外伝の外伝そのいち - 消える男 - 前編

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人の声を聞いたような気がした。
あたしはその場に立ち止まって、首をかしげる。
「フェム? どうしたのさ?」
隣を歩いていたリンツが、あたしを見て声をかけてきた。
「うん…リンツ、あんた、なんか聞こえなかった?」
彼に訊いてみたのだけれど、
「え? いや、なにも」
そんな答えが返ってくる。
「ふーん、風の音かしらね?」
あたしはその時は単にそう思っただけ。

久々に帰って来たグスタベルグ。
ここの風鳴りは、この地に慣れていない人にはやたら喧しく聞こえるらしい。
特に秋口は風向きがしょっちゅう変わるから、耳にぶつかりやすいのだそうだ。
だから、耳に吹き付ける風がちょっとした具合になって人の声に聞こえたのかもしれないわね。
あたしはそんな風に思ったのだけれど…一応バストゥークで生まれ育って、冒険者となってグスタベルグを歩き回るようになってもう10年以上だ。
簡単に惑わされるようなもんじゃない。

どういうことだろう?
あたしは奇妙に思いながらも、前から急かしてくるリンツの声に乗って、商業区まで続く城門までの後少しの距離を再び歩き始めた。

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あたしの名前はフェムヨノノ。種族はタルタル、性別は女性。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。

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その次の日のこと。
あたしは商業区で用事をこなした後、帰って昼寝をしようと、ちょっとけだるい頭を抱えてのんびりと自分の部屋に向かって歩いていた。
昨日帰ってきたばかりだけれど、たまたまその前日にウサギを四匹も狩ってしまって、肉の処理に困っていたのだ。
放っておいても腐るし、保存箱にエンブリザドなんて…消費するまで毎日かけるのは面倒くさい。
それで、知り合いの材木を扱う所に、香木を使った建材の余った切れ端を貰いにいってたのだ。
細かく砕けば燻製のチップになる。
肉は軽く燻製にして干しておけば、持ちが大分違うし、次の旅に持っていく事もできる。
クリスタルの調理が出来ないあたしは、大体こんな感じで食事を作ってる。

「フェムヨノノ師ですね?」
居住区への入り口、あたしは一人のヒュームの男性に声をかけられた。
「…え?」
思わずそう訊き返してしまう。
「そうだけど、あんたは?」
礼を欠くようなぞんざいな口調で返事をしたのは、彼が冒険者風の男だったからだ。
役人には恭しく、それ以外は適当にあしらうとかそういうわけじゃない。
彼の場合はなんとなく普通の人じゃないような感じがしたから。
自分に近いというか…そんな感じの。
「いや、俺の事はともかくとして」
にっこり笑った男性。
「人に尋ねるときは自分から名乗るものでしょ?」
ちょっとばかりむかついたあたしは、口を尖らせてそう説教する。

あ、いけない。
最近は、あたしのそういう癖が疎ましいと思われるらしい。
別に全ての人に好きになってもらいたいわけじゃないけど、少しは愛想を良くしないと、そのうち仕事も失っちゃうかもしれないのだ。
冒険者としての仕事は自分で作り出してるからいいけど、魔道士としての仕事の実入りがへるというのは、ちょっと勘弁願いたい。
だって…リンツとナタリアに養ってもらうのはちょっとプライドが許さないわよね。
とは言いつつ、実際にはあたしとリンツの家計は統合されているわけで。
…う、ごめん。
ここ2、3ヶ月、あたしの方がお金入れてないのよね。
二人あわせれば相当な蓄えがあるから別にピンチというわけじゃないけど、そろそろ仕事は選べないわ。
その為にも、ちょっと愛想よく…。

と、思ったけど結局無理だ。
あたしは、その男をじっと見詰める。
中途半端に長い黒い髪。リンツほど長いわけじゃないし、短くてつんつんしてるわけでもない。
服装は、右肩にウィンダス連邦の紋章がはいった白と緑のチュニック。フードは下ろしている。
下は同系色のズボンだ。
この格好は…一応魔戦士のものだけれど、どう見ても口の院所属じゃない。
勿論ヒュームで戦闘魔導団に入ってる人間は少ないけれど、そういうわけじゃなく、役人って感じがしないのだ。
例によって部隊章もないわけだし…魔戦士待遇の冒険者って事だろう。
しかも連邦の紋章のほかに、もう一つ紋章があった。
バストゥークの国紋にちかいけど、ちょっと違う。
どこかで見たような気もするけど、今のあたしには思い出せない紋章だ。

