出向英雄 - 始まりはいつもウォーキング - 後編

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翌日の昼、アレスさんの痛む頭は、更に激しい痛みに襲われていた。
一応なんだかんだ言っても律儀なアレスさん。一度弟子に取ると言ってしまった以上、それを翻すなんてのは以ての外。
だから、領事館前の口の院の建物を借りてディンさんの剣技はどの程度のものか見ていたのだ。
結果…頭痛が更に増したわけだ。

魔道士サポ前衛論を体現するアレスさん、そのポリシーが示す通り剣技もなかなかのもの。
本職は赤魔道師らしくレイピアを使ったフェンシングなのだけれど、サポを戦士にする事もある。最近は暗黒騎士がお気に入り。
そんなわけで、サポ前衛の攻撃力を生かすために、騎士剣つまり長めの諸刃直刀の扱いは、レイピアまでとは行かないけれど、そこそこになっていた。
勿論それとペアになる盾の扱いだってまぁ悪くはないレベル。そんじょそこらの戦士には負けはしない。
だからそれを応用して、ディンさんに戦士剣と騎士盾の扱いを教えられる…はずだった。

「なんで…なんでそんなに不器用なんだ。ディンは…」
がっくりと座り込み、頭を抱えながらぶつぶつ呟くアレスさん。
ディンさんは傍らに立って、済まなそうに恐縮しちゃってる。
彼女、多少突きに拘る所があるけれど、剣の扱いは悪くない。
アレスさんは「戦士剣は重量を活かして叩き切るものだ」と教えて、まぁ素人としちゃこんなもんだろう、と思っていた。

ところがいざ手合わせしてみると、ディンさん、盾がまともに使えなかったのだ。
何度教えても、右手と左手が連動して動いちゃうのである。
片方ずつやるならきちんと動くのである。でも両手だと上手くいかない。
不器用とかそういう問題じゃないような気もする。

途方にくれたアレスさん、さっきからこのままだ。
この娘をどうやって一人前のナイトに育てろって? 盾を上手く使えない騎士は…辛いよな、やっぱり。
ああ、俺の人生ここで終わりか…なんて根拠レスな悲嘆に暮れちゃってるのである。
ディンさんもそんな師匠を見て、ドンドン落ち込んでいく。

その時、暇そうに見学してた口の院所属らしいタルタルがディンさんに声をかけた。
そのタルタルは、軍師クラスの格好をしている。
さすがにアレスさんが可哀想になったのかもしれない。哀れむような目だ。
「君…元白魔道士だって言ってたね?」
「え、あ、はい、そうですけど?」
突然声をかけられたものだから、ディンさんはビクっとしたのだけれど、でもすぐに落ち着いたような声で答える。
「メイスやハンマーは使ってなかったのか? あれは盾と一緒に使うものだろう?」
「…ご覧の通り、私は盾苦手なんです。だからその…両手棍を」
最後の方は消え入るような声だ。やっぱり本人もすごく気にしてるのだろう。
「なるほど」
コクリと頷くそのタルタル。

「なんでそれで騎士になろうなんて思ったんだよ。もっと他に…」
アレスさんはそんな風にぶつくさ。
小さな声だったのだけれど、それがディンさんに届いちゃったらしい。
「師匠、それは師匠の教えに惚れてしまったからです。たまたまサンドリアで騎士の資格を得てしまったので、その方向で突っ走ろうと」
彼女はきっぱりと断言する。突っ走るってなんだ?
「…だからな、他人に勧められるようなもんじゃないんだよ」
なんであんな事吹聴して回ってたんだろう? アレスさんは今になって後悔しまくりだ。

そんな二人に、神の救いの手が差し伸べられる。
「ならば、無理をして盾と剣を使う必要はないな」
軍師帽子のタルタルがそんなことを言ったのだ。
だけど、アレスさんは不可思議なものでもみるように、そのタルタルを見てしまう。
「いや、だって騎士なんだぜ? 騎士盾が使えない騎士なんて聞いたことがない」
「アレス、君だって相当変なポリシー持ってるじゃないか。そのくせナイトの在り様にだけ拘るのかい?」
アレスさんとは一応顔見知りだけあって、ずけずけものを言う。
そのタルタル、奥の方へスタスタと歩いていった。ガシャンガシャンと何かをひっくり返すような音が聞こえてくる。
「…?」
「なんですか?」
「さぁ?」
そしてしばらくやかましい金属音が続いていたと思うと、その音はぴたりと止まった。
「どうしたんだろ?」
連邦軍師風の彼、よろよろと巨大な両手棍を抱えて奥から歩いてきた。
彼の身長のおよそ三倍。ミスラが振り回すのに丁度いいって感じの両手棍。
しかも凶悪な…スパイク付きのヤツだ。おっとろしいなんてもんじゃない。頭なんかに振り下ろされたら、間違いなくトマトのように簡単にパン!って破裂しそう。
「これ、使って見せてくれないかな?」
「おいおい、いくらなんでも…」
アレスさんは止めようとするのだけれど、
「ま、見てなよ。騎士盾への拘りなんて無意味だって証明してやるから」
ニヤリとするタルタル。タルタルってどうしてこう意地が悪いんだ?
ディンさん、アレスさんの方を見る。
「師匠?」
「あー、わかったわかった。とりあえず型を見せてくれ」
肩をすくませるアレスさん。一応曲がりなりにも天才で英雄なんだから、武器の指導に関してそれ程間違うわけが…。

