想いの行方

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若いエルヴァーンの女性が、腕組みをして椅子に座り込み、眉間にしわを寄せている。
「フェムヨノノ師と仰ったか?」
「い~え、ただの冒険者のフェムヨノノで結構ですよ、元冒険者のエレノアさん」
あたしが首を振ってそう答えると、彼女は自嘲するように口元を歪ませた。
「私は最早、元冒険者とも名乗れない身分でね。国のただの下っ端の文官に過ぎん」
そんな仕草がまたカッコイイ。ファピナナが惚れちゃったのも分かるような気がする。

「それと、リンツァイス殿に…」
そう言ってから、彼女はスカイリッパーの方をジロッと睨んだ。
「…スカイリッパー殿だったな?何でも在ジュノバストゥーク大使館付の武官だとか?」
目付きが険しい。彼女の元パートナーが惚れている相手だ。言わば恋敵同然。おまけにそいつの為に愛しの姫君(!)が自分を頼ってきたのだ。厳しくもなるだろう。
その視線を受けてグゥとスカイリッパーが唸った。脇でファピナナがハラハラしている。
彼女は鼻を鳴らした後、続けた。
「私も昨日から書架をあたってみたのだが、残念ながら調査隊についての詳細な記録というものは残っていなかった」

そっか…残ってなかったか。
第三者的立場にいたサンドリアなら文書も残ってるかと思ったのだけれど。
「え~!?」
ファピナナが声を上げる。
「ごめんね、ファピナナ、せっかく来てくれたのに」
と、全く違ったあまりにも優しい口調でファピナナに謝った後、再度スカイリッパーを睨みつける。
このギャップが、たまらなく格好いい女性に見せているのだろうか。
エレノア文書保存担当司書官…なかなか奇妙な、もとい面白い人のようだ。

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

どうにも最近のあたし達一行は、我の強い二人の娘に振り回されて困った顔をしている人の良い男性陣という風に見られるらしい。
そんなのは心外である。あたし達がこの女心がわからない朴訥男供にどれだけ苦労させられているか。

ん?「あたし達」ってことは、あたしも含まれてるわけよね。
…やっぱりそうなんだ。

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「とは言え…私も誇りあるサンドリアの人間だ。頼ってもらった人を何の成果もないまま手ぶらで帰らせるわけにはいかないな」
「あ、いえ、あなたも立場があるでしょうし」
ファピナナの元パートナーであるところのこの女性、エレノア女史はかつて冒険者だった。
現在は冒険者を引退して、サンドリアの公文書保管担当の司書をという家業を継いでいる。
「フェムヨノノ師、私も歴史に関する文書に携わる人間だ。あなた方の真実を知りたいという想いはよく理解しているつもりだが?」
「あの、ご存知でしょうけど、あたし達だってそれなりの…」
「しかし、俺の方にもあんたに無理をさせるわけには行かない立場の問題があるのだが…」
あたしとスカイリッパーがそれぞれの立場を理由にして、彼女が無理をしてくれるのをやんわりと止めようとした(リンツァイスだけは知らん顔だった)時、
「スカイリッパー殿は黙ってて頂きたい!!」
…彼女が爆発した。
エレノアの横に座っていたファピナナが、ビクっとした表情でエレノアの顔を見上げる。
彼女は一瞬の後我に返った様子で、
「ゴホン。申し訳ない。ごめんね、ファピナナ、怒っちゃったりして」
「…エレノア?」
「大丈夫よ。ちょっと取り乱しちゃっただけ」
「そうですか」
とファピナナがニコっとしてみせた。
エレノア女史、顔が一気に崩れる。それに気がついてあたしの方を向いて顔を引き締めた。

…別の意味でも面白い人だ。

「私が見たところ、今回の話題の主体はスカイリッパー殿ではあるとは思うが、実際のあなた方のリーダーはフェムヨノノ師ではないか?」
「いえ、リーダーなんてそんな」
冒険者達は一般的にパーティと呼ばれるグループを組んで冒険や戦闘を行う。それ一つで組織的な行動を行える最低単位というところだろうか。
そのパーティを率いていく事を担当する人間をリーダーと呼称するのだ。
つまり、この司書官、あたしがこの一行を率いていると感じているわけ。
…そうなのかしら?そんなに仕切っちゃってるように見えるの?