「で?」
「で?というのは?」
不思議そうになる男。
首まで来てた血が、一気に頭のてっぺんまで駆け上った。
「あんた、人の話聞いてなかったの!? 名乗れって言ってるのよ!」
「ああ、なるほどな」
話し掛けてきたときは敬語だったくせに、タメ口になってしまう男。
「えーとだな…名前はちょっとバストゥーク国内じゃ言えないな」

は!? どういうことよ!? 何様のつもり!?
あたしの顔がそんな感情のままに引きつってしまったのが男に見えたのだろう。
慌てて首を振った。
「ああ、わかったわかった。ファミリーネームはウィルマルクと言う。フルネームは勘弁してくれ」
へぇ…バストゥークのヒュームで名字を持ってるって珍しいわね。
今時名字を名乗るのは、ミスラかサンドリアの古い家柄ぐらいのものだ。
冒険者になると、もう殆どミスラだけ(まぁあの人達は、名字まで含めて名前なんだけどね)。
こいつ、もしかして身分のある人だったりする?
「で、何処の誰様よ?」
…我ながら、かなり礼儀のなってない訊き方だと思う。

ところがウィルマルク某は気にしてない様だった。
「在ウィンダスバストゥーク領事館の…武官だと思ってくれ」
「…?」
バストゥークの役人? なんでそれがウィンダスの官給品を着てるわけ?
まぁ、横流しもあるかもしれないけれど…独自の紋章入りだ。
直接賜ったというのが正しい所だと思う。
「それであたしがフェムヨノノだとして、領事館員様が何の用よ?」
「そう無愛想にならないでくれ。あんたに会いたかったんだ」
軽い調子と大げさな身振りで肩をすくめる。
「あたしに会って何をするっての?」
「お礼を言いたかった」
「…何のお礼?」
見ず知らずの人にお礼を言われる筋合いはない。

「ある人に合わせてくれた、お礼だ」
「…?」

訳が解らない。
「あ、そ。あたしには訳がわからない事だわ」
背を向ける。
「あたしは眠いの。これから帰るから邪魔しないでね」
それだけを言って、あたしはぽかんとしている彼を置き去りにして、自分の部屋への道のりを再び歩き出した。

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次の日、あたしとリンツは鉱山区の錬金術ギルドに向かっていた。
なんでも、仕事があるらしい。
あたしやリンツは、基本的に自分達で仕事を作り出すわけだけれど、今はあたしの方がピンチだ。
だから、先生に紹介された…というか本当はオノレに行くはずだった仕事の紹介を後回しにさせて、自分達のための仕事を優先的に分捕ってきてしまったのだ。
…ごめん。だってあの子達、最近羽振りいいんだもの。

まだ、朝食にもならない時間だ。
日は昇っているけど、靄が消え切っていない。
特に錬金術ギルドの入り口がある鉱山区の半地下の通りは、あまり日が射さない。
だからいつもジメジメとしているんだけど。
「…リンツ。どんな仕事か知らないけど、スカイリッパーに手伝ってもらわない?」
欠伸をかみ殺しながら、あたしは隣を歩くリンツに声をかけた。
リンツもあたしも、朝には弱い。
探索に出ている時はそんな事はないのだけれど、バストゥークにいると安心しきってしまうのかもしれない。
リンツも半分しか目が開いていない状態で、まるで幽鬼のような感じで歩いてる。
「ん~…」
なんて唸ってたり。
「ああダメだぁ、それ」
「どうしてよ?」
「スカイリッパーさぁ、今ウィンダスに行ってるんだよねぇ」
「ふーん、せっかくただ働きさせようと思ったのに」
「フェム…目の院の人にさ…スカイリッパーを直ちに発見して強制送還の魔法使うように頼んでみたら?」
「それもいいわね…じゃあこれ終ったら頼みに行かないとね。でもこんな朝早いとウィンダスまで行くのもおっくうよね」
「目の院の人を強制召喚すればいいんじゃないかなぁ?」
「…先生なら出来そうだわ、これ終ったら行ってみる」
「まだ寝てるんじゃない?」
「先生が言うには、年寄りは寝なければ寝ないほど、みなぎってくるらしいのよね」

