バタリアの雪
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春はもう間近なはずなのに、まだ寒い。
いつもの通り、あたしはリンツァイスの膝の上に座ってる。あいつはあたしを抱え込んで毛布を羽織っている。
そして、スカイリッパーは…焚き火の前に座り、ずっと空を見上げていた。
もう長いことこうしている。
寒いのが嫌なんじゃなかったのか、と思う。
どうしてずっとバタリアに張り付いていなければならないのか。
さっぱりわからない。
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たまたまあたし達はジュノに長期間滞在していた。
ここはミンダルシア、クォン両大陸を繋ぐ交通の要所で、もともと多くの人々が集まる場所だ。自然交易も活発になり、多くの取引がここでまとまる。
そういうせいもあり、所属国に帰らずジュノに住み着いているような冒険者は多い。ジュノはコンクエストにはまったく関わっていから所属冒険者はいないのだが、どこの国の冒険者かと訊かれてジュノだと答える人たちもいるのではないだろうか?
だからあたし達が長期滞在してるとは言っても、それは普段のあたし達と比較してという話であり、一般的にいったら全然長期ではない。ほんの二週間だ。
三ヶ月前から、一応名目だけとは言え、スカイリッパーは在ジュノ大使館付きの非常勤武官としての仕事を得ていた。これは彼が飛空挺乗船パスと引き換えに国から与えられたミッションで、とりあえず三ヶ月の間ジュノに滞在して冒険者の力が必要な仕事に協力しろ、というものだった。このミッションを与えられたということは彼の能力がバストゥーク政府にそれなりに認められていることでもある。
実は、あたしは魔道士としてバストゥーク政府の仕事を国許で結構やっている関係上、推薦状を比較的早い時期に発行してもらって飛空挺の乗船パスを手に入れていた。ルシウス補佐官の魔法研究における協力者であるあたしの先生のコネともいえる。
その時になんだかんだとごねてリンツァイスの分のパスも分捕っていたりする。
戦闘のための魔道士としては、あたしより優秀なバストゥーク所属の冒険者がたくさんいる。あたしは一応冒険者だけど、それはどちらかといえば探索の旅をするのであって、戦闘を専門とはしていない。熟練の冒険者に比べたら、あたしの戦闘能力なんて子供の遊戯みたいなものだろう。
しかし、魔法研究を専門にしている魔道士なんてのはバストゥークにはそうはいないのだ。冒険者達は魔法を使うことに熟練しているのであって、スクロールを書くことを学ぶことは無い。あたし達の研究成果を彼らが使う、それでいいのだと思う。
だから、先生の門下生は政府の仕事をかなりやっていることになる。見返りは研究費とこういうちょっとした役得。
あたしは冒険者だから機密に関わる仕事は出来ないし見返りも多くない。それでも結構なものだったりするのだ。
そんな感じであたしとリンツァイスは何年も前から飛空挺を利用していたわけだが…スカイリッパーは今まで飛空挺パスを持っていなかったのだ。
スカイリッパーの任期が切れる二週間前、彼はバストゥーク大使館からジュノ大公からの依頼を解決せよという命令を受けた。詳しくは言わないけど、かなり面倒くさい仕事だった。戦士である彼一人でこなせるような事ではない。しょうがないので、あたし達、というか実際は隠密効果をもつ付与魔法を使えるあたしをジュノに呼び寄せ、その仕事をこなしたのだった。もちろんリンツァイスも協力したのだけれど。
その仕事の最中、三十年前の記録を見ることが出来たわけで、あたしにとっても収穫はあった。でもそれ以上に胸糞悪い仕事だったと思う。あたしの趣味じゃない。リンツァイスも顔をしかめるような内容だった。半分強盗みたいなことをやらせられたわけだから。
サンドリア教会も嫌いだけど、ジュノ大公も嫌いだ。