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一時間後、アレスさんはさっきよりも更にどん底に叩き込まれていたのだった。
どこまでも気分は暗くなる。
「な、言った通りだろう?」
勝ち誇ったような三角帽のタルタル。ディンさんは両手棍を使った方が良さそうだったのだ。間違いなくセンスがあると言っていい。見事に突き出し、見事に受け流す。
アレスさんも手合わせしてみた。そして自分の思い込みが全く益をなさない事に気が付いちゃったのだ。

「しかしだな…なぜそれほど突きに拘る? 勿論突きも大事だが、両手棍の基本は振り回して殴る事だからな。上手く活かせないぞ?」
真っ暗ーい影を被って鍛錬場の隅にしゃがんで「の」の字を書いているアレスさんにはもうかまわないで、タルタルはディンさんに訊く。
「はぁ。どうしてなんでしょうね?」
タオルで汗をぬぐいながら、ディンさん不思議そうな顔をする。自分でもわかってないらしい。
「…ふむ。ここまで来たらもう怖いもの無しだな、アレス?」
「もう好きにやっちゃってよ。サポ前衛とか嘯いてみた所でどーせ俺なんて所詮ただの魔道士なのさ…」
タルタルは隅っこの塊へ声をかけるのだけれど、アレスさんはいじけるばかり。
「いえ、ししょ「ほっときなさい」うは間違っ…え?」
心配そうなディンさんの声をタルタルが遮った。ディンさんは戸惑う。自分に原因がないわけじゃないから。
そこにドアを開けてセミロングの金髪のヒュームの少女が入ってきた。ディンさんと同じぐらいの年の可愛らしい少女。
白いシャツに、男物を仕立て直したらしい黒のゆったりとしたパンツ。
腰には綺麗な白と紺のストライプ柄の布が、スカート状に巻きつけられていた。もしかしたらエプロン代わりなのかもしれない。
…美少女だ。おまけに自分なんかよりもよっぽど小さくて女の子っぽい。ディンさん、思わず見とれてしまった。
「兄さん、ここにいたのですか。部屋の掃除をしておいて下さいと朝言ったではないですか?」
腰に手を当てて膨れてみせる金髪。
兄さん? ヒュームとタルタルなのに? ディンさんの頭にはクエスチョンがたくさん浮かぶ。
「ああラティ、悪いな、忘れてたよ」
そのぞんざいな返答に、ラティと呼ばれた少女、さらに頬を膨らませちゃう。
「明日はお客さんが来るのですから…きちんとしていないと」
「ああ、帰ったらやるさ。で、その前に頼みがあるんだが」
「なんです?」
「アレス、自由になる金はどのぐらい持ってる?」
またもや隅っこの物体に叫ぶ。

金髪少女、そこでやっとアレスさんの存在に気が付いてくれたようで、
「うわ! アレス殿、どうしたのです!?」
そう言うと顔を引きつらせて後ずさってしまったのだ。そりゃまぁ、その気持ちもわかるってもの。
下手に近づいたらアレスさんの闇に飲まれて、一緒に床にのの字を書くことになりそう。
「あー、ラティシアちゃんか…」
「ええ…一体?」
でもアレスさんは答えない。やっぱり精神がどん底の世界へ旅立ってるみたい。
「ちょっとね、おいアレス、聞いてるのかい?」
面倒くさそうに少女に答えると、もう一度アレスさんに呼びかける。

アレスさんもう完全に落ち込む事を決めたようだ。さっきに比べて、彼の纏う闇はドンドン広がっている。そのうち口の院全体を侵食してしまうようにも見えなくはない。
だから返事はなく、その代わりに重量級の宝石袋が飛んできた。
タルタルは、それを上手くキャッチして中を覗き込んで満足そうに頷いた。
他人の財布を覗き込んでニンマリとするのは、あまり趣味がいいとはいえないんじゃないかな?

「これだけあれば充分だろう。ラティ、このお嬢さんに合う上物の槍を、この宝石を換金して買ってきてくれ。彼女の背の丈は君よりも相当大きいが、君は槍も使ったことがあるから見立ても出来るだろ?」
ラティシアさんは、チラッとディンさんを見て軽くお辞儀をすると、今度は視線が彼女の全身を下から辿って、最後には見上げるような形になった。
ディンさん、ちょっと赤くなって俯いてしまう。実は背の高さを結構気にしてるのだ。
だけどラティシアさん、それには構わずにちょっとばかり考える。
確かにサイズは身長から想像がつくし、合った物を見立てることも出来るだろう。頷きそうになって、でもハッと気が付いた。
「いやしかし…アレス殿、いいのですか?」
心配そうに眉をひそめてアレスさんを見る。
だけど、その答えは殆ど棒読み。
「あー、もう俺のことは構わなくていいよ。ラティシアちゃん。ついでに俺の財布の事も気にしなくてよろしい」
完全に人生捨ててしまっちゃったような声が、やっとアレスさんから帰ってきた。
「はぁ…でしたら」
そう了解して、金髪の少女は口の院を出て行った。

