Liberame Domine - 身体はいつもアージング - 後編
./
またも今日。
ギデアス。アレスさんがかつて魔物に召喚された闇竜と戦い、そして倒した場所。
その魔法陣に辿り着くだいぶ前、アレスさんの時とは比べ物にならない数、五匹の闇竜が通路に横たわっていた。
結果、ディンさんとクィクィル君が三匹、ラティシアさんが二匹の闇竜を沈めている。周りには紫がかった竜の血が飛び散り、バルガの舞台への通路は凄惨な光景と化していた。
「残り二匹…」
ラティシアさんが、巨大なハルバードの長い棒の部分を鎧の右の肩当に乗せながら、フウとため息をついた。視線は奥の魔法陣の方にいて出てこない二匹の闇竜を睨みつけたまま。誘っているのか?
「ですね…」
ディンさんの方も漆黒の槍の柄を土に突いて、ハァハァと荒い息を吐く。アレスさんが無茶苦茶なペースでしごいたおかげで技術は身についたものの、さすがに体力勝負になればベテランのラティシアさんにはかなわない。
その技術プラス彼女の後ろでホバリングしているクィクィル君がいるからこそディンさんはなんとか戦えるのだ。
いや、それだけじゃない。予想以上のアレスさんの槍の効果。
成体になっていないとは言え、ヒュームよりも大きい闇竜をほぼ一撃二撃の突きで倒してしまう。
…もはや倒すとも言えないのかもしれない。まさに爆発させるのだ。
そこにクィクィル君のブレスが加われば、ほぼ無敵。
戦闘を行いながら弱体魔法や回復魔法を使う時間すら、ディンさんには許されなかった。
恐ろしさを感じながらも、ラティシアさんは脇のディンさんを見る。
ディンさんはまだ荒い息をついていた。そりゃそうだろう。これは体力だけじゃなく魔力もずいぶんと奪っていくはずだ。
まだ肩を激しく上下させているディンさんがラティシアさんの視線に気がついて、
「あはは…だめですね。師匠が私のためにくれた槍なのに…私が使いこなせないなんて」
微笑みながら顔を向けてきた。
「いえ、充分です」
ラティシアさんは視線を前に戻してそれだけを答えた…本当に充分なのだ。
ディンさんはラティシアさんの視線を追って、前の魔法陣の上に残っている闇竜二匹を見る。
その二匹は相棒を得られない事による精神薄弱状態に追い込まれているのか、どうやら魔法陣に乗り込まなければ襲ってこなさそうだ。
だからディンさん、視線は外さないまま、ラティシアさんに問い掛ける。
「魔法…使えたんですね?」
「…兄さんには内緒にしておいてもらえますか?」
返ってきたのはそんな答え。
「どうしてですか?」
「私に魔法の才能があると知っていたら、兄さんはきっと私を魔法学校に入れていたでしょう。だから私は魔法の才能はからっきしということにしてあるのです」
「…なんだかよくわからないですけど」
ラティシアさんは、本当にほんの少しだけ、ウィルパナルパさんへの秘密を持ってる。
一つは彼女自身のウィルパナルパさんへの想い、次はサンドリアの彼女の両親の家を知っていること。
そして最後が、彼女には魔法の才能がある、ということだった。
ラティシアさんは、なるべく早くウィルパナルパさんと一緒に働きたかった。
大事に育てて貰っていて感謝一杯だったので、これ以上、特に金銭面で苦労をかけたくなかった。
当時のウィルパナルパさんはこの仕事をすごく嫌がっていた。ただラティシアさんのために沢山お金を稼がなきゃいけないという理由だけで仕事をやっていると、幼い目から見てもはっきりわかるぐらいに。
だからおませな幼い心で、魔法学校には入らないって決心したのだ。
まだ彼女が幼かった頃、ウィルパナルパさんが仕事で出ていた時に、アジドマルジド院長の妹が留守番していたラティシアさんの様子を気にかけて顔を出した事があった。
大した生活保障や手当ても支給せずに末端をこき使うアジドマルジド院長のやり方を聞いて、実態はどんなものか見なきゃいけないと思ったから。
その時に、賢明なアプルルさんはラティシアさんの魔法の才能を一発で見抜き、彼女に魔法学校への編入を勧めたのだけれど…ラティシアさんはしっかりと拒否した。
その後、ラティシアさんは魔法の才能をひた隠しにして…口の院に入ってカウリオリさんから武器を習う時に、やっとそのことを告白したのだった。
カウリオリさんが彼女に勧めたのは、カウリオリさん自身が使う、戦士である事を強化する魔法、即ち精霊弱体の反対を行く魔法だ。
