Liberame Domine - 想いはいつもネバーエンディング - 前編
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薄い金髪の少女は、自分よりも頭ひとつ高い黒髪の少女をしっかり両手で抱きしめた。
見た目の身長差で言えば、金髪の少女の方が抱きしめられている方が自然だ。
だけど、抱きしめられてぽろぽろと涙をこぼしているのは、背の高い黒髪の少女の方。
ウィンダス首都、港区。
桟橋には店が並び、夏の終りを告げる潮風が、カモメの声とともに二人の少女の対照的な色の髪を揺らす。
そんな飛空挺乗り場の前だ。
ザアアと音を立てて、ジュノから冒険者や町の人達を運んできた飛空挺が、銀色の波間に着水する。
到着だ。
そして、出発だ。
白い肌と黒髪、午後の柔らかい鈍い黒の光を跳ね返すシルクのガンビスン、両腕にはアクセントに真紅の帯。
「ラティシアさん……」
背中いっぱいまで抱きしめられたディンさんは、しゃくりあげながらやっとのこと言葉を発した。
「いいのですよ……私達はこういうものなのです」
ラティシアさんの言葉は、どこまでも優しい。
これがつい数ヵ月前には、ド素人同然の闇の竜騎士を怒鳴っていた少女だろうか。
ディンさんが、やっぱり優しく、でもすすりあげながら、ゆっくりとラティシアさんの身体を押しやった。
まだ涙がこぼれているのに、背の高い少女は無理に微笑もうとする。
「行きます……ね」
「ええ……」
少し口に出すか迷って黙った後、
「『アレス殿の弟子』として。そして『冒険者』として」
眩しそうな顔になってディンさんに告げるラティシアさん。
冒険者の事がまぶしいのは、彼女にとっては確かだ。だけど羨む気持ちもない。
自分達『業界人』は彼女達のような冒険者に出会える立場だから。それが今はすごく嬉しい。
「頑張ってきてください」
「ハイ!」
ディンさんはぱっと振り返ると、飛空艇の乗り口に向かって駆け出した。
その後ろを、クィクィル君がぱたぱた羽ばたきながらついていく。
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「そうだ、私は頑張らなきゃ……師匠やネリリさん、ラティシアさんやウィルパナルパさんのためにも」
「クィー?」
それだけじゃないだろ?ってクィクィル君が自分の相棒に問いかける。
「……そう、そうよ」
相棒の長い黒髪の少女は、後ろに付いてくる子供の飛竜を振り返り、後ろ向きで歩く。
そしてすっきりとした笑みを浮かべ、しっかりと口にする。
「あの、聖なる竜騎士と聖なる竜のためにもね。『同じ』竜騎士だもの!」
「クィー」
今度こそ、クィクィル君も相棒の答えに満足したようだ。
竜の表情なんて普通の人にはわからないけど、ディンさんにはわかる。
クィクィル君も満面の笑みを浮かべていた。
ドスン
「あ、ごめんなさ……」
そりゃまぁ、後ろ向きに歩いているんだから、人にぶつかってもおかしくない。
ディンさんがあわてて振り返ると、そこにはニヤついた一人の若いミスラの女性。
「えらくご満悦だねぇ」
「すいません……その、あの……」
恐縮してしまうディンさんだったけど、ミスラはニヤけたまま軽く手を振った。
「いやいや、いいさ」
そして背を向けて、待合の建物に向けて歩き出す。紫の髪の中に動く長い耳の毛が、ヒョコヒョコと潮風に揺れているのが特徴的だ。
「あれ?」
見送りながら、ふとディンさんの頭に中に浮かぶ疑問符。
「今の人って。確かサンドリアでエレノアさんへの手紙をなくす前に……ぶつかったような」
『ふむふむ?』って感じで少女の顔を覗き込むクィクィル君。
「ま、いいよね? エレノアさんには会えたんだし」
ディンさんはクィクィル君ににこっとすると、また元気よく手を振って歩き出した。
「頑張れよ、闇の竜騎士……あんたは本当の『英雄』なんだ」
着水した少女の黒光りするポニーテールが揺れる背中に、彼女には聞こえないささやきのような、でも、とても優しい声がかけられた。
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飛空挺の乗り場の前、一人たたずむ薄い金髪の少女。
ラティシアさんは、闇の竜騎士コンビがドアの向こうに消えたのを確認すると、うつむいてしまって、そこから動けないでいた。
その表情は他の人には見えない。
しばらくの沈黙の後、
「ラティ、君もよくがんばった」
広場に静かに響いてきた声はウィルパナルパさんのものだった。
