出向英雄 - 始まりはいつもウォーキング - 前編
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その日の朝、気持ちよく目覚めたアレスさん(二十二歳独身赤魔道士)は一通の手紙が自分のレンタルハウスのポストに届いているのを発見した。
ファンレター…もしくはラブレターというヤツじゃないか!? なんて期待もしたのだけど、その白く事務的な封筒を見てみればそうでない事が判る。
封を切ってみれば、そこには色気のない封筒とは正反対の、二枚の藤色の便箋。
ただし文字がつづられているのは一枚。その裏に何もかかれていない一枚を付け足してあるのだ。
モーグリ達のおかげで手軽に手紙が出し合えるようになってからは、この手の手紙に関する礼儀を忘れてしまっている輩も多いので…アレスさんは素直に感動してしまった。
だけどその感動は、書かれた文字を解読し頭に収めるまでの間しか持続しなかった。
その一枚目の便箋には『弟子を取れ』と一文書いてあるだけ。
アレスさんは首をひねる。
差出人不明。
いったいだれが…?
でも問題はそこじゃない。いやいや、そこにも問題はあるのだけれど、それよりも重要な事が一つ。
これはどういう意味があるんだろう?
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冒険者になって天才赤魔道士なんて呼ばれるようになって早四年。
厄介な事に英雄の素質を国のえらいさんに見出されてしまったアレスさんは、とんとん拍子にランクも上がり、ひょんな事から組まされた仲間に巻き込まれて、本当に成り行きだけで世界を救ってしまった。
その結果…
次から次へと押し付けられる仕事。
国からだけじゃなく、持ち前の正義感からの探索も行ってるのだけれど、
それも、今までの探索の途中で知り合ったというか強制的に知り合わされた、悪党の親玉の娘である性悪ねーちゃんとか、危ないマスクをかぶったちゃっかりガルカとか、失われた候国出身のシスコン野郎とか、そんな人達が成果だけかっぱらっていく。
もちろん自分の興味はそんなところにはないのでそれは一向に構わないのだけれど、なにか面白くない。
そのくせ、彼の名前はその界隈ではどんどん広まっていくのだった。
盛り立ててくれてるのか?なんて考えたりもしたのだけれど、それは間違いで彼らの隠れ蓑として利用されてるんじゃないか、なんて事を思いつきため息ををつくばかり。
胃に穴が空きそうな思いをしたアレスさんは、大統領にお願いした。
「どうか、職をいただけませんか?」
大統領と補佐官、そして工房長は事の外喜んだ。
「おお、そう言ってくれるのを待っておった。ミスリル銃士隊と同位の組織を作ってそれを君に一任したいと思う。そうだな、ミスリル銃士隊は内の守りだから、外に対して冒険者を有効活用できるような…出来れば君の仲間と一緒にやって欲しいものだ」
なんともはや、一介の冒険者に対してはたいそうなもんである。
だけどアレスさんは首を横に振った。
「いえ、俺が欲しいのはそんな忙しい仕事じゃないです。のんびり楽に暮らせるような…はっきり言って閑職と呼ばれるようなものが欲しいんですよ」
あっけらかんと発せられたその言葉に、大統領府の人間は皆涙を流したという。
しつこく留めてくる面子の説得を、持ち前のファストキャスト果ては連続魔まで使ってのマシンガントークでかわし続けた三時間の後、アレスさんが手に入れたのは『在ウィンダスバストゥーク領事館付武官の身分で星の大樹の連邦政府へ出向』というわけの判らない名前のお仕事。
彼はすぐさま周りの人達にひと時の別れを告げて、リゾートへ向かうようなルンルン気分でウィンダスへ向かったのだった。
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とりあえず謎の手紙の事は頭の隅に押しやっておいて、彼は窓を開けて朝の空気を部屋に取り込む。
湿気たウィンダスの風が心地よい。
この部屋は居住区の中でも森の区に面した方面にあるから、森の澄み切った風が入ってきた。
それからお湯を沸かして、ウィンダスティーを淹れて湯飲みに注ぎ込む。
