出向英雄 - 終りはいつもフライング - 後編

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さて、そんな事があってから数日後、アレスさんが例によって出勤した時に、総領事がお仕事を言いつけてくれた。
勿論、天の塔からのもの。

「カザムへのお遣い…ですか?」
「ええ、天の塔からの要請は、ジュノの大使館経由でカザムへ、とのことでした」
アレスさんの鸚鵡返しに総領事のおばさんは答える。
「…いいんですか?」
「どういう意味です?」
「いや、だって…俺は一応この領事館付なんですよね? 連邦首都周辺ならともかくカザムまで出向くとなると」
アレスさんの役職は「領事館付武官の身分で天の塔へ出向」という意味不明なものだ。
天の塔外交部の外部職員であり尚且つ領事館員でもあるという、訳の解らない役職。

揉め事を片付けようと他の人に役職を説明する度に、
「…話にならん、上司を呼んでくれ!」
と言われる。
でも上司は誰なのか…アレスさんも良くわかってない。
アレスさんの天の塔での籍は外交部にある。
ところがアレスさんの仕事は冒険者に出されるようなミッションを片付ける事だ。当然外交部とは何の関係もない事が多い。
それじゃバストゥーク領事館はどうなのかと言えば、ミッションの依頼を受けるかどうかはアレスさん一人に決定権があるわけじゃない。
総領事や文官の人達が協定がどうのこうの理屈をこねまわして、受けるかどうか決めるのである。
つまりアレスさんが仕事をやるかどうかは、総領事の意向だ。

ま、いずれにせよ、アレスさんはバストゥーク領事館員である事には変わりがなく、天の塔の意向だけで動くわけじゃない。
だから、アレスさんがウィンダスの名前でカザムの面々と接するのは…バストゥークとしてはどうなのかな?と思ったわけだ。
下手すりゃ連邦とカザムの間の問題なのに、バストゥークまで巻き込まれてしまうかもしれないから。

「まぁ…領事がそういうのであれば問題はないですが」
「そう、ディンの同行も許可します」
「…?」
最初にジュノ行きと聞いた時に、アレスさんは勿論ディンさんを連れて行こうかな、なんてちらっと考えたのだ。
ついでにジュノにもう少し滞在して、ディンさんを慣らせようと思ったのだ。
アレスさんがカザムに行ってる間にも、他の人とパーティを組むとか。

そろそろ巣立ちの時期なのかもしれない。
アレスさんはそんな風に考える。
どの道、アレスさんとディンさんとでは実力が違いすぎるのだ。
今のアレスさんの仕事場である連邦首都周辺では、もう彼女の成長は望めない。
勿論、武術を鍛えるだけならばまだいくらでも余地はある。
けれど、本気で冒険者としてやっていくならば、そろそろ武術だけではなく、彼女なりの冒険の方法と金の稼ぎ方を勉強していかなければいけない時期だ。

寂しいけれどしょうがない。
子供はいつか親から離れていくもの。

問題は。
「…時間、かかりますよ?」
ディンさんはチョコボ免許も飛空挺パスも持っていない。
アレスさん一人ならば、飛空挺を使って二日あればカザムへの往復は可能だ。
でもディンさん連れてったら…アレスさんがインスニ全て受け持って、彼女が全速力で突っ走っても、ジュノまで四日弱はかかる。
さすがにそれは辛い。
旅慣れたベテランの冒険者なら一昼夜かからずに走り抜ける事も可能だろうけど、何せディンさんは殆ど遠出をした事がないのだ。
体力や筋力というより持久力がない。

ところが総領事、一枚のプレートのようなものと一通のレターを机の引き出しから取り出した。
「これはなんでしょう?」
そして柔らかく微笑む。もちろん目尻には歳相応に皺が寄った。
アレスさん、皺は見て見ぬ振り。絶対に口に出してはいけない。
口に出そうものなら、地獄行き決定だ。
「プレートはチョコボ免許ですね?」
「そう、ディンのです」
「…は?」
んなバカな。
「いったいどうやって?」
「曲がりなりにも私は在ウィンダスバストゥーク領事館総領事ですよ? これぐらい朝飯前です」
アレスさん、唖然とする。
「貴方は一応役人ですからね。民間からの便宜供与を受けるのは当然でしょう」
「でも…ディンは」
「天の塔も私も、ディンは貴方が雇ったアシスタントである、と捉えていますが」
そういやそうだ。
でなかったら、そもそもディンさんがアレスさんのミッションについていくなんて事は出来ないはず。
ま、お目こぼしだね。

