My dear, littel Hero - そして再びランニング - 前編
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「…彼女の方はどのような?」
「ああ彼女…昨日は酷かった。なにせ対面したわけだからな」
「すぐに見つかってよかったですね。あの海峡は波が荒い。すぐに飲まれて行方不明にならなかっただけ」
「漁師ギルドと運に感謝するしかない。水も吸わずにすんだしな……彼女をどうするんだ?」
「彼女は冒険者です。私達が関与できる人間ではありません。もうアレスのアシスタントではないのですから」
「ふん…ずいぶん冷静だな。所詮役人か?」
「それはお互い様でしょう。あなたは武官ですが」
「そうか、私も役人か」
「私とてアレスの上司だった者です。そう易々と現実を受け入れられるわけがないでしょう。多分私は…未だアレスの死を受け入れる事が出来ないでいるのです」
「…言い出しにくいのだが…天の塔は今回の事を名誉の戦死としては認めないそうだ」
「ええ、私にもその旨回ってきました。こちらとしてはそれを受けるしかありません。彼は連邦政府に貸し出していた人間ですから。最期の時点ではバストゥークには一切関係がないと」
「…フン、了解した。さて、連邦の木っ端役人と共和国の総領事がいつまでも密談しているわけにも行くまい。私は失礼する」
「はい。あとはこちらで」
とまどいと呆然と悲しみが渾然となった表情から、彼女自身の心情は理解できるのだけれど、
表面が冷静な声というものはやっぱりイラツクもので、ウィルパナルパさんは総領事の部屋の扉を蹴り飛ばすように閉めたのだ。
夕暮れの空を見上げる。
ここは彼の祖国じゃないから、結局葬儀は領事館の人達だけが見守る中ひっそりと行われた。
その場にはディンさんは姿を見せなかった。
そんなことが出来る状況じゃなかった、というのが正しい。
一昨日ウィルパナルパさんとラティシアさんが、呪符デジョンで脱出してきたディンさんを保護して。
昨日カザムのすぐ側に漁に出ていた船がアレスさんの遺体を載せて帰ってきて。
当然レイズは時間切れ。
飛空挺は結局カザムに程近い海上に軟着水したらしい。
さすがに最新の技術。ジャイロはきちんと回転し続けたわけだ。
にしても、飛空挺の運用については、これから考えざるを得ない所。
今ごろジュノの飛空挺公社の本社はきっと会議の真っ最中だろう。
ディンさん、今日は何とか復活している。
昨日はあまりにも酷かったのだ。
だからウィルパナルパさんとラティシアさんは、何とか彼女の気を敵討ちに向かわせるしかなかったのだ。
そうしないと今すぐに後を追ってしまいそうだったから。
まだ若いディンさん、目的が出来たからなんとか気持ちの表面だけは取り繕う事は出来て…だけどそれは自分を騙してるって事。
アレスさんの事もなんとかしなきゃいけない。天の塔の連中の対応と言い、これじゃあんまりだ。
仕方がないな。アレ、やってもらうか。
ウィルパナルパさんはこれからやらなきゃならないことを思って、肩を落とした。
一応形だけは。
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「では、それでいいかな?」
「兄さんと私は知らない顔でいればいいのですね?」
「そういうことだ。ディン?」
「わかりました。ウィルパナルパさん、ラティシアさん、お願いします」
なにやらひそひそ。
ここは元アレスさんの部屋。今日から主はディンさん。
その中心に置かれた大きめのリビングテーブル。オイルフィニッシュの上等品。
ちょっと前にディンさんが無理を言ってアレスさんに買い替えさせたもの。まだお茶の香りも染み付いてない。
そのテーブルを挟んで三人で額を突き合わせてる。
三人とも服装は黒っぽい。
