| 母子家庭等施策に関する基本方針研究会におけるとりまとめについて 厚生労働省発表H15.3.12 |
母子家庭の母の84.9%(平成5年87.0%)が就業しており、就業している者のうち常用雇用者が50.7%(平成5年 53.2%)、臨時・パートが38.3%(平成5年 31.3%)等となっている。母子家庭になる前に就業していた者の割合は63.5%(常用雇用者 40.4%、臨時・パート39.2%)であり、母子世帯になる前に就業していなかった母のうち、79.2%が現在就業している(常用雇用者 47.2%)。従事している仕事の内容は、事務、サービス業がそれぞれ約2割となっている。勤務先事業所の規模は、6〜29人のものが最も多く、300人未満の規模までで全体の8割となっている。 また、母子世帯の母で就業に資する資格を有している割合は、33.6%となっており、平成5年に比べても若干増えているが、資格が現在の仕事に役立っていると回答した者の割合は53.7%に過ぎず、むしろその割合は低下している。
さらに、現在就業している者のうち、約3割が転職を希望しているが、その理由は「収入がよくない」が約6割となっている。
母子世帯における子ども(20歳未満の児童)の総数は、約152万人となっている。1世帯当たりの子どもの数は、「1人」が45.0%(平成5年
41.9%)、「2人」が38.5%(平成5年 42.9%)となっており、 平均1.59人となっている。 就学状況別にみると、小学生のいる世帯が315,500世帯で最も多く(26.5%)、平成5年に比べて、その割合が増加している。
小学校入学前児童のいる母子世帯は189,200世帯(母子世帯総数の19.8%)、該当する児童の数は221,500人となっている。養育の状況については、保育所の割合が52.6%と最も高いものの、平成5年に比べると、その割合が減少し、親本人、家族などの割合が増加している。
母子家庭の子供が保育所に入所できていないことが窺えるデータを手に入れることができた。小学校入学前児童の養育状況について、保育所の割合が52.6%だそうだ。今回色々な市の保育所の入所要件をネットで見たが、ほとんどの市が、母子家庭を優先的に入所できるように配慮しているが、「配慮しています」と書くだけで、必ずしも厳密にはやっていないのではないか、と思った。H14年には25447人待機児童がいる。保育所は常に満員状態。母子家庭が優先的に入ることができたとしても、すぐに入所できるわけではないのではないかと思った。また、児童の養育を親本人がすることができるのか、疑問である。母子家庭の母親の87%が働いているのである。働いて昼間は家にいないのに、子供を保育所に入れない理由は、低収入のため、保育料を払うのがきついからだろうと思う。保育料の助成制度はあるのか。あるとすればどのようになっているのか。。。調べることが多いなぁと思った。とても明日卒論提出の日とは思えません。(泣) |
| 積極的社会保障政策と日本の歴史の転換 三田商学研究第46巻3号 |
社会保障は、国民の基礎的消費部分を社会化すると同時にそれに要する資源を社会から優先的に確保しているのであり、この目的を所得再分配という手段を用いながら行っている。
市場の分配原則は生産要素が生産にどの程度貢献したかに応じて分配するという貢献原則である。また政府は公債市場から資金を調達もする。そして政府は、徴収した資金を用いて公務員を雇用したり、公共事業を行ったり、国防などの好況サービスを供給したり、さらには公債の償還を行ったりする。そして政府は徴収したかなりの部分を今度は社会保障給付費として家計が必要としている程度に応じて所得を分配するという必要原則に基づいて再分配する。
ようするに、社会保障の基本的な役割は、市場の分配原則である貢献原則に基づいた所得分配のあり方を、家計の必要に応じた必要原則の方向に修正することなのである。
社会保障の根本的な役割が明確に述べられていて、改めて納得することができた。貢献原則を必要原則に修正することはどうしても必要なことだと思う。人間が助け合って生きていくための手段である。
また、福祉は市場で提供するとどうしてもうまくいかない面がある。所得の低い人や病気や障害を持った人、ひとり親世帯になった人など、一部の人が最低限必要な福祉を得られなくなるおそれがある。それは福祉というサービスの性質だから仕方がない。そして、たとえ国家で提供せず市場に任せたとしても、家計は国家に預ける社会保障費と同じくらいかあるいはそれ以上の支出をしなければならない。これらのことを国民みなが知っていれば、国家による福祉に同意するだろうにと思った。 |
| 積極的社会保障政策と日本の歴史の転換 三田商学研究第46巻3号 |
日本や南欧諸国は家庭内で福祉を担う為、子供を持つことの限界費用が高い。その結果出生率が低下し、限界費用が低い女性ばかりが子供を産む傾向になってきた。スウェーデンは子供を持つことの限界費用が1960年から2000年の間で、日本や南欧諸国のような国々よりも差が小さく、さらに学歴の異なる個人間で限界費用に極端な差が生まれない社会を作ることに成功した。
アメリカで出生率が下がらない理由は低賃金労働者が市場に大量に存在すること、子供を持つことの限界費用が低い女性が大量に存在することという特徴を持っている。低賃金労働者のおかげで介護サービスや育児サービスを定額で購入することができ、子供を育てる直接費用が少なくてすむ。また、移民やその子孫は高学歴化する確率が他と比べて低く、機会費用が高まらないために出生率は落ちない。
なるほどと思った。アメリカが社会保障を国であまり提供せず(多くを市場に任せて)、それでも出生率が下がらないのは低賃金労働者のおかげなのだ。すなわち移民のおかげである。「アメリカが市場原理の社会でうまくいっている理由は移民だ。それだけ自由な空気が流れ、成功すれば金持ちになれるという魅力があって、移民は減らないのだろう。」と漠然と思っていたが、育児などの社会保障にも大きな影響を及ぼしているとは気が付かなかった。やはり日本がとるべき道は国家で社会保障を拡大していくことなのだと思った。日本にはアメリカのような移民はいないからである。 |
| 育児休業法3 Japan Research Review 2003年6月号 OPINION |
諸外国の育児休業制度の考え方としては、大きく二つのタイプがある。一つは職業生活と家庭生活の両立支援をねらいとして、充実した育児休業を法律で保障する北欧諸国のタイプで、もう一つは家庭や企業の問題に政府は出来るだけ介入せず、基本的に自主的な交渉や契約に任せるアメリカやイギリスのタイプである。北欧型の例をみると、スウェーデンでは育児休業が480日あり、うち390日は賃金の80%の手当がある。ノルウェーでは賃金の80%の手当で最長52週か、100%の手当で42週かのいずれかを選択出来る。一方の米英型をみる、アメリカでは12週の無給の育児休業が認められているにすぎない。イギリスではEU育児休業指令を受けて、ようやく99年12月に13週間の無給の育児休業が認められた。オーストラリアでは52週の休業が認められているが、これも無給である。
アメリカやイギリスの出生率は日本よりも高く、育児休業についても米英型に倣い、企業の自発的な取り組みに任せればよいという考え方もありうる。しかし、米英型には質の高い保育サービスがすべての国民に提供されないという問題があることに留意すべきである。すなわち、米英型の国では、有能で高賃金の人には企業から長期の休業や質の良い保育サービスが提供される一方、それ以外の人には休業が保障されず、子どもの保育サービスの質も悪くなりがちである。筆者は、男女共同参画社会の実現を目指す途上にあるわが国としては、家庭の所得格差や子どもが受ける初期教育の質の格差を拡大する恐れのある米英型よりも、普遍的な仕事と育児の両立支援を目指す北欧型を志向することが望ましいと考えている。
育児休業だけを見てもそれぞれの国の福祉のあり方が見えてくる。 |
| 育児休業法2 Japan Research Review 2003年6月号 OPINION |
厚生労働省が2002年9月に取りまとめた「少子化対策プラスワン」では、育児休業制度について、「男性の育児休業取得率10%、女性の育児休業取得率80%」という具体的な数値目標が示された。そして、政府は取得率目標達成の方法として、事業主に育児休業制度の改善などの行動計画策定を義務付けることなどを盛り込んだ「次世代育成支援対策推進法案」を検討している。このような方法を打ち出したのは、育児休業を取得しなかった人の理由として「職場の雰囲気」を挙げる人が43.0%と最も多いためである。
少子化対策プラスワンが目標としている育児休業の取得率とは、出産時に雇用者である女性を分母としており、自営業者や出産時に無職の女性は育児休業制度の議論の外に置かれている。育児休業給付を受けた人数は出生数の8%にすぎず(2001年度)、少子化対策プラスワンが掲げる取得率目標が達成され、育児休業給付金受給者数が4割強増えたとしても、出生数に対する割合は8%から11%強に増えるにすぎない。
0歳児の子どもを持つ家庭の内訳をみると、8%の育児休業取得者に対して一人年額平均65万円の給付金が支払われているほか、6%の認可保育所利用者に対して一人同平均80万円の公費が保育所への助成金という形で支払われている一方、認可保育所が利用出来ない待機児童や認可外保育施設利用者3%、家庭で子育てをしている人83%には基本的に助成金はない。このような公的助成の在り方は、育児休業取得者や認可保育所利用者が低所得層に多いとすれば公平といえるが、わが国の育児休業取得者には高賃金の人が多く、また認可保育所利用者に公務員などの安定した職業の人が多いとの指摘もあることを考えれば、助成の在り方としての正当性も問われる。