ふらふらと歩きながら、意味不明な言葉のキャッチボールをしているあたし達。
多分、自分達でも内容がわかってない。何を喋ってるんだろう?
頭が回ってないから、なんかすごく無茶苦茶な事を言ってるような…ま、気にしないでおこう。

あたし達はちょっと前に、縁があってグリムルさんという錬金術師と知り合うことになった。
そろそろ歳かなって感じのその人は、今は殆ど引退して後進の指導にあたっている。
評判を聞くには、引き際が非常に美しかったそうだ。

なんでも若い頃から一切間違える事のなかった調合を一度だけ間違ったらしい
『人の命に直結する仕事には老い故の過ちは許されない』ってことで引退した。
それでも、自分の獲得してきた知識を残すのが自分のこれからの仕事だってことで、しっかり指導はしているらしい。
他にもバストゥーク政府から研究費を分捕ってくるための事務作業にも余念がない。
工務省の知り合い曰く『あの人が引退してから錬金術ギルドは二倍の予算を持っていくようになった』そうだ。
その話を聞いた時は、あたしと先生が、
「まずいですね…」
「まずいよね…どうする? ソロロに予算獲得テクニックの特別講習でも受けさせるか?」
って青ざめて相談してたぐらい。
錬金術ギルドにお金を持っていかれると、こっち、つまり魔法研究の方にお金が回ってこなくなる心配があるからだ。
ビルルホルル一門は、先生を筆頭に一番弟子から末弟子に至るまで、とことんお金に対する執着心がない。
もともと殆どがお金がかからない専門でもあるし(お金がかかるのは本を蒐集するあたしぐらいだ)、足りない分は、自分の手取りから出せばいいやって発想になってしまう。

世間ではそういうのは美徳と捉えられるけど、研究者の場合ははっきり言って欠点である。
お金に対する執着心がない人は有用な結果は出せない、人の役に立つ結果を出すにはお金がかかる、というのがこの世界の常識。
あたし達は、もうちょっと意識を変えていかなければならない。
それに、錬金術ギルドが本腰を入れてきたとなると、そうのんびりとして入られないのも事実。
技術の責任者であるシド工房長と、魔法関係の責任者であるルシウス補佐官の、予算分捕りあい合戦をもっと白熱したものにしなきゃいけないのだ。

というわけで、あたし達の目の前には、まだ初老といった感じの錬金術師がいた。
案内された部屋は錬金術ギルドの店の奥にある小さな部屋。
事務方の人の机があって、山のような書類が詰まれている。
その脇に小さな机をしつらえて、その椅子にその人は座っていた。
あたし達はその前に小さな椅子を出してもらって、そこに座ってる。
「えーとグリムル師、それで仕事というのは…?」
一通りの挨拶を終えた後、リンツが切り出す。
「おお、スクラッパーにぴったりの仕事じゃぞ?」
顔をほころばせながら、陽気に喋るグリムルさん。

「ちょっと…その呼び名は・…」
あたしは顔を赤らめながら、そう言った。
あたし達の呼称は、主に彫金、鍛冶、そして錬金術などのギルド、そして魔法関係者や役人達の間で広まりつつある。
だけど、一般、つまり市井には決して広まってない。
エアハルトとウイッシュイーカー、とどのつまりあの二人の名前の方が遥かに有名だ。
まぁそのぐらいがバランスがいいのだけれど…この老人、それをわかってて、茶化すつもりなのよね。

「ほっほっほ…なにを謙遜する?」
「…からかうつもりがないなら、素直に受け取っておきますけどね、そんなわけないですよね?」
「フェムヨノノ師も悲観的な見方をするものだのう」
このお方、わざと年寄りぶった喋り方をしているのが、まるわかりである。