「私はあなた方に一人の冒険者を紹介したいと思う」
「冒険者…ですか?」
「ふむ、察するにあなた達にはそれなりの人脈があるようだが、情報収集能力はいささか不足しているようだ」
「う…」
「冒険者をやっているのなら、まして歴史の真実を追っているとなれば、正規、不正規に関わらず情報が大事ということはご存知だと思う」
痛いところを付かれた。確かにその通りなのだ。
今回サンドリアに来たのだって、リンツァイスが適当に聞き込んできた適当な情報だ。
このままじゃいつ真実にたどり着けるかわからない。
あたしは書物が専門だけれど、生きた情報は書物には載ってない。
そして、生きている情報と仕舞われている情報、今回の目的にはどちらも非常に重要になる。
「その情報収集を専門としている人間をあなた方に同行させたいと思う」
「はぁ…?」
それが彼女にとってメリットのあることなのか、いまいちわからない。

その時、部屋の入り口のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「よっ、なんだい用事ってのはさ?」
ミスラ?
入ってきたのは、(多分)うら若いミスラの女性だった。軽めの服装をして入ってきたまま、入り口の横の柱によっかかる。
「ああ、実はな…」
そう言いかけたエレノア女史が、不信気に眉間に皺を寄せて彼女を見た。
あたしもつられて彼女の方を見る。
あれ?どっかで見たような。
そのミスラはあたし達の方を見て軽く手を上げようとして…固まった。
「あ゛!?」
「…ん?」
「あれ?」
リンツァイスもスカイリッパーも含めて、お互いに声を上げる。どこかで見たような…。
彼女は何かうろたえた様子。

その時、エレノア女史が静かな声でこう言った。
「懐にしまったものを出して、彼女達にお返ししろ」
…え!?
「あ、いや、これは…」
「早くしろ」
エレノア女史が静かに、けれども怒りを込めた口調で彼女に告げる。
渋々といった感じで彼女が懐から取り出したものは…リンツァイスが腰にぶら下げていたなめし皮の袋だった。
「えぇ~!?」
とリンツァイスが大声を上げる。慌てて腰をまさぐったもののそこに袋はなかった。
「あ、さっきここへ来る時にぶつかった…」
「そーだよ…ちぇ、しょうがないな。でも目の保養になったぜ。ありがとな」
すられた…わけ?
ところが、当のリンツァイスは怒るでもなく、
「ありがとう。僕の作ったの見てくれたんだもんねぇ」
とお礼まで言ってる。
実はこの皮袋、一見宝石袋に見えるけれども、中に宝石が詰まってるわけではない。
昨日ラングモント峠の壁を割って手に入れた幾つかの石灰石の平たい塊の一つに、リンツァイスが簡単な模様を刻み込んで、カメオに仕立て上げたものだった。
もちろん工作時間はすごく短かったから商品になるようなものじゃない。お遊びで作ったようなものだ。
袋から取り出したそのカメオをみてファピナナが感心したように声を上げた。
「シンプルですけど、緑がかった白が作り出す陰影が味わい深いですね」
「そうでしょ?まぁ僕の力じゃなくてこの色を作り出した自然が偉大なんだけどねぇ」
リンツァイスは誉められて照れている。

「ス、スリだったわけ!?」
ようやく我に返ったあたしが声を上げると、泥棒ミスラは首を横に振った。
「モグハウスから出てくる時、兄ちゃんこれを日にかざしてチェックしてただろ?」
「ああうん。そうだけど?」
「あの時に見て綺麗だなって思っちまって。見るからに手作りだったから譲ってくれそうもなかったし…それで」
「でも泥棒は泥棒じゃない!?」
あたしが声を上げる。
「違うさ、兄ちゃんの胸のポケットにきちんと…」
リンツァイスが慌てて胸まさぐると、ポケットの中から一枚の金貨が転がり出てきた。
「ありゃあ?」
リンツァイスが不思議そうに首をかしげる。いつの間に…?
普段のあたし達は、こんな簡単にすられたりポケットに物を入れられたりはしないはず。
曲がりなりにも長い間剣術の訓練を受けていたわけだから。
気が緩んでいたのだろうか?それとも彼女の技がすごいのか…。

「はじめから少し鑑賞させてもらったらポストにでも送り返すつもりだったんだよ。レンタルハウスの管理から名前も割り出せてたし…それはその間の保証金みたいなものさ」
ばつの悪そうな顔だ。本当に返す気があったのかはともかくとしても、それほど悪人とは思えない。
こんな適当な細工を露天に出したとしても、金貨一枚分の値札はとてもじゃないがつけられないだろうから。