その仕事が終った後、無事任期を終えて推薦状を貰い、念願の飛空挺パスを手に入れたスカイリッパーだったけど、どこか落ち込んでいるように見えた。
そして、昨日の夜、彼はポツリと呟いたのだ。
「…雪が見たい」
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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。
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その言葉を聞いたとき、あたしとリンツァイスは何か空耳を聞いたような気分だった。
聞いてはいけないようなことを聞いたような…それとも言葉が発せられたことに気付いてはいけなかったのか…
あたしが借りているレンタルハウスだ。
スカイリッパーの大使館での仕事も終ったし、じゃあ明日辺り三人で飛空挺を使ってバストゥークへ帰ろうか、というので、世界各地の食材が安く手に入るジュノでの最後の夜として、ウィンダス風の料理である水炊きというのをやってみていたのだった。バストゥークでこんな料理をやったら、贅沢だ!!って父さんに怒られそうな気がする。
リンツァイスが確認するように訊く。
「あの…何か言った?」
スカイリッパーは押し黙ったまま鍋の中で煮える海老をつついていた。
突然の呟きのせいで口から垂れ下がってしまったシラタキを吸い上げながら、やっぱり空耳か、とあたしが思った時に、彼は再び言葉を発した。
「雪が見たい、と言ったのだ」
「…へ?」
「雪が見たい」
「雪…ねぇ」
「そうだ。雪だ」
「…雪かぁ」
「うむ、雪だ」
「雪ってあの雪だよねぇ?」
「そうだ。あの雪だ」
「なるほどねぇ…雪かぁ…」
リンツァイスとスカイリッパーの話が不毛な領域に突入しかけていたのを感じたあたしは、
「仕事終えたばかりだからね、しばらく休むことにしてザルカバードかボスディン氷河にでもいってみる?」
と提案してみた。
失われた地ザルカバード、そしてそれに続くボスディン氷河。ヴァナ・ディールの北の外れだ。
そしたら、スカイリッパーはそれを否定した。
「あっちの方は寒いだろう」
「そりゃ寒いだろうねぇ。前にフェ・インの遺跡に行った時も吹雪いてたなぁ。洞窟でビバークしたっけ」
「そうだろう。俺は寒いのは嫌なのだ」
何を言っているのだ。こいつは。
雪が見たいといってるのに、寒いのは嫌だってのはどういうことだ?
寒くなきゃ雪なんか降らない。
「それに氷河の雪はもう見飽きた。あそこでは雪ではなく吹雪だ」
「それじゃクフィム島にでもいってみる?」
「あそこはめったに降らないだろう。まれに降る雪が積って凍り付いてるだけだ」
「まぁ、そりゃ確かに雪が降っているのは見たことが無いね。でも、他に雪が降るところなんてあったっけ?」
「サンドリアまで行けば降るんじゃない?」
「…どうだろうねぇ?」
この時期のサンドリア方面のことはよく知らない。
あたしとリンツァイスが話していると、スカイリッパーが呟く。
「春が近いこの時期だけ、氷河に面したバタリアの北の方でも雪が降ると聞いたことがある」
「へぇ、そうなんだ」
「バタリアの雪はザルカバードや氷河のものとは違うそうだ」
「違うってどういう風に?」
「知らん」
「……」
あたしとリンツァイスは固まってしまう。
でも、あたしは興味を惹かれた。見てみたい。学者の悪い癖だ。
「うん。わかった。じゃあ、あと少しジュノに滞在して寒い日にはバタリアに出てみる、ってプランでどう?」
「そうだねぇ…」
リンツァイスが同意しかけた時、それを遮るようにスカイリッパーが言った。
「いや、俺は明日からしばらく、バタリアの北の方で野宿をすることにする」
今度こそ、あたしとリンツァイスは悲鳴をあげたのだった。
「「マジでぇ!?」」
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結局次の日、あたし達が渋っている間にスカイリッパーはさっさと荷物をまとめてレンタルハウスを出て行ってしまっていた。