「さて、本題に入ろう」
ほら、口調が変わった。さっきまでの年寄り調の喋りじゃなくなってる。
グリムルさん、肘を腿について、こちらに身を乗り出してきた。
「なんでしょう?」
「二人は青い銅を知っているか?」
「そりゃまぁ」
リンツが、なんだ当然じゃん、って感じで頷く。
「リンツァイス君、君が知っているのは青銅だろう?」
「…それ以外にあるんですか?」
そんなのは初めて聞いた。

「ふむ、正確に言えば銅ではない…銅と他の物質の化合物だ」
「化合物? それは黄銅みたいな合金って事ですか? だったら青銅も同じですよねぇ?」
職業柄、リンツは金属にはものすごく詳しい。
あたしにはさっぱりだ。とりあえずイニシアチブはリンツに預けておく事にする。
「いや、合金ではない、銅そのものと結びついておるのだ」
「…?」
「ほら、君も使うだろう、サファイア」
「ええ、そりゃ勿論」
「あれに含まれているのだよ」
リンツはちょっと考えた後、
「なるほどねぇ。イメージは出来ましたよ…自然界には結晶体として存在するってことですかねぇ?」
そんな風に軽く答えてしまった。
「さすがリンツァイス君だ」
グリムルさんは笑顔になる。
…ついていけない。勿論サファイアって名前の宝石は素人のあたしだって知ってる。
けど…イメージって何をどのようにイメージしろって言うのよ?

あたし達にとってはごく当たり前の常識だけど、世間では意外に知られていない事実。
あたし達研究者、そしてギルド員のような専門職は、基本的に専門バカだ。
自分が関わっているフィールド以外の知識は、一般人に劣る。
だから、頭がよくて博識なんだろう、なんて扱いを受けて、政治や経済のコメントを求められるのは、はっきり言って困る。

「フェムヨノノ師はどうだ? なんなら組成式を書いて説明するが」
楽しそうに、こっちを見るグリムルさん。
どーせね、あたしが理解できてないってことをわかって言うのだ。このお方は。
あたしは口を尖らせて、自分の二倍ぐらいの歳を持った陽気な親父を睨みつける。
そんなふてくされ顔をみて一頻り苦笑した後、グリムルさんはもう一度真顔になった。

「それはまだ充分には解明されていない物質でな…若いやつにそれの扱いをやらせようと思っているのだ」
…まずい!
そんなお金のかかる研究やられたら、来期の予算も分捕られちゃう!
「それで、僕達は何を?」
やっと本題に入る。
「そう、いったい何を依頼するっていうんです?」
なんであたし達がそれに呼ばれるの?

「うむ、以前グロコライト採取をやったそうだが…同様にグスゲン鉱山から青い銅を採取してきてくれ。今回はサンプル程度だからな。試験官一本程度の量の結晶があればいい」
「グロコライトって誰の依頼だったかしら…って、それだけ?」
そんなことのために呼ばれたの? そりゃ確かにお金は欲しいけど…
あたしが不満そうな顔をしていると、グリムルさんはニヤリとした。
「フェムヨノノ師はご不満かな?」
「だって…それ、あたし達じゃなくてもいいじゃないですか」
ちょっと拗ねてみせる。
さっきの続き、お金は欲しい。
けど、お情けに仕事回されるのも自分の不甲斐なさを痛感するみたいで、あまり気持ちのいいものじゃない。

「先程も言ったであろう? これは、スクラッパーのための仕事なのだ」
「だからなんなんですか?」
「まぁ、行ってみてのお楽しみって所だな」
それだけを言うとグリムルさんは、採取のための特別な試験官、結晶の特徴の詳細、そしてあたし達の地図を見ながら水の流れを計算して、怪しい場所を導き出して、あたし達にメモを押し付けた。
すごく楽しそうに地図をチェックする半老人を見て、あたしの機嫌はどんどん傾いていく。
…先生と言い、道場の師範と言い、このグリムルさんまで、どーして年寄りってこんなに楽しそうに人を陥れるのかしら?