この論文を読んでしっくりこなかった。育児休業を取得してまで仕事を続けようとする人は高所得の人が多いらしい。低所得の人は出産を機に仕事を辞める傾向が強い。これは本当か。だとしたらなぜか。また、認可保育所に入所するのは公務員などの安定した職業の人が多いというのは本当か、調べてみようと思った。 |
| 育児休業法1 Japan Research Review 2003年6月号 OPINION |
わが国では1992年に施行された育児休業法(現在は改正され育児・介護休業法)により、子どもが1歳になる前日までの期間、男女労働者に育児のための休業が認められている。育児休業期間中には社会保険料の支払いが労使共に免除されるほか、雇用保険加入者には休業前賃金の40%の給付金がある。しかし、育児休業の取得率をみると、出産した女性労働者の57.9%、配偶者が出産した男性労働者の0.55%にとどまっており、制度があっても実際には十分に利用されていない。第一子を出産した母親のうち、出産1年前に仕事をしていた人の3人に2人が、出産を機に離職している状況にある。
育児休暇の取得がすすまない理由として、著者が挙げているのが育児休業の取得が認められていない労働者が存在し、かつその数が増えていることである。わが国の育児休業は、法律上「期間を定めて雇用される者」には適用されない。また「所定労働日数が週2日以下の者」についても、労使協定によって育児休業の対象から除外出来るとされ、実際86.2%の事業所では取得が認められていない。91年から2001年の10年間に、女性雇用者に占める正規の職員・従業員の割合は62.8%から52.1%に低下している。同期間に、雇用者に占める臨時雇・日雇の割合は、20〜24歳の女性では9.1%から21.4%に、男性でも12.1%から20.2%に高まっており、5人に1人が期間の定めのある雇用となっている。
女性が働きやすい環境を整えることが母子家庭の貧困を克服することにつながると私は考えている。しかし育児休業制度は母子家庭になってからのことを想定するとあまり関係がない。離婚してひとり親になってから子供を産む人はほとんどいないと思うからだ。では母子家庭にとっては育児休業制度なんて関係ないか、というとそうではない。そもそも女性が出産を期に仕事を辞めなくてよくなれば、離婚してから経済的には困らないからである。高校や大学を卒業し、正社員として雇用され、出産しても仕事を続けることができれば、女性だけがリスクを負わなくてすむ。
パートタイマーには育児休業が適用されないとあるが、非正規雇用化が進んでいる現在、パートタイムで生計をたてている人も多くなっている。母子家庭の母親の多くもパートタイマーである。正社員と同じように働きながら条件は雲泥の差である。パートタイマーの雇用環境を改善していくことが女性の雇用環境の改善につながるだろう。
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| 生活保護の対象と貧困問題の変化 社会福祉研究第83号 |
生活保護制度によって貧困世帯がどのくらい補足されてきたのかを推計した研究者によると、近年では補足率は10%〜40%であるそうだ。捕捉率とは保護基準以下の人のうちどのくらいの人が実際に保護を受けたのかという指標である。
今日、ゼミ員から「その保護基準が高いということは考えられないのか」という指摘をされ、こたえられなかったのでそれに関係のあるものを選んだ。
高度成長期以降、日本の貧困研究は保護基準を貧困線として用いることがどのような社会的意味を持つのかはあまり検討されてこなかった。保護基準の理論的根拠を問われてこなかったのである。
たしかに貧困は地域や時代によって内容が変わる相対的な概念である。水準均衡方式以降の日本の保護基準は、この相対性の典型的な表現でもあった。けれども他方で、貧困は不平等や低所得一般とは異なり、所得や消費の連続した順位や序列とは区別される限界点である。社会生活との関連における保護基準の妥当性とは、技術的な問題を超えてこの限界点としての貧困を問うことに他ならない。近年の日本では保護基準とは別の参照基準で貧困のあり方が検討されてこなかったが、今日、限界点としての貧困に関する調査と研究はさしせまった課題となっているそうである。
国際的に見れば、日本の保護基準は妥当なのであろうか。埋橋孝文(1999)「公的扶助制度の国際比較」では、各国通貨表示の公的扶助手当額を購買力平価で換算して受給基準を比較している。また、現役勤労者世帯の平均所得との比率で公的扶助受給世帯の「純可処分手当」の水準を表す方法もとり、二つの方法で国際比較している。そこでは日本は26位中11位、6位と割と高順位となっている。やはり保護基準は高いのだろうか。ちなみに対現役勤労者世帯の平均所得比が54であった。これについてはもう少し深く調べなければならないと思った。
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| 育児休業6ヶ月延長提示 日本経済新聞12/5経済面 |
| 厚生労働省は4日、育児休業の取得期間を現行の最長1年から最長1年半に延長することを柱とする育児・介護休業法の改正案の骨子を労働政策審議会雇用均等分科会に正式に示した。企業が期間を限って雇う有期労働者の一部に適用を拡大する方針も盛った。ただ対象者の条件を巡る労使の意見の隔たりは大きく、さらに調整を進め年内に結論を出す方針だ。
同法は、1歳未満の子供を持つ親に子供1人につき原則一回の連続休暇取得を保障している。有期労働者は適用対象外だが、厚労省は育児休業を申し出るまでに1年以上の勤務実績があり、子供が2歳になるまで雇用継続が見込める有期労働者に適用を拡大する方針を示した。 ただ労働側の委員は「休業終了後も契約期間が残っていれば幅広く休業取得を認めるべきだ」と要求。これに対し、企業側は「勤務実績と休業申し出時点の雇用契約の期間が計4年以上で、次の契約更新が見込める場合」に一段と限定すべきだとの独自案を示した。
企業側の発言からも明らかなように、企業は育児休業に消極的である。育児休業を取ることは国民の権利であり、育児休業を与えることは企業の義務であるとされているのに、申し出ると昇進の際に不利な扱いを受けることがあったりして取得率はあまり高くならない。
私は育児休業の期間を延長することは良いことだと思うが、それよりも現在努力義務とされているのを罰則規定を設けるなどしてきちんと定着させるべきだと思う。しかしそれは企業側の反発が予想され無理だと思う。だから、このように何らかの改正をして育児休業をアピールし、少しずつでも環境を整えていくことは意味があると思った。
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| ワンペアレント・ファミリーの近年の動向と生活支援の課題 社会学論集第36号 |
児童手当は、児童を養育する家庭の経済的負担の軽減をその目的の一つとしており、ひとり親家庭に限るものではないが、子育て家庭への経済的支援の中心的な制度の一つである。多くの場合、親としての地位や所得の状態を要件とせずに子供の年齢のみを受給資格要件と規定している。年齢要件も殆どの国の年齢上限は16〜18歳となっており、少なくとも義務教育年齢をカバーしているのが通常である。学校教育を継続したり、障害がある場合には年齢上限は延長される場合が多い。
先進諸国では1997年に平均するとGDPの1%が児童手当てとして給付されている。各国間の差異はかなり大きく、ベルギー1.95%、オーストリア1.78%、フィンランド1.35%は高いが、カナダ0.62%、イタリア0.41%、日本0.03%は低い。児童手当の対GDP比は三変数、すなわち年齢構成比率、受給者比率、移転比率の積に等しい。日本の場合は移転比率(ひとりあたりGDPに対する受給者ひとり当たり児童手当額の比率)と受給者比率が著しく低い。年齢要件(6歳未満)や所得制限により児童手当の支給対象の範囲が限定されていることが大きく影響している。
ひとり親世帯の場合を見ると、平均所得の67%を稼得し、子供2人を養育しているひとり親世帯に対する公的な支援を比較すると、北欧諸国ではひとり親の手取り年収の20〜30%が税制・社会保障における子育て支援として支給されている。他方、日本では年収の2.9%しか公的支援が行われておらず、他国に比べると著しく低い。
日本の児童手当の低さには驚いた。上記の条件の場合、OECD加盟16カ国で比較したうち約半数の国において、子育て支援は手取り年収の20%以上になっており、児童手当等がひとり親で就労している家庭の家計を支えるのに大きな役割を果たしている。そんな中日本だけが2.9%という低水準なのである。
日本の母子家庭の就業率は最高水準の高さである。しかし、近年の労働市場の状況は母子世帯の母親のパートタイマー比率を増加させており、国家間の比較で示されているように「働いてもなおまずしい」状況を示している。この理由の一つが児童手当の低さなのではないだろうか。 |
| 「権力構造における分配体制」 Esping Andersen(1990)『福祉資本主義の3つの世界』 |