二人の少女の別れを後ろから見守っていたんだろう。自分はお邪魔だと思ったのか。
「ラティ……」
もう一度ウィルパナルパさんは、自分の愛しい妹に声をかけた。
それに応えて顔を上げた少女、その白い腕で涙をぐいとふき取る。
そしてキッとした顔を愛しい兄に向ける。
「私は大丈夫ですよ、兄さん」
「そうか?」
「少なくとも今回は、ディンはここに帰ってきますから。そのままいなくなることはないですよ」
言葉に反して、顔はすこし寂しそうだ。
妹の言葉の裏に含まれた、『英雄は、いつか必ずこの世界からいなくなる』という意味。
ウィルパナルパさんはその事実を噛み締めながら、
「そうか。そうだな」
それでも優しくつぶやく。
「さて。私達はやるべきことをなさなくてはなりませんね」
「そうだ。アレスやディンのためにも」
優しい兄弟は、天の塔を目指し北へ歩き始めた。
その後ろを歩いていく、ミスラの若い女性。
特徴的な耳をピクピク動かしながら、まるで聞き耳を立てているような感じだ。
「さーて、どうくるかな。口の院の下働き兄妹は?」
なんて呟いていた。
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時間は少し前に戻る。
天の塔に巣食うマウラ総督府の下請け、そしてラティシアさんの師匠でもある、今回の黒幕かと思われたカウリオリさん。
今朝ディンさんを見送る前に、ウィルパナルパさんとラティシアさんは、その人に面会していた。
ギデアスのバルガの舞台という特殊な場所を使用した闇の竜の養殖を、あっさりと認めたカウリオリさん。
「あれは神子の側近のトップが思いついてやったことだ」
ゲロしたわけだ。
ウィンダスの元首である星の神子の側近トップといえば、弓使いの白髪猫。
……とーぜん、ウィルパナルパさんとラティシアさんは唸る。
考えてみれば当たり前で。
バルガの舞台で闇竜を見て、おまけに『英雄』……その時はアレスさんだったはず……に処理を押し付けてトンズラこいた張本人がその白髪猫。
漆黒の槍をアレスさんに手渡すようにカウリオリさんに頼んだのも、その一派。
おまけに、白髪猫の仇敵である、口の院のトップの困った兄ちゃんと、その師匠である連邦の黒い悪魔。
冒険者管理を一手に担う彼ら口の院に対して、権限をあまり持たない天の塔が、行政の中心としての権威付けを示すためには、なんらかの材料が必要だったわけだ。
つまり、エレノア・リュシアン組とテオフィル神殿騎士が原因の発端だったサンドリア王国と同じく、ここウィンダス連邦でも冒険者達とは関係の無い国の都合で、ひどいことが行われていたわけだ。
ウィルパナルパさんとラティシアさんは、
『あんにゃろー、自分達が手を出すことができないトップじゃないか』
そう悔しがったのは言うまでも無い。
カウリオリさんとしても、教えたところで何もできないのをわかってるからこそ、あっさりと口にしたのだろう。
「俺だってな、お前さん達と一緒で、闇竜の養殖なんてやりたかないさ。ただ殺されるためだけに存在するのなら、家畜以下じゃないか」
悔しそうに呟くカウリオリさんが、ラティシアさんには印象的だった。
「そりゃ冒険者政策の都合上、連邦や他国の竜騎士を引き付けておくことは大事だ。殺すべき闇竜を潤沢に供給してやれるというのは、冒険者の竜騎士の協力を取り付ける上で大きな武器になるさな」
「だけど、それは我々人間がやってはいけないことでもありますよ」
ラティシアさんが厳しい顔でカウリオリさんを見る。
もちろん、カウリオリさんもウィルパナルパさんも、厳しい顔だ。
だけど、今はどうしようもない。ディンさんとアレスさんの問題の方が先決だ。
『くっそー!! 絶対、口の院と天の塔に混乱をもたらしてやるーーーーー!!』
善良な兄弟は、そんなことを決意して後に実行に移したのだけれど、それはまた別のお話。
「……ひとつ気付いたことがあります。カウリオリ殿」
「なんだよ?」
役人としても、そして『業界人』としても、立派に成長した自分の弟子を見るカウリオリさん。
「匿名で『アレス殿の漆黒の槍』を贈ったのは、テオフィル神殿騎士ですね?」
「そりゃそれ以外には考えられねぇな?」
「あれはどう考えても共和国製。『闇に響く歌声』の協力が必要ですね?」
「ん? どういうことだ?」
「ラティ?」
「カウリオリ殿は『闇に響く歌声』と協力関係にあるはずです。貴方の支持母体であるマウラ総督府は、業界的にはセルビナと同じく駆け出しの冒険者を主に扱っている」