連邦首都に滞在するようになってから半月の間は、彼の朝はバストゥーク風にコーヒーで始まっていたのだけれど、郷に入れば郷に従え。三ヶ月を経た今では、すっかりウィンダスティーを愛飲しちゃったりしている。
それから蒸し上げたタルタルライスと鮒を塩引きにして軽くあぶったもの、パムタム海苔の佃煮、ララブの尻尾の漬物なんかで朝食をとる。
典型的なウィンダス在住タルタル風といった感じの朝食。
もちろんこの地のミスラとの付き合いも出来たのだけれど、食生活においてはミスラ風の肉食生活(そう。本当に肉食だった)になじめなかった。
結果アレスさんはタルタル風の質素だけれど健康的ものを取り入れる事にした。
そんな慎ましやかな朝食を済ませて、お茶をもう一杯飲んだ後、窓を閉め入り口の鍵を閉めて、港区の出口から外に出た。
バストゥーク領事館へてくてくと歩くアレスさん。
星の大樹へ出向とは言っても、その身はあくまでバストゥーク領事館付武官。依頼は全て領事館経由だ。
何の事はない。今の所ウィンダスの新米冒険者のような仕事をやってるだけ。
ただ依頼がゲートハウスじゃなく領事館に来るって所がちょっと違う。報酬はウィンダスの各院の依頼主達からではなく、バストゥーク政府から月毎に出る固定給って所も。
だけどやってる事は同じ。既に人外に達しようという実力を身につけてしまっているアレスさんにとってはちょろいもの。結果的にのんびりと生活できちゃうわけだ。
依頼が来てればその旨通達が来るのだから、領事館への出勤の義務もないのだけど、変な所で生真面目なアレスさんとしては一応毎朝依頼がきているか確認しに行く。
もし依頼があれば、美人だけど性格のきつい年増の女性総領事や、もう一人の領事館付武官であるガルカと色々相談した後に(外交って難しいね)、天の塔へ出向いて仕事の段取りを決めたりする。
依頼がなければ後は水の区へエスケープして魔法図書館に入り浸ってずっと本を呼んでるだけ。
なんともお気楽ご気楽な生活。
領事館の人達は彼が世界を救った事は知らないけれど、本国のトップの肝いりでここに来ていることは知ってるもんだから『かなりの人物のはずなのにこんなんでいいの?』なんて考えちゃってる。
だけどアレスさんはどこ吹く風。
しっかりのんびりリゾートを謳歌しているのだった。
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当然その日も彼はお気楽だった。
朝受け取った手紙の事なんかはすっかり頭から消え去っている。
だけど、領事館のドアを開けた途端、アレスさんは手紙の事をしっかり思い出さなければならない状況に遭遇しちゃったのだ。
「ししょ~!!」
と、大声を張り上げつつ感極まったように涙を流して抱きついてくる女の子がそこにいたから。
ドーンと金属鎧がぶつかってくる衝撃がアレスさんを襲った。
『むにゅっ』だったらよかったんだけどなぁ。きっとその後のやり取りはだいぶ変わったはずだ。とアレスさんは後に語った。
けれど実際の所、アレスさんは色気も何ともなく「うわぁ!?」と叫んだだけ。
「ちょ、ちょっと…」
金属の板が首に食い込む。不意打ちを食らわされたベテラン冒険者としてはとっさに振りほどくのが妥当なところだろう。
けれど、普段かぎなれない冒険者らしくない若い女の子の華やかな香りを胸一杯に吸い込んでしまって、息絶えそうになってしまったアレスさんだった。
とりあえず彼の声がやばくなってきたのを感じ取って、その女の子は離れてくれる。
涙を浮かべて咳き込みながら抱きついてきた鎧の主に向かって顔を上げた。
見るところ、16、7ぐらいのヒュームの女の子。
長い黒髪を頭の後ろの高い位置で結んでいる。
背は…女の子にしては高い。下手をすればアレスさんよりも大きいぐらい。近頃の若い子は発育がいいのだ。
服装は、なるほどまともなプレート系の鎧を着ている。やわらかくないのも当然だ。
で、それはバストゥークの官給品でもなく、ましてやどこの国のものでもない。
椅子にはこちらも紋が入っていない騎士盾が立てかけられている。
国や家を表す紋がないとなると冒険者なのだろう。大方冒険者としてのナイトといったところか。
