My dear, littel Hero - そして次へのリーピング - 後編
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ゴリゴリと音を立てて、乳鉢の中で得体の知れない黒色の粉が混ぜられている。
ディンさんは無表情で作業をこなしていた。
反対側でサイズの合わない椅子に腰掛けて、やっぱりサイズの合わないテーブルに顎を載せているネリリさん。
つまらなそうなジト目で、ディンさんの作業を眺めていた。
「…なんです?」
ディンさん、さすがにずっと見られていてはやりにくいみたい。
手を休めて自分を見ていた顔に声をかけた。
だけど、やっぱりつまらなそうな声で返答するネリリさん。
「別になんだというわけじゃない」
「でもずっと見つめてるんですね?」
「…悪かった」
ネリリさんはそう言って目をそらす。
んで、自分のブッとくて長い赤毛の三つ編みを掴んできて、先っちょを見つめ始めた。
やることがないから、枝毛のチェックでもするかって感じ。
テーブルの上に乗り出して、それを覗き込むディンさん。
「あ、そーとー痛んでますね」
「…うるさい」
眉を寄せて、でも目は合わせないでディンさんに返答する。
「ダメですよ。髪も年齢と共に…」
「うるさい!」
ディンさんの完全な失言である。
若い娘にそんなこと言われるのは物凄く腹が立つのだ。
「大体冒険者は、旅先で髪を洗う機会も少ないし、日の光やら砂嵐やら、そういうのを浴びてる事も多いんだからね。痛むのは当然。ぐちゃぐちゃ言うな」
「でも…チェックしてるじゃないですか」
ディンさんだって、若い娘代表として黙っていられない。
「痛んでるの間引いてくだけじゃダメですよ。髪は女性の命なんです。今度トリートメント処方しますから、せめてウィンダスにいる時は使ってくださいね」
目を瞑って指をたてて、きっぱりと。
「ハァ…」
こちらも目を瞑ってため息をつくネリリさん。
手に持っていた三つ編みの先を、ポイと後ろに放り投げた。
もう一度ため息をつく。
「ハァ…貴女どうして冒険者になろうと思ったの?」
「え?」
突然の問いかけに、びっくりするディンさん。
「そんな街娘みたいなことを気にする冒険者なんて、今まで会ったことがない」
「…そうですか? ラティシアさんだって綺麗な金髪なんですから、結構きちんと手入れしてると思いますよ」
「あの娘は…アレは天然だよ。そんな話聞いたことがないね」
「え、手入れしてないのにあれなんですか…羨ましいなぁ」
「ラティシアも、ヒュームの基準からすれば相当な美少女だろ。本当の美少女は化粧気なしでも美少女なんだよ」
つまりなんだ、ネリリさんは自分も『美少女』だから手入れする必要がない、と。そんな無茶な事を主張したいわけか。
もちろん、ディンさんはそんな言葉の裏の意味までは読み取れず。
「はぁ、まぁそう…美少女ですね…貧乳ですけど」
素直な感想を言ったはずなのに、
「なにか!? 貴女も美少女だろ。牛みたいな胸してる分だけ、ラティシアよりも自分の方が女として魅力があるって言いたいのか!?」
ギロリとネリリさんに睨まれた。
「自信過剰も程々にしとくもんだ!」
「そんなことは言ってませんよぉ…なんでそんなに突っかかるんですか?」
「…」
答えないネリリさん。だからディンさんは不思議そうな顔になった。
「なんです?」
「…なんで冒険者になったの?」
ネリリさん、また同じ質問を繰り返す。
「冒険者は髪のこと気にしちゃいけないんですか? 冒険者だって女の子ですよ」
ネリリさんは首を振った。
「違う。貴女は錬金術師としても充分やっていけるんだろ? わざわざ冒険者…しかも竜騎士なんてのになる意味がない」
「竜騎士になったのは偶然ですよ。最初は騎士になるつもりだったんです。その前は『戦う白魔道士』でしたけど」
「余計悪いな」
「うーん…師匠の教えに感銘を受けた、って理由じゃダメですか?」
「『魔道士サポ前衛』論と『ナイトと暗黒騎士の本質は魔道士』論か?」
「ええ」
「…どこらへんが面白かったんだ?」
「えっと…」
顎に手をやって考え始めるディンさん。