「はぁ、しょうがないよね…僕らも行こうか?」
「なんだって今回はあんなに意固地なのかしら?」
と朝食を取りながら、あたしとリンツァイスはぶつぶつ言っていた。
すると、そこへ扉をノックする音が聞こえてきた。
ジュノを根城にしている今時の冒険者達とあたし達は、正直な話そりが合わない。
もちろん親しくしている人達もいるが、誰が尋ねてきたのか見当がつかなかった。
「はい。ちょっとお待ちください」
ドアを開けると、そこには見知った一人の小柄なタルタルの女性がいた。
彼女はにこっと微笑んでいった。
「こんにちは」
「…あら、どうしたのよ?」
「ちょっとスカイリッパーさんに用事があったんだけど、彼の部屋に行ったらいなくて。こちらかな、と思ったので」
「こっちにもいないわよ。もう出かけたわ」
「ええ~!?」
途端にしゅんとする…わかりやすくてなかなか可愛い子ではある。
名をファピナナ、ウィンダス出身、白魔道士。
スカイリッパーとはよく一緒に組んでいるらしい。
その関係で、あたしたちとも顔なじみになっていた。
彼女はもともと白魔法ではなく占術の方を専門としているらしい。店は持たず様々な場所を旅してはそこで出会った人々に占いをする、という感じだそうだ。
それで、色々な場所へ行くのに適当な冒険者という職業を生業にしている、というわけだ。
実際ウィンダスの魔法学校での成績もあまりよくなかったそうだし(だから冒険者になるのに何の気兼ねも要らなかったわけだが)、白魔道士としての腕もあまりいいとは言えない。
やはりあたし達と同じく冒険者としてはあまり普通ではないタイプで、だからこそ割とウマが合う存在だ。
「で、スカイリッパーへの用事って何?」
「フェム。入ってもらいなよ」
「あ、そうね。ごめん。入って」
「お構いなく。すぐ帰りますので。これ、彼に渡してもらえます?」
と言って、彼女は封筒を取り出した。
あたしはついついニヤーとしてしまう。
「なになに?ラブレター?」
「ち、ちがいますよ~」
顔を真っ赤にしてぶんぶん首を振る…やっぱり可愛い。
「あの、ちょっと前に旅先で気になる占いの結果が出たので…彼にお知らせしておこうかと。彼がしばらく滞在してるって聞いたものだから」
「ふ~ん…」
「それじゃお願いしますね」
彼女はその封筒をあたしに押し付けると、ささっと走っていってしまった。
「なんなのかしら…?」
「まぁ、これでスカイリッパーのところにいく用事も出来たことだし」
リンツァイスが言う。
「そうね。あたし達もバタリアに出ましょ」
しょうがない。あたしも寒いのは苦手だけど、付き合うとするか。
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朝食をとって準備を整えて。
あたし達は昼過ぎにはバタリア丘陵に出ていた。
ジュノに程近い丘陵地である。
点在する古墳には、エルヴァーンの古い英雄達の魂が眠っているらしい。
どうしてこんな僻地(そう、ジュノがまともに機能しだす前は完全な僻地だった)に墓を作ったのだろうか。サンドリア人の考えることはやっぱりよくわからない。
ジュノを出て北西に向かってあたし達は歩いた。
空はどんよりとして暗い。風が吹いてくる方向へ歩いていくと、すぐに絶壁で海と隔てられている場所へ出た。
冬の海から吹き付ける風は冷たい。そこまで風は強いわけじゃないけど、底冷えするような冷たさだ。
そのまま海に沿って西に歩いていくと、思ったとおり焚き火の明かりが見えた。
スカイリッパーだ。
「なんだ、来たのか」
あたし達の姿を見ての第一声がこれである。
「なんだ、はないでしょうが」
「そうだよ」
「別にお前達が来る必要もないかと思うが?」
「ま、渡すものもあったしね」
焚き火の周りには、今まで集めてきただろう薪が結構な量で積まれている。
本気で雪が降るまで居座るつもりか、コイツは。
これだけの量の薪だと、チョコボでジャグナーまで行って拾ってきたのだろうか?
それともバタリアの西の方の林からかな。
あたしとリンツァイスは焚き火の周りに座って、鞄の中を漁った。
ジュノで仕入れてきた草粥の材料を取り出して、その準備をする。
寒い中にいることになるのだ、エネルギーの補給は必須だ。
あたしもリンツァイスもスカイリッパーも、クリスタルによる調理法は試したことが無い。
出来れば便利なのかもしれないけど、こんなほんのちょっとの手間を惜しむ必要も無いんじゃないだろうか。
もちろんあたしは手の込んだものは作れない。だからお菓子なんかはクリスタルを使った方がいいんじゃないかな、と思う時もある。
でも結局あたしはそんなことを始めるのが面倒くさくて、あたしとリンツァイスが旅に出る時は、ナタリアが主にあたしのためのお菓子を焼いてくれたりする。
いつものように本当に適当に準備をして鍋を火にかけたところで、あたしはもう一つの用事を取り出す。
「これ、今朝ファピナナがあたしのところへ来て」
そう言って、スカイリッパーに封筒を渡した。
「気になる占いの結果が出たから渡してちょうだい、って」
「ん、すまんな」
「あんたさ、ちょっと帰るの遅らせて少し彼女に付き合ってあげたら?」
「何を言ってるんだ?」
「…いいわよ。わかった」
横ではリンツァイスも不思議そうな顔であたしを見ていた。
あんたもよ、少しはナタリアの気持ちを考えなさい。
スカイリッパーはゴソゴソと封筒の中から奇妙な模様が書かれた一枚の紙を取り出し、それを読み始めて…
すぐに顔をしかめた。
「どうしたのさ?」
「何が書いてあったのよ?」
とあたし達は訊いてみる。
「ふむ、これはいつの占いだと?」
「ちょっと前らしいわよ。彼女結構長い間ジュノを留守にしてたらしいから。」
「なるほどな…俺の手元に届くのが少し遅かったようだ」
「え?」
スカイリッパーは占いの結果がかかれている紙をこちらによこす。
あたしがそれを受け取って、二人で目を通した。
その間に、スカイリッパーは同封されていたもう一枚の、こちらは普通の便箋に目を通し始めた。
…なるほどね。そういうことか。
「あなたは、信じられないものを目にする。悪い意味であなたに衝撃を与えるだろう。それは、あなたや同朋の存在を脅かすことに繋がる。口を閉ざすのか、それともふれ回るのか、あなたは選択を迫られる」
と、無理やり口語訳すればこんな感じのことが書かれていた。
これはやっぱり、この間のミッションのことなのだろう。
あれは間違いなくバストゥークにおけるヒュームとガルカの諍いの種になることだから。
あたしとリンツァイスがちょっと気まずい感じでいる間に、スカイリッパーは便箋を読みながら呟いていた。
「全く…相変わらずおせっかいだ」
けれども、その顔は苦笑している。本気で余計なお世話だと思っているわけじゃないだろう。
「そっちは?」
「彼女の俺宛の私信だ」
「あ、そ、ならいいわ」
あたしには他人の手紙を覗き見る趣味は無い。
手紙を懐にしまって、スカイリッパーが話し始めた。
「リンツァイス、お前は鉱山区にもよく出入りしてるわけだが」
「なに?」
「鉱山区を歩く時、気まずくないか?」
「…なんでさ?」
不思議そうな顔をするリンツァイス。
「ならいいが…いや、忘れてくれ」
彼はいきなり首を振る。そしてガルカの習慣に従って沈黙しようとするわけだ。
けど、今はあたしがそれを許さない。
「バストゥークにおける、ガルカの疎外感、ってやつね」
「…」
「なんだ…そんなこと気にしてたの?」
リンツァイスがスカイリッパーの目を見る。
「もちろん俺自身はヒュームに反感を持ってるわけじゃないさ。そもそも用がないから商業区にいくことは少ないが、その時にちょっとそそくさとしてしまうだけだな。ただ単純にあの華やかな雰囲気が苦手なだけかもしらん」
「うん、まぁ…」
リンツァイスが相槌を打つ。
「実際に今のバストゥークはきちんと機能している。もちろん多少の不満はでているだろうが、それは多民族国家であればどこの国でも一緒だろう?」
「その通りね。実際に制度的にもヒュームとガルカの間に存在する区別は生態に関してのものだけでしょ」
今時多民族国家であることを認めようとしないのはサンドリアぐらいのものだ。
ウィンダスだって、天の塔や各院のタルタル達とミスラの族長の周辺との間では何かしらの確執はあるのだろう。