まぁ、リンツは平気そうな顔してたけどさ。

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グスゲン鉱山の入り口、あたし達は思ってもなかった人間に出会った。
岩に腰掛けてる、確か…ウィルマルク某。
「よう、フェムヨノノ師にリンツァイスさん」
軽く手を上げて、挨拶してくれた、のよね?
「あんた、なんでこんな所にいるのよ?」
「別に領事部の仕事じゃない。プライベートではどこにいようと俺の勝手だからな」
肩をすくめるウィルマルク。
「えーと、フェム、この方は?」
リンツがあたしとウィルマルクを交互に見つめながら、あたしに訊いてきた。
「知らないわ」
ふん、って感じで答えるあたし。
「おいおい、そりゃないだろ。ちゃんと紹介してくれないか?」
「だって本当に知らないもの」
あたしとしては、そうとしか答え様がない。

「ったく…」
頭をぼりぼり掻きながら、ウィルマルクはリンツの方に手を伸ばした。
「俺はウィルマルクと言う。在ウィンダス領事館の武官だ」
「あ、よろしくねぇ」
リンツもそれを握り返す。
背はウィルマルクの方がちょっとだけ高いだろうか。
まぁ、二人とも平均より低いのは変わらないけど。

「いや実はな。リンツァイスさんの作品を一つ持ってるもんでな。昔から憧れの人でもあったんだ」
ウィルマルクはちょっと恥ずかしそうにしながら、首から鎖を取り出した。
一つ小さなオブジェクトがぶら下がってる。
鎖もオブジェクトもミスリル製で、オブジェクトは斜体っぽくデザインされた、『A』の文字。
「それ…ずいぶん昔に作ったのだよ? まだその時は無銘だったのに、どうして僕だってわかったのさ?」
不思議そうになるリンツ。
リンツが自分の銘を彫る…つまり自身のブランド品をギルドで売るようになったのは、ここ2年ぐらいのものだ。
あたしもウィルマルクが取り出したネックレスには見覚えがあった。
あれは、もう6、7年ぐらい前の…。
リンツがちょっと悩んでた時期で、その迷いを吹っ切った後に出来た初めての作品だった。
「冒険者になってから、出所を知りたくなって色々と情報を集めさせてもらったからね。リンツァイスさんは有名だったし、すぐにわかった」
「ふ~ん…まぁとにかく、僕が作ったの買ってくれてありがとう」
にこっとするリンツ。
ウィルマルクは、それを見て、こちらもフッと笑った…ように見えた。

今日の彼は赤い。
正確に言えば、赤と黒と白。
割かしきっちりとした上物のガンビスンっぽいのに肩当がついて…リボンタイもしっかり巻かれてる。
下は赤と黒のズボン。
そして一番目立つのは、白い羽根で飾りつけた帽子だ。

「あれ? その服って」
どこかで見た覚えがあるような…。
「どこにでもあるだろう、こんなのは」
「…そう?」

黙り込んでたリンツが口を開いた。
「あのさ、ウィルマルクって…」
「そう言えば…」
この仕事の依頼主、錬金術師のグリムルさんは…たしか古い家柄で、しかもバストゥークでは数少ない名字持ちで…ウィルマルクと言ったはずだ。
「ギルドのご隠居となにか関係あるの?」
リンツが、ウィルマルクに訊いた。

ウィルマルク、眉をくいっと上げた。
「…どうなのよ?」
「さてね、見ての通り、俺は冒険者だよ」
右手を空に向かって広げる動作と共に、軽い声で答えが返ってくる。
「ふーん」
「…どーかしら」
あたしとリンツは一応そんな風に答えておいた。

それで、何をしに来たっていうんだろう?
じろりとウィルマルクを睨みつけるあたし。
「ああ、俺も錬金術ギルドから話を聞いたんでな、仕事手伝わせてくれよ」
「…何を手伝うってのよ?」
あたしとリンツは、顔を見合わせる。
大体、探索とは言え堆積していると思われるめぼしい場所を既にリストアップしてもらっているのだ。
これ以上手伝いなんて。
「いいからいいから、ここはアンデッドの溜まり場だぜ? 戦闘になる事も多いじゃないか」
そんな感じで軽く言ってのけると、ウィルマルクはしっかりついてくるつもりらしい。
「どうしよう?」
「まぁ、いいんじゃないかなぁ?」
リンツは人の動向に対して、あまり反対する事はない。
それに、ウィルマルクがそれなりの使い手であるという事も気付いているのだろう。
それはあたしも同じ。
あたし達は、さすがにど素人を連れて歩くほどお人好しじゃない。
「わかったわよ。ただし自分自身ぐらい守れるんでしょうね? あんたを助ける余裕はないわよ」
「オーケー。それじゃ行こうか」

