Liberame Domine - 心はいつもドリーミング - 後編

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エルヴァーンの男の鉄靴とヒュームの少女革のブーツが石畳を蹴る音が、カツーンカツーンと響く。
ドラギーユ城の通路を、奥に向かって進むリュシアンさんとラティシアさんだ。

「貴殿らが支援しているサンドリアの英雄、彼はこれから先、どうするのです?」
後ろを歩きながら問い掛けるラティシアさん。すこし心情に余裕が出てきたのかもしれない。
せっかく直接会って話すなんてことができたのだ。訊いておきたいことはあるしね。
「ああ、彼か…」
世界を救った英雄の一人、エルヴァーンの戦士だ。
「彼は明日にはセルビナに出かけるそうだ。セルビナ警備隊を継ぐのだそうだよ。とりあえずは少しの時間だけらしいがね」
「…それは『闇に響く歌声』の後継者ということですか? サンドリアの英雄も『英雄』から脱落ですか?」
「セルビナの吟遊詩人が消えるというのは君も知っていたのか…彼本人にそのつもりはないみたいだね。まぁ仲間との義理を果たすというところだろうさ。代わりが見つかり次第、エアハルトと合流するって言ってたよ」
「エアハルトと言うと、ラオグリムの一件ですか?」
「それもあるが、例のシド工房長らが動いているアレがメインではないかな?」
「なるほど…」
一応情報交換、敵対することもあるけど、この情報はお互いのためにはなるだろう。
誰か他の業界人が聞いたら、あまりにも物騒だと感じるような話をしながら、二人の業界人は城の奥へ向かって歩いていった。

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「さて…どうしたものかな? いい加減目を覚ましてくれてもよさそうなものだが」
ウィルパナルパさんは、床に座り込んで腕を組んでいる。
その脇には、すごく安らかそうに寝息を立てている二人組み。ディンさんとネリリさん。
一番最初に目を覚ましたのが、三人の中では一番魔法抵抗力が高いウィルパナルパさん。ということは魔法によって今回の拉致は行われたわけだ。スリプル…スリプガだろうか?
とりあえず、いつまでも眠ってる二人のことが、だんだん憎くなってくる。
「なぜ私だけが…やはり『英雄』は気楽に楽しむだけ、我々が苦労するのか」
ひねくれたくもなる。

とりあえず叩きおこすとするか、そう決意したものの…実際に叩き起こしたら後で文句たらたらだ。
男は本質的に女に敵わない。妹持ちとしてはそれはよっくわかってることだ。
だから、仕方なくケアルガで起こす事にする…ある意味それもひねくれてるけど。

それ程長くない詠唱のあと、
「ん…?」
「…くわぁ?」
ねぼすけ女性陣が、思いっきり機嫌悪そうな声をあげて、目を覚ました。

「え、あ、あれ? ここ…どこです?」
事態を把握できないディンさんと、
「…まさかウィルパナルパ…貴方、私達に何をした!?」
事態を間違った方向に解釈しようとするネリリさん。
「ネリリ…君な…」
呆れてしまうウィルパナルパさんだ。
「私はまだ命を捨てるつもりはないよ。少なくとも、ラティシアを嫁に出して、その夜涙を堪えながら酒を飲む兄貴の気分を味わうまではね」
「…ずいぶんと歪んだ夢だね?」
「そうかい? これも男のロマンだ」
「理解したくもない」
ケッと一蹴するネリリさんに、
「すいません。私も理解できません」
申し訳なさそうにするディンさん。
まぁ…理解しなくてもいいから、許容はしてほしいなぁ。

「ともかく、ここがどこだかわかるか? ネリリなら知っているのではないかね?」
ネリリさんに訊くウィルパナルパさん。
いくら冒険者登録をしているとは言え、下っ端役人であることを明言している彼やラティシアさんには入れない場所がたくさんある。
その点、特定の国に職をもたない、言わばフリーターの冒険者達は、働き次第で他の国の高級官僚の信頼を得る事も可能だから、ここを知っているかもしれない。
「ああん?」
「ドラギーユ城の地下牢だよ。例の竜騎士の…そうか!」
いきなり叫び声を上げたネリリさん。隣にいたディンさんの鼓膜の中は、キーンとして音で満たされてしまった。
「もう…いきなり何です? 竜騎士って」
「ネリリ、どうしたのだ? 女の子が大声を上げるものではない」
「サンドリアに最後に現れた竜騎士の話だよ!」
抗議する二人に、ネリリさんはまくし立てる。
「最後? ラストドラグーンか?」
ランペール王に使えたラストドラグーン、エルパラシオン。
勿論、最近は冒険者達に竜騎士が多いから、最後ということはないけど、一般的には最後の竜騎士とは彼のことだ。
「違う。ラーアル団長の親友…そうか、ウィルパナルパ、貴方は見てなかった、いや見られなかったんだな。国の役人の限界か」
「うるさいな…それでなんなのだ?」
「ラーアル団長と深く関わった挙句に竜騎士になったヤツが…エルヴァーンで…」
疑問に答えず、ブツブツと呟きつづけるネリリさん。
ウィルパナルパさんは軽く腕を広げて、ディンさんと目を合わせる。