一般的には知られていない魔法だけれど…前の大戦の後、タルタルという種族の肉体的な無力さを痛感した数人が開発した、魔法力を使って一時的に身体能力を上げる効果を持つ魔法だ。
バストゥークで私塾を開く暗黒魔法の研究者というのもいて、彼もまたタルタルの無力さ故に暗黒魔法の研究を行っているのだけれど、カウリオリさんの魔法もその開発動機は一緒だ。手法が違うだけ。前の大戦は、タルタル達にとってそれ程大変だったということなのだろう。
で、結局ラティシアさんは、カウリオリさんから教わったたった一つの魔法、それだけを習得した。
ウィルパナルパさんと一緒にやってきて、稽古時以外には、それを使わざるを得ないほどやばい状況に追い込まれた時はなかったから、ウィルパナルパさんは彼女が魔法を使うことを知らない。
ラティシアさんも、お兄さんが知らないままでいいのだと思ってる。
ま、そんなことはともかくとして。
「「!!」」
少女二人の背中に、いきなりの悪寒が走った。
もうそれは動物的な勘だ。二人とも後ろを振り返りながら五歩ほど一気に離れる。
そう、そこには。
「『出向英雄』の弟子よ、お前は彼らを殺す必要はないだろう?」
紫の聖なる竜騎士のエルヴァーンが立ち、その後ろには彼の黒い竜がホバリングしていた。
./
駆けるタルタル三人。
ネリリ・キルル・ハララではないのがちと残念か。
「大体だな…こんな単純なダンジョンで、どうやったら二人とはぐれられるんだ?」
カウリオリさんが走りながらぶつくさ。体力が有り余ってるのは、さすがに一線級の業界人。この人は、どちらかと言えば実働じゃなくエージェントを雇う方だろうに。
「…うるさい、つまんない事追求してもしょうがないだろ?」
ネリリさんも走りながらぶつくさ。黒魔道士といえども体力は有り余ってる。なにせ前線で戦う黒魔道士なんだから。
「どうしてこう、英雄達は自分の責任だと認めないのかね?」
ウィルパナルパさんも走りながらぶつくさ。だけど、前の二人に比べればだいぶ息が上がってる。まぁしょうがない。さっきは慣れてない接近戦に持ち込まれたんだから。
結局三人は、集まってきていたそこそこのレベルのヤグード達を、千切っては投げ千切っては投げ…は嘘だけど、いとも簡単に駆逐してしまったのだ。
片方がサポ忍とはいえ魔道士二人だけだったら無理だった所、戦士が一人入ってきただけで戦況は一変した。
まぁカウリオリさんがそれだけ卓越した戦士だったということかもしれないけど。
タッタカタッタカ、ウィルパナルパさんがちょっとスピードを上げて、先頭のカウリオリさんの脇に並んだ。
「お、やるもんだな?」
ちょっとギョッとしながらも、カウリオリさんは話し掛ける。だけどウィルパナルパさんはどんな状況でも、他人の実体のない言葉を聞くような人じゃない。自分はどーでもいい話をしたがるくせに。
「カウリオリ、君はバルガの舞台がどうなっているか知っているのだろう?」
「…今ここで話してもしょうがないだろう。お前さんは直後にしっかりと見ることになるんだからな」
「オーブに閉じ込めた魔物たちを解放するためにも使われているということは知ってる…それだけの結界を持った場所だ。なら、その場合…ハァハァ…ゲホ」
「ほら、言わんこっちゃない。走るのに集中しろよ」
咳き込んだウィルパナルパさんに、カウリオリさんはニヤリとした顔を向けたものだ。
./
どうしようもなく憎い仇を目の前にして、ゾワワっとディンさんの背中の産毛が逆立った。
それはクィクィル君も同じようだ。頭から背中にかけての鰭が逆立つ。
「…よく来てくれました」
でも、静かに言い放つディンさん。
クィクィル君も声には出さないものの、既に身構えている。
闇の竜は、闇の竜を殺す代わりに聖なる竜騎士を殺すことで業の解消を行うかのように。
アレスさんに救われた二人が放つ殺気がビンビン。
「この男が…聖なる竜騎士?」
ラティシアさんは初めて見る聖なる竜騎士だ。それでもその技量は推し測れる。
やはり英雄と同じぐらいの能力は持っている…そう感じられる。
「ディン…?」
脇のディンさんを見ながら、
「ええ、そうです。この男が師匠の仇です」
殺気を全然緩めないまま…むしろどんどん強くしていってるディンさんが答える。
ところが、さすがに聖なる竜騎士ファブリツィオの方は余裕の表情だ。真正面から殺気を受け止めている。
「ふむ、しっかりと漆黒のランスも持っているし、闇の竜もいるな…」
ディンさんの手元をみて、そして次にクィクィル君の方を見た。