状況が飲み込めてないのはディンさん一人。
「え? 槍ってどういうことですか?」
「多分君の癖というか嗜好が出てしまっているのだな。突きをメインにするならばそれに特化した槍がいいだろう。その方が自然という事だよ」
「はぁ…」
解ったような解らないような、そんな感じのディンさん。頷こうとした時…
強烈な爆発音が港区を揺るがした。

「「!!??」」
ずさっと立ち上がるアレスさん、そしてやっぱり真剣な反応を見せた軍師姿のタルタル。
さっきまでの落ち込み様はどこへ行ったのか。意外に切り替えも早いのだ。
脇に置いてあった、ディンさんの指導する時の自分用に、わざわざ買った中古の騎士剣を掴んでタルタルに叫んだ。
「ウィルパナルパさん、今のはフレアだな!?」
「その通りだ。西サルタバルタか。バカが…!」
ディンさんには何がなんだかわからない会話を交わした二人は、外へ駆け出そうとする。
慌てて声を発する彼女。
「ちょ、師匠?」
「ディンはこの建物の中に居ろ、間違っても絶対に街の外に出るなよ!」
それだけをディンさんに言うと、二人は走り去ってしまった。

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がっちょんがっちょん音を立てて走りながら、とりあえず状況確認。
「口の院の研修生? それとも冒険者か?」
アレスさんは所詮出向の身。その日その日のウィンダス軍の配置を知ってるわけじゃない。だからウィルパナルパさんに訊いてみる。
さっき口の院でやっていたのだって、領事館に近くて武器を振り回せるところがあそこしかなかったから。知り合いだったウィルパナルパさんに声をかけて使わせてもらっていただけなのだ。
「ベテランの冒険者なら、古代精霊魔法を使わなきゃならないほど切羽詰った状況を作るなんてことはないだろう」
「それじゃ、口の院の若手か?」
「戦闘はど素人だが、精霊魔法に関しては化け物じみてる天才肌の戦闘研修中のヤツがいてね。一応将来のエリート候補なんだが。藪をつついてみたらカラスが大量に飛び出てきたって所かな」
んな諺はない。
「それでギデアスから城門まで連れてくるのかよ。アホな事やるもんだ。あんた達一応魔法戦闘のプロだろ? きちんと監督官をつけて指導しないと」
「全くだね、院長はもうちょっと考えて欲しいものだ。まぁ私はそういう事の尻拭いのためにいるのだから文句は言えないが」
二人とも全力で走りながらそんな事を話せるのは、さすが最強クラスの冒険者というべきか、それともただの大道芸というべきか。

門の前はガードがてんやわんやの騒ぎになっていた。
ウェスト・オブ・ビースト、このゲートハウスを担当する部隊なんだけど…まぁ毎度の事ながらここの隊長、賑やかなだけなのだ。こういう時にはまともに動けないのは判りきっていたことだったりする。
アレスさんとウィルパナルパさんは、ゲートハウスの騒ぎを無視して、一気に城門のトンネルを駆け抜ける。かまっちゃいられないのだ。

外に出た途端、煙が彼らを包んで、二人は思いっきり咳き込んでしまう。何やってんだか。
「ゲホゴホ…シェルもらえるよね?」
咳き込みながら、高位シェルを要求するウィルパナルパさん、
「あ、悪い。にしても…派手にやったもんだな」
シェルを自分とウィルパナルパさんに唱えながら、アレスさんは辺りを見回す。
殆ど火災みたいな煙があたり一体を包んじゃってる。ゲートハウスから発火したのかってぐらい。
どうやらギデアス方面から流れてきてるみたいだ。ウィルパナルパさん正解。

シェルで包まれてしまえば、煙と炎に対してある程度は耐性が出来る。次いでウィルパナルパさんがバファイラを唱える。これで完璧っぽい。
でもアレスさんは納得しない、自分で更にバファイを上書き。
「…それは、強化魔法が苦手な私に対する嫌がらせかい?」
でも意に介したようもなく、冗談めかして言っちゃうあたりが年長者でベテランの余裕。
「ま、そんな所。さーて、何匹ぐらい釣ってきたかな?」

アレスさん、既に剣を抜き放ってファランクスとストンスキンなんかで武装しちゃってる。
口の院でやってたのはディンさんの実力を見るためだったから、今のアレスさんは、彼自身を象徴する紅白のタバードと羽根付き帽子を被ってない。
上は魔戦士待遇を示すチュニックの肩あたりにバストゥーク領事館の刺繍を入れたもの、下はズボン。フードを下ろして腕まくりしてる以外は、殆ど文官みたいな格好だ。
でもまぁ、何とかなるだろうってのがアレスさん。だてに元英雄じゃない。