「そっかぁ。んじゃこれは君のものだね。高く買ってもらってありがとう」
リンツァイスはニコっと微笑んでみせて、カメオを彼女の手に渡した。
相変わらず甘いヤツだ…そこがいいところなのだけれど。
彼女はポケッとしている。まさかそんな反応が返ってくるとは思ってなかったのだろう。
リンツァイスがこんなお人好しでよかったわけだ。

はぁ…とため息をつきながらエレノア女史、話を先に進めようとした。
「すまなかったな。彼女の名前はイー・キノエ。私があなた方に同行させる人物だ」
「は、今なんていったんだよ?」
イー・キノエという名前のミスラがもっともな疑問を口にする。いきなり呼び出されたのだから当然といえば当然だろう。
「お前はこの人達に同行することになる」
「…嘘だろ?」
答えが繰り返されたを聞いて呆然とする彼女。
そしてエレノア女史はあたし達の方を向かって説明を始めた。

「彼女はミスラ伝統の技を受け継ぐ狩人で情報収集に長けたエージェントだ。おまけにシーフの技術、そして東方伝来のニンジュツをも扱うから戦闘能力も充分だろう。きっとあなた方の助けになるはずだ」
「そんな人をあなたが雇うというのですか?お金もバカにならないはず…」
「いや、雇うというわけではないよ。彼女の分の日々の生活費と必要経費を負担すると言っているのだ」
「けっ、実質的なただ働きじゃないか。そんなもの受けるわけが…」
「ふむ、この仕事を受けないというのであれば構わないよ。その代わり今すぐ借金をすべて返してくれ」
「ぐ…」
そのミスラは唸って黙ってしまう…借金?
「なに、彼女がとある容疑でサンドリア政府に拘束された時にな、私が莫大な保釈金を払って彼女の自由を取り戻すことに成功したのだ。まぁ無実の罪だったから、いずれは釈放されていたとは思うが」
「ううう…」

件のミスラはまだ唸りつづけている。余程のことが…たぶん実際は無実の罪ではなかったのだろう。
もしかしたら政治的な情報に関わるものだったのかもしれない。
エレノアはそこにつけこんで私兵として使っている、ということだろうか?
さすがに元冒険者だけあって、思考が柔軟だと思う。
それに、今のエレノアは、立場上自分で直接剣を取ることが出来ない文官だ。それが彼女にとってはもどかしくもあるのだろう。エージェントを使ってそれをやらせているわけだ。

「へいへい、わかったよ。で、実際に私は何をすりゃいいんだ?」
ミスラはひとしきり唸った後に、諦めたように答えた。
「そうだな…まず彼女達のために情報収集を行うこと。それ以外の戦闘などの協力もなるべく行うこと」
「フン、それなら私なんかよりもっと的確なやつがいるだろ?男の方が有利だぜ?」
「お前でなければ出来ないことがもう一つある。彼女達に関しての報告を私に逐一送ることだ」
「…は?」
「それでいかがだろう、フェムヨノノ師?」
「あたし達に関しての報告ですか?それってどういう…」
「…特にそこのスカイリッパー殿の報告をな」

睨まれたスカイリッパーがびくっとする。
あたしの方と言えば、ただ唖然とするばかり。
あたし達が手に入れることになる情報云々を欲しがっているわけじゃなくて。
もちろんそれも報告しろと暗に言ってるわけだけど、どうやらそれが彼女の心情のメインではないらしく。
とどのつまり…。
娘を嫁に出す父親が婿の周辺調査をする…そんな感じ。

あたしには断る理由もなく、リンツァイスもファピナナも特に何も言わなかったのでその申し出を受けることにした。
スカイリッパーには断る権利がないわよね…。

取り合えず、エレノア女史との会談はそれで終わりで、彼女は何かわかったらすぐに連絡すると約束してくれた。
他国に公文書関連の伝手が出来たことで、それなりに有利になったと思う。
紹介してくれたファピナナには感謝しなきゃ。

あたし達がエレノア女史の執務室を出た後も、イー・キノエは彼女になにやら言い含められていたようだ。
まぁ、話の内容は大体推測できるけど。
その後、急ぎで旅支度を整えた新たなる同行者とともに私達はジュノ経由でバストゥークに戻ることにした。
ファピナナはしばらく彼女の家に滞在してから、ジュノに戻るそうだ。
それでもやはりスカイリッパーの問題の行く末は気になるらしく、なるべく状況を知らせてくれるように頼んできた。
あたしはもちろん二つ返事で了解した。エレノア女史の協力が得られたのも彼女のおかげなのだから。