今日は昨日と同じ本の5章「権力構造における分配体制」からコラムを書きたいと思う。
5章の書き出しでは、「本章の課題はどのような力が福祉国家の発展を推進しているのかを確認することである」と書かれている。これは私にとって大変興味深いテーマであった。
・GDPに占める社会保障支出が福祉国家主義の程度を示す指標として最も良く使われてきているが、このような支出へのコミットメントそのものが左翼政党権力と結びつくと信ずる理由は何もない。
・政治的要因が支出傾向に影響力をもったのは戦後においてのみである。中でも有意な相関関係を持つのは高齢者人口比率と加重内閣占拠率(左翼権力の動員)である。
・年金の市場バイアスはひとり当たりGDPに関して正の相関があり、高齢者人口比率に負の相関がある。
・政治的な権力関係が説明力を増すのは福祉国家の構造上の差異を捉えようとするときである。このことは年ッ金制度や脱商品化の程度、完全雇用へのコミットメントなどについてあてはまる。労働者階級の権力動員やカトリック主義、それに国家制度の伝統が相互作用し始めるのはまさにこうした問題に関してである。分析によれば左翼政党権力が脱商品化や完全雇用への努力、一般的な社会民主主義化に対して決定的な要因であることに疑いはない。
・また、福祉国家レジームと政治勢力とのかなり明白な対応関係を確認することができる。保守主義的階層化の原則はカトリック政党の勢力の強さや絶対主義の歴史によってはっきりと説明され得る。次に社会主義的階層化は強い社会民主主義にに依存している。そして最後に強い労働運動は自由主義的福祉国家的な階層化に対する効果的な抑止力になるようである。
政治権力がどの程度福祉国家の形の変数なのか、ということに関して検証されていて面白かった。左翼権力が力を持ったかどうかが大きなポイントになっていることが分かった。
と同時に左翼権力によってしか福祉国家になることはできないのか、とも思った。その他の要因も他国の政治を見ていく中で発見したいと思う。 |
| 脱商品化について Esping Andersen(1990)『福祉資本主義の3つの世界』 |
今日は脱商品化指標というものについて要点を整理し、意見を述べたいと思う。
まずは脱商品化についての説明★
「脱商品化とは、個人あるいは家族が市場参加の有無にかかわらず、社会的に認められた一定水準の生活を維持することがどれだけできるか、というその程度を表している。社会政策の歴史を振り返ってみるならば、政策をめぐる対立は主要には市場原理からの免責がどの程度許容されるべきかという点をめぐって生じてきた。社会権の強さ、射程、質の問題はまさにその点にかかわっていた。」Esping
Andersen(1990)より抜粋。
脱商品化度の高い国はスウェーデン、ノルウェー、デンマークなどの北欧諸国とオランダ、ベルギー、オーストリアである。中位の国はスイス、フィンランド、ドイツ、フランス、日本、イタリアである。そして低位の国はイギリス、アイルランド、カナダ、ニュージーランド、アメリカ、オーストラリアである。このような福祉の形の違いは何によって説明されるのだろうか。エスピン・アンデルセンはその著書の中で、「左翼の権力の強さが脱商品化の分散の40%を説明する」と述べている。そして、左翼権力によって説明されない部分は政治権力という変数と当該国家の歴史的な遺制との相互作用という点から説明することができるとも言う。
保守主義的あるいはカトリック的改良主義の歴史的伝統を長期にわたって保持してきた国は早い段階に脱商品化をかなりの程度すすませる傾向がある。例えばドイツ、オーストリア、フランスなどである。しかし、こうした福祉国家においては市場の拘束からの離脱は強力な社会的コントロールの装置によって制約されている。具体的には、しっかりした雇用関係にあったことが記録として証明される必要があったり、家族責任を十分に全うすることを求められるなどである。1950年以降のオーストリア、ベルギー、オランダなどの国家では脱商品化がさらに高度なものとなっているが、このことは多分社会民主主義的な労働運動が政治的に強力になったことと最も深く関連している。
自由主義的な伝統が強力であった国は政治権力の構造によって二分される。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンのように社会民主主義が政治的に支配的になったところでは、自由主義的な仕組みは解体され、高度な脱商品化効果を有した社会民主主義的福祉国家レジームによって置き換えられる。他方で労働勢力が国家の政治経済を再現しこれを支配することに失敗したところでは、その結果として脱商品化が引き続き低水準であるかあるいはせいぜいのところ中位である。具体例をあげれば一方の極にカナダやアメリカがある。
政治権力によって国家の福祉の形が大きく異なる。どの政党が力を持つかによって国のありかたは大きく変わる。これはイギリスにおいて労働党が躍進した1950年に脱商品化度がトップであったことからも分かる。一国のトップが変わると福祉のありかたも激しく変わるのである。では、政権が交代したり、ある政党が力を持つようになるのはどのような要員によって起こるのか。その時々の経済状況や国民のニーズなどだろうか。とすると国民性も大きく関係するかもしれない。自分のことは自分で、という自由主義を好む国民性や社会全体で支えあうほうが好きだという国民性、国によってまちまちである。
ここで日本について考えてみるとどうだろうか。日本の社会保障費が国際的に見て低く、脱商品化度も高くないのは、市場に任せるという自由主義を好んでいるからだろうか。私はそうは思わない。日本人はアメリカのような自由主義よりも平等や公平、安心感などを好むのではなかろうか。長年の日本的雇用からも安定を好む国民性が窺える。私は、そのような国民性を持ちながら社会保障が充実してこなかったのは家庭で介護や育児などを行ってきたからであると思う。昔は地域全体で育児をしていたと言われることがあるように地域での結びつきが強く、お年よりも家にいながら近所の人と触れ合いながら老後を過ごしてきたのだろう。女性は家で地域の人たちと一緒に育児や介護を担ってきた。
しかし時代は変わり、地域での結びつきは弱くなった。核家族化が進み、子育てに悩む母親が増え、一人暮らしのお年よりが増えた。また、女性は働くようになり、育児や介護との両立に苦しむようになった。
私はこの時代の移り変わりとともに社会保障の形も大きく変わるべきだと思う。そのためには、自民党政権を交代するしかないのではないかと思う。自民党による政官財の癒着を国民は誰もが知っているのになぜ政権交代が起こらないのか。それだけ支持基盤があって、自民党によって利益を得ている人達がいるのだろう。国民全体のための政治を取り戻すためには、自民党というのを政権からひきずりおろしてみるしか方法がないのではないか。それを実現するためには完全小選挙区制にする必要があるのではないかと思った。 |
| 戦後日本の適性化政策の推移 長野大学石原剛司教授のHPより |
戦後日本の「適正化」政策の推移
第一次「適正化」: 1953朝鮮戦争後の不況・緊縮財政〜1957朝日訴訟提訴
- 主な対象:結核患者(←医療扶助抑制)+在日韓国・朝鮮人
第二次「適正化」:1964〜1972
- 主な対象:稼働能力者(←炭坑合理化・農業構造改革による失業者・出稼ぎ者)
第三次「適正化」:1980(←石油ショック以後の不況・赤字財政)・1981・123号通知〜現在
*生活保護費への国庫負担割合削減(1985〜1988/8/10→7/10、1989〜)→地方の負担増
- 主な対象:稼働能力者(暴力団・母子世帯)(←不正受給摘発キャンペーン)
- 方法:
@123号通知と関係機関調査のための「包括的同意書」提出の指導・指示→同意書の一斉提出・所得・扶養義務等の一斉調査(本来は、個々のニーズに即して個々に要保護者への説明と同 意を得て実施すべきもの) A゛水際作戦゛(インテークの段階で、要保護者の要望を相談段階に留めて保護申請にまで至らせないようにくい止める作戦で、@も゛水際作戦゛には有効な策となる。)
- 結果:
@漏給による餓死者やホームレスの増大→1996行政監察局勧告
A2003生活保護担当職員の資質向上に関する検討委員会「生活保護担当職員の資質向上に関する提言」を出さざるを得ない状況となる。
- 同「提言」での現状認識:A.相談件数や申請の増加→業務量増加、B.経験者不足・移動周期の短期化→実務の継承困難・保護の事実認定や判断がCW個々の価値観に左右される、C.研修も非体系的・画一的・非実践的。
- 同「提言」の検討視点:A.職務に対する魅力の作り方、B.組織的に取り組む仕事の進め方
- *@業務量増大によるサービスの質の低下に対する言及無し(4のように対人サービスの民間委託化で対応か?)、A「適正化」政策の撤回無し。
二日前に適正化政策に触れたので、適正化政策について少し詳しく調べてみた。最も気になるのは1980年代から今でも行われていると指摘される第3次適性化政策である。この頃は母子家庭で餓死者が出るなど、ショッキングな事件があったので大分世間でも騒がれ、本も多く出ている。しかし、それでも生活保護の制度は変わらず、実際の現場では相変わらず適用の厳正化をとっているようだ。これはなぜか。これからこの点を深く追求してみたいと思った。
