故国と異郷

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事の起こりは、正月明けのバストゥーク。
すっかりバストゥークになじんだオノレが大工房に呼び出された。そして数時間後、先生の塾に戻ってきたオノレは意気消沈していたという。

オノレはウィンダス政府から特殊奨学留学生としての身分を得てバストゥークのあたしの先生のところへやってきた。ところが、過去に例が無いこの奨学生、今になってバストゥーク政府の中で問題になっているらしいのだ。

後で、父さんに政府内部でどんなやり取りがあったのか訊いてみたところ(見事に物真似まで披露してくれた)、

誰がそんな許可を出した?ルシウス補佐官です。あいつは大統領補佐だぞ。そんな権限があるものか。しかし魔法研究に関しては補佐官がトップでしょ?これは魔法研究の問題ではない。領事部の管轄だ。でも実際に彼はウィンダスのバス領事館が発行したビザを持ってますよ。しかも五年間更新なしで有効という強力なものを。しかし相手は魔道士見習だぞ。その気になればスパイし放題じゃないか。彼の先生はビルルホルル師ですよ?そんな事するわけが無いじゃないですか。彼一人だってできるだろう?確かに彼は師の使いで大工房内部に出入りしてますが。ほら見たことか。どんな機密が盗まれてるかわかったもんじゃないぞ。いっそのこと、彼を国民にしてこの国に縛り付けてしまったらどうか。ウィンダス政府がそんなこと許すと思うか?希少価値の高いエルヴァーンの魔道士だぞ。見習ですよ。ある程度の魔法は使えるんだろ?そりゃまぁそうでしょうねぇ。だったら我々にとっては魔道士も一緒だ。しかし彼は一応将来有望な魔法の研究者なわけで。その通り、彼を拘束したりして、ウィンダスやジュノにばれたら大変なことになりますよ。だいたい彼はいい青年です。ウィンダスに機密の漏洩があったとしても彼がやったことではないでしょう。でもその可能性は否定できないだろう。うわさではエルヴァーンだけにサンドリアからの引き抜き疑惑もあるとか。引き抜きってなんです?あの馬鹿ピエージュだろ。サンドリアは魔法研究では我が国にも劣っているからな。そんなことになったら、ウィンダスサンドリア両国に機密が。ウィンダスがそれを許すと思うか?魔法研究者なんて、研究費用がもらえればどこにでも行きますよ。ビルルホルル師にもうちょっと潤沢な研究費用を押し付ければ留められるのでは?師はもうこの国の人間だよ。問題は彼の方だ。心配がない所に金はかけないわけですか。だからこの国の魔法研究はいつまでたってもウィンダスに遅れをとっているんだ。軍事費用が膨らんでるんだ。冒険者にかけてる金だって馬鹿にはならん。この際それは関係ないだろう。とにかく彼の方をどうするかだ。ではどうするんです?さぁ?

聞いてて頭が痛くなってきたのだった。
この国の中枢にいる人間がこれだから、サンドリアなんかにコンクエスト首位を持っていかれたりするんだ…
まぁ、いろんなやり取りの結果、とりあえず彼のビザは一時失効、ウィンダス政府との折衝待ち、ということになったらしい。オノレのビザは停止され、とりあえず先生とうちの両親が身元引受人になったのだが、それでも、外出は禁止されて軟禁状態。塾と魔法屋の前には銃士隊のガードが見張りに立つことになった。

そんな酷い話を聞いたのは、一週間前。あたしがちょっとした頼まれごとをされた時だった。

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

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二晩徹夜をして大戦前の古い文献を読み上げた次の日の午前中、あたしは商業区の黄金通りを気分転換に歩いていた。少し身体を動かして、どこかでご飯を食べて、それから湯浴みをしてゆっくり寝よう、と思っていたのだ。

グスタベルグは冬でも乾燥している。夏も冬も雨が降ることはめったにない。しかしバストゥーク商業区はダムの上に作られている。夏は涼しく、冬は雨が降らない分陽射しがあるので暖かい。鉱山区の冬は地獄だって言うけど、ここでは風の無い日は日向ぼっこに出ている子供達や老人がそこかしこに居る。
半分居眠りしながら釣り糸を垂れているお爺さんの脇を通った時、一人のヒュームの若い女性が挨拶してきた。

「あら、お義姉さん、こんにちは」
「ナタリア、久しぶりね」
彼女はあたしの幼馴染のリンツァイスの恋人だ。彫金ギルドで事務のようなことをやっている。
とても綺麗な娘で気立てもいい。彼女はあたしのことを義理の姉として扱ってくれている。こんないい娘が恋人をやってくれてるんだからリンツァイスも、そして姉格であるあたしも果報者だと思う。いずれは結婚するのだろう。

実はあたしは彼女に対して、結構負い目があるのだ。本来なら彼女がリンツァイスを独占できるべきなのに、実際のところは彼女に与えられている恋人との時間は、あたしのおこぼれでしかない。
確かにしょうがないとも言える。冒険者は家を空ける職業だ。あたし達は普通の冒険者に比べたら、かなりの時間をバストゥークで過ごしている。それでも一年の半分は旅の空の下だ。
その間ずっとあたしはあいつと一緒にいる。その残りの半年、そしてそこからリンツァイスが彫金に打ち込んでいる時間を引いた分しか、彼女はあいつと恋人としての時間を過ごすことは出来ないのだ。

正直なところ、彼女はいつもあたしに嫉妬しているんじゃないかと思う。あたしとあいつの関係は普通の夫婦以上のパートナーだ。何しろあいつが生まれた時から今に至るまでずっと一緒にいるんだから。
一度彼女に指摘された、彼女曰く、あたしとリンツァイスのフィジカルなスキンシップ。旅に出ている間は一緒に寝てたりとか…普通の姉弟じゃないって言われた。
他人から言葉でもって指摘されるのがあれほど恥ずかしいとは思わなかった。別に見られるのは平気だけど。

でも、あたしはリンツァイスとの関係を変えるつもりは無い。長い間に培われてきたあたし達の絆は、誰にだって壊せない。当事者であるあたし達にもだ。
これは、あたしもこの間の旅で思い知ったことなんだけど。

彼女にとっての救いは、あたしとリンツァイスが絶対に恋人という関係にはならない、ということだろう。
もちろん種族の違いっていうのもあるし、でもそれだけじゃなくて。
お互い心が近すぎる…魂の半分を共有してるんじゃないかってぐらい。
だからあたしとあいつは恋人にはなれない。

そんなこんなで、バストゥークにいる間は、リンツァイスと彼女をなるべく一緒にいさせるようにしている。
こんないい娘なんだもの。ぜひあいつのお嫁さんになってもらわなくちゃ。

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話がそれた。
彼女は届け物をした帰りだったので、一緒にご飯を食べようって話になって。
噴水前の広場でバザーをしていたガルカからサーモンサンドを二人分買って、にぎわう競売前を見ながら噴水の水溜の縁に腰掛けて。
日向ぼっこをしながらあたし達はお昼ご飯を食べた。

「それで、お義姉さん、ちょっと頼みがあるんですけど」
「なになに?言ってちょうだいよ。可愛い義妹の頼みなら何でも聞いちゃうわよ」
「ありがと。実は今セルビナにいるあたしの友達がパライズっていう白魔法のスクロールを一つ欲しがってるんだけど、書いてもらえませんか?」
「その友達って、魔道士?」
「ううん、駆け出しの格闘家なんだけど。でも、サポジョブとかなんとか言ってたなぁ」
「ああ、あのイザシオ爺のやつか、全く」
「知ってるんですか?」
「あたしは関わってないけどね、冒険者の間では有名だから。うんわかった。でも、それって書くのはあたしじゃなくてもいいかな?」
「それはいいですけど、ソロロさんのところには置いてませんでしたよ?」
「ああ、あれはね。ちょっと…今時間あるかな?」
「ええ、お昼休みの間なら」
「じゃ、今書かせよう」
でもその時、食べ終わってなかったのはあたしの方だった。一緒に買ったトマトジュースでサーモンサンドを急いで流し込むと、あたしは噴水の縁から飛び降りる。
「どういうことです?」
「うん、オノレのやつに書かせようと思ってね。勉強になるから」
「あ、ウィンダスから来た新しいお弟子さん?あのすごいノッポの」
「そうそう」

あたし達は彼の背の高さについて笑いながら、私塾の前まで歩いてきた。
ところがそこにガードが立っているではないか。
チェーンメイルを着込んでいるところを見ると、鋼鉄銃士隊よりワンランク下のガードらしい。
まるで先生の魔法塾と魔法屋を威嚇しているかのように。

「ちょっと、あんた、こんなところで何やってるのよ?」
「任務中だ」
「だから何の任務よ?ここは民間人の家の前よ?」
「任務の内容については、関係者でないものにこれを話す権利を私は持たない」
「はぁ!?」
「フェムヨノノ師だな、この家に何の用だ?」
バストゥーク政府で魔法関連の仕事を多少やっているあたしは、政府関係者からは「師」をつけて呼ばれる事が多い。
もう独立してるから、そう呼ばれるのは慣習上当然なんだけど、まだちょっと自分には不相応な気もする。
あたしの実力では、ウィンダスだったらまだいいとこ各院の中堅職員だ。
「自分の先生の家に訪ねてくるのが悪いこと?」
「いや、そうではない。了解した」

訳がわからない。とりあえずあたしはそいつの事は放っておいてナタリアを連れて、塾の建物の中に入った。
「ちょっと、オノレ、いる?」
あたしはオノレに与えられた部屋のドアをノックする。
…返事が無い。
もう一度ノックしようとした時、内側からドアが開いた。
憔悴しきったというようなオノレの顔がのぞく。生気が無い。
「ああ…ねえさんですか…」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」
「それがですね…」
なにやら厄介な話になりそうだったから、あたしは先にナタリアを帰すことにした。
スクロールは後でリンツァイスに届けさせる、って約束をしてから。

そして、あたしはバストゥーク政府のほんっとうにバカな決定を知ったのだった。

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「はぁ…僕はバストゥークって何もかも取り込んでいくような活気に満ちた国だって期待してきたんですけどなぁ…ちょっと幻滅しましたわ」
バストゥークで生まれ育ったあたしは言葉も無い。
確かにバストゥークの政府陣のやりそうな事だと思ったのだ。新興国だというのに、今はサンドリア並みに保守的になっているような気もする。
「ウィンダスだったら、もっとダイレクトに動くはずなんやけど…」
オノレ、それは違うよ。
どこの国でも程度の差はあれ、こういうことはあるのだ。そもそも国の政府という組織にはついて回る体質。
それが嫌だから、あたしは国所属の魔道士にはならず冒険者なんてものをやっているのだ。

「で、先生、どうするんです?このままで良いわけは無いでしょう?これはあたし達魔道士に対する弾圧ですよ!!」
「うん、そうなんだけどね。とりあえずウィンダスとの折衝待ちだから」
「そんな呑気な…」

やっぱりあたしは黙っていられなくなった。
「大統領をウィンダスまで引っ張ってってやる!!」
「ねえさん!?」
「フェムヨノノならそう言うと思ったけどね。残念ながら、ボクやお前の力ぐらいじゃ、そんな事は出来ないだろ」
「父さんと母さんに頼みます!!」
「それでも無理だよ」
「先生!!まじめに解決する気があるんですか!?」
先生はもともとウィンダス人だ。豊かな自然に包まれて育ってきたあの国の文化は何事ものんびり。あくせく働かなくても人間は生きていける、という事を実証している人々。
でも、あたしはバストゥーク人。何よりまず行動しないと、この乾燥した大地では生きていけないのだ。

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というわけで、今、あたし達はウィンダスにいる。
何とか領事部の人間を引っ張り出す事に成功したのだ。
公社にかけあいオノレの分の飛空艇乗船許可をもらって、ジュノを経由してやってきた。

許可を取るにあたっては、あたしと先生のコネクションが大爆発した。
まずオノレを先生のところに紹介したウィンダス魔法学校である耳の院。
あたしが一時期お世話になって、今でも先生とあたしとで共同研究をやっている魔法図書館の目の院。
そしてバストゥークにおいては、あたし達の同士で最大の協力者、バストゥーク流魔法研究の第一人者であるルシウス大統領補佐官だ。

何しろ、ウィンダス五院のうちの二つとバストゥークのナンバー2がバックについてくれたのだ。これで許可が降りないわけが無い。

「ああ…久しぶりやな。湿気たこの空気。バスにいるとお肌が荒れてしもうて…」
飛空艇から降り立った途端、オノレは気分のいい顔になった。一週間前の衰弱しきっていた顔が嘘みたいだ。
反対に政府領事部から引っ張り出されてきたマンシュタイン事務官は顔をしかめる。
「なんか、臭うね…こりゃ腐った土の臭いか?」
「森の土の香りですな」
涼しい顔をして先生が答えた。
「ビルルホルル師、今回はあなたの顔を立ててついて来ましたが、こんな臭いのする場所にもう二度と来たくは無いものです。さっさと話し合いを終らせて帰りましょう」
「まぁまぁ事務官さん、ウィンダスはいいとこでっせ。空気がいい。水もいい。だから食べ物も美味しい。ゆっくり滞在してったらどうです?」
「冗談じゃないよ。君のためだけにこんな遠方までわざわざ足を運んだんだ。さっさと片付けてしまうぞ」
「そんなつれないこと言わんと」
すごく御機嫌なオノレ。自分の立場が深刻な状況にあるってのがわかってるのかしら?

「ねぇオノレ、美味しい食べ物屋さん紹介してよ。今まで来たときも色々探したんだけどねぇ、これ、というのが無くて」
今度もリンツァイスは付いてきている。この間ナタリアに申し訳なさを感じたばかりだったし、これは先生の私塾と政府の問題だ。今回はあいつにバストゥークに残ってナタリアとの時間を過ごしなさいって言ったんだけど、聞かなかった。

「おお、にいさん、よくぞ訊いてくれはりました。ここで一番といえばやっぱり水の区で調理ギルドの料理を出している…」
「いい加減にしたまえ!!」
ついにマンシュタインの怒りが爆発した。
そりゃそうだろう。あたしだってちょっと苛つき始めていたところだった。
「まぁ事務官さん。たまには異国の地を楽しみましょう。ここはボクの故郷ですからね。美味しい店ならボクもいくつか紹介できますよ」
「先生も少しのんびりしすぎです!!」
あたしも声を荒げてしまった。
「リンツも!!あんた何のためについてきたのよ?これは普段のあたし達の旅じゃないのよ」
こいつ…こういうのんびりしている所を見ると、バストゥーク人とは思えない。むしろウィンダス人の気風だ。今回は自分に関係ないことだからそうなんだろうけど。珍しい宝石が出たら、あれ程急ぐくせに。

ゴホッ!!
マンシュタインが咳払いをする。
「ビルルホルル師、そういうわけです。今回は折衝のために来ているのですよ。フェムヨノノ師が言ってる事の方が正しい。さて領事館に行きましょう。領事がセッティングをしてくれているはずです」

そのままあたし達は飛空艇乗り場と同じ港区にあるバストゥークの領事館に入った。
ここの女性領事、バストゥーク政府には珍しく聡明な人だ。最初にオノレのビザを発行したのもこの人だから、学問に対しても理解があるのだろう。
あのバカな政府で役人なんかやってるより、素直に彼女の専門である地理学の研究でもやってた方がいいんじゃないだろうか。

部屋に通されるとその女性領事と、天の塔の人間であろう一人のタルタル男性が部屋にいた。
領事はあたし達に軽く会釈をすると、いきなり本題に入った。

「さて、オノレ君のビザの問題ですが、実はもう折衝は済んでいます。私が彼にビザを発行したのも、ウィンダス政府とこの領事館の間で念入りに話し合いを行った結果なのですから」
「は?」
なんなのだ?じゃ、今回は本国領事部の補佐官に対する嫉妬だったわけ?
オノレはそれの巻き添え?
「ただ今回は、オノレ君とビルルホルル師に念書を書いてもらわなければなりません。その内容については私達バストゥーク政府とお二人、そしてここにおられる天の塔の方との話し合いになります。バストゥークがオノレ君の行動をどこまで許容できるのか、ウィンダス政府はどのような責任を持つのか。それを話し合おうと思います。ビルルホルル師はもちろんオノレ君の監督責任者として」

「へぇ…やるじゃん」
あたしは思わず呟いていた。やっぱりこの領事、やり手なのだ。
ただ彼のビザを発行するだけではなく、いざという時のオノレの身の振り方、そしてウィンダスの責任の取らせ方まで考えている。
それだけじゃなく、これを機にウィンダスとの学術協力の前例を作ってしまうつもりなのかもしれない。そうすれば、これから留学生に関しては本国領事部は何もいわなくなる。
彼女にとってはバカな本国政府に振り回される面倒がなくなるわけだ。

「それじゃ、時間ももったいないし、早速はじめましょうか」

なんか気が抜けてしまった。勢い込んで事務官を連れてきたはずだったのに、もうとっくに話は済んでいたのだ。
あたしの立場が無いような気がする…
そりゃあたしがこの手の政治事で本職にかなうわけはないのだけれど、ちょっと悔しいような気もする。

「それと、フェムヨノノ師、あなたが来たら目の院に来るようにとの伝言を受け取っています」
「え?」
あたしは驚く。もちろん魔法図書館には顔を出すつもりでいた。共同研究の報告もある程度まとめてきていたのだった。
でも、向うからお呼び出しがかかるとは思ってもみなかった。
「では」

その言葉で、あたしとリンツァイスは領事の部屋から追い出される。
学問に関することとはいえ、内容は非常に高度な政治の話だ。
あたし達冒険者は一応国に所属しているのだが、その立場は事実上フリーに近い。政治の話を聞けるような立場ではない。どこで誰に漏れるかわからないからだ。
そう考えれば、冒険者登録というのも実は、こいつには絶対機密を漏らすなというブラックリスト入りに等しい事なのかもしれない。

まぁ、学究の徒であるあたしには関係のないことだ。オノレが先生の下で研究に打ち込めるようになればそれでいい。
そう考えて、あたしはリンツァイスを促して外へ出た。

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ぶらぶら歩きながら水の区を目指す。
久しぶりのウィンダスだ。ちょっとウキウキする。
やはりバストゥークに比べて湿気があり、暖かい。そして色々な匂いがする。
水の区には調理ギルドやレストラン、そして宿屋がある。
あたし達にとっては異国の料理、馴染みの無い、でも美味しそうな香りが鼻をつく。
おなかが減ってはいるけれど、先生達の話が終るまで食事をするのは待とうと思った。
「せっかくだからみんなで一緒に食べたいよね」
とリンツァイスも同意する。
でも…正直良い香りが食欲を刺激してお腹が鳴ってしまいそうであたしは困った。
リンツァイス以外の誰に聞かれるってわけじゃないけど。

目の院の前で露天を開いている人たちが溜まっていた。一人のミスラが骨細工を並べている。
「ねぇ、ナタリアに何かお土産買ってった方がいいんじゃない?骨細工って言えばウィンダスにしかないギルドでしょ」
リンツァイスはちょっと首をかしげる。
「でも今回はすぐに帰るんだし」
「あんたね、普通は自分の恋人には旅先では必ずお土産買って帰るものよ」
「そんな事したら、ナタリアの部屋はすぐ僕のお土産で埋まっちゃうよ」
「そりゃそうかもしれないけど、でも…あ、この髪飾り、いい感じ」
「うーん…いい宝石があったら買って帰るよ。それで何か作って彼女にプレゼントするから。それでいいじゃん」
反応が薄いのだ…あたしが隠したい事はすぐ察するくせに、どうしてこういう事はわからないのだろう?
…あたしが邪な事を考えているからだろうか?
何も言わなくても伝わることと、どんな手段を使っても伝わらないこと。難しいものだ。

目の院の受付で呼ばれたことを伝えると、すぐにあたしと共同研究をやっているタルタルの男性が現れた。
「いやぁ、お待ちしておりましたよ。フェムヨノノさん」
「ご無沙汰しております。これ途中経過です」
と書類の束を渡す。
「まぁ、どうぞお座りください」
といわれ、ちょっと奥のテーブルを示された。すぐにウィンダスの人達が好む醗酵させないままの葉を使った緑色のお茶が運ばれてくる。

ウィンダスでは一般的に椅子を使わない座卓が主流だ。そのまま床に座るのだ。ウィンダスの建物は石造りの中に木の板で高床を作っていることが多い。入り口は、土間というのだろうか?そんなつくりになっている。
この方式は確かにタルタルたちにとってはすごく便利である。小さい椅子を使うのもなんだか面倒くさいだろうし。
リンツァイスは窮屈そう…だって、彼にとってはテーブルが低すぎるのだ。あたしも何か落ち着かない。いつも足がつかないような高い椅子に座るのが普通だから。

「で、今回わざわざ、お呼びしたのは、実は…」
ちょっと間を置かれたので、あたしは彼の方を見る。
「フェムヨノノさんに、冒険者を引退してうちに来て頂きたい、と」
次の瞬間、あたしとリンツァイスの目が点になった。

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「それじゃねえさん、目の院の研究者になるんかぁ。すごいことやぁ…」
オノレが目を輝かせながら感動している。

ここは水の区のレストラン。領事館での先生達の話し合いが終って水の区で合流した。
マンシュタイン事務官はそのまま領事館に泊まり明日の朝早く発つということで、分かれたらしい。彼としてはさっさとこんな所からは出て行きたいところなのだろうが、生憎ともう今日は便がない。
このレストランは先生とオノレ、両方が勧めた店だった。彼ら二人は久しぶりのウィンダス料理を楽しんでいる。
ウィンダスの周りでしか漁れないピピラという川魚やバストゥークではめったに手に入らない香辛料をたっぷり使ったミスラ風の肉料理、ララブの尻尾と呼ばれる発芽させたブルーピースの漬物、野兎のミートボールなどなど。
先生はもう慣れたのだろうけど、まだ日が浅いオノレにはバストゥークでの食生活は辛いに違いない。

「へ?その話はもちろん断ったわよ」
「断ったぁ!?」
レストランの中にオノレの大声が響く。演奏していた吟遊詩人がちょっとビックリしたらしく、奏でていたハープのリズムが少し崩れた
リンツァイスが手を顔の前に持ってく仕草でその吟遊詩人に謝る。どこで覚えたのか、ウィンダス風のジェスチャー。

「なんでです!?ウィンダス目の院と言えばヴァナ・ディールでも一番の蔵書量を誇っとるんですよ。ねえさんの専門は、ただでさえ資料が少ない弱体強化系の付与魔法でっしゃろ?ほならここが一番いいに決まっとるや無いですか!?」
「ちょっと声落としなさいよ。恥ずかしいわね」
あたしはミートボールをつつきながら若い弟弟子を諌める。

このミートボール、油で揚げてあって、ブイヨンから作ったソースと甘い木苺のジャムを付けていただくのだ。付け合せはポポトイモを蒸かしたもの。甘いジャムと肉団子の組み合わせは一見奇妙だけど、慣れると病みつきになる。あたしはこれが大好きで、ウィンダスに来た時には必ず食べている。

「ねえさん、なんでや?」
今度は声を落としたオノレがあたしに訊く。
「うーん…」
確かに魔法図書館の蔵書量はあたしの研究にとってすごく魅力的だ。
「でもねぇ、それ以外のメリットって無いわよ?」
「はぁ?」
「口の院で働くんだったら冒険者は引退しなきゃいけないでしょ。そしたら旅をすることもなくなるだろうし」
それになりより…
「それにね、ここに住まなきゃならなくなるじゃない」
「ここは魔法の都でっせ?何をするにしても環境は抜群かと。それにねえさんはタルタルなんやし、この国で暮らし難いって事はないですやろ?」
先生は黙って聞いてる。独立した弟子の身の振り方に関しては口をはさむ気が無いようだ。
リンツァイスも食べることに集中している。あたしが何を言いたいのかわかっているな、これは。
口の院で話を持ち掛けられた時も最初はあたしと同じく驚いていたものの、すぐにバカらしい話だと思ったみたい。あたしがどういう返事をするのか既にわかっていたから。

「あのね、オノレ」
「はい?」
「あんたは今回の一件でバストゥークを嫌いになったかもしれない。確かにバカな政府がうざったいし、魔法研究にも理解が無い国よ。建物や家具は全部ヒュームサイズだし」
「でも、あんたがその無駄にでかい図体でもって、この国で暮らしてきて。魔法学校の入学も拒否されちゃったりして…それでもウィンダスを愛しているように、あたしもバストゥークが好きなの。合っているのよ。あたしにね」
オノレは心底困った顔で言う。
「…ごめん、ねえさん。理解に苦しむわ」
あたしは微笑みながら言う。
「そりゃそうでしょうよ。あんた、まだバストゥークに来て半年も経ってないもの。いくらバストゥークが歴史の浅い国だって、そのぐらいじゃあの国の良い所がわかるようにはならないわ」

ふとリンツァイスが呟いた。
「あの乾いた大地とダムに溜められた水。あれがバストゥークの人間の心だよねぇ」
「は?にいさん、何を?」
オノレはぽかんとしている。
「そうね…」
あたしもフフッと笑いながら頷いた。
「ボクもそこに惹かれてあの国に住むようになったんだよね」
先生も同意する。
「風吹き抜けるサルタバルタの草原、鬱蒼としたロンフォールの森、刺激に満ちたジュノの喧騒。ボクも現役時代色々なところに行ったけど、バストゥークの景色とそこに住む人達が一番僕にあってると感じたんだ」

「先生まで。何をおっしゃってるんです?」
「オノレ君、それはキミがこれから時間をかけて掴んでいくことだね。魔法の研究にとって大事なのは書物を読むことだけじゃない」
「はぁ…」
「ま、頑張りなさいよ」

食事があらかた片付いた後、先生がふと言った。
「そうだ、今夜は晴れてるね。いいものを見せよう」
「へ?」
「フェムヨノノとリンツァイス君はちょっと武器だけ持ってきて。サルタバルタに出るから。万が一って事もあるし」
「あ、はい」
あたしとリンツァイスはレストランの隣の宿屋に取った部屋に戻って剣を持ってきた。
先生はレストランを出て、水の区の北の門までりっくりっくと歩いていく。あたし達は不思議に思いながらもそれに続いた。
「ねぇ、オノレ、いいものってなんなのさ?」
リンツァイスがオノレに訊く。
「さぁ…さっぱりわかりませんわ」

そのまま門を抜け、西サルタバルタに出ると、一本の大きい木の影を目指して先生はちょっと駆け足で走っていく。
冒険者のあたし達はついていけるけど、体力のないオノレには辛いんじゃないかな?
後ろを振り向くと、案の定オノレはぜーぜーと荒い息をしていた。
そしてしばらく後、あたし達は小高い丘の上にいた。

「ここ、なんなんですか?」
「うん、リンツァイス君の土産にでも、と思ってね」
「お土産?何も無いですけど?」
「まぁ、ちょっと待ってなよ」
そう言って、先生はごろっと草の上に横になった。
あたし達も腰をおろす。
「空気の澄んだ冬の晴れた夜中にしか見れないんだ…たぶんフェムヨノノもリンツァイス君もまだ見たことが無いんじゃないかな?」
遠くにアウトポストの明かりが見えるから、この周辺は以前通ったことがあるとわかる。でも先生が言っているものがなんなのかさっぱり見当がつかない。

しばらく星を見ながら過ごしていると…
足元から光の粒が浮かび上がってきた。
「え?」
辺りを見回すと地面のそこかしこから青白い光が浮かび上がってきて…そして空に上っていく。
「あ…星降る丘や…」
オノレが気付いたように呟く。
「そ、オノレも見たこと無かったか。そりゃ危なくて街からは出たことが無いだろうしなぁ」
「はい。初めてですわ」
あたしは声もなくただぼーっとしてその幻想的な光景に見とれる。
「へぇ…こんなところがあったのかぁ…」
リンツァイスも呟きはそれっきりでただ眺めているだけだ。
次から次へと現れては立ち昇っていく青白い光の粒。

先生はむっくりと起き上がり、懐から一枚のなめし皮を取り出して魔法を詠唱し始める。それはエンブリザド、氷の付与魔法だった。
「先生、なにを?」
先生は答えずに大きな一本木の根元へ行き何かゴソゴソとやっている。
そして手にとったものは、青白く輝く何かの結晶だった。
「流星の涙って呼ばれてる。おっと触らないで。素手で触ると解けちゃうから」
「これ…氷の結晶?でもボスディン氷河で見るのとは違いますよね」
「なんなんだろうね?ボクにもよくわからない。鼻の院なんかじゃこの輝きを手本にして夜光草を作ったらしいけど」
「夜光草なら見たことありますけど…さっきも道端に咲いてたし」
「それよりも輝きが純粋な色だね?」
「そうですなぁ…」
先生はその結晶をなめし皮で包んでやるとリンツァイスに渡した。
「これ、恋人へのお土産にしなよ。予定外の旅でお姉さんについてきちゃったから、怒ってるんじゃない?」
あいつはちょっと困ったような表情で笑う。
「そうかも知れませんねぇ…んじゃ、遠慮なく」
「氷の魔法は戻って見せてあげられるまでは持つだろうし…フェムヨノノ、切れそうになったらかけ直してあげて」
「はい。わかりました」
あたしは微笑んで答える。
よかった。これでナタリアにも申し訳がつこうというものだ。

「キミが学ばなきゃならないのはこういうことだよ。オノレ君」
先生はオノレに向かって話し始めた。
「キミがずっと暮らしてきたウィンダスのすぐ傍にも、君の知らなかった不思議があった。自然だけじゃない。人々の心、そして人が作り上げたモノ達にも色々と不思議がある。世界は不思議だらけだ。キミはそれを少しずつわかっていかなきゃならない」
「はぁ…」
「ボクがキミをしょっちゅうお使いに出すのも、バストゥークの人々の心に触れて何かを感じてもらうためなんだ。ボクらがやっている魔法の研究なんて世界の不思議を理解していくための道具でしかない」
先生の淡々として、それでいて優しい声が夜のサルタバルタに響く。
「キミはいつかウィンダスにポストを得て帰ってくるだろう。でもキミにとっての異国の地バストゥークで、キミが見ること、感じること。そして触れた人々、例えばボクやフェムヨノノ、ソロロやツェイラ、塾の関係者だけじゃない。そこにいるリンツァイス君やそしてこれからキミが少しずつ始めるであろう仕事で出会う人々。そういう人達やモノ達に触れてキミは何かを得る。それはボクが直接教えてあげられることよりももっと重要なんだ」

あたしはリンツァイスの顔を見上げる。あいつはまだ舞い続けるたくさんの青白い光を眺めていた。

「だから、キミはこれからバストゥークで生きていくんだよ」

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オノレは三日ほど実家に滞在することになったため、あたし達は次の日の午後、三人でウィンダスを発った。マンシュタイン事務官は朝の便で早々に発ったのだろう。
帰ってから二人でナタリアにお土産を届けに行ったりとか、魔法図書館への正式な詫び状を書いたり、新たに借りてきた文献を読んだりしているうちにあっという間に三日が過ぎた。オノレが帰ってくる日だ。あたしとリンツァイスは彼を迎えに港区の飛空艇公社まで来ていた。
飛空艇が到着して、乗客たちが出てくる。ほとんどが体格のいい冒険者だけど、その中でもひときわ背が高い赤毛のエルヴァーンが目を引く。
彼はあたし達の姿を見つけるとこちらに走ってきた。
そして、あたしとリンツァイスは笑いながら声を揃えてこう言った。

「バストゥークへようこそ!!」