そんなこんなで、私達は久しぶりにバストゥークに戻ることになったのだった。

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バストゥークについたあたし達は、取り合えず解散して休むことにした。
一通りの自己紹介や身の上話などは飛空挺の中でやっていたし、やっと自分のベッドで寝られるんだから今日ぐらいはゆっくりしたいと思ったのだ。
スカイリッパーは鉱山区へ向かい、あたしとリンツァイスはイー・キノエとともに港区からそのまま居住区に入った。
結構長い間帰ってなかったから、部屋もかび臭くなってるんじゃないだろうか。
窓を開け放して…それからいつものようにアイツの部屋でお茶でも淹れて二人でゆっくりしよう。
と思ったのだけれど…。

リンツァイスが自分のドアを開けた時、中から紅茶のいい香りが漂ってきた。
「あれ?」
あいつが不思議そうな顔をして部屋の中を覗き込むと、紅茶のポットを持ってナタリアが奥から出てきたのだった。
「あ、お帰りなさい。リンツァイス、お義姉さん」
彼女がごく当たり前のようにあたし達に声をかける。
「あれ、どうしたのさ?あ、イー・キノエ、彼女は僕の恋人ね」
「ナ…タリア?どうして…」
彼女は微笑んでこともなげにこう答えた。
「部屋に風を通しに来たのよ。それでお茶でも淹れようかと思って。丁度帰ってくるなんて思わなかったわ」
「そうだったんだ。ありがと」
リンツァイスはニコっと彼女に微笑みかけて、そのまま荷物を持って奥に入ってしまった。

ナタリア、この部屋の鍵持ってたの?
知らなかった…いつの間に。
今まではそんなことなかった。リンツァイスがいない時は、部屋に入るのにあたしに頼んでた。
つまりアイツかあたしが一緒でなければ、彼女はこの部屋に入れなかったはず。
それが、さも当然のことのように彼女はこの部屋にいる。

それが悪いって事じゃない。むしろ歓迎すべきことだ。
今までだって、旅に出ている間は彼女に部屋の鍵を預けていくようにリンツァイスに言っていたのだ。
なにかあった時に、手紙でナタリアに頼めるように。
入り口のドアの横の鍵掛には、あたしの部屋の鍵もぶら下がっている。それはあたしの部屋も同様だ。
アイツは言われた通りしたのだろうけれど。

だけど、あたしとアイツの生活空間に…二人とも知らない間に、ナタリアがいる。

イー・キノエはあたしの方をチラッと見て怪訝そうな顔をしてから、
「私は部屋に行って荷物置いて少し休まさせてもらうよ。部屋番号はこれな」
そう言って、私にメモを渡すと自分の荷物を抱えて奥にあるレンタル用の区画へ歩いていってしまった。
「あ、うん」
歩いていく背中に向かってそう答えたあたしに、奥のナタリアから声がかかった。
「お義姉さん、お茶飲んでいきますよね?」

『飲んでいく』って…あたしはいつもそのテーブルで食事をしてお茶を飲んでいるのに。
そんなささくれ立った思考が頭をよぎったとき、リンツァイスが不思議そうな声を出した。
「フェム、どうしたのさ?」
「ごめん、今行くわ」
あたしはそう答えると、取り合えず自分の荷物も一緒にそのままリンツァイスの部屋の中へ入った。

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バストゥーク港の夕暮れ。
あたしは、バストゥークにそれほど長く滞在したことがないというイー・キノエの案内をしていた。
リンツァイスはナタリアとの時間を過ごしているのだろう…多分。
あたしは逃げ出してしまったのだ。その口実にイー・キノエを使っただけ。

一通り案内し終わった後、あたし達は岸壁に座って夕日の中で飛空挺が出向準備をしているのを眺めている。
あたしは懐から、出かける前にナタリアに預かったジンジャークッキーの包みを取り出して、彼女に勧めてみた。
あたしと彼女とで一つづつ摘む。

考えてみれば、先生から頂いた普段着のローブにまだ着替えていない。
旅装束のウィンダス製のコートのままだ。さすがに手足の鎧は取り外しているけど。
ちょっと気が動転していたのだろう。