ところで、生活保護の問題点として、研究者によっては、役所の人事制度が悪く、専門的な知識を持った人が育たないことに批判をする人がいる。公務員は福祉職など専門職で入ってくれば別だが、一般の事務で入ってくる場合にはたいてい3年くらいで移動があり、どの分野のスペシャリストにもなれない。幅広く存在する役所の仕事、例えば福祉、環境、産業政策、など全く異なる分野を転々とし、幅広い知識を持った人材に育てたいというのが狙いだという。この人事制度のせいで、生活保護という他の福祉の法律も深く知っていなければ対応ができない分野も前任者からの指導で同じようにやっていくしかない。制度の運用を担う公務員の知識の乏しさという二次的(根本には、国が定める生活保護費抑制政策というのが問題だとは思うが)問題もあると思った。 |
| 「生活保護の現状と課題」援護局長のスピーチから 週刊社会保障No2092 |
今回は「社会保障全体のなかで生活保護のありかたを検討」という特集記事を選んだ。厚生省が2000年6月16日に「生活保護法制定50周年記念大会を開いたときの、厚生省援護局長のスピーチが載っている。
「不況の影響もあるだろうし、実際に50代や60代で会社をリストラされて生活保護に入ってくる人も少なくない。しかし、現在の生活保護の実態を見ると、むしろ社会構造的な問題があると思っている。このため、この不況から出られたからといっても被保護者数は変わらないと思っている」という部分に私も共感した。たしかにバブル崩壊後から近年まで、失業率の上昇に伴って生活保護の保護率が上昇していて、不況の影響が大きいことが分かる。しかし、実際に保護されている人を見ると、何かしらの理由―たとえば高齢や障害や病気など―があって保護を受けるに至っているのである。普段の生活が送れないと被保護層に落ちてしまうということは日本が障害者や高齢者にとって生きにくい社会なのではないかと考えさせられる。また、単身世帯が75%も占めており、家族の扶養をあてにできない時代になっていると考えられる。このような社会的要因もふまえて貧困問題を考えていかなければならないと思った。 |
| 生活保護運用違法が慣例化 厳しい締め付け 読売新聞00/12/05 |
今回は少し古い(2000年)記事だが、生活保護制度の問題点について書きたかったのでこの記事を選んだ。
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」。憲法25条の規定は「生存権」と呼ばれる。それを具体化した生活保護法は、無差別平等の適用が原則だ。
ところが、福祉事務所に出向くと「住まいがない」ことを理由に保護を受けにくくなるケースが目立つ。
ただ地域差があり、東京都や横浜市、神戸市などが簡易宿泊所滞在者を認める一方で、大阪市は病院か施設にいったん入ることを条件にする。福岡市、北九州市のように「住所不定の人の保護は、緊急入院した時だけ」とする自治体も相当数にのぼる。
病院を退院する際、住居がなければアパートの敷金支給もできるのだが、一方的に保護を打ち切り、すぐ働けない病みあがりの人を再び路上に追いやる事例もしばしば起きている。
なぜなのだろうか。
多くの研究者は、「生活保護の運用は80年代半ばから大きく変わった。不正受給防止をうたう国の『適正化政策』で締め付けが厳しくなり、本来、保護すべき人々まで追い返すようになった」と指摘する。
ケースワーカー歴30年の大阪市の男性職員(52)は、こう語る。
「保護の数をできるだけ増やさないよう求められる。細かな監査もあるし、ケースが増えると担当者の負担も大きい。たまたま配属された行政職のワーカーが多く、慣例だけで運用するのも一因。それを国も自治体も本気で改善しようとしない」
日本の生活保護制度が申請すらなかなかできないもので、保護を受けることがとても難しいものだということを知って、私は生活保護を卒論のテーマにしようと決めたのだった。日本の生活保護制度は制度としては整っていても現実的には機能していない。それが捕捉率(保護を必要としている人の中で保護を貰えている人の割合)の低さや受給期間の長期化(保護を一度受け取ったらなかなか抜け出せない)につながっている。生活保護は本当に一部の人にとっての限られたセーフティネットになっているのだ。これでは国全体のセーフティネット、最後の拠り所としての役割を果たしているとは言えないだろう。特に80年代半ばから始まった「適正化政策」では”不正受給をなくそう”というキャンペーンのようなものをはり、申請すら受け取らないということを国(厚生省)と地方自治体(福祉事務所)が行った。保護費を節約したいと考えた国は全国の自治体に通達を出し、保護を申請を受理しないという行為をさせた。受理してしまえば、受理件数のうちの給付件数が公になってしまい、どれだけ国が保護をしていないのかがばれてしまうからだ。
正直言って、日本の社会保障がこれほど薄いものだとは勉強するまで知らなかった。多くの人が普段の生活の中では気付かないのではないだろうか。しかし、所得格差が広がった中で最下層の人や病気で一家の支えを失った人、離婚して母子家庭になった人、など一部の”普通の家庭ではなくなった人”が痛みを感じているのではないかと思った。平均値でものごとを見るのではなく、その中身がどうなっているのか、まで考えていかなければならないと感じた。
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| 人事院の民間企業調査(共同通信) Yahoo!News (9.30) |
人事院が30日まとめた2002年度の民間企業の勤務条件制度調査によると、育児休業が取得できるのは子どもが「1歳未満」までとしている企業が86・1%と、育児・介護休業法で義務付けられた期間内にとどまっているのが最も多いことが分かった。
同法では「1歳以上3歳まで」は育児休業か勤務時間短縮など何らかの措置を取るよう求めているが、「1歳以上3歳未満」で休みを取得できるのは10・5%、「3歳以上」は1・2%だった。
男性の育児休業取得を促すための措置を講じている企業は19・9%。配偶者出産休暇制度があるのは68%で、「理由を問わない」とするのが77・8%、出産や入退院の付添いや出産前後の見舞いなど「理由を問う」が21・0%。休暇の平均日数は2・2日だった。
調査は、国家公務員の勤務条件見直しの基礎資料とするため毎年実施。従業員100人以上の企業4275社のうち、約56%から有効回答を得た。
この調査からは育児休業を制度として整えている企業のうち86.1%が一歳未満までとしていることが分かる。法で義務付けられている範囲は制度を整えているようである。
しかし、制度ではなく現実の取得状況を見ると、あまり良い状況とは言えない。1歳未満の子を持つ親に対して2001年の厚生労働省の調査では、育児休業の取得率は女性56・4%、出産した妻を持つ男性は0・42%だそうだ。育児休業については、「全体で七割、二十歳代では八割が男性も取った方がいいと考えている」(内閣府世論調査・二〇〇〇年)というデータもあり、“休みたくても休めない”事情が分かる。
男性の育児休業は、共働き夫婦の育児支援に重要で、海外では、父親しか休めない期間を設けたり、父親と母親が同時に休めるようにしたりして、取得を促進している国もある。比較的高い出生率を維持している北欧では、男性の取得率がノルウェーで80%、低いとされるデンマークでも10%(いずれも二〇〇一年)に達しており、「男性も子育てに積極的に参加するという意識が、出生率回復のポイントだった」という指摘もある。少子化対策は女性の就労環境を整えること、また男性の意識改革とそれを実現する企業の制度整備、保育所の整備など実に多岐にわたる。幅広く変えていかなければ少子化は食い止められないだろう。 |
| 三位一体不透明、補助金追加削減で自民・地方反発 11月29日読売新聞 |
地方財政の「三位一体」改革で、地方向け補助金を来年度に1兆円減らすための各省庁の追加削減策が28日、出そろった。
多額の追加を要請された国土交通省と厚生労働省が、政府が22日に要請した割り当てをほぼ満たす回答をしたことで、削減額の合計は9200億円を超え、1兆円に迫るところまで上積みされている。
28日には谷垣財務相、麻生総務相が亀井農相と折衝し、1日以降も閣僚折衝を続けて目標達成に向けた調整を行う。
これまで削減予定だった1000億円に、さらに2300億円程度の上乗せを求められていた国交省は、都道府県道などの整備費を国が半額負担する補助金(約1300億円)や下水道事業費の補助金(約8900億円)の一部を廃止して目標額通りの削減を行う。厚労省は生活保護費の国庫負担割合の引き下げ、経済産業、農水、環境省なども、中小企業対策や地方向け公共事業の削減でほぼ割り当てを満たす回答をした。しかし、追加削減が小泉首相の指示を受けて急ピッチで進められたため、削減策のなかには与党の了解を得ないまま提出された事業も多い。自民党内には「1兆円削減には根拠がない」といった不満もあり、与党との調整で、削減額が回答より減額修正される可能性もある。
追加削減される補助金は各省庁が自らの裁量で減らせて継続の必要がない公共事業などが中心で、見返りに行う国から地方への税源移譲は伴わないものが多い。このため初年度の税源移譲額は政府が目安とする「補助金削減額の8―10割」には遠く及ばない可能性が高い。地方自治体からは反発も予想され、なお調整は難航しそうだ。
