出向英雄 - 続きはいつもバウンディング - 後編
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「はいはい、ごくろうさまでした」
「本当にご苦労様だったよ…」
適当なようでいて結構しっかり感謝の込められた戦闘魔導団のタルタルの声に、ついついうんざりしたような声になったアレスさん。
背中で思いっきり自己主張してくれた荷物を思い返してしまったのだ。
そのタルタルさん、アレスさんの表情に気がついて、
「…すいません。天の塔の人にこんな事やらせちゃって」
恐縮して謝ってきた。
「あ、いや、気にしないでくれ…そういうつもりじゃなかったんだ」
アレスさん今度は、まずったなーという表情になる。
別に彼らに怒ってるわけじゃないから。
アレスさんとディンさんは天の塔からのお仕事を受けてちょっとした遠足に来ていたのだ。
お仕事とは、ずばり「補給物資の配達」である。
ここはブブリム半島のアウトポスト。
落ちかけた太陽を目に捕え、窓から吹き込んでくる夏の夕方の気持ちのいい風を頬に感じながら、
「何で俺、こんな事やってるんだろう? 俺って…英雄じゃなかったのか?」
だけどそれとは全く正反対の淀んだ気持ちで、アレスさんはそんな事を口にする。
そりゃシンプルな理由。今時の冒険者はこんな金にもならない地道な仕事を受けてくれないから。
だから必然的に、無料で頼めてしかも安全確実に配達が可能なアレスさんに回ってくるわけだ。
アレスさん一人だけなら、チョコボなり知り合いにテレポ頼むなり、どうとでもなったのだけれど。
チョコボ免許もゲートクリスタルも持ってないディンさんがいるから、結局歩きだった。
アレスさんは背中に、おも~い二週間分の補給物資を背負って、えっちらおっちら歩いて、
それとは正反対に、ディンさんは楽しそうに半分スキップしながらクィクィル君と一緒に付いてきた。
楽しそうだなぁ…なんて、アレスさんはため息をついたものだ。
だけどまぁ、ディンさんの実力を見るのにはいい機会なのだ。
ここ二月のホルトト遺跡を中心としたミッションでは、そろそろディンさんにも物足りなくなってきていたから。
ディンさんは、ホルトト遺跡の浅い所に巣食ってるゴブリンならば、既に何匹も同時に相手にして槍を振り回しながら撃退できるぐらいの実力にはなっていた。
まぁ、クィクィル君の助けもあるけれど、それでもど素人だった時に比べれば立派なものだ。
そろそろ次のステップに進んだ方がいいだろう。
そう思ったからこそ、アレスさんはこのミッションを受けたんだけど。
「…俺、考え甘かったよな。ディンを成長させるためには、お気楽ご気楽に首都周辺の仕事だけやってるわけには行かないんだな」
アレスさん、もう一度ため息。
そろそろジュノへ連れて行ってもいいんじゃないかな、とは思ってるけど、
だけどその為にはしばらく暇を取らなきゃいけない。
曲がりなりにも志願した役職。暇を取るなんて義理を欠いてるような気もする。
となると、仕事にかける日数、二日三日ぐらいの期間でしか出かけることが出来ない。
…ジュノは無理っぽい。
だから、許された二、三日の間とそれをちょっと延長して、ブブリムのアウトポストに逗留してディンさんに修行させようと思っていたわけだ。
思い返して、アレスさんの表情はまた渋くなる。
それを見てますます申し訳なさそうにする目の前の戦闘魔導団のタルタルさん。
気まずいのはちょっと困る。アレスさんは慌ててお願いを切り出した。
「んで、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「しばらく滞在したいんだよね」
「はぁ、そりゃまぁ問題ないですけど…本国には? 帰らなかったら不信に思って連絡が来るんじゃ?」
「黙っててもらえる? 訊かれたら適当にはぐらかして」
役人としては言語道断の答え。
「…いいんですか?」
「うん、多分」
アレスさんの自信に満ちてない言葉に、不安そうになってしまうタルタルさん。
「ま、そゆことでよろしく。ああ、食事とかは気にしなくていいよ。自分達でやるから」
さすがにそこまでは図々しくないのだ。
いまいち納得しかねるようなタルタルさんを放っておいて、アレスさんは建物の外へ出る。
ディンさん、空を見ながら地面に腰を下ろして、クィクィル君の身体を撫でていた。
…鱗、手に刺さったりしないのかね?