「あんた、何考えてこんなことやってるんだい?」
ふと、イー・キノエがあたしに顔を向けて、そんなことを訊いてきた。
「こんなことって何よ?」
「ん…悪い。言い方が良くなかった。そうだな…ガルカの歴史や種族の行方なんてあんたには直接は関係ないわけだろ?それなのにあのでかいのに手を貸している理由が知りたいわけだな。私としては」
ちょっと頭をめぐらして考えてみる。
「あんたはこの件とは別に自分の…魔法研究だっけ?その仕事を抱えてるんだろ?」
直接の理由は、普段世話になってるスカイリッパーの手助けをしたい、というものだ。
それとあたしが愛しているこの国、バストゥークの本当の歴史を知りたいという思いもある。
どちらも極々まっとうな理由。
でもその他にも…

「…それほどたいしたことじゃないわ。けじめをつけるための区切りには丁度いいかな、って思って。このままじゃ自分の仕事に身が入らないからこっちに専念することにしたわ」
ニタリと口だけを歪ませて、彼女はこちらを見た。
「フフン、けじめってのはあの彫金士の兄ちゃんのことも含まれているのかい?」
ボンっとあたしの頭が炸裂した。顔が真っ赤に染まるのが自分でも分かる。
「な、なにを!?」
「兄ちゃんの恋人だって綺麗な女の人が出てきてから、あんた明らかに狼狽してるもんな」
「あうあう…」
初めて会ってからそれほどたってない彼女が、どうしてそんなことまで読み取れるのよ?
あたし達に関しての情報を集めるのに彼女が的確だってこういう事だったの!?
「飛空挺で話を聞いていた時は、あんたと兄ちゃんは恋人かなと思っていたんだけどな」
「…幼馴染でパートナーだって自己紹介したでしょ」
「けど雰囲気みたいなのがそれっぽかったからな。恋人って言うよりも夫婦だったが」
「あの…もしかしてエレノア女史もそう思ってた?」
「さあな、だがあの女は結構鋭いぜ」
…そう見えちゃうのか。
でも実際は…違うのだ。

「それだけ狼狽しているところを見ると、自分の気持ちに気が付いたのはつい最近って事か」
あたしは黙って頷くしかない。
「つい最近というか…一昨日よ。自分が本当の気持ちを誤魔化していたことに気がついたのは」
「誤魔化してた?」
「…いつからかは知らないけど、今までずっと考えないようにしてたのよ…それをファピナナに教えられたの」
「は?」
「なんていうか…今でも最高のパートナーなのよね。あたし達って」
「ふむ?」
「幼馴染でずっと一緒にいて絆が強くて、お互いがいないと自分が成り立たないって」
「お互いにそう思ってるなら、そりゃあんたの方が恋人にふさわしいんじゃないの?」
「…あたしはそれを否定してたのよ。異種族で…姉弟みたいなものだから。だからアイツに恋人が出来た時も、姉として大歓迎したわ」
「多民族が同居するこの世界で、異種族だから恋人にふさわしくないって事はないだろ?冒険者ならなおさらだ」
「そう…なのよね。でもそれを否定したがってる自分がいたの。まるで自分に魅力がないことの言い訳みたいな感じで」
ミスラの女性はわけが分からないという表情で首を振る。
「わからないね…あんたに女としての魅力がないわけじゃないだろ?」
「あたしには…ファピナナのような他の種族にも通じる魅力がないのは確かよ」
「そりゃまたずいぶんと卑屈だな?」
「アイツが姉弟として、そしてパートナーとしてすごく大事に思ってくれてるのは分かる…だけどリンツは…あたしに…欲情しない…」
そう言ってしまってから、あたしは失言に気付く。
「あ、今の無しね!!」
顔を赤くして必死に言ってみるけど、無駄だった。
「ふうん?トライしたことがあるんだ?」
「え、え、え、違う…そういうことじゃなくて…」
「じゃあ、どういうことなんだい?」
ニンマリとした目でこちらを見るイー・キノエ。なんていやらしい目付きなのよ!?
「あたしは…その…旅先ではあいつと一緒に寝てるから…」
「ほぉ~」
「だけど…その…反応するって事もないし」
「ふんふんふん」
この女、いやらしい表情を崩さない。なんなのよ!?
「ずっと一緒に育ってきたわけだから、アイツにそんな気が起こるわけがないってわかるし、あたしにもそんな気はない。それにそういうことするだけが男女の愛情とは思わないし…でも」
「期待してる?」
「ち、が、う~!! でも…今ごろリンツは…」
「彼女とよろしくやっちゃってる、と」
く…いやな表現だけど、多分その通りなのだ。
「そういうことを求め、求められるナタリアはあいつの本当の恋人だと思うのよ。その気になればすぐにでも子供を持てる。でも異種族であるあたしにはどう頑張っても無理だわ」
「でもそれは彼女の方も同じだな。あんたという存在がある限り、例え結婚したとしても彼女は兄ちゃんにとってのパートナーにはなりえないわけだ。かえって可哀想かもな」
「だってそれはどうしようもないもの…」
そうなのだ。自分達ではどうしようもないほど強い絆。