「…六、七と。もう数えるのやめるか」
目を凝らしていたけれど、呆れたように声を出すアレスさん。
煙の向こうにヤグードが走ってくる影が見え始めたのだ。まだ遠いから数はよく分らないけど…
とりあえず、どっさり、って感じ。
そしてカラス人間達の前には一生懸命走りこんでくる薄紫のローブを着た若いタルタル。
「はいはい、さっさと街の中に入っちゃってね~」
アレスさんは適当に声をかける。
「あ、あ、あなた達は~!?」
まだ身体が出来ていないから、アレスさん達のように全力疾走しながら喋るなんてことは出来ない。
「俺は…一応天の塔の人間だよ。心配しないでさっさと逃げてくれ。てか逃げろ。邪魔だ」
「私は口の院の人間だ。厄介な事に君の後片付けを言い付かってる。後で説教するから覚悟しておけ」
二人とも嫌味たっぷりで答える。
「そ、それじゃおねがいします~。最後に」
その少年、立ち止まって何か歌い始めて…。

ドカン!

エリート候補のタルタルはズザザザと門の奥へ滑り込んでいった。
「あのバカ野郎!」
今度はファイガを使いやがったのだ。しかも全く命中せず。
ただ視界が悪くなっただけ。うっすらと見え始めていた爆走してくる大集団が、また煙に隠れてしまった。
環境破壊もいい所。
さすがにウィルパナルパさんも眉間にしわを寄せて両方のこめかみに指を当てている。

「さて…」
アレスさんはコキコキを肩を鳴らす。
まぁ悪い運動にはならないだろう。ちょっとばかりストレス解消にもなるかもしれない。
昨日から溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと、舌なめずりするアレスさんだった。
赤魔道士ってのは、使う魔法の性格上、長く続けているとどうしても性根が捻じ曲がっていってしまうのだ。例外はない。
素直な熱血漢の赤魔道士がいたら、それは赤魔道士としての才能が根本的に欠けてることの証明だ。
そういう人は大成しないから…というか、まだ救い様があるって事だから、早急に道を変える事をお勧めしといた方がいい。
元は素直だったアレスさんといえども、運命からは逃れられなかった。
むしろそれを喜んでるかもしれない。だから既に手遅れ。ご愁傷様。

その時、若い女性の声が飛び込んできた。
「兄さん、大丈夫ですか!?」
ラティシアさんだ。
「お、ラティも来てくれたか。これで問題なくいけるな」
「だね。ウィルパナルパさんは彼女の後ろに…」
だけど、ついでに聞こえてきた叫び。
「ししょ~!!」
アレスさんは自分の耳を疑った。
だってそうでしょ。出てこないようにって言い聞かせた子の声が聞こえたんだもの。
その声の主を視認するに至って、アレスさんは自分の顔が真っ青に変色していくのを止める事は出来なかった。
「あうえー!?」
素っ頓狂で意味不明な叫びを上げるアレスさん。
「ラティ! その子はまだ殆ど素人なんだぞ!」
ウィルパナルパさんも悲鳴をあげる。
「…は?」
ウィルパナルパさんの下へ駆けつけてきたラティシアさん、やっとの事自分の間違いに気がついた様子。
一瞬あっけに取られてたけれど、やっぱり二人と同じように真っ青になってしまった。
「つ…つまり、この女性は」
「「そう、足手まといなの!」」
アレスさんとウィルパナルパさんは、声をそろえてラティシアさんに叫んだ。

飛び出てきただけだから、今この場にいる四人ともまともな鎧を着ていない。
一応ウィルパナルパさんだけは軍師コートを着ているのだから防御はまぁ完璧だけれど…接近戦を挑まれる立場のラティシアさんとアレスさんがまともな装備じゃないのだ。
おまけにラティシアさんは一番得意とする両手斧じゃなくて、さっきディンさんが使ってた戦士剣、アレスさんはレイピアじゃなく騎士剣だ。

そんな状況で押し寄せてくるヤグードの大群と戦いながら、殆ど素人のディンさんを守る?
じょーだんじゃないっす。なんでそんな面倒くさい事になっちゃったの?
アレスさんとウィルパナルパさんはため息で合唱。
リフレクがあったら見事な輪唱になっていたはずだ。

とにかく四の五の言ってる場合じゃなかったので、アレスさんは決意する。
「ディン、俺から離れるな。絶対にな!」
「あ、はい、わかりました師匠!」
勢い込んで答えるディンさん。
「ラティ、なるべくあの二人を守るように動くぞ」
ウィルパナルパさんもラティさんに宣言する。
「あうう…申し訳ない。兄さん、アレス殿」
本当にごめんなさいってな顔をして、それでもラティシアさんはきっちり剣を構える。

みんなで動揺してる間に、ヤグード達はばらけてしまっていた。
煙を利用して姿を隠したって感じ。さすがニンジャを多く擁する種族だ。
「ほう、やるなぁ」
感心したようなウィルパナルパさんの声。
ラティシアさんは呆れたようにため息をついて戦士剣を構えたまま辺りをギロリと怖い目で見回した。
アレスさんもディンさんを背中にかばいながら、じりじりと回りの気配を探る事に集中する。