アレスさんはちょっと不安になる。
「あ、師匠」
出てきたアレスさんに気がついて、ディンさんはパタパタとお尻を払いながら立ち上がった。
「しばらく滞在するのは許してもらえたから、予定通り」
「修行ですね?」
さあやるぞ!と言わんばかりのディンさん…若い。
ため息をついて、アレスさんは傍らに立っている、別名緑のおばさんに、「気をつけてね」って一声かける。
迷惑かけたらいけないからね。
やる気満々のディンさんは、掛け声を上げて柵の外へ飛び出していった。
クィクィル君も慌ててそれを負う。
竜とは言え若いご主人を持つと苦労するのだ。悲しい運命。
アレスさんも、そんな二人を見ながら、柵の外へ歩き出していた。
頭には彼の象徴たる羽帽子。久しぶりの遠出だしアレスさん自身の服を着てみようと思ったのだ。
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そんなこんなで、2、3日。
ディンさん、ホルトト遺跡のに比べて大分強いゴブリン達に最初は手間取っていたけど、次第に慣れてきた様子。
アレスさんは、同時に沢山のゴブリンが彼女に襲い掛からないように、折を見て手を出すだけで良くなっていたぐらい。
遠出までした成果は充分にあったということ。
「結構順応力あるな…」
手にもった硝子杯の向こう側に星を見上げて、アレスさんは一人ごちる。
単に対人戦での槍の実力だけであれば、ディンさんは既に結構なレベルにいる。
暇さえあればアレスさんと組み手をやっているから。
某口の院最狂師弟や、某黒マスクのガルカとか、某なんで強いのか解らないヒャッホイ王子とか、そういう生きたまま伝説になっている人達には到底及ばないけれど、
アレスさんだって既に人外の領域に片足を突っ込んでる。
そんなアレスさんが、ディンさんのことを一生懸命考えながら指導に専念して組み手の相手をやってるんだから、ディンさんの成長が遅いわけはないのだ。
既に夜中。
目が覚めてしまったアレスさんは、お酒を飲みながらブブリム半島の海を渡ってくる風を身体に浴びていた。
…単に、隣に寝ているディンさんの可愛らしい寝顔を見ている事が出来なかっただけ。
「くそ…だいぶ慣れたと思ったんだがな」
旅先だから夜中の光の加減が違う。レンタルハウスの彼の部屋とはまた違った寝顔になるのだ。
「…俺はロリコンなのかなぁ…これじゃ否定できないな」
またもブツブツ独り言。
相当酔いが回ってるっぽい。
遠くにはギブブ灯台と呼ばれる石灯籠がいくつか淡い光を放っているのが見えた。
あれはどういう原理なのか…頭に浮かんでくるディンさんの寝顔を振り払うように、アレスさんはそんなこと考えたのだけれど。
結局無駄な努力。お酒が大量に入ってる頭で、そんな難しい事考えられるわけがないのだ。
だから、天使の寝顔が頭を支配してしまう。
「うーわー、やーめーてーくーれー」
…酔っ払いだ。
最近アレスさんの酒量がとみに増えつづけてる。
財産は充分にあるから全部飲み潰すなんて事にはならないけれど、問題は身体の方だ。
「いやいや、美味しすぎるタルタルライスのお酒がいけないんだ」
自分に言い訳。
その時…ズサリと金属の靴が砂をする音がした。
それに次いでぴんと張り詰めた空気が辺りを満たす。
「…!?」
モンスター? ちが…なんだ!? この圧迫感…!!