ディンさんは、さっきラティシアさんが調達してきた、フリル付きの白いブラウスに黒の膝丈のタイトスカート、首元には黒いリボン…つまり喪服。
ラティシアさんも、こちらはスカートがディンさんのものより長くてふわりとしたものけれど、大体同じ格好。
タルタルサイズのものならば民族調の喪服でも簡単に手に入るだろうけど、いかんせんヒュームサイズのタルタル民族調の服だと特注になっちゃう。
結局バストゥークやサンドリアで使われているようなものを手に入れてきたのだけれど、やっぱりここでは入手が難しかったらしい。
だから二人とも似たような感じになってしまったのだ。
ウィルパナルパさんは、軍師コートはいつも通りだけれど、左腕に喪章をつけていた。
その時、ドアがノックされた。
ディンさん、パッと明るい顔になって顔を上げて…
「あ、ししょ、……誰?」
そんな風に答えてしまったディンさんを見て、ラティシアさんがやり切れないような表情になる。
ラティシアさんは殆ど同い年の先輩という立場もあって、ディンさんには厳しく当たるのだけれど、それでもやっぱり親愛の情はあるのだ。冷血動物じゃないんだから。
「共和国から用事があって来た者だ」
「…少々お待ちください」
椅子から立ち上がって、ドアの前へ歩いていく。
ディンさんは一呼吸おいて、親の敵みたいに乱暴にドアを開けた。
その向こうにいるのはアレスさんじゃないってわかったから。
ドアに罪はなくても、憎らしい。
目の前には鎧があって…頭上から低い声が降ってきた。
「君が、ディンという冒険者か?」
突然山のようなガルカに問い掛けられれば、ディンさんじゃなくてもびっくりする。
ディンさんはヒュームの少女としてはかなり背が高くて、事実アレスさんよりも大きかったぐらいだ。
でも目の前のガルカは、当たり前と言えば当たり前だけれど、ディンさんを軽く見下ろしてるぐらい。
「あなたは?」
ディンさんの今の精神状態では、どうしてもギロリと睨むようになってしまうのだ。
ところが、そのガルカ本人から答えが返ってくる前に、後ろにいたウィルパナルパさんが答えちゃったのだ。
「ウィッシュイーカー・ナハグナイ…だね?」
ウィルパナルパさんがドアの方へ歩いてくる。
想いを繋ぐ者…?何処かで聞いたような気が。
ディンさん首をかしげる。
その後のナハグナイというのは、ガルカ名であることぐらいは解るけど。
ってことは最初のはヒュームがつけた名前って事?
「どうして…俺の、いや」
ガルカさん、名前を知られている事に驚いた表情をした後、苦笑した。
「すまんがまだその名前にはなれていない。スカイリッパーと呼ばれていた時間が長かったからな」
「了解だ。スカイリッパー君。私はウィルパナルパだ」
ウィルパナルパさんが手を上に伸ばすと、スカイリッパーさんは殆ど摘み上げるようにして握手を返す。
続いてやっぱりそばに来ていたラティシアさんも、
「よろしくお願いします。私は彼のパートナーでラティシア。戦士です」
こちらは、手を伸ばさず挨拶だけ。
「ふむ。よろしくな」
スカイリッパーさん、今度は腕組みで答える。
「あ…空を裂く剣って」
やっとの事ディンさんは思い当たったようだ。
「『英雄の協力者』…?」
思いっきり指を指してしまう。そりゃ失礼ってもんだ。
「む…まぁ、そうも呼ばれるな。あくまでも一時的なものだが。そのうち新たに語り部が出てくるだろうからな」
「それじゃ、フェムヨノノ師の!?」
続けて叫ぶディンさん。
「フェムヨノノさん!?」
「フェムヨノノ師?」
だけどそれに反応したのはスカイリッパーさんではなく、ウィルパナルパさんとラティシアさんだったりする。
二人の視線が自分に集まっちゃったから、ディンさんは焦ってしまう。
「あ、あの、スカイリッパーと言えば…フェムヨノノ師の舎弟だって…」
「…今でこそエアハルトと一緒にやってはいるが、元はそうだな」
否定しないのか? それどころか認めるのか?