「サーチ用の結界を張る魔法って欲しいよな。付与魔法応用すりゃすぐできるだろうに。そーいう役立つのが開発されないんだからウィンダスも底が知れてる」
ボソボソと呟くアレスさん。
「そうだ。ディンの弟子入りと引き換えに、フェムヨノノ師に開発依頼してもいいかもな」
「え?」
かばわれてるディンさんは不思議そうな顔。
「なんでもない…でもあの人のオリジナルなんて聞いたことがないな。歴史が専門だとかなんとか」
「なんでもなくないですよ。 何ぶつぶつ言ってるんですか?」
「いや、ちょっとばかり役得が欲しいって事だ」
「?」
首をかしげるディンさん。アレスさんよ、ラブロマンスだけでは不満か?
「…来るぞ!」
アレスさんが二人と、そして背中の一人に叫んだ。

風を切る音がして、三本ばかりのカタナが同時にアレスさんめがけて突き出される。
うち二本を、ディンさんに当たらないようにベクトルに注意しながら騎士剣で弾き飛ばし、もう一本は当たるに任せる。アレスさんのファランクスとストンスキンの両方を貫通するなんてのは、このレベルの剣術じゃ無理だ。それに敵の威力のサンプルは必要。
案の定、カタナの切っ先を中心にして七色の盾が出現し、何とかそれを突き抜けたカタナも、アレスさんの身体に到達する寸前でぐぐっと止まってしまった。完全に勢いを殺されたのだ。
アレスさんは弾き飛ばした剣を返して、残りの一本も弾き飛ばす。
「ファラを抜けるか…近頃のヤグードは優秀だな」
一人ごちると共に、このレベルの攻撃を受けた場合のストンスキンの耐久力を計算して、張り直しのタイミングを頭に刻み込んだ。

それと同時に複数のサイレスの詠唱も、聞こえてきた。
当然ながらヤグードさん達の中にも魔道士はいる。
「師匠、サイレス!」
「んなもの放っておけばいい」
ディンさんが悲鳴をあげたのだけれど、アレスさんは一蹴しちゃう。
同じく魔道士であるところのウィルパナルパさんも気にした様子がない。ラティシアさんも意に介さない。
「え、え、え?」
冒険者なりたての頃にでも(今だって充分初心者だけど)サイレス食らって死ぬ思いをしたのか、ディンさんはサイレスをひどく恐れている様子。まぁ魔道士としては当然の恐怖。
ヤグード達の詠唱が完了したらしく、いかにも魔道士風のアレスさんとウィルパナルパさんめがけて風の精霊力が襲い掛かる。
だけど…やっぱり元英雄やベテランは別格なのだ。二人は目をくわっと見開いただけでその精霊力を弾き返してしまう。
「う…嘘」
「嘘ではないな」
楽しそうなウィルパナルパさん、腕組みをしてラティシアさんの背中…というか足元にかばわれてる。
時折後ろから突き出されてくるカタナに対しては、相棒に当たらないように派手な装飾のナイフで叩き落していた。
おまけにラティシアさんに当たらないようなカタナは、ピョコピョコ飛び回って避けているのだ。しかも腕組みしたまま。
だけど絶対にディンさんから目を離さない。彼女を相当心配していると見える。

次々とヤグードのカタナを弾き飛ばしながらも、じりじりとアレスさんとディンさんの方へ寄ってくるラティシアさん。足元にはウィルパナルパさん。
「どした?」
こちらも騎士剣を派手に振り回すアレスさんが、疑問の声を上げた。
「こうも数が多いと。煙のせいもありますし」
整った呼吸のまま、ラティシアさんがアレスさんに言う。
「しょうがないだろ。ラティシアちゃん、大丈夫か?」
「私が外側から行きますので、兄さんをお願いできますか? アレス殿なら守りは鉄壁のはずです」
「分った。気をつけて。鎧無しだし…傷残ったら貰い手の心配とか大変だから」
アレスさんはコクリと頷いて、彼女へのプロテスとシェルの詠唱準備に入る。
勿論剣を振るいながらだ。
「ご心配なく。今時の回復魔法は優秀ですし…貰い手がいなければ、それはそれで幸せな結果に…あ…兄さん…そんな…嬉しい…」
なんて呟きが、頬を赤くしてうっとりしたような表情のラティシアさんから聞こえてきたのだ。
こちらも勿論剣を振るいながら。なんとも恐ろしい夢見る少女である。
「ぁあ゜?」
得体の知れない、ある意味恐怖すら感じさせる言葉と目つきに、思わず濁点付の疑問符が飛び出てしまったアレスさん。
だけど何とかプロテスとシェルの詠唱には成功する事が出来た。さすが。
それが引き金になったのか、彼女はすぐに真顔に戻って、
「かたじけない。それでは」
言うが早いか、妄想爆発ブラコン少女の姿はその場から消え去ってしまったのだ。