アレスさんの酒に浸された神経がそれを感じ取り、本能が脳みそからアルコールを排出させるように働き、全身の血流が高速で流れ出す。
腐っても英雄、危機を感じた時の切り替えの速さは並じゃない。
だけど、酒を意識から強制的に排出するプロセスは、はっきり言ってとんでもなく気持ち悪い。
アレスさんは、吐き気を堪えながら立ち上がろうとした。
ちょっとばかり逆流があったけど何とか飲み込む。
左手は傍らに置いていた青いレイピアを収めた鞘を掴む。
右手は羽帽子を抑えて、頭を帽子の中に捻じ込もうとする。
そうして何とか立ち上がって前を見ると…。
夜のブブリム特有の、赤みがかった淡い光の中に浮かび上がったのは。
アレスさん、目を見張った。
自分のすぐ前に紫色の鎧を纏った人影。
「なんだって…?」
その人型を見たアレスさんの口から出てきたのは、疑問。
「エ、エルパラシオン…?」
ランペール王に仕えたラスト・ドラグーン。アレスさんはサンドリアの王城でその肖像画を見たことがあった。
紫色の鎧は、まさにその肖像画で最後の竜騎士が纏っていたもの。
勿論彼は既に死んでいる…はず。
俺は亡霊でも見てるのか? アレスさんは目をこすりたくなる。
いや勿論レプリカだって存在するだろう…しかし。
ところがその人物もアレスさんの格好を見て何かを感じたらしい。
「…そういうお前はライニマードか」
そんな声が人影から発せられた。落ち着いた低めの男の声。
…なるほど。
低い声がかけられたことで却って落ち着いたのか、アレスさん何とか納得する。
「そういうことか、お互い様だな…俺のみたいなのが他にあってもおかしくはない」
そう言えば、世界を救う戦いで一緒になったヤツラも、それぞれ変な鎧や服を着ていた。
何かしら謂れがあるものばかりだったはず。
実際アレスさんの一揃いの服だって謂れの塊だ。
はっきり言ってあまり気分のいい謂れではないけど。
どっちかって言うと邪悪な欲望と無念さという怨念の塊。
でもまぁ、そんなのが俺にはぴったりだ、とアレスさん本人は思ってる。
「んじゃ、あんたサンドリアの人だな?」
ラスト・ドラグーンのようには有名じゃない、かの人物を知ってるってことは、間違いなく騎士団に縁があるって事だ。
王立か神殿か、どっちだ? 下手すりゃ王子二人の下じゃなくて王直属?
ここ最近の出来事から普通に考えれば、当代きってのドラゴンスレイヤー、ラーアル団長の方だ。
だけどクルリラ団長って線も捨てられない。
それこそ彼女のお父さんの一件で恩は売ってあるけど、だからといって安心する事は出来ないぐらいアレスさんは悪行三昧を重ねている。
あれもこれも…心当たりがありすぎるのだ。いやむしろクルリラの方に殺される理由が多いような気もする。
アレスさん、やましい事が多すぎるんじゃないか?
「…ラーアル団長に俺とディンを殺せって命令を下された?」
とりあえず皮肉たっぷりにカマをかけてみる。アレスさんの頭はフル回転状態。
どうやってこの状況を抜け出したものか。
自分ひとりなら何とかなるけど、問題はディンさん。
…なんか絶望的だ。
ところがその紫の鎧、アレスさんの言葉を理解できなかったようだ。
「…どういう」
不思議そうな声が途中まで出た後、
「…ハハハ」
笑い出す。
「なるほどな。確かにラーアルが知ったらミンダルシアまで飛んでくるだろうさ」
てことは…。
とりあえず一つ安心するアレスさん。
よかった。あの総髪おっさんには殺されなくて済むらしい。
だけど、
「って事はだ。クルリラか…バカ王子か、どっちの命令だ?」
その二人にすぐさま殺されるような恨みを抱かせてしまったか?
必死に思い出そうとするアレスさんだけど、
「誰の命令でもない。この身はサンドリア王国に忠誠を誓う騎士ではないからな」
アレスさん、その答えにギリっと歯を噛み締めた。
厄介だ。一番厄介だ。最悪の解だ。
つまり『同業者』。
冒険者、道理を持たず気分によって左右される自らの利益のためだけに動く存在。
獣人と人間が戦争状態にあるのを幸いとばかりに、獣人を殺しまくり、強盗を働き、挙句の果てには税金も納めない。
いやまぁ、獣人を殺して回る事が税金の代わりなのかもしれないけど。
…アレスさん、自分達の事をよっくわかってる。
英雄だのなんだのおだて上げられたって、所詮は大量殺戮者で世紀の大強盗なのだ。
戦争での人殺しが許されるのと同じ理由で、冒険者の獣人殺しは許される。
一応禁止はされてるものの、何かあれば人間同士での殺し合いにも簡単に発展する。
「…あんたがこの場所にいる目的は?」
言葉を選びながら、慎重に質問するアレスさん。もちろん完全に臨戦体勢。
「今はお前には関係のない事だ」
「…今は?」
「黙って見ているがいい」
その竜騎士がそう言った途端、彼の背後から飛竜が飛び出した。
クィクィル君と同じぐらいの大きさ。だけど色は漆黒。
もちろんクィクィル君との最大の違いは、薄く聖なる印が浮き出ている事だ。
そこら辺は予想がついていたアレスさん。
「やっぱり竜騎士か。すまんがあんたの用件によっては黙って見ていることは出来ない」
「ほう?」
竜の頭を模ったような兜の下の眉が、ピクリと釣り上がる。
「しかし、お前には邪魔は出来ない」
竜騎士がそう言い放った瞬間、彼の漆黒の竜が強烈な光を放射した。
「く…!?」
アレスさん、とっさに手で目を防御する。
まぶしいなんてもんじゃない、痛いぐらいの光だ。
手をかざすのが数秒遅れてたら、一、二時間は失明状態になってたかもしれない。
しかも明らかに聖なる白い光。クィクィル君の漆黒の光とは違う。
そのくせその飛竜は漆黒の鱗を持っているのだから、始末が悪い。
アレスさんは徐々に後ずさってしまう。とりあえず距離を取っておかないと。
次いで自分にブラインの準備。上手く調節できれば色眼鏡代わりにはなる。
ピギャー!!
何も見えないアレスさんの背後、何とも形容しようがない強烈な叫び声が上がった。
「な!」
アレスさんびっくりして、後ろのアウトポストの建物を振り返った。
こんな叫びをした事はないけど、声質で解る。クィクィル君の叫びだ。
それと同時に聖なる漆黒の竜は光の放射をやめ、そして建物の窓硝子に赤い揺らめきが反射し始める。
「おいおいおいおい!?」
慌てて、今度はもと見ていた方向へ再び振り返ると、既に竜騎士とその竜は姿を消していた。
気配が完全に消えている。魔力のトレースをしようにも、建物の中から炎の精霊力があふれ出てきていてまともに探知できない。
「竜騎士だけに一方的にやり逃げかよ!? ずいぶんせこいな」
思わず情けない声でしょうもないギャグを飛ばしてしまったアレスさんだけど、そんな事言ってる場合じゃない。
窓は高い位置にあるから、中の様子がどうなっているのかはわからない。
だけど、炎が上がった事は確実なのだ。
勿論アレスさんは扉をぶち開けて、中に入る。
目指す先は外に面した窓のある部屋…もう充分に予想がつく。ディンさんとクィクィル君がいる部屋だ。
廊下に乱雑に並べられた物資やら鎧やらにけっつまづきながら、その部屋の扉の前に何とか辿り着いて。
ノブを回すのも最早めんどいぐらいの勢いで乱暴にぶち開ける。
すぐさま熱風がアレスさんを襲った。
見回してみれば、部屋の一箇所が酷く焼け焦げ、そこから火が壁に回りだしてる。
「ディン!」
叫ぶアレスさん。
幸いディンさんはそのままの姿で毛布にくるまって寝っ転がっていた。
良かった。眠っていたようだし、そこまで煙を吸ってるわけじゃなさそう。
アレスさんはなんとか安心して、その酷く焼け焦げた場所を見た。
そして落ち着いて部屋全体を見回す。
「自然の炎じゃない…」
そう、明らかに通常の炎の精霊力とは違っている。
「…闇の炎?」
自らの象徴の一部である篭手を入手するときに戦ったモンスター。
それが纏っていた炎に似ている。
そしてその発火場所と思われる所に程近い場所で、全身を煤だらけにしたクィクィル君がグッタリとのびていた。
その額に貼られていたバンソウコウが完全に炭になっている。
「そういうことか…聖なる竜は悪しき竜を滅ぼす力を持ってる、と」
その意味で、竜を圧倒する力、ドラゴンキラーと呼ばれている能力を契約相手に付与するわけだ。
「んで…アレか、それを宿命付けられているわけだな」
難儀なこって。さっきの竜騎士も色々苦労しているのだなぁ。
良かった、苦労してるのは俺だけじゃないんだ、なんてアレスさんはため息をつく。
「…いかん、そんな暢気に構えてどうする!」
思わず闇の炎に気を取られて、肝心な事を忘れてしまった自分に突っ込む。
つーわけで、そんなのんびりやってるわけには行かない。
すぐさまディンさんを担ぎ上げてクィクィル君の首を掴もうとしたのだけれど…
アホな事考えてる間に、部屋の入り口の扉まで炎が回ってしまっていた。
勿論風がわずかながら吹き込む窓際にも既に炎が踊っている。こちらは既に闇の力を失って普通の火になっているようだ。
「…どうしたもんだ?」
考えてみれば、このアウトポストには駐留している連邦兵がいるのだ。
幸い冒険者で泊まっているのは自分達だけ。
とは言え、火が回りきる前に全員救うなんて芸当は無理だ。
勿論、一応星の大樹へ出向中の役人としては、連邦の兵を見殺しにするという選択はありえない。
てか、そんな事やったら服務規程違反だ。
となればやるべきことは二つ。
他の部屋に回る前に火を消す。
ディンさんにこれ以上煙を吸わせないために新鮮な空気を確保する。
どうすりゃいい!?
アレスさん、手順を頭に思い浮かべる。
最初に空気を確保するために風穴ぶち開けてしまうと、既に通常の炎になってしまっている部分の火が更に燃え上がってしまう。
つまり、火を消してから風穴をぶち開けなきゃいけない。
…それまで空気がもつか?
何より詠唱には空気が必要なのだ。
だけど、熱気がこもる空気は、大抵有害ガスも含んでいるもの。詠唱のために吸い込んだ空気が自分の肺を壊す。
下手すりゃ詠唱完了までにアレスさんの肺は焼け爛れて、ディンさんより先にあの世行きだ。
…アレスさんは決意する。というか、それ以外の方法を思いつかなかったのだ。
あとはなるべく早く消火、風穴をぶち開けるという手順をこなすしかない。
となればアレスさんの選択は一つ。赤魔道士の特殊能力だ。
連続魔ウォータ。
物理的衝撃が強すぎて、先に壁を破壊しちゃいけない。火が強まるだけだ。
水の精霊力の働きを最大限に強めて、尚且つ衝撃を出来るだけ抑制する。
び、微妙なコントロールだ。
『…こんなん出来るか! せめてサポ黒にしてりゃウォタガが使えたんだけどな』
とりあえず泣き言は心の中だけにしておいて、キャスト準備。
闇の炎の中の炎の精霊力のみの力を測る。アレスさんがキャストできる最低威力のウォータ何発で消し去れるか、それを一気に計算する。
結果、11発。
次いで、どのポイントにぶち込むのが一番効果的かの計算。
まだ半分酒にまみれてるアレスさんの脳みそが、最適…多分最適じゃないかなぁ酒入ってるから自信はないけどまぁそんなとこだろう…なポイントを弾き出す。
そして最後に壁をぶち破る為の魔法の選択。木の壁だからエアロ…かな? 何の根拠もないけど。
そんな感じでプランが固まった。
『さて…』
アレスさんは歯を食いしばる。
苦しい。だけどここで詠唱出来なきゃ、目の前に倒れている少女を救えないじゃないか。
ごふっと息を大きく吐き出す。熱い空気でも取り入れなきゃ魔法のメロディは歌えない。その為の下準備だ。
背筋が痛む。久しぶりの大技なのだ。身体がついてこない。
炎の中で詠唱するためには、煙を含んだ焼けた空気を大量に吸い込み、それによって声帯を震わせるしかない。もう殆ど自殺行為だ。
やっぱり生きるか死ぬかのトレーニングは欠かせないな。身体がなまっちまってる。
酒も充分に抜けてないのにそんな物騒な事を考えて、アレスさんは覚悟を決めた。
連続魔…ファストキャストを更に発展させ、詠唱時間を限りなくゼロに近づける赤魔道士の秘術。それを為すためには、高速詠唱のための身体作りが必須なのだ。
『オーケー、それじゃ行こうか』
アレスさんは、有毒ガスを肺一杯に吸い込んで…自分の全身の神経に一気に電流を流した。
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壁に開いた穴から、新鮮な空気が流れ込んできた。
アレスさん、床に臥して握り拳を固めて半分痙攣状態。
脂汗が目ににじむ。目の前は真っ白。まるで強いお酒を一気に飲んで動き回ったような感じ。ヤグドリなら八本一気飲みって所か。つまり意識が跳びかけているのだ。
だけど苦しくて昏倒する事すら許されない。
「カハっ…」
うつ伏せになって背中を丸めて、何とか呼吸を取り戻そうとする。
アレスさん、肺に溜まった有毒ガスを吐き出すように、必死になってリジェネを詠唱。
まずディンさんにリジェネを発動させる。
睡眠状態だっただろうからそれ程多くはないにしても、確実にガスを吸ってる筈なのだ。
案の定、意識を失っているディンさんは
「ゲホっ…」
と身体を弓なりにした。
まだ目は覚めてないけど、その方がいい。
さて、その時点でアレスさんの肺機能は既に半分止まってる。
ディンさんの安全を確保した後は自分の肺の機能を元に戻さなきゃいけない。息苦しくって仕方ないのだ。
もう一度、今度は自分に向けて詠唱を始める。てか呼吸停止が早いか詠唱完了が早いか。
「ゲホっ…」
なんとか呼吸停止の前に詠唱を終えて、一つ大きな咳をするアレスさん。よかった。肺がまともに動き出したのだ。
「ゲホゲホゲホ…」
んでも、やっぱり咳は一回だけじゃ止まらない。しばらく続く。たっぷり五分間。
「ガフ…ふぃ~、何とか間に合ったって所か」
ようやく治まった咳に安心して、アレスさんは何とか身体を裏返して天井を見上げた。
少しずつ目の焦点があってきて天井の映像が捉えられるまでに視力が回復する。
半分焼け焦げたような天井の板。
幸い長く使われてきたアウトポストだ。
特にここブブリムのものは、木の家のノウハウをもつウィンダスが使っている事が多い。
煤を染み込ませるなり色々やっていたのだろう。
なんとか他の部屋に引火するまえに消し止められたようだ。
顔を横に傾けてみれば、まだのびてるクィクィル君。
息はしている。つまりあの聖なる竜はクィクィル君を仕留めそこなったのだ。
竜が元々体内に持っているという各種の精霊力。ブレスのためにあると考えられているけど、それを暴走させたって所か。
アレスさんは、そんな風に考えて納得する。
しかし気にはなる。
あの漆黒の聖なる竜は、曲がりなりにも契約相手がラスト・ドラグーン並の竜騎士だ。
つまりあの竜は相当強力な個体だってこと。
その攻撃をしのいでしまったクィクィル君は、竜の格としては更に上を行っている事になる。
おっとろしい。
今はまだ子竜だから、なんとでもなるだろうけど、将来おっきくなったら…。
アレスさんは寝っ転がりながらも、ブルルと震えてしまった。
やっぱり間違ったかなぁ? 一番に殺されるのは俺だろうなぁ。
思わず顔を羽帽子で隠してしまうアレスさんさんだ。
そういや、11発のウォータが発射された場所に寝っ転がってるわけだ。
床は当然びしょぬれ。
そりゃ震えも来るか。ついでに大きなくしゃみが羽帽子の下の口から飛び出てきた。
…ちょっとまて。
羽帽子が吹っ飛びそうになった時に目に入ってきたモノがある。
再び顔の上にかぶさってきた羽帽子をどけてそっちに目をやった。
『アレスさんの』漆黒の槍。
寝る前に壁に立てかけておいたそれは、今は床に転がっている。
ところが、火や煙を被った様子が全然ないのだ。
「んなバカな…」
体を起こして、その槍の所まで四つんばいの状態で歩いていく。
思わず手を伸ばしてみて、触れた途端にアレスさんは手を引っ込めてしまった。
ウォータを被ったのだから、炎の中にさらされていたとは言え既に温度は下がっている。
だけど、アレスさんはその槍の中に色々な精霊力が渦巻いているのを感じてしまったのだ。
「…?」
もう一度触れてみると、その途端全ての属性の精霊力は渦に飲まれるようにして消えてしまう。
「…?」
アレスさんの頭の上には再び疑問符。
なんだ?
まるでアレスさんが得意とする、剣に魔力を付加する付与魔法のような…。
でも消えてしまったからもう解らない。
アレスさんは今度こそ大きくため息をついてグッタリと大の字に寝っ転がってしまったのだ。
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駐留の戦闘魔導団のタルタル達に必死に掛け合って、なんとか星の大樹への詳細な報告を勘弁してもらったアレスさん。
ディンさんにはとりあえず端折って説明をしておいた。
クィクィル君が喋れたらなぁ、事細やかに語ってくれるのだろうけど。
さすがにそのまま部屋の一つを焼け焦がせてしまったアウトポストに居座るというわけにも行かず、早々にディンさんと一緒に連邦首都へ帰ってきた。
更に一日後。
レンタルハウスの彼の部屋からは、情けない悲鳴が上がっていた。
「あいててて…ディン、もうちょっと優しく頼む。こんなになるとは思わなかったんだ」
ベッドにうつぶせに寝っ転がって、悲鳴をあげるアレスさん。
「ししょ~、まだそんな年齢じゃないでしょう?」
ディンさんはアレスさんの背中にまたがって、甲斐甲斐しくも背中をマッサージしてたりする。
錬金術ギルド秘伝ブレンドのマッサージクリーム付き。
勿論その後には、騎士登用の試験官もその魔力には勝てなかったという、ヴァナ・ディール最強のディンさん特製湿布薬が待ち構えている。
というのも、アレスさん、
連続魔による超高速詠唱とそれに伴う強烈な呼吸のおかげで、なまっていた背中が酷い筋肉痛を起こしてしまったのだ。
腹の方が辛いと思われるかもしれないけど、実は背中の筋肉も呼吸にはものすごく重要だったりする。
おまけに有毒ガス混じりの熱風を吸い込んだわけで。
肺の異常は背中と肩に反射するから、アレスさんは見事に背中がやられてしまったということ。
「っグギヤワデ!!??」
ディンさんのぐいっと押し込む細い指が炎症の一番ひどい所を探り当ててしまったらしく、アレスさんは全然言葉になってない悲鳴をあげた。
腰にはディンさんが座ってるから、頭と足だけが跳ね上がって、逆えび。
「…師匠?」
「う…いや、続けてくれ。ただし優しくだぞ」
アレスさんは何とかその痛みに耐えて、なんとか姿勢を元に戻した。
「こんな感じですか?」
ディンさん、力加減を学習してくれたようだ。
「ふい~、うん、そう…あー、気持ちいいね」
こんな若くて綺麗な女の子に馬乗りになられてマッサージされてるんだから、さぞ気分がいいだろう、と思うけれども。
その実アレスさんはすごく真剣だった。柔らかい掌で背中を撫で回されていることなんてすっかり頭から抜け落ちてしまってる。
変わりに頭に居座っているのは、昨日の事。
引退したとは言えさすがに元英雄、危機に対する勘は大したものなのだ。
『竜騎士か…聖なる印を持つ竜は闇竜を消しさることが、その存在意義…? それにしても…この漆黒の槍はあの男とは関係ないのか?』
壁に立てかけられた漆黒の槍を横目で見る。
『あの槍は、ディンではなく俺に災いをもたらすもののはずだ…クィクィルとは関係ないもの…むしろ槍の方がイレギュラーだった?』
頭の中で色々な考えを転がすのだけれど、まだ答えは出ない。
『竜騎士の方が竜に操られている…とは考えられない。いや、そうとも考えられるが、契約ってそういうもんじゃない気がするな。現にディンとクィクィルの関係を見ていれば…』
そういう様子は見えない。
『なら…なぜそれが宿命なんだ? 何故ドラゴンキラーの能力がある? 竜騎士が闇竜を倒さなきゃいけない理由って何だ?』
ダメだ。解らん。
明日辺りウィルパナルパさんにでも相談してみるか。
あの人は口の院やら天の塔やらを嫌っている所があるし、大丈夫だろう。
頭の中に漂う色々な仮説は放り投げて、今はとりあえずディンの柔らかい指先の感触を楽しもう。
そう決心したアレスさんは、その決心の内容がかなりヤバイ事に気がついて、頭を持ち上げてブルンブルン振るのだった。
アレスさんの背中の上のディンさんと、椅子の上に丸まって二人を見ていたクィクィル君は不思議な顔をしたものだ。