外伝の外伝そのに - 消える男 - 前編
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青い海。白い砂浜。照りつける太陽。打ち寄せる波。
古典的であまりにもありふれた表現で悪いけど、あたし達の目の前にはそんな光景が広がってる。
とは言っても…そう、いつもどおりのバルクルム砂丘だ。
国の役人でもなく冒険者でもない人達は、バストゥークからは殆ど外に出ない。
だから、砂丘を見た時には感動するらしい。
そりゃあたしだって最初は感動した。なんて綺麗な景色、夢のような世界なんだろう、って。
でもね、今となってはいつも通りの光景に見える。
季節に関係しない日差しに耐えながら、あたし達はそんな見慣れた光景を横目で眺めて、セルビナの門の前まで辿り着く。
そこには一人の男性が、ぎらぎらと照りつける太陽と白い砂の照り返しを受けて、あたし達を待ち構えていた。
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あたしの名前はフェムヨノノ。種族はタルタル、性別は女性。
職業は一応…中堅どころの冒険者。赤魔道士を生業としている。
バストゥーク生まれのバストゥーク育ち。私塾で魔法を学んで魔道士になった。
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「んー…これ…」
あたしは一冊の本を前にして唸っていた。どうにも納得のいかないことがあったのだ。
ウィンダスで比較的最近(とは言っても大戦後だから、本当に比較的)書かれた強化魔法の精霊力についての文献。目の院の人に頼まれて検証をしていたのだ。
言われてみれば、明らかに論述におかしい点が見られる。
「これ…絶対間違ってる」
結局そう結論付けるしかなさそうだ。となると、あたしに依頼してきた人の見解が正しい事になる。
この本はその分野では結構有名なもので、それなりに高い評価を受けているし、これを読んでる人は多いだろう。
それを否定するわけで。目の院で一波乱ありそうな感じ。
まぁ技術は進歩していくもの。そして進歩というのは、古い概念を否定して新しい論理を構築する事。
「それにしてもよく気付いたわね…これは表彰ものよ。あーあ、頭のいい人っていいわよね」
ぼやいてみる。
それが自分への言い訳にすぎないってことはわかってはいるけど。
ここの所、あたしはスランプ気味。一年ほど前に作った魔法が最後だったりする。
一年に一つ開発できれば御の字とも言えるけど、実はあたしの場合、前に作ったような実用的な魔法の開発が専門じゃない。
あたしが専門としているのは…言い方は変だけど魔法の検証のための魔法なのだ。
だからこの間の魔法はカウント外。
やっぱり才能というのはあるのよね…。
と嘆いてみたところで、あたしはもうこの道20年。これから専門や、ましてや職を変えることなんて出来やしない。
必死にしがみつくしかないのだけど。
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「んー…」
唸っているあたしの後ろで、コンコンとドアがノックされた。
「どうぞー」
振り向かないで、声だけで返事をする。
ガチャリと音をたててドアを開けたのは、
「お姉さま、こんにちは」
「お姉さまって呼ばないで」
クィラ・リキゥだった。
オノレのパートナー…というか奥さんであるミスラの少女。一応時間的なものを言えばビルルホルル一門の末弟子にあたる。
だけど、本当の意味での先生の弟子はこの少女だけだ。冒険者としても魔法研究者としても、先生の専門をそのまま受け継いでいるから。
実を言えばこの子の魔法の才能はあまり高くはない。魔道士としてはやっていける実力はないのだ。。だけど頭はすごくいい。
だからこそ、本当に暗黒魔法に拘る事が出来るのだ。
大体魔法行使の能力自体は、ビルルホルル一門のような専門を持つ研究者にとっては、それ程大事なことじゃない。
彼女の暗黒騎士としての能力は充分及第点だし、研究者としての発想も結構面白い。
「思った通りでしたわ。こちらだったのですね」
…う。思った通りって
実はここはあたしの部屋じゃなく、リンツの部屋だ。
あたしが向かっている机もリンツの作業台。フェルトが敷かれていて、貴金属の作業をするためのもの。
そこにあたしは本を何冊も広げてるわけで…ごめんリンツ、というか、ごめんナタリア。
あたしの部屋は増殖を続ける本で日に日に酷い状態になっていっている。遂にナタリアですらさじを投げた。
ということは…もう常人には手が出せないってことなのよね。
この先どうしよう?