「ならば、ここで最後にしてしまった方がいいな」
つまりここでクィクィル君を殺して、ディンさんからアレスさんの漆黒の槍を奪い取るってこと。
「…最後なのは貴方の方です」
それを聞いたディンさんは、素直に自分の意見を述べる。
そう、ディンさんとクィクィル君としても、ここで決着をつけてしまいたい。
自分に道を示してくれた、アレスという最高の師匠。
クィクィルの命を救ってくれた、アレスという最も中途半端な魔道士。
その仇が目の前にいる。
多分、魂をリンクさせているディンさんとクィクィル君の間では、想いも伝染していくのだろう。
今のクィクィル君は完全にディンさんに同調している。聖なる竜騎士ファブリツィオを、はっきりと敵だと認識していた。
それは、この場所の惨状が呼び起こした記憶があるからなのかもしれない。
いずれにせよ、人間には竜の考えてることなんてさっぱりわからないけど。
そんな闇の竜騎士コンビを見て、大きく息を吐き出す聖なる竜騎士。
「それはこちらも望む所だ。いい加減、こいつに楽をさせてやりたい」
そう言って、脇でホバリングしている聖なる竜を見る。
再び二人を見て。
「しかし、その前に片付けてしまわなければならない事がある…先程街の人の依頼を果たしたばかりだったのでな」
「…? …これ以上やるんですか!?」
「ディン!」
ディンさんが叫ぶのと同時に、聖なる竜騎士の意図を察したラティシアさんが、ハルバードを瞬間的に振り上げる。
瞬き一つできない間に、プラチナブロンドの少女が操る巨大な斧の刃が振り下ろされて…。
だけど、もうそこには聖なる竜騎士はいなかった。なにもない地面に巨大な刃が食い込んだだけ。
「「!?」」
すぐにディンさんとラティシアさんは上を見上げる。
岩の壁の隙間から覗く青い空に、紫の鎧が飛び上がっていた。
最早、跳躍ではなく飛翔のレベルだ。人技ではない高度へのジャンプ。まさに彼は竜騎士の中の竜騎士。
彼の竜もしっかりとそれに付いていってる。さすがに希代の聖なる竜騎士の相棒だ。
一人と一匹の上昇が遅くなり、そして落下に入る。彼らが目指す場所は魔法陣の中、残っている二匹の闇竜。
…いずれディンさんとラティシアさんが殺すはずだった二匹の成長途中の闇竜は、聖なる竜騎士とその相棒たる聖なる印を持つ竜によって、あっという間に命を奪われていた。
魔法陣の中にスタッと降り立つ紫の竜騎士。彼の竜もその側にふわりと降りる。
その何秒か後、二匹の竜が崩れ落ちた。
「聖なる竜騎士…貴方は…」
魔法陣のすぐ外まで駆けてきたディンさん、半ば呆然としながらも聖なる竜騎士に声をかける。
「そう言うな、闇の竜騎士よ。お前とて自分の竜が人を襲うのは絶対に許容できないだろう?」
「違います。私にはわかったんです。闇の竜だから人を襲うんじゃないんです。人と関係を持てなかった竜が人を襲うんです」
だけど、聖なる竜騎士は、それを鼻で笑っただけ。
「それはおかしいな。竜族は我々アルタナの女神の種族が生まれる前からいる存在だ。なぜ人間に左右されなければならない?」
「それはわかりません。でも、少なくとも、私はそう感じました」
「単なる統計学的な事実を認められないのか? これだから女は…いずれにせよ」
首を軽く振った後、厳かに事実をのたまう。
「今の聖なる竜騎士は闇竜を駆逐せねばならないし、魂がリンクしている相棒に悪しき印が浮かび上がるのを防がなければならない。ラーアルに殺されるからな。…お前も闇の竜騎士とは言え自分の竜を殺されるのは絶対に看過できない。そうだな?」
「当然です」
「おまけにお前は、自分には必要ない槍を俺に譲る事も出来ないだろう?」
「これは…師匠の槍です。私とクィクィルのものです」
「ならば、戦うしかないな」
「…そうですね」
二人の竜騎士の話し合いは、割合淡々と行われた。
お互い譲れないものがあるのだから、結局戦わなければならない。それを確認しただけ。
聖なる竜騎士と闇の竜騎士、聖なる印をもった漆黒の竜と悪しき印を持った緑の竜。
魔法陣の中と外でにらみ合っていた。
./
ディンさんの後ろに控えていたラティシアさんが、入り口の小さい魔法陣の魔力の揺らぎに気付く。
「…? 兄さん!?」
シュワンと音を立てて出て来たのは、やっぱりタルタル三人組。
「ラティ、無事か!?」
すぐさまラティシアさんの元へ走ってくるウィルパナルパさん。
「兄さんこそ…無事でよかった」