「そうか…そういうことか…アレス君を殺したヤツは…」
「!?」
目を剥くディンさん。
「ちょ、ちょっとどういうことですか!?」
「ディンやウィルパナルパが『紫のヤツ』って呼んでる人間が誰だかわかったよ」
自信たっぷりにニヤリとするネリリさん。
「なんですって!?」
「どういうことだ!?」

「そうだよな。考えてみれば、紫の竜騎士を実際に見たのはディンだけだ。私も姿は見ていないし、ウィルパナルパもそうだな?」
ウィルパナルパさんに確認を取る。
「ああ、その通りだ」
「これがまた…ひねりのない結論だったもんだね」
「だから、どういう素性の人間なんです?」
急かすディンさん。だけど、
「まぁわかったところで問題は解決しないが…私が昔しばらく組んでいた事があるエルヴァーンの男だよ」
「昔の仲間…ですか?」
「仲間というわけじゃない。それ程親しくもなかった。ただ、彼が竜騎士として竜とラーアルに認められた時、私はそれを手伝っていたんだ」
「ほう…まぁそういうこともあるだろうが」
冒険者達は、割と個人的で重要な厄介ごとでも、簡単に他人に助けを求めることが多々ある。
素性もしらないヤツのために命をかけて助けるか、と言えば、それは否なんだけど、ある程度まで強くなってしまった冒険者にとっては、駆け出しの面倒をみることも、命の危険のない暇つぶしの一つでしかないから。

「で?」
ウィルパナルパさんが、なにか追加情報があるのか、それを期待して先を促したのだけれど、
「で、と言われても、それだけだ。実際私のリンクシェルからは早々にいなくなってしまったしな」
冒険者達の互助組織、リンクシェルと呼ばれるネットワークだ。
実際は通信機の役割を果たすリンクパール、その宝石を生み出す貝が「リンクシェル」なのだけれど、それがネットワークそのものを刺す呼称として広まっている。
リンクシェルは、4、5人のグループから数十人のメンバで構成されるグループまで、大小様々なネットワークが存在していて、大抵の冒険者はどこかのリンクシェルに属しているのが普通だ。
「今何をやってるかなんて、さっぱりわからない。言ったろ? わかったところで問題は解決しないって」
「…」
「…確かにそのとおりだな」
ハァとため息の二重奏をするディンさんとウィルパナルパさん。
「だから期待されても困るんだよ!」
明らかな落胆の表情を見せられれば、ネリリさんだって怒鳴りたくもなろうというものだ。

その時、遠くの方…とは言っても石壁に囲まれてて反響が激しいから、本当に遠くかはわからないけど、
「こ、これはリュシアン様…そこなヒュームは」
「それは神殿騎士団を通して…もちろん教会…いえ、ピエージェさまでも」
「な、なりません」
そんな押し問答の声が聞こえてきた。

「ん? 何だ?」
ネリリさんがそっちに注意を向けた途端に、
ドカバキゲス!
派手な音が響いてくる。

「…?」
三人揃って、思わず鉄格子の方に駆け寄って、音の聞こえてくる方を見ていると…
通路を曲がった所からエルヴァーンの男が顔を出した。
なかなかいい男。
「よっ!」
三人に向かって陽気に手を上げる。
「誰だ?」
「どちらさまです?」
「見たこともない顔だね!」
またも三人揃って口にしたところ、
「兄さん!」
男の後ろから見覚えがありすぎるプラチナブロンドの少女が走ってきた。
「なぜ自分達がこんな所にいるんだ?」って疑問がやっと解決されるような気がして、やっぱり三人揃って安堵のため息をついたのだった。

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そして、そのエルヴァーンの男のウィルパナルパさんへの第一声。
「ウィルパナルパ君、妹君は相当喧嘩っ早いようだね」
鍵を外しながらそうのたまった。
さすがにウィルパナルパさん、一瞬でそのエルヴァーンの正体がわかった。
そして、今の『ドカバキゲス』が何を意味するものなのかも。

