自由の民と不自由な二人

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好きな人達と好き勝手やっていただけ。
それなのに、いつのまにか頼られ押し付けられ戦わされ、
挙句の果てには世界を救った英雄にさせられた。
どこにいてもまるで指名手配犯のような気分だ。
こんな不条理が世の中にあるものか!?

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「ねえさん、この女何とかしてくださいよ!!」
「この女、とはまたずいぶんな言われ様だぜ」
床に積みあがってる膨大な量の本の中から目的の文献を探し出すことに四苦八苦していたあたしは、突然の来訪者にびっくりした。
オノレがイー・キノエの首根っこを引きずって、居住区のあたしの部屋のドアを勢いよくぶち開けたのである。
その衝撃で、ドアの近くに積んであった山は崩れてしまっていた。

あたしはため息を一つついてから、息を荒くしているオノレに向かって、姉弟子らしく説教を始めようとした
「あのね、オノレ。どうして静かに入ってこられないのよ?大体年頃のレディの部屋にノックも無しに…」
「フン、あの兄ちゃんだったらノック無しでも大丈夫なんだろ?」
イー・キノエがまぜっかえしてくる。
「ちょ…!!あたしは姉弟子として弟弟子に礼儀の心構えを説いているんだから邪魔しないで!大体そのことは!」
「ああ、ごめんごめん」
彼女は素直に謝ってくれる…けど、襟筋をオノレに掴まれたままだ。
長身を誇るエルヴァーンの中でも、オノレはかなり大柄な方だ。
対してミスラであるイー・キノエは、あたし達タルタルほどではないとは言えヒュームよりもはるかに小柄。
実際猫がされるように、首根っこをつかまれて吊り下げられている。
それでもふてぶてしい態度はそのまま。まるで本当の猫みたい。

「はぁ…オノレ、とりあえず離してあげて」
「いや、今日はもう絶対にこの女を許すわけにはいきまへんで」
何かよほど腹に据えかねてることがあるらしい。
「いいから離しなさい!!」
あたしが声を荒げると、オノレは渋々といった様子でイー・キノエの襟を放した。
ストンと軽い音をして彼女が着地する。

「あーあ、襟が伸びちゃったよ。どうしてくれるんだい?せっかく新品でおろしたローブなのにさ」
恨めしそうに服をチェックしながらぶちぶち。
「おい、開放された途端の第一声がそれかい!?」
再びオノレが怒鳴ろうとしたのだけれど、あたしはそれを制する。
「いいから、二人とも黙りなさい!」
オノレはぐ…とうなりを上げながらも黙ってくれた。

「さて…事の次第を説明してもらわないとね…」
エレノアというサンドリアの司書官に雇われて、あたし達に同行しているイー・キノエは、冒険者身分を持っている。
レンタルハウスもあるし、お金も定期的にエレノアから振り込まれているはずだから、泥棒まがいのことをやらかす必要もない。
本来なら後見人などというものは要らないのだけれど、そこは社会というものがある。
彼女はこの国で有力なコネを持っていない。おまけにバストゥークではミスラはそう多くないのだ。
何か情報を調べていて(彼女の市中での仕事はもっぱらそれだ)、疑いの目で見られるということもあるだろう。
だから、一応バストゥークにいる間は、間接的に彼女を雇っていることになるあたし達が身元引受人になっている。
とりあえず、この国ではそれなりの地位にあるビルルホルル先生に紹介して、オノレが彼女の世話役を務めることになった。
同じウィンダスの出身だったから、気が合うと思ったのだけれど…これだ。

在バストゥークウィンダス領事館に身分照会を任せてしまってもいいのかもしれないけれど、あたし達が今やっていることは国のミッションじゃない。
どちらかと言えば、各国の文献荒しや公式発表を疑うといった、あまり歓迎されないことだ。
おまけにあの領事館の人々は…何か浮世離れしているのだ。
バストゥーク勤務を嫌がり、早くウィンダスに帰りたいと思っている領事と書記官、そしてものすごくのんびりとした事務のタルタルとミスラとの女性陣と来たら…
あそこのタルタル女性とは実は友人なのだが、あたしも振り回されている感がある。