「あ、あれ? 消えた?」
ディンさん、さっきから疑問ばっかり。
それにかぶさるように、結構遠くの方からヤグード達の悲鳴が大量に届けられる。
「な、何が…」
「後で説明してやるから黙っててくれ」
アレスさんはカタナをガンガン弾き飛ばし続ける。後ろではウィルパナルパさんがヒョイヒョイ避け続ける。
二人ともその合間合間に弱めの精霊魔法を詠唱して、遠くに位置してる魔道士ヤグードをふっ飛ばしていく。
当然向こうの魔道士からの魔法も襲ってくるのだけれど、二人はその瞬間に属性対抗魔法を発動させて、その殆どを打ち消してしまう。
ごく稀に消せなかったものでも、魔力が身体に到達する前にストンスキンが吸収してしまうのだ。
なんともまぁ、遠近攻防自由自在。
とは言っても実力差が大きい敵だからこういうことが出来るんで、素人のディンさんの目にだけ神業と映ってるんだけど。

「わ、私も!」
さすがに庇われてるだけでは気が済まなくなったか、それとも血潮がうずくんだろうか。
ディンさんは背中に背負った真新しい槍を構えて、アレスさんの背中から飛び出した。
「あ、バカ!」
アレスさんは当然ながら血気逸る弟子に向かって叫ぶ。
ところが…ディンさん、飛び出た所を狙ってきたらしいカタナを槍で受け流して、気合の突きを一発!
ギャウェ!なんてカラスらしい叫びを上げて、ヤグードの一人が倒れ落ちた。
「…ほう?」
彼女を庇おうとしていたウィルパナルパさんが、感心したように声を上げる。
「大丈夫か!?」
アレスさんとしては、彼女の事がものすごく心配なのだ。
彼女に何かあったら…フェムヨノノ師、ビルルホルル師、そして親父。
俺は確実に殺される。
「平気です! これでも私は一ヶ月半ぐらいは冒険者やってるんですから!」
ガルルルなんて表現が合いそうな叫びっぷりのディンさん。一ヵ月半じゃ威張れたもんじゃないのにね。
「いやしかし…」

「おいおいアレス。やっぱり槍使わせて正解だったな? 剣と盾に拘ってたんじゃ、こうはいかなかっただろう? 弟子の素質を見誤るとは、君は師匠失格だな」
ニヤニヤしながらウィルパナルパさん。
「…うるさい。どーせ俺なんて師匠なんてのには向いてないんだよ」
アレスさんが、またどんよりと落ち込み始める。
でもそう出来るのも、だんだんヤグードの数が減っているから余裕が出てきたから。
遠くの方のはラティシアさんが片付けていってる。もうサークルブレード連発でドンドン片っ端からってヤツだ。

ディンさんが飛び出ちゃった分、アレスさんとしては心配の種が増えたし、彼女を庇うために必要な労力はドカンと増えた。
そこら辺分ってないのが、ディンさんが初心者である事の証明なんだけど、やさしい師匠であるところのアレスさんは、勿論そんな素振りは見せない。
必死に彼女の背中を気遣っているだけ。
なんて健気な師匠。ウィルパナルパさんも思わず涙がホロリ…なんて事はなかったけど。

四人は次々と片付けていって、後少しという所。
かなり数が減ってきたので、ウィルパナルパさんはラティシアさんの方へ向かっていった。
彼女の元に残りが大分集まってきているので、一気に片付けようって言うのだろう。

アレスさんは目の前のヤグードのモンクを切り伏せた。
これで、とりあえずアレスさんとディンさんの周りにはカラス人間はいなくなった。
ため息をついて、ディンさんを誉めようとしたアレスさん。叱るより誉めて伸ばした方がいいんじゃないかな…図に乗らせるかもしれないけど、なんて考えながら。
ところがその時、遠くからまたカラスの一団が土煙を上げて殺到してくるのを、アレスさんは確認してしまった。
「なんと。ギデアス総出か? あれ?」
何か変なものを見つけたようで、アレスさんは目を細める。
その土煙の先に…何か生き物っぽいのが見える。
パタパタと必死に羽ばたきながら、こっちへ向かってくるではないか。
「…なんだ?」
アレスさん、自分が見たものが信じられない。
戸惑っているうちに、ちゅどーんなんて音がして、追いかけていた一団は吹っ飛んでしまった。
「ウィルパナルパさん…やりすぎだ」
先頭にいた物体も、それに巻き込まれて吹っ飛ばされて、アレスさんとディンさんの方へ。
ひゅ~
綺麗な放物線。アレスさんとディンさんの首がそれを追いかけてだんだん上を向きそしてまた下に落ちる。
「あ…」
ぼわん ぼん ぼん …ぼた
着地。何度かのバウンドを経て、二人の足元へ転がってきた。
「大変!」
焦った顔で、ぬいぐるみ大の爬虫類っぽいのに手を伸ばすディンさん。
「ディン、ちょっと待て!」
アレスさんが止めようとした時、
「キュウ」
なんて声を上げて、小さな緑の塊は、力を失ってグタリと伸びてしまった。

「…?」
二人はそれを覗き込む。
「あ、まだ息ありますよ。良かった~。早く助けないと」
ケアルの詠唱を始めようとするディンさん。
「いやまぁ、とりあえず危ないからちょっと下がってろ」
でもアレスさんはそれを止める。
「師匠?」
ディンさんは不思議そうな顔で師匠の顔を見る。その目線の先にはやたら真剣で難しそうな顔をしたアレスさんがいた。

「どうした?」
ウィルパナルパさんとラティシアさんが、駆けて戻ってきたのだ。
「ん、いや、これ…竜の子供…に見えるんだけど?」
アレスさんは二人に訊いてみる。
ウィルパナルパさんは黒魔道士だし、学校中退したとは言えその知識量は抜群。おまけにアレスさんより一回りも歳を食ってる。
「幼生の個体とは珍しいな。うん、間違いなく竜だ。生まれてまだ2、3年というところか。印が…闇竜だな」
額に浮かび上がった印を見つけて、ウィルパナルパさんがあっさり言う。
「あ、やっぱりそうだったか。まずいね」
アレスさんもあっさり。
「ふむ、ならば始末しませんと」
ラティさんもあっさり。
三者とも結論が出てしまう。
だけど、アレスさんは何か引っかかってる感じ。口をひん曲げてる。

「え? どういうことです?」
ディンさんが三人を順に見回したのだけれど、アレスさんとウィルパナルパさんは苦笑いしながら肩をすくめ、ラティシアさんは、鞘に収めていた戦士剣を再び構えて、竜の首の辺りへ突きつけた。
まぁ首を落として逆さ釣りして血抜きして食べようと思っているわけじゃない事は確かだけど、ディンさんはびっくり。
「ちょ、何するんですか!」
慌ててそれを止めるディンさん。竜とラティシアさんの間に割って入る。
「なんですか、あなたは? そこを退きなさい」
ラティシアさん、明らかに冷たい目でディンさんを見る。
「なんですかって…あなたこそ何をしようというんですか!?」
ディンさんは、負けないように気を奮い立たせて叫んだ。
殆ど同じぐらいの歳の女の子二人が睨み合う。
だけど、その気迫というか漂うオーラというか…つまり威圧感は段違い。身長とは反対だ。
当たり前ってや当たり前。
片や、恥ずかしい妄想を爆発させる癖がついたとは言え、日々ミンダルシアを駆け回り国の仕事をこなす天才戦士。
もう一方は、運だけでサポジョブとナイトを取得してしまった、ただのど素人だ。
「あ…う…」
そんな目に冷たく見つめられて、ディンさんの一度奮い立たせた気持ちもだんだん萎んできちゃう。
視線に物理的な力なんてないはずなのに、ずりずりと後ろに押しやられるディンさん。

さすがに可哀想になったのか、それとも師匠としての責任を果たすつもりになったのか、アレスさんが助け舟を出してくれた。
「ラティシアちゃん、まぁその辺にしといてくれ」
それでも半分苦笑しながらだ。
「アレス殿、弟子だというのならきちんと監督して欲しいものです」
ラティシアさんは厳しい。
「分ってるって。ディン、その竜の額に浮き出てる印があるだろ?」
ディンさんの方を向き返って、アレスさんは指で竜の額を指した。
「あ…はい」
「それは、カオスの印なんだ。竜は生まれつき聖なる印かその印かどちらかを持っている。竜自体の属性によってな。そいつが持ってる印は…育ったら人間を襲うようになることの証明だ」
「そ、そんな事分らないじゃないですか!?」
一瞬驚いたような顔をしたディンさんだけど、師匠にくってかかる。
「いや、まず間違いない。見逃したとあってはラーアルさんに大目玉食らう事になる。怖くてサンドリアにいけなくなるな」
ウィルパナルパさんも、脇からそんな口を出してディンさんを諌めていた。
コクコクと頷く三人。
ラティシアさんはディンさんに追い討ちをかける。
「その通りです。だから今のうちに始末しなければならない。さあ、これで分りましたか?」
聞き分けのない子供に言い聞かせるような感じ。
自分と同じぐらいの年齢の少女から偉そうに言われれば、ディンさんとしてはむかっと来ないはずがない。

「この子と同じ印をつけた竜に襲われた経験でもあるんですか!?」
どうだ、そんな体験してなければ説得力はない!って感じのディンさん。
だけど…、
「ある」
「あるね」
「あります」
返ってきた答えに呆然とするディンさん。だけど何とか体勢を立て直す。
「で、でも、皆さん生きてるって事は、その竜は見逃してくれたんでしょ? それって優しい竜ってことじゃないですか!? 縄張りに踏み込んだから怒っただけです!」
どうだ、生きてるのが何よりの証拠!って感じのディンさん。
だけど…、
「倒した」
「倒したのさ」
「倒しました」
返ってきた答えにポカンと口を開けてしまうディンさん。今度は立て直す事も出来ない。
まさか三人揃ってドラゴンスレイヤーだったなんて。

「ディンは見たことないだろうけど、ザルカバードまで行けば低級の竜はウロチョロしてる」
「近頃はハイレベルの竜も多いな。伝説の幻獣と言えど、出会う確率は結構高いのだ」
「今時、闇竜の一匹も倒してなければ、公認冒険者の資格も取れないのでは?」
またもや三人揃っての波状攻撃。
ディンさん、もう泣きそうだ。
「で、でも! この子もそうなるなんて限らないじゃないですか? まだこんなに小さいんですよ!?」
涙ながらに叫ぶディンさん。
アレスさんは困った顔になってしまう。そりゃまぁこのぐらいの女の子に目の前で泣かれた経験なんてないから。
ディンさんは何かにつけて、アレスさんの心に新鮮さを送り込んでくる。
だけどこういう風に喜べないものもあるのだ。

…あれ? 
アレスさん、首をひねる。何かおかしくないか?