だけど、その第一声には、なんと答えたらよいものか。困り果ててしまう。
色々言い出そうとしたのだけれど気の効いた返しが思いつかずに、散々逡巡した挙句に結局。
「…あぁ、私も大変困っていてね。嫁の貰い手の心配が大変なのだよ。リュシアン卿、どなたか紹介してもらえないかな?」
真面目腐って、そんな感じの答えを返すしかなかった。
当然、ラティシアさんのギロリとした視線が突き刺さったし、同じく女性である所の…つまりラティシアさんの想いに薄々気付いていて、それ故に『ドカバキゲス』が行われたのだなぁと察したディンさんとネリリさんからも、非難の槍が突き立てられる。

リュシアンさんは、ウィルパナルパさんではなく、彼の言葉に対する女性三人の反応の方に苦笑を誘われたようだ。
「ククク…」
鍵を外して、そのまま手に握りこむと、堪えきれないように身体を曲げて笑い声を上げ始めた。
「何がおかしいのです? リュシアン殿?」
むっとするラティシアさんだけど、
「何がおかしいって、その質問がくる事自体が無茶苦茶おもしろいよな…ククク…」
イケメンエルヴァーンの笑いを止めるには、そのムカツキはパワーが足りなかったようだ。
一頻り牢屋の前で笑い続けたリュシアンさん。
「いやいや…俺もエレノアを見てるからね…女性のパワーってのは本当にすごいもんだよ」
そう面白そうに言った後、
「さて、本題に移ろうか」
いきなり笑いを止めて、真剣な顔になって、ウィルパナルパさんの方に向かい合った。
びっくりするディンさんとネリリさん。ラティシアさんはさっきも、突然感情を変える彼(とエレノア女史)を見ているから、今度は驚かない。

「ちょっと待てよ。リュシアンとか言ったな、私はあんたのことは知らないな。きっちり説明してもらおうじゃないか?」
「そうです! あなた一体誰なんですか? どうして私達がこんな場所に!?」
ネリリさんとディンさんの抗議が入る。

「なんだ、そんな事か。名前はリュシアン。官位は近衛騎士。すまんが『英雄』達にそれ以上の説明をする必要を認めない」
さっきまで笑っていたフレンドリーな態度はどこへいったのか。彼女達の抗議を一切くだらない事のように言い切ってしまう。
「な!?」
「なんですか、それ!?」
当然更なる抗議が寄せられる。リュシアンさん、無視。関係ないかのようにディンさんに向かって恭しく礼をする。
「闇の竜騎士ディン、この世界へようこそ。ウィルパナルパ、ラティシアだけならともかく、俺と出会ってしまった以上は、もう後戻りは出来ないだろう」
「ど、どういうことです? その前に目的を言ってください! 貴方が誰なのか、とか」
さっぱりわからないディンさんだけど、ネリリさんは納得したよう。
「そういうことか…ふん、また余計なヤツが現れたもんだ。いいからディンは黙ってな。私や貴女には、この男のバックグラウンドや目的を知る意味はない。話だけ聞いておけばいい」
「だけど…」
まだゴモゴモ言うディンさんを遮って、ウィルパナルパさんに説明を始める。

「さて…テオフィルの方は知ってるよな?」
「テオフィル神殿騎士のことかな?」
「そうだ、アイツだよ。俺とエレノアはテオフィルと敵対している。今回の事はそれがきっかけで起こったことだ」
「リュシアン卿、そんなことはどうでもいいのだけれどね。本人以外に謝られても意味はないし、ドラギーユ城内部の政治的駆け引きに興味を持つことは難しい。もっと本質的に答えてもらいたいものだ」
「であれば、ウィルパナルパ君は、どういう『本質的』なことが知りたいのかな? 一応サンドリアの役人として、今回の非礼をわびるつもりで…というか、エレノアの言い訳の代弁をするつもりで答えるが」
リュシアンさんが相手にしているのは、もう完全にウィルパナルパさんだけのようだ。
「紫の竜騎士を知っているな? 彼の行動の背景とはなんだ? 気がついたら私達がここにいたことにも繋がるのだろう?」
いきなりズバリである。もちろん女性陣は、その質問が何を意味しているのかはわかっていない。
「家畜量産体制、というのは餌にならないかい?」
ニヤリとしたリュシアンさんに、ウィルパナルパさんは絶句。
しばらく呆けたような感じだったのだけれど、ギリっと唇を噛んだ。そして、
「…『オーケー』」
アレスさんの口癖を意図的に口にする。