おまけにイー・キノエ本人はウィンダス所属とは言え、そのバックにはエレノア女史、つまりサンドリアでそこそこ地位のある文官がいる。領事館では扱いが難しい人物なのだ。

「ま、二人ともとりあえず座って…」
とりあえず話を聞いてみようと思い、椅子を勧めようとしたあたしだったけど…部屋の中の惨状に気がついた。
我ながらひどいものだ…しばらく文献を引っ張り出しては読むことを続けていたから、もともと乱雑だった書籍類が部屋中に散乱してしまっているのだ。
三脚ある椅子の上のみならず、ベッドの上も大量の本に占領されている。人が座るスペースなどあるわけがない。
(だから最近はリンツァイスのところで寝ている…ごめん、ナタリア)

「どこに座るっていうんだ?」
イー・キノエから、至極もっともな疑問が帰ってくる。
「う…隣の部屋」
というわけであたしは二人を連れて隣の部屋、つまりリンツァイスの部屋をノックした。

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あたしの名前はフェムヨノノ。タルタルの女の子。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

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予想すべきだったというか…ドアを開けたのはナタリアだった。
「ナ…タリア」
あたしはちょっと固まってしまう。どうしても後ろめたい気持ちが働いてしまうのだ。
「あら、お義姉さん、それにオノレさんも」
オノレが頭を下げる。律儀で礼儀正しいのよね。この子は。
「それと…この間お会いした…?」
「イー・キノエだよ。こいつらの目的のために同行している」
「そうでしたか。私はリンツァイスの…」
「ああ、恋人だって?」
ナタリアが軽く頷く。
そう、軽く頷いてくれちゃうのだ。
奥の机に向かってたリンツァイスが不思議そうな顔でこっちを向いた。
「揃いも揃ってどうしたのさ?」
あいつの作業台の上にはビロードが広げられて、パールと銀の鎖で作った首飾りが載っていた。
基本的にはギルドで作業するから、出来上がりをチェックしていただけだろう。

「ねえさんにこの女を説教しにもらいに来たんですよ!」
「え?」
「あー…あたしの部屋、今とんでもなく散らかってるのよ。それで…」
「ああ、そうなんですか」
と、ナタリアは納得した表情。さすがに何度もあたしの部屋を惨状から救っているだけある。
「また片付けにいきましょうか?」
「いえ、いいわ…まだ調べ物してる最中なのよ」
「あ、それじゃお茶の葉を買ってきますね。どうぞ」
と言って彼女は外に出て行った。

あたしはそのまま二人を促して部屋の中に入ると、ベッドの上に昇って腰掛けた。
「まぁ、二人とも座りなよ」
とリンツァイスが二人に、普段あたしとリンツァイス(たまにナタリアも一緒)が食事に使う小さいテーブルの前の椅子を勧める。
それに応じて、オノレは丁寧に、そしてイー・キノエはどかっと行儀悪く腰をおろした。
リンツァイスはそのまま作業台の前の自分の椅子に戻って、足を組んでこちらを向く。
「いい娘じゃん。確かに心苦しいわけだ」
閉まったドアの向こうを見てそう発言したイー・キノエを、あたしはギロっと睨む。彼女がその視線に気がついて首をすくめた。だけど顔はふてぶてしいままだ。

「…それで、原因はなんなの?」
「はぁ…僕はこの女に振り回されるのはもう散々ですわ。ねえさんには申し訳ないけど」
そういってオノレが語り始めたことは…彼女の人々に対する礼儀がなってないということ。
イー・キノエは所々で先生やあたしの名前を出して情報収集を行っている。ところがあまりにも無礼な情報集めをするものだから、オノレが必死に謝って回っているらしい。
先生のお使いを担当してバストゥーク中の人達と接しているオノレだ。普段お世話になっている人々の信用を落とさないためにも彼は必死なのだろう。
当の先生は笑って済ませているらしいが…機嫌を損ねたとはいっても実際はたいしたことはないはず。
オノレは責任感が強いから、必死になっているだけかもしれない。

かといって、彼女の情報を引き出す能力とそれを分析する能力は、彼女の質問のスタイルに拠っているんだろうし、やめさせるわけもいかない。
というか…あたしにやめさせる権限ってあるのかしら?
あたし達の目的のための情報ならともかく、あたし達、というかスカイリッパーの身辺調査はエレノア女史が直々に彼女に依頼した仕事だ。