この記事で気になったのは生活保護費の国庫負担割合の引き下げを厚生労働省が予定していることだ。現在生活保護費は、4分の1を地方自治体が、4分の3を国が負担している。この国家負担割合を下げるということは地方自治体の負担が増えるということである。私は、生活に必要な額は地方によって異なるので保護費は場所によって異なるべきだと思うが、財源がきちんと確保されないと、県によって受給要件の厳しさに差が出たり保護の打ち切りが増えたりするのではないだろうかと懸念する。十分な税収が見込まれる税源の移譲がきちんとなされれば良いが、税源を移譲しても結局税収が得られないだろうと考えられるならば意味がない。スウェーデンでは生活保護費は全てコミューンという自治体が負担し、イギリスでは全て国庫負担である。財源でも国によって大きな違いが見られる。福祉は住民に最も身近な所で考えられ、保障されるべきだというスウェーデンの考え方や全国一律の扶助費を支給し国が保障するというイギリスの考え方、様々な福祉のあり方が考えられる。日本も福祉はどうあるべきかと考え、財源も見直していくべきだろう。国の財政赤字のために地方への補助金を減らすことだけを考えていれば、保護費抑制のための保護の厳格化など、必ず何か問題を引き起こすだろう。 |
| 「現代日本の家族政策ノート」利谷信義 社会福祉研究88号 |
この論文では、第二次大戦後を4つの時期に分けて、家族に対する法政策の展開過程を考察している。第一期は省略して、第二期からポイントをおさえると・・・
第二期(55年から75年の高度成長期)では、家族は急速に規模を縮小し、核家族化した。第1次産業から第二次、第三次産業への大量の労働力の移動は、自営業の家族を減少させ、いわゆるサラリーマン家族を増加させた。夫は企業の基幹的労働力であり、家族においては家計の大黒柱である。妻は専業主婦として家事、育児、介護に専念し、子供は労働から引き上げられ教育に専念することになった。このような家族関係の形成と対応して女性の労働力率はほぼ一貫して低下し、就業したとしてもパート労働であった。企業は女性を基幹労働力とはみなさず、そのかわり男性に対して専業主婦の存在を可能にするほどに支払いをした。この頃の企業の家族政策は、終身雇用、年功序列賃金、企業福祉が中心だった。国の家族政策はこのような企業と家族の関係に対応し、税制においては所得税法が配偶者控除を認めた。また、事実婚の配偶者は控除を受けられないから法律婚への方向付けがなされている。また、社会保障制度でも国民年金法の3号被保険者に対する保険料免除が行われた。健康保険では被用者の被扶養者である直系尊属、配偶者、子、孫は保険給付を受けることができる。これらのことは離婚などにおける妻の自由を制約した。
第三期は70年代後半から88年にかけて、経済の低成長にみあう新たな家族のあり方が模索された時期である。1973年のオイルショック以降、経済成長が鈍化した。企業は経済危機に対応し、リストラや労働強化、優秀な労働力の採用に尽力した。それは過労死をも誘発する長時間労働をもたらすとともに、家計を補助する女性の労働市場への進出をもたらした。この背景には女性の高学歴化があった。しかし、女性は家事や育児の責任を持っていたのでパートタイム労働が多かった。この時代に女性の過重負担(家庭責任+雇用の二十負担)が始まったのである。
第四期は89年以降、世界史的転換がなされている時代。家族に関する法律が変革しつつある。その内容は女性労働政策(86年の男女雇用機会均等法、女性の時間外労働や深夜労働を禁止した規定を撤廃した労働基準法改正)、男女平等政策(1999年の男女共同参画社会基本法)少子・高齢化対策(95年の育児・介護休業法、2000年の介護保険法、95年の高齢社会対策基本法、2003年の少子化社会対策基本法)などである。また、子供を巡る家族政策としては児童虐待防止法、女性に対する犯罪の取り締まり強化としてはDV法、ホームレス対策としてホームレス自立支援特別措置法もある。
こう見ていくと現在は家庭崩壊が大きな社会問題となっていることが分かる。女性の社会進出と家庭内問題の解決が大きな課題である。この二つの課題はなぜ生まれてきたのか。なぜそのような社会になってしまったのだろうか。女性の社会進出と貧困にかかわりがあるかは分からないが、家庭内問題は貧困層に関係する。家庭問題によって離婚したひとり親家庭は貧困に陥りやすいし、現在急増しているホームレスは家庭がうまくいっていれば本来生まれてこない人たちである・・・というように。だから、社会が現在のような状況になったのはなぜかということも考えつづけていきたい。 |
| 「現代家族とケア」 社会福祉研究88号 |
今日はケアを介護や育児などの「ケア」の分担と家族政策のありかたについて論じられた論文からコラムを書きたいと思う。
1990年代以降の政策動向の特質の一つは、「家族支援」というキーワードに集約的に表現されている。今日では、ケアを無償で担う専業主婦の存在を無条件に前提にすることはできず、親と未成年子、成人子と老親のあいだの世代間関係も変容している。このためケアの役割分担について、家族内の性別・世代の軸に沿った見直しとともに、家族と社会の間の線引きに関する再検討が迫られている。従来私的な問題とされてきた子育てや高齢者介護に社会が大きく踏み込んで支援するための諸施策が整備されつつある。しかし、家族支援という名のもとに整備を進めても、「家族支援」を強調することは、ケアニーズを満たすことが本来的には家族(とりわけ女性)の役割であることを再確認させる効果を有する。例えば介護や育児のために現金支給をすることは、家族(女性)が多くの負担を抱え込まざるを得ない在宅介護、育児の現状を固定化する可能性があるのだ。
社会保障のあり方は家族の形に大きな影響を与えると思う。しかし、家族の形が社会保障の形成にも大きな影響を与える。どちらが本当かは分からないが、私は今の時代に求められていて、かつそれがよりよい将来につながるような社会保障制度にすべきだと思う。例えば、今は少子化問題が言われている。そこで保育所を増やそうという動きが出る。あるいは育児手当のように子を持つ世帯に金銭的援助をしようという動きがでる。保育所を増やせば働く女性が増え、育児が女性だけのものではなくなるかもしれない。その代わり、家族の結びつきが今ほど重要ではなくなり、離婚率が上がり、個人主義化した国になるかもしれない。一方、金銭的援助をすれば、それは今以上に育児や介護などのケアを家庭で行うことにつながり、女性にケアが固定化する恐れがある。すると核家族で子育てに悩む女性はもっと子供を産もうというインセンティブを持たないだろう。金銭的な子育てのつらさを軽減するだけで、現代の家族や母親が抱える問題を根本的に解決することにはならないと思う。同じ少子化を防ぐという目的でも方法によって社会の形が大きく変わる。政策を考える際には深く、多角的に将来を予想する必要性があると思った。また、将来を予想するためには、やはり日本の先を行く海外諸国を見るのがいいのではないかと思った。 |
| 「ひとり親家庭と生活支援」 社会福祉研究第88号 |
今日は直接生活保護について書かれた記事ではないが、家庭に対してどのような支援が必要か、ということについて論じられた記事を選んだ。
カウンセラーという立場の筆者からは、現代の家族はゲットー化した収容所のように見えるという。多様な相談に共通するのは家族という密室の中で起きるトラブルや暴力や虐待に関するものであった。これらのうちの多くが父親や夫から娘や妻に対して行使され、しかも女性や少女たちは地域にある各種の資源から隔絶されている。
このような問題を持つ家庭は離婚すればその問題は解決するかもしれない。しかし、新たな問題を抱え込むことになる。生活の再建と就業問題などの経済的困難、ひとりで抱え込む子育ての大変さなどである。
ひとり親家庭の貧困については私も調べたが、この筆者も年収の低さや就業率の高さを指摘している。ひとり親家庭の経済的低水準はイギリスにおいてもあてはまる問題であった。しかし、イギリスは金銭的な援助を、就労しなくても受けることができる点が異なっていた。
日本のひとり親家庭、母子家庭はなぜ就労しているのに経済的に苦しいのだろうか。それは母親がパートタイマーやアルバイトとして働いているからである。イギリスの女性の就労率は日本より高いが、それでも20代後半から30代全般はパートタイムで働く人の割合が高くなっていている。子育てが女性の仕事となっているから、フルタイムで働くことを諦めているのである。
ひとり親家庭になった時の経済的困窮がわかっているから、女性はなかなか離婚できない。慰謝料がもらえればいいが、暴力や浮気などによって離婚したいと思う夫に頼りつづけることは女性のプライドを傷つける。
根本的には、家庭内で問題がなければいいけど、もし問題が発生したらすぐに相談できる場所や適度に家庭内に入ってきてくれる人が必要だと思う。そして、どうしても駄目だったら離婚でき、ひとり親になっても困らない環境ができれば良いのではないかと思った。その環境を整える際、ひとり親である母親が働かなくてよい、というのはイギリスの例からも分かるように公的扶助から抜け出せなくさせ、財政を逼迫する。働きながら自立できるためには女性の雇用を守ることが必要なのではないか。パートタイムとフルタイムの格差の大きさも問題なのではないだろうか、と思った。 |
| 低所得地域で育児環境改善の取り組み 週刊社会保障No2168(2002.1.14) |
今回は新聞記事ではなく、週刊社会保障に掲載されている「社会保障見聞録」の記事からコラムを書きたいと思う。