「冒険者達をモノみたいにいうのは嫌いだな。そんな『業界人』に育てた覚えはねぇよ」
自分達の存在を否定してしまうようなことを、しれっと言ってしまうカウリオリさんだったけど、
「いいから聞いてください」
真剣になった弟子には通じず、圧殺されてしまう。
「……なんだよ?」
ラティシアさんは、ちらっと横目でウィルパナルパさんを見みてから、続ける。
「つまり、あの槍に関しては、『闇に響く歌声』と共和国政府、さらにテオフィル神殿騎士の支持母体である所のサンドリア女神協会の了解が取れているということです」
「……だからなんだよ?」
カウリオリさんには、まだ友人とその妹である弟子の言っていることが掴めない。
「あれは元々、ファブリツィオのためのものだったのではないですか?」
うんうんとうなずくウィルパナルパさん。
そして目を見開いて固まってしまうカウリオリさん。
「つまり、ディンという存在が現れなければ、素直にファブリツィオに渡って、彼は間違いなく英雄になっていたはずです。ヴァナ・ディール全ての並行世界を見渡しても、所持している人間が存在するかどうか疑わしい武器、そういう物が理論上は存在しているのはご存知でしょう?」
英雄という立場の冒険者達なら知っている、その幻の武器の存在。
エクスカリバー、神々の黄昏、グングニル、天の村雲……エトセトラエトセトラ。
「世界の都合」のために「理論上」は存在する武器がある。
最近ではトップクラスの冒険者達が所持していることも確認されてきてはいるが、それが本当にまともな武器なのかどうかも怪しいぐらいだ。
「今回の槍はそれに近い」
そう口にするラティシアさんは確信に満ちた表情だ。
「つまり、原理的には『英雄』のみが知っていなければならない武器なのです」
「……それじゃ」
虚ろな目でフラフラとしながら、目の前の二人を見る。
「ファブリツィオは、アレスの『弟子』になるはずだったのか」
「アレス殿の『魔道士サポ前衛論』という『英雄』達にハブされかねない無茶苦茶な理論に感銘する、ディンという『新規さん』が出てくることは予想できなかったのです」
「いやはや、ネリリ、ディンだけじゃなく、ファブリツィオまで揃って『アレスの弟子の座』の争奪戦かよ」
自然と苦笑いになってしまうカウリオリさんだった。
頷くウィルパナルパさんが補足する。
「そしてそれが意味することは……勿論、『英雄』であるアレスさんをルールを曲げてまで『業界人』にしようとすることなわけで、ただ単に『弟子』とかいう簡単な話じゃない」
ひとつ息を切って、続ける。
「三国政府……とは言っても政府のトップじゃなく、冒険者管理に関わっている連中は、アレスをファブリツィオの『支援者』にしようとしていたんだよ。つまり『出向英雄』は次代の『闇に響く歌声』になるはずだったんだ」
「『闇に響く歌声』が『引退』することは、既に予測済みだったわけですね」
「やってられんな……」
苦笑いのまま首をふるカウリオリさん。
その表情は、とてもじゃないけどタルタルには見えないぐらい深刻だ。
「『英雄』や『俺達』は、どこまでこの世界の法則に従わされてるんだろうなぁ?」
その慨嘆は、彼が口にするのはおかしいものだ。
「これで、連邦と共和国の冒険者を利用しようとしている連中の思惑はそろったな」
「連邦は竜騎士をてなづけるため、共和国は引退状態のアレスを有効活用するためですね」
「特に、ジュノのバカどものお空での事件と、この間決着を見た虚ろの事件、双方とも三国は積極的に冒険者に干渉できないでいる」
「そうですね……既に冒険者が国を置き去りにしている状態です」
「だから近東の国に冒険者が流出するわけだ。既にジュノすら冒険者を留め置けない」
「三国の冒険者管理部門だって、我々と同じ立場でしかないわけですが、それなりに頑張ろうとしているのでしょうが……」
ラティシアさんの慨嘆も、彼女が口にするのはおかしいものだった。
「そろそろ、ディンが出立する時間です。戻ります」
ウィルパナルパさんと頷きあって出て行こうとする白金髪の少女に、
「ああ、頑張れと伝えてくれな。次代は彼女のような『新規さん』が作っていくんだろうからな」
その彼女の師匠は、まだ苦笑いを続けながら声をかけた。
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ディンさんを見送って、もう一度天の塔へ向かう道すがら、朝のカウリオリさんとの会合の後の推理を続ける。