白い鎧を着こなしたその姿は、髪型とも相まって非常に凛々しい感じだ。
相当の美人…いや美少女と言えるだろう。
「あ、は…これは失礼しました」
かしこまって直立する女の子。きっとした理知的な顔立ちを引き締めている。
さっぱり事情がつかめないアレスさんは混乱するばかり。
丁度それに助けを入れるかのように、横から今度は年増女性の声がかかった。
「アレス。よく無事でしたね」
「…領事。死ぬかと思いました」
声の主はこの領事館の大将。在ウィンダスバストゥーク領事館の女性総領事だ。
「あら、若いご婦人に抱きつかれた感想がそれでは、失礼なのではなくて?」
フルプレートを着た人間に抱きしめられたら、あんただってそんなことは言ってられないはずだ。それが例えあんた好みの若いツバメだったとしてもね。
「そりゃまぁそうでしょうけど、そうは言ってられなかったですね実際。で、こちらは?」
一度切って、俺の聞き間違いだといいなぁと念を込めて、ゆっくりと訊きなおす。
「…『ししょ~』って?」
ところが、アレスさんの困惑を全く理解できないかのように、領事さんは事も無げに彼に伝える。
「ええ、こちらは新米冒険者のディン。あなたに弟子入りを希望してわざわざバストゥークから来たそうです」
「ディンです。師匠、これからよろしくお願いいたします」
緊張のせいなのか顔を幾分赤く染めてきっちりと挨拶したディンさんなのだけれど、
当然アレスさんはわけのわからないような顔をした。
一瞬黙り込んで考えた後、今度は大げさに慌て始める。事が事だけに大げさじゃないかもしれないけれど。
「ど、どういうことです!?」
質問は女の子ではなく、領事に向けて。もちろんその驚愕の顔も一緒に。
「ええ、弟子を取ることも魔道士に要求される仕事の一つ、ぜひ一番弟子にさせてもらいなさい。とフェムヨノノ師がそそのかした…いえ、仰ったそうで」
なんかとんでもない名前を聞いたような気がした…気のせいじゃなかった。
「フェ、フェムヨノノ師だって?」
ゾゾゾとアレスさんの背筋に悪寒が走る。
「スクラッパーの片割れ、フェムヨノノ師?」
彼は大声を出して女性領事に青い顔を向ける。領事はそれにこくんと頷くだけだ。
アレスさん本人はフェムヨノノ師には会ったことがない。
だけど、研究がメインなのか戦闘がメインなのかの違いはあるものの、同じバストゥークの赤魔道士なわけで、おまけにお互いに結構有名だから、フェムヨノノという名前はしっかりと耳にしたことがある。
かつて自分の誕生日プレゼントを得るために、その忠実なる下僕の彫金士と供にパルブロ鉱山を占拠し、クゥダフ達を追い払いかけたという彼女。
大工房の領事部に殴り込みをかけ、旅券担当書記官の首を占め落とし、さらには飛空挺パス発行のための推薦状を二人分かっぱらっていったという彼女。
永遠の扉という言葉を聞いた途端、連続魔ウォタガを周囲に降らせ、さらにいかなる魔法か無数の金ダライを召喚して追い討ちをかけるという彼女。
そう言えば、彼を世界を救う戦いに巻き込んだエアハルトというナイトは、フェムヨノノ師と会ったことがあるそうだ。
それだけでなく本人と直接戦い、そして驚くべき事に…殺せなかったらしいのだ。
エアハルトが殺せない魔道士なんて世界にそうはいないはずで、その話を聞いたときにはびっくりしたものだ。
もちろん、戦闘においてフェムヨノノ師が自分より強いわけがないとアレスさんは確信している。魔法の研究や行使においても彼女を上回る人間はここウィンダスにたくさんいるだろう。
話に聞く性格の悪さだってシャントット博士の足元にすら及ぶとも思えない。というかシャントット博士を超えることが出来る人間なんて世界にいてはならないのだ。
しかし…スクラッパー・フェムヨノノ、その伝説にはインパクトがあるのだ。
彼女のほかに誰が、彼女のようなことを発想しそして行動するのだろう?
というわけで、まともな冒険者を自称するアレスさんは、スクラッパーの異名を持つ赤魔道士にかなりの苦手意識をもっていたのだった。
向こうも、公にはなっていないアレスさんの『英雄』の理由を知っている…はずだ。
そんなフェムヨノノ師の紹介…いや直接面識はないのだから紹介ですらないのに、弟子入り希望の人間を送ってよこしたっていうのか?
