外伝の外伝そのいち - 消える男 - 後編
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…と、あたしとウィルマルクの種々雑多な魔法が派手に飛び交うアンデッド戦は終わりを告げた。
赤魔道士が二人もいると、戦闘が喧しくていけない。
黒魔道士のような機を伺って強力な魔法一発で片をつける方法は、あたし達には取れないから、自然戦術にあわせて大量のキャストのオーダーを組み立てることになる。
自己強化のみならずリジェネのような他者強化、細々とした数多くの弱体、注意を引くための各種弱めの精霊魔法。おまけに血を流さないためのこまめのケアル。
ホントにバリエーションに飛んでいる。
ましてや、お互い自分にだけリフレシュをかければいい状況だし、それぞれの魔法に必要となる魔力は少ない。
当然キャストの間に攻撃を挟んでいくから、魔法力が尽きる事はない。
結果、ほんの15分ほどの戦いでキャストした回数は、二人で合計100を優に越える。
喧しいというのがぴったりだろう。
戦ってる最中も、リンツの
『またぁ? もういい加減にしてよねぇ』
なんて耳をふさぎそうな表情が印象的だった…かもしれない。
ま、それはともかくとして。
訊かなきゃいけないことがある。
ウィルマルクの手に合ったさっきの剣は、既にその存在を消している。
「アレは何よ?」
むすっとした顔で訊いてみる。
剣を作り出す魔法なんてのは訊いた事もない。
「ああ、あの剣は俺のもう一つの愛剣でね。エンチャントウェポンをかけると、魔法力の増幅のみならず剣自体が強化されて、軽くなったり切れ味が増したりするんだ。まぁ魔法剣前提の剣というのは、ある意味欠陥品だけどな」
…曰くつきの名剣らしいけど、今重要なのはそれじゃない。
「今はどうなってるんだか…連邦に接取されたかな? 次は誰に渡るのやら」
なんて涼しい顔でわけのわからないことを言う。
「…どういうことよ? 魔法じゃないって言うの?」
今はどうなってるって、さっきまであんたの手元にあったわけでしょ?
「魔法じゃない。魔力はもってかれたみたいだが」
「…は?」
魔力を消費するのなら、それは魔法じゃないの?
「無から剣を作りだす魔法だとでも思ったか?」
確かにそんなの聞いたことはないし無茶苦茶だけど、でもそうとしか…
ウィルマルクは、ハッと鼻を鳴らした。
「そんな奇跡やら神秘じみたものが現実にあったら、それ以外の魔法も錬鉄の技術も要らないだろ? 俺達魔道士も鍛冶職人も全員失職だ」
まるで受け売りのような口調で得意げに言う。
「どういう…?」
「さぁ? 理屈は俺にもわからない…気がついたらこういう事が出来る身体になってたのさ」
「…それどういうことよ?」
少なくとも人間業じゃないのは確かだ。
「胸を槍で刺されて血を吐いて倒れた所までは覚えてるんだけどな…まぁ、客観的に見て俺が死んだ事は確実だな」
ウィルマルクはあっけらかんと言い放つ。
そういえば、一部の『彼ら』は、どうやって作ったのか個性的な武器や鎧を帯びている。
おまけに、ここグスゲン鉱山は、『彼ら』にとっての聖地とも言えるかもしれないような気がしないでも…。
つまり。
「ゆう…れい…?」
あたしは目を真ん丸くしてるだろう。
「…どういうことさ?」
隣でリンツも同じような…多分口までぽかんと開けてるはず。
「どうもこうもない。あんた達の目の前のことが事実だ。それ以外に解釈はしようがないだろう?」
…まぁそれはそうだし、他にどうしようもない。
確かに黒魔道士の骸骨は鎌を持っているし、戦死の骸骨は棍棒と盾を持っている。
シャドウの連中と来た日には、武器のみならず鎧やら盾やら皆個性的な装備を身につけている。
それが何処から出てきたのかといえば…こういうことなの?
あたしがちょっと気圧されながらも、そんな風に納得しかけていると、
「それとも何か? フェムヨノノ師は目の前の事実を信じられず、歪曲するタイプか?」
ちょっと皮肉交じりの口調と共に、ウィルマルクがニヤリと唇の端を歪めた。
「喧嘩売ってんの?」
「なら問題ないだろう。こういうことだ、って説明で納得できるだろ?
