My dear, littel Hero - そして新たなフェイシング - 後編
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ディンさんのレンタルハウス。
この部屋はアレスさんとディンさんが暮らしていた場所だから、家具はヒュームサイズだし、バストゥーク風にテーブルと椅子のセットだ。
当然、ウィルパナルパさんとネリリさんには居心地が悪い。
だから、ウィルパナルパさんは椅子に座らず、窓に寄りかかって腕組みをしながら、指でポンポンと自分の腕を叩いていた。
部屋にしつらえられた水屋に流れる水の音がそれにかぶさる。
落胆しているウィルパナルパさんの心情を表すような陰鬱なリズムが生み出されていた。
ネリリさんの方は、無理に椅子に座って、ラティシアさんがアレスさんの持っていた急須を使って淹れたお茶をすすってる。
サイズが合ってなくて、まるでヒュームの子供みたいにテーブルがずいぶん高い位置にきてるのは、微笑ましいというべきか。
「それで…どういう風になったのかね?」
しばらく黙ってたウィルパナルパさんが口を開いた。
ディンさんと総領事の会談の事だ。
「えーと…総領事も別に冷たい人じゃなくて、師匠の事を想ってたんだってわかって…」
ウィルパナルパさんにとってみれば大した成果じゃないから、ディンさんはオズオズと上目遣いだ。
ふう、とため息をつくウィルパナルパさん。
それを見て、ディンさんは慌てたように言う。
「あ、でも、私にとってはすごくよかったと思います」
「…それは、アレス殿の仇討ちのことですか?」
横からラティシアさんがディンさんに訊いた。
「ええ。なんと言うか…領事館の人達のためにも、私は敵討ちをしなきゃいけない、ってあらためて思いました」
「そうですか。なら兄さん」
ラティシアさん、渋い顔をしてるウィルパナルパさんの方へ向く。
「ディンの方はこれでよかったとして…院長はなんと?」
妹から出た質問に、さっきまでの渋い顔が更に凄みを増して、まさにクロウラーの姿焼きを無理矢理食べさせられたような表情になった。
いや、食べた事はないけど。
「うむ、やはりあの人は歴戦の勇士で最強の魔道士であり…そして役人である、と言う事がはっきりした」
ブツブツと、自分に言い聞かせるような。
「あの。それって、どういう?」
ディンさんは不思議な顔になる。
「私のような木っ端役人が立ち向かおうとして「つまり負けたと言う事ですね?」」
ウィルパナルパさんの声を遮って、ラティシアさんが結論を言っちゃう。
「…ラティ、私は傷ついたぞ?」
口をひん曲げちゃうウィルパナルパさん。
「いえ、わかっていたことです。兄さんは根本的に政治力がない」
「…」
ウィルパナルパさんはそっぽを向いてしまう。
ネリリさんは黙ってお茶をすすりながら、そんな三人の会話は聞いてないような振りをしていた。
さすがにウィルパナルパさんが気まずそうな顔をする。
一応権威付けのためにも、この女性にあまり格好悪い所を見せるわけにはいかないのだ。
妹にけちょんけちょんにされている姿を院長や博士に報告されたんじゃ、たまったもんじゃない。
「ネリリ。我々が得体の知れない悪巧みをしているのはわかっただろう? 黙ってくれるならもう帰ってくれていいぞ」
だからネリリさんを追い出しにかかるウィルパナルパさん。
だけどネリリさんは、湯飲みをトンとオイルフィニッシュのテーブルに置いて、宣言した。
「ん…事情は大体わかった。今抱えてる仕事をクリアしたら、私もあんた達に協力することにする」
全然ウィルパナルパさんに対する答えになってない。
「おいおい、待ってくれ。事情がわかったってどういうことだ?」
まだ全然その辺については話していないはず。