ブレア労働党政権は低所得者対策に積極的に取り組んでいる。低所得者となる第一義的要因は就労できないからであるが、その背景には、十分な教育を受けていないために働く能力がなく、しかも低所得の為働く能力を身につけることができず、就職できないまま、例えば薬物に手を出したりすることにより、ますます生活環境が悪化していくといった状況がある。
さらに、親が低所得であることにより、その子供が教育の機会を得ることができず、子供もまた親と同じように低所得になってしまうということもある。
ブレア政権はこうした状況を克服するため、貧困から脱出する最大の手段は就労であるという基本的考えのもと、「福祉から就労へ」という施策を展開している。雇用状況の特に悪い地域に焦点をあてた雇用援護策や低所得地域において称号的な育児環境の改善を図る取り組み(シュアスタート)など、対策を講ずべき対象地域を政府が指定し、地域で柔軟に活用できる資金を重点的に投入することにより、低所得状態の改善に向けた取り組みが進められている。
この記事では、そうした低所得者対策の取り組みが、実際に行っているボランティア団体などの状況を中心に報告されている。
シュアスタートとは、低所得地域において総合的な育児環境の改善を図る取り組みであり、これまで各政府機関により縦割りで実施されてきた子供に対する医療、教育の事業を、各地域において政府機関やボランティア団体等が協力しながら横断的に実施するものである。低所得地域において、4歳未満の子供やその家族を対象に、情報提供やカウンセリングなどによる子育て支援、母親の自立に向けた教育研修、保健婦による新生児を対象にした家庭訪問などを行っている。
著者が実際に訪れていたシュアスタートプログラムを実施する機関は、地方当局が責任主体となり、ボランティア団体が運営の調整を行っていた。プログラムには地方当局の職業安定所、家庭医、保健当局、教育機関、図書館など25の組織が関与し、互いに連携している。活動内容としては、母親が集まって悩みなどを相談しあう母親グループの開催や、託児所の運営、英会話研修を受けさせたりしている。また、薬物中毒、児童虐待など様々なケースがあるので個別カウンセリングも行っている。
私は、低所得地域で特にこのようなプログラムを設けていることに感心した。保育所を増やすという取り組みは、女性の社会進出とともに求められ始めている。しかし保育所を必要とする理由は様々であり、母子家庭で働きたい人は生活がかかっているので、夫が十分に稼いでいるけど時間があるから働きたい人とは異なった特別の対策をとるべきだと思うからだ。「福祉から就労へ」というスローガンのもと、全国画一的な対策ではなく、現状をよくみてきめ細かい対策を行っているところは素晴らしいと思った。 |
| 欧州の年金改革 読売新聞 10/28 11面 |
日本と同様、深刻な高齢化に直面する欧州連合加盟国が、痛みを伴う年金改革に取り組んでいる。
近年の改革の動きは以下のとおり。
・フランス・イタリア・オーストリア→年金納付期間を延長。
・ドイツ→支給開始年齢を65歳から67歳に引き上げ。
欧州で改革の先端を行くスウェーデンはどうなっているのだろうか。スウェーデンは高齢化の進展も早く、90年代に年金財政は危機を迎えた。99年導入の年金制度は保険料率を賃金の18.5%に固定した。高齢化で年金財政が悪化した場合、現役世の負担は増やさず給付額を自動的に減らす。同時に@現役世代に毎年、将来もらえる見込み給付額の変動を通知A長く働けば給付増額というシステムにした。見込み給付額は平均寿命や賃金上昇率から推計される。65歳を基準にすると61歳でやめれば3割減、70歳まで働けば5割増しになり、何歳でやめるかは個人の自由だそうだ。また、保険料の約1割は納付者が自己責任で運用するという。
年金改革と高齢者雇用を同時に進めている点も欧州の特徴だ。EUは今は約40%の55歳から64歳の就労率を2010年までに50%にする目標を掲げた。各国は、高齢者の雇用差別禁止法制定や職業教育の充実に努めている。
欧州はこのように改革を進めているが、日本はどうなっているかというと、まだ改革に至っていない。今行われている衆議院総選挙でも、年金改革にきちんと踏み込んで公約をしている党はない。国民が関心を持っている年金についてはあいまいなことしか書かないマニフェストは意味があるのだろうか。選挙の争点にはしたくないという思惑は分かるが、もう少し具体的な案を聞きたいと思った。
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| デフレ対策決定 日本経済新聞 10/31
1面 |
政府・与党は30日、経済財政諮問会議の了承を経て、総合デフレ対策を決定した。銀行の不良債権処理の加速に向けて貸し出し債権の査定方法の強化を打ち出し、自己資本が不足する現行に必要に応じて預金保険法に基づいて公的資金を注入することを明記した。再生可能な企業の受け皿となる「産業再生機構」を官民出資で創設し、産業の再編や事業の早期再生を促すことも盛り込んだ。日銀も同日、追加の金融緩和を決定し、政府・日銀一体でデフレの克服を急ぐ。
9月30日の内閣改造から1ヶ月。政府、与党が発表した総合デフレ対策は不良債権処理の加速と借り手企業の再生を一体で進めるとともに、雇用・中小企業対策の安全網を整備し、不良債権処理に伴うデフレ圧力を緩和することを目的として、竹中経済・金融相を軸として考案されたものである。
10月30日に発表されたこのデフレ対策は、アメリカのエコノミストに「当初の竹中構想から大幅に後退し、中途半端な妥協の産物になった」と激しく批判されている。
当初の竹中構想と異なっているいくつかの点の中で、最も大きな批判を浴びているのが「税効果会計の厳格化が事実上先送りされたこと」である。
税効果会計とは、払いすぎのため将来戻ってくる予定の税金を予め資産として見込み、それに見合う分だけの額を自己資本に繰り入れることができる制度である。現在の制度では向こう5年間で見込まれる所得の累計額に約4割の法人実効税率をかけた金額を上限としている。今回提案された竹中構想では税効果をはじく際の所得額を米国と同様1年分とするか、資本算入額を中核的自己資本の1割までに制限する方針を示した。現行の制度では、税効果で積みあがった大手銀行の自己資本は3月末で8兆円強と中核的自己資本の約半分である。現時点で米国並みの基準を採用すると、6兆円前後の自己資本が消え、大手銀行の自己資本比率は国際基準の8%を軒並み下回る可能性が高い。
銀行側は自己資本不足が起こると公的資金注入をなるべく受けないようにするために貸ししぶりや貸しはがしをする可能性が高い。実際、竹中金融相に対し大手銀行の幹部達は「そのような厳格化を行うのならば貸しはがしをするぞ」と脅していた。だから、竹中さんは妥協してこの会計について当初2004年3月期までと猶予期間を決めていたのを取りやめ、明確な期限を決めず、事実上先送りしたのである。
竹中さんは与党からも激しい批判を浴び、多くの政治家と意見をぶつけ合っていた。結果的には妥協することになったのだが、私は竹中さんが妥協すべきだったのか、それとも痛みをともなう不良債権処理を思い切って行うべきだったのか、いくら考えても分からなかった。
そもそも、不良債権処理とデフレ対策はどちらを優先するべきなのだろうか。現在の日本は銀行が抱える膨大な不良債権のせいで企業にも充分な資金が回らず、企業は雇用調整や数量調整を行わざるを得ず、消費者・企業双方の心理を悪化させ、物が売れないという不況に陥っている。企業の業績は悪化し、地価・株価の下落につながる。それがますます不良債権を増加させる。このような”デフレの悪循環”が起こっているのである。
アメリカからすれば、日本が徹底的に不良債権処理を行い、経営状態の悪い企業を倒産させることは好ましいことだろう。なぜならアメリカは倒産した日本の企業や資産を買い取り、その後のデフレ脱出過程で資産価格が上昇した時に、大きな利益を得ることができるからである。よって、アメリカ人の主張はそのような狙いもあると考え、鵜呑みにしてはならないだろう。
日本人で不良債権処理に反対するのは銀行関係者である。責任を取りたくないからだろう。不良債権がますます増えているにも関わらず、損失を確定するのが嫌だから放っておいていた。景気が回復すれば全て解決すると考え、根本的な処理を行わなかった。
私が先日読んだ「日本経済50の大疑問」という講談社現代新書の著者である森永卓郎氏は次のようなことを述べ、デフレを解消してから不良債権処理を行うべきだと主張している。
『アメリカにおいて80年代後半に住宅用不動産のバブルが弾け、貯蓄貸付組合がばたばたと破綻していった時、発生した不良債権は整理信託公社が引き取ったが、あまり被害が出なかった。この公社を使った方式が成功したのは湾岸戦争後に景気が拡大し、土地の値段が上がったからだ。そのために不良債権が高く売れ、あまり被害が出なかったのだ。つまり、アメリカでさえ不良債権の問題を解決するには地価上昇に頼るしかなかったのだ』
不良債権処理とデフレは鶏と卵のような関係なのだ。私にはどっちを優先させるべきかわからない。しかし、今まで銀行の経営責任を問わないできちんとした対策を取らなかったからこのような悪循環にはまってしまったのである。そろそろ思い切った不良債権処理を行う必要があるのではないだろうか。そのために出てくるデフレ圧力に対しては個別にセーフティネットを用意すれば良い。私は竹中さんを支持したい。
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| 北朝鮮「調査団を受け入れる可能性はない」 読売新聞 9/25