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そんなこんなで、あたし達はリストアップしてもらった場所をいくつか回った。
つまり、そこまでは見つからなかったってことだけど。
地図にマークされたポイントの多くは三層目にあったわけで、確かに素人や冒険者になりたての人間が受けられる仕事じゃないのは確かだった。
コンシュタット高地の入り口からか、それとも知られていない入り口があるのだろうか、入り込んだ風が廃鉱の通路の空気を揺らしていく。
打ち捨てられた鉱山全体が、まるで笛のような…そんな音を奏でていた。

「ここで事故に遭って亡くなった人々の声かなぁ?」
「うん、ロマンチックよね」
「そうだねぇ」
「…どこがロマンチックなんだ? スクラッパーが変人だっていうのはホントの話か」
ポリポリと額を掻きながら、アレスが呆れたように、あたし達二人を見て言う。
あたし達は、二層目の奥の通路に腰を下ろして休憩を取っていた。
ここは丁度、トロッコターミナルのために開けた場所を上から見下ろすような感じになっている場所。
風が下から上へ、天井を一周して、また下へ。そんな感じで渦巻いているのがわかる。

洞窟の中で火をおこすわけには行かないから、アルコールを燃料とする年代モノのランプを持って来ている。
それでお湯を沸かして、あたしはブブリムグレープを醗酵させたものを湯煎にして暖めていた。

丁度いい頃合だろう。
それこそ錬金術の技術の賜物である冷め難いカップを三つ用意して、湯煎にした瓶から紅紫色の液体を注いだ。
脇に腰掛けているウィルマルクにその一つを差し出す。
「飲むでしょ?」
まぁ、一人だけのけ者にするってのも、気分が良くないし…
ところが、そんなあたしの気遣いを無駄にするように、ウィルマルクは首を横に振ったのだ。
「ああ、すまなかったな。俺はいらないよ」
「あったまるよ?」
リンツが既に自分の懐にカップを抱えてぬくぬくしながら、ウィルマルクに声をかける。
「しばらく酒を控えようかと思ってな…ちょっと飲みすぎていたから」
「ふーん…」
ま、要らないって言うやつに無理に押し付ける意味はない。
あたしは自分の分を抱えて、胡座をかいてるリンツの膝の上に座りこんだ。

はぁ、と息を吐いてから暖かい液体をひと口含む。
うん、やっぱりちょうどよかったみたい。
まぁ出来合いの安物だけれど、湯煎の出来に満足して、あたしはカップの中身をズズっとすすった。

ところが…あたしの方を見てニヤニヤとしているウィルマルクの顔が目に入ってきたのだ。
「なんて顔してんのよ? 何か面白い?」
「充分面白い。フェムヨノノ師がかなりの甘えん坊だという事実がね」

…あ!
とんでもない格好を見せていることに気がついて、すぐさまリンツの膝の上から立ち上がる。
「ちょ、ちょ…み、見なかったことにしてよ!?」
やたらドモってしまうあたしだ。
「いいじゃん、フェム。いっつもこんな感じなんだし」
リンツが驚いたように言う。
わかってないわ…こういうのって見られていい人と悪い人がいるの!
「へぇ。フェムヨノノ師は、いっっっつもこんな感じなのか」
またまたウィルマルクがニヤリとしたのに対して、
「そ、まぁフェムが甘えん坊なのは今に始まったことじゃないねぇ。本当に小さい頃からだからさぁ。実はねぇ…」
リンツがご丁寧に解説まで付け加えていた。

あんた達、曲がりなりにも本人の前で…?