でも、バストゥークもウィンダスもそれなりに上手く回っている。
多くの種族が共存しているこの世界だ。その事実は変えようが無い。
「だから過去にああいうことがあったとしても、今を生きる俺達には関係の無いことだ」
「だけど何か引っかかってる?」
あたしがそこを衝く。仕事が終わってからと言うものスカイリッパーは元気が無かった。
「すこし感傷に浸っているだけだな。別にたいしたことではない」
「ならいいけどさ…」
それだけを言うと、一人のガルカはまた空を見上げて動かなくなった。
あたしもリンツァイスも黙ってしまう。
鍋だけがコトコトと音を立てている。
確かにあの事実(石から流れ込んできた記憶は多分事実なのだろう、と思う)を知ってしまったガルカとしては選択を迫られる。
そのことを同胞に告げるか、沈黙するか、だ。
彼はまだ沈黙を続けている。
ガルカは総じて寡黙な民族だ。自らの思いを語ろうとはしない。
タルタルであるあたしはバストゥークにおいては更なる少数民族だ。けど、だからこそかえって優遇されてると言ってもいい。
正直な話、ガルカ達の思いはあたしにはわからない。
ふと、あたしは、ずっと感じていたことをスカイリッパーに告げる気になった。
「あんた達ね、少し喋りなさいよ」
「ん?」
「え?」
二人がきょとんとした顔であたしを見る。
「それがガルカの民族性ってことかもしれない」
「ああ、そのことかぁ…」
「でもね、それだけじゃ思いは伝わらないわよ。特に違う文化を持った他人にはね」
「…」
スカイリッパーはまたしても沈黙を守っている。
あたしは追い討ちをかける。
「よーするに、諦めモードに入ってるわけでしょ?」
「いや、それは違うぞ!!」
スカイリッパーは強く否定した。
あたしはその剣幕にちょっと驚きながらも、この機会に伝えるべきことは全て伝えたい、と思って続ける。
「違わないわね。確かにその諦めはネガティブなものじゃないかもしれない。共存を考えるから沈黙を守るのかもしれない。けどね…もっとあんた達のことを理解したいと思っているのに、それができないでいる人達は必ずいるのよ。もちろん、あたしもその一人よ」
「む…」
「ガルカとヒュームはもっと喧嘩しちゃっていいと思うのよ」
「フェムぅ、ちょっとそれは…」
「沈黙してれば現状維持は出来るかもしれない。でも良くするためには一度喧嘩しなきゃ」
「…」
「そりゃそうかもしれないけどさぁ、わざわざ波風を立てなくったって」
「リンツ、誰もがあたしとあんたのようにはいかないわ。世の中のほとんどの人は他人なのよ」
「うーん、それ言われちゃうとなぁ」
「ま、いいわ。とりあえずあたしが言いたいのはそれだけ」
そう言って、あたしは鍋の方を見る。丁度いい頃合だ。
「さて、少しあったまりましょ」
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食事が終った後、あたし達は再び動かなくなった。
簡単な片づけの後、あたしは毛布を持ってリンツァイスの懐へもぐりこむ。
あいつも上から毛布を被りながら、じっとしていた。
スカイリッパーは、毛布も被らずにただ空を見上げている。
空には相変わらず雲が立ち込めていて、海は荒れて、辺りの景色は沈んでいる。
陰気なもんだと思う。
海が見える丘と言えば聞こえはいいが、こんな天気だ。
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時折、薪を焚き火にくべる動作だけをしながら、あたし達は長い時間を過ごしていた。
どのぐらいの時間が経っただろう。
そろそろ日も暮れかけてきている。
この時間の中、あたしは正直言って何も考えていなかった。
ただぼーっとしていただけだ。
スカイリッパーは…やっぱり何かを考えていたんじゃないかと思う。
ふと、白いものが目に付いた。空を見上げる。
「ん…」
リンツァイスが声を出す。
「うん…雪だね」
スカイリッパーのほうを見ると…なんだか反応が無い。
でも気がついてはいるようだ。
初めて見たバタリアの雪は、粒が大きくぼてっとしている感じだ。氷河の雪は細かく、風に乗って舞う。
でもここでは、雪が重さをもって上から下へと流れている。
そして地面に触れると、さっと消えてなくなる。
この地に眠るエルヴァーンの魂に吸い込まれていくように。