「え、師匠…が、なにか?」
「アレス君がどうかしたのか?」
ビクリと反応するディンさんとネリリさん。

「いや、あまりにもとんでもない答えだったのでね。ついアレスを思い出してしまった」
「…なんで『とんでもない』と師匠を思い出すんですか?」
リュシアンさんのが移ったのか、ウィルパナルパさんもディンさんの質問を無視し始める。
「つまりだ、どういう理由で紫の竜騎士は動いているか、ということなのだよ」
「…一つは、師匠の黒いランスですよね?」
無視されたことにちょっと怒りを覚えながらも、この間の会話を思い出しながら答えるディンさん。
だけど、もう一つはとんでもない事なのだ。そこまでは当然予想もつかない。

ディンさんを見上げたウィルパナルパさん。さっきまで彼女の文句を無視していたけど、今度は竜騎士であるディンさんに深く関わる事だ。
「そう。それは自らの竜が闇竜化するのを防ぐ為に必要なものだ。もう一つの解決法があるだろう?」
「それって…闇竜を倒しつづける事…ですか?」
竜はプロマシアとアルタナの争いの外で生まれた存在だ。二柱の神によって決められた『善悪』は意味を持たない。獣人を殺していても、それは『罪のないもの』を殺した『悪』の行動である。戦い続ければ、聖なる竜は『悪しき竜』と変化していく。
つまり、『悪しき印を持った竜』のみが、『聖なる印を持った竜』にとっての『悪』である。
聖なる竜は闇竜を倒すことでしか、自分を正当化できないのだ。

「さて、それを行うためは潤沢な闇竜の存在が不可欠だよな」
リュシアンさんも、やっとのことディンさんに向き直る。
その言葉の先を継ぐウィルパナルパさん。
「つまり、闇竜の養殖場、ということだ」
「や、闇竜の養殖場…?」
息を飲むディンさん。
そんなモノが存在するなんて…
「そして、それをやっているのは、どう考えても連邦しかありえないんだよな」
補足するリュシアンさん。

沈黙が暗い石の壁を浸していく。
それを破ったのはネリリさんだった。ギリリと男どもを順番に睨みつけていく。
「…ウィンダスがそんなことをやっているというのか?」
彼女は、曲がりなりにも星の神子に信頼されて連邦を救ったウィンダスの英雄。それは国を信じてなければ出来ない事だ。そんなネリリさんだから、信じたくはない。
だけど、リュシアンさんとウィルパナルパさんは、あっけらかんとしたものだ。

「古代の竜の骨が散らばるタロンギ大峡谷、そして竜が卵を産み付けていたシャクラミの迷宮、マウラが連邦の支配下にあることを考えるとね…それが一番素直に導き出される答えじゃないかな?」
さも、当然だろ、って感じのリュシアンさん。ウィルパナルパさんもコクコクと頷く。

「それはあくまで理屈から出た答えだろ!? 人の行いは理屈じゃないんだよ。そんなんじゃ道徳もクソもあったもんじゃない!」
「…屁理屈も理屈、って知ってるかい? 理屈を否定するのには道徳や感情じゃ無理なんだよ。そして理屈は、感情に支配された人間が決して辿り着かない答えを出してくれる」
俺、何か間違ったこと言ってるかい?ってリュシアンさん。
だけど、ネリリさんとディンさんの女性陣、どうしても否定したいようだ。
「リュシアン卿、女性に理屈を語っても理解されないのではないかね?」
いつも女性の尻に敷かれているウィルパナルパさんは、ここぞとばかりに、ほんの少しの抵抗を見せてみる…まぁどうせ無駄に終るだろうけど。
「いやいや、俺もほら、エレノアの尻に敷かれている人間だからさ」
笑って返すリュシアンさん。
…そういうようには見えませんでしたけど?
先程の光景を思い出しながら、ラティシアさんは考える。
女性の中では、唯一ラティシアさんだけが、男どもの言っている事が事実である可能性は高い、と理性的な評価をしていた。

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男どもの会話は続く。
「先の大戦の後、竜達は北の封印された土地にのみ棲息していて、氷河からこっちへ出てくることはなかったわけだよね」
「しかし、実際ザルカバードは三国の政府が英雄達のために封印を解いている。闇の王を倒すという目的においては仕方がないことだとはわかっている」
「その通りさ。まだ封印が解けていない状態では、魔物が闇竜を召喚したわけだからね…それを目撃した人物…」
「…セミ・ラフィーナか」
「ウィンダスの人間としては彼女になるんだろうね。でも三国でほぼ同時に同じような事件が起こっていて、それを『英雄』達が解決しているわけさ。そして、そこにいたバストゥークのアヤメというミスリル銃士、そしてサンドリアではルーヴランスという冒険者が目撃している」
「それでは足りないだろう」
ニヤリとするウィルパナルパさん。
「…さすがにウィルパナルパ君だよな」
リュシアンさんもニヤリと返す。