「師匠のお父様…ウィルマルク師って言って私の錬金術の師匠でもあるんですけど…とにかくお義父様」
「お義父様って言うな!」
「いいじゃないですか」
「よくない!」
「…ウィルマルク師から師匠のお話を伺った時、なんかこう…」
「なんだ?」
「目の前がパーっと明るくなったような気がしたんですよね」
「…は?」
ガクンとネリリさんの顎が落ちる。
「物事を全く違った方面から見るような、そんな師匠の思想を体現することが、錬金術師として大事なことだって…気がしたんです。上手く説明できないですけど」
「…」
ネリリさんはしばらく黙った後、
「私は強力な精霊魔法を操る黒魔道士。魔道士としてのアレス君の在り方とはまた違う」
唐突に、別の話題を持ち出した。
「…はぁ?」
だからディンさんも混乱する。
「おまけに私は強化系魔法は苦手。エンチャントウェポンなんて使いこなせない」
「はぁ…って、ちょっと待ってください。それなら何で師匠の弟子って」
「だから考え方の問題。それと、ウィルパナルパやラティシアはまだ誤解している」
「誤解って?」
「あの二人は、アレス君が『凶悪な魔法に頼らず争いを収めよ』って考えていたと思ってるらしいけど…そんな事はないね」
「…?」
「アレス君はなんだかんだ言って破壊の力を求めていた。赤魔道士が持てるそれよりも大きい力を」
「し、師匠はそんな人じゃ」
「貴女も誤解してる。アレス君は聖人君子じゃなかった。あまりにも普通の…冒険者だったのよ」
目を細くして茜色の空を見上げるネリリさん。
「セオリー通りの赤魔道士だった。しかも赤魔道士の本質をすごくわかってる。『赤魔道士の戦いはただひたすら時間との戦いだ』って。自由に動くポジション。何でも出来るポジション。彼は現在の戦闘理論では、パーティに求められる理想の赤魔道士だった」
「だったら…」
「だからこそ、彼は剣に拘ったのさ…魔道士サポ前衛論はこじつけに過ぎない。それだけ主張したら格好悪いからナイトと暗黒騎士もつけたんだろ」
ギロリと睨みつける。
「貴女がアレス君のことを聞いた時に感じたっていう、目の前が明るくなったって感覚、多分間違ってる」
「ちょ…!」
バン!
ディンさんが椅子を後ろに蹴倒して立ち上がり、テーブルに両手を叩きつけた。
「ちょっと待ってください! それって師匠が間違ってるってことですか!?」
自分とアレスさん、両方が否定されたわけで。怒って当然。
「大体、ネリリさんだって一応師匠の弟子って名乗ってるんでしょ!?」
激昂したディンさんをなだめるように、ネリリさんはあくまでも静か。
「別にアレス君が無能な冒険者だと言うつもりはない。パーティでは暗黒騎士の能力を使うことも多かったけど、実際の所それ程間違った使い方じゃなかった。非常に効果的に運用していたと思う」
「ほら、師匠は間違ってないんです!」
「でもやっぱり違うんだ。効率よく使おうとすればするほど歪みが生じていった」
悲しげな表情になるネリリさん。
「いい加減にしてください! 何が言いたいんですか!?」
「アレス君はある意味であまりにも人間らしすぎたんだ。故に冒険者ではあっても英雄ではない」
ディンさんは、ガタンと椅子に乱暴に腰を下ろした。女の子がそういう風にするのは余り良くないと思うんだけど。
「また『英雄』ですか…」
はぁ、と息を吐き出す。
「結局そこに行き着くんですね…ネリリさんはなにを言いたいのか、私にはさっぱりわかりませんよ。大体教えないって言ったのはネリリさんじゃないですか」
「…」
答えないで俯くネリリさん。
ディンさんもテーブルの上の乳鉢を眺めたまま、黙り込んでしまった。
どのぐらいの時間だったか、結局沈黙を破ったのは、ネリリさんだった。
「赤魔道士は、その役割上物事を多面的に捉えることに長けている」
「…?」
顔を上げるディンさん。
「そういう性質は、魔道士全体に共通するかと思いきや、実は赤魔道士特有のものだ。しかもどうやら、赤魔道士には向いてる人間とそうでない人間がいる」
「…?」
どういうことだろう? 向いてるとか向いてないとか。
「彼らは、敵のみならず味方まで陥れることで、自らの能力を発揮する」
「…だから何が言いたいんですか?」
「…紫の竜騎士も、本来の意味での赤魔道士に近い性格なんじゃないか、と思う」
仇が話に出てきただけで、ディンさんの首の後ろの剃り残した産毛が、ゾゾゾと一気に逆立った。
目を見開いた闇の竜騎士に、ネリリさんが指を突きつける。
「そして、闇の竜騎士、貴女もだ。貴女はさっき、多面的に世界や物事を見ることに喜びを感じると言った」
「…」
「それはすごく危険なことなんだよ!」
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「さぁ、みんな。こっちに集まって」
ネリリさんが声をかけると、子供達がワラワラと集まってきた。
「実はね、みんなの子犬に会ってきたんだ」
ニッコリと話し始めるネリリさん。後ろのディンさんは、ネリリさんの笑顔にちょっと薄ら寒さを覚えていたりする。
「犬の成長は人間よりも早いって知ってるかな?」
「えー、なんだよそれー」
「せいちょうってなにー?」
「ネリリさん、もっと子供達がわかるように言わないと」
「しばらく黙ってな…あのね、大人になるのが早いってことなの。みんな大人になったら何になりたい?」
「ぼくはねー、ぼうけんしゃになるんだ!」
「あたしもー、いろんなところにいって、いろんなひとにあうのー」
「それでねー、おかあちゃんにおしえてあげるんだー」
「そう…楽しみね」
「うん、はやくおとなになるんだー」
「あたしもー」
「みんなの犬もね、冒険者になったのよ」
「えー、いぬがぼうけんしゃになったのー?」
「そんなのへんだよー」
「…でもね、なれちゃったんだもの。しょうがないじゃない。それでね、犬はね、自分のお母さんを探しに旅に出たのよ」
「おかあさん?」
「みんな友達と遊んだあとはおうちに帰るよね?」
「そりゃそうだよー」
「あの子もね、みんなと遊んだ後は、お母さんに会いたくなったのよ」
「…ふーん」
「それでね、お姉さん達はあの子に会ったのよ」
「ネリリさん、その歳でお姉さんって…」
「呼ぶまで黙ってろ!」
「どこでー?」
「すごく遠く。ウィンダスからね。みんなも冒険者になったら会いに行くといいわ」
「げんきだったー?」
「うん、とっても」
「それでね、みんなに渡してくれって言われたものがあるのよ」
「なにー?」
「なんなのー?」
子供達がネリリさんの方に駆け寄る。
ネリリさんは、後ろで顔を歪めていたディンさんを振り返った。
「なんて顔してるんだよ、例のブツを」
「だって、いくらなんでも、お姉さんは…」
「うるっさいなぁ…早くよこしな」
渋々後ろに抱えていた革の袋の中から、リボンがかかった小さな箱を取り出すディンさん。
ネリリさんは、その中から一つ奪い取ると、子供達に向き直った。
「はい、お姉さんの方見ててね」
「ネリリさん、子供達からはちょっと離れて使ってください」
「わかってるよ、貴女本当にうるさいな…これはね、こうやって使うの」
腰を落として子供達にそう言うと、ネリリさんは箱のリボンをさっとほどいた。
中から現れたのは口の広い瓶。その口にはコルクがはまっていて、そこから導火線がピョンと飛び出していた。
ネリリさんはモグモグと旋律をつぶやいて、極々小さなファイアを指先に灯す。
チリチリと導火線は燃えていって…ポンと軽い音がして辺りが薄い煙に包まれた。
すぐに煙は引いていって、そしてネリリさんの背中には虹色に輝くチョウチョの羽根。
「うわぁー」
「すごーい」
子供達が目を輝かせた。
「それでね…」
ネリリさんがそう言うと、彼女の小さな体がふわりと浮き上がった。
羽根も羽ばたいているように見える。
そのまま大人のヒューム二人分ぐらいの高さの場所まで昇って、円を書くように周回してみせる。
大人にとってみれば大して高くなくても、子供達には雲の一歩手前のような高さだ。
まるで空を自由に飛びまわっているかのよう。
蝶の羽からはキラキラと虹色の光が地上の子供達に降り注いでいた。
子供達は一瞬あっけに取られたあと、
「ええええー!」
「すごーいすごーい」
口々に叫ぶ。
2、3周した後、ネリリさんはふわりと元の位置に着地してみせた。
背中の羽根がすうっと消えていく。
子供達が歓声を上げてネリリさんの方に駆け寄ってきた。
それと同時に、ディンさんの背中からは
「くぅ~…」
と、疲れたようなクィクィル君の声が発せられた。
「クィクィル、ご苦労様。今夜はピピラを焼いてあげる」
ねぎらいのディンさんの声。
ディンさんを吊り下げて飛ぶのはさすがに無理だろうけど、ネリリさんならなんとかいけるレベルだったのだ。
虹色の羽根でクィクィル君の身体は丁度隠れる。
でも影になる部分は小さくて大きく羽ばたけなかったから、力もギリギリ。
クィクィル君、相当疲れたことだろう。ネリリさんも見ていてそれがわかった。
「焼き方は師匠には及ばないかもしれないけど、高級魚なんだからね。あ、ダルメルステーキもつけてあげる」
「くぃ~」
現金な闇竜は、特別報酬の支払いということで納得したようだ。
離れた場所では、ネリリさんが子供達に向かって指を立てていた。
「これはね、みんなが冒険者になった時に、あの子犬の所まですぐに飛んでいけるように、って。みんなに渡して欲しいってお願いされたの」
「いまじゃだめなのー?」
「ダメよ、あの子だって今はお母さんとゆっくりすごしたいでしょ。みんなのように」
「うーん…でもさー」
「わたしわかるよー。だってわたしだって、おかあちゃんといっしょにいたいもんー」
「そうよね。あの子もお母さんと一緒にいさせてあげようね」
「わかったー」
「わかったー」
「それじゃみんなに一つづつあげるからね」
ネリリさんは袋の中から色とりどりの箱を取り出すと、子供達に渡していった。
勿論、花火の箱には厳重に封がされている。子供の頭では開ける方法を思いつかないように、きちんと半田で閉じたブリキの箱にしたのだ。
そこら辺は、ネリリさんの指導がディンさんに対して入ったわけで。
ディンさんは競売の前で、彫金の技術を持ってる人を探して回らなければなかったわけだけど。
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「花火は一時の夢…ね」
広場に向かって駆けていった子供達の後姿を見ながら、ネリリさんがポツリと呟いた。
ほんの子供だましの演出だったかもしれない。
「実際にはほんの短い時間かもしれません。でもあの子達の夢は、大人になってこの花火を使うまで、ずっと続くんです」
後ろからディンさんが微笑みながら口を出した。
「…だといいな」
多分箱を開けられるぐらいになった時には、子供の頃自分がやった事をしっかりと捉えられるようになるんだろう。
なんて残酷で可哀想なことをしてしまったんだ、と後悔するかもしれない。
でも、その時に手元に何もないのと、この箱があるのとでは、だいぶ違うはず。
虹色のチョウチョの羽根を見せてくれる、その一時の夢を、大人になった子供達はどう受け止めるだろうか?
この花火を使っても、実際に飛ぶ事は出来ない。
だけどその時には、彼らは自分の足で街の外へ駆け出していけるのだ。思い出の子犬に会うために。
「それにしても、ガルカの子供がいなくてよかったですね」
「ああ」
ガルカは他の種族に比べて二倍の寿命を持っている。生殖によらないで世代を繋いでいく、ある意味神がかった種族。
「犬は成長が早い…か」
「そうですね…ガルカの人達って、どんな気持ちで大人になっていく友達を見てるんでしょうね?」
「…聞いてみないとわからないね」
「考えてみれば、成長だけじゃないですね…私達は彼らより早く死んじゃうわけですから。見知った人達が自分を置いていってしまう…悲しいですよね」
それはきっと寂しいなんてもんじゃないだろう。
「別にガルカだけに限った話じゃない」
「…?」
ディンさんはネリリさんの言ったことがわからなくて、怪訝そうな顔をしたのだけれど、それっきりネリリさんから答えはなかった。
ネリリさんが空を見上げて、大きく深呼吸をした。
赤毛の三つ編みがが秋の風に揺れる。
んで、ポツリと傍らにいるディンさんに問い掛けた。
「なんで私が『小さな英雄』を名乗ってるかわかる?」
…自分で名乗ってたのか? 普通そういうのは他人から与えられる名前なんじゃないの?