「今回の発端……連邦と共和国はともかく、テオフィル神殿騎士、というか女神教会の思惑がまだはっきりしませんね」
事後におけるディンさんのサポートをしっかり考えておかなきゃいけない。
テオフィル神殿騎士をどうにかする……社会的に抹殺するか、本当に消さなければ、アレスさんの問題は解決しない。
『想定外』にこの世界に現れたディンさんが、『想定内』にこの世界に存在するファブリツィオという英雄を殺したとして追及されることもあるからだ。
だけど、いとも簡単にウィルパナルパさんは妹の疑問に答える。
「そりゃそうだろう。女神教会は他の国や機関を出し抜こうとしていたのだからな」
「出し抜く? 兄さん、一体どういうことです?」
「それは、あれだろう。ライニマード、伝説の赤魔導士」
ラティシアさんには、まだウィルパナルパさんの言うことがわからない。
「え? アレス殿のアーティファクトの元の持ち主でしたか? それがどうかしました?」
「アレスはライニマードを継ぐ人間だろう。娘たるクリルラ……なぜ赤魔導士が中心となっている神殿騎士団の人間が嫉妬しない?」
「!!」
あっというような顔になるラティシアさん。
「そう、テオフィルは神殿騎士団、しかも赤魔導士だよ」
「それと同時に、ファブリツィオはラストドラグーンを継ぐ人間だ。サンドリア本国の騎士にとっては許せないだろうな。セルビナなんて田舎出身の人間がラストドラグーンを継いでいるんだからな」
「例の英雄達の中心人物エアハルトも、冒険者で王立騎士団の栄光の証とされる鎧を着ていますね」
「たしか消えた『精霊使い』も、元は白魔導士でなおかつバストゥーク人だな。まぁ白魔道士のアレはタブナジア縁のものだが、サンドリアの属国だからな」
「「うーむ……」」
揃って腕を組んで首をかしげて唸ってしまう兄妹。
「サンドリアに関わる名誉の証は、全て冒険者、しかもサンドリア人以外が所持している。騎士団の人間にとってはやりきれんだろうな」
まこと、その通り。
だってサンドリアの人間、ましてや騎士にとって一番大事なものは、民族的な誇りなのだ。
なのに、過去の英雄の遺産は全て他の国の、しかも冒険者風情が現在の所有者。
テオフィル神殿騎士が動いた今回の事件は必然だったと言える。
とりあえず、自分が赤魔導士だったし、うまくいけばウィンダス諸共潰すことができる立場にいたアレスさんに狙いを定め、今回の一件が行われたというわけだ。
そのために、『闇に響く歌声』を通じて共和国の了解を取り付け、『漆黒の槍』を作り出し、アレスの弟子にさせて、恩を売っておいて、『英雄』になったファブリツィオを王国に帰化させる。
その後、アレスさんを排除すればいい。弟子なら殺したり引退させたりするのも割と簡単にいくはず。
そういう風にして、サンドリアの名誉回復を目論んだわけだ。
その策は、アレスさんの弟子の座を独占しようとするディンさんの登場によって失敗した。
アレスという『英雄』の指導を受けたディンさんが、ファブリツィオを超える英雄になってしまう可能性は高い。その場合、サンドリアには何の見返りもないのだ。
だからディンさんを排除しなければならなくなった。
連邦が管理しているギデアスから、闇の竜騎士ディンさんのパートナーとなるクィクィル君を意図的に逃がして、ディンさんを竜騎士にさせる。
その上でクィクィル君を殺せば、ディンさんは冒険者としてはいられなくなるのだ。
唯一『英雄』になる前のファブリツィオがアレスさんを殺してしまったことが、誤算と言えるかもしれないけど、結果オーライである。
居なくなったアレスのアーティファクトは王国に戻すことができる。しかもフェ・インにも行かずにすむし、クロウラーの巣にもぐらなくてもいい。
それで赤魔道士と竜騎士の名誉は王国に戻ってくるのだ。
既に白魔道士のアーティファクトは、シェルスティンが居なくなったことで回収済み。
アレスがこの世界から居なくなったところで、連邦も共和国も表立って女神教会を追求することもできない。
むしろ、連邦にとっては他国所属の『英雄』を減らすことも出来るわけで、好都合でもある。
共和国首脳だって、表向きは左遷状態にあるアレスのことをそこまで心配することもできないのだ。
なんとも恐ろしい、エルヴァーンの性格。というか女神教会。
うまく連邦と共和国を乗せたわけだ。
次は王立騎士団の名誉のアーティファクトを持っているエアハルトを狙うつもりなんだろうけど、まぁそれは次の計画を立てるというところなんだろう。