「あんたもウィンダス出身なら知ってるだろ?私達ミスラの文化ではこれが普通なんだよ。とやかく言われる筋合いはないね」
「ここはバストゥークなんや!ウィンダスで通用してもここでそれが許されるわけやないやろ!?」
オノレがまたくってかかる。
「ふーん…」
オノレに彼女を預けたあたしの責任ではあるけれど、正直うんざりするような相談内容だ。
ただでさえガルカの歴史の情報を調べるために丹念に歴史書を読み返している最中で、その上自分の問題まで抱えてるっていうのに。

「僕の周りのミスラはもっと礼儀正しいわ。お前の礼儀がなってないだけや!」
「そりゃそいつが特別なだけだろ。大方タルタルやあんたみたいな純粋なウィンダス人じゃないやつに接してるうちに洗脳されたんだ。ミスラの自由な魂を失ったやつと一緒にしないでもらいたいね」
「なんやと!?」
同じく異端な存在であるあたしにとっても聞き捨てならない台詞ではあるけれど…まぁ、たいしたことじゃない。売り言葉に買い言葉ってヤツだ。

ため息をつきながら、あたしは助けを求めてリンツァイスの方を見る。
リンツァイスも思案顔だ。
眼前ではオノレがイー・キノエに飛び掛る寸前。

「まぁまぁ」
結局リンツァイスがオノレをなだめにかかる。
「せやけど兄さん、こいつクィラ・リキゥまで馬鹿にしてるんですよ!」
「…誰よ、その人?」
あたしが訊いてみる。初めて聞く名前だ。誰だかさっぱりわからない。
「僕の幼馴染ですわ!ずっと一緒に育った!礼儀も正しいし、可愛くて誰からも愛されるミスラですよ。こいつとは大違いや!」

ふーん、オノレの幼馴染のミスラね。
「オノレ、そんな人がいたんだ?」
「あれ、話してまへんでした?僕の幼馴染で結婚の約束をしたミスラですわ。今は魔法学校に通っ…」
「「ええぇぇええ!!!!???」」
あたしとリンツァイスの声が部屋の中に響き渡った。
寝耳に水だ。嘘でしょ…オノレに異種族の婚約者がいるなんて…幼馴染…?
大体あたしより10歳近くも若いのに…。
「丁度ねえさんとにいさんみたいな感じで育ったんやけど…ま、違うのは僕らは恋人で結婚の約束をしてるってことですが」
オノレがけろっとした顔で言う。
「あんたそんなこと一言も…」
グワングワンと耳が鳴る。ちょっと眩暈がして気分が悪くなりそう。
幼馴染で異種族で…そして婚約者。

あたしのショックとは対照的にリンツァイスは驚いたけれどもそこまでショックは受けていないようで、
「へぇ、するとオノレは単身赴任なんだねぇ」
などと暢気な感想を口にしている。
単身赴任って…あんたもナタリアから見れば長期出張を繰り返してる似たようなものなのよ。
なんでそういうことがわからないの?
「はぁ…まぁそうなんですわ。頻繁に手紙を書いてるんです。モーグリ達が時間をかけずに届けてくれるから何とか怒らせないですんでるんやけど…寂しい、浮気してるんじゃないかなんて手紙をよこすもんやから…」

「ちょいまちな、あんたの惚気話なんざどうでもいいんだよ!」
イー・キノエが長くなりそうな話を遮るように声を張り上げた。
オノレは、はっと自分を取り戻した様子。
「そや!今はお前を悔い改めさせるのが先や!」
この話の後でも、あたしは惚気話なんて聞く気はないけど…もしかして聞かせる気満々だったりする?
「フン、ミスラの信義を曲げてまで他人に迎合する気はないね」
「郷に入れば郷に従えって言うやろが!?」
お互いに共通語を使っているけれど、イー・キノエはミスラ古語風の発音で、オノレはタルタル古語風のとサンドリア風のが入り混じったような独特の奇妙な発音で喧嘩をしてるから(お父さんがサンドリア人なんだそうだ)、バストゥーク人には聞き取り辛くなってきている。
だから、さっきのショックも相まって、もうあたしの耳にはほとんど内容が入ってこない。
あ、もしかしてイー・キノエはあたしのために話を遮ってくれたのかな?