まぁ…なんというか単純な話。
なんでこの四人がはぐれちゃったかと言えば、それは単にウィルパナルパさんとネリリさんのミスに起因する。
ここへ辿り着く道の途中、落とし穴に落ちたのがタルタル二人。ホント、どーしようもない。
先に行っててくれって言われて、渋々ラティシアさんとディンさんは魔道士二人を残して先へ進んだのだった。
ラティシアさんが、レビテトがないことを恨んだのは言うまでもない。
で、落ちる場所へ戻ろうとしたウィルパナルパさんとネリリさんは、回り道をしている最中にレベルの高いヤグード達に襲われたのだった。
「…カウリオリ殿…?」
やっとラティシアさんは気づく。お兄さんとネリリさんの他に、もう一人のタルタルがその場にいたことを。
「よう、ラティシア、久し振りだな。元気に斧を振り回してるか?」
だけどラティシアさんは渋い顔だけで返事をする。
「…訊きたいことがたくさんあったのですが、今はそれ所ではなくて」
「どういう状況だ?」
「見ての通りです」
首を魔法陣の方に振ってみせるラティシアさん。
睨み合う聖なる竜騎士コンビと闇の竜騎士コンビが、四人の視界に入った。
「ファブリツィオ!」
ネリリさんが我慢できなくなったように叫ぶ。
「ああ、ネリリさんか…お久し振り」
名前を呼ばれた竜騎士がポツリと発した声は、ほんのちょっとだけくだけたものだった。
かつての仲間、色々教えを受けた先輩冒険者。
「アンタ…どうしてこんなことになっちまったんだ? 私達の所に来た時は…」
苦渋に満ちたネリリさんの声。
ところが、若いエルヴァーンの方は、下を向きながらもちょっと口を歪めて答えるだけ。
「…俺が何か道に外れることをしたか?」
その言葉に、ネリリさんは目を見開く。
「俺がやってきた、人々のために獣人を駆逐しそして闇竜を葬っていく、それは…『正義の冒険者』に望まれる最たる仕事だろう?」
「…そりゃそうだ」
「なら、なんでネリリさんが俺に文句を言う? 教えてくれたのはあなただった。『街の人のために生きるのが一番格好いい冒険者だ』とな」
ディンさんは驚いてネリリさんの方を見る。
ネリリさんは、白くなるほど下唇を噛み締めていた。
確かに、ネリリさんがやってきた『小さな英雄』のスタンスはそういうものだ。ディンさんもネリリさんの依頼に付き合ったから、それがわかる。
「そうだな…俺はあなたに憧れていたんだろう。街の人々のために自分を捧げる、そんな冒険者に」
「別に私は…」
遮ろうとしたネリリさんに構わず先を続ける。
「だから、俺は『英雄』にはならなかった。細々と人々を助け、そしてそれを続けるために闇竜を殺してきた。コイツあってこその俺だからな」
愛しそうな目で傍らを見るファブリツィオ。その視線の先には、闇竜になりかけた聖なる竜。
「ああ、そうだ」
ふと気付いたように、聖なる竜騎士は声を上げた。
「レレレが消えたのは知ってるか?」
「…つい昨日知った。アンタは…会ったのか?」
頷くエルヴァーン。
「…どうしてレレレは私には教えてくれなかったんだ?」
「泣きたくないからと言っていた。それともう一つ、俺が彼から聞いたことは」
「なんだい?」
「レレレが言うには…ネリリさんに警備隊を継いで欲しいってな。今はサンドリアの英雄が引き継いでいるらしいが…すぐに辞めるつもりらしい」
「そうか…まぁレレレの望みなら、私は」
ところが、さっきまで、少なくとも表面上は穏やかだった竜騎士の声が、一気に険しくなった。
「…ネリリさん、レレレのおじさんは、あなたにとってだけ英雄じゃないんだよ。俺はセルビナ時代から、ずっとあの人にお世話になっていた!」
「な…そ、それは…そりゃ私だけじゃないのはわかってるよ!」
いきなりの剣幕に驚くネリリさん。
だけど、更に追い討ちをかける闇の竜騎士。
「違うな! 実はあなたはわかっていなかった。レレレのおじさんは自分だけのものと思っていたんだろう!?」
「…アレスを殺したヤツに…そんなこと…」
「それもまた違っている! 出向英雄もあなただけのものじゃないだろう。そこの闇の竜騎士のことを無視するな!」
「…!?」
聖なる竜騎士は、一体何が気に入らないのか…さっぱりわからない理由で激昂しているように見える。
だけど、その剣幕にはネリリさんも圧されてしまった。
「ま、英雄同士のおふざけはその程度にしてもらってだな…聖なる竜騎士君」
声をかけたのはカウリオリさん。黙ってしまったネリリさんを引き継ぐように尋問を始めようとする。
