My dear, littel Hero - そして新たなフェイシング - 前編

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氷の精霊力の爆風。
辺りに立ち込めた土煙が新たな爆発で吹き飛ばされる。
その中から、洒落た青いローブ、黒いパンタロン、腰に何本かの短剣、そして茶色い三角帽のタルタルが姿をあらわしてきた。
帽子は吹き付ける爆風に揺られて今にも飛んでいきそう。
それを左手で抑えながら、右手は詠唱印を結びかけて、ギリっと前方を睨んでいる。

「…星の大樹が見ている連邦首都で、よくも好き勝手やってくれる。喪中ぐらい静かにしてればいいのに」

引き結んだ薄い唇からは、そんな憎々しげな呟きが漏れた。
薄い唇…だけど声は柔らかいソプラノ。帽子からこぼれた赤い三つ編み。
ディンさんは確信する。
タルタルなのは見た目でわかるけど…なんとうら若い…いや、タルタルだから若いかどうかははっきりしないけど…とにかく女性!

「貴女、無事?」
そのタルタル、顔だけチラッとだけディンさんの方を振り向いて、問い掛けてきた。
やっぱり女性の顔立ち。
「あ、え、はい。おかげさまで無事です」
本当は、おかげさまで殺されそうになったのだけれど。
まぁ、その前の自分が引き起こした爆発もあるから、そんな事は言わないディンさんだ。
「そう…ならさっさと離れて。城門の中に逃げ込めば?」
再び顔を前方に戻しながら、タルタル女性がディンさんに言う。
「え?」
何を言われたのか解らないディンさんは訊き返してしまうのだけれど、
その聞き方が女性の癇に障ったらしく、
「足手まといだと言っている。さっさと竜を咥えてケツまくりな!」
辛辣かつ乱暴な答えが返ってきた。

「ちょ…な!」
言葉になってない感じで反論しようとしたディンさんだけど、
「それとも死にたいか?」
小さな女性からものすご~く冷たい目で睨みつけられて、ぴたっと動きを止めてしまった。
飼い主に従って、クィクィル君もピタリとディンさんの頭の上にとまる。
動きを止めてしまっては、逃げるもくそもないわけで。
「…竜が羽ばたけば頭が揺れて、さぞかしカランコロンとやかましくなる」
タルタル女性、呆れたように呟くとドラゴンに向き合う。
「いらない苦労を押し付けられるのはコリゴリだってのに」
ぼやきながら腰から二本の短剣を選んで引き抜いて、両手に逆手に構える。
左手のは儀礼用っぽい華美な装飾の諸刃のダガー。
右手のは実用重視といった感じの刃と柄だけの鍔すら付いてない片刃のナイフ。

煙がやっと引いてきて、闇竜がその巨大な姿を見せ始めた。
ドスンドスンと音を立ててディンさんの方へ歩いてくる。
タルタル女性、短く詠唱。
氷の精霊力が辺りに満ちて…バインドだ。
詠唱が完了すると同時に、タルタル女性は闇竜を挟んでディンさんと反対側に駆け出す。
「つまり…攻撃を全て引き受け、尚且つあのバカの方を向かせてはならない。おまけに精霊力を大爆発させて巻き込むわけにも行かない…まったくバカは…え!?」
ブツブツいいながら走っていたタルタル女性、驚きの表情を見せた。
きちんとバインドは発動したのに、どうして驚いてるの?

でもまぁ、バインドが掛かってても振り回せるものは振り回せるわけで。
当然掠めただけで吹っ飛んでしまいそうな巨大な尾やおっかない爪が、小さな目標めがけて襲い掛かる。
それをギリギリで避けていっていたのだけれど、さすがに三連荘の攻撃は辛かったらしく。
左腕が彼女の頭上に達した。
「!?」
それを見ていたディンさん、悲鳴を上げる。
だけど一瞬の後に見えたのは、先端から肘まで真っ二つに裂かれた竜の左腕だった。
その下では、右手の無骨な短剣を振り払った後の残心の姿勢のタルタル。

「そ、そんな…」
ぶっとい竜の腕を、まるで紙のように易々と短剣で切り裂く。
そんなのは人間の所業じゃない、とディンさんには思える。
てか、ぶっちゃけ刃渡りが足りない。
となれば魔法を併用していると考えるのが妥当だけど…。

そのタルタル、そのまま懐に入ると、素早い動きで派手な方の短剣を巨大な闇竜の首の根元に突きつけた。
固い鱗のはずなのに、スルリと何の抵抗もなく吸い込まれていく短剣。
グギャーと響きわたる闇竜の悲鳴。
闇竜は、そのまま顎を落として潰そうとするけど、土煙を巻き上げて地面に達した時にはそこは空。
タルタル女性、既に遠くまで跳んでいた。
スタっと着地。

「!!??」
ディンさん、驚いて驚いて、それしか出来なくなっちゃってる。
もう動けないとかそういうレベルじゃない。

「ん」
赤い三つ編みはそう唸って、開いた左手に腰からもう一本短剣を引き抜いて逆手に握った。
今度のは、柄のバランサーにひときわ大きい水色の宝石が付けられている。
タルタル女性は、それを目の前にかざした。

周辺の空気がゴウと音をたてて、精霊力の唸りが発生する。

魔道士としては中途半端な所までしか達しなかったディンさんでもわかる。
ものすごい力が短剣を中心に渦巻いている。
「また氷の精霊力…?」
だけどあまりにも強大すぎて、ディンさんはっきりとは確信できない。

詠唱が終った直後に、タルタル女性は宙に飛ぶ。
そのまま闇竜の頭に飛びつき、右手の無骨な方の短剣を竜の頭に突き刺した。
すぐさま短剣を残して飛び退き…そして発動。

瞬時に闇竜の体内の液体が、一滴残らず凍りつく。
当然鱗の表面もあっという間に氷に侵された。

「え…まって…」
ディンさんが言いかけた時、タルタル女性、左手のでかい宝石がついた短剣を闇竜の形をした氷の塊へ放り投げた。
パリンと、あまりにも軽い音がして、闇竜の身体は霧のように細かい大量の氷の破片と化す。
すぐさまその霧は消えて、後には3本の短剣が残されただけ。
タルタル女性、一つため息をついて、短剣を拾いに歩き出す。

「エンチャントウェポン…?」
ディンさんが、呆然とした様子で、呟きを漏らしてしまう。
でもおかしい。エンチャントウェポンにそこまでの力はないはず。
アレスさんでさえ実現できなかったほどの強度の精霊力付加魔法が存在するなんて、ディンさんには信じられない。

その時、城門の方から駆け寄ってくる三つの影。
ウィルパナルパさん、ディンさん、そしてスカイリッパーさんだ。
ディンさんの所まで駆け寄ってきて、んでタルタル女性の方を見る。
「…なるほどね」

一頻り頷いた後、ウィルパナルパさんはディンさんに訊いていた。
「どうしたんだ? 何食わぬ顔で登場するというシナリオだったはずだが」
ディンさん、呆然となりながらも、何とか答える。
「…出たんです」
「出たって、何がです?」
ラティシアさんが訳の解らないといった感じで
「…紫の人」
ウィルパナルパさんとラティシアさんは息を飲む。
「…それで?」
「竜が襲い掛かってきて」
「竜?」
「闇竜でした…クィクィルとおんなじ」

「いや、あれは竜とは違うね」
ふと、離れた場所からタルタル女性の高い声がした。
口調は相変わらず乱暴。女性らしさの欠片もない。
けれど、その声質はすごく柔らかくて、確かに女性なのだ。
ウィルパナルパさんがそっちを見る。そして声をかける。
「君がやったんだろう? 竜じゃないってどういうことだ?」
「実体をもつものではなかった。魔力の通りが期待値を遥かに越えていた」
「ふむ?」
「氷の精霊力を使ったんだけど…バインドもフリーズも、ものの見事に入った。普通の闇竜だったら魔法抵抗力が高いからそういう事はないはずだからね」
「…風ってことは…アレか、レンズ?」
「多分」
二人で納得している。

「この女性は誰なんだ? 知り合いか?」
スカイリッパーさんがウィルパナルパさんに訊く。
「…君が会いたがっていた人物だ」
もうしょうがないな、って感じの口調のウィルパナルパさん。
スカイリッパーさんは納得したような表情。
「なるほど…」
そしてそのタルタル女性の元へ歩いていく。
タルタル女性、ボロくて煤けたような帽子を頭から取り、パフパフとはたいている。
その下から現れた赤毛は、量が豊富でブッとい三つ編みにされていたりするけど、全然いもったくは見えない…気の強さを象徴しているかのような。

「君がウィンダスの『英雄』か」
スカイリッパーさん、確認するように視線を下ろしてタルタル女性をじっと見つめる。
足元を見下ろすといった感じ。
「貴方は?」
「エアハルトの現在の仲間、と言えばわかるな?」
赤い三つ編みのタルタルは思いっきり渋い顔になってしまって。
「…それで?」
ギロリと、彼女から見れば遥か頭上を睨む。
「エアハルトが君の協力を求めている…勿論俺も」
「聞きたくないから止めて」
言いかけたスカイリッパーさんを遮って、タルタル女性は目をつぶって首を振った。
言葉は静かだけど、断固とした意思が込められてる。
女性は皆そうだけど、特にタルタル女性は扱いにくい性格をしている事は、スカイリッパーさん、よくわかってる。
だから、ほんのちょっと面食らっただけ。
疑問を表情で表してみた。
「…?」
「エアハルトに伝えてもらえる?」
タルタル女性は今度は一見穏やか。
「『今の私の目に映っているのは世界創生の謎や男神女神の痴話喧嘩ではなく、連邦の人々の小さな幸せである』と」
「…協力してもらえないと?」
「今はタブナジアに渡るつもりもないね。空や月にもしばらくは行かないだろう。アイパッチをぶち殺したのは、むしゃくしゃしていてやってしまったというだけ。相手は誰でも良かった。今は反省している」

ウィルパナルパさんはおでこに手を当てて、空を見上げちゃう。
ラティシアさんは大きくため息。

「君は…国の監視下にあると、彼が言っていたが」
スカイリッパーさん、ウィルパナルパさんの方に首をしゃくった。
「ウィルパナルパ…私に気を使ってるわけ?」
タルタル女性、今度はウィルパナルパさんを睨む。
「ネリリ、君に気を使っているわけではなくてだな…私も院長と博士の手前、一応仕事をしているという体面を整える必要が」
タジタジとなりながらも何とか言い訳しようとするウィルパナルパさんに向かって、
「体面…よく言うね。面倒くさいだけだろ?」
吐き捨てた後、もう一度スカイリッパーさんを見あげて、
「私の監視役はそこのおっさんだから。私が何をしようと彼が報告しないことは星の大樹には伝わらないということだ。まぁトップやら博士達には私が直接話すかもしれないけどさ」
酷薄そうな笑みと共にそう言った。
「言いつけるのか…それにしてもおっさんって酷いな。ほんの少ししか違わないだろうに」
ウィルパナルパさんがぼやくも、ネリリさんの視線で圧殺される。

「ならば、冒険者として協力してもらえるという道理になるはずだが」
スカイリッパーさん、困惑したような表情だ。
つまり、監視役である所のウィルパナルパさんが監視を放り投げているのだから、国にがんじがらめにされているわけじゃないという事になる。
だったらエアハルトに強力する事も可能のはず。
「今でも私は冒険者だけど…それよりも、人々の小さな苦しみを救う『小さな英雄』であるわけ」
「…エアハルトが聞いたら嘆くな」
「世界の謎などというものに挑戦して大きな英雄になろうとは思わないから。幸いウィンダス連邦はバストゥークのような共和制じゃない。私はエアハルトのようになる必要はないね」
「なるほど。絶対的な星の神子がいるかぎり、新しい指導者は必要ないが…しかしだな」
「エアハルトのは、バカな男に見込まれた挙句の事。私の知った事じゃないさ。勝手に苦労してこいって伝えておけ」

「…どういうことだ? なぜ『英雄』のはずの彼女がそれを知っている?」
厳しい目つきでウィルパナルパさんを睨むスカイリッパーさん。
「そう言えば貴様もブルストを知っていた。それを彼女に教えたのか? そもそもどうしてブルストの名を知っている?」
巨大なガルカから小さなタルタルへ、連続で質問が飛ぶ。

「まぁ教えたのは私だが…」
ウィルパナルパさん、一つため息をついた。
「エアハルトには内緒にしておいてもらえるかな? ピュアなヤツにはあまり世界の裏側を教えたくないものでね」
コクリと頷くスカイリッパーさん。
ウィルパナルパさんは、物分りの悪い生徒に教えるような皮肉っぽい口調で説明し始める。
「冒険者達はリンクシェルに代表されるような互助組織を作る」
「ああ…それが?」
「中でも英雄やそれに匹敵するような連中の結びつきは相当強い。複数のリンクシェルが目的に応じて結びつく例もある」
「…その通りだ。だからこそ協力して世界の危機を救うような事にもなったのだ」
「ならば、我々のように英雄を影からバックアップする人間達も自然に結びつきが強くなるだろう?」
「…な!?」
スカイリッパーさん、それを聞いて驚愕した。
「国から受けた命令で動くにせよ、自分のために英雄を利用するにせよ、『英雄』に関わりのある人間の名前は耳には入ってくる…そうだな、『この業界』という表現がぴったりかもしれない。狭い業界でね」
…業界って。
「リンクシェルのような仲良し組織ではなく、国や個人の利害が複雑に入り混じるから、殆どの人間と一度は敵対する羽目になる。誰が敵でもなく誰も味方ではない」
「それはライオンのような感じなのか? エアハルトに聞いたのだが」
「いや違うね。あの黄色と赤の露出狂女と一緒にしないほうがいい」
その答えはネリリさんからだ。どうやらそのネエチャンを知ってるようだ。
「ライオンはただの宣伝塔だよ。害にも薬にもならない女性だな」
「宣伝塔?」
「我々は『英雄』本人に我々の目的を話す事などないし、協力を求める事もない。我々が一方的に支援し、その成果を勝手に利用するだけだ。英雄本人と顔すら合わせていない場合も多い」
「しかし、現にノーグは、ライオンに英雄を追わせて、最終的にミッションを依頼したんだぞ?」
スカイリッパーさんが、納得いかないような声を出した。
それに対して、ウィルパナルパさんは澄まし顔。
「ライオンの他にノーグの意思を受けて、実際に英雄の行動を助けた実働部隊の人物がいる。それが本当の所だ」
「…本当にブルストのようなヤツが他にもいたのか?」
「目の前にいるだろ。頭回らないヤツだね」
スカイリッパーさんの信じられないといった言葉に、ネリリさんの冷たい突っ込みが入る。

「国や組織の意向で動くのは、サンドリアのテオフィル卿という神殿騎士団の騎士。バストゥークのラリネー鋼鉄銃士。ノーグと天晶堂、カザムの三組織のコゲツというサムライ。連邦も一枚岩ではないから、ウィンダス口の院の私と妹の他に、天の塔でマウラ総督府の下請けをやっているカウリオリという人間がいる」
「…ラリネーというのは聞いたことがあるな」
スカイリッパーさんが思い出したように言う。
「ということはエアハルトはブルスト以外にも目をつけられていたってことか?」
「いや違う。ラリネーは白魔道士…最期は精霊使いだったか…の補助をしていたはずだ」
「!!」
驚いた表情になるスカイリッパーさん。
『英雄』…精霊使い!?
「バストゥーク政府の連中にしてみれば、エアハルトは想定外だったらしいな。ヒーローよりもヒロインの獲得を狙ってたわけだ。どうやら女好きの国らしい」
「…まぁいい。それは国の命令を受けて冒険者を影から支援する人間だな」
「その通り。ただ給料を得るための仕事としてやっている連中だ」
「だがブルストは違うだろう。あれは個人の理想…というか利益か。ともかく国から命令を受けたわけではなかった」
「まぁ、個人だろうが国だろうが結局は変わらんが…そちらも結構いる。この場合実際に動く人間は別に雇う事が多いわけだが…有名どころではサンドリアのリュシアン近衛騎士と、何故かそれにことごとく敵対する立場のエレノア司書官」
スカイリッパーさん、今度は直接知ってる名前が出てきたものだから唖然とする。
「実働の人間としては、最近よく話を聞くイー・キノエという所属不明のミスラがいるが…これは元ノーグの人間らしい。実際今もコゲツと繋がっているらしいが。まぁ得体の知れない女だな」
…ちょっと待て!?
スカイリッパーさんの心の中は、既に悲鳴の嵐。
「とりあえずこれぐらいだが…他にも、セルビナ警備隊のバックについているヒュームの詩人なども話には聞く」
「あのおっさんは別に権謀術数めぐらしちゃいないよ」
ネリリさんが口を挟む。
「そして…バストゥークではブルスト、という事か」
なんとか発声するスカイリッパーさん。
ウィルパナルパさんは頷く。

「ブルストとやらは多少行き過ぎた感はありますね。個人の理想を国の将来のためだと思い込んでしまっていた」
ラティシアさんが補足する。
「そういう輩は、まず間違いなく失敗するのですよ。私達のような国の人間からすれば、エレノア女史などの方がまだ好感が持てる」
「ああ…そうだろうな。実は、エレノアには会ったことがあるのだ」
脂汗を流しながらスカイリッパーさんは言う。
まさか今の今までそんな業界があるとは想像もしてなかったから。
「ほう? 君もなかなかにやるものだね」
本当に驚いたような感じのウィルパナルパさん。

「まぁいずれにせよ、英雄が英雄となるまでには、本人に知られないように、また本人の意思とは関係無しに、それなりの数の人間が支援していたということだよ」
「しかし…」
「君はエアハルトの話を聞いていて、『なんてご都合主義的なストーリー展開だ!?』と思ったことはないか? 周りが必死に英雄のために環境整備の努力をした結果、そうなっただけのことだよ」
言われてみれば、スカイリッパーさん、確かにエアハルトの話を聞いていて、「なんでそんなに都合よく上手くいくんだ?」って唸った事もある。
その時は、運も英雄の素質の一つだなんて考えて納得したけど。
「彼らに依頼されたミッションは、実際の厄介ごとの最後の一手を打つだけのものに過ぎない。仕事の大部分は、既に国の人間が片付けているんだ。そこに英雄を上手く乗せるだけだ」
ウィルパナルパさんは、フンと鼻を鳴らして、
「もっとも、世界を救うミッションを出した三国の幹部達も、そういった事実は知らないだろうがね…いつの時代も苦労するのは中間管理職と下っ端だよ」
皮肉げに唇をゆがめた。

「私はそれをネリリに教える事で、彼女を『国に縛られた英雄』から解き放った。彼女は彼女で考えがあって『小さな英雄』とやらを続けているらしいが」
チロリと横目でネリリさんを見るウィルパナルパさん。
「お互い様。『出向英雄』と組んでたヤローに言われたくないね」
ネリリさんはギロリと睨む。
「ネリリ殿…今その話題は…」
ラティシアさんが後ろを気にしながら言いかけた時、

「あの…皆さん、何のお話をしてるんですか?」
ちょっと外れた所から、ディンさんの疑問の声が発せられた。
「さっぱり解らないです」
もう殆どふてくされ状態だ。
自分だけ話に入れない。そりゃ確かに悲しいよね。

「ああ、すまんすまん」
ウィルパナルパさんが軽く謝る。
「まぁこれはディンの物語の本筋には関係のない余談だから気にしないでくれたまえ」
「…?」
だれに言ってるんだろう?

「さて…と」
ウィルパナルパさんが何かを言い始めようとした時、辛辣な言葉が同じぐらいの高さから飛んだ。
「そうだ文句言うのを忘れてた! 貴女、大バカだろ?」
ディンさん、きょとん。
ビキッ!
ネリリさんのこめかみに青筋が音を立てて浮かび上がる。
「貴女の事を言ってるんだ! この胸の谷間が鎧着て歩いてるようなバカ牛娘が!」
ディンさんを指差して激昂。
「わ…私ですか?」
ディンさんは自分の顔を指差す。
「貴女以外に誰がいるって?」
「胸にはそんなに自信ないんですけど…」
ビキビキビキッ!
かなり大量に青筋が浮かび上がったはずだ。
それを無視してディンさん、
「そうですね…確かにそこの金髪の人に比べれば谷間はありますよね」
などとのたまう。

今度は別の方向から、言いようのない怒気が発せられ始めたり。
勿論その怒気の主は、プラチナブロンドで小柄で、ディンさんと殆ど同じ歳なのにナイチチ度30%(ディンさん比)の両手斧使いの戦士。
とは言え、ラティシアさんの理想の体型はタルタル女性だ。
だから洗濯板を結構気に入ってたりする。

「…貴女、そのうち自分の槍を奪われて胸に刺されて死ぬな?」
呆れたようなネリリさんの言葉。
それを聞いた途端、ディンさんは目を見開いてビクっとする。

ウィルパナルパさん、その様子に気がついて、首を軽く振った。
まだアレスさんを失ったショックからは完全には立ち直れてないのだ。
当たり前と言えば当たり前で。
「あー、いいかね?」
だから助け舟を出すように声をかける。

「ウィルパナルパ、このバカは何者?」
「バカって酷い…です」
ディンさんはぼやくけど、ウィルパナルパさんはそれには構わず黙り込む。
そしてしばらくの後、搾り出すように言葉を発した。
「アレスの…弟子だ」
ネリリさんは大きく息を飲む。
「コイツが…アレス君の忘れ形見…」
呆然としたようになっちゃう。

「…師匠を知ってるんですか?」
オズオズと訊くディンさん。
だけど、そのディンさんの問いには、ウィルパナルパさんが答えた。
「彼女、アレスの元仲間だ」
「ごく短い期間だったけど…アレス君にはすごく助けられた」
しんみりしたような表情になる。
「そう…アレス君の」
ネリリさんの言葉に、ディンさん、俯いちゃう。
「…二人目の弟子か」
ネリリさんの言葉に、ディンさん、クワッと目を見開いてネリリさんを見ちゃう。
そして、
「い・ち・ば・ん・弟子です!」
大声を浴びせられたネリリさんは目をぱちくり。
「ん? どうして?」
「師匠に…他に弟子がいるわけがありません! 浮気をするような人じゃないんです!」
またもや叫びまくるディンさん。

「ディン、浮気ってことはないだろう? とりあえず落ち着きなさい」
嗜めようとしたウィルパナルパさんだけど、
「アレス君の一番弟子は私なんだがな?」
その努力を無駄にするような言葉がネリリさんから飛び出る。
「な…!?」
ディンさん、驚愕。
「貴女、さっきの私の戦いを見てただろ? あ、怖くてブルってお漏らしでもしてたのか」
ネリリさん、ニヤリ。
「き、きちんと見てましたよ!」
「なら解ってるはず。 私がアレス君の提唱していた『魔道士サポ前衛』論の体現者だって事を」
あっと息を飲むディンさん。
「私は彼に体技や魔法を教わったわけではないけどね。でも彼の教えを一番強く理解しそして自分の戦闘技術に組み込んでいるのは私。それが判らないまでのど素人なのか?」
ディンさんにしてみれば、ムカッと来る口調である。

「…ネリリの場合、アレスのとは違うような気が」
ウィルパナルパさんがボソリ。
「ええ。アレス殿のは『凶悪な魔法に頼らず争いを収めよ』でしたからね。ネリリ殿のは攻撃的過ぎます」
ラティシアさんもそれに同意。
「うむ、曲解も甚だしい」
ウィルパナルパさん、コクコクと頷く。

「うるさい! 外野は黙ってろ!」
無茶苦茶機嫌が悪そうな声がネリリさんから二人に飛ぶ。
「あ、あなただって外野じゃないですか! そんなの弟子だなんて認められません!」
ラティシアさんは負けじと声を張り上げる。
「だから私が一番弟子です! そんなので弟子を名乗るのなんて、ストーカーと一緒です!」
普段は柔らかいアルトなのに、こういう時は女の子の本領発揮でキンキンとした声を出してくれるディンさんだ。

「私にとっては、貴女が私の良人を取っていった泥棒猫なのよ?」
ことさら丁寧に、それはつまり馬鹿にしたような表現。
「お、良人…」
「私とアレス君の間に存在する愛を無視して、勝手に現れて横取りしたんじゃない!」
「なんですか、それ!? 師匠は!」
「貴女とは所詮遊びに過ぎなかったのよ! 愛人風情がよくもでかいを顔する!」
「あなたは過去の女性じゃないですか!?」

…最早なんの話をしていたのやら。
ウィルパナルパさんとラティシアさんは、もう放っておくに限ると思ったようだ。
怒声が聞こえる方を背にして、絶句状態が続いていたスカイリッパーさんに話し掛ける。
「どうだ? 本人と話したのだから、それを直接エアハルトに伝えればいい」
「いやしかし」
「なに、君のせいじゃない。それに、院長の今の意向もそれでね。三国共通の敵がいない今、他国の冒険者と組んでミッションをこなす事を許そうとしない」
「それは…」
「いや、確かにそんなものは、我々の知った事じゃない。しかしまぁ、見た通りああいう女だからね」
「…フェムヨノノよりも大声で叫ぶタルタル女性など初めて見た」
「ん? フェムヨノノさんはもっとおしとやかで賢くて優しい女性だろう?」
「…知らぬが仏だ」
肩をすくませるスカイリッパーさん。
ラティシアさんも一度苛められた事があるから、ちょっと顔を渋らせる。
兄さん、あの人は正しくて良い人ですけど、かなり意地悪だと思います。

「…まぁとにかく、人手が必要ならば新たな英雄候補を探すべきだな」
「ふむ、そうするとしよう」
「勿論私とラティシアは協力しないぞ。これでも一応役人でな」
「解ってる。しかし…」
「なんだ?」
「先程、エレノアの方がブルストよりも好感が持てるといっていたが…」
スカイリッパーさんは、ラティシアさんの方を見て続ける。
「今日の事件やウィンダスの英雄の在り方などを見てれば、既に二人も仕事としてやっているレベルを越えている、と感じたのだが。それが悪い方向に行かない事を祈っている」
そう淡々とウィルパナルパさんとラティシアさんに言い放った。
ラティシアはちょっと沈黙してから、
「…そんな事はありえないでしょう。所詮私達は国の人間だ。隠れて悪事を働いてるだけです。世界を動かそうなどと大それたことを考えることはない」

「いや、ラティ…」
だけど、ウィルパナルパさんの方は少し異論があるようで。
「『出向英雄』に関わり始めた辺りから、確かに我々は変わって来ている…だから院長と喧嘩をしてしまうわけだが」
そこで、すうっと息を吸い込む。
「我々も変わりつつあるのかもしれない」
ウィルパナルパさんはしっかりとスカイリッパーさんを見上げた。
スカイリッパーさんもじっとそれを見つめ返す。

しばらくそうしてたか、ため息を一つついて。
「ではな。彼の墓については俺も気にかけておく」
そう言ってスカイリッパーさんは懐から呪符を取り出そうとしたけど、
ウィルパナルパさんがそれを止めた。
「ああ、私が送ってあげよう。限りある資源は有効に使うべきだな」
「…?」
目を瞑ってモグモグと旋律を呟き始めるウィルパナルパさん。
「なるほど。他者へのデジョンが使えるとは思ってなかった」
そのスカイリッパーさんの失言に、ラティシアさんがギロリってか爬虫類のようにキロリ。
「兄さんを馬鹿にしてるのですか? 死体にして共和国へ送り返してもいいのですよ?」
そのプラチナブロンドの下の目は、かなりおっかない。
二股に分かれた細長い下がチロチロと動いてそうな感じ。
睨まれたスカイリッパーさん、紫の歪みの中に消えていく途中で、
「女ってのは…」
との御言葉を残していかれた。

魔力の残滓を心地よく受け止めながら一息ついたウィルパナルパさんだったけど。
竜騎士と黒魔道士の女性二人、やかましい言い合いはまだ続いていた。
高音が耳に突き刺さってきて、普段なら気持ちいいはずのちょっとした疲労感を台無しにしてくれる。
「やかましいな…」
「兄さん、うるさいのならそろそろ止めたらどうですか? 双方とも罵倒のバリエーションをだいぶ使い果たしたようですよ」
ラティシアさんが半分呆れたような顔で、ウィルパナルパさんに進言。
「ああ、わかってる…二人ともいいかげんにしなさい」
声をかけたウィルパナルパさん。

「ウィルパナルパは口を出すな! このバカ娘の脳みそえぐりだして刻みこんでやらないと気がすまなくなった!」
「ウィルパナルパさんは黙っててください! この人の言ってる事は師匠を冒涜する事です!」
あえなく撃墜にあう。
ウィルパナルパさん、チロリと頭上のラティシアさんを見上げた。
「やってもいいかな?」
「…勿論」
ラティシアさん、澄ました顔で答える。
ウィルパナルパさん、それを受けて右手だけで印を切るとブツブツと旋律を歌い始めて…。

数秒後、辺り一帯は沈黙。
叫んでいた女性二人は口をパクパクさせながらウィルパナルパさんにくってかかる。
けど勿論、声は出てないから意味はない。
「ほいほい。サポ忍だったのが幸いだったね」
つまり今のネリリさんは魔法防御力は弱め。
印を使ってレジストに対する効果の上乗せをしておけば、ネリリさんレベルといえどサイレスが通じるって事。
いいかげん喋れない事が頭に来たのか、合計四本の手がウィルパナルパさんに伸びたけれど。
二人の手はウィルパナルパさんの胸倉の直前でピタリと止まってしまう。
続いてパライズが飛んで来たのだ。

「ラティ、ディンの方を頼めるかな?」
「わかりました…しかしネリリさんも『一応』嫁入り前の女性ですから」
その言葉に暴れようともがくネリリさんだけど、麻痺が効いてて痙攣するにとどまる。
「私が二人とも」
「ああ、その方がいいね」
「では」
そう言うとラティシアさんは瞬時に動き、ディンさんの後頭部に手刀を叩き込む。
自分よりも頭一つ分は大きいディンさんを運ぶためには、気絶させるのが一番。
…そうとはわかってても、酷い所業のような気がするけど。
んで、為す術もなく倒れこんだディンさんを肩に担ぎ上げて、ついでもがくネリリさんの青いローブの首根っこを掴んで、反対側の肩へ吊るした。
そのまま城門へ向かって歩き始める。
ウィルパナルパさんは、落ちてたネリリさんのボロっちげな帽子を拾ってパタパタはたくと、強力伝を見せつける妹の後へ続いた。
そのまた後ろから、パタパタと羽ばたきながら追うクィクィル君。
彼もきっと、ウィルパナルパさんが止めてくれた事に感謝しているに違いない。
…絶対そうだ。