出向英雄 - 終りはいつもフライング - 前編

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「アレス殿、どうぞ」
「ありがとう、ラティシアちゃん」
作業台の上に出された厚手の陶製の器の中には緑色の液体。
と言うとなんか怪しげだが、要するに茶碗にウィンダスティーが入っているのが低いちゃぶ台の上に載ってるだけだ。

ラティシアさんはお盆を胸に抱えて、そのまま脇に正座する。アレスさんから見て右側。
で、自分の分のお茶をズズズとすすった。
その綺麗なセミロングの色の薄い金髪を、今日は後ろで軽く縛ってる。
エプロンはディンさんの好みとは違って、黒のシンプルな前掛けタイプ。勿論フリルなんかない。
ラティシアさん、一頻りすすった後、はぁ、と幸せそうにため息をついた。

なぜだ、こんな若くて可愛い女の子が…何故だか知らんがえらい年寄りじみてるような気がする。
アレスさん、顔を引きつらせてそう思うのだけど、それは彼がバストゥーク人だから。
まだまだウィンダスの文化に漬かりきってはいないらしい。

アレスさんの正面には腕組みしたウィルパナルパさん。
この家の主。
石の区の外れ、居住区画からちょっとだけ離れた所に一軒家を構えて、兄妹二人で住んでるのだ。
土地が足りない昨今、居住区画外に新規に一軒家を持つなんてのは相当贅沢な行為。
正確に言えば土地はいくらでもあるけれど、城門に囲まれてる土地が足りない。
それは連邦でも王国でも共和国でも変わらなくて。
大抵の住民は居住区画でアパルトメントに住んでる。
もちろん冒険者のレンタルハウスも居住区画内だ。

かと言ってウィルパナルパさんがお金持ちとかそういうわけじゃなく、単に先祖代々この場所に家を持っていたというだけの話。
どっちかって言うと彼は貧乏だ。未だに相続税払いきってないそうだから。
政治制度がなんであろうと、どこの国でも税金は重くのしかかる。
アレスさん、こういう時は収入に税金が掛からない冒険者で本当に良かったと思う。
親父が死んじゃったら、いくらなんでも相続税は払わないとなぁ。
そんな事に思い当たって、吹き込んでくる気持ちいい風とは対照的に鬱になっていく。

「で、その槍のことかね?」
ウィルパナルパさん、茶碗に半分ぐらい飲み終えてから、ため息をついて話し始めた。
「ああ、どうもなぁ…状況から考えて狙われてるのは俺のような気がするんだ」
アレスさんは手を後ろについて身体を傾ける。
「しかし、その竜騎士は『アレスには関係ない』といったのだろう?」
「『今は』って条件付だ」
「すると…」
顎を指先で掻きながら口をひん曲げるウィルパナルパさん。
「今は関係ないが、いずれ関係するという事だな」
「そういう事だよなぁ」
アレスさんとウィルパナルパさん、二人して天井を見上げる。
ラティシアさんは我関せずといった感じでお茶菓子に手を出していた。
今日はゼラチン系のお菓子。メープルシュガーで作られた綺麗な花が透明な固めのゼリーの中で踊ってる。

「ウィルパナルパさん、あんたラスト・ドラグーンの事どれぐらい知ってる?」
アレスさん、後ろに傾けていた身体を起こして、今度はちゃぶ台によっかかる。
「殆ど知らないな」
「…」
あっさり言ってのけたウィルパナルパさんにアレスさんは絶句。
「ただし、別にラスト・ドラグーンは特別な竜騎士だったわけではないだろう」
「…そうなのか?」
「アレス、君は英雄だが、魔道士として何か特別なものを持っているかい?」
問われてアレスさんは気がつく。
考えてみればその通り。
英雄だからといって、世界の法則から外れているなんてことはない。
詠唱するために呼吸は必要だし、酷い傷を負えば死んじゃうんだから。
ヒーローポイントやら根性やら愛の奇跡なんて、この世には存在しないのだ。
「いや、あんたの言う通りだ」
だからアレスさんは彼の言葉を素直に認めちゃう。
「だろ? という事はだな、その趣味の悪い鎧は竜騎士が必ず抱えている問題を解決するためにディンの竜を襲ったわけだ」
趣味の悪い鎧って…そりゃ酷いだろ。曲がりなりにもエルパラシオン由来のものだぜ?
アレスさんは心の中で突っ込む。

…ん? ちょっとまて?
「竜騎士が必ず抱えている問題?」
アレスさん、ウィルパナルパさんの言った言葉を反芻する。
「その竜騎士が極悪人ってわけじゃなくてか?」
「曲がりなりにも聖なる竜と契約しているのだよ? 竜騎士連中はとにかく綺麗で純真な心を持ったヤツが多い。邪まな心があれば、契約相手から殺されるだろうし」
ふーん、そうなのか。
…ん?ちょっと待て?
アレスさん、再び疑問。
「ってことは、闇竜と契約してるディンは心が汚いって事か?」
思わず忸怩たる思いを抱いてしまう。
弟子に対しての悪口を許せなくなるなんて、もうすっかり立派な師匠さんだ。

ところがウィルパナルパさん、首を振る。
「違う。確かに綺麗で純真ではないだろうが、心が汚いわけではない。矛盾しない。それに根はとてもいい子だというのはアレスもわかっていることだろう?」
「…なるほど」
なんとなく納得だ。
「で、話を戻せば。公にはなっていない、彼らが必ず抱えている問題というのが存在する」
断言したウィルパナルパさんに、
「兄さん、『…と推測できる』が抜けてます」
横から突っ込みが入る。
「…ラティ、君は性格悪くなったな。竜騎士にはなれないぞ。大した事でもない事をもっともらしく言うのは魔道士の仕事だ」
そりゃ違うだろ。
魔道士たるアレスさんも内心で突っ込み。

「結構です。私は兄さんの魔戦士ですから。竜騎士のように新たなパートナーを持つ必要はありません」
澄ました顔で湯飲みを持ちながら、なんだかすごい事を言ってのけるラティシアさん。
おいおい?
「それでは結婚はどうする? あれもパートナーみたいなものだろう?」
「私が結婚する前にまず兄さんでしょう? 大体年齢も年齢なのですから。一緒に温泉に浸かった異性が妹だけというのは悲しいでしょう」
またもや、なにかとんでもないような気がする発言をするラティシアさん。
おいおいおい?
「天涯孤独の兄弟の場合、兄は独身のまま妹を送り出さなければならない、と昔の歌にあった。私はあの歌が好きだ。自分がそういう立場になって、その時にあの歌を歌おうと心に決めている」
その歌に従えば、ラティシアさんはウィルパナルパさんの友人に嫁がなきゃいけない事になるけど。
「お互いに相手の結婚を待ってるのであればどうしようもないですね。死ぬまでずっとこのままです」
口調はそっけないけれど…それとは反対に、ものすご~く緩んだ顔になるラティシアさん。
おいおいおいおい?

何を想像したのか、笑顔が思いっきり崩れてニヘラ~って感じ。
他の人に見られたら、確実に嫁の貰い手がなくなっちゃうだろう。

「いい加減、話を元に戻してくれないか?」
さすがにそろそろ止めておかないと、(主にラティシアさんが)やばくなりそうだったので、アレスさん呆れた風を装って水を指す。
仲睦まじきカップルの付き添いのような気分に耐えられなくなったのか。
ウィルパナルパさん、身体の向きをアレスさんのほうに戻して言った。
「君もさっき言ってただろう、何故竜は契約相手にドラゴンキラーの能力を与えるのか」
「だからそれは…闇竜を倒させるためだろ?」
「何故闇竜を倒させなければいけない? 聖なる竜にとってのメリットは?」
「…竜騎士にとってじゃなく、竜にとって? ウィルパナルパさんは竜騎士が竜に操られているって考えてるのか?」
「違う。竜のメリットは竜騎士のメリットでもあるからな」
「あ、なるほど…つまり聖なる竜は闇竜を倒す事で、竜と竜騎士が必ず抱える問題を解決する事が出来る? …それが闇竜を倒す動機でありメリットか」
「アレスの槍は、闇竜を倒す事無しにその問題をキャンセルできるものだとしたらどうだ? あのタイプの槍は竜騎士しか使わないからな。竜騎士のために作られたものだろう」
変な展開だけど、思わず納得する。
「つまり、クィクィルを倒して俺、と言うかディンから槍を奪えば二重取りでハッピー?」
「しかもそう考えた場合には、クィクィルがいなくなった時点でアレスの槍のメリットはディンにはなくなる。合法的にも手に入ろうというものだ。そもそも闇竜と契約しているディンにとっては最初からその問題自体が存在しないのかもしれないが」

アレスさん、唸る。
なるほどな~。さすがウィルパナルパさん。
腐っても元エリート候補黒魔道士。
もっとも本人はその才能は妹を養うためにしか役に立たないと考えていたようだけど。

「しかし兄さん、アレス殿。肝心の問題が」
ラティシアさんが口を挟む。
「ん?」
「その竜騎士が必ず抱える問題とは?」

「わからん」
「想像つかないな」
ウィルパナルパさんとアレスさんという二人の魔道士が、あっけらかんと答えるもんだから、
「はぁ、なるほど」
戦士たるラティシアさんとしてはそう納得するしかない。
ラティシアさんはそういうの苦手なのだ。
魔法の才能もまるっきしない…事にしてあるし。
もし魔法の才能があったら、ウィルパナルパさんは彼女を魔法学校へ入学させていただろうから。

「多分な、その問題って大した事じゃないんだよ」
アレスさんはラティシアさんの方を向いて説明する。
「アレス殿、それは矛盾してます。大した問題でなければ、能力を付与できる程の強制力を持たないでしょうし、尚且つ竜騎士たちは必死になることもないでしょう?」
「ん、そりゃ本人達にとっては大問題だろうさ」
当たり前といったようにアレスさんがあっさりと翻したように聞こえたから、
ラティシアさんは、理解できないといった怪訝な顔になっちゃう。
ウィルパナルパさんが助け舟を出す。
「ラティ、アレスにとっては大した問題ではないということだ」
「…?」
ますます疑問を深めるラティシアさん。
「いいかい? ここまで想像できた以上、アレスにとっては竜騎士の問題がなんであろうが関係ない。『純粋で綺麗な心をもった』竜騎士達は、クィクィルを殺す事とアレスの槍を奪う事を考えてる。それが判っていれば充分だろう」
「そういうこと」
アレスさんは指を一本立ててニヤリ。
「…なるほど」
ラティシアさん、納得。
とどのつまり、判ったところで相手の行動は変わらない、とアレスさんは考えているわけだ。

「しかしまぁ、どうせならその問題がなんなのかも知りたいところだけどね」
「それは高望みしすぎだろう。なにせ情報が足りない。対策立案に関係のない事まで苦労して知る必要はないだろう」
お茶をズズズといい音を立てながら飲むウィルパナルパさん。
ラティシアさんも、それに追従。
だけど、バストゥーク人のアレスさんとしては、真似できない所業だ。
『すする』というのが出来ないのである。

「んー、なんかこう…得体の知れない奇跡とか神秘とかで真実が見えるとか、そういうのないか?」
アレスさんはちゃぶ台に突っ伏して頬をつけながら、ウィルパナルパさんにぼやいてみる。
ところが彼は肩をすくませたもんだ。
「アレス、君本気で言ってるのかい?」
どことなく哀れむような目つき。
「あ、いや…そういうわけじゃないけど」
思わず首を振るアレスさん。
「あのな、この世界は、子供が夢見るような幻想世界ではないのだよ? 解明されているされていないに関わらず、全てが物理法則に支配された世界だ。大人になってまで『得体の知れない神秘』などに逃げるとは…正直呆れたな」
ウィルパナルパさんはそう言って深くため息をつく。
「う、だけど少しは逃げたくも」
「奇跡やら神秘やらがあるのであれば、魔法などはいらない。魔道士は全員失職だ」
「…ああ、そりゃまぁ」
アレスさんの声はもう殆ど消えかけてる。
「バストゥークとてそうだろう? シド工房長は何のために頑張ってるのだ?」
「…俺が悪かった」
遂にギブアップ。
「よろしい。特に魔道士や技術者の前では二度と口にしない方がいい。弟子にも悪影響だ」
「…その通り」
白旗揚げて降参。
「君な…そんな事を言っているとそのうち死ぬぞ? 無理なものは無理。自分に出来る準備も充分にしないで突撃したら、間違いなく失敗するだろ」
「…もう苛めないで」
しまいにゃ懇願。
「技術が進歩すれば、今は奇跡に思える事でも実現できる魔法が出来るかもしれないが…だいたい君も魔道士の端くれだろ? そろそろ使うだけではなく自分で技術を作り出す段階に来てるのではないのか?」
「…ああ、もうホントに許して」
涙が出そうになった。

「兄さん、そのぐらいにしておいて上げてください」
ラティシアさんが助けを出す。
「アレス殿も魔法の創作はやっていますよ。見たことがあります」
「あ、いや…それは」
アレスさん、かなり焦る。
やばい、それヘルプになってない。
「ほう、どういうのだ?」
ウィルパナルパさん、ぐいとちゃぶ台に乗り出してくる。
「えーと…」
明後日の方向を見るアレスさん。ところが、
「木の箱が歌うのです」
ラティシアさんが言っちゃう。
一定周波数の空気の振動を木の箱にぶつけると、内部で共鳴が起こる。それが歌に聞こえるのだ。
風の精霊力を応用したシンプルな魔法。エアロの微細コントロール版って所。
「なんだ、そんな感じのものは良くあるじゃないか?」
拍子抜けって感じのウィルパナルパさんだけど、
「いえ、アレス殿のは、なんとダミ声で歌ってくれるのですよ。とても聴いてられないような酷い声です」
「!!!???」
ラティシアさんの答えに目を剥いて絶句する。

「あーえーなんというかー」
ああ、もういい、開き直ろう。
「苦労したんだよ、ダミ声実現するのに。エアロを何重にも重ねる必要があるんだよね。もう実験に次ぐ実験」
ウィルパナルパさん、あんぐりと口を開けた。
「理想のダミ声が得られた後は、強度と位相のタイミングを合わせた複数のエアロの旋律をシンプルにエンコードしてって最終的な呪文に起こしたから…実験とエンコードで結局丸二ヶ月かかった」
あの時は苦労したなぁと、懐かしむような表情をしながら話すアレスさんだったけど。

「…君、帰れ」
黙り込んでいたウィルパナルパさんの指が動き、ドアを方を指した。