「…俺は『英雄』ではない」
「お前さん、ここのことは誰から聞いた?」
「俺はセルビナ出身だ…そこまで言えばわかるだろう?」
「『闇に響く歌声』…か?」
軽く肩をすくめる竜騎士
「じゃあテオフィルは関係ないってことか? それとも?」
「勝手に想像してくれ」
ウィルパナルパさんとラティシアさんの方をみて、ニヤリと笑うカウリオリさん。
「なら…」
そして先を続けようとした…のだけれど。
「…いい加減に…黙ってください」
そこへ一気に水をぶちまけたような空気が入った。
./
その声は、周りの空気を凍結させたような…氷の精霊力を秘めたような…そんなパワーを持っていた。
「『英雄』とか『業界』のわけのわからない話は、私とクィクィルには関係ないです…そしてこの聖なる竜騎士にも」
底冷えするような声が続く。
今まで『英雄』や『業界』の話が始まると、散々ぱら無視されつづけてたディンさんだ。それがなんなのかも教えてもらえなかった。よっぽど腹に据えかねてた…のかもしれない。
「そして、多分その『英雄』って人達にも『英雄』なんてのは関係ないんじゃないですか…?」
「その通りだ。まったく関係ない」
聖なる竜騎士も、ディンさんの言葉を肯定して真面目に頷く。
てっきり聖なる竜騎士はディンさんのことを茶化すと思っていたウィルパナルパさんは、ちょっとびっくりする。
「いえ、ディン…それは」
ラティシアさんが声をかけるも、
「ラティシアさん、黙っててくださいと言ったんです」
「う…」
ディンさんから流れ出る殺気と氷の精霊力を止めることはできない。
「そんな話は、私とクィクィルが彼と彼の竜を殺してからにしてください。その後だったらいくらでもどうぞ」
殺した後に話を聞けだなんて…あまりにも矛盾した言葉を吐いても、殺気がそれを補完している。
後ろに控える『業界人』達は、その圧迫感に黙らざるを得なかった。
「決着をつけましょう。聖なる竜騎士と聖なる印を持った竜」
ディンさんが、ズザと足を開いて、アレスさんの漆黒の槍を構えた。
アレスさんから教わった穂先を下に向ける構え。突きというこだわりを理解したアレスさんが彼女に提案したもの。
もちろんアレスさんは槍を使えないから、道理から外れた構えかもしれない。でもディンさんはそれをきちんと昇華してみせたのだ。
「望む所だ」
こちらも名のあるランスなのだろう、聖なる竜騎士が巨大な銀色の槍をディンさんと同じように構えた。
魔法陣の上に並び立つ、聖なる竜騎士、闇の竜騎士、聖なる印を持った竜、そして悪しき印を持った竜。
「ディン、貴女が勝てる相手ではないです!」
後ろからラティシアさんが声をかけるも、その声は二人と二匹には無視される。
「兄さん、カウリオリ殿…止められませんか?」
「…ラティ、それは無理だ」
腕を組んで止まるウィルパナルパさんと、
「お前さん、自分があの闇の竜騎士の立場なら、止められたいかい?」
戦士剣を左肩に乗せて見守ろうとするカウリオリさん。
「しかし!」
「『業界人』としては末永く英雄達から搾取するために止めるべきなんだろうけどな」
続いて出てきた言葉に、ラティシアさんは驚く。
「カウリオリ殿!?」
「ラティシア、お前さんはだいぶあの闇の竜騎士を好きになっているようだな。お前さんとは水と油だと思うんだがさ…不思議なもんだよ」
「…そ、そんなことは!?」
否定しようとするラティシアさんだったけど、カウリオリさんは聞かない。先を続ける。
「お前さんもウィルパナルパと同じく役人失格かもしらんよ」
「…」
その言葉は、ラティシアさんの胸に深く突き刺さった。
そんな外野には構わずに、にらみ合いを続けていた竜騎士達。
多分他の人にはわからない合図があったのだろう。
両者の竜が持つ精霊力が一気に放出され、その光の中で両者が交差した。
「く…」
強烈な光に、思わず目を覆ってしまったラティシアさん。
恐る恐る目を開けた時には、すでに竜騎士の位置は相互に入れ替わってしまったあとだった。
「ディン!」
ラティシアさんの悲痛な叫びが響く。
元々『英雄』を相手にして、ディンさんが勝てるわけがないのだ。
ラティシアさんは戦士だから、技量を見抜く能力はすごいし、それに戦士同士が戦ったときには、お互いの技量が釣りあわなければ一瞬で負けてしまうことも知っている。
聖なる竜騎士が構えを解いて、ディンさんの方を振り返る。
ディンさんはまだ動かない。
…いや、間一髪だったようだ。