あたしがボーっとしているのを見て、リンツァイスが止めに入ってくれた。
「まず二人とも落ち着いてよ」
「しかしですね、にいさん」
「オノレの言い分はわかったからさ…で、オノレとしてはどうしたいわけ?」
「どうって…」
オノレが言い淀む。
「こいつが礼儀を正さないんやったら、先生やねえさんの名前を使わせるのをやめさせんと」
「先生はともかくとしても、あたしの名前なんかはどうでもいいのよ?実際にあたしが調べていることだし」
あたしは取り合えずそう言っておく。
「よくないですよ。ビルルホルル先生の一番弟子として、そして付与魔法の研究者として、ねえさんの名前はバストゥークのみならずウィンダスでも通用するようになってるんですよ?」
「そんな大げさな…」
「いや、少しは自覚してもらわんと困ります!」
「ハイハイ…わかったわかった」
弟弟子に説教されるなんて、まったく…。
「んじゃさ、イー・キノエは?」
オノレが今度はイー・キノエの方に顔を向ける。
「私かい?別にないね。この煩いガキを黙らせてくれたらそれでいいよ」
「なんやと!?」
「あんた何か勘違いしてるんじゃないか?」
「どういうことや!?」
「いいかい?これは私が受けた仕事なんだ。ビルルホルル師もフェムヨノノ師もあんたを私のサポートにつけただけさ。どういう言う資格はあんたにはないね」
「ぐ…」
オノレが唸る。
「…お目付け役とも考えられるよねぇ?」
リンツァイスが口をはさんだけども、聞いてもらえなかったらしい。

「はぁ」
あたしは一つ大きなため息をつく。
「あのね、オノレ」
「ねえさんだって、さっき僕に礼儀が云々言ってたやないですか?」
「そりゃそうだけど…でもね、イー・キノエは冒険者なのよ。ましてあたしの妹弟子というわけでもない。あたしとは対等な立場」
「なんですか?ねえさんはこいつを特別扱いするんですか?冒険者なら礼儀を知らなくてもいいなんてそんなことあるはずがないやないですか?」
「いいから黙って最後まで聞きなさい!」
ごねるオノレを黙らせる。
「…はい」
渋々ながらもオノレは黙って、俯いて上目遣いであたしの方を見た。
「あんたの言いたい事はわかるわ。もちろんあたしは礼儀をおろそかにしてもいいとは思わない。でもね…」
あたしはそこで言い淀む。なんて言ったらいいのかしら。
そこでリンツァイスが口をはさんできた。
「オノレ、僕ら冒険者はそれぞれがそれぞれのやり方で仕事に対するノウハウを蓄積してきてるんだ。彼女だってそうなんじゃないかな?役に立つ情報を引き出すための彼女なりの質問のやり方なんだよ」
そう。そういうことよね。
「せやけど、にいさん…」
「いいかい?例えば僕は、鍛冶ギルドの人達と仲良くして、商談をして、たまにはわざと相手を怒らせたりして喧嘩したりもするんだよねぇ…そうやって徐々に信頼を得て純度の高い良質なインゴットを手に入れられるようになったわけさ」
弟に説くような優しい口調でリンツァイスが続ける。
「オノレが今スクロールを書く勉強をしているのは、ビルルホルル先生が身に付けたノウハウを受け継ぐためでしょ?」
「そうですよ?」
「それと同じことさ。今回オノレにイー・キノエに協力するように先生が言ったのは、彼女の人との接し方を君に学んで欲しかったんじゃないのかな?それも勉強になることの一つだよねぇ」
「そら…」
「ビルルホルル先生やフェムはそういうこと教えられないからさ。二人とも魔法の事以外だとまともに人と話も出来ないからねぇ」
「リンツ、最後のは余計」
「あ、ごめんごめん」
ニコっとこっちに笑ってみせるリンツァイス。

口をひん曲げながらもおとなしくアイツの言葉を聞くオノレ。
こういう時は男同士の方が伝わりやすいものなのかな?