「魔道士サポ前衛論、暗黒とナイトの本質は魔道士論を体現する師匠に、私の生きる道をご教授願いたい!」
真剣にアレスさんを見つめるディンさん。
その視線から逃れて、天井を見つめるアレスさん。
つまり師匠というのは。
「確かにそりゃ俺の持論だが…あ、あの手紙ってそういうことか。しかし面識のない俺によく手紙なんか」
女性領事が彼の方を不思議そうな顔をして見てきた。
「いやさね、今朝手紙が届いたんですよ。差出人の名前もなしで『弟子を取れ』ってだけ書いてあるやつ。フェムヨノノ師ですよね?」
大げさに肩をすくめながらアレスさんは領事にそう答えた。
「なるほど。あの子ならばそれもありえる」
「領事、会ったことがあるんですか?」
「話も聞いていますし、実際に会った事もありますよ」
「しかしフェムヨノノ師が弟子を取ったという話は聞かないからなぁ。他人には『仕事』だなんていっておいて」
「まぁそれは確かに…それでどうするのです、アレス?」
鋭い視線。気付けば領事からだけじゃなく、ディンさんも真剣な顔をして彼をじっと見つめていた。
「いや、俺はまだ弟子を取る器じゃないし。それに俺が言う魔道士の理想ってのも、とても他人に勧められるようなもんじゃないですね。そういうわけで申し訳ないけれど…」
そこまで言ったアレスさんの前に少女が進み出て両手を伸ばした。その伸ばした手のひらの上には小さな卵が乗っかっている。
「ん?」
不思議そうに覗き込んだアレスさん…しかし。
ドゴン!
可憐な少女の手の中からは火花とホロ麦粉の粉末が飛び散った。
もろにそれをかぶるアレスさん。
「ゴ…ゴホゴホ」
当然咳き込まないはずがない。英雄といえど人間だし不意打ちには弱いのだ。
あたり一面に広がった煙と粉末だけれど、ディンさんがぱちんと指を鳴らすと一瞬で彼女の手の中に吸い込まれた。卵の殻の中には綺麗な青硝子の小瓶が仕込まれていて、彼女はそれにコルクでふたをする。
まるで手品のようだった…というか手品と言っちゃって差し支えないだろう。
「…火薬と粉末吸着の薬品ですか。花火の応用ですね。あなた錬金術師?」
こちらも軽く咳き込んでいた女性領事がディンさんに問い掛ける。
「ええ、元々はそうなんです。師匠のお父様に教えを受けました。その先生が仰ったんです。師匠が渋ったら目の前でこれを使えと。もっとすごいものも用意してあります。承諾を引き出すまで、じわじわと苦しめるように使っていけとの事でした」
そう答えた少女は、やっぱりそれを見る限り可憐な笑顔を師匠と呼ぶ人に向けた。
アレスさんはその視線から目を外して上を向きながら
「あんのくそ親父…ろくでもないこと教えやがって」
などと歯軋りしている。
アレスさんのお父さんは錬金術師で、半分引退した今はギルドで後進の指導に当たっているのだ。
商業区に構えることが出来た小さな家から、毎日お弁当を持って鉱山区の錬金術ギルドへ通っている人の良いおじさんだ。
まさか父親と少女に繋がりがあったとは思わなかったアレスさんは悔しがる。
ますます逃げ場がなくなったではないか。
「というわけで、私にはフェムヨノノ師、そして師匠のお父様の推薦があります。これで認めていただけないのでしたら、ビルルホルル師を通じて政府に働きかけ師匠のお役目を取り消させていただきます」
目の前に一本指を立てながら、きっぱりと言い切るディンさん。
「な…?」
アレスさんは助けを求めるように領事の方を見たのだけれど、
「な…ビルルホルル師にも…だめだ。私はあの人には逆らえない。もうあんな事はごめんだ」
と驚愕している年増女がいるだけだった。
さすが悪名高いビルルホルル一門。バストゥークだけじゃなく在ウィンダス領事館までその間の手を伸ばしていようとは。
「く…わかった。しょうがない」
まるで苦虫を噛み潰したような顔でアレスさんは頷く…しかなかったのだ、この場合。