「解りました。ありがたく頂きます。これで時間は短縮できますから…このレターの方は?」
「アレス、師匠としての責任を果たさないつもりですか?」
アレスさんの問いに対する返事じゃなく、なんだか訳の解らない問いかけ。
「へ? だから俺がカザムに行ってる間にディンはジュノで…」
「弟子を、ジュノ砂漠とも形容される無情非情の街に放っていくと?」
「いや、でも…んな事言ったってパスがないし」
「このレターは飛空挺パスを得るための推薦状ですよ。ジュノの飛空挺公社の受け付けで、カザム航路とジュノ三国間航路両方のパスを発行してもらえるはずです」

アレスさん、今度こそ本当にびっくり。
唖然とかいうレベルじゃない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てて確認する。
「どうしました」
「誰の名前で…」
「勿論私、在ウィンダスバストゥーク領事館総領事の名前における推薦状ですよ」
「いいんですか?」
またも確認してしまうアレスさん。

「大統領と補佐官、そして工房長から言い付かってますからね。なるべく貴方に協力するようにと」
それを聞いて、アレスさんちょっと背筋が震えた。
もしかして、俺もエアハルトの二の舞に?
「安心しなさい。交換条件があるわけでもないし、貴方を利用しようというのでもないのです。あの方達は本当の意味で上に立つ役人なのですよ」
総領事、またも目尻に皺を作る。
「…どういう?」
「名前を出すのも、泥を引っかぶるのも自分だ、という覚悟をお持ちなのです。私もそれに倣っただけですよ」
アレスさん、やっぱり役人には向いてないみたいだ。さっぱり理解できなかった。

「それに、貴方も知っているでしょうけどエアハルト」
アレスさんも知っている、一人の英雄の名前が出る。
「英雄は彼一人で充分なのではないでしょうか? 彼が立候補してくれたのだから、貴方まで英雄にする必要はないでしょう」
総領事の声は、今度は酷く冷たい。
アレスさん、その理由をなんとなくは理解する。
エアハルトは戦士であり騎士であり、尚且つ理想に燃える熱血漢。
バストゥーク人から見れば英雄の素質がある人だ。
人々に理解されやすく、また人気は絶大だろう。

対してアレスさんは魔道士。
しかも人々を癒す白魔道士じゃなく、付与と破壊の魔法を行使する赤魔道士だ。
ウィンダス文化圏以外に住む一般の人々は、畏怖の目で魔道士を見る。
魔法も使わない、しかも魔法に対抗するための武力も持たない人々にとっては、魔道士は得体の知れない、いつ襲われるか判らない人種でしかないから。
実際、アレスさんの象徴たるサンドリア由来のアーティファクトだって、きらびやかなようでいて実は陰謀と怨念がたっぷり染み込んだモノ。
エアハルトの聖なる鎧とは大違いだ。

魔道士の扱いってのは、所詮そんな感じ。
「すごいですね」なんて言いつつ、その影で怖がる。
自分には理解できない事は怖い事、それを研究したり行使したりする人も怖い人。そういう事だ。
バストゥーク流魔法研究の第一人者であるルシウス補佐官は、結構辛い思いをして来たからこそ表に出ないのだし、
技術者であるシド工房長も、アレスさんのお父さんやディンさんのような錬金術師も同じ事だろう。
地理学の研究者である総領事だって…そんな目で見られていてもおかしくはない。
高度な専門性を有する役人だってそうだ。
自分の想像もつかない難しい事をやってる理解できない人種という意味では、技術者も研究者も役人も魔道士と一緒だ。
だから総領事から皮肉として「英雄はエアハルト一人で充分」なんて言葉が出てきたのかもしれないな。
なんてアレスさんは考える。