だから、ウィルパナルパさんは半分苦笑しながら呆れ顔になったのだけれど、
「ウィルパナルパ、貴様まだ私を馬鹿にしているのか?」
ネリリさんがギロリとウィルパナルパさんを睨む。
「馬鹿にしてるわけでは…」
汗をかきながらもそう言い訳をしそうになって、ウィルパナルパさんはそこで気付く。
「…ということは、君はもう既にアレスに関しての情報を掴んでたのか?」
コクリと頷くネリリさん。
そしてもう一度眉間に皺を寄せてウィルパナルパさんを睨む。
「やっぱり馬鹿にしてるだろう? 私達『英雄』は、あんた達のサポートがないと何も出来ないってな」
ウィルパナルパさんは、う…と唸る。
確かに、そういう風に彼らを侮る気持ちがなかったわけじゃない。
だからアレスさんがウィンダスに来てからも積極的にサポートしてきたのだ。
「まぁいい、アレス君の敵討ちなら勿論協力するさ。冗談抜きでアレス君は大事な仲間だったんだ」
『仇討ち』という言葉にディンさんが敏感に反応する。
「そうです。あの聖なる竜騎士。彼らを倒さなきゃいけません。ネリリさんも」
きっぱりと
「聖なる竜騎士ですか…」
ラティシアさんがポツリと呟いた。
「おかしいですか?」
ディンさんがいきり立って
「いえ、ディンが闇の竜騎士であるので、何か直感的に判るのかもしれませんが…」
「?」
「聖なる竜なのに、漆黒であったと? ラストドラグーンの鎧を継いでいるということは聖なる竜であるのは明白なのですが…」
確認するように、ラティシアさんがディンさんに訊いた。
「ええ、確かにあの男の竜は漆黒でした。印も薄かったですし」
憎々しげに沿う言い放つディンさん。
それに対して、
「…ちょっと待て!?」
ウィルパナルパさんが声を上げた。
「なんです?」
思い出した映像の中に出てきた仇に対して厳しい顔になってたディンさんが、意表を付かれたように反応する。
「その竜騎士の真っ黒い竜の印が薄かった?」
「ええ、クィクィルのとは違いましたから、多分あれが聖なる印なんでしょうけど」
「…」
ディンさんの答えに黙り込んでしまうウィルパナルパさん。
「兄さん?」
「ウィルパナルパさん?」
ラティシアさんとディンさんの若き乙女コンビが、小さなおっさんタルタルを覗き込む。
ややあって、
「…そういうことか」
やっと声を発するウィルパナルパさん。
「あ、そう言えば、もう一つ印みたいなのがおなかにありました。よく見えなかったんですけど」
ディンさんが思い出したようにぽんと掌を叩いた。
「…ああ、ならば納得がいく。決まりだ」
ウィルパナルパさんには、それで完全に理解できた。
天井を見上げてニヤリとしかけたウィルパナルパさん。
ところが、背後から辛辣な声が飛んできたのだ。
「なんだ、ウィルパナルパはまだわかってなかったのか」
もちろん、その声を発したのはネリリさん。
「当然気がついてるもんだと思っていたががな」
フンってな感じで鼻を鳴らすネリリさん。
ウィルパナルパさんも鼻を鳴らし返す。
「フン、こう言ってはなんだが、それは君が思いついたものではなかろう?」
いやらしく得意げな顔だったりする。
ほんの少し口を尖らせて舌打ちをするネリリさんだった。
「入れ知恵は、博士か院長か…どちらからですか?」
ラティシアさんが、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべてネリリさんに質問した。
多分愛しいお兄さんの援護射撃だろう。彼女としてはウィルパナルパさんが見下されることは我慢ならないのだ。
「いやどちらも違う。私よりウィルパナルパとラティシアコンビの方が知ってる相手だと思うぜ?」
ラティシアさんがコクリと頷く。
「…なるほど。想像はつきました」
そして、ウィルパナルパさんに目配せした。
「ああ、問いたださなくてはならないな…あの男、私達以上にアレスについて知識があるようだ」
そんなウィルパナルパさんの独白がディンさんの耳に入ってしまった。
「師匠について詳しい人って誰です?」
そんな問いを発した途端に、合計六つの目玉がディンさんを見つめてしまったものだから、あ…と思わず口を抑えてしまうディンさん。
んで、首をブルンブルン振って改めて聞きなおした。
「…そうじゃなくて、薄い印とかもう一つの印とか、どういうことです?」
そう、師匠について詳しい人とか今の議題はそっちじゃなくて。
一つため息をついてから、ウィルパナルパさんはディンさんを見つめた。
「これは、多分ディンとクィクィルには関係のない事だろうから、そのつもりで聞いてくれ」
コクリと頷くディンさん。
「竜と契約した竜騎士は、ドラゴンキラーと呼ばれる、竜族に対して優位に戦う事が出来る能力を与えられる。それは知っているな?」
ディンさんは、またコクリ。
「ドラゴンキラーの能力が意味する所は、竜騎士は竜と戦わなければならない、ということだ」
「それは逆じゃないんですか? 竜と戦うためじゃなくて、結果的に竜に対してアドバンテージを得るんじゃ…」
ディンさんが反論するも、
「いや、それならば、それ程強い能力にはならないだろう」
「はぁ…」
よくわからない理屈で納得させられたようだ。
「それで、これはサンドリアで確かめなければならない事だが。ラストドラグーンが引退した理由は…」
言いかけたウィルパナルパさんをネリリさんが遮った。
「聖なる印を持つ竜は、罪無きものを殺し続けると、次第に悪しき印が浮かび上がってくるようになる。つまり闇竜。鱗の色の変色もその影響と考えられるわけ」
ディンさんとラティシアさんが息を飲んだ。
聖なる印が薄くなって、悪しき印が浮かび上がってくる。
紫の竜騎士の聖なる竜は、丁度その過程にあるというわけだ。
「…ラストドラグーンは、自らの竜を闇竜にしたくなかった。ラーアル団長のようなドラゴンスレイヤーがいることからもわかるように、そしてディンも今はしっかり理解しているだろうが。闇竜は悪の象徴とされ、人間に駆除される」
さっきと同じように、腕を組んで、指の腹で腕を叩きつづけるウィルパナルパさん。
ディンさんが分からないような顔になる。
「でも、今の時代、人間同士で殺し合いをすることは殆どありませんよ? それだったら罪無き存在を殺すなんてことは無いじゃないですか?」
そんなピュアの塊のような質問に、ネリリさんが呆れた顔になった。
「貴女、本当にアレス君の弟子? アレス君が口を酸っぱくして言ってた事だと思うけどな? ウィルパナルパ、私を騙してんじゃないのかい?」
ギロリとウィルパナルパさんの方を睨んだ。
しょうがないさ、って感じの微笑がウィルパナルパさんから返される。
「ディンはまだ日が浅かったからな…いいかい? 獣人やモンスターは絶対的な悪ではない。あくまで人間にとって害を為している存在というだけだ。確かに獣人は男神プロマシアから生まれた種族であることは確かだが、彼ら獣人の中にも竜騎士がいることは知ってるだろう?」
諭すようなウィルパナルパさんに、ラティシアさんが質問する。
「人間側の竜騎士の大部分が聖なる竜と契約してるように、獣人の竜騎士の竜は闇竜のみである、と考えられませんか? それならば…」
「竜は生まれてみないと、聖なる印と悪しき印のどちらを持っているかわからない。人間や獣人のように種族的に決まっているわけではないのだ。つまり竜族とは、種族全体がアルタナとプロマシアの痴話喧嘩の影響の外にある存在だと推察される」
「なるほど」
少女二人が、揃ってコクリと頷いた。
「つまり、獣人を殺そうが、人間を殺そうが、モンスターを殺そうが、戦い続ける限り、聖なる竜も闇の竜に変化していく、というわけだ」
「「あ!」」
やっぱり仲良く二人で声をあげる少女二人。
「竜騎士とその竜は呪われた存在、ってのがぴったり来るな」
ネリリさんは椅子に寄りかかって天井を見上げて、ポツリと呟いていた。
「それ…師匠も言ってました」
「そうか、アレスも最期に気がついたんだな」
ディンさんとラティシアさんには、もう反論の余地が無い。
でも感覚的に納得いかないこともある。
「しかし、そんな話は聞いたことがありません。絶対数は少ないですが、冒険者を中心として新たな世代の竜騎士が登場してきています。日々戦いに明け暮れる彼らの竜が闇竜になった例などと…」
ラティシアさんのそんな呟きは、ウィルパナルパさんに向けたものじゃなくて、自分で考え込むような感じのものだった。
「ディンとか言ったよな? アレス君の弟子だって言うなら、彼女の疑問の答えをここで出してみせて。本当に彼の教えを受けていたなら」
意地悪な顔をして、ネリリさんがディンさんの方を見た。
「わ、私ですか?」
突然のご氏名にびっくりするディンさん。
「答えられなければ、私は貴女をアレス君の弟子とは認めない。即刻ここから出て行ってくれ。いや、私が追い出す。アレス君の部屋に貴女がいるのが許せない」
「そんな…ウィルパナルパさ~ん」
泣きそうになりながら、助けを求めたディンさんだけど、
「なに、少し考えてみるといい。アレスだったらどのような答えを出しただろうかとね。ディンだったらわかるはずだ」
すげない答えが返ってくるばかり。
「えーと…」
しょうがないので、考え始めるディンさん。
愛人という得体の知れない女(ディンさん主観)に、正妻である所のディンさん(ディンさん主観)が、アレスさんの匂いが染み付いたこの部屋を追い出されるわけにはいかないのだ(やっぱりディンさん主観)。
もう一度にっくき紫の竜騎士の言葉を思い出す。
「あ…クィクィルだけを殺すって言ってた。丁度一匹やってきた所だって」
ディンさんを殺してはその成果が相殺されるとも。
「悪しき印を持つ竜だけを殺すことにメリットがあって…!!」
目を見開くディンさん。
ウィルパナルパさんが、そんなディンさんの様子を見て、やさしげな顔になった。
「気付いたようだな」
「はい」
ディンさんは真剣な顔になって頷いた。
「つまり、聖なる印を持つ竜にとって、唯一悪と認定できる存在、それが悪しき印を持つ竜、ってことですね?」
「…その通りだ」
ウィルパナルパさんは満足そうだったけど、
「だけどな、それではラティシアの質問に対する答えになってないぞ?」
ネリリさんから突っ込みが入る。
「いえ、わかりました…闇竜を殺す事のみが聖竜にとって正義の行いだと判断される。それを行えば…負の業っていうんですかね? そういうのを減らす事が出来ますから、闇竜にならずに済む」
ポツリポツリと考えながら話すディンさん。
「なるほど。日々闇竜の討伐を行う事で、冒険者の竜騎士達は自らの竜に悪しき印が浮かび上がるのを防いでいるということですか。竜が契約相手に付与するドラゴンキラーの能力はそのためなのですね」
納得した風にラティシアさんが声をあげた。
「でも冒険者や国の戦士をやっていれば…常に罪なき存在を殺している事になる…特に冒険者は今の状態だと獣人に対する尖兵ですよね…だから結局最後は」
ディンさんの言葉がそこまで発せられた時に、ラティシアさんは息を飲んだ。
「…そんな!? ならば、竜騎士とその竜の行く末は、どうあがいたとしても悪しき竜と悪の竜騎士ということですか!?」
竜騎士とは、本質的に戦って他者を殺す存在だから、戦いから逃れる事は出来ない。
それが彼ら自身を追い詰めているという事になる。
だけど、ディンさんは頬を膨らませて答えた。
「確かにクィクィルは闇竜で、私はその契約相手ですけど…クィクィルは悪の竜でもないし、私も悪の竜騎士じゃないです!」
激昂しかけて、フーと唸るディンさんを、ウィルパナルパさんがなだめに入った。
「その通り。そもそも聖なる印も悪しき印も人間が勝手に名付けただけのものだからな。実際は悪でもないし、ただ闇竜は人を襲う確率がものすごく高いという事実があるだけだ」
でも全然フォローになってないような気もするけど。
「だって…悪ってなんなんですか!? 人間の一方的な都合じゃないですか!」
だから、ディンさんの叫びはとまらなかった。
ウィルパナルパさんが、ネリリさんのほうを見てニヤリとする。
「どうだ、ネリリ。満点でいいな?」
深くため息をついたネリリさん。
「…しょうがないな」
「それじゃ!」
目を輝かせたディンさんだったけど、
「でもな、まだ認めたわけじゃないぞ。私にはどうしても貴女がアレス君の弟子で彼に大事に思われていたなんて考える事は出来ない」
ネリリさんの言葉を聞いて、がっくりうなだれるディンさん。
だけど気を取り直して食ってかかる。
「でも! だったらネリリさんが師匠の一番弟子だって証拠を見せてくださいよ!」
ネリリさんは呆れたような顔になった。
「貴女ね…私のはさっきの戦闘の仕方だ。それで充分だろう?」
確かに、さっきはっきりと見た。というか見させられた。
「あ…そうでした」
再びがっくりとうなだれるディンさん。
勝ち誇ったように鼻を鳴らすネリリさん。
「…でも!」
もう一度ディンさんが復活して、叫びだそうとしたけれど…
ラティシアさんが、
「二人ともまた始めるのですか? いい加減にしてください。それこそアレス殿の喪にふさわしくない行動でしょう?」
って諌めに入った。
一応静かなのを好む女性らしいラティシアさん(ラティシアさん主観)としては、騒がしくされるのは気に食わないのだ。
「…はい」
怒られて、三度がっくりとうなだれるディンさん。
ネリリさんはそんなディンさんをチロリと見ると、椅子から飛び降りて宣言した。
「私は帰る。この間受けた依頼を片していなかったんでな…ラティシア、お茶ありがとう。美味しかった」
ラティシアさんは微笑んで、それに返す。
「いえ、アレス殿がキープしていた上物のお茶の葉だったのです…彼はまだウィンダスに来て日が浅いというのに、すっかりウィンダスティーに慣れてしまっていたのですね」
ちょっと俯くネリリさん。
だけどすぐに顔を上げて、ドアのノブに手をかけた。
そこで一旦止まる。
「とりあえず第一段階はパスという事でいいだろう。まだ安心するな」
そう言い残して、今度は本当に外へ出て行ってしまった。
「…?」
不思議そうな顔になってしまうディンさん。意味がわからない。
ウィルパナルパさんが、面白そうな顔をして彼女の言を補足する。
「つまりだ、ディンはほんの少しはアレスの弟子として、ネリリに認められたってことだよ」
「よかったですね、ディン」
ラティシアさんもにこやかになる。
「あ…そういうことですか」
ぽんと胸の前で掌を合わせるディンさん。
でも、直後に俯いてしまった。
「…? どうした?」
ウィルパナルパさんが怪訝な顔になった。
「あの人…師匠と…どういう関係なんです?」
ボソボソと。
「なんだ、まだそのことか。元の仲間なのだが…君が疑うような関係では無かったのは確かだ」
「いえ、違うんです」
ディンさんが顔を上げて、ウィルパナルパさんをキッと見つめる。
「総領事もなにかわけのわからないことを言ってました」
「わけのわからないこと?」
不信げな顔になったウィルパナルパさん。