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「それで、ディンさん、君はどのぐらいの期間ナイトをやっているんだ?」
今日は依頼もなかった事だし、この状況では目の院で本を広げながらお昼寝というわけにも行かなくなったアレスさんは、ディンさんを伴ってレンタルハウスの自分の部屋へ帰ってきていた。
どかっと疲れたように椅子に座って、彼女の方にはベッドに座る事を勧めながら、そう訊いてみた。
だって弟子入りとは言っても、実力も分らないんじゃどうしようもないじゃないか。
「領事は新米冒険者って言っていたけど、まさかど素人ってわけじゃないよな?」
「師匠、そんな他人行儀な。ディンとだけお呼び下さい」
にっこりと微笑む可憐な少女。
それに対してアレスさんは青ざめた顔をして頭を一振り。
「…わかった、ディン。いつナイトの資格を得たんだ?」
またもや少女はにっこり。
「一週間前です」
確かに鎧は…新品だった。戦士剣も騎士盾も。
「すまん。俺では君の師匠にはなれん。よそを当たってくれ」
椅子から立ち上がって、自分の部屋から逃げ出そうとする英雄赤魔道士。どこへ行こうというのか。
「ではビルルホルル師に…」
「質問を続ける。弟子のことを知らなきゃ師匠失格だからな」
すぐさまアレスさんは態度を翻した。座りなおす。
「はい」
ディンさん、またもやにっこり。
この娘、もしかしたらビルルホルル一門に挨拶に行かないことに腹を立てたフェムヨノノ師が、俺に送り込んだ刺客なんじゃ…なんて不吉な発想が頭をよぎる。
そんな思いが悪魔の探知魔法に引っかからない事を祈りながら。
「その前は? ナイトの資格を手に入れるためには相応の実力を示す必要があるだろう? 何を専門として戦闘訓練を受けたんだ?」
そう、ナイトになるのは大変なのだ。なにせちょっと前は、志を同じくする100人ぐらいが同時に試練に挑んでダボイ村は屍だらけになった、という嘘みたいな本当の話があるのだから。
「ええ、白魔道士ですよ。ちなみにサポは戦士でした。なにせ師匠のお父様から師匠の理論を聞かされた事がきっかけで私は冒険者になったのですから」
うわぁ…とアレスさんは青ざめた顔になる。自業自得?
でもこの仕事を失うわけにはいかないのだ。のんびりお気楽に生きるためには、あらゆる努力を惜しまないのがアレスさんの良い所である。
「ふむ。なるほど。で、どのぐらいの経験が?」
「一ヶ月です」
「なに!?」
だとしたら天才か!?
「何故かバストゥークに出張してきたイザシオ爺が紙芝居をやっていたので、見物しましたらサポジョブの教えをもらえました。そのまま旅の商人の馬車に乗ってサンドリアまで行ったら、試練官がぎっくり腰を患っていましたので、錬金術の技を活かして湿布を一月分ばかり作り進呈したのですが、そしたらそのお礼にナイトの資格をくれる、と」
淡々と話す少女。
「…すまん。やっぱり俺には無理だ」
それに対し挫けてしまう英雄赤魔道士。
ごめん親父あんたがわからない。どうしてこんなのを俺ん所へ? てかイザシオ爺、紙芝居ってなんだ? あんたは頭蓋骨集めて棚に並べてりゃいいんだ。
「師匠、どうしたのですか?」
幼さの残った顔立ちの少女は、きりりとした顔で疑問を口にする。
「ああ、もういい。何か得体の知れない力がディンを俺の所へ連れてきたということだけは判ったこれは運命だなきっと俺たちは出会う運命だったんだどうあっても逃れられないんだ前世からの絆か何かそういう理解しがたいものがはたらいてるに違いないアルタナの女神よこの試練に感謝します」
逃避してるのか運命と戦おうとしてるのか、その意思すらも既に混乱しているアレスさん。
だが、その台詞がいけなかった。
それを途中まで(しか)聞い(かなかった。おまけに都合よく解釈し)た少女は、その可愛らしい顔を赤く染めてそのまま俯いてしまったのだ。
どのような意味にとったのかは謎ではあるけれど、それはさておきその仕草は間違いなく反則技。
特に多少ロリコンの気があったんじゃないかな~って事も否定できない二十二歳独身男にとっては、あまりにも強烈過ぎる。
出会い頭にスリプルをかけられて、目が覚めてみたら全ての弱体魔法がかけられて、何度アスピルを使われたのかMPがすっからかんだった、おまけに前もってキャストしておいた強化魔法は全て消されてる、みたいな、赤魔道士にとって最悪の状況に匹敵する卑怯な破壊力を持った仕草だったのである。
「あ…」
別に赤くなる必要もないのに、真っ赤になってしまうアレスさん。
半分引退モードの彼とは違って、未だ英雄街道まっしぐらのエアハルトがこんなアレスさんを見たら、『修行が足りんな』と厳かにのたまうに違いない。
うるさい。たかが2、3戦組んだだけのあんたにそんな事言われたくない。
彼の目の前にいるディンさんもまだ真っ赤になって俯いてる。もう殆どお見合い状態。
「あの…ディン?」
なんとか気持ちを奮い立ててディンさんに声をかけたアレスさん。だけど…
「…」
なんとまぁ、ディンさんは潤んだ目でアレスさんを見つめてしまった。
この女、なんて性質が悪いんだろう。手練手管きっちり習得しちゃってるじゃないか。
レンタルハウスの中は再び固まってしまう。
たっぷり一時間。二人はそのままで固まっていた。
気が付けば、窓から差し込んでくる光は夕方に差し掛かってることを示すように、半分オレンジだ。
やっとの事、二人に動きが訪れた。
ドタンと音を立てて、アレスさんが倒れこんでしまったのだ。
「し、師匠?」
焦ったようなディンさんの声。そりゃ目の前で倒れられたら誰だって驚く。
ところが床から聞こえてきたのは情けない声。
「あ…足がつった」
なるほど。半分足を上げたような状態で一時間も固まってればそうなっちゃうのも当たり前。
「だ、だ、大丈夫ですか!?」
より慌てるディンさん。他の人が見てたらまず間違いなく虫唾が走るような、いかにもな空気が流れていた一時はどこへいったのやら。
とりあえずアレスさんは無理矢理起き上がって、何とか足の裏を伸ばした。
「えーとな。話は明日でいいかな? 俺はもう疲れてしまった…」
推して知るべし。今のアレスさんの疲労は並じゃない。
「あ、はい。いいですけど」
あっけに取られたような感じだけれど、ディンさんはコクコクと頷く。
「それで君のレンタルハ」
「あ、私どこに寝ればいいですか?」
え?
「だから、レンタルハウスの手続きをしないと…って知ってるよね?」
「はい? なんですか?」
「いやだから…レンタルハウス」
可愛らしく首を傾げるディンさんだ。
「今までレンタルハウス借りた事ないの? 騎士の資格…はともかくとしてサンドリアには行ったんだろ?」
「レンタルハウスって知りませんけど。サンドリアではお友達の所へ泊まりましたよ? バストゥークでは実家にいましたし」
アレスさん、さすがに今度ばかりは絶句する。
ほ…本当に素人だったのか。
アレスさん、とりあえずディンさんの手を引っ張って部屋の外へまっしぐらだ。
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「あー、ダメだね、こりゃ」
居住区の入り口に立って、暇つぶしとばかりにカーディアンとフラダンスを踊っていた係の武官のタルタル、アレスさんの問い合わせに対して見事にのたまってくれた。
どーでもいいけど、カーディアンに変な事を教えるのはやめた方がいいんじゃないかな。あとでエライ目を見たりするのだ。
「ダメって、何が?」
アレスさん、さっぱり意味がわからない。
「彼女、モグハウスとレンタルハウスの申請してないよ」
は?
「それってどういうことだ?」
「だからね、彼女バストゥークで冒険者登録した時にモグハウス申請しなかったでしょ?」
「ああ、そうらしいけど。でもレンタルハウスの権利はあるだろう?」
「それがね、同じ手続きだと思うんだけど、レンタルハウス不要を示す書類が決裁されてるんだ」
「…なんだそりゃ!?」
一瞬唖然としたアレスさんだけど、そこは元英雄、理不尽な事にはきちんと逆らう。
てか叫ばずにはいられない。それもまた英雄の素質。
「とにかく、うちではこれは処理できないね。共和国の冒険者管理、鋼鉄銃士隊だっけ? そこに直接問い合わせてもらうしか」
一気に頭に血が上ってしまうアレスさん。
「おい! たらい回しにしようってのか!?」
フラダンスの係官、慌てて首を振る。腰につけた飾りも振る。フリフリ。
「そ、そんなことはしないよ。領事館に鋼鉄銃士隊の人間がいるんだろ? そっちに問い合わせればいいじゃないか」
「オーケー、判った。首洗って待ってろ!」
なんだかんだ言って、アレスさんはやっぱり血気盛んな若者なのだ。
「あの、師匠?」
ディンさんが心配そうに訊いてくる。
「ああ、ちょっと待ってな」
舌打ちをした後、アレスさんはリンクパールを取り出す。
一応連絡を密にしておかなきゃいけないから、星の大樹の外交部とバストゥーク領事館の分は直通回線を確保してるのだ。それがなきゃ何のための出向なのかわかりゃしない。
「総領事! 出てくれ!」
叫ぶアレスさん。だけど…しばらく経っても返事はない。
「あのオバサンはー! 何やってるんだよ!?」
いよいよ機嫌が悪くなるアレスさんだ。ディンさんはハラハラしてそれを見てる。
「くそっ!」
アレスさんはリンクパールを地面に叩きつけようとして、でもやっぱりそれが出来ずに懐にしまいなおしてしまう。
息子に罪はないんだから、リンクパールにだって罪はないのは明白だ。
「ディンはここで待っててくれ」
ディンさんにそう言うと、だっと港区へ向けてアレスさんは駆け出した。
ものの数分、あっという間に領事館前。
さすがに夕方近くになってるから、お役所である所の領事館のドアはしっかりと閉じられてる。
外来受付が終っちゃってるだけで、実際はまだみんな忙しく働いているはず。
そうと理解はしていても苛立ちを募らせてしまうアレスさん、ドンドンとドアを荒々しくノックする。
「はい、ちょっと待って…」
そんな声が聞こえてきて、ドアが開けられて中からチェーンメイルを着た短髪の鋼鉄銃士隊の出張武官が…顔を出したかと思うといきなりドアを閉められちゃったのだ。
「お、おい!?」
なんだなんだ?
中から淡々とした声が聞こえてくる。
「本日の外来業務は終了しております。夏季は午前九時から午前十一時までの受付となっていますので、その時間内にまたお越しくださ…」
「んなわけあるかー!!」
でもそれがこの時期の正規の営業時間なのだ。アレスさんは自分がフリーパスだから忘れちゃってるだけ。
とは言え、領事館付武官であるところの彼が閉め出される理由はない。
さすがに申し訳ないと思ったのか、言い訳じみた声がドアの向こうから発せられた。
「…アレスさん、総領事がですね」
「なんだよ?」
「頭から布団かぶってブルブル震えてるんです」
「…は?」
「とりあえず総領事がショックから回復するまで、アレスさんとディンさんは通さないようにと職員の全会一致で決定されました。俺達鋼鉄銃士隊は間借りしてるだけですから、職員の決定じゃ従うしかないんですよ。それじゃ」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
慌ててドアの向こうの兄ちゃんが離れていこうとするのを止めるアレスさん。
「あんた鋼鉄銃士隊なんだろ? この娘、レンタルハウス関係の登録がおかしくなってるんだ」
「あ、それ管轄違うんで。登録関係や身分照会は領事部通じて本国のゲートハウスに行ってもらわないと」
返ってきたのはそんなあっけらかんとした答え。それと共にすたすたと奥へ歩いていってしまう足音も聞こえてきた。
「な…なんだよそれは。税金取ってるんだろ? サービス悪すぎるぞ…」
アレスさんは、がっくりとその場に膝を突いてしまった。
でもアレスさんは冒険者だから収入が特別扱いされて税金払ってないのだ。
おまけに、いくらミッションこなしているとは言え、冒険者はもっぱら税金が投入される側。
湯水のようにお金を消費してるのは自分達。
従って文句言う資格無し。
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その夜…ベッドをディンさんに明け渡したアレスさんは、ぶつぶつ言いながらタルタルライスで作ったお酒を味もわからないまま飲み続けていた。
結局その後、ディンさんが二日酔いの薬を調合していたのは、最早言うまでもない。