とりあえず、赤魔道士、白魔道士のアーティファクトが戻ってくれば、女神教会としての面目は立つわけだから、今回は無理はしなくてよろしい。
でもまぁ。
「なんといいますか、実はサンドリアというのは怨恨だけで成り立ってる国なのではないでしょうか」
ラティシアさんのその感想はごもっとも。
誇りというよりは、怨恨だ。
まぁ王子達の兄弟仲は実は結構いいし、男気がある連中も揃ってるんだけど、まだ少女でしかもウィンダス人のラティシアさんには、それがわからないのだろう。
ウィルパナルパさんは、妹の素直な感想に苦笑するしかない。
「ウィンダスもバストゥークも似たようなものではあるがな」
闇の王の一件が片付くまでのウィンダスは、星の神子の側近とアジドマルジドの争いが大きかったし、バストゥークのヒドゥンサポーターのブルストの動機は、ヒュームとガルカの争いに起因する所が大きかった。
世の中動かしているのは、本当は怨恨だけなのかもしれない。
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そして歩いてきた、彼らの家の前、
佇んでいる一人のミスラの女性。
見付けるやいなや厳しい顔になったウィルパナルパさんとラティシアさんに対して、まるでごく親しい仲間にするみたいに、「よっ」って感じで手を上げてみせる。
当然のことながら、その得体の知れない挨拶を目にした二人は、一瞬あっけにとられたんだけど。
そこは歴戦の戦士と黒魔道士、すぐさま戦闘体勢になる。
妹はすぐさま腰を落とし、腰の戦士剣の柄に手を伸ばす。
兄は後ろに飛びずさり妹の影に隠れて(普通とは逆だね)、魔法への抵抗力を下げる印を右手で切る準備をした。
「おいおい……そんなに邪険にしなくても」
ミスラの女性は、彼らに敵意がないように肩をすくめ手を広げて見せるけれど、その表情が言葉とは裏腹に、ニヤリとした危険な笑みだったわけで、当然兄妹の警戒感は解けない。
剣の柄に手をかけたままズリズリと猫娘に近寄っていく金髪少女。
「貴女は…?」
やっとのこと、間合い、即ち一動作で相手を殺すことができる場所までにじり寄ったラティシアさん、ミスラが背にしている自分達の家の壁に降り下ろした剣がメリ込むことがないか確認しながら、慎重に相手に問いかけた。
「エレノアの手先だと思ってくれ」
「なるほど…」
ラティシアさん、それで納得したようだ。
ミスラから目を離さないように、慎重にウィルパナルパさんと顔を見合わせ、うなずく。
ラティシアさんが、ついこの間散々な目にあわされたサンドリア王国のエレノア・ディシェレ公文書担当司書官のエージェントといえば多々いるが、こんなコアな所まで関わってくる人間といえば、アレだ。
あの悪名高い二重、いや三重スパイのアイツしかいない。
だから、ラティシアさんは、辛辣な答えを返す。
「手先とはまた皮肉たっぷりの言い方ですね?」
「ああまぁ、エレノアはどっちかってーと悪魔だからさ。手先ってのがぴったりくるだろ?」
睨み付けるラティシアさんに、面白そうな顔で返すミスラ。
「イー・キノエだな?」
ウィルパナルパさんがやっぱり睨み付けながら、そのミスラの名前を口にする。
するとイー・キノエさんは意外にも、短い草色のスカートの裾をつまみ上げて、サンドリア式の礼をして見せた。
それがあまりにも様になっていたものだから、二人、特に金髪の少女の方は、唖然としてしまう。
「「……?」」
「今更だがな。はじめまして。口の院の下請け兄妹」
ウィルパナルパさんもラティシアさんも、やっぱりお互い名前は知っていたし、初めて会ったのに、状況次第でお互いに誰だかわかる。
狭い業界ってこういうことだ。
「…悪いが信頼できない。君は得体が知れない」
ギロリと睨みつけるウィルパナルパさん。
ラティシアさんも絶対に油断はならないと決意したようだ。既に腰の戦士剣の柄に手を添えて身構えてたりする。
どうにもこのプラチナブロンドは、発想がダイレクトすぎて、おまけに物騒極まりない。
ところがイー・キノエさんは、一瞬きょとんとした表情になると、
「ハハハ、違いないな」
可笑しくて我慢ならないという風に笑い出してしまったのだ。
さっきの優雅な礼が帳消になってしまうぐらいの笑い方だ。
「なにが可笑しいというのですか!」
馬鹿にされたように感じて、ラティシアさんは声を張り上げてしまった。
「いやいや、そういう所がな…面白い…ククク」
なんだかリュシアンさんを思い出してしまう。エレノア女史の周りにいる人達は、みんなこうなのだろうか?
「あまり妹を馬鹿にしないでくれ。妹は酷く純粋なのだ」
「ああ、悪かった」
素直に謝るイー・キノエさん。
「話を戻すぞ。君はエレノアのエージェントでありながら、ノーグとも繋がっている…おまけに雇い主であるエレノアすらそれを知らない」
「まぁそうだろうな」
驚くことに、イー・キノエさんはあっけらかんと肯定してしまったのだ。
「エレノアはなんだかんだ言っても国の正規の文官であるという立場から逃れられないからな。冒険者に関わろうとすれば、私みたいな人間を雇うしかない。そういう意味で、元々国の武官で、尚且つ冒険者登録をし実働も兼ねる、あんた達みたいな方が有利だろう」
「……」
「あんた達の最近の武勇伝は聞いているよ。よく国にバレないもんだ」
「それは君もだろう? 雇い主に対してバレていない」
「二重スパイをやっているかもしれない人間を、私達が信頼出来ると思うのですか? ノーグからしてみれば、私達は疎ましい存在でしょう」
「別に信頼してもらう必要はないぜ。私にとっちゃ所詮他人事だからな。エレノアに言われて協力しているだけだ」
「ああ、それと誤解するな。ノーグは三国の中間管理職達のようには貪欲じゃない。もしノーグが本当に私利私欲のためだけに冒険者を動かしたら、その時は実働の人間が首領を斬る。間違いなくな」
「な……!?」
身構えていたはずのラティシアさんは、イー・キノエさんのその言葉をきいて、あっけに取られてしまった。
上司に逆らい、あまつさえ斬る。そんな事はウィルパナルパさんとラティシアさんには考えもつかないことだったから。
「なにか変かい?」
そんな二人を見て、イー・キノエさんは面白そうに顔を歪めた。
「そんなことは……ならば意味がないではないですか? 何のためのヒドゥンサポーターか……」
憎々しげに睨むラティシアさんに、イー・キノエさんは無表情になる。
そして一言告げた。
「そこが、あんた達も冒険者と同じく国に縛られている所だ」
「!?」
ラティシアさんの目がかっと見開かれた。そしてそのまま棒立ちになる。
「確かに私達は役人ですが…」
なんとか声を絞り出そうとするけど、目の前のミスラはラティシアさんから視線を外して、後ろのウィルパナルパさんの方を見た。
「どうだい? ウィルパナルパの方は納得しているみたいだが」
「…その方が支援者の存在としては有効だと思っただけだな。君が私達を嘲笑する理由はわかるよ。実際私達は、院長と博士を殺せるような能力を持ち合わせてはいない」
「ククク…違いないな。先の大戦の英雄の一人に、その愛弟子がボスとは、なんとも不幸な話だ」
一頻り気持ち悪い笑いを漏らした後に、イー・キノエさんはウィルパナルパさんとラティシアさんに向き直った。
「まぁいい。今回はあんた達も私と殺し合いをやりたいわけではないだろう?」
「『今回は』?」
ぴくっと眉を吊り上げるウィルパナルパさん。
その表情に気がついたのか、イー・キノエさんは慌てて肩を竦めて見せた。
「おっと、失言だ。『今回』じゃない。これからずっとだ」
「それは何故だ? 三重スパイならば、これから先状況によっては戦うこともないわけではないだろう?」
兄妹は猫娘を睨み付けるのだけれど、断言が返ってくる。
「いや、ないね。何故ならあんた達が、とある人達と懇意にしているからさ」
「「……とある人とは?」」
だけど、その質問には答えずに、猫娘は話を転換する。
「さて、これからの手順について話そうか!」
その声は、雰囲気に合わない陽気なものだった。