……!?
「気付いてる?」
あたしは怒鳴ろうとしたのを取りやめて、二人に声をかける。
「うん」
「ああ」
リンツとウィルマルクが今までのだらっとした空気を振り払うかのように、真剣な顔になっていた。
カシャカシャという音…アンデッド、ときたらもう骸骨しかいない。
「何に反応したのかしら?」
たしかアンデッド達は生命力を関知して動くはず。
今のあたし達は、何処も怪我をしていないから、生命力の残滓を残しているなんて事はないはずだ。
「うーん…?」
不思議な顔をしていたあたしとリンツに、ウィルマルクの
「熱対流か、さもなくばワインの香りじゃないか? ワインってのは女神教会では特別なものなんだろ?」
「らしいね…でもこういう言い方もなんだけどさぁ、ここの骸骨ってネイティブなアンデッドだよ?」
リンツが、骸骨に関しての説明を加えていた。
骸骨には、神聖魔法によって呼び出された過去の英霊を宿らせたものと、自然の理として発生したものの二種類がいる。
ここの骸骨は後者だから、ワインが特別云々というのはあたらない。
でもね、そんな説明じゃ、あたし達か少なくともノーグに縁のある人間しかわからないわよ?
「ああ、なるほど。女神教会は関係ないか」
ところがあっさり通じてしまって、あたしは驚く。
「まぁいい。発見された事には変わりがない。しまったな…サポの選択ミスった」
ブツブツと呟くウィルマルク。
サポって…ああ、サポートジョブってやつか。

「フェムヨノノ師は、付与魔法のスペシャリストだったな?」
ウィルマルクがこちらを向いて確認を取ってきた。
「なによ? いっとくけど、エンチャントウェポンは自分にしかかけられないわよ?」
あしらったのだけれど、ウィルマルクはそれを肯定と取ったようだ。
「オーケー、わかった。ならリンツァイスさんと俺が前衛で問題ない」
「…前衛?」
リンツが尋ねる。前衛とか後衛とか…普通の冒険者達はそういう風に言うのだろうか?
「あー、つまり、物理攻撃と物理防御を…リンツァイスさんは盾役慣れてるよな?」
ウィルマルクから一瞬困ったような声が聞こえてきた。
まさかあたし達がこんなに常識知らずだったとは思ってなかったんだろう。
「…盾役? 大体わかったけどさぁ。フェムは大丈夫?」
リンツが本当にわかってるかどうかは定かではない。
「ハイハイ、戦闘も慣れてるようだしね。指示には従っておくことにしましょ」
あたしもそう答えて、左手で鞘に入れたままのフルーレの柄を握った。

「オーケー、いこう」
そう宣言をして、ウィルマルクは青いレイピアを抜き放って音のする曲がり角に突っ込んでいった。
「ちょ、ちょっと…」
数瞬遅れて、リンツがウィルマルクを追って走り出す。
あたしは右掌を天に向けて軽くため息をついて、そんな二人を見送った。
そのまま、あたしも二人を射程範囲内に置いておくために、距離を詰めていく。

二人が走りこんでいった角から、大量の骸骨が姿をあらわした。
「ま…これぐらいなら」
高速で突っ走っていたウィルマルクが、なんでもないことのように呟く。
そして両足を止めて砂の上に踏ん張ってブレーキをかけて、角に向かって滑り込みながら魔法を詠唱し始めた。
ズザザザという砂の上をすべる音と共に聞こえてきたメロディは…

「ちょ…ファランクス!?」
そのまま続けてストンスキン、ブリンク、ブレイズスパイク、しまいにはエンファイア。
キャストする本人にしか影響を及ぼさない強化魔法のオンパレード。
つまりコイツは。

「フェムヨノノ師、弱体は任せた」
憎たらしい赤魔道士から声が届く。
「ったく!」
あたしは、まずリンツに向かってプロテスとシェルを詠唱する。
「…俺は?」
「自分でやんなさいよ!」
拗ねたようなウィルマルクの声が飛んできたけど、拗ねたいのはこっちの方よ。
自分も赤魔道士で、おまけにきちんと自分が剣を持った時の強化魔法の運用ノウハウを掴んでる。
ヒュームだから、剣を持った時の純粋な攻撃力はあたしより強い。
魔法が同等だったら、総合力であたしの上を行くってことだ。
『付与魔法のスペシャリスト』なんておだてておいて…よくも謀ってくれたわね。