「今の所、オノレは何年かたったらウィンダスに仕事を得て戻ることになってるけどさ…」
オノレの身分、特殊特待留学生というのはそういうことだ。
「もし君がまかり間違って冒険者になることがあったら、彼女のやり方を学んでおいてよかったと感じるときが来るかもしれないよ?」
「はぁ…」
「まぁ彼女は少々礼儀に欠けてるかもしれないけど、本当に怒らせたりなんて不味い事はしないはずだよ。そういう微妙なラインがわかってるんだ…と思うけど?」
とリンツァイスがイー・キノエの方を振り向く。
「そういうことだよ。少しは先達から学ん…」
イー・キノエが文句を続けようとしたけど、あたしがそれを睨んで言葉を止めさせる。
「あんたも少しは考えなさいよ。あたしの名前は別にどうだって構わないけど、あんたの後ろにエレノア女史がいるってのは調べればすぐにわかることでしょ?」
「それがどうしたよ?」
「何か問題を起こして雇い主に迷惑をかける冒険者が信頼されると思う?それこそ自由の民の理念に反した行動じゃない?」
「う…」
「オノレが言ったように、この国の人達はウィンダスやサンドリアともまた違う文化をもっているのよ。先達って言うなら、バストゥークの文化に接したウィンダス人としてはオノレが先輩なんだから、彼の言う事を少し聞いて欲しいって思うわ。これは仕事仲間としてのお願い」
わかっているだろうから強くは言わない。言葉の最後は半分笑った感じだ。
「わかったよ…」
彼女の方も特徴的な耳を半分たれ下げて聞いてくれた。

考えてみれば、彼女もあたしやリンツァイスなんかより若いのだ。
あたし達は二人ともまだまだ未熟だと思っているけれど、こうやって人に教えを説く立場になっちゃってる。
ちょっと複雑な気分だ。

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結局、二人を一応仲直り(というかお互いに文句はいわないと約束)させることが出来たのは、それから小一時間ほどたってからだった。
二人ともぶつぶつ言いつづけてくれたせいだ。
その厄介な作業の後、あたしとリンツァイスはスカイリッパーに会うために鉱山区を歩いている。
パルブロ鉱山の開拓時の資料がいくつか見つかったので、それを届けるついでに若い二人の言い合いに辟易した頭を少しリフレッシュさせようとしたわけだ。

鉱山区はガルカが多く居を構えている。
スカイリッパーもモグハウスを借りないで、剣術の道場の脇の小部屋を借りているのだった。
もともとガルカはその生態上、種族全体が家族のようなものだ。
転生という本人達すら確かめられない方法によって世代を繋いでいる。
彼らに特定の親と呼べる存在はいない…だからこそ種族全体が固く結ばれている。

道すがら剣術道場の仲間の顔を見かけて挨拶をしたりしながら、あたし達は半地下になっている路地を歩く。
その時、ガサっと音を立てて物陰から影が踊り出てきた。
その影にあたしの手が引っ張られて、身体が宙に浮く。
「!?」
「フェム!?」
何がなんだかわからない…リンツァイスが叫んでる。
そして何度か石壁らしきものにぶつかった後、あたしはもとの場所からすぐ脇道に入った人気のない場所にいた。
もちろん、どこかはすぐに分かる。袋小路になっていて殆ど人が立ち入らない場所だ。
隅っこには、レンガと廃材であろう材木が半分腐った上体で積み上げられていた。

目を上げると、数歩空けた目の前には顎髭を生やしたヒュームの男がいた。
あたしはすぐさま跳ね起きて、男をギッと睨む。
「あんた…?」
歳は…髭のせいでわからない。老けているのかそれとも若いのか。少なくともリンツァイスよりも上であることは確かだ。
構えたその手にはダガーが握られていた。シーフが使うような大きめの短剣ではなく短い直剣。あたしも盾の代わりによく使うタイプのものだ。

「チッ」
つい下品な舌打が出てしまった。街中、しかも日々を暮らすバストゥークだ。当たり前の事ながら武器を何も持っていない。
完全に油断してたのだ。
この間のイー・キノエの時と言い、最近のあたしは本当にダメだ。
あたし自身の事やナタリアの事に心を囚われすぎていて、今まで以上にリンツァイスと二人だけの時間を求めてしまっている。
…だからこんな無様な拉致の仕方をされてしまうのだ。