「ほう…なるほど。フェムヨノノさんはお元気かな?」
「知っているのか?」
驚いた顔でスカイリッパーさんはウィルパナルパさんの方を見る。
「何を隠そう、プロポーズした事があるのだよ」
「ええぇぇええ!?」
声を上げたのはディンさん。
だけどラティシアさんも眉間にしわを寄せてそこに指を当ててしかめっ面。
「ちょうどいい、フェムヨノノ師のお知り合いならば、『あの時は兄が迷惑をかけて申し訳なかった』と伝えてください」
どでかいガルカを下から見上げて、ラティシアさんはそんなお願いをする。
「おいおい、ラティ、私は迷惑なんかかけてないぞ。ただ求愛しただけだ」
「妙齢の美女に対して会った途端に求愛する事を、迷惑というのです。大体私を放っておいてなんですか」
「いや、別に君を放っておいたわけでは…」
ふぅ、とため息をつくスカイリッパーさん。何処かで見たようなやり取りだと思ったのか。
ん…いや、美女? 色々と微妙な年齢なのは確かだが。
「それは一応伝えておくが…俺が来たのは」
「ああ、解っているさ。こちらだ」
そのまま外へ出て行く二人。
スカイリッパーさん、結局一度も部屋に足を踏み入れることなく連れ出された。ウィルパナルパさんの機転というヤツだろう。
「あ…」
ディンさんは直感する。
ウィルパナルパさんがスカイリッパーさんをどこへ連れて行こうとしているのか。
それに思い当たっただけで、ディンさんの目からはまた涙がこぼれてきてしまった。
もう本当にどうしようもない、と自分でもわかっているのだけれど。
「ディン。貴女は泣いている場合ではないでしょう?」
冷たい声が、ディンさんの背中に突き刺さった。
「で、でも…なんでラティシアさんは!」
激昂しかけて、
「そう…ですよね。ラティシアさん、師匠とは直接関係ないもの。それに人の死なんて大分見てきてるんでしょ? そりゃ感覚も麻痺しますよ」
また俯いてしまうディンさん。
「昨日と同じ事をまた繰り返すのですか?」
そう、ディンさん、昨日一日泣きっぱなしで、ウィルパナルパさんとラティシアさんに説教されて、それでやっと敵討ちの決意を固めた所だったのだ。
「…情けないですけど、私はそういう女ですから」
答えが返ってきた途端、ラティシアさんの姿が掻き消え、ディンさんの目の前に現れたかと思うと。
バチン!
平手打ちが炸裂していた。
歴戦の戦士がまだまだ素人臭さの抜けない竜騎士にかますとは…しかもクリティカル。
ひでぇ。すごいダメージだ。
案の定、ぐらりと上半身を流されるディンさん。
「貴女の気持ちは解らないでもない。私とて兄さんがそのようなことになれば狂うでしょう。今の貴女よりももっと酷いことになるはずだ」
「なんだ…解ってるんじゃないですか」
ディンさんの拗ねたような声。
「しかし、今貴女は敵を抱えている。そして貴女は狂っていない。頼もしいほどに」
ラティシアさんはキッと顔を上げて、
「行くべき道は一つでしょう。昨日それを確認し、実行の第一歩の手配を先程決めたのではなかったのですか?」
自分より頭一つはでかいディンさんの黒い瞳を見つめる。
「そう…でした。でも…」
「泣き言は聞きません。さっさとクィクィルを連れて領事館に行って来なさい」
厳しいラティシアさんだ。
アレスさんとは根本的に他人だからなのかもしれないと、ディンさんは思う。
この人にとって師匠って、たかがそれだけの人物だったんだって。
でもそれはポジティブにも考えられる事。
師匠にとってもラティシアさんはそういう存在でしかなかったし、でもだとしたら、こんなに悲嘆に暮れている私の事は、きっと大事に思ってくれていたんじゃないかって。
師匠に大事に思われていたからこそ、私はこんなに悲しいんだ。
ディンさん、やっともう一度ドアを見据える。
そうやって何とか押さえ込まないとダメだから。
「…クィクィル、行くよ」
入り口脇の椅子に大人しく丸まっていたクィクィル君の首を乱暴に掴むと、そのままドアを開けて外へ出て行ってしまう。
もちろん首を鷲づかみされた方としてはたまったものじゃないから、後には可哀想な子竜の悲鳴が残ったのだけれど。
見送るラティシアさん。ため息を一つ。
「それにしても最近の若い子は自分を騙すのが上手い。おかげで助かった」
もし自分がディンさんだったら、一年二年は呆然として過ごすことになってた。
師匠なんかじゃなくウィルパナルパさんだったら、ディンさんに言ったように間違いなく狂っていただろう。そう思うのだ。
けどね、最近の若い子って…あなたディンさんと殆ど同じ歳なのよ?
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「ここが、か?」
目の前の石を見てウィルパナルパさんに問い掛けるスカイリッパーさん。
ウィルパナルパさんは、声を出さずに頷くだけ。
「そうか…」
大きなガルカはここまで来る途中に買ってきた花を捧げる。
目の前の石には『世界で最も中途半端な魔道士』とだけ刻まれていた。
スカイリッパーさん、ため息をつく。
アレスさんのことは直接知らないけれど、エアハルトから話は聞いていた。
元々のエアハルトの仲間ではなく、ひょっこり現れた才能あふれる若手だったと。
エアハルト達の事は、「しょうがないからとりあえず組むだけ」と言い切っていたそうだ。
「いずれ時を見て移すのか?」
スカイリッパーさんは足元のタルタルに訊いてみる。
「であればいいのだが…無理なのだそうだよ。向こうに移しても名誉の戦死扱いにはならんそうだし」
「そりゃ浮かばれんな…にしても、この刻まれた文字の意味は?」
「さてね。本人が以前書き留めていたらしい。一応武官だからな。役目に就く時には遺言状必須だろ?」
吐き捨てるようにウィルパナルパさんは言う。
「ああ、その通りだ。あの少女はそれを知らなかっただろうな…なんとも」
再びため息。この人ガルカにしては珍しく、感情を表に出すようだ。
「酷な話ではある。ああ、そういえば彼女はフェムヨノノさんの紹介でアレスのところへ来たそうだよ?」
「…」
スカイリッパーさんは沈黙で返し、別の話題を出す。
「ウィンダスの英雄は来たのか?」
「もちろん葬儀には来た」
大して長い時間ではなかったとは言え、曲がりなりにも生死を共にして世界を救った者同士。
それだけじゃなく、ウィンダスの英雄とアレスさんの間には、単なる仲間意識以上のものもあったようなのだ。
ウィルパナルパさんは肩をすくめてそれに答えた。
そしたら、足元のタルタルをじっと見つめるスカイリッパーさん。
「会えるか?」
「…何が目的だ?」
うって変わって真剣な表情になっちゃうウィルパナルパさん。
「バストゥークの英雄…最後に残った一人からの伝言だが」
「残念ながら、それは私が拒否する。直接手紙でも出せと伝えてくれ」
「…何故だ?」
「いくら冒険者とは言え、英雄は実質的には我々口の院の監視下にある」
「…なんだと?」
「当然だろう。英雄となったとは言え、我々口の院が全面的にバックアップを行ってきたんだ。本人すら気付かない所でもな。勿論私がその支援要員の筆頭だ。あの子は院長と博士のお気に入りなものでな」
「ふん、エアハルトから聞いたときには驚いたが、本当にウィンダスもそんなことをやっていたとはな。英雄というのは所詮英雄か」
「…?」
吐き捨てたようなスカイリッパーさんの言葉に、ウィルパナルパさんはちょっと疑問を抱く。
でも、それを追求する事はせず、
「君がどう思おうと勝手だが、彼らは英雄には違いないよ。私だって彼らには敬意を抱いている」
ウィルパナルパさんは、ガルカの顔を見上げていた視線をそらして、遠くの方を見るようにした。
「もっとも、アレスは英雄の器ではなかったのに、英雄をやっていた…自らを無理矢理そういう立場に押し込めてしまった人間だがな」
「…」
スカイリッパーさんは、気持ちの悪いものを見たような目でウィルパナルパさんを見た。
自分をいびるタルタル女性の姿が、彼の姿に重なったのだ。
おかっぱじゃなくてポニーテールの方である。
その時、遠くで…爆発音がした。
「…?」
スカイリッパーさん、音のした方を見た。
あっちは確か、バストゥーク領事館。
不思議そうな顔になったスカイリッパーさんとは対照的に、ウィルパナルパさんはニヤリ。
「あれは領事館…か? 行ってみよう」
そう一方的に告げて走り始める。
二人とも体力的には充分。
がっちょんがっちょん走って、あっという間に口の院の前まで来る…と。
バストゥーク領事館は、数人の魔戦士らしきタルタルとミスラ、そして多数のカーディアンにすっかり囲まれていたのだ。
非番だったのだろうか。取るものとりあえずってな感じで、わらわらと囲んでいる。
「なんだと!?」
スカイリッパーさん、驚愕の表情。
そりゃまぁ、一応自分の国の出先機関がその国の軍隊に囲まれているとなれば、驚かない方がおかしい。
ウィルパナルパさん、集団の中に背の高い軍師帽被ってる人を見つけて、歩いて行く。
「よう」
手を上げて挨拶。
「あ、窓際隊の隊長補佐さん」
…窓際隊って何だそりゃ。
その連邦軍師さん、とりあえず挨拶。ウィルパナルパさんのことを知ってたみたいだ。
ウィルパナルパさんは学校中退でおまけに臨時雇いもどきの不正規採用だから階級は低い。
だけど受け持っている仕事の関係で結構重要な立場にいる。
口の院でそれなりのポストにいる人間ならば、大抵彼に助けてもらった経験があるのだ。
ミスを一度もせずに出世してきた人なんていないから。
「なんだ、この騒ぎは?」
「それがですね」
呆れたような顔をしてそこで切る。
「火薬筒を大量に腹に巻いたヒュームの少女が、職員人質にして立てこもったんですよ」
後ろでスカイリッパーさん、絶句。
「まったく国軍の総本山の目の前でよくやるもんですよね。おかげで帰りそびれましたよ…おっと」
呼び出し音がして、軍師さん、懐から取り出したリンクパールを耳に当てる。
その軍師さんの袖の高い所には、ウィルパナルパさんと違って正規の部隊章がある。
つまり「軍師級待遇」じゃなくて本当の人形使い。
んで、帰りそびれたって事は、勤務が明ける寸前でこんな事が起きちゃったんだろう。ご愁傷様。
連邦首都配備になれば、小屋もない北の最果てのアウトポストで凍りつくなんて事もないから、すっかり安心していただろうけど、こういうこともあるって忘れちゃいけない。
「ええ? 見回りのカーディアンも集めろって? そんな無茶な。一度セントラムのリンクを切らないと…」
「はぁ? あんたの隊はそれでいいかも知れないけど」
「だいたいね。僕はついさっきから非番に入る所だったからリンク解いちゃったの。原理的に無理、わかった?」
「そうだよ。あんたの所の軍師はなんて言ってるの?」
「…んなもの知ったことかぁ!!」
激昂してリンクパールを地面に叩きつけようとする軍師さんから、ウィルパナルパさんがパールを奪い取る。
「ウィルパナルパだ」
「うん、そう。あの子に替わってくれ」
「よ、話聞いてるか? クレイジー院長と交渉…その通り」
「例の件ちらつかせて…ああ、それ。このタイミングだといい脅迫になる」
そんな声があたりに響いてる。何事かと耳を澄ます周辺の人達。
「そうかい。それではもう一つ上だ。うん、シャントットのバー…お姉さんも」
「…ああ、それでいい。よろしく…え?」
「ふむ…そっちは任せられるか?」
パールを耳から話すと、ウィルパナルパさん、高らかに周辺に宣言した。
「院長は私に現場指揮を委ねると仰った」
周りの人たちの顎が落ちる音が盛大な合唱になったことは言うまでもない。
たかが軍師級、しかも正規の職制にないウィルパナルパさんがこれだけの精鋭をまとめる現場指揮だって?
「それで、だ」
「いや、曲がりなりにもバストゥーク領事館だ。俺がやる」
スカイリッパーさんがウィルパナルパさんの前に立ち塞がった。
「残念、ここはタルタル、私はウィンダス」
どこかで聞いたような。クレイジーって言ってるのにネタは引っ張ってくるのか。
「領事館の建物はバストゥークの持ち物だが、あの入り口の石段に足をかけるまではウィンダス領なんでね」
指を振りながら、頭の悪い生徒に言い聞かせるようにするウィルパナルパさん。
スカイリッパーさん、当然その仕草にむかつくわけで。
「敷地を囲む塀でも作っておくべきだったということか…ならば突入は俺がやる」
むっとした表情でそこまで譲歩したのだけれど。
「残念ながら今の君は紛れもない民間人だ。『英雄』が共和国大統領になったら、その時は君に任せるとするが…さしあたり君には権限がない」
ごく自然な理論で一蹴である。
しかもそれに付け足して、
「君と私は同じ英雄に関わる人間ではあるが、君は私のカウンターパートではなくてね。ずっと格下だ」
「…な!?」
「君も将来を見据えて、役人の世界について学んだ方がいいのではないかね? カウンターパートは…そうだな。ブルストと名乗っていたという男か」
冷たく見下ろすような表情で、実際は見上げるウィルパナルパさん。
「どうしてその名を!? …ウィンダスの英雄だって知らないはずだ!」
まさかブルストのことまで知られていたなんて。
スカイリッパーさんびっくりして足元の顔を見つめた。
「ああ…君がさっき言っていたのは彼のことか」
ウィルパナルパさんの瞳の色は深く淀んでいて、スカイリッパーさんには推し測る事が出来ない。
まぁなんにせよ、彼の言ってる事は正論。
エアハルトが公式的には未だただの冒険者である以上、スカイリッパーさんも同じただの冒険者。ましてや社会的に無条件で認められる存在である語り部でもない。
英雄の協力者として認められてるっていえばそうなんだけど、その名声は正式な効力をもってるわけじゃないのだ。
「それで、どうするというのだ?」
スカイリッパーさん、渋々といった感じでウィルパナルパさんに訊いてみる。
周りの人も耳をそばだててウィルパナルパさんの答えを待っていた。
ウィルパナルパさんは指揮を取るような立場ではないのに、お偉いさん達からは一目置かれてる。
口の院、戦闘魔導団には、魔法学校でもとりわけいい成績を取った人間が集まってくる。
つまり、エリート街道驀進中の人間が多いわけで、ウィルパナルパさんがどんな独創的な制圧プランのアイデアを出てくるのか期待してるわけだ。
上手くいけば、休暇を返上するぐらいの価値がある勉強だ。
ところが。
「まぁ…ごく基本のことをだね」
「?」
「人質とられてるわけだからな。下手に手出しは出来ない。要求聞こうじゃないか」
さも当然といった感じで、ウィルパナルパさんは言う。
その理屈は決して間違ってはいないんだけど、
「テロには屈しないのが基本じゃないんですか?」
街の平和を預かる首都駐在の部隊としてはまだるっこしいことこの上ないし、あまりにも平凡な答えだったわけで。
休暇に入るはずだった軍師さんはウィルパナルパさんに異を唱える。
きっと、『なんだこの人やっぱりだめなんじゃん』って思ってるに違いない。
「しかし、何も聞かずに一方的に射殺するってのも味気ないだろう?」
「味気って…」
若い軍師さんは絶句。
とりあえず傭兵団の腕利き狩人を集めておいて貰おうと、知り合いのミスラにリンクパールで連絡取る事にした。
「さて、やるか」
ウィルパナルパさん、そんな軍師さんの動きは完全に無視。
懐から一枚の羊皮紙を取り出して、くるりと筒状に巻く。
次いで短いメロディを歌い風の精霊力を右手に宿らせて、その右手で筒を口元に持っていって…
「あー、こちら口の院だ。何か要求があるんだったら聞こうじゃないか」
領事館に向かって叫んだ。
ただの筒の筈なのに、そこから出てきた声は驚くほど大きい。
軍師さんが驚いていると、ウィルパナルパさんはニヤリとそちらを見る。
「どうだい? こういう魔法知らないだろう? 冒険者ではないのだからな、戦闘魔法だけじゃなくてこういうのも勉強した方がいいということだ」
そしてウィルパナルパさんは、今度は耳に筒を当てた。
一しきり頷く。
「ふむふむ、なるほど。ああ人質解放の条件か」
当然軍師さんはまたも驚く。
軍師さんには声なんか聞こえてこない。
耳から離したウィルパナルパさんは、再度筒を口に持っていって叫んだ。
「…なるほど。君達の要求はわかった。検討させてもらおう」
その後、真面目腐って考えこむ。
「あの~…」
軍師さんがオズオズと声をかける。
「その魔法を通じて犯人と話したんですか?」
「ん? ああ、そうだが?」
「こっちには全然聞こえてこなかったんですが」
「それはそうだろう。そういう魔法だ」
さも当然といった感じのウィルパナルパさん。
「そんなのって聞いた事ないですよ!」
軍師さんの声は殆ど悲鳴だ。
これじゃウィルパナルパさんしか状況を把握してない事になる。
今の指揮権が彼にあっても(それもかなり怪しいけど)、いくらなんでもヤバイ。
「ああ、私が開発した魔法だからな。職務上こういうのも度々必要になるのでね。私が風を得意としているのは知ってるだろう?」
「でも!」
「いいからだまってなさい。私がこの場の責任者だ。これから何が起ころうとも君の責任ではない」
ウィルパナルパさんは反論を許さぬ強い調子で言う。
脇でそのやり取りを見ていたスカイリッパーさん、苦い表情だ。
『魔道士はこれだから…』とでも言いたそうな感じ。
スカイリッパーさんは某タルタルの魔法研究者の近くにいるおかげで、冒険者としては例外的に戦闘用以外の魔法でもかなりお目にかかっている。
それでも、こういう時は黒魔道士や赤魔道士という存在がどうしても信用できない。
ごく親しい人間に対しては全幅の信頼を置くものの、ウィルパナルパさんと会ったのはついさっきだ。
「それで…犯人はなんと?」
スカイリッパーさん、訊いてみる。
「ウィンダスにおいて、ある人物の不当な処遇を改善せよ、と」
「ということは思想犯だな…やっかいですね。ある人物とは収監中の政治犯ですか? 天の塔に異を唱えるミスラとか…」
こっちは軍師さん。まぁそういう風に考えるのは当然だろう。
「いや、ミッションを遂行中に命を落とした魔道士だ」
スカイリッパーさん、ピンとくる。
ある魔道士も、犯人も。
「おい! それは!?」
そこまで言いかけたのだけれど、強烈に突き刺さるような視線を感じてスカイリッパーさんは声を止めてしまった。
視線の主はウィルパナルパさんだ。
さっきまでのほほんとしていた人間なのに、今彼が発する視線は殺気に満ちている。
もうちょっとでも言葉を続ければ、すぐさま殺されそうな…スカイリッパーさんほどの人物でもそう直感するような視線だ。
「ああなんだ。ミッションって事は冒険者でしょ? そんなねぇ…冒険者の名誉なんて、そんなもの最初からあってないようなモノじゃないですか」
ウィルパナルパさんの様子に気がつかない軍師さんが、呆れたようにコメントする。
「大体死んだって事はミッション失敗じゃないですか。国は損をしたわけだから、不名誉で当然だってば…名誉の戦死なんて冗談でしょ」
明後日の方を見ながら軽く続けた。
スカイリッパーさん、その言葉を聞いて愕然とする。
バストゥークだったら正規の鋼鉄銃士と同格である連邦軍師が、そんな事を言うのだ。
国の役人は冒険者なんか歯牙にもかけていないという証明。
俺達は生死をかけて国のミッションをこなして…こういう風に言われるのか。
おまけに知られていないとは言え、件の魔道士は両大陸を救った一人だぞ!?
「わかっただろう? 知られていなければこういうものだ」
下から皮肉っぽいウィルパナルパさんの声が聞こえてきたものだから、スカイリッパーさんはなんともいえない表情で彼を見下ろした。
視線の先からは強い意志を込めた視線が返ってくる。
「私達も君達も、因果な役割を負ってしまったわけだな…だからこそ、だな」
スカイリッパーさんに言うでもなく、そんな事を呟くウィルパナルパさん。
「お前達も…?」
スカイリッパーさんには、意味はわからない。
「さて、人質の命を救うために交渉でもするかね。現場指揮官は中間管理職だ」
ウィルパナルパさんは、先程渡されたリンクパールを取りだす。
「今度は院長とですか?」
軍師さんが訊く。
「そう、キノコメガネと」
「…ああ、今のは聞かなかった事にしたほうがいいのでしょうね?」
「そうしてくれると助かる」
ウィルパナルパさんは、それだけを言うと、『人質の命が! 国際問題だ!』などと通話先に叫び始めた。