悔しいから、あたしも前線で張り合ってやる!
あの男の戦闘指揮なんか知ったことじゃないわ!
あたしは左手でフルーレの柄を握ったまま、右手で印を切った。
そのまま次に二人に相対するであろう順番待ちをしている骨に、バインド、次いでありったけの弱体魔法をぶち込む。

既にリンツとウィルマルクは、目の前に踊り出てきた一体目を共に打ち崩していた。
リンツの剣は戦士剣だから、叩きつける事で骨にもそれなりの効果があるけど、ウィルマルクのレイピアは基本的に突きを主体とする剣だ。
魔法まで殆ど潰される魔力の壺ほどではないにしろ、突き技を主体する剣である以上、レイピア持ちの赤魔道士はその大部分がスカスカの骨と相性が悪い。
ところが、ウィルマルクはその青いレイピアを叩きつけるように使ったのだ。
自分の武器の有利不利をしっかり捉えていて、戦闘慣れしているというのがはっきりわかる。
レイピアを持っているものの、多分騎士剣も使いこなす赤魔道士なのだろう。
おまけに早い早い。
何回も連続で攻撃を繰り出して、炎の魔法力でダメージを与えていく。

順当に目の前にでてくる骨を次々と屠っていくリンツとウィルマルク。
だけどやっぱり、リンツの方が早い。
あたしは援護の精霊魔法を、ウィルマルクの前の骸骨を重視して繰り出していく。
ところがウィルマルク。ボソリと呟いた。
「ち…やっぱりレイピアだと効率が悪いな」
そう言ったかと思うと、ストンスキンの張替えと同時に、青いレイピアを腰の鞘に戻す。

「な、なにやってんのよ!?」
まさか、サポの選択ミスったって…モンクの技を使って魔法拳でもやるつもり!?
そもそもあたしとリンツはイザシオ爺を嫌っているから、サポートジョブの教えを受けていない。
修行の末に身に付けた他流の技を、自分の本職の技に効率よくマッチングさせる思考法。それがサポートジョブらしい。
サポートジョブの素晴らしい所は、自らの両拳にエンファイアをかけて魔法拳、なんて突飛な戦法を思いつくことが出来ることである。
…ってちょっと待ちなさいよ!?
そんなのは、はっきり言ってバカでアホでマヌケの所業だ。

そんなあたしの罵りを聞いたのか、ウィルマルクはファイティングポーズをとることはなく。
代わりに、もう一度腰の辺りに右手をやった。
そこから…剣が…生えてくる……騎士剣だ。

「……なによそれぇええええ!?」
あたしの悲鳴が鉱山内に響き渡ったと思う。
とりあえず、骨の援軍が来ない事を祈っておくけど…リンツも目を丸くしていた。

ウィルマルクはそんなあたし達に構わず、そのまま騎士剣を抜き去って、もう一度エンファイアを詠唱したかと思うと…さっきよりも強力な炎の精霊力を宿した剣を、目の前の骸骨に叩きつけた。
エンファイアの威力は3割増しといった所だろうか。

自分が見たものが信じられないあたし達を置き去りにして、ウィルマルクは次々と騎士剣と強力な炎を骸骨たちに叩きつけていく。
さすがに、あたし達もはっと気を取り直した。
とりあえず目の前の大群をかたずけるの先だ。
おまけに血を流したりなんかしたら、ワラワラと生亡き者達が寄ってくるはず。
アンデッド戦は普段の戦いよりも気を使うのだ。
ぼーっとしてる場合じゃない。
あたしも自分に防御強化魔法をかけると、ウィルマルクが撃ったディアガで弱っている、何体かの骨を一気に葬り去るために、ウォタガの詠唱に入った。
既にフルーレを抜く準備をして、次のキャストはエンホーリーと決めている。
あ、そろそろリフレシュも切れる時間よね…どう組み立てようかしら?

そんなことをだらだらと考えながら、あたしはフルーレを腰から引き抜いた。