「さぁ? さっぱり想像がつきませんけど」
ディンさんは、同じように空を見上げて答えた。
やっぱり黒いポニーテールが秋の風に揺れる。
正確に言えば、さっぱりというわけではなく、タルタルでちっちゃいから、小さな英雄なんじゃないかって思ってた。
「こういうことをやっているから」
「こういうこと?」
「子供達と接して、街の人達と話して…そうやって笑顔を見れる。報酬はみんなの健全な未来だよ」
「健全って…」
そんな言葉は胡散臭いにも程がある。普通に聞いたら、まず間違いなく怪しげな人物だと思うことだろう。
でもこの時は、ネリリさんの言葉は、何故か素直にディンさんの胸の中に落ちた。
「スペクタルロマンでもない、ドロドロの世界でもない。ただ人々の笑顔に囲まれて、仲のいい友達と楽しく過ごせればいい」
「…」
「だけど、身近のことには真剣になって取り組む。みんなと私の幸せのためにな。それが『小さな英雄』なのさ。エアハルトともアレス君とも違う英雄だな」
「…はぁ?」
また『英雄』である。ディンさんにはよくわからない。
「ついてきな、貴女に渡すものがある」
ネリリさんは、不思議そうな顔をしているディンさんにそう声をかけると、モグハウスの方へ向かって歩き出した。
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「貴女、これを着なさい」
ネリリさんの部屋、ディンさんに渡された服…黒いガンビスン。
両方の二の腕の部分には赤い帯が巻かれいて、丁度いいアクセントになっている。
「これ…?」
「アレス君が注文しておいたものだって」
「師匠が…ってどういうことです!?」
「昨日ウィルパナルパが受け取ったらしい。死ぬ前に名のある職人に依頼したそうだ。驚かそうと思っていたんだろうね」
「師匠…」
ディンさんは、改めてそのガンビスンをまじまじと見る。
「でもオーダーメイドって…この服ってなんか意味あるんですか?」
黒いガンビスン…紫がかった黒は一時期流行ったデザインだけど、この服はそういうんじゃなく、まるでシルクを染めたような柔らかく光を反射する高貴な黒。
「あの子は他人から与えられる聖と悪という概念なんかに拘らなかった。それまでに蓄積されてきたデータと自分自身の経験を信じるタイプ。だからこそ裏側を見てしまったんだろうけど」
ディンさん、そういわれると納得する。
最初にクィクィルを殺そうとしたのだって、単に闇竜だからって理由じゃなかった。
最後の教えは…『獣人からみれば冒険者は悪の存在』って事だった。
「だから、貴女が闇竜であるクィクィルと共に闇の竜騎士になるということを認めて、この服を送ろうと思ったんだと思う」
「…でもこの赤い帯は?」
「貴女、にぶいの?」
ネリリさんは呆れたような表情になる。
「悔しいな。私には出来ない事を、貴女がやっている…これはその証拠だ」
声がだんだん憎々しげになってくる。
「…?」
「まだ解らないのか? 赤と黒のコンビネーションは彼の象徴の色だろ?」
アレスさんのアーティファクトを頭に思い浮かべるディンさん。
「確かにそうですけど…でも、それが?」
まだ不思議そうなディンさんだ。
プチン。
血管が切れたらしい音があたりに響く。
「つまりアレス君は貴女に自分を継いで欲しいと思ってたって事だよ!」
ネリリさんがもう我慢できないとばかりに叫んだ。
「私…ですか? それってもしかして…」
ディンさんは一瞬ぽかんとした後、顔を赤らめながら目を見開いた。
「そう、私がどうこう言おうが、アレス君は貴女を大事な弟子として考えてた、ってことだ」
「師匠…」
それはディンさんもわかってた、確信していた事だ。
でもネリリさんには否定されていたわけで…彼女が認めてくれるってことは。
「ま、二番弟子として頑張ってくれ…私も妹弟子の面倒はみなきゃいけないよな」
ネリリさんが余計な事を言うものだから、
「い・ち・ば・ん・弟子です!」
ディンさんの声がネリリさんの部屋に響き渡ることになったのだ。
当然次の日、隣室の冒険者からこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
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さて一方…。
「ラティ、考えてみればこれは休暇にならないのではないか?」
「…そうですね。ネリリ殿の監視と保護、補助は私達の仕事の一つです。同行するのであれば休暇にする必要がない」
「今回の出張旅費、どれだけ取れるものかね? 水増ししてふっかけておかないと損だからな」
「にいさん…いくらなんでもそれはあさましいのでは?」
タルタルとヒュームの兄妹が、書類を前にしっかり悪巧みをしていたわけで。
「それと例の…『闇に響く歌声』」
「セルビナの彼ですか?」
「そろそろアレらしいぞ。カウリオリの裏情報だ」
「そうですか。ネリリ殿には?」
「言っていない。言う必要も感じないからな?」
「しかし…」
「大体、ネリリが知るならば、私達より彼に近い情報経路を辿るはずだ。そちらの方が信頼性も高い。無粋な事をした日には彼女に怒られるよ」
「どれだけ持ちます?」
「…さてね?」
別の悪巧みもしていたのだ。