アレスさん自身、畏怖の対象たる魔道士の名前が一人歩きする事を恐れているのもあって、こんな閑職を希望したわけで。
けれど、今はなにも付け足さず、
「ありがとうございます。ディンに代わって御礼を言います」
礼だけを言うしかない。
人に理解されない人間達が、同病相憐れんでいてもしょうがないから。

『奇跡や神秘が本当にあるのなら、魔道士や技術者は要らない』
ウィルパナルパさんが言っていたフレーズがアレスさんの頭の中に蘇る。
でもそれは俺達が魔道士だからそう思うだけで、
力を持たない人は、高度な技巧を尽くした魔法や技術、政治力よりも、戦士達の起こす得体の知れない奇跡の方を信じているんだろうなぁ。
アレスさんが抱いたのは、そんな慨嘆だ。

でも、奇跡なんてモノは本当は存在しないのだ。
何万分の一の確率で起きた当事者にとって幸運な出来事が、戦士達にかかると『英雄故の奇跡』なんて言われて、後の世に語り継がれる。
魔道士や技術者達が世界を豊かにするために一生懸命努力して、その上で幸運に恵まれて結果を出しても、『魔道士だったらそんなのは当たり前だ』なんて言われて終り。
失敗したとしたら、過程なんか考慮されずに『お金の無駄遣い』と言われるだけ。
俺達は社会の奴隷なのか? 魔道士や技術者や役人は社会に奉仕するためだけに存在するのか?
そんな風にも思う。

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結局アレスさん、ディンさんとチョコボでジュノに向かって。
ディンさんの分の飛空挺パスを発行してもらって、カザムへ向かう飛空挺へ乗り込んだ。
ディンさんをチョコボに乗せるにあたっては、とてつもなく面倒な『チョコボの乗り方を教える』という作業が必要だったわけで。
当然アレスさんとディンさんはお互いにすごく苦労したし、アレスさんは赤面の嵐だったのだけれど、事細やかに描写するスペースは今の所ないのである。

「うわぁ、すごいですね!」
ディンさん、さっきから縁に乗り出してずっと下を覗き込んでる。
「おいおい、気をつけろよ」
アレスさんため息をつく。
でもまぁ、アレスさんだって最初に飛空挺に乗った時は、今のディンさんと同じように興奮しっぱなしだったわけで。
ほんの2、3年前の自分を思い出しながら、ちょっとばかりにやけてしまうアレスさん。
若い子の側にいれば、自分も若返ったような気になる。

「うわっと」
ディンさんがそんな叫びを上げたものだから、一人でニヤニヤしていたアレスさんは慌ててそっちを見た。
ディンさん、ちょっとバランスを崩したのだ。
「だから言っただろ? ちょっと大人しくしてなさい」
「でも…」
口を尖らせるディンさん。
「落ちたらどうするんだ? 海へ真っ逆さまだ」
「あ、でも私が落ちたらクィクィルが助けてくれますから」
ディンさんはニヤリとしてクィクィル君を横目で見る。
クィクィル君、その視線に気がついたのか、ちょっと慌てたように首をブルンブルン振った。
「いやぁ、ディンをぶら下げて飛ぶのはクィクィルにはまだちょっと無理だろ」
哀れな闇竜の気持ちを代弁するアレスさん。
「あー、師匠、私が重いって言うんですか!?」
かなり険悪な表情と口調になるディンさん。
…女の子ってどうしてそういう風にネガティブに捉えるんだろう?
呆れてしまって真っ青な空を仰いだアレスさんだ。

「…?」
アレスさん、何か変なモノが視界に入ったような気がして首をかしげた。
その時、
「うぉわぁああ!!」
そんな叫びがデッキの下、運転室から聞こえてきた。
何事!?
アレスさんは神経をそちらにやったのだけれど…状況を把握する前に、巨大な影が彼らの頭上に現れた。
飛空挺の甲板に影が出来る?
なんだそりゃ?
思わず上を見上げてしまう二人。

視線の先にはバッサバッサと羽ばたく…何か。

巨大な…竜?
いや、翼竜だ。
その背中から飛び降りる紫の鎧。
そしておびただしい数のカタナを持ったヤグード。
瞬時に甲板の二人は囲い込まれてしまう。

そしてその翼竜はゆっくりと飛び去っていってしまった。

「自分の竜以外も使役できるのか…?」
アレスさん、あまりの出来事に圧倒されて、かなりボケた呟きがでてきちゃう。
「依頼しただけだ。俺の竜を通じてな。この人数をここまで運んでくるのは、彼にとってはさしたる問題ではあるまい」
紫の鎧が淡々と答える。
「まぁ…あれだけの巨体だしな。こりゃ前代未聞の襲撃の仕方だ」
ボケたまま納得してしまうアレスさん。

「な、なんですか、これって…」
ディンさんもやっぱりあっけに取られている。
「それにこの人…ラスト・ドラグーンの…」
おお偉い。
ディンさんも、ちょっとは竜騎士の歴史について勉強したのかもしれない。
「この間のブブリムのね」
「あ、師匠が言ってた…」
思い出したようにディンさんが叫ぶ。
「そう。よりにもよって聖なる印を持つ竜なんかと契約してしまった、とっても物好きの竜騎士だよ」
皮肉めいたアレスさんの言葉に、紫の竜騎士は眉を少しばかり歪めた。
だけどディンさんは真っ向からその言葉を受け止めて、
「師匠、聖なる竜とか悪しき竜とかで差別するのは良くないです!」
なんて反論しちゃう。
紫の竜騎士はそれを聞いて、今度は面白そうに、
「なかなか面白い弟子を飼っているな、英雄よ」
なんて言った。
「ふーん、俺の事もしっかり調べてたわけね。もちろん『英雄』の理由も知ってるんだな?」
「言うまでもないだろう。その後の経過も細やかにな」
「三国か? それとも共和国の自由騎士とその仲間か? もしくはヒドゥンサポーターか?」
「…さて?」
「すっとぼけるもんだな。でもすっとぼけたという事は、俺の問いが何を意味しているのか完全に理解しているという事だよな?」
アレスさん、カマをかけてみたのだけれど、
紫の兜の下の唇が、かすかに歪んだのが観測できただけ。

「…師匠?」
意味深な二人の言葉に、ディンさんが問いかけようとした時、
「うぎゃぁああ!!」
それにかぶさって響き渡る断末魔の叫び。
次いで飛空挺の機体がガクンと揺れて降下を始めた。
「し、師匠?」
ディンさんがアレスさんに確認を取る。
「ああ…まぁ予想は出来る…このまま墜落かな? 海上でよかった」
つまりヤグード達に運転室が占拠され、乗務員が殺された、ってことだ。
「そんな…何の罪もない人を殺すなんて、貴方に竜騎士の資格はないです!」
ディンさん、ギロリと怒りに満ちた目で紫の竜騎士を見つめたのだけれど、
「いや、ディン、それは間違ってる。そんな事を言ったら、ディンにだって資格はなくなる」
意外な言葉がアレスさんから返ってきた。
「え?」
ディンさん、何がなんだかわからなくて、アレスさんに確認を取る。
「覚えておいてくれ。俺達だって全く同じ事をやってるんだ」
「師匠!?」
何を言ってるんですか!って感じで大声を上げるディンさんだけど、
「俺達だって獣人を殺している。ディンと俺はミッションをこなすために、ホルトト遺跡というゴブリン達の住処を脅かしてきた」
「ちょ、ちょっとまってください、そ…そんな!?」
「何も変わらない。だけど、それを自覚出来るか出来ないかは大きな問題だ」
アレスさんは、教えを説くように淡々と言う。

「その通りだ。ライニマードの装束を継いだ者とその弟子たる闇の竜騎士よ」
紫の竜騎士は顔を幾分面白そうに歪ませながら言ったものだ。
「別に俺はライニマードを継いだわけじゃないぜ。教会を敵に回しているわけでもない」
反対に面白くなさそうに、アレスさんは口を尖らせる。

「さて、今日来た用件は…」
紫の竜騎士を遮った意地の悪いアレスさん。
「クィクィルだな?」
「その通り。私と私の竜は、悪しき印を持った竜を殺さなければならない」
答えた竜騎士に向かって、アレスさんは更に意地の悪い質問をした。
「で、ついでに俺達から強奪すべきものがある、と」
「…」
竜騎士の片眉が跳ね上がった。
「知っていたか?」
「いや、具体的に何かは知らないが…あれは一体なんなんだ?」
紫の兜の下の顔が面白いようにコロコロ変わる。
今度は、眉間に一気に皺が寄ったような表情だ。
ああ、これだけ表情が表に出るって言うのは、やっぱりコイツは純粋で心が綺麗なヤツだってことだよな。
アレスさんはそういう風に納得する。

「よかろう。世界を救ってくれた英雄への計らいだ」
「え? 世界を救ったって…?」
そう疑問符を発したのはディンさん。次いでアレスさんを見る。
「師匠…どういうことです?」
「で?」
アレスさん、愛弟子の視線を無視して、竜騎士を促す。

「聖なる竜は無制限には戦い続けられない。先程お前が言っていた通りのモノが相手だからな」
竜騎士自身が噛み締めるような声。
「…?」
アレスさんはちょっと考えて…まだイメージできない。
「さっさと闇竜を渡してくれ」
「そんな事は出来ないね。それこそ『英雄』の名にかけて。俺がさっき言った通りの事がコイツにも適用できるだろ?」
「…詭弁だな。ならば…判ってるな?」
竜騎士の綺麗な双眸からの視線がアレスさんに突き刺さる。

アレスさんは腰の青いレイピアに手を伸ばす。
ディンさん、アレスさんと竜騎士が話していた内容はさっぱり理解できなかった。
でも、交渉が決裂した事ぐらいは感じ取れたようだ。
その漆黒のランスを穂先を下にして構えて、自分達を囲んでいるヤグード達を睨みまわす。
クィクィル君もディンさんの背中を守るように飛び上がり、完全に臨戦体勢。
それを感じ取ったヤグード達も、何人かまとめてアレスさんとディンさんに襲い掛かった。

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キィーンキィーン
ディンさんが振るう漆黒の槍とヤグード達のカタナが打ち合わされる音が何度も響く。
幸いヤグードのカタナ使い達は大して強くない連中だったらしい。
ディンさんでも何とか複数を相手にして立ち回れるぐらいだ。
若い個体が多いからか、はたまた紫の竜騎士に協力している理由によるものなのか。
とは言え、攻撃を次々と入れられるほど実力差があるわけじゃなく。
ディンさんは防御に専念しながらクィクィル君が攻撃する、という形だ。

アレスさんはと言えば、ジュワユースでヤグード達のカタナを受け流しつつ、要所要所で突きを入れて一体ずつ屠っていく。
ディンさんと背中合わせになっている以上、跳び回って避けるわけには行かないからブリンクは使えない。
弱い連中だから、防御魔法を使うまでもないと考えたのだろう。
それ以外の防御魔法も一切使っていない。

だけどアレスさんの頭は剣での戦いのみに全てを傾けているわけじゃない。
頭はめぐるましく回転を続ける。
これもまたアレスさんが天才赤魔道士である事の証明だ。

「英雄の方はよくやっているが、闇の竜騎士はまだ素人に毛が生えたというところか」
ちょっと高い所に昇って、二人とヤグード達の戦いを眺めている紫の竜騎士が言う。
防戦一方で必死なディンさんには、その声は入っていないだろう。
余裕のあるアレスさんが、聖なる竜騎士を見上げて皮肉っぽく言う。
「いや、ズブの素人からここまでにした俺を誉めて欲しいね」
高台の男はそれを聞いて鼻を鳴らしたもんだ。
「いくら戦いの技術が向上しても、先程の問答のような事になるとは…指導しているといえるのか?」
「そろそろ教えようと思っていたんだよ!」
「闇の竜騎士とはなんとも気楽な身分だな。せめて聖なる竜と契約していれば世界も見えただろうに」
「世界が見え……」
アレスさん、その言葉をヒントにして一気に考えを詰めていく。

世界が見える…世界の理が解る?
世界の理って何だ?
どういう法則が世界を支配してる?
光と闇?
アルタナとプロマシア?
人間と獣人?
聖なる印と悪しき印?
ラスト・ドラグーンはどうして引退した?

…そうか!

アレスさんの頭には、完全な形の仮説が浮かび上がって来ていた。
…そうなると竜騎士ってのは呪われた存在だな。
いや、契約する聖なる竜のほうが悲惨か。

「ディン、上手く逃げてくれ。呪符は持ってたよな?」
「…師匠?」
アレスさんの後ろを固めていたディンさんは、ふと聞こえた声に後ろを振り返ってしまう。
その隙を突いて、突き出されてくる何本かの剣。
「あ」
だけど、それはクィクィル君が横から飛び込んできて、弾き落としてしまう。
「クィクィル、ありがと」
すぐさま元の集中した状態に戻るディンさんだけど…その後ろのアレスさん、雑魚は気迫のみでその場に押しとどめている。動いてないのだ。
「師匠、どうしたんです?」
「…竜騎士ってのは根元から絶たないとダメだと言う事らしい」
アレスさん、高台で腕を組んでいる紫の鎧の竜騎士を睨みつける。
それは、ほんのちょっとの時間。
気がついた時には、アレスさんは既に竜騎士の前にいた。
「!!」
もう殆ど声にならないアレスさん裂帛の気合。
移動の瞬間に連続魔を発動して、その手にもった青いレイピアには既に魔力を通してある。
ダン!と左足で身体を前に押しやる。そのままチェスト。
殆ど無表情で何も動かない紫の竜騎士。

だけど、アレスさん、一瞬の後に驚愕の表情になってしまった。
アレスさんのジュワユースは見事に軌道をそらされて…竜騎士の槍が自分の胸に突き刺さっていたから。
「…そういうことか。俺は所詮赤魔道士だって?」
すぐに納得しような表情になって、アレスさんは呟く様に目の前の男に訊く。
「その通りだ。いい気になるな赤魔道士。貴様らのレイピアの突きと竜騎士の槍の突きを同じに考えるなどとは、思い上がりも甚だしい」
竜の頭を模った兜の下の唇が低い声を発した。
「オーケー。肝に銘じておこう」
アレスさん、化け物である。胸に槍が突き刺さった状態でこれだけ喋れるんだから。
だけど、もうそれももう終り。血を吐きながらその場に倒れこんでしまう。

ばたっという音が聞こえて、ディンさんはもう一度後ろを振り返る。
「し…師匠!?」
もう殆ど悲鳴だ。目の前の敵なんか放っておいてアレスさんの下へ駆け寄ろうとする。
無防備になってしまった彼女の背中を守るクィクィル君。
伸ばされる剣を一生懸命弾き飛ばしている。
なんとも大変な飼い主だ。
ところがディンさんが駆け寄ろうとした目の前で、アレスさんの力を失った身体は紫の竜騎士に首をつかまれて持ち上げられてしまった。
そのまま…え? 一瞬ディンさんは自分の目が信じられなかった。だって…
アレスさんを驚異的な力で持ち上げた竜騎士自身が飛空挺の外へ飛び出しちゃったんだから。
だけど落ちていく前に…聖なる印がごく薄く現れている真っ黒い竜が、竜騎士の首を咥えていた。そのまま飛空挺と並行して飛んでいく。
落ちていくのはアレスさんだったモノだけ。
呆然と縁から下を覗き込むディンさん。
もう何が起きてるんだかさっぱり理解できない。理解したくない。
目の前の光景は絶対に認めちゃいけない。
だけど頭は冷静に理解してるのか、自覚できない涙がぼろぼろこぼれてくる。

「リミットはこのあたりか…若き竜騎士よ、君の竜は今度の機会だ」
竜に首根っこ咥えられて浮いてるやつが言っても、全然格好よくないのだけれど。
竜騎士が首をくいっと振ると、甲板に残っていたヤグードはみんな飛び降りてしまった。
そのまま滑空。すぐに見えなくなってしまう。
人前で飛んじゃいけないって教義は、どこへ行ったのか。
紫の竜騎士と黒い竜も、そのままだんだんと下へ降りていく。

その後には、ただ呆然としながら涙を流しつづけるディンさんが、ぽつんと取り残されていた。