ディンさんの、アレスさんの漆黒のガンビスンは、左の胸から肩にかけて切り裂かれていた。
だけどその下は無事。黒いシルク調の布の下からは、正反対の白い肌と下着が見えていた。傷が一筋だけ。
それ以外の珠のお肌はしっかりと守ってくれたらしい。さすがに元白魔道士のディンさんが持ってる魔力を有効活用するように折られた、アレスさんのオーダーメイド。
ディンさんもやっと、構えを解いて振り返った。
そしてもう一人の竜騎士に問い掛ける。
「なんで…? 私はそんなに未熟ですか?」
「ディン、何を?」
ラティシアさんには、ディンさんの言葉の意図が見えない。
ところが、聖なる竜騎士は憎々しげにディンさんを睨みつける。
「…今、何をやった?」
「…多分、私がやったんじゃないです。師匠がやったんです」
両者の殺気は未だ衰えを見せない。いや、ますます強まっているように見える。
「あの二人は何を…」
呟いたラティシアさんの脇で、カウリオリさんが唸った。
「ウィルパナルパ、ネリリ、今のに気がついたか?」
そして残り二人のタルタルに訊く。
「ああ…ディンの勝ち…かな?」
「フン、意味としてはそうなるだろうぜ」
二人とも、ラティシアさんにはわけのわからないことを言う。
「一体…?」
そう呟いたラティシアさんの目の前の魔法陣の中で、変化が起きはじめた。
「ギュィィィイイイイイ!?」
聖なる印を持った竜が叫び始める。
「ミカン!?」
驚愕の表情で自らの黒い竜を見つめるファブリツィオ。
彼の竜は、宙に浮かんだままもがき苦しみ始める。
「ミカンたん!?」
竜騎士は、再び相棒の名前を呼ぶ。
聖なる竜が一度光の精霊力を放ったかと思うと…その光は、見る見るうちに闇の光に変わって行く。
「!?」
聖なる竜騎士は槍を捨てて自分の竜の下へ走り、抱え込んだ。
その姿は完全に隙だらけ。すぐ脇に敵たるディンさんがいることをすっかり忘れているようだ。
すっかり怯えてしまった表情で、ディンさんの方を振り返る。
「決着は後でだ。今の俺には、漆黒の槍よりもコイツの方が心配だ」
それに対して、ディンさんはまだ殺気を放っているけど、静かに答える。
「貴方に猶予を与えます。精々覚悟しておいてください」
二人の竜騎士は、まるで立場が逆転しているかのように見える。
ズザズザと数歩後ずさった聖なる竜騎士は、空中に呪符を放り投げると…その場から消えた。彼の竜も一緒に。
「ハァアアアア」
ラティシアさんが大きくため息をついた。よっぽどディンさんのことを心配してたのだろう。
「ディン、大丈夫ですか!?」
そのまま魔法陣の中へ向かって走り出す。
ディンさんのほうと言えば。
力が一気に抜けたように、魔法陣へペタンと腰を下ろしてしまう。
クィクィル君も同様。降りるというより落ちたって感じでディンさんの脇へ。ダランと伸びてしまった。多分体内の精霊力を使い切ったんだろう。
二人分の支えを失った漆黒の槍が、ガランと音を立てて魔法陣の上へ転がる。
もうそこには、さっきまでの精霊力の爆発も見えず、闇も広がっていない。
ただの…本当にただの黒鉄の槍に見える。
ウィルパナルパさんもディンさんの方へ歩き出しながら、その場に留まるカウリオリさんの方へ首だけを向けた。
「しかし…どうなってるんだ、ここは? オーブに封じ込められた魔物とかなんとか…なんで今は竜がいたんだ?」
ところが、カウリオリさん、口を尖らせて視線をそらす。
「俺が知るかい。多目的バーニングサークル…まぁ『英雄』達はそんな風に呼んでいるのさ」
「…? どういうことだ?」
いまいち理解できないウィルパナルパさん。歩みを止めて身体もカウリオリさんの方へ向ける。
「俺らが理解できない他の事柄と一緒でな。多分考えるだけ無駄なんだろ。 そもそも俺らは世界の謎の探求のために仕事してるんじゃない」
両掌を青い空に向けるカウリオリさんだ。
「…なるほどな。ネリリ、君がわかるんだったら説明して欲しいが?」
その言葉に納得したウィルパナルパさんがネリリさんの方を見たけど。
「アンタ達には説明するだけ無駄だぜ」
つれない答えが返ってくる。
「…無駄というか、実は私達にだってわかってないよ。どういう原理なのかとか…だけどな、アンタ達業界人と一緒で、この仕組みは実に都合よく動いてくれるってだけの話。そう捉えておけば間違いない」
首を振るけど、それに連動して後ろの太くて赤い三つ編みも揺れる。
「多分何らかの魔法か…それとも古代ジラート人たちの技術の産物ということか」
「そう考えておけば問題ないんじゃねぇか?」
再び考えこみそうになったウィルパナルパさんの思考をカウリオリさんがストップさせる。
「ま、とりあえず今はあの闇の竜騎士に話を聞くのが先だ」
そう言って、カウリオリさんも魔法陣の中へ歩き出していた。
./
「ディン、ディン!」
ディンさんの脇にしゃがんだラティシアさんが両肩に手を置いて揺する。
しばらく反応しないで呆けていたディンさんだったけど、
「ディン! いい加減に目を覚ましなさい!」
怪力娘がその腹筋と喉の筋肉を最大限にドライブさせてディンさんの耳に向かって叫んだもんだから、思わず耳を抑えてしまったディンさんだった。
当然、その余波はかなり近い位置にいたクィクィル君をも直撃し、クィクィル君もその可愛らしいおててで、これまた可愛らしい耳を抑えることになったのだけれど。
「いったぁ…何するんですか?」
涙目になってラティシアさんに抗議するディンさん。
当然耳は抑えたまま。まだキィーンとした音が脳髄に木霊している。
「よかった。戻ってきましたね…」
安心したように一息つくラティシアさんだ。
その後ろからウィルパナルパさん、ネリリさん、そして見たことがない顔の白と青のサンドリア調の鎧を着込んだタルタルの男性が歩いてくる。
そこでやっと、ディンさんは見たことがない人が紛れ込んでいた事に気がついた。
聖なる竜騎士と対峙していた時は、やっぱり頭に血が上りすぎていたらしい。
「あの…どなたです?」
ペタンと腰を下ろしたまま、ディンさんはオズオズと尋ねる。
「初めまして、というところだな、闇の竜騎士」
軽く頭を下げるカウリオリさん。
「え…あ…」
「この男は、リュシアンと同じ種類の人間だよ」
まごつくディンさんにウィルパナルパさんが解説を入れる。
「ウィルパナルパ、お前さんとも同じなんだが?」
横から突っ込みが入ったんだけど、
「ハ、類友ってまさにこれだな!」
ネリリさんから突っ込みの上書きが入った。スレが同時に一つしか入らないのと同様に、ディンさんの頭には類友という言葉だけが残ることになる。
「それでディン、何が起きた…いえ、何を起こしたのです?」
しゃがんだままディンさんの顔の前に、こちらは真剣な顔を思いっきり寄せて睨みつけるラティシアさん。
「えーと…多分、色を全部集めると…白になるか黒になるかのどっちかじゃないですか…それだと思うんですよ」
途切れ途切れに思い出すように答えるディンさん。
ガクっとラティシアさんは頭を落とした。何を言っているのか、この友人は?
「…ディン、貴女が何を言っているのかよくわかりません」
頭を振るラティシアさんだったけど。
「あの聖なる竜に、悪しき印が完全に浮き出た…違うかね?」
ウィルパナルパさんの声が後ろからかかった。
「兄さん!?」
「そう…です。多分。私にもよくわからないんですけど…竜騎士の振るう力には、竜の力が上乗せされるんだと思うんですよ…だから」
「聖なる竜と闇の竜、二つの力が竜騎士を通じてぶつかり合うと…竜にもその影響は竜騎士以上に出るということか?」
口を突っ込んできたのはカウリオリさん。
慣れない人相手だから、戸惑いながらもディンさんはコクリと頷く。
「なるほど…かつて闇の竜騎士と戦った聖なる竜騎士はいないわけですからね。これが未知との遭遇だったということですか。何が起こるか、聖なる竜騎士もわかっていなかった…だから迂闊にも」
ラティシアさんも、脇で伸びてるクィクィル君に視線を移しながら、納得したように言った。
可哀想に、ぐでーって感じですっかりくたびれ果ててるクィクィル君だ。
「そういうことだ。さて…」
カウリオリさんは、ネリリさんの方を振り返る。
「ネリリ、お前さんセルビナ行きだろ?」
「…」
ネリリさんは答えない。俯いただけ。
「まぁいいさ。『じゃあな』」
そんなネリリさんに声をかけると、カウリオリさんは腰の後ろにつけていたバックから呪符を取り出した。
「待て、カウリオリ。話が…」
引き止めたウィルパナルパさんだったけど、
「お前さんの話は戻ってから聞く。明日の朝にでも天の塔へ来てくれ」
カウリオリさんはそう告げて、呪符を放り投げると自分の姿を掻き消していた。
「まったく。油断がならない…」
ブツブツと呟いたウィルパナルパさん。そのままネリリさんの方を見た。
「ネリリ。君は…」