ぽけっとしている二人は放っておいて、一応なんとか話について行こうとしているラティシアさんが口を挟んだ。
「兄さん、他の目撃者とは?」
「ラティ、自分の事を忘れていないかい?」
まだニヤニヤしているウィルパナルパさんの声に、ラティシアさんはあっと息を飲む。
「その通り、それぞれの冒険者の支援者がそれを目撃している。それは国に伝わり…実際私達も報告書を書いたわけだからな」
「まぁトップではないだろうが、冒険者政策に関わる中間管理職が、竜騎士を手元に繋ぎ止めるために闇竜の養殖を行っていたとしても不思議はない」

しばし考え込むラティシアさん。
「しかし…ならば、それこそウィンダスが行っているという証拠にはならないのでは?」
確かに竜騎士の本場はサンドリアだ。ラストドラグーンが存在したこの国の方が、竜騎士の資格を得た冒険者は多いだろうし、冒険者政策に関わる役人がやるメリットもある。
「うん、確かにその通りさ」
リュシアンさん、一度は肯定するものの、
「しかし、地勢的な面でのデメリットが多すぎる」
すぐに首を振った。
ウィルパナルパさんが補足する。
「ギデアスのバルガの舞台…なんとも都合のいい場所だな。おまけにマウラ総督府に竜の卵を採掘する下請けを頼む事も出来る…連邦は理想的と言えるだろう」
「タロンギ大峡谷とシャクラミの迷宮は、サンドリアとバストゥークでは手が出しづらい場所だよな」
「なるほど…確かにそれは大きい」
うむ、と頷くラティシアさん。
だけど、話についていけないネリリさんとディンさんは完全な置いてきぼりを食らっている。

「さて、そこで問題になるのは…だ」
リュシアンさんが、ウィンダスの業界人を前に更なる説明をしようとした時、
「ちょっと待ちな、そんな事は私達には関係ないだろ!?」
「そうですよ! なんでここから出ないんですか?」
二人から文句が出る。

「……」
「……」
「……」
ああ、沈黙と冷たい視線の三重奏。

「なんだ、その哀れみの目は!?」
逆ギレ気味のネリリさんと、
「どーせあたしなんて…クィクィルがいないと何も出来ませんよ」
アレスさんよろしく、床にしゃがみこんでのの字を書き始めてしまうディンさん。

「…話を戻そう。ここに来る途中ラティシア君には説明をしたが、今回の件、裏にいるのはテオフィル神殿騎士だ。当然名前も知っているだろう?」
テオフィル神殿騎士はサンドリアの『業界人』の一人。
立場としては、ウィルパナルパさんとラティシアさんと同じく、国の命令を受けて『英雄』の支援を行う武官である。
「なるほどな」
あっさりと納得してしまったウィルパナルパさんだった。
道すがら聞いていたラティシアさんも、これまでの状況と説明を総合すれば、別に驚くべき事ではない。
「…しかし。私達はテオフィル卿が誰を支援しているのか知らなかったのです」
彼の噂を聞くことはよくあったけれど、肝心の誰を支援しているかが知られていなかった。
「サンドリアの英雄は、リュシアン卿がやっていて、今はエレノア女史がやっている。そこまでは知っていたが、彼のことはな…」
なるほど、テオフィル神殿騎士が支援の対象に選んだあの紫の竜騎士は、『英雄』となる機会に恵まれていなかったのか。

英雄達が『英雄』となった戦いにおいては、獣人を統べるヤツが相手だった。
ならば、獣人を殺す事で、自らの竜に悪しき印が浮かび上がってしまうという計り知れない打撃を受け、メリットよりもデメリットが上回ってしまう竜騎士は、あの戦いに参加したくても出来なかったに違いない。
「だけど、紫の鎧…ラストドラグーンの鎧を着ているってことは、英雄か、それに準じる存在であるってことだろ。つまり『業界』からの支援を受けていないはずがない。君達はそう考えて、それで、エレノアを疑ったんだよな?」
手を身体の前で広げる大げさな身振りをしてみせるリュシアンさん。
「誤解が解けて、俺も嬉しいよ」
「そういうことだ」
「ええ、だんだん背景が理解できてきました」
ウィルパナルパさんとラティシアさんは、お互いに顔を見合わせて頷いた。

「さて、ウィルパナルパ君とラティシア君。テオフィルが優先的に自分の被支援者に闇竜を回してもらうためには、ウィンダスの一部と繋がっていなければならない」
「その通りだ。誰が実際に監督しているのかは知らんが、窓口の役目を果たす人物は必要だ。その役目としては、我々『業界人』が最適だろうな」
「その結託している人物として疑うのは誰かわかるかい?」
ウィルパナルパさんとラティシアさんの脳裏には、ある一人の人物の顔が像を結ぶ。
天の塔に巣食うマウラ総督府の下請け。ラティシアさんは単に役人の同僚としての付き合いだけじゃなく、一応武器の扱いでは師事していた人である。
だけど、
「お互いに業界人だ。情報交換も大事だが、自分の国にとって不利になる情報をわざわざ伝えるのもバカらしい」
「なにより職務規定に引っかかりますからね。国家反逆罪を適用されることもあるかもしれません。一応これでも役人ですので、食べていけなくなるわけには行かないのです」
二人とも答えることはなかった。役人としては至極当然の反応だ。

確かに二人とも、その彼が一体何者なのかと常々疑念を抱いてる。
「そもそも私達が言わなくても、貴殿も大体の想像はついていらっしゃるでしょう? 業界人の素性は大体の所は割れているはずです」
「…ならいいさ。とにかくこれは俺とエレノアにも関わることだからな。さて、他の人間に聞かれたくない話はこれで終りだ。出るとするか」
門番さえ眠らせてしまえば(この場合安らかに眠った…ってわけじゃないけどね)、ここは政治的に影響力をもつ役人や、業界の存在を知られてはまずい冒険者達が全くいない場所だ。盗聴の心配もない。
だからこそ、彼ら三人の『業界人』は、ここで話をすることを選んだのだ。

「ならばもう用はないな…外に出るとしよう」
ウィルパナルパさんが、大きく息を吸い込んだ。
「ああ、君達がここにいたことは、すぐに書類から抹消しておくよ」
にこやかに答えたリュシアンさんだったけど、
「大体テオフィルも何を考えているのだか…俺やエレノアにとってみりゃ、君達は人質の価値もないだろうに…唯一、闇の竜騎士を除いてはね」
その後に続けた言葉は、冷気が漂ってきそうな、あまりにも冷酷な言葉だった。

だけど、ラティシアさんは、リュシアンさんに礼儀正しくウィンダス風の礼をする。
「リュシアン卿、貴殿とエレノア司書官からお話を伺って、私達は非常に助かりました。兄を拉致した人間を消してくれたことも感謝いたします」
「いや、なに。大したことじゃないからね」
「先程の人物に関してお話できなかったのは残念ですが…兄を救っていただいたことに対する礼は、いつか必ず」
「ああ、いいさ。また会うことがあれば、その時は一席設けてもらって、美味と評判のタルタルライスの酒を奢ってもらうって事で手を打たせて貰うよ」
リュシアンさんはニッコリと二人に手を上げた。
ところがその言葉で、ウィルパナルパさんとラティシアさんの態度が一気に硬くなった。
「…すまんが、アレはタルタル以外が飲むものではないよ。悪酔いするようなものを他国の人間に飲ませるわけにはいかないな」
「あのような身体に悪いものなど、好んで接取する人間がいるとは信じられません」
ウィルパナルパさん、自分の酒癖はあまりよくないと自覚しているし、ラティシアさんは酔っ払うお兄さんを見て、酒を飲むと人間は困ったことをするようになると認識しちゃってる。
とは言え、リュシアンさんがせっかく、フレンドリーに礼のディスカウントをしてくれたのに、二人の回答はあまりにもすげないような気もしないでもないけど。
でも、リュシアンさんは肩をすくませただけだった。

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「…話は終ったのか?」
キレたものの、その後も完全に無視されつづけたネリリさんが、うんざりして役人兄妹に問い掛ける。
「どーせ私達は頭悪いですよ…」
ずっと壁に向かってのの字を書いていたディンさんも、口を尖らせていた。
「あぁ? 『私達』だって? バカなのは貴女だけだろう!?」
「バカじゃないです!」
また始まった。

「…兄さん、ネリリさんを連れてさっさとエスケプしちゃってください。今この二人を一緒にいさせると喧しくてしょうがない。私達はリュシアン卿に連れていただいて、地上に上がりますから」
ラティシアさん、見事な提案だ。
「ん、ラティの言う通りだな」
「先に帰って、強制的に頭を冷却しておいてください」
先程エレノア女史相手にぶち切れていたラティシアさんは、自分の事などすっかり忘れて皮肉っぽく言った。
「ああ、ラティもよろしく頼む」
一気に息を吸い込むと、エスケプのメロディを歌い上げるウィルパナルパさん。
「なんだと!? 金髪ナイチチのくせに…」
文句を最後までいえないまま、ネリリさんはウィルパナルパさんに連れられて、地上へ戻っていった。

ラティシアさんが振り返って、
「さて…リュシアン卿、お願いできますか?」
そこまで言ったときに、
「…ディン、どうしたのです?」
ディンさんの視線が、自分の上半身を見つめているのに気がついた。
「ナイチチでも、そういう格好だと似合うんですね…」
「…ディン。喧嘩を売っているのですか?」
ほら、ラティシアさんだって簡単にキレちゃうんだけど…本人にその自覚はないらしい。

アレスさんから贈られた、漆黒のガンビスンに赤い帯を腕に巻いた服装、胸元の豊満レベルは歳相応、標準値のディンさんが着ても、結構グラマラスに見える。
…そういうのってアレスさんの趣味だったのか。
それに対して、ラティシアさんの方は、白いシャツ、黄色いベスト、ブラウンのバックスキンのロングスカートに、丈夫な革ブーツ。胸は殆ど目だたないけど、それが逆に可愛らしい。
…確かに貧乳なりに似合ってる。というか、胸があったらかえって似合わないだろう。

「…うん、なかなか対照的だ。どちらも似合ってるよ」
一応レディの扱いは必修科目というサンドリアの騎士としては、どちらも誉めなければならない。
リュシアンさんは、目の前の少女二人にニッコリと微笑んで見せたのだった。
ああ、こんな小便臭い娘を誉めなきゃいかないなんて、騎士って大変だなぁ。俺はエレノアみたいな、ドカーン、キュ、バーン、が好みなんだけど…なんて思いながら。

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地上に出てきたウィルパナルパさんとネリリさん、ロンフォールを歩いて北サンドリアの石塔が見える所まできていた。
そのまま、また町に入っていこうとする二人。
サンドリアに来た目的は、大体のところ達せられてしまった。このまま荷物をまとめてウィンダスに戻ってもいいぐらい。
一応デジョンが使えるから、今度は旅費はかからないけど…もうちょっと竜騎士の情報を集めておきたいところではある。
そんな相談をしながら二人は歩いていたのだけど、ふと、ウィルパナルパさんが真顔になった。

「ネリリ、意味はないだろうが、一応聞いておく」
「…なんだよ?」
「紫の竜騎士の名前はなんと言うのだ?」
「ああ、まぁ一応知ってて損はないだろうよ。得もないだろうけど…ファブリツィオって名前だよ」
「ファミリーネームは? サンドリア人、しかも冒険者とは言え騎士を名乗る人間ならばなら持っているのが普通だろう?」
「知らないね」
あっさりと答えてしまうネリリさん。たしかに名前を知ったところで意味はないって思うから。
だけど、ウィルパナルパさんは考え込んでしまった。
「ファブリツィオ…セルビナ系の名前だな? もしかしたら…ファミリーネームを持ってないのかもしれないな。てっきりサンドリア人だと思っていたが…関係してるとしたら…あの『闇に響く歌声』…」
ポツリポツリと漏れてくる思考の断片。
そこの最後に聞き捨てならない名前が出てきて、ネリリさんは思いっきり振り返る。
「ちょい待…ブ」
ぶっとい赤い三つ編みが、振り返った勢いでネリリさん自身の顔にぶつかってきたのだ
「ネリリ、大丈夫かい? 少しは落ち着いたらどうだね?」
アホかってな感じで、立ち止まってネリリさんを心配するウィルパナルパさん。
「…レレレが関係してるってのかい? 聖なる竜騎士なんてヤツにか? んなことは考えられないよ」
そんな心配を無視して、ネリリさんは食ってかかった。
結局騒げれば、相手は誰でもいいらしい。
アレスはよくこんな女に付き合ってたな…ウィルパナルパさんは、とりあえず心の中でだけため息をついたのだった。

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こちらはリュシアンさんに連れられて王城を抜けて城の外に向かって歩いているディンさんとラティシアさん。
「リュシアン卿…貴殿とエレノア女史は一体どれだけのエージェントを使っているのですか? どうやら私達が把握しているよりも、遥かに多くの人間を使ってらっしゃるようで」
階段を昇りながら、前を歩くリュシアンさんに問い掛ける。
リュシアンさんは振り返って、金髪の少女の方を見る。
「エージェント? 実働の人間って意味か?」
「ええ」
コクリと頷くラティシアさん。
「それは企業秘密だが…」
腰に手をあてて、笑いながら答えるいい男。他人に与えたらやばい情報の提供を、相手に嫌悪感を抱かせずに拒否するテクニックまで持っているようだ。女性の扱いと同じく、これも騎士の必修科目なのかもしれない。
「どうして、そんなことを訊くのかな?」
さらに、相手の腹を探るようなことまで、自然にやってのける。騎士ってのはホント恐ろしい。
だけど、ラティシアさんの本心は、仕事とは関係ないところにあったようだ。
「例の占術師…あの人にもう一度会いたいと思いまして」
「占い師?」
「タルタルの…エレノア女史が私を呼び寄せるために依頼したと言う」
「ファピナナの事か?」
「ええ、そんな名前でした」

「また私にはわからない話をしてるんですね…」
ディンさん、また仲間はずれでいじけそうになっていたりする。

「…俺には君が何を望んでいるのかわからないな。なぜファピナナに会いたいんだい?」
ラティシアさん、自分の2倍も身長がありそうなエルヴァーンの男の目をきっちりと見つめた。そして答える。
「エレノア卿がおっしゃっていました。兄はアレス殿やネリリ殿の影響を受けて変わってきていると。はっきりとした言及はなかったのですが、彼女が言いたかった事は、兄が国の冒険者政策に対して異論を持ち始めている、という事なのだと思います」
「それで? なぜファピナナが関係するんだい」
「ウィンダスは、星の神子の占いもどきで国政が動いています…私は、それがどういう意味を持つのかは知らない。けれど、それによってなされた結果が今回の闇竜の養殖だとしたら、私も、国の冒険者政策に関わり、実際に動いて冒険者と関わる人間として、国政に疑問を持ってしまいます」

「君はさっき役人として出来ないことがあると言っていたけどね…役人が国政に関してそんな疑問をもったとしたら、その時点で役人としては終りかもしれないよ?」
リュシアンさんのその言葉は、自嘲と共に発せられた。
多分、彼自身、そしてエレノア女史のことを指しているのだろう。彼らは高位の騎士と文官という役人だ。それなのに、英雄やそれに準じる者達に対する権利の確保という国の冒険者政策を無視して、自分達の考える理想のために冒険者達を支援している。

ラティシアさんは、それには答えない。

「それにファピナナは私とエレノアが雇っているわけじゃない。あくまでエレノアの友人だ。使うなんてのからは一番遠い存在だね」
リュシアンさんは、にっこりとした極上の笑顔をラティシアさんに向けたものだ。

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さて、数日後。
ウィンダス首都に程近い場所。
ラティシアさんとディンさん、そしてクィクィル君は、大量の闇竜に囲まれていたりする。

「ラティシアさん…」
背中合わせのまま、ラティシアさんに声をかけたディンさんだけど、
「ディン、黙って集中しなさい!」
一喝される。

ディンさんはいつもの漆黒の槍、ラティシアさんは槍斧、ハルバードと呼ばれてるポールウェポンの一種を構えて、遠距離迎撃体制だ。
ただ、ラティシアさんのハルバードは、普通のそれよりも巨大な両手斧に近いかもしれない。
リーチを得るために、両手斧を無理矢理長くして…それだけじゃ格好つかないから、後ろに鉤と先端に槍の穂先をつけたって感じで。
こんなもの普通の女の子が振り回せるもんじゃない。
なんともかんとも、いつでも強力伝を見せつけるラティシアさんだ。
確実に嫁の貰い手はなくなりつつある。

二人背中合わせのまま、勿論共に得物も油断なく構えたまま、互いに真剣な表情で周囲を見回す。牙を剥いてくる竜達。
例によって、ディンさんは漆黒のガンビスンに腕周りに赤い帯。
ラティシアさんは、ごつい肩当のついた青い鎧だ。

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それと全く同時に、ちょっと離れた場所で、ネリリさんとウィルパナルパさんも同じような境遇に置かれていたわけで。

「ネリリ…私は近接戦闘は苦手だ」
ウィルパナルパさんは、ため息をつくように漏らした。
既に近接戦闘をやる気満々のネリリさんは、そんな弱音を鼻で笑う。
「ハ! 軟弱だな。普段は私達英雄を笑っておきながらそれか」
「私とラティは実質二人一緒で一つのユニットだからな。今ごろラティも大変だろう」
しっかり妹を案じるウィルパナルパさん。
「さてさて…どうしたものかな?」
状況の割には、大して深刻そうに聞こえないようなウィルパナルパさんの声。

そして、二つの場所で、四人に対して、一斉に牙が向かれた。