「それは確かに君の言う通りだろう。例外は全ての物事に存在する。しかし人を襲うようになる可能性の方が圧倒的に高い。それは統計学的真実だ」
黙ってしまったアレスさんに代わって、ウィルパナルパさんが言い聞かせるような感じでディンさんに答えた。
「この竜が将来人を襲うようになったとしたら、君はその責任を取れるかい?」
「え…責任って…?」
「この竜に殺される人の家族の無念さを受け止める事が出来るかい?」
「そ、そんな…」
残酷な想像を突きつけられて、戸惑うディンさん。
「それに、君は先ほどヤグードを何人も殺している。いくら我々が襲われたとは言え君が彼らの命を絶った事実は変わりない。竜だけを生かすことに何か意味はあるのかい? この竜が小さくてヤグード達が成人だったから?」
実際の所、彼女は少ない経験の中でも、既に何人もの獣人を倒してきている。そんな事は今まで考えた事もなかった。
しばらく何かを言おうと逡巡した後、結局俯いてしまう。だってまだ女の子なのだ。
ラティシアさんが続けて口を開く。
「素人のあなたをこの場に連れてきてしまったのは、完全に私のミスです。結果的に悲しい思いをさせてしまった。謝ります」
ちょっとだけ申し訳なさそうにディンさんに言う。でも右手に持った剣を振り上げて…

「…いやすまん、ちょっと待ってくれ」
振り下ろしかけた戦士剣がピタリと止まる。
その剣の主の少女は信じられないような顔をしてアレスさんを見た。
「…本気ですか?」
「アレス?」
ウィルパナルパさんも不思議そうな顔をする。
だけど、その二人の視線の先のアレスさん、苦虫を噛み潰したような表情。
「うーむ、なんて言ったらいいのか」
やっぱり自分でも納得できないらしい。
「アレス殿、あなたは曲がりなりにも英雄の名を持つ人間だ。助けてやるべきだなんて甘い事を言うつもりではないでしょうね」
金髪の少女から発せられた辛辣な言葉だ。アレスさんはぐうの音も出ない。
「見逃してやれ、なんて、さすがにそこまで甘くはないけど…理由の一つは…教育的配慮って言うか…」
アレスさん、歯切れが悪い。
だけど、言葉の最後を聞いて、ウィルパナルパさん目を輝かせた。
「ほう? 師匠として何か考えがあるのかい?」
「…師匠?」
ディンさんも目を丸くしてアレスさんを見た。
「この竜が目を覚ますまで…待ってもらえるか? 目を覚ました時、もしディンに襲い掛かるようなら彼女も納得するだろう」
「そ、そんな…」
ディンさん絶句。
それに対してウィルパナルパさん、ニヤリと納得。
「なるほど。それで教育的配慮か」
「それならば…後輩に実地で教えるのも先輩冒険者の努めです。現実を知ってもらいましょう」
ラティシアさんも頷いた。

でもアレスさんの本当の狙いはそこじゃない。
あ、いや勿論、ディンさんへの教育もあるのだろうけど、気になって仕方がないことがあるのだ。
「それにな、こっちが俺達にとっての本題だが…気にならないか?」
「なにが?」
「なにがです?」
わけが解らないといった風のウィルパナルパさんとラティシアさん。
「この竜…なんでこんな所に居たんだ?」
沈黙が辺りを包む。
別に殺した所であまり関係はないだろうから、ラティシアさんを止めたのは、もう殆ど直感の領域。
生かしておいた方が、それを解き明かすキーになるんじゃないかって。
「…むぅ」
「アレス殿の仰る通りだ」
二人は納得して考え始めてしまう。
確かに無茶苦茶奇妙な現象だ。子竜がヤグード引っ張ってくる? なんだそりゃ?
ディンさんだけ頭に別の意味での?マーク。
「どういうことですか、ししょ~?」
だけどアレスさんは答えない。眉間にしわを寄せて考え込む。

あたりは、もうすっかり煙も引いて、引き際を誤った何人かのヤグードの死体が見えてくる。
大部分は傷を負った時点で引き上げてるから、倒れてる数はそれ程多くない。
さっさとウェストオブビーストの役に立たない面々を呼んで、後片付けしてもらえばいい。
だけど…アレスさん達はずっとそこに立って、何かを考え込んでいた。

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まさか、二人と一匹のこんな出会いが、ウィンダスの一部を震撼させる事件を引き起こすなんて。
ウィルパナルパさんとラティシアさんは、考えも及ばなかったに違いない。