。そして絶望的な気分になる。
この間リンツァイスがあたしから借りていった東方の書物。
リンツがそれを借りていったのはその中に雷の力を利用したメッキの方法が書かれていたからだ。
そうか、石灰水もそのために。

つまり、新しい指輪はメッキ。しかも銀だから毎年作り直す必要は無い。
これで…毎年一度のこんなのんびりした旅は終っちゃうわけ?
もう来年は無いの?
あたしはなんだか悲しくなってきて、自分の足を抱えて縮こまって顔を伏せていた。
別にリンツァイスとの冒険者稼業が終るわけじゃない。そんな事あいつが言い出したわけじゃない。
でも、なぜか悲しかった。

どのぐらいの時間が経っただろう。星の位置がだいぶ変わっている。
ふと、顔を上げたあたしに、リンツァイスが手を出しながら言った。
「フェム、指輪を貸して」
「へ?」
あたしはぽかんとする。
「だから今つけてる指輪」
「新しく作るんじゃなかったの?」
「新しく足す部分もあるよ、でも今までのも鋳直して使うんだ」
「あ、そうなの」
あたしはちょっとほっとしながら左の薬指から鈍い黄金色に輝く指輪を外して、リンツァイスに渡した。

ああ、今までのは使うんだ。よかったな。
「でも、輝きを失わないようにメッキなんでしょ?」
「うん、黄銅の部分はね」
「じゃあ、始めるよ。見てて」
そう言うとリンツァイスは目を閉じて集中を始めた。クリスタル合成の際の基本だ。
イメージを練り上げ、そしてクリスタルに封じられたエネルギーを使って形とする。

そしてあたしは気付いた。
腰を下ろしたリンツァイスの傍らに石灰水と温泉水の小瓶、黄銅の延べ棒、出発の時錬金術ギルドで買っていたのはこれだったのか、という少量の金粉。そして、炎のクリスタル。
雷のクリスタルを使って銀メッキを作るんじゃなかったの?
何で金も銀もあるわけ?
そして、リンツァイスは左手に雷のクリスタル、右手に炎のクリスタルを持ったのだった。
ちょっと待ってよ!!そんなの聞いたことないわよ!!
驚いている私の前でリンツァイスのイメージが形になっていく。
一瞬の後、ポンッと音がして、リンツァイスの手の中には一つの指輪があった。
リンツは、それを温泉水の小瓶の中に入れて…
「ちょ、ちょっと、どうするのよ?」
すぐに取り出してポケットから出した柔らかな布で丁寧にそれを磨き始める。
なんなんだろう?
あたしは星を見上げながらリンツァイスの作業が終るのを待つ。
あ…もう日が変わったんだ。
星の動きが夜半を回ったことを知らせてくれた。

「フェム、出来たよ」
リンツァイスが声があたしを現実に引き戻す。
そしてあたしの掌に渡されたのは銀と金の二つの紐が螺旋状に絡み合ってリングを形作っているもの。
でも、これ、銀そのままの派手な輝きじゃない。
そこであたしはもう一つ思いだす。リンツァイスが借りていった書物に書かれていた…銀を硫化させたいぶし銀。
黒くなった銀が金との陰影を鮮やかに作り出している。
それはまるであたしとリンツァイスの髪の色。
「…きれい」
…でも。
…あれ?いぶし銀って、確か。

「このデザイン思いついたのはよかったけど、クリスタル加工でないと出来なくてね。でもやっぱり仕上げは古い手段に頼っちゃった」
リンツァイスが頭をかきながら言う。
「これねぇ、陰影がすごく綺麗なんだけど、一年ぐらいで落ちちゃうよなぁ」
そう、いぶし銀って硫化銀の薄い皮膜をかぶった銀なんだけど、あたし達みたいな鎧を着けてれば、擦れていって一年ぐらいしか持たないだろう。
でも、それを承知でやってくれたってことは。

そういうことなのだ。

「でも、なんで今年は新しいデザインにしたわけ?」
「うん。先週ね、銘入りで僕の作品をギルドに置くことに決まったんだ。今までは無銘で競売に流してたけど。だから…その、確認したかったんだよ。僕が何のためにアクセサリーを作ってるのか、ってね。だから自分の作品を作る前にこの指輪を新しくしたかったんだ」
そうだ。リンツァイスはいつも願いを込めて指輪やアクセサリーを作っているのだ。
自分の作ったものが、人と人とを繋ぐために使われることを。
そして、リンツァイスのその思いの象徴は、あたしとの絆。
…自惚れじゃないと思う。

だから、今までの黄銅の指輪もこの新しい指輪の中に存在している。
そして新たに足された輝き。

自然と涙が込み上げてきた。
「ありがとう」
「うん。誕生日おめでとう」
にこっとしながらリンツァイスが言う。
「さって、毎年の作業も終えたことだしゆっくり温泉につかるかなぁ」
「湯冷めしないようにね」
あたしは毛布に包まる。そして、その毛布の中でそっと今までと同じ位置に指輪をはめなおした。

この三日間感じていた不安が嘘みたいだった。今日はゆっくりと眠れそう。
でもまだ寝ちゃわないで、彼が温泉から出るのを待つとしよう。
そして温まった彼に包まれて満天の星を眺めながら眠るのだ。

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将来きっとあらわれるであろうあたしのまだ見ぬ恋人が、婚約指輪をくれるその日まで、
多分この指輪があたしの左の薬指にあり続けるのだろう。
一年ごとにその美しさを取り戻しながら。