黒魔道士と暗黒騎士

./

パルブロ鉱山。
闇の底。
ボクもやっぱり闇そのものになっていた。

次から次へと迫り来るクゥダフ達を相手に、ひたすら鎌を振るう。
彼らの腕が裂け、鎧が落ち、首が飛ぶ。

ボクは何をやっているのだろうか。
もうほとんど自我は無い。ただ頭と身体が動く。
クゥダフ達の力を吸い取り自らのものとして、鈍く黒光る巨大な刃にそれを乗せる。
一瞬の迷いも判断ミスもなしに、ただ効率的な殺戮の手順を繰り返す。

いくら人を救うためだとは言え、ボクが彼らの聖地であるここに踏み込まなければ彼らが襲ってくることは無い。
そしてボクは彼らの感覚を騙す魔法をも使うことができる。

それなのに何故ボクはこんな殺戮に酔いしれているのだろう。

ボクはこの業から抜け出すために、この能力が持つ魔法についての研究に没頭した。
この暗黒騎士という業の持つ能力。暗黒魔法。
それを体系化し学問とすることで、ボクはこの能力が特別なものではないと言いたかった。

「ザイドさん、あなたは闇から抜け出せたのでしょうか?」
自分にこの道を示した、今ここにはいない一人のガルカに心の中で問い掛ける。
無理だろう。彼は常にひとりで行動していると聞く。それなのに闇から抜け出せるわけもない。
かけがえの無い弟子達、そして魔法研究での友人を手に入れても、ボクは闇からは抜け出せなかった。

たまに襲い来る狂気と狂喜。
結局ボクはそれに抗らう術を手に入れられなかった。

だから…ボクは学問に打ち込む。
これ以上ボクと同じ人間を出さないために。

./

暗黒騎士と呼ばれる特殊な能力がある。
ただ系統立てて言うならば、精霊魔法や暗黒魔法を使うようになった戦士、だ。
そして、黒魔道士すら使うことの無い一部の暗黒魔法、吸収魔法と呼ばれるものを使う。
あたし達赤魔道士の本流に位置する弱体強化の付与魔法とは、効果は似ているとは言え原理的には根本的に異なるものだ。

「そう。ボクはむしろ暗黒騎士こそ黒魔道士のあるべき姿なんじゃないかと思うんだ」

のんびりとした小春日和の天気。
バストゥーク商業区の噴水広場からちょっと南へ行ったところ。あたし達は鉱山区へ通じる橋の欄干に座って釣り糸を垂らしていた。
いるのは先生とオノレ、そしてあたしとリンツァイス。
バストゥークの街は、海に通じる三角州を利用したダムの上に建造されている。
鉱山区を流れる水は鉱毒の汚染具合がひどくザリガニ程度しかいないのだけれど、大工房の技術者達により商業区はある程度水質改善がなされていて、一応鮒や鯉などが釣れる。
あたしは本を読みながら、先生はオノレに講釈をしながら、片手間程度にウキを見ている。
リンツァイスは…ただボーっとしているだけだ。

最近あたしとリンツァイスはタロンギ大峡谷、メリファト山地、そしてブブリム半島あたりを探索していた。先頃魔法図書館から借りてきた文献の中にドロガロガの背骨についての記述があり、それを自分の目で確かめるために赴いていたのだ。
そして昨日バストゥークに帰ってきた。
今日一日はのんびり過ごそうかと思っていたのだけど「天気がいいから日向ぼっこをしよう」という先生の誘いがあったので、名目だけの釣りをしている。

./

あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

./

「暗黒騎士が黒魔道士のあるべき姿…ですか?」
オノレが先生に訊き返す。
「うん。こんなことを言うとウィンダスの学者さんたちは怒るかもしれないけどね」
「そりゃまぁそうでしょうな…ウィンダスでは暗黒魔法の研究はあまり盛んとはいえへんし…」
「ドレインとアスピルぐらいかな?」
「バイオもウィンダス生まれですよ」
あたしは口を挟んだ。
先生の専門は暗黒魔法だ。だからこそウィンダスで隠居せずバストゥークに来たのかもしれない。
ウィンダスの魔法研究は精霊、回復、強化、弱体の四系統が主流だ。そして一度禁忌とされた召喚魔法も、最近増えてきた召喚獣の力を手に入れた冒険者達の力を借りることで、非公式ながらも盛んになってきていると聞く。
神聖魔法は基本的にサンドリア教会のお家芸でウィンダスではあまり見ないし(ウィンダスの人間でも白魔道士は使うことは多いものの研究はあまり進んでない)、暗黒魔法にいたっては言わずもがな。
暗黒魔法はデーモンと呼ばれる闇の眷属が好んで使うということもあり、敬遠されているのが本当のところだろう。

ウィンダスの本流の黒魔道士であった先生がなぜ暗黒魔法を専門とするようになったのかはわからない。
ただ、もともと研究者が少なかったというのもあって、先生は暗黒魔法の研究においてかなり有名な存在だったりする。

「自分の知らない事に対しての飽くなき興味が黒魔道士の本質とするならば、暗黒騎士はそれをもっとも具現化した存在だ」
「はぁ…」
分かったのか分からなかったのか…オノレがただうなずく。
「先生は暗黒騎士の知り合いをお持ちでしたっけ?」
あたしが先生に尋ねる。
「うん…知り合いと言うかね。一度か二度会っただけだけど。あれは先の大戦より前だから…三十年ぐらい前かな」
「そんな方がいらっしゃったんですか?」
「うん、フェムヨノノも名前を聞いたことがあるだろうけど、ミスリル銃士隊ナンバー2のザイドってガルカだよ」
「あぁ、出奔してほとんど帰ってこないミスリル銃士隊のひとりねぇ」
リンツァイスが思い出したように呟いた。
「フォルカーのおっちゃんに気兼ねしてるって話もあったなぁ」
「ちょっとあんた、英雄をおっちゃんよわばりするのはやめなさいよ」
あたしはリンツァイスをたしなめる。
フォルカー現ミスリル銃士隊隊長は、二十年前のクリスタル戦争において闇の眷属を率いていたという闇の王を葬ったことで、ヴァナ・ディール中にその名を知られている。少なくとも一介の冒険者におっちゃんよわばりされていいわけがない。
「それに、おっちゃんなんて感じじゃないわよ。あの人は」
「そうかなぁ?」
「なかなか格好いいナイスミドルじゃない…せめて、こう…オジサマ、とか?」
変なことを口走ってしまったような気もするけど…先生とリンツァイスはクスリと笑っただけだった。

「で、そのザイドさんに会った時に僕は暗黒魔法という存在に興味を持ち始めて研究を始めたって訳さ」
「へぇ…」
その話は初めて聞いた。
先生はその後、暗黒魔法の原理などについてオノレに解説を始めた。

一尾二尾ていどの鮒を釣り上げた頃、日が傾いてきた。気温も下がってきている。そろそろ夕方にさしかかろうという時間だ。
あたし達がそろそろ切り上げようかと思い荷物を片付けていたところ、彫金ギルドの方からナタリアが走ってくるのが見えた。
「あれ、ナタリア?どうしたのかな」
あたし達のところに走ってきた彼女は随分と息切れしていた。何をそんなに慌てているのだろう?
「リンツァイス、お義姉さん、大変!!」
「いったいどうしたのさ?そんなに慌てて走ってきちゃって」
リンツァイスが不思議そうな顔をしている。
「はぁはぁ…ゴホゴホ」
「ちょっと、ナタリア、大丈夫?」
「あ、はい。実は…」

ナタリアが話し始めた。まさに聞いて驚けといわんばかりの剣幕で。
実際あたし達も聞いてるうちにどんどん青ざめてきたのだった。

グスタベルグの北の外れにあるパルプロ鉱山、そこに昨日の朝、まだ冒険者となって間もない三人組が採掘のために入っていったのだという。
そこで取れた鉱物を売るという彫金ギルドと契約の後に出かけていったらしい。
そしてつい先程、その中の一人がツェールン鉱山で血だらけになって倒れていたというのだ。

パルプロ鉱山はかつてバストゥークが採掘権を持っていた。しかし先の大戦の時にクゥダフ達の侵攻にあい、現在は放棄されている。
パルプロ鉱山とバストゥークの鉱山区に面しているツェールン鉱山の間には、まだ採掘が盛んだった頃に水路がしかれて、鉱物を運ぶためのボートが存在している。一応今でもその水路は使えるようにはなっているのだ。そのボートの片端に彼は倒れていたのだという。

「それで残りの二人はどうしたって?」
「わからないって…その人は命からがら逃げてきたらしいから」
「ありゃぁ」
「マスターが責任感じちゃって、今すぐ救助に行く、なんて言ってるのよ。止めてよ、リンツァイス!!」

確かに今回はギルドマスターの責任ともいえるだろう。パルプロ鉱山の奥深くでの採掘はかなりの危険を伴う。本来なら駆け出しの冒険者なんかに任せていい仕事じゃないはずだ。聞けば今回の冒険者三人組は自分達は経験豊富だと嘯いていたらしいけど、それを見抜けなかったのはギルドマスターの不覚だと思う。

だけど…
「ほら、リンツァイス、何やってるのよ!?さっさと武器と鎧を取りに行くわよ!!」
「お義姉さん!!」

いくらあたしには直接関係無いこととは言え、リンツァイスの所属しているギルドの問題だ。ここで見て見ぬふりを決め込むのも後味が悪いし。
自分を過信した素人のやったこととは言え、人の命の問題だ。
正直な話もう命は無いだろうと思う。でもまだ生きている可能性はある。

長いこと冒険者をやっていれば、人の死に立ち会う瞬間もままある。
あたしだってこう見えていろいろな修羅場をくぐってきたのだ。
まったく手が出せず、目の前で人が死んだこともあった。
あの時はあたしはショックで呆然として、その後二、三日泣きじゃくっていた。
そういうことには慣れるしかないと、その時同行していた先輩冒険者達からは言われた。
自分の命を守ることが一番大切なことだ、と。

ただ、今回のケースは自分で何かが出来る。もしかしたら助けられるかもしれない。
何もしないで駆け出しを見殺しにしたとあっては、それは後悔の対象にしかならないだろう。

「だね。スカイリッパーは…」
「まだジュノにいるでしょ」
スカイリッパーはこの間から在ジュノバストゥーク大使館の非常勤武官としてジュノに滞在しているのだ。
「どうしよう。大群を相手にしなきゃならなくなるかもしれないからなぁ。僕一人じゃフェムやその二人を守れないかもしれない」

「ふむ…そうか。ならボクも行こう」
「先生!?」
「ビルルホルル師も!?」
ナタリアが驚いたように聞き返した。
「戦士の手が足りないのだろう?ならボクがやるさ」
「ちょっと先生!!ふざけてるんですか?いくら先生が魔道士として優秀でも戦士の力がなきゃ実戦では!!」
「もちろんそんなことはわかってる」
「なら!!」
「ボクも冒険者稼業が長かったんだ。戦士の真似事ぐらい出来るさ」
「そんな…」

これは初耳だった。先生が戦士としての修行を積んだなんて聞いていない。

確かに、冒険者達は様々な場面に対応するため、またはその専門の能力をさらに引き出すために、少なくとも自分の専門を二つ持っていることがほとんどだ。
例えば、武器として己の拳を用いる戦士もいる。その場合格闘家としての修練も積んでいた方が当然有利になる。

あたしやリンツァイスのように自分の専門だけと言う人間はめったにいない。
そもそもあたしは魔法研究者としての側面があるから、通常の赤魔道士が用いる以外の魔法も使うことができるし、リンツァイスは剣術に関しては普通の冒険者の比ではない位昔から修行を重ねてきているから戦士専門でも充分にやっていける。

それにしても先生が剣を振り回しているのを見たことは無いし、普通は魔道士が剣術以外の戦士の技を磨くなんてことはほとんどないといっていい。そして実戦ではその戦士の技術が重要になってくる。

「オノレ君、すぐに塾に戻るよ。武器を引っ張り出さなきゃならないから手伝ってくれ」
「あ、はい…」
先生はそう言ってバケツを手にると塾の方向へ走っていってしまった。オノレが慌ててそれを追いかけていく。
「フェム、先生って現役時代は赤魔道士じゃなかったよね?」
リンツァイスが訊いてきた。
「うん、先生は強化弱体魔法はあまり得意じゃないみたいなんだけど…」
そこで、はっと気付く。そんなのんきに話してる場合じゃない!
「あたし達も早く準備しなきゃ!!」
「うん、そうだねぇ」
あたしとリンツァイスは並んで走り始めた。後ろからナタリアもついてくる。

そして鎧を着込んで集合したあたし達は、ツェールン鉱山の船着場を守るガードを言葉巧みに丸め込んで、パルプロ鉱山へ向かうボートに乗り込んでいた。

本来ならこのルートは利用できない。
国は冒険者に対しては支援はするものの基本的には不介入だ。どこで冒険者が死のうと国には関係のないことなのだ。
「人が死ぬか生きるかって時に!」って、あたしはガードに食って掛かったものの、ガードは頑なだった。先生が巧い具合にコネを散らつかせてやっと通ることが出来たのだった。

驚いたのは、先生が剣ではなく巨大な戦闘用の鎌を背負ってきたことだった。その割には鎧は着けずいつものローブ姿である。
あたしも最近新調した(というより、魔法図書館から押し付けられた)ウィンダス製のコートを着込んでいたけど、手足に鎧をつけている。それよりももっと軽装なのだ。
これで戦士の真似事といわれても…
先生の格好は、まるでそこらにいるタルタルの黒魔道士が巨大な鎌を背負っただけに見える。けど普通の黒魔道士が戦闘用の鎌なんて背負うわけが無い。
ただでさえ扱いにくい巨大な鎌は熟練の戦士も敬遠するものだ。それを魔道士が使うなんて。

./

パルプロ鉱山の船着場についたあたし達は、逸る気持ちを押さえつけて、慎重に彼の戦士のものと思われる血の痕をたどった。
それは点々と奥へ続いていた。
辿っていくと、しばらく奥に入ったところで数えられないぐらいの沢山のクゥダフ達が固まって剣を振るっているのが見えた。
その中心には、一人の冒険者が血だらけになって剣を振るっている。
そして…もう一人、倒れていた。

「リンツ!」
あたしがリンツァイスに合図をすると、リンツァイスは剣と盾を構えてクゥダフ達に叫びをあげた。
クゥダフ達の注意がいっせいにこちらを向き、そして襲い掛かってきた。
その奥に、先程の戦士が崩れ落ちるのをあたしは見た。

確かにここのクゥダフ達は若い個体が多く、あたし達にとってはたいした敵ではない。
しかし、数が多すぎるのだ。あたし達の十倍ほどもいるだろうか。

あたしも範囲精霊魔法をぶつけ、何匹かのクゥダフの注意を自分に向ける。
お互い後ろに回られないようにするために、あたしとリンツァイスはお互いに背を合わせてクゥダフの大群と対峙した。
通路の奥から、また新しいクゥダフ達が押し寄せてきている。

リンツァイスは突き出される何本もの剣を盾で防ぎながら、一匹ずつ致命傷を与えていく。
あたしは盾の扱いがあまり巧くない。クゥダフ達の攻撃を剣で受け流すことに専念しながら、守りの魔法や感覚を研ぎ澄まし動きを素早くする魔法などを、立て続けにリンツァイスに唱えていく。こういう時に赤魔道士特有の魔法詠唱の早さがありがたい。
リンツァイスがあまりにも多すぎる攻撃を防ぎきれず傷を負ったら、すぐに回復魔法を飛ばす。そしてその合間合間に隙を見てあたしも剣を振るう。
弱いけど大量の敵に囲まれた時の、あたし達二人のフォーメーションだ。

「そうだ、先生は!?」
リンツァイスとあたしの周りのクゥダフ達の数が減り始めた頃、ふと気付いて辺りを見回した。
まだ新手が押し寄せてきている部屋の入り口近くに数匹のクゥダフ達が固まっている場所がある。その中心では、先生がミスラの女性の背丈ぐらいはありそうな巨大な漆黒の鎌を振り回していた。
迫り来るクゥダフの首を一撃で掻き切ったり刃を胴に突き立てたり…そうやって次々と屠っていく。
とても普通のタルタルの力で出来るようなことじゃないはずなのに。
それは背筋がぞっとするような戦い方だ。普段の温厚な先生とは思えない。

時折、聴き慣れないフレーズの詠唱が聴こえてくる。
先生が素早い動きで攻撃を避けつづけながら詠唱しているのだ。それなのにあまり聴いたことが無い旋律。
これは、何の魔法だろう?
詠唱が終るたびに、先生の口元だけが引きつったように歪む。

…怖い。
あたしの見たことの無い先生の表情だった。
まるで殺戮を楽しんでいるかのような…普段あれほどあたし達弟子には獣人との戦いを避けるように言っているのに。

それはまるで、クゥダフ達に死の宣告をしにきた死神のような。

./

長い戦いの後、周辺はクゥダフ達の屍骸で一杯になっていた。
あたしとリンツァイスもさすがに無傷というわけにはいかない。
あたしは疲れでへたり込みそうになるのをリフレシュの魔法でなんとか押さえつけて、リンツァイスの傷を癒していった。
見ると、先生も鎌の柄を抱えてうつむいて座り込んでいる。
ローブは何箇所か切り裂かれているのに、そこから覗く先生の肌には傷一つ付いていない。自分で癒しの魔法を使いながら戦っていたのだろうか。
でも、回復魔法らしい詠唱は聴こえてこなかったはずだ。
一体どういうことだろう?

傷が治ると共に、あたし達は先程の襲われていた二人のもとへ駆け寄った。
…駄目だった。
もう既に事切れている。
こんな状態では、もうレイズの魔法も効かないだろう。
こちらを見たリンツァイスに、あたしは首を振る。

「くそっ!」
珍しくリンツァイスが顔を歪ませる。
言葉も出ない。
あたし達はこの駆け出しの冒険者達を救うことが出来なかったのだ。
もうちょっと早く着いてれば、という悔しさで一杯になる。

今度こそ力が抜けて、あたしとリンツァイスは背中を合わせて座り込んだ。
目を閉じて道半ばにして倒れた二人の冒険者に黙祷を捧げながら、あたし達は体力と魔力が回復するのを待った。

./

どのぐらいの時間が経っただろう。
ふと見ると、先生が白い花を何本か抱えてこちらに寄ってくるところだった。
「それ…どこから?」
思わず訊いてしまう。
「うん。ボクがこの近くの場所に植えてた花なんだ。人目につかないところだけど。これ普通の花みたいだけど鼻の院で品種改良されたシダ植物でね、鉱毒に強い上にこんな洞窟の中でも育つんだ」
リンツァイスが顔を上げて先生を見た。
「ビルルホルル先生が植えてたってどういうこと?」
「そう、何で先生がこんなところに…?」
あたしも不思議に思う。

先生は答えずに倒れた二人の冒険者だったモノの前へ行き、リンツァイスに言った。
「リンツァイス君、彼らを水路の方まで運んでしまおう。手伝ってくれる?」
「あ、はい」
リンツァイスが二体の亡骸を引きずって水路の傍まで連れて行く。
あたしは、手伝う気にはなれなかった。もっとも体格のいいヒュームの男性をあたしがどうこうできるわけは無いのだけれど。

リンツァイスが水路の脇に亡骸を置くと、先生はさっき持っていた花をそれぞれの胸に数本抱かせた。
「さすがに持って帰れないからね。この人達や家族には申し訳ないけど」
先生がポツリと言う。
「二人とも首飾りをしてるな…形見としてこれを持ち帰ろう」
「…先生」
「フェムヨノノ、ここで荼毘に付すしかないだろう」
「…はい」

後ろでリンツァイスが手を組み黙祷を捧げる。
あたしと先生は炎の精霊魔法を詠唱し始めた。
あたしは、アルタナの女神なんかを信じていない。サンドリア教会も嫌いだ。
でもこの時ばかりは、紡ぎ出される炎に聖なる輝きが宿るように祈りを込めて、魔法の旋律を歌う。

あたしと先生の詠唱が終ると同時に、亡骸が巨大な炎に包まれた。
自然の炎ではないから、ちょっと前まで人間だったモノはすぐに灰になっていってしまう。

長い黙祷を終えた時、先生があたしの顔を見て言う。
「フェムヨノノ、お前はボクの戦う姿を見たのは初めてだね?」
「はい」
「…付いてきて」
そう言って先生は来た方向とは別の道を歩き始めた。
あたしとリンツァイスは無言でそれに続く。先程見た先生の戦い方。絶対に黒魔道士のそれじゃない。

しばらく行った奥まった突き当たりに先程の花が群生していた。
「ここはボクの昔の仲間が眠っているところだよ」
「え!?」
「初めてバストゥークに出てきた時に出会った戦士だった。そして彼はここで貧弱な黒魔道士だったボクを守って死んだんだ」
あたしは息を飲む。
そりゃ先生だって長いこと冒険者をやってきたんだし、大戦だって経験したのだから仲間の死も多く経験しているだろう。
でも、先生からそんな話を聞くのは初めてだった。

淡々と先生が続ける。
「ボクは自分が許せなかったね。リンツァイス君が言った通り魔道士を守るのは戦士の仕事だ」
リンツァイスが頷く。
「だけど、魔道士なんて魔力が尽きてしまえば仲間を救うことも出来ない。ただ守られるだけの存在だ。彼はそんな貧弱なタルタルを庇って命を失ったんだ」
「でも先生、それは…」
「フェムヨノノ、こんなことを言いたくは無いけど、もしお前がその時のボクの立場で、その戦士がリンツァイス君だったら?」
あたしの顔から血の気が一気に引くのが自分でもわかった。
そんなの…考えただけで…

「彼が倒れた後、ボクはザイドさんに助けられた…そして闇に墜ちたんだ」
「それって…」
「そう。ボクは暗黒騎士だ。黒魔道士じゃない」
あたしはハッと気がついた。さっき先生が使っていたのは吸収の暗黒魔法だったのだ。

でも、先生が黒魔道士じゃなかったなんて…一番弟子のくせにそんなことも気がつかなかった。自分が情けなくなる。

「ボクは暗黒騎士になって、少なくとも自分の身は守れるようになった。それは周りの人を守ることでもあるんだね。結局魔道士にとって大事なのはそういうことなんだと思う」
「だから、お前がボクのところに来た時に、剣術を平行して習うことを勧め、弱体強化魔法を中心に学ばせたんだ。いかにも将来冒険者になりそうな娘だったからね」
先生がちょっと微笑んで言った。
攻撃力は少ないけど最低限自分の身を守ることの出来る剣術。あたしの学んだフェンシングだ。
あたしは自分に対する攻撃を振り払う能力を持っている。だからこそリンツァイスと二人でやっていけるのだ、と今更ながらに気付く。

「ボクのような暗黒騎士はもういなくなって欲しい…仲間を失ったことから暗黒騎士になるような人間は、もうこれ以上、少なくとも僕の周りからは出したくないんだよ」
そう、暗黒騎士は闇の能力。能力を手に入れる引き換えとして光を失う。
「だからボクは、暗黒魔法を体系化し、暗黒騎士の能力を広めようとしている。闇に落ちる事無く、貧弱なタルタルが身を守り、そして仲間を守れるように」

./

今は役目を果たすことも稀になってしまったボートに乗って、あたし達はパルブロ鉱山を後にした。
空気は重い。これからあの逃げ延びた一人に対して、最悪の報告をしなければならないからだ。
願わくば彼が先生と同じ道をたどらないように、と、そう思う。

でもあたしは、不謹慎ではあるけれど一つの収穫を得たような気分にはなっていた。
何故自分が赤魔道士なのか、その理由がわかったような気がして。
リンツァイスといる限り、あたしは赤魔道士でならなければならない。
魔力が尽きた時でも最低限自分の身は守ることが出来るから。
あたしをかばってあいつが死ぬなんてことは、絶対に許せない。

ここのところ、剣術の道場も少しサボリ気味だった。明日辺り顔をだして、じっくり勘を取り戻そう。
あたしはリンツァイスの背中にもたれながら、疲れでぼんやりした頭でそんなことを考えていた。