ディンさんが一度言いかけようとして、止まる。
ウィルパナルパさんは、一度ラティシアさんと顔を見合わせて、
「どうした? 何がわけがわからなかったんだ?」
ディンさんに先を促した。
それでやっと、ディンさんは喋りだす。
「英雄とか何とか…師匠って…一体どういう人なんですか?」
「う、そのことか」
ぎくっとするウィルパナルパさんとラティシアさん。
「私だけ…知らないんですよね? 多分フェムヨノノ師もリンツァイスさんも知ってたと思うし…」
ディンさんをアレスさんに紹介したのはその二人だ。
「え? そうなのか?」
意外なことを聞いたような感じで、ウィルパナルパさんが目を真ん丸くした。
コクリと頷くディンさん。
「そうか。フェムヨノノさんもこっち側の人間だったか。スカイリッパー君と繋がりがあるぐらいだからな」
そう慨嘆して、ラティシアさんの方を見る。
「ラティは知っていたかい? エアハルトの方面か…遭遇した事あるのだろうか?」
首を振ったディンさんだったけど、
「しかし、あのお二人ならば充分にありえる話です。もしかして、最近話に聞くスクラッパー…なのではないですか?」
「ああ、英雄嫌いとかとかいう…まぁいい」
話を止める。
ディンさんが、ギロリと二人を睨んでいたからだ。
「そうだな、いずれ話さなければならないとは思うが…どうだろう? 直接ネリリに訊いてみたらいいのではないかな?」
「でも…あの人…」
「怖いですか?」
ラティシアさんが、勢いを失ったディンさんの声を継いだ。
「…はい」
ちょっと口を尖らせて、ディンさんは頷く。
そんな顔を見て、ラティシアさんは面白そうな、そして優しそうな顔になったのだった。
「大丈夫です。ネリリ殿はアレス殿の大切な仲間だった。貴女はアレス殿を信じているのでしょう? ならばネリリ殿のことも信じられるはずです」
にっこりと笑ってディンさんに言いながら、ラティシアさんは立ち上がる。
「さて、私達は引き上げます…兄さん?」
「そうだな…」
外を見てみれば、そろそろ夕方といった時間。
ディンさんも見送ろうと、慌てて立ち上がった。
「あ、はい。今日はありがとうございました。おかげで私は…」
ウィルパナルパさんが、ドアの前まで歩いていって、ふと足を止めた。
そしてディンさんの方を振り返る。
「こちらも調べなければならない事がある。休暇申請もしなければならないしな。すぐには協力できるようにならない」
一応、この二人は冒険者であり、役人でもあるのだ。
「しばらくネリリについていたらどうだ? アレスが何を考えていたのかわかるようになるかもしれないぞ」
「はぁ…」
困ったような顔になってしまったディンさんだった。
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茜色に染まる石の区の南を並んでタルタルとヒューム。
タルタルの方にあわせて、歩く速度は遅い。
「兄さん、どうするのです? 『彼』のこと、放ってはおけないでしょう?」
ラティシアさんが前を見て歩いたままウィルパナルパさんに話し掛ける。
『彼』とは、ネリリさんが言っていた人物だ。
ウィルパナルパさんも、前を見て歩き続けながら答える。
「どうしたものだろうね。槍のこともあるだろうしな」
「あの漆黒の槍もその関係なんでしょうね」
「まぁ話すしかないだろうな…彼は今誰か雇っているのか?」
「今でも彼自身が動くそうですよ。元老院警護隊とは暇なものですね。曲がりなりにも重要な役職なのだから、片手間にやられては困るのですが…」
「そういえば、アレスはイザシオ爺、つまりセルビナ経由のはずだが…」
「さて…どうなっているのやら?」
二人でボツボツと悩みながら、夕焼けの中を彼らの家へ向かって歩いていった。