取り合えず魔法だけで何とかするしかないわね。まずい事になるかもしれないけど…
はったりの意味も含めて、身体の脇で手を半分交差させて精霊の印を切る直前まで持った時、
「フェム!」
追いかけてきたらしいリンツァイスが脇にやってきた。顔が思いっきり青ざめている。
「無事!?」
「あ…うん。今のところはね。これからのことはその男に訊きなさいよ」
その時、ダガーを構えた男が声を発した。
「フェムヨノノ師とリンツァイス君だな?」
「…そういう名前なのは否定しないけど、そのフェムヨノノとリンツァイスはこんな事される覚えはないわよ?」
取り合えず威嚇も兼ねて怒気を込めた声でそう答えた。
隣ではリンツァイスが険しい顔をして身構えている。

この男…間違いなく軍人だ。
少なくとも最低限度の技術を身に付けている。だけど殆どの冒険者のそれとは違っているのだ。
多くの種類のモンスターと戦わなければならない冒険者達の戦闘技術は、対人向けに限定して洗練されたものではないからだ。
おまけにあたし達のような道場仕込みの伝統的な戦闘術とも違う。
そうなれば、軍人向けに整備された戦闘術としか考えられない。

男が構えていた短剣を下ろして、足を広げた。
そして言葉を発する。
「いや、これは失礼。手荒な真似をしてしまったな」
「ほんとにね…あんた何者なの?」
「フェムヨノノ師のお名前は常々。それに彫金ギルド期待の若手リンツァイス君の事も」
「あなたみたいな無礼な人にそんな事言われても、素直に喜べないなぁ」
険しい顔のまま、リンツァイスが答える。
「いい加減名乗りなさいよ。鋼鉄銃士隊では礼儀作法も教えてもらってないの?」
あたしは、かまをかけてみたのだがどうやら予想は外れていたようで、
「俺は鋼鉄銃士隊じゃないからな。残念ながら所属は言うことが出来ないが、名前は、そうだな…ブルストとでも覚えてくれ」
なんて答えが返ってきた。
この男、ふざけているの!?
共通語がまだ普及する前のグスタベルグ周辺の古い言語でソーセージを意味する言葉だ。
「…こりゃまた美味しそうな名前だねぇ」
「リンツ!あんたもふざけてないで!」
「わかってるよ、フェム…あのね、ブルストさん?こっちはそれなりに訓練をつんだ二人組なんだけどねぇ?」
するとブルストと名乗った男は真顔に戻って再びダガーを構えた。そして今までよりも低い声を出す。
「しかし、常日頃戦闘を行っているわけではない君達の戦闘能力は、ベテランの冒険者には及ばない」
く…その通りだ。
「自分達でわかっているんじゃないのか?まして今は武器も持っていないんだ」
「魔法があるわよ?赤魔道士の詠唱の速さは…」
「冒険者資格を持ち、しかも魔法研究者である君が、街中で人間に向かって魔法をぶっ放すわけにはいかないよな?」
いちいちごもっとも!!

「あなたは…自分がベテランの冒険者だって思ってる?」
ふとリンツァイスが発した問いかけはそんなものだった。
言葉が終ったと同時にリンツァイスが腰を沈めたかと思うと、次の瞬間、男がずさっと身を引いて距離をとっていた。
そして、束ねていたあたしの後髪がバサリと落ちる。
え?
動きを止めたリンツァイスを見ると、アイツの手には、あたしの束ねた後髪の根元に刺さってまとめていた、銀製の太い針状の髪飾りが握られていた。リンツァイス自身が作ったものだ。
そしてその鋭い先端は、先程までの男の喉元の位置を指している。

「あ~あ、本当はこんなことには使いたくないんだよねぇ」
「武器はある…というわけか?」
「確かに僕らは普通の冒険者に比べたら街にいることが多いんだけどさ…でも、だからこそ街中での戦い方を常に考えてるんだよ」
「ふむ?」
「フェムが身に付けているものは殆ど僕が作ったものだからねぇ。形状は全部把握してる。僕がどんな時でもフェムを守るために必要なものなんだ」

…はったりもいい加減にしなさいよ。
武器に使うためのアクセサリなんてくだらないモノを、あんたが作るわけがないじゃない。

「はは、こりゃ一本とられたな…」
男はそう苦笑いして、短剣を後腰の鞘に戻して両手を上げた。
リンツァイスはまだ厳しい顔で身構えたままだ。
「おっと、別に危害を加えるつもりはないんだ」
「じゃあ、なんだっていうのよ!?」
あたしは声を荒げる。
「警告をしに来たのさ」
「…は?」
「何がきっかけかは知らんが、先代語り部の周辺を調べているそうだな」
まさか。
「ビルルホルル師とフェムヨノノ師の名前を出して話を聞いて回っていたミスラがいるそうだ。その後ろを噂の留学生がついて回ってたとか」
「あちゃあ。オノレの心配があたっちゃったねぇ」
「別に評判が悪くなってるわけじゃない。珍しいから目立ってるだけかもしれないな」
「そりゃよかった」
「リンツ、こんな男にいちいち相槌打つんじゃないわよ。それで…あたし達が調べることで、何か不都合があるっていうの?」
「君の優秀な頭脳ならすぐに答えはわかると思うんだがな」
ムカッとくる言い方だ。
「頭が良いって誉められれば誰も彼もが喜ぶって?なんにもわかってないわね」
「まぁ、フェム。ちょっと話を聞こうよ」
喧嘩腰のあたしをリンツァイスがなだめた。でも当の本人の顔はまだ険しい。
「…わかったわよ。任せる」

リンツァイスが自分を落ち着けるように一つ息を吐く。
「説明…してくれるよね?」
「物事を探求する君達の気持ちは理解できる。歴史についてじゃないが俺も似たようなもんだからな」
「なら、どうしてさ?」
「俺は君達が真実を知り、それを語ることを恐れている。その結果この国が大きく揺さぶられてしまうからだ」
なるほど…極々シンプルな理由ね。安定志向保守勢力の人か。
でも、誰もが自分で考え、そして判断することを止めろというの?
あたし達は人が考えるための材料を探しているだけなのに。

「へぇ?でも語らないという選択肢もあるじゃないか。おまけに今回の話の主体はスカイリッパーというガルカでさ。何かにたどり着いたとしても僕らがそれを語る事はないよ」
「ほう?」
「それを他の人に語るかどうかはスカイリッパーが決めることだよ。彼に直接言ったらいいんじゃないの?」
「彼が語らずにいられなくなるような真実だったとしたら?」
「…あなたはそれが何かを知っているわけ?」
リンツァイスの問いにには答えずに男は言葉を続けた。
「ま、スカイリッパーはただの臨時雇いの武官に過ぎん。市中への影響力も殆どない。だがな、今回はフェムヨノノ師の名前が出ている。そうなればリンツァイス君も当然協力していると思われるだろう」
「よくわからないなぁ。だから何だってのさ?」
「説明せんとわからんかな…君達は自分の立場を理解していないのか?」
「立場?」
「発言力と影響力ということだ」
「フェムならわかるけどさ」
「…あたしだってわかんないわよ。ただの冒険者で駆け出しの魔法研究者じゃない」
アイツはあたしの文句を無視して続ける。
「どうして僕まで?」
「さっき言った通り、君は彫金ギルド期待の若手だ。商業区や鉱山区における君のコネクションはかなりのものだろう?つまり君もそれなりに街に影響力のある人間なんだよ。むしろフェムヨノノ師よりも大きいぐらいだ」
「ハハ、まさか…」
アイツは苦笑したけれど、言われてみれば確かにその通りなのだ。
…つまりあたしもリンツァイスも、望んでもいないのに勝手に祭り上げられてる。
仕事には嬉しくない副産物もつき物なのだ。

「そういう君達のお墨付きで語られるわけだ。影響力はでかい」
「そんなの勝手に…!」
「だが事実だ。それが君達の今の力なんだ。スカイリッパーとやらの語り方次第では、ガルカ達が暴動を起こすことになるかも知らん。君達の力はまさに武力と同じだよ」
「あたしはそんな事を望んでなんか!?」
「俺だってそうだ。絶対にそんなのは見たくない。だがそうなる可能性がある以上、それを止めるために手段は選ばない」
「ますます物騒な話になってきたねぇ」
リンツァイスが全然笑ってない声を発した。