「く…!」
ううう、悔しい!
気の効いた言い返しが思いつかない!
あたしとウィルマルクがそんな攻防を繰り広げている間に、リンツだけがポツリと呟く。
「…なんで魔道士はそんなんで納得できちゃうわけ? 僕みたいな一般人は全然納得できないよなぁ」
あんたが一般人だってのは認めらんないわね。
だいたいリンツは、どちらかといえばこのウィルマルクに近…あれ?
頭の片隅に何かが引っかかる。
「ああ、こういうことも出来るぞ」
ウィルマルクは気がついたように、手首から先をダランとたらして自分の前へ持っていって…
こっちへ近づいてきた。
それって…呪いのハンドタッチ!?
「ちょ…! 止めてよ!!」
あたしは青くなって叫ぶ。
気がついた時には、リンツの足の後ろに回って、しっかりと彼の服の裾を掴んでいた。
「ハハハ、フェムヨノノ師がまるで子供みたいだ」
「な、何言ってるのよあんた!」
叫んだ衝撃が脳みそに伝わったのか、そこであたしはピンとひらめいた。
さっき引っかかったこと。
「あ、思い出した! その服!」
あたしは素っ頓狂な声で叫んでしまったわけで。
「…なんでそんなことまで知ってるんだよ? 博識にも程がある」
ウィルマルク某はブツブツ。
「博識ってあんた、あたしのこと馬鹿にしてるわけ? それともあたしにはそんな事を知る資格がないっていうの!?」
「いや、そういうつもりはなかったんだが…」
言い訳をしながらポリポリと頬を掻いてる。
そう、彼が着ている服は、現代赤魔道士のセオリーの一つを築きあげたライニマードの肖像に描かれていたものだ。
一度サンドリアで肖像画を見た事がある。
なんでもあの隻眼騎士のお父さんだとか…。
一言で赤魔道士と言っても、その人によってたくさんの方向性がある。
あたしのように、付与魔法の専門家としての赤魔道士。
オノレのように、様々な種類の魔法を扱う故の赤魔道士。
もちろん、赤魔法の代表格としてエン系とファランクスがあるぐらいだから、魔法剣士としての赤魔道士だっている。
ライニマードはサンドリアのエルヴァーンだ。
強化魔法や様々な魔法ではなく、魔法剣士としての方法論を確立した人間。
「ってことは…あんた」
そこであたしはやっと気がつく。
そして彼をギリっと睨み上げた。
「そう、俺の名前はアレス=ウィルマルクだ」
ウィルマルク、もといアレスは、今度はなんでもないように言った。
バストゥークの城門の中でなければ問題ないってことだろうか。
…やっぱりね。
あたしはチロリとリンツの方を見上げた。
リンツはちょっと呆然としたような表情で、アレスを見つめている。
三ヶ月前の事を思い出す。
あたしは、先生が連れてきた錬金術師の女の子にせがまれて、彼への紹介状を書いた。
その女の子は喜んでウィンダスへ向かって、彼の弟子になった…はず。
あたしとリンツが彼のことを知ったのは、スクラッパーとしての活動の一つだった。
あたし達だって、好き好んで英雄関係の仕事に顔を突っ込んだわけじゃない。
魔法屋にちょくちょく来ていた鋼鉄銃士の一人に依頼されての事だった。
結局ちょっとゴタゴタした諍いに巻き込まれて、うんざりしながらも本を一冊見つけてきて渡して…それでその件は解決したのだ。
その鋼鉄銃士と話し合ってた時に、浮かび上がってきた名前。
『フェムヨノノ師は、エアハルトという名前を知っているか?』から始まって、シェルスティンという女性のこと、
そして最期に出てきたのが、アレスという赤魔道士の名前だった。
その鋼鉄銃士が、あたし達に何を求めていたのかは想像がつく。
変な希望を持たせないように、リンツと二人で、ばっさり望みを切ってあげたわけだ。
それで、その話は終ったはず。
…でも、あたしも一応赤魔道士だから、やっぱり同じ赤魔道士は気にはなっていた。
エアハルトともう一人の女性については知らん顔をしてたのだけれど、
彼のことについて、スカイリッパーや先生、ルシウス補佐官、そして目の院を通じて少し調べたのだ。
結果、やっぱりクロだったわけで。
その時点で、関わるのを止めようと思っていたのに、
結局、紹介状を書いたりこういう風に会ったり…関わる事になってしまったわけだ。
おまけに、会ったのは既に死んだ人間。
こういうのって、自分の数奇な運命を呪うべきなのかしら?
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そんな風にあたしが考え込みながらモジモジしている間に、アレスが青い銅を発見してしまった。
何の事はない、最初に二層目を回れば良かったのだ。
そうすればこんなに寒い思いをしなくても良かったのに。
アレスはあたし達から特殊な試験官を奪い取ると、手馴れた感じでダガーで削りだして試験官に落としていた。
「このぐらいだろ…親父が必要なのは」
そう言ってランプに透かしてみてる。
「ずいぶんと綺麗だねぇ。サファイアの元ってこういう感じかぁ。納得できるねぇ」
「どうだリンツァイスさん、なにか創造意欲がかき立てられるかい? 勿論コイツは猛毒だからそのまま使うわけには行かないけどな」
「そりゃそうだねぇ。ランプの橙の光にサファイアの青かぁ…うん、思いついたかも」
男二人は、あたしをほっぽっておいて、仲がいい。
リンツとアレスは、もう昔からの知り合いみたいになってる。
素人がリンツの彫金の事に貢献できるなんてことはそうはない。
だからリンツがアレスの問いかけでインスピレーションを得たというのは、ちょっとなんか悔しいのだ。
アレスはあたしと違って、そういう美的感覚を持ってるって事だから。
…別に嫉妬してるわけじゃないけど。
「さて、もう幽霊の本拠地でやることはないだろ?」
アレスが試験官にコルクで蓋をして、懐にしまいながら言った。
「それとも何か? 幽霊見学ツアーでもやるかい?」
…やめてよ。
「あんただけでたくさんよ」
「ハハハ、違いない」
屈託のないアレスだ。やっぱりリンツに似ているような気がする。
ただし赤魔道士の職業病か、性格はひねくれてるけど。
「しかし、ここから歩くのは大変だな…フェムヨノノ師、ショートカットを知ってるか?」
「コンシュタットの出口までの?」
「そうだ」
「近道なんて知ってる必要なんてないわよ」
あたしはニヤケそうになる顔を必死で抑えて、なるべく澄ましてそう言い放った。
やった! これだけは勝ったかも!
「ああ、エスケプ使えるのか、なら頼む」
ふっふっふーん、と、つい得意げになってしまうあたし。
ついこの間、かなり苦労してやっと習得したのだ。
あたしは強化魔法でも空間移動に関してだけは才能がないようで、デジョン系は全くダメだった。
リンツと一緒に移動できるエスケプは何とかギリギリ大丈夫だったけど。
それでも、ツェイラが使うのに比べて数倍の魔力と詠唱時間を必要とする事になってしまった。
だから、戦闘中の緊急脱出なんかには、とてもじゃないけど使えたもんじゃない。
結局の所、あたしの魔法の指向性は、リンツとはぐれてしまう可能性がある方向には絶対に向いていない、という事らしい。
だからデジョンは絶対にダメだし、エスケプも瞬時に詠唱できるようにはならないんじゃないか、って先生も言ってた。
ところが、苦労して習得した自分を誉めている間に、
「俺もエスケプはよく要求されて使ってたんだが、今はちょっとダメでね」
などと鼻の頭を掻きながらアレスが言ってしまった。
…ああそう、これも勝てなかったわけね。
まったく、このアレスという英雄は、なんて天才なんだろう。
これでまだ、というか享年22…しかも18の時に冒険者登録っていうんだから。
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鉱山の入り口に出てみれば、時刻は既に夜中だった。
この草原は冬でも緑を失う事はないのだけれど、空気の匂いは季節ごとにだいぶ違う。
今は、キリリと引き締まった秋の空気。
このまま歩けば、明け方にはグスタベルグに入れるだろう。
ここら辺は寝る場所がないし、だいぶ寒くなってるから、どうせなら帰り道の北グスタベルグのアウトポストまで行ってから休みたい。
あたしはそう提案して、3人で南へ歩き出した。
デムの岩を横目に見ながら、高地の南半分を占める通路に入る。
両肩に聳え立つ岩壁で、空が切り取られて見える。
その小さなスペースには、満天の星がきらめいていた。
アレスが岩壁を見回しながら、懐かしいような顔をした。
「…久しぶりだな。連邦首都に行く前はしょっちゅうこの通路を通ってたんだが…それでも本当に久しぶりなような気がする」
「だったら全然久しぶりじゃないじゃない?」
彼が連邦首都に行ったのは、たった4ヶ月ほど前だったと聞いている。
それ程懐かしむようなものなのだろうか?
そんなあたしの表情に気付いたのか、アレスがふっと笑ったようだ。
「いや、忘れてたんだ」
リンツが訊き返す。
「忘れてたって?」
「ああ、なんだろうな…あの頃は常に追われてたんだよな。大きなプレッシャーがかかる世界を救う戦いの連続。それをこなす事と、そのために強くなる事。それに追われてた…だからこんなにのんびりした気持ちでこの場所に立ったのは久しぶりだって事だ」
「ふーん…英雄様も大変な事よね」
あたしには、その彼の気持ちはわからない。
今回はちょっと特殊だったけど、普段あたし達は世界を救う、人々を救う戦いなんてしないから。
「それに歩くなんて考えてもみなかった。大抵は都市間移動は飛空挺か、さもなくば仲間にテレポを頼んでいたからな…そこからチョコボだ」
なるほど。まぁ彼ほど忙しくなれば、ちょっとの時間も無駄に出来ないってことだろうか。
「どのぐらいここを歩いていなかったんだろうな? 駆け出しの頃は、どこへ行くにもここを歩いていたよなぁ」
「でも、それじゃよかったんだねぇ?」
にっこりとリンツが言う。
「ああ…よかった。こんな感覚を思い出せるなんてな。それにあんた達に会えて」
それにやっぱりにっこりと答えるアレス。
「それにしても上手い具合で遭遇できたもんだよねぇ。死んだ人に言うのもなんだけど、運がいいよなぁ」
「違うわよ、コイツ幽霊の聖地巡礼したかっただけじゃないの?」
「フェム…そりゃないよ」
リンツがあたしを見て困った顔をしたけど、アレスはただ笑っただけだった。
「アレスさんは錬金術ギルドで聞いてきたんだよね? 今回の事さ」
リンツがアレスに訊いた。
「ああ、これの依頼の事かい?」
青い銅が入った試験管を顔の横で振りながら、アレスはきょとんとした顔をする。
つまり、こんな身体になってからお父さんとは会ったわけよね…まぁそれは良かったんだろう。
でも、それでリンツは何が不思議なのよ?
「それだったらさ、タイミングが変だよねぇ? 会えるわけがないんだよ。だからあまりにも運がいいって」
眉をひそめて、リンツが指摘した。
…え? あれ?
確かにタイミングが変だ。あたし達はグリムル師の依頼を受けてすぐにバストゥークを経って、チョコボでグスゲンまで行ったのだ。
その後で聞いたんだったらあのタイミングでアレスが現れるわけがない。
デムへテレポ、そこからチョコボ…それだったら抜かせるかもしれないけど、アレスはテレポは使えないはず。仲間に頼んだって言ってた。
そしてニヤリ。
「今回の仕事は、俺が親父に依頼したんだよ、スクラッパーの二人と会いたいから上手く口実作って段取りつけてくれって」
その答えを聞いて、あたしとリンツ、二人であんぐりと口をあけた。
「ああでも安心してくれ。実際にこの物質は実験に使うそうだぞ。コイツが次世代の毒素抽出法にものすごく役立つ可能性があるらしい」
「…くっそー!」
リンツが本当に悔しそうに叫んだ。
「なに考えてんのよー!」
あたしも叫ぶ。
もう…年寄りは意地悪する人間ばかりだ!
今回の仕事は、確かに『スクラッパーにふさわしい仕事』以外のナニモノでもないわよね。
あたし達自身が目的だったんだもの。
騙すのもいい加減にしてよね。
先生、道場の師範、そして錬金術ギルドのグリムル師。
タルタル、ガルカ、ヒュームと種族はバラバラだけど、歳を取ると性格が悪くなるってのは、どの種族も共通してるらしい。
あたしも一応、世の中で一番性格が悪いとされる赤魔道士なんだけどな…どうにも彼らのレベルには太刀打ちできそうにない。
つまり職業病よりも歳を経る方が、効果としては大きいってことか。
いろんな年寄りに騙されつづけているから、あたしとしては、もうふてくされるしかない。
あたしはそんなふてくされ顔で、リンツは呆れたような顔で、アレスは楽しそうな顔で。
3人ともそれぞれの顔をしながら歩きつづけて、明け方だろう。やっとグスタベルグに差し掛かった。
岩壁が切れて視界が一気に開ける。
アレスが立ち止まった。
そして感極まったように、
「ああ…グスタベルグだ」
と、ボソリと呟いた。
こんなに近くなのに、岩壁の外に一歩踏み出しただけで、風がコンシュタットとは全然違う。
風鳴りが耳の中で共鳴して、ゴウゴウって感じの音を作り出す。
これがグスタベルグの風の音だ。
そして、緑のない、乾燥した大地。
地肌が剥き出しの分、砂が風に混じって埃っぽい。
アレスは埃が入らないように目の上に手をかざしながら、風が吹き抜ける黎明のグスタベルグの大地を見回していた。
なによ、そんな顔をしないでよ…あんた、もう終わりなんだから。
故郷の大地を見つめるアレスの表情を見ると、切なくなる。
目を逸らすためにリンツの方を見てみれば、リンツもやっぱりちょっと悲しそうな目でそんなアレスを見つめていた。
しばらくそうしてただろうか、アレスは手を下ろして、そうだ、と思い出したように声を発した。
そしてあたしを見つめる。
「フェムヨノノ師にも訊いておかなきゃいけないことがあったんだ」
ドキンとするあたし。だって…。
「…何よ? 恨み言なら聞かないわよ?」
口を尖らせながら、念を押しておく。
「恨み言? 何に対しての? そんなものは全くないけどな?」
「だって…あたしのせいで、あんたは命を失ったんでしょ?」
渋々と言った感じで、自分の罪を認めるあたし。
彼のことだけじゃない。
英雄を間接的に殺した犯人として、バストゥーク政府やウィンダスの各機関から追求を受けてもいいぐらいだ。
あ~あ、なんてことだろう。
ところがアレス、驚いたように言ったのだ。
「なんでそんなこと考えたんだ? 別にフェムヨノノ師のせいじゃないぞ?」
「…へ!?」
こっちも驚いてしまう。
何でアレスが命を失う事態になったのかは知らない。
けれど、あたしが紹介した女の子が影響したことぐらいはわかる。
そうでなきゃ、百戦錬磨の天才が死ぬなんて…
「あの、あたしが紹介した…」
オズオズと口に出してみるものの、それは途中で遮られた。
「ああ…なるほど。いや、それはフェムヨノノ師には関係ない。どっちかと言えば、俺の業だ」
「…そう。ならいいけどね…で、訊きたいことって何よ?」
思わず上目遣いになってしまう。
口元がひん曲がってるのが自分でもわかるぐらい。
「そうだ、それなんだ」
アレスが、今まで見せなかった真剣な表情になる。
「どうして、彼女を俺のところによこしたんだ?」
…そういうこと?
でも、その前にあんたね…訊く相手が。
「グリムルさんはなんて?」
そう、彼の弟子の紹介には、グリムルさんの推挙もあった。
会ったんだったら、絶対に問いただしているはずだ。
「ああ、親父? …くそ、思い出しちまった。すまんがちょっと教えられないな」
顔を赤らめながら、首を振るアレス。
ふ~ん。あたしは散々苛められたお返しに、少しこの男と話してみようという気になった。
「あんたはあたしにどういう答えを期待しているの?」
あたしは、そう訊き返してみる。
案の定、リンツが口を挟んできた。
「フェム、そんな意地悪しなくてもいいじゃないの?」
「リンツは黙ってて!」
「う~ん…」
ところがあたし達がそんなやり取りをしている間、アレスが何をしていたかというと。
「…あのさ、アレスさんも真剣に考える必要ないよ?」
リンツが彼の様子に気がついて声をかける。
アレスは、腕組みをして眉間にしっかり皺を寄せて…本当に考え込んでいたのだ。
「ほらぁ、フェムが意地悪するからさぁ」
「別に意地悪じゃないわよ?」
「どこがさ…」
呆れてしまったようなリンツァイス。
「俺が望む答え…なんだろうな?」
「フェム、アレスさんはそれを知りたいから訊いたんじゃないの?」
「いやまぁそうなんだけどな…」
リンツに相槌を打ちながらも、考えつづけるアレス。
だけどしばらく後、
「すまん、フェムヨノノ師、俺が期待する答えなんてない。純粋に知りたいだけだ」
片手の掌を軽く上に向けながら、アレスはこっちを向いた。
「そう…多分あんたは自分自身が望む答えに気がついてないだけよ。それなら教えてあげるわ」
「…頼む」
アレスの目が真剣に細くなる。
「あんたを…助けるためよ」
目の前の黒い髪の男がぽかんと口を開けたのを、あたしはしっかりと目に刻み込む。
この男、アレスは一応美形の範疇に入る…まぁリンツほどじゃないけれど(贔屓目だって言われてもあたしの中ではそうなのよ!)。
その美形でもって間抜けな顔をされたら、こっちとしても反応に困るわけよね。
「なんて顔してんのよ?」
だから、あたしは顔をニヤケさせながら、そう声をかけてみる。
「た、助けるってどういうことだ?」
まだぽか~んとした感じのアレス。
あたしは、リンツの方を見上げる?
言っちゃっていいかな?
いいんじゃないの? だってアレスさんはもう…
そんな感じの目つきが返ってきた。
一つため息をつく。
「まぁ、これから言う事は、負け惜しみだと思ってもらっていいけど」
「それもわからない。どういうことだ?」
またも困惑顔のアレス。
「あたし達は依頼されたのよ…ルシウス補佐官にね。彼があたしの先生と繋がっていることは知ってるでしょ?」
「…ルシウス補佐官? 何を? どうしてまた?」
「疑問ばっかりね。魔道士らしくないわ」
「…それは俺も気にしてるんだ、ほっといてくれ」
「当たり前だけれどルシウス補佐官の後ろには大統領がいるわ。勿論シド工房長も。その二人の依頼だとも言えるわよね」
「…だから一体なんなんだ?」
いいかげんイラついてきたようなアレス。
可哀想になったのか、リンツが口を挟んできた。
「助けてくれっていうのは、君を英雄という立場から解き放ってくれって依頼だよ」
「…な、なんだそりゃ?」
「あんたは英雄で、そして本質的には英雄ではない人間よね。あの人達はそれを気にしてたみたいよ」
「つまり、国の役人としてウィンダスに留まってるようじゃ、英雄ではあっても冒険者とは言えない。彼らは君が気ままな冒険をやっている状態に戻したかったんだ」
しばらく考えた後、アレスは納得したように、深く呟いた。
「…なるほど」
そして、疑問を付け足してくる。
「スクラッパーは国の指令で動くヒドゥンサポーターなのか?」
なるほど。そこまで知ってたのね。
だけどそれには、リンツがちょっと我慢ならないって顔をした。
「違う。僕らはその反対。僕らは自分達が大事なだけの自分勝手な冒険者だよ」
あたしも、それに補足する。
「もちろん、あたしはあんたをどうこうしようなんて思わないし、やり方はあたしの一方的な思い込みから出てきたものよ。それでも、あたしができる範囲で依頼を果たせる唯一の方法だったと思うわ」
「それにさ、ルシウス補佐官達は、本当に君が好きなんだ」
「あんたは人の心を動かす力を持ってるってことよ。英雄の状態ではその能力を充分に発揮できない。あんたの一番の才能はそれだったってこと。補佐官や大統領、工房長があんたを買ってたのはそういう部分なのよ」
だから彼らはアレスの求めに応じて役職を与えたものの、時を経てそれが間違いだったと気付いたのだ。
「…負け惜しみというのは?」
「あたし達にはそういう人を動かす力ってないもの。だからあたし達はどう頑張っても冒険者としてあんたには追いつけない」
それは本心。
あたし達のように、視野狭窄してお互いの事しか見えてないようでは、人の心は動かせない。
アレスはその能力を持つからこそ、英雄であって英雄ではないのだ。
つまり人の心という実体を持つ英雄…そんなのは本当は英雄じゃない。
ただ為した事から、英雄としての責務を負わされてしまっただけ。
「どうかしら? あんたはこんな答えを望んでたんじゃないかしら?」
アレスに問い掛ける。
「…」
黙り込んでしまったアレス。
「じゃあ、もう一つ」
あたしはアレスの顔を見上げて、そして訊いてみた。
「あたしのやった事は余計だった?」
なにしろ、それで命を落とす事になったのだから。
あたしとしても、訊いておかなきゃいけなかったことのだ。
アレスはたっぷり5分ほど俯いて唸っていただろうか、決意したようにあたし達の方に顔を上げた。
「…いや、そんなことはない。俺は最期にディンがいて良かったと思ってる。あの子を大事に思えたから…あの子が俺を大事に思ってくれたから…」
「そ、なら良かった」
リンツを見上げて微笑むあたし。
アイツもちょっと笑顔だった。
「あんた…幽霊にしちゃずいぶんと穏やかよね? 普通は怨念があるから昇天できないんじゃないの? そもそも、あんた後悔はないのよね?」
感じたそのままを伝えてみる。
今更彼を救うことは、あたしとリンツには出来ない。
だから、せめて心安らかに。出来るのはそのぐらいだ。
そして魔道士にとっての心安らかなる状態って…アレよね。
「そうだよねぇ。それに人型を伴ってるってのも珍しいなぁ」
あたしに同意したリンツに対して、
「いや、それはシャドウという例がある」
赤い服を着た魔道士はチチッと指を振った。
「怨念はあった。フェムヨノノ師…いやスクラッパーの二人に会いたかったってな」
「ふうん、英雄にそう言われるなんて光栄ね」
「フェム、それエアハルトさんにも言ってなかった?」
リンツの突っ込みに、アレスは軽く笑った。
そして遠くを見るようにする。
「ああ、そうか、バストゥークにはエアハルトが居るんだよな」
「そうよ。だから安心して成仏なさい」
「そうだな…そろそろ終りだ」
彼が東の方角を見上げた丁度その時、滝上の崖の際がすうっと明るくなった。
グスタベルグの大地が、朝日で染まっていく。
バストゥークの街中では、既に日が射しているだろうか? 人々が起きだして来ているだろうか。
眩しそうに見つめる、既に命を無くした赤魔道士。
「そういうの、わかるの?」
なんだかあたし達の知らない法則をアレスは知ってるみたいだ。
「ああ、どうやらわかるらしい。本能みたいなものかな?」
「…じゃ。元気でってのも変だけど」
「そうだねぇ。まぁ安心して行って」
あたしとリンツは彼に手を伸ばす。
アレスは最初にリンツと握手をして、それからあたしの方にしゃがんでくれた。
「あ、一つお願いがある。親父の事、もし暇があったら見てやってくれないか」
「ええ、わかったわ」
お互いに微笑みながら、最後の握手を交わす。
手を握りながら…彼の存在感がだんだん薄れていって…。
すうっと手の中のものが消えて、あたしは空になった自分の手を握り締めた。
ふと吹き込んできた秋の風が、耳の中で暴れて人の声のような音を形作る。
『ありがとう』
希代の赤魔道士の声でそう聞こえたような気がした。
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なんとも不思議な話だった。
彼のような形で現界したアンデッドなんて聞いたことがない。
強い怨念があったわけでもなし、しかも自意識はしっかりと保ってた。
うーん、これはもうちょっとアンデッドについて調べてみる必要があるかもね。
…と、思い付いたけれども、あまり気乗りのしないテーマ。
カエルもどきのフレッシュゴーレムとか、お目にかかっただけで一週間ご飯が食べられなくなりそうな種類のもいるからだ。
「彼さぁ、悲壮感がまるでなかったねぇ? 幽霊なのに変なもんだよなぁ」
リンツが腕を組みながら、ポツリと漏らした。
「んー…多分ね、もう受け入れてたのよ。彼は」
あたしはその理由がなんとなくわかる。
「受け入れてたって、どういうことさ? 死って簡単に受け入れられるようなもんじゃないだろ?」
不思議そうな顔をするリンツ。
「死ぬ事を自体を受け入れてたんじゃないと思う。ディンを弟子に取る。そういう覚悟があって、その結果は全て受け入れるって感じかな?」
アレスと先生は似たような感じだ。
そういう意味で、あたしには弟子を取る甲斐性なんてないのかもしれない。
「…ふーん。でもさぁ、僕はやっぱり受け入れられないなぁ」
しきりに首をひねるリンツに対して、あたしはにこやかに言い放った。
「そりゃ、あんたの場合はあたしが居るからでしょ?」
パートナーに殺し文句の一つでも言うぐらいじゃ罰はあたらない…と思っておこう。
すぐにリンツから反撃が返ってきて、あたしの方がしっかり顔を赤らめてしまう事態になったのは言うまでもない。