ナタリアのあたしに対する嫉妬はいつまでも続くだろう。
それに対してあたしはナタリアに対して全く嫉妬がないのだ。
むしろリンツァイスの大部分をあたしが独占している。
あたしかアイツのどちらかが死ぬまで…多分それは変えられそうもない。
だからあたしもナタリアも辛いのだ。
あたしはどんなことがあろうともアイツの全てを諦めることは不可能だし、ナタリアだってどんなに望んでもアイツの全てを手に入れることが出来ない。

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あたし達はしばらく黙って光を揺らめかせる水面を見ていた。
「…なるほど、あんたにとっては種族の問題でもあり、姉弟の立場の問題でもある、と?」
「そうね…結局あたしはアイツにとって女としてはダメなのはわかってるわ。でも…何か決着はつけなきゃいけない。あの二人のためにも、そしてあたしのためにも」
自分の左薬指の指輪が目に止まった。
アイツとの絆の象徴。他の誰かと繋がる赤い糸が結ばれてるはずの指に、今はそれが収まっている。
ナタリアはどんな気持ちでこの指輪を見ているのだろう。
「ふむ?」
「ハハッ、あたしもそろそろいい歳だもの。お相手を見つけるためには、まずそこらへんから解決しないとね」
あたしはなるべく軽く言おうとしたのだけれど…この鋭い猫女には隠せなかったと思う。

しばらくあたし達は夕日を眺めていた。
目の前に鎮座していた飛空挺のプロペラが、轟音をあげて回転を始め、その巨大な船体が水面を滑り出す。
その先では居住区へ通じる跳ね橋が上がっていた。まるで夕日に向かって両手をかざしているかのように。
飛空挺は離水し夕日の中へ飛び込んでいった。規則的で心地よい音が遠ざかっていく…

そのしばらく後、イー・キノエが鼻を鳴らしてこう言った。
「フン…エレノアに言われてついて来ただけだったが、面白くなったぜ」
「どういうことよ?」
「あんたの心の動きを追いかけるのが面白くなったってこった」
「そんな!?」
「人はそれぞれ目的を持って旅している。目的がない旅は退屈なだけだ」
そりゃそうだ。普段はあたしだって、書物を求めるための旅をしてる。
リンツァイスは彫金に使う鉱物や宝石を求めてる。

「あのデカブツはガルカやバストゥークの歴史の真実を知ることが目的だな。エレノアの元恋人はその手伝いだろう?」
「多分そうね。それだけ鋭いあなたならもうとっくに気がついてるだろうけど、彼女、スカイリッパーのことを…」
「ああ。で、あんたは自分の気持ちのけじめをつけることを旅の理由に挙げてる。私はあんたの想いの行方が知りたくなった。それがこの旅の一番の目的になったな」
「ちょっと!?」
「さあて…私はなにものにも縛られないミスラの一族だよ。誰にも束縛されず、自分の意思、自分の理由に従って旅をするのさ」
「…あなた、エレノア女史に雇われたんじゃなかったの?」
金で雇われておきながらそんな台詞を口にするってのも度胸がある。
「そこが現世の世知辛いところだな。食い扶持が保証されている間しか自由に旅が出来ない。だから今回はエレノアの金のおかげで、私は信念を貫けるわけだ。彼女には感謝するさ」

ふう。あたしは一つため息をつく。
…何を言っても無駄か。こんな態度はむしろ清々しいといっても言い。

「わかったわ。よろしく。自由の民の狩人イー・キノエ」
「こちらこそよろしくな。フェムヨノノ師」
お互いに目を合わせて、あたし達は笑いあったのだった。