早春の海に雪が降る。
あたし達は断崖絶壁の方に向いて、下で弾ける波音を感じながら、ただじっと空と海の境目を眺めていた。
あたりもだいぶ暗くなってきている。降る雪にも紛れて、その境目もはっきりとしなくなっている。
「空と海の境目がどんどん溶けていってるね…もしかしたら、ヒュームとガルカの理想の関係ってこんな感じなのかもしれないな」
リンツァイスが呟いた。
「ん…」
あたしはなんとなくわかったような気になって相槌を打ったけれども、スカイリッパーは何も言わない。
またしばらく間、沈黙が時を支配した。
「彼は雪の中に倒れこんだ時、何を感じていたのか…」
ふと、ボソッとスカイリッパーが声を発する。
あたしははっとする。彼が何故雪を見たかったのか…そういう理由だったのかと気付く。
「落ち着いたら、本格的にゼプウェル島の探索をしようと思う」
「え?」
「俺は知らないことが多すぎる。今回それがはっきりとわかった。ああいうことがあったことすら知らなかったのだからな」
「それはスカイリッパーが若いからだろ?それに今回のは他に誰も知らないことだと思うんだけど」
「それはそうかも知らんが…俺はその歴史のかけらを知ってしまったんだ。そしてこれから、俺は自分の行動を決めなければならない。このまま沈黙を保つのか、それとも…」
「う~ん…」
「そして、何を考えどういう行動をとるにせよ、事実を知らなければ始まらない」
あたしは、彼らガルカがもっとヒュームと話をして、そして自分達の考えを伝えていくべきだと考えている。
そして議論の中から新しい考えが生まれることを期待しているのだ。
けれど、他の種族に比べ遥かに長い寿命と特殊な文化背景を持つ彼らは自分達の考えをまとめるのにも時間をじっくりかけるのだろう。
それからおもむろに他人にそれを伝えたり、伝えなかったり…
なるほど、と思う。そういうやり方もあるのだ。
スカイリッパーは、あたしとリンツァイスを交互に見てから言葉を続けた。
「俺はお前らみたいに冒険者をする目的なんてものは持っていなかった。正直お前らがうらやましかったよ。本や宝石を山ほど俺に背負わせてニコニコしてるお前達がな」
あたしは本を、リンツァイスは貴金属や宝石を求めて旅をしている。どちらも嵩張るし重いから、時々彼に荷物持ちを頼むことがある。だから今まで彼はそんなあたし達をたくさん見てきたのだ。
「しかし俺にも出来てしまったな。旅をする目的が」
苦笑しながら、若いガルカは呟いた。
「雪を見れば彼の気持ちがわかるかと思ったのだがな。少し甘かったようだ。結局得られたのは、彼はあの時降り積もる雪に埋もれながら俺にはわからぬ何かを感じていたはずだ、という確信だけだ」
「何か?」
「どうやら雪は何かを感じさせる力を持ってるようだな」
「何だよそれは。こんな寒い思いしてそれだけ?僕は他にも色々考えてたけどなぁ。ヒュームとガルカの関係とかさ」
リンツァイスは半分呆れ顔だ。
「…彼は全てのガルカの記憶を受け継ぐものだ。俺みたいな無知な若造が想像できるようなことじゃないだろう。だが、俺は彼があの時何を感じていたのかを知りたくなった。そのためにはまずガルカの歴史を知らなければならん」
「なるほどねぇ…」
「ま、方針としては間違ってないわね」
納得するあたし達。
そしてスカイリッパーはあたしとリンツァイスを睨み、そしてニヤリと笑いながらこう言ったのだ。
「今まで散々お前らの荷物持ちをやらされてきたんだ。今度は俺の目的のための旅に付き合ってもらわなければな」
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歴史を知った後に、彼は考えに考えて自らの行動を決めるのだろう。
その行動がどういうものでどういう結果になるかは、今はわからない。ヒュームとガルカが喧嘩をすることになるかもしれない。でもそれはそれでまた新しい考えを生むんじゃないか、とあたしは期待している。
この世界には多くの人々が住んでいる。種族も違えば性別も違う。色々な考えがあり、そして考えるのにも色々なやり方があるのだろう。
あたしは本を読みながら考える。リンツァイスは宝石を磨きながら考える。
そしてスカイリッパーはバタリアに静かに降る雪を見ながら考えて、一歩前に進むことを選択したのだった。