「ウィルパナルパ、悪いね…私は自分の想いに正直に生きるよ。『英雄』として我儘を通させてもらう」
顔を上げたネリリさん、ウィルパナルパさんに向かってニタリとする。
「…そうか、しょうがないな。それも君の道だ」
呟いた声に、ラティシアさんはハッとしたような顔になった。
「ネリリ殿…」
ネリリさんが何を考えてるのかに気がついたラティシアさん。
脇にしゃがんでディンさんの肩に乗せていた手を元に戻し、立ち上がった。
ウィルパナルパさんが一歩進み出た。
「今までありがとう。君がいてくれたからこそ、我々兄妹は生きてくることが出来た」
だけどネリリさんは何が気に入らないのか、その言葉には鼻を鳴らす。
「ハッ…ウィルパナルパ、それは自分を過小評価しすぎだ。アンタは優秀だし、充分にいい兄貴だよ。私に関する仕事がなくたってラティシアを守ってきたはずだ。そうだろ、ラティシア?」
「ええ」
コクンと頷くラティシアさん。
「しかし、やはりネリリ殿がいてくれたからこそです。私からもお礼を言わせてください。世界を救い…そしてウィンダスの人々を救ってきた『小さな英雄』に」
真剣な眼差しでネリリさんを見つめる。
「…私は好きなようにやってきただけだよ。むしろ世界と人々を救えてきたのは、あんた達の力があったからだ」
「そう言ってもらえると嬉しい」
ニッコリと微笑むラティシアさん。彼女が滅多に見せないその微笑みは、真竜の目玉の市場価値ぐらいは持っているんじゃないだろうか。
「え…? どういうことです?」
ネリリさんが何を言っているかわからないディンさんは、戸惑う。
お尻を魔法陣につけたまま、ネリリさんを見上げ…見上げじゃないな。ディンさんが座ってるのとネリリさんが立ってる目線は同じ高さだ。
スッと目を細めたネリリさん。だけどそれは一瞬で、
「私は行かなければいけない」
しっかりとディンさんの目を見つめていった。
「ネリリさん…?」
立ち上がりながら、今度はネリリさんを疑問の目で見下ろすディンさん。
「すまないな、最後まで協力するつもりだったのだけど…あそこまで言われてしまってはね」
「え? 聖なる竜騎士の言った事ですか?」
「出来る事なら、アレス君の弟子である貴女を最期まで見届けたかった」
「…どういうことです?」
「多分、私はそこで終るからだ」
皮肉めいた笑いと共に、ネリリさんは壁の隙間に覗く空を見上げた。
「ファブリツィオが言っていた事…レレレは私だけのものじゃないし、アレス君も私だけのものじゃない…なんでそれに気がつかなかったんだろうかな…私は」
「…たしかに、師匠はネリリさんのものじゃないですよ」
「そうだよな。私がそんな簡単なことに」
言いかけたネリリさんに、
「師匠は私とクィクィルのものです」
ニッコリとしたディンさん。
ネリリさんは一瞬あっけに取られたような顔になって、
「…ハハハ、いいね、そりゃ」
笑い出したのだった。
「貴女が私達の場所まで追いついてくるのを待ってられなかったな…でも、貴女ならできる。アレス君が何を言いたかったのか、それを掴んでくれ」
「ネリリさん達の場所って…世界を救った『英雄』…ですか?」
「そうだ。期待している」
そのままウィルパナルパさんとラティシアさんの方へ向き直る。
「アジドマルジドやシャントットには謝っておいてくれ。それと星の神子にも」
「…拒否する。私に責任の追及が来るだけではないか」
渋い顔をして首を振るウィルパナルパさんに、
「アンタはそのぐらいの責任取るべきだろう?」
ククっと笑うネリリさん。
赤い三つ編みのタルタルは、ディンさんに向けてニッコリ笑う。
それは、彼女に向けた最初で最期の笑顔。
「ネリリさん…」
「貴女が、アレス君の弟子でよかった…それじゃ」
真顔になって歌い始めるネリリさん。
その歌い方には一切の戸惑いが見えなかった。まるで今まで彼女が生きてきたそのままのような歌い方。
終る…そのために旅立つのに、そこには終りを予感させるものなどなにもなかった。
シュンと一瞬の闇が広がった後、ネリリさんの姿はそこから消えていた。
乾いた岩壁を渡ってくる夏の終りを告げるような風が、見送った三人の脇を抜けていく。
ラティシアさんのプラチナブロンドはほつれ、ディンさんの黒いポニーテールは揺れる。
だけど、二人とも顔にかかる髪を払いのけようとはしなかった。
「冒険者達は、いつでも私達を置き去りにして消えていく…」
ラティシアさんがポツリと漏らした声が、夕闇の影を作り出しつつある空に消えていった。