手段を選ばないって、あたし達をどうにかしようって…?
だが、ブルストの考えていたことはもっととんでもないことだったのだ。
「フェムヨノノ師、あなたやビルルホルル師の一派を快く思わない人間も多い。あのヒュームのお姉さんを除いては皆バストゥークにおいては異端の人々だろう?識者が一般市民の感情が爆発するように誘導すれば簡単にリンチでもなんでも…」
「な…!?」

その時、リンツァイスがギリっと歯を鳴らしたのが聞こえた。
横を見上げると、あたしでさえ殆ど見ることがない…アイツの本当に怒った顔がそこにはあった。
「…フェムとフェムの大事な人達を守るのが僕の役目だ。そんなことは僕が絶対に許さない」
静かだけど気迫のこもった声。

「そんなに怒らんでくれ。ただの例え話だ。大体ビルルホルル師は歴戦の勇士だろう。街の人々がどれだけ束になっても…」
「でもそんなことがあったらビルルホルル先生はこの国にいられなくなる…この国とこの国の人達を愛している先生が追い出されるなんてことがあっていいわけがない」
「なるほど。ならば君の…そうだな、恋人とか。彫金ギルドの事務をやってるそうだな。近頃は物騒だよな」

今度はあたしが怒る番だった。
「あたしの義妹に手を出すなんて話は今すぐ止めないと、スリプルとお望みの精霊魔法を二つ三つ一緒にプレゼントしてあげるわ」
リンツァイスの気持ちがわかった。怒り心頭に達するとかえって大声は出ないものだ。

ブルストが感心したように頷いた。
「ほう…二人とも気迫はたいしたものだな。そこいらの冒険者とかわらんじゃないか」
「これでも一応現役の冒険者だし、剣術の腕は優秀な方だからね」
リンツァイスの口調は、まだいつもの間延びした感じには戻っていない。それはあたしの方も一緒だ。
「しかしだ、君達の言ったこと、それは半分嘘だな」
「まだわからないようね。本当に容赦しないわよ。冒険者資格や仕事のことなんて知ったことじゃないわ」
「そうだね。僕も今本気になればあなたを殺せるはずだよ」
「資格や立場、人殺しになることなんてどうでもいいということか。だから君達の言葉は嘘だと言っているんだよ」
あたし達が本気で怒っているのがわかって、まだ続けるか!?

だが、その後に続けられた言葉は、あたし達に対して充分な威力を持っていた。

「結局のところ、君達はお互いが一番大事で二人でいられればそれでいいって事だろ?」
「「!!」」
「君達の行動や言葉に影響を受ける周りの人達のことなんざ眼中にないんだ」

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あたしは放心してペタンとその場に座り込んでしまった。
リンツァイスも目を見開いてその場に立ちぼうけになってしまっている。

「そんな君達だからこそ俺は恐れているのさ。君達のやることによってこの国の平和は崩れるかもしれない。少しはこの国で普通に暮らしている人々の事も考えてくれ…っておい!聞いてるのか?」
ブルストがリンツァイスの前で何か言っているけど…もうあたしとアイツの耳にはその言葉は殆ど入っていない。
「はぁ…言い当てられたのがよっぽどショックだったか。まぁいい。自分達だけじゃなく回りの人達のことを少しでも考えることが出来るならば肝に銘じておいてくれ。君達はそうしなければならない立場の人間だし、それが出来ると俺は信じてる」

そう言うと男は私達の前から姿を消した。
その時のあたし達には追いかけるなんてことも出来なかった。
しばらく間、あたし達の頭脳と身体は完全にその機能を停止していたのだった。

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どのぐらいの時間がたったのだろう。ふと耳に雑踏の音が蘇ってきた。
「リンツ…あたし達…」
「あ、うん…取り合えず帰ろう…」
「リンツ…」
「ごめん、フェム、今は何も考えられない」
「そうね…」
あたし達はそれだけ言葉を交わすと、とぼとぼと出てきたばかりの自分達の部屋へ引き返した。