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北朝鮮が24日、日本外務省を通じて拉致被害者の家族に対し、真相解明のため、家族らが求めていた警察などによる調査団の北朝鮮派遣は認められないとの意向を伝えてきたことが明らかになった。これに関連し、外務省幹部は、家族の関係者に「北朝鮮が調査団を受け入れる可能性はない」と明言した。北朝鮮が死亡したと伝えてきた被害者8人の墓所などについても「(北朝鮮は)具体的な場所などは明らかにしない」と述べ、北朝鮮側が極めて厳しい姿勢であることを示した。
ここ最近、毎日必ず北朝鮮に関する記事が新聞で大きく取り上げられている。私は今まで北朝鮮についてほとんど知識が無かったが、今回新聞を初めとしてインターネット上や雑誌でも多くの記事に触れ、北朝鮮を取り巻く韓国、中国、米国などの国際情勢に興味を持つようになった。
日本は戦後、北朝鮮と国交を回復しないまま57年の長い歳月を経た。今まで何度か歴代首相が日朝国交正常化を目指して交渉をしに訪朝しているが、一度も上手くいくことがなかった。なぜ今回小泉首相はたった一度の訪朝で国交正常化へ向けて大きく前進することができたのだろうか。また、今まで北朝鮮は拉致関与を一切認めなかったのに、なぜ突然認め、謝罪をしたのだろうか。
私は初め北朝鮮は援助が欲しいから、あのような譲歩に出たのだと思っていた。それほど北朝鮮の経済、食糧事情などは危機的な状態にあるのだろうと単純に考えていた。しかし、あるサイトで次のような見解を目にし、少し見方が変わった。
それは、今、米国がイラクを攻撃するか否かの緊張感が漂っている中で、「米ブッシュ政権の中枢部には、イラクなど世界の反米的な国々をアメリカの敵に仕立てることで、冷戦時代のような世界的な対立構造を作ろうとする極右派(新保守主義、ネオコン)と、そのような対立構造を作ることに慎重な中道派(均衡戦略派、外交派)とが対立している」ということに関係していると考える見解である。現在はイラク攻撃を推進する極右派が優勢である。極右派の思惑通りにイラク攻撃が実施され、サダム・フセイン政権が倒れた場合、アメリカ中枢部では極右派の力がさらに強まり、中道派の力が弱まる可能性が大きい。その手の敵対構造を東アジアに持ち込みたくない中道派は、極右派がイラクにかかりっきりで、中道派の力が強い今のうちに、北朝鮮や中国を、右派の戦略から切り離そうと考え、そのため小泉首相に北朝鮮訪問を持ちかけ、金正日にも「大幅譲歩すればサダムのようにならずにすむ」と持ちかけたのではないか、ということである。この見解に私は妙に納得した。そして同時に、これは日本と北朝鮮という狭い範囲の問題ではなく、世界全体に関わる問題なのだと思った。
北朝鮮国内の核の問題、貧困の問題、国民の自由が厳しく制限されている問題などはどれも重大な問題であり、放って置いていいような問題ではない。どうにかして北朝鮮の国民を救わなければならないと思う。しかし、同時に考えなければならないのは何でもアメリカ主導の世の中でいいのか、ということではないだろうか。北朝鮮にせよイラクにせよ問題を解決することは必要だ。しかし、それが全てアメリカ主導で行われているという現状を私達は素直に受け入れていいのだろうか。
私は一国が力を持ちすぎている現在の世界はおかしい、是正すべきだ、と思う。なぜならある一国の中で独裁が行われ、国を動かすのがごくわずかの人だけだったら、その国は民主的な国になれず、それが原因で経済発展や文化的な面で後れをとる事が多いように、世界でも一国が力を持ちすぎていたらその国の言う通りに物事が進み、一国内部の現象と同じようなことが起きるかもしれないからである。
現在の米国は国際社会において協調的であるとは言えない。むしろ自国のエゴに執着する一国主義であるように見える。京都議定書の批准を拒否したり様々な国に軍事介入したりしていることからも分かる。私はこのような超大国が好き勝手に行動することは許されないと思う。
私はこれから、国際的なニュースを見る時は米国の立場や米国的な考え方は何か、ということについて意識しながら見ていこうと思った。そうすればより深く理解できる気がする。
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| エンジェル税制拡充 読売新聞 7/29 1面 |
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経済産業省は28日、個人投資家が株式未公開のベンチャー企業に投資した時点で、投資額の一定割合を税額控除するエンジェル税制改正案を明らかにした。ベンチャー企業への投資を活性化し、新産業育成につなげることを目指しており、2003年度の税制改正要望に盛り込む。現在のエンジェル税制は、ベンチャー企業に投資して、損失が出た場合、損失を3年間繰り越して他の株式譲渡益と通算して相殺できる。利益が出た場合、譲渡益の4分の3を非課税にできる。だが、この税制を97年6月にスタートして以来、エンジェル税制を利用した投資は226件、投資額は計4億円と、ほとんど使われていないのが実情だ。
経産省のエンジェル税制改正案では、投資した時点で10%前後の税額控除を適用したい考えで、300万円投資した場合には、30万円前後の税金の支払いが免除される。一方で、損失が出た場合の3年間の繰り越し処理を、5年間に延長することも盛り込む方針だ。
「エンジェル」とはアメリカで個人投資家のことを言う。エンジェル税制は個人投資家がベンチャー企業に投資をしやすくするための税制である。私はこの記事を読んでまず、この税制ができてから5年も経っているのに226件しか投資されていないなんて、もっと早く税制を見直すべきだったのではないだろうかと感じた。制度とは作って終わりというものではなく、それが目的を達成して初めて意味をなすものである。よって、制度ができたならそれがきちんと活きているかをチェックしていなければならないと思う。
ところで今回この税制が見直されたことで本当にベンチャー企業は活性化するのだろうか。日本でのベンチャー企業が注目を集めたのは米国においてベンチャーの隆盛が経済の活性化に影響を及ぼしたと考えられたことに起因する。しかし、米国におけるベンチャー企業輩出のシステムは、人材の流動性の高さや創業者こそが尊敬を得るといった文化・風土に根ざしたものであり、わが国がシステムを単純に導入できるものではないことも確かである。単にベンチャーに対する税制を優遇してもそう簡単にベンチャー企業は育たないかもしれない。
しかし、投資をしやすくすることができたら、すなわち投資家のベンチャーへの投資のインセンティブを高めることができたなら、資金集めに苦労するベンチャー企業を助けることができる。それがベンチャーを活性化させることになる可能性はある。今回の改定でこの税制が上手く機能し、ベンチャーを活性化させ、さらに日本経済を活性化させることを私は望む。これからの動向に注目したい。
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| アフリカ連合発足 読売新聞 7/10
3面 |
貧困と紛争の大陸からの脱却を目指すアフリカ連合(AU)が9日、アフリカ統一機構(OAU)を発展的に解消して発足した。欧州連合(EU)をモデルに、共通の軍隊や議会を持つ国家連合まで視野に入れた壮大な構想である。しかし、加盟53か国の国情や思惑は様々なうえ、統合への具体的な手順も示されていない。夢の実現への道のりは遠く、険しい。
AUの特徴は加盟国への内政干渉も排除していない点である。創設規約では、戦争犯罪や大量虐殺など重大な状況が生じた際、AUは加盟国に介入できる。内政不干渉の原則に縛られ、紛争解決には無力だったOAUの教訓を踏まえたものだ。
経済面の目玉は、主要国首脳会議(カナナキス・サミット)で、援助や投資の受け沢としてアフリカ側が示した開発計画「アフリカ開発のための新パートナーシップ」(NEPAD)。これまでは、紛争や政治腐敗がアフリカへの投資意欲を鈍らせてきたが、加盟国が民主化の度合いを相互評価し、評価の高い国に投資が集まる体制を目指す。
私はこの機構に大きな期待を寄せている。初めて内政干渉ができると規約されたことはとても大きなことだと思う。確かに問題は山積みだ。面積でEU(15カ国)の約9倍、人口で2倍以上の国家連合が実際に機能するまでには、相当の困難が予想される。域内各国の経済格差は大きく、巨額の対外債務に悩む国も多い。発足当初から財源不足や域内指導者間の主導権争いなど組織運営をめぐる問題が発生している。
関係者によると、リビアのカダフィ大佐はAU発足前夜の8日の首脳会議で、議長任期を1年から5年に延ばし、すでにほぼ固まっていたAU本部の設置場所をエチオピアの首都アディスアベバからリビアの首都トリポリに代える――など「土壇場の修正提案」(南ア政府関係者)を行った。
カダフィ大佐は、それまで中東地域で堅持していた一定の存在感が時代とともに薄れ始めたことを踏まえ、「アフリカの盟主」として、自らの政治的主導権奪還に転じたとされる(毎日新聞7/11より)。
このように主導権をめぐってこれからも各国の思惑が交錯していくだろう。民族も宗教も言語も政治体制も国によって様々である。異なった考え方を持つ8億人もの人々がまとまることははたして可能なのだろうか。不安は大きい。