「それで、今日は何?」
顔を上げて入り口に立っているミスラの少女を見る。
「あ、座ってよ。お茶淹れるわ。この間ウィンダスティー手に入れてきたから」
「お言葉に甘えさせていただきます。ご馳走になりますわ」
お上品に歩いてきて、あたしとリンツが食事をとる小さなテーブルの前の椅子に、これまたお上品に腰掛けた。
あたしは台所に歩いていきながら、横目で彼女の仕草を見てた。
これだけ小さくてお上品で。なのに両手剣を振るって暗黒魔法を使えば、そこらの並みのヒュームの男どもを震えあがらせるのだ。
あ、いや、両手剣を持たなくても、良人であるオノレのことは簡単に制することができる。
日常生活でも冒険者としても、オノレを完全に御している…すごい少女。とてもじゃないけどあたしには真似できそうもないほど理想的な女性だ。
台所にリビングから彼女の声が届いた。
「先生からの伝言でして、お兄さまとご一緒に明日来て頂きたいとのことでした。それをお伝えに参ったのです」
「そう。ありがと」
あたしも彼女に聞こえるように、幾分声を大きくして答えた。
お兄さま…リンツと一緒ってことは仕事の依頼よね。丁度よかった。少し気分転換にバストゥークの外に出たかったのだ。
「それと、オノレがレポートの評価を頂きたい、と」
「あー、アレね…」
ちょっと前に、アイツが目の院と初めて一緒にやることになった仕事のレポートを渡されていたのだ。
なにしろ初めての報告書なわけで。おまけに神聖魔法。
神聖魔法は、ビルルホルル一門では研究レベルなんてもんじゃなく、ただ使うだけですらまともに出来ない人間ばかりが揃ってる。相性がとことん悪いのだ。
で、あたしにお鉢が回ってきたわけ。
あたしだって苦手中の苦手なんだけど…一応関わりがあるってことで、チェックを頼まれたのだ。
バストゥーク風のカップにウィンダスティーを淹れて(うちにはタルタル民芸風のお茶碗がないのよね)、黄銅に打ち出しの細工をしたお盆に載せてテーブルまで持っていった。
そして、彼女の前にトンと置く。
「ありがとうございます」
律儀にお礼を言うクィラ・リキゥ。
「まずくても文句言わないでね」
彼女はひと口啜って、
「…そんな失礼な事は」
控えめにそう答えた…なかなか正直でよろしい。
やっぱり美味しく淹れられなかったみたいね。そもそもウィンダス出身の人間にバストゥークで生まれ育ったあたしがウィンダスティーを出すなんて無謀。
「で、オノレの方なんだけどね…伝えてもらえる? 実験完全にやり直せって」
「…え?」
一瞬、ぽかんとしたクィラ・リキゥ。だけど…
「あの、どこが悪かったのですか? オノレは結構自信を持っていたようなのですけれど…」
さすがにしっかりしてる。あたしに問題点を問いただしてきた。
「癖でやっちゃったんだろうけどね…初期値の分布に偏り持たせてどうするのよ? 多分アレ、局所解に陥った状態で収束しちゃってる試行が多すぎるんだわ」
「あ…」
彼女も気付いたようだ。件のオノレのレポートもしっかり読んだのだろう。勉強熱心でいいことだ。
「そりゃ平均で収束が早いって結果も出るわよ…でもね、この場合神聖魔法の検証でしょ? あたし達みたいなウィンダス流の人間だけが使うわけじゃないわ。だからオノレのやった事は全く無意味」
ミスラの少女、顔を赤くして恐縮してしまった。
「あなたが恥じ入る必要はないわよ」
微笑んでみせる。
「けれど…オノレの失敗は妻である私の…」
…今、あたしの顔は引きつっているだろう。彼女の言う事は疑い様もなくお惚気だ。
「でもお姉さま」
「お姉さまはやめて」
「あ、はい…お姉さまの専門は付与魔法の歴史でしたよね?」
どうやら、あたしのお願いを聞いてくれるつもりはないらしい。
「…歴史というか流れというか検証というか分類というか…そんな感じだけど?」
つまり付与魔法の何でも屋さんなのだ。一応、あたしが認められているのは、文献に現れる付与魔法の発展の歴史の検証という分野。
「どうしてオノレのやっていることまでおわかりになるのです? きちんと指摘できるというのはすごいことですわ」
ビルルホルル一門は魔法の検証と改良を専ら得意としている。やっている事は実は先生とクィラ・リキゥ以外はバラバラなのだけれど、検証の手法はかなり共通部分がある。
言うなれば、様々な検証に使う手法の開発がビルルホルル一門の専門であり、手法が同じであるからこそ、あたしはオノレのやっている事も理解する事ができる…けど、実際あたしが余計なことまで知っているのは確かだ。
「そこら辺に関しては先生に聞いてちょうだい。自分の専門に関係ないことまで仕込まれちゃった理由は、あたしにもわからないわ」
一番弟子だってことで、先生は気張りすぎたのだろうか?
実際、あたしとソロロ、ツェイラの二人の間には、かなりの年齢差がある。
それにソロロとツェイラは入門も遅かったのだ。だから結構長い間先生の弟子はあたし一人だったわけで。
ビルルホルル塾に入門するには、ある特殊な資格が必要だから、もしかしたら、もう金輪際入門者が現れる事はないなんて考えていたのかもしれないわよね。
「…そうですか」
若いミスラの少女はいまいち納得してないような声を出して、それでも頷いてくれた。
なんと言うか…やっぱり奥さんとしては、自分の伴侶が少なくともその分野では一番であって欲しい、なんて思っているのだろう。
その気持ちはわからないでもない。
リンツがバストゥークでそれなりの、でも銀細工では一番の存在だから、あたしはちょっと鼻が高いわけで。
それと似た感じなんじゃないかな、って。
目の前で少し面白くなさそうな表情をしている少女を眺めながら、あたしはのほほんとした気分でお茶を啜った。
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「それでどうするんだい?」
先生が腕を組んであたし達二人を眺めていた。
「んー」
リンツがあたしの方を見て、どうしたもんかな?って目で訊いてくる。
「ごめんリンツ、まさか向こうから上経由の先生宛に依頼がくるなんて思ってもみなかったわ」
ちょっと口を尖らせながらあたしは答えた。
「うー」
先生を前にしてリンツは唸っている。
そしてもう一度先生の方をしっかりと見つめた。
「なんていうかさぁ…ビルルホルル先生」
「なんだい?」
「ビルルホルル先生はどう思ってるんです?」
「今回のこと? 上を経由してきた理由についてかい?」
「いえ、そうじゃなくて…依頼内容自体の事ですけど」
「そっちか…そうだね。正直ボクは大した感想は持っていない。感想を持つには多く見過ぎたからね。でも、フェムヨノノとリンツァイス君がどう行動するかには興味がある」
どうも先生は、あたし達のやる事に対しては口を出すつもりはないみたい。
弟子思いなのか、それともその反対なのかしら?
「だったらさ…オノレとクィラ・リキゥも連れてっていいですか? それだったら受けますけど」
リンツは渋りながらも、譲歩案を出した。
上、つまりルシウス補佐官経由で来た依頼は、塾の立場上断る事が出来ないのだ。
それに依頼主は、丁度あたし達が会おうと思っていた人だから、あたしは否応もなし、決定済みなんだけど。
リンツの場合、直接ルシウス補佐官の影響下にはないから、義務じゃない。
勿論、あたしが受けると決めた以上、リンツとしては同行しないという選択肢はないけど…まぁ意識の問題。
「うん、実はボクもその方向で考えてたんだ」
「それだったら…わかりました。受けますよ」
「そう? オノレ君とクィラ・リキゥ君に関してはね…そろそろ見るべき状況だと思うんだ」
「こんな状況でなければ、できるならずっと見せたくはないですよね…」
あたしはポツリと呟いたのだけれど、リンツは。
「フェムの気持ちもわかるし、僕もその通りだと思うんだけどさぁ…そろそろそういう経験するのもありかなって…気は進まないけどねぇ」
「ボクもリンツァイス君の言う通りだと思う。やっぱり彼らも冒険者である以上、見ておかなければならないことだろう? 少なくともボクはそう思うよ」
あたしとリンツは顔を見合わせて、
「「ハァ…」」
と、同時に深いため息をついたのだった。
「君達、しっかりオノレ君とクィラ・リキゥ君の師匠になっちゃってるね。いやいや感心感心」
したり顔で頷く先生に、
「…そうですか?」
「…そうかなぁ?」
あたしとリンツは思いっきり心外そうな顔をして見せるしかなかったわけで。
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セルビナの門の前に立っている男。
お髭が金髪…金髭? おまけにもうだいぶ白髪が混じっているようなヒュームのおじさん…というか、もう殆どおじいさんの域に入っちゃってるような人。
着ているのは茶色い服。前垂れや篭手、脛当ての部分は補強してあるらしく、チェックの分厚い布が表面に張られていた。
そして同じ生地の特徴的な帽子…なんていうか、砂漠の人達がかぶってそうな、首の後ろまで布が垂れ下がっている。
あたし達は、そのおじさんの前まで辿り着くと、今歩いてきた道を振り返った。
剣戟の音が、絶え間なく響いている。
ここセルビナは、登録したての若手冒険者の恰好の修行の場所なのだ。
そしてもう一度、おじさんの方を見る。
特徴は聞いていたから、この人が依頼をしてきた人だとわかった。
「フェムヨノノ師、そしてリンツァイス師範、スクラッパーと呼ぶべきかな? セルビナにようこそ」
にこやかな顔で、おじさんはあたし達に腕を広げて見せた。
別にセルビナにはしょっちゅう来ているし…それにちょっと、こういう言い方はなんだけど…スクラッパーの『悪名』はセルビナにも響いているらしい。
「よろしくお願いします」
とりあえず、あたし達二人は頭を下げたのだけれど、
おじさんは後ろの若い二人の方が気になるようだ。
「一応ビルルホルルとルシウスからは話には聞いているが…君達の名前は知らんのだ」
あら、このおじさん、ルシウス補佐官のことを呼び捨てにしてる。
ルシウス補佐官を通じての依頼だったから、親しいという事は想像できてたけど。
「はぁ、まぁそらそうでしょうな。僕らはまだ駆け出しですし。一応ここで教えを受けたんやけど」
「すまんね。ここはご覧の通り大勢の駆け出しが集まってくる所だからな、いちいち全てを覚えてられん」
「いや、かまわへんですよ。僕らはスクラッパーの弟子です。今回はお手伝いに参りました」
コクコクと頷くクィラ・リキゥ。
…ちょっと待ちなさいよ。
隣ではリンツもあたしと同じように、口をあんぐりあけていた。
「ん? ビルルホルルの弟子ではないのか?」
「勿論ビルルホルル先生の弟子でもあるんやけど…冒険者としては、この二人に師事してるんです」
だから…あんた達、いつからあたし達の弟子になったって言うのよ?
先生も本人達もそんなことを言うのだ。冗談じゃないわよね。
あたしはかなり驚きながらも、話を元に戻す。
「あの…とりあえずお話を伺いたいんですけど」
「ああ、すまんな。中に入ってくれ。ワシが借りてる小屋がある」
おじさんはそう言いながら、付いてこいってジェスチャーをして、町の中へ向かって歩き出した。
着いていく三人の後ろを歩きながら、あたしはオノレの足を蹴り飛ばした。
「イタッ…ねえさん、なにしはるんです?」
遥か頭上からオノレの抗議の声が振ってくる。あたしはそれを無視する事に決めた。
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「自己紹介しておこうか」
おじさんは、お手製らしいベンチにドカッと腰を下ろした。
西日の差し込む粗末な木造の小屋の中。
家具は、これまたお手製らしい素人仕事の大きなテーブルが一つと、ランプ。小さな戸棚だけ。
それでも、全開の雨戸からは波の音と潮をたっぷり含んだ爽やかな風が入り込んできて、決してみすぼらしさを感じさせない環境だ。
普段石の壁に挟まれて暮らしているあたし達にとっては、むしろリゾートっぽくていい感じ。
おじさんはあたし達にテーブルを挟んだ先のもう一つのベンチに座るように勧めてきた。
あたしとリンツは腰を下ろしたのだけれど、オノレとクィラ・リキゥは立ったままでいるつもりらしい。
まさか…弟子たる自分達は直立不動で、なんて考えてはいないわよね?
「ワシは…ああ、本名はもう誰も呼ばんからいいか」
…よくない。
思わず自分の横斜め上に目をやってしまう。案の定リンツが口を尖らせていた。
コイツはそういうのが嫌いなのだ。人間として付き合うならばきちんと名前を知りたいって性分だから。
「『闇に響く歌声』と呼ばれておる」
あたしは拗ねたようなリンツの表情に苦笑が出そうになるのを堪えながら、おじさんに返事をする。
「ええ、お名前はうかがったことがあります。吟遊詩人でいらっしゃるんでしたよね? その名前の通りセレナーデがいいって評判だって」
あたし達としては、当然依頼主の下調べはしてあるわけだ。とは言っても、先生の昔の知り合いだったから、先生と別れてからの後の事を調べるだけでよかったわけで。おまけにとある人物に関係が深い人だったから、それ程難しい事じゃなかった。
ところが『闇に響く歌声』のおじさん、渋い顔になってしまった。
「通り名ね。最近はそれすらまともに呼ばれなくなってきておってな」
「んじゃなんて呼ばれてるんです?」
リンツがテーブルに乗り出して訊く。コイツは、通り名や称号、肩書きよりも、本人固有の名前の方で呼ぶことを好むから。
「うむ。『いっつ・あ・れいと・れいと・れいと・しょう』を略してだな」
「略して?」
コクコクと頷いて先を促すリンツ。
「『レレレ』と呼ばれておるんだよ」
乗り出してたリンツが、力が抜けたようにガタンとベンチに腰を下ろした。
「なんておマヌケな響き…」
「リンツ!」
あたしはパートナーを諌める。人の呼び名に対してそういう言い方はないでしょ?
ところが『レレレ』さん、軽く笑ってくれた。
「いやいや構わんよ。最近のセルビナ警備隊の若手は、『レレレのおじさん』と呼んでくれておる」
…よけいマヌケさが増したような気がするけど。
「さて…依頼というのはだな」
「一応話は聞いてきてます。セルビナ警備隊が手薄になったから、ちょっとの間手伝ってくれってことですよね?」
ルシウス補佐官を通じてビルルホルルの私塾に出された依頼は、そんな感じのものだった。
政府から回ってくる来年の補助金、その査定に直接影響するぞ、とルシウス補佐官が先生を脅したらしい。
でも、実は彼の依頼はそれだけじゃなくて…あたし達を指名しての依頼もあって、どちらかと言えばそっちが重要。
あたしとリンツはそれが気に入らないんだけど、とりあえずここではそれを口にしないでおく。
「そういうことだな。幸い人材の手配はついていてな…そいつらが来てくれるまでの数日間だ」
それも聞いていた話だ。
「なんでまた、手薄になってるんです?」
リンツが訊いている。それに対して、難しそうな顔になって髭をいじる吟遊詩人。
「ふむ…最近、新しくアクセスルートが発見された地域が、各国から一斉に発表されたのは知っておるだろ?」
「ええ…半年ぐらい前でしたっけ?」
例えばバストゥークであれば黄金銃士のような組織が、次々と昔発見された地域へのアクセスルートを開拓して発表している。
半年前には、バストゥークのすぐ近くにゴブリン族の亜種が棲息する巨大な坑道が公表されたし、大戦時にクォン大陸から切り離されて長らく閉ざされていたタブナジアへのルートこそ公表されなかったものの、ごく一部の冒険者に秘密裏にミッションが出されたりしてる。
「そうだ。おかげさんでな、ベテラン連中はみんな新開地の探索へ行ってしまってな…セルビナ警備隊がいなくなっちまったんだ」
ポンポンと手の音が二つ響いて、
「「なるほど!!」」
二人声を揃えて叫んでしまった。なんともわかりやすい理由だ。
「エアハルトにも頼もうかと思っとったんだが…あの野郎、ラオグリムの一件と新しいミッションに夢中でちっとも顔出しやがらん」
ピクリとあたしとリンツの頬が動く。
まぁ関係があるとわかっていたことだけど、例によって英雄様のお名前のご登場だ。あたし達ってつくづく運がない。
「でもさぁ、あの一件ではシド工房長やミスリル銃士隊も動いていますし、しょうがないんじゃないですかねぇ? かなりの大事みたいだし」
リンツの言葉に、今度はレレレのおじさんの顔が引きつる番だった。
「…驚いたな」
「なにがです?」
本当に驚いたようなレレレのおじさん。
「何の気なしにエアハルトの名前を出したんだがね?」
「だって『英雄』の名前ですよ?」
一応誰が知っていてもおかしくはない名前のはずなんだけど…とあたしが口を滑らせてしまった。
「そりゃおかしいわな? 君が言うように『英雄』だぜ? 普通の人間はそんな言い方をせんよ」
「あ…」
あたしは絶句。リンツがジト目であたしを睨んでくる。
「おまけに、あの男が今何をやっているのかを知っておる。そんな事を知っているのは、三国の政府やノーグのトップクラス以外にはごく限られた人間しかおらん…俗に言う『業界人』だけだ」
リンツの視線が痛い。
あたしは恥ずかしくなってだんだん小さくなっていく。
つまり、
「スクラッパーは国の命令を受けて動くヒドゥンサポーターということかね?」
そう勘違いされたってことなのよね…。
「違いますよ。その逆です。僕らは自分達のことしか考えられない自分勝手な冒険者なんですよ」
リンツは怒ったように、レレレのおじさんに言った。
「…すいません。そういうことなんです」
あたしも上目遣いになりながら、それに付け加える。
「どうしてあたし達っていつも勘違いされるのかしら?」
そうして、リンツと顔を見合わせる。
「フェムが迂闊なこと言うからだよねぇ?」
そんな意地が悪い言葉が返ってくる。
ううう…それにしても、なんか今回リンツはピリピリしてる。
「どういうことかな?」
「えっと…彼らのやってる事を全部は否定しません。だけどあたし達は好き好んで英雄と関わりあいになっているわけじゃなくて…たまたまそういう状況に置かれてしまっただけで」
「僕らは別に世界や国を救うために動いているわけじゃないですよ。自分達の気に入らないことがあれば、それが国や世界を救うためであろうとも、阻止するために動きます」
口々に弁解するあたし達。
ところが、
「いや、にいさん、それは謙遜や。スクラッパーはヴァナ・ディールの救世主やから」
後ろから、オノレのとんでもない言葉が聞こえてきた。
「…?」
レレレのおじさんが、ぽかんとした表情になった。
「オノレ!」
後ろをギロリと睨むあたし。リンツも厳しい顔で後ろに視線をやる。
ところがオノレは真剣な顔であたし達を睨み返してきた。
…反抗期かしら?
断っておくけど、オノレは『業界』に関しては全然知らない。
ただ話の流れ上スクラッパーの名前が出てきた時に、あたし達が自分達の名声を否定したがっていると感じたのだろう。
実際のあたし達はスクラッパーの名前を否定しているわけじゃなく、間違った認識を正したいだけなのにね。
最近この子はいっつもこんな感じなのだ。やっぱり反抗期なのかもしれない。
とは言え、『英雄』の話が出てる時に救世主だなんていわれた日には…あたし達だって黙っているわけには行かない。
「あんたねぇ…いい加減にしなさいよ? 大体レレレさんが何について言ってるかも知らないでしょ?」
ところが、オノレは全く引き下がらず、
「ずっと僕はゆうとった。ねえさんとにいさんは、もっと自分達の名前を大事にするべきや」
自身満々で言い放ってくれた。
ムカムカムカ! あー、もう!
「なら、あんた達こそビルルホルルの後継者としての自覚をもうちょっと持ちなさいよ」
あたしは怒りを込めて言う。
「な!?」
「そんな、お姉さま!?」
…カウンター成功。
二人は驚愕の表情であたしを見てくれた。
「あのー…いいかね?」
睨み合うあたし達の背後から、半分は戸惑い、もう半分は呆れたような声でレレレのおじさんの言葉が聞こえてきた。