しかし、アフリカ内部で相互に民主化の度合いを評価しあい、独裁的な政治を行っている国には投資が集まらないようにするというシステムを作ることはアフリカにとって必要で、価値のあることだと思う。互いに切磋琢磨、協力しあい民主的な国作りを行っていってもらいたい。AUがきちんと機能すれば先進国の援助に頼るのではなく自分達で協力しあい様々な問題、貧困問題や政治、経済、紛争の問題などの解決できるようになるだろう。これからいかにAUを機能させていくかがポイントになる。今後の歩みに注目していきたい。 |
| 道路公団民営化委員決定 読売新聞 6/22
1,13面 |
政府は21日、道路公団民営化のあり方を検討する第三者機関「道路関係4公団民営化推進委員会」の委員7人を決定した。人選は改革色をアピールしつつ、道路建設推進派とのバランスにも一定の配慮をしたものだった。
小泉首相は「反発を覚悟の上で捨て身の決意で人選した」と言っている。7人のうち首相の考えに近い「改革派」と目されるのは旧国鉄分割民営化の旗振り役だったJR東日本の松田昌士会長と、旧総務庁出身で行政改革の専門家の田中一昭拓殖大教授で、さらに急進的な改革派は猪瀬氏である。作家の猪瀬氏は高速道路建設の即時中止など最も急進的な主張を掲げる人物で、自民党道路族は猪瀬氏の起用に強く反発している。改革派の主張は民営化された新会社が政治家の影響力を排除できる「完全民営化」である。
一方、首相は道路族や国土交通省の主張に理解を示す有識者も加えている。国交省の審議会委員などを数多く務め、高速道路建設を進める同省技術系官僚の「カリスマ的存在」と言われる中村英夫武蔵工大教授や、道路公団の取引相手である新日鉄の会長や日本経団連名誉会長を務める今井敬氏である。
私はまず、小泉首相が反発を覚悟の上で改革意欲に富む猪瀬氏を選んだことに一定の評価をすべきだと思う。(道路族議員から猛烈な反発が出ていたからこそよけいに、小泉首相は「抵抗勢力に屈した」と言われないために猪瀬氏を選ばざるを得なくなったと思うが。)
小泉首相は「改革を叫びはするけれども実行できない」と国民から言われ、支持率も著しく低下している。委員が決定し、ここからが勝負だろう。道路族の狙いは高速道路の管理運営部門だけを民営化して建設・保有部門に国が関与する「上下分離」方式を採用することである。建設に国が関与すれば未整備区間を完全に建設できる可能性が残るからだ。小泉首相がどこまで道路族の抵抗に屈せずに「完全民営化」を実行できるかが焦点だ。
小泉首相の改革の“本丸”と言われる道路公団改革が後退する印象はなんとしても避けなければならない。支持率回復のためにも抵抗勢力の思うままに負けることがないように頑張ってもらいたい。 |
| 課題山積み ケア・マネージャー 読売新聞 6/18
28,29面 |
介護保険制度の要として作られた専門職・ケアマネージャー。「仕事量の割に報酬が低すぎる」「玉石混交で仕事の量にばらつきがある」などの問題が指摘されている。介護報酬は来年度から大幅に引き上げられる見通しだが、仕事の質を全体的に底上げするのは難しい。
ケア・マネージャー(介護支援専門員)とは@要介護・要支援の認定を受けた人に必要なサービスの提供計画である介護サービスプラン(ケアプラン)の作成、Aそのための個別ニーズを評価する課題分析、Bサービス計画に即したサービス提供の実施、およびC実施後のサービス提供管理とニーズの再評価などを担当し、介護保険施設に配置される人物である。国はケア・マネージャー一人当たり担当利用者数を50人/月を目安としている。しかし仕事の範囲が幅広く、きちんと仕事をしたら50人も担当することは難しいという。また、介護報酬は仕事量の割に低く、採算が取れない事業所も多い。こうした問題は介護報酬の引き上げを機に改善されるだろうが、ケア・マネージャーの課題はまだまだ多いようだ。
まず、やる気のないケア・マネージャーがいて、利用者から「相談したいことがあるのに来てくれない。」などの苦情が多数寄せられている。また、本来当然できなければならない仕事ができないケア・マネージャーもいる。これらの問題の背景には、ケア・マネージャーは専門能力を十分発揮できない環境にあるという現実がある。具体的には自治体の支援体制がないことや、仕事の評価をする機関がないこと、本来の仕事以外にもやることが多く、やりがいを感じられなくなっていること等が挙げられる。
私はこの記事を読んで初めてこのような、個人個人の生活プランを考える職業があることを知り、将来の少子高齢化社会を見据えた良いサービスであると思った。しかし、現実には様々な問題があり、うまく機能していない。このことは1998年から2001年にかけてケア・マネージャーの資格を得た人は2.5倍近くになっているにも関わらず、実際に働いている人はほとんど変化していないことにも表れている。ケア・マネージャーが単に資格として捉えられていて、報酬が低いし仕事は大変だし、という理由で実際には働かないというのは悲しい現実であると思った。来年度から介護報酬も引き上げられることだし、これを機に資質向上のため働く環境を整えることが今最も求められていることだと思う。 |
| 違反添加物新たに2種 読売新聞 6/7
社会面 |
「協和香料科学」の茨城工場が食品衛生法で認められていない添加物を香料の原料にしていた問題で、同社が既に判明している3物質意外にも2種類の違反添加物を使用していたことが6日、わかった。厚生労働省は安全性に問題がないとしているが、菓子類などに幅広く使用されていると見られ、大手食品メーカーを含む東京都などの計4社57工場に出荷されていた。同県は食品衛生法違反で茨城県警に同社を刑事告発する方針を固めた。
最近、雪印食品の食肉偽装事件発覚以降、消費者の食品関係への不信感が募っている。今回の協和香料の事件で判明した違反添加物はどれも欧米では使用が認められている、健康には影響がない物質だという。それなのにこれほど大きな波紋を呼んだのは消費者が「食」に不信感を持ち、敏感になっている時期だったという背景もあると思う。しかし、この事件は「今だから大騒ぎされている」という認識で流されるべき問題ではない。
協和香料科学は違反添加物と知りながらそれらの物質を製造し続けていた。欧米では使用されているし、新たな物質を作るのは技術的に難しいから、違反物質を作り続けていたのである。ここに大きな問題があると思う。すなわち企業努力を怠り、その代わりに消費者に不安を与えるということである。
私たち消費者は専門的知識や、何が安全か自分で判断する力を持っていない。だから、食品を選ぶ際に見ることはパッケージに書いてある文や製造している会社の名前など、信用があって初めて意味を持つ「表面的なもの」である。
企業は儲けることを最優先するものだと思う。しかし、何より大切なのは信用だ。信用がなければいくら製品を売っても選ばれるわけがない。食品に関しては命に関わるのだから特に信用が大切になる。食品会社は法令やルールを遵守するという最低限のモラルは守らなければならない。
信用とは勝ち取るのは難しく、失うのは簡単な、非常に労力を使うものである。しかし、消費者の信用を失った企業は淘汰されると実証されている今、各企業は自らを謙虚に省みて、信用を守り、育てていかなければならないと思う。 |
| 地方独自新税 広がる 朝日新聞 5/28
1面 |
全国の8割を超える40都道府県と、札幌、横浜、京都などの23市区町村で独自の新税を実施・検討していることが朝日新聞社の調査でわかった。国から地方への税源移譲が一向に進まないなか、自治体は財源探しへ追い立てられている。新税創設の広がりには、不況による税収減や度重なる景気対策による財政悪化が背景にある。さらに、00年4月の地方分権一括法施行で、地方税法に規定のない「法定外普通税」の導入が容易になり(国の許可制から事前協議制に変わった)、特定の施策に充てるための「法定外目的税」も新設されたことが追い風となっている。今回の調査でも、環境対策を目的とする法定外税が目立った。
現在考案されている税の例として、例えば神奈川県や高知県など13の都道府県が検討している「水道源税」がある。水道源税は森林の再生や保護を目的としたもので、これは住民の理解を得やすい。その他にも高層マンション建設を規制するための「ワンルームマンション税」や産廃税、パチンコ税など様々な種類の税が考えられている。
このような税は各地方に合わせて、その土地にあった税収入が可能になるということがメリットだろう。その地域で困っていることを改善させるために、ユニークな税を考える事もできるし、市民の反応を見ながら導入を進めることもできる。国に決められるより、県や市で協議が行われて決められた方が「こんな税金ができたんだ」と関心を持つことができることもメリットだと思う。私達国民が、税にあまり関心がないことが今の税制に暗い影を落としていることが懸念されている今、そのような意味もあってこの税制度は良いのではないかと私は思った。 |
| 企業決算ピーク 読売新聞 5/25
3面 |
主要企業の2002年3月期の決算発表が24日、ピークを迎えた。国内景気の低迷やITバブルの崩壊、米同時テロなどの影響を受け、産業界全体では3年ぶりの減収減益を記録した。2003年3月期はリストラの進展や、アメリカの景気回復を背景に「V字型回復」を果たすと予測する企業が多いが、依然、低調な設備投資や雇用環境の悪化などの不安材料も多く、予想どおりの急回復が可能かどうかは不透明な状況だ。
今回の決算で明らかになった主要企業(東証1部上場企業)の業績低迷について、ITバブルの崩壊とデフレの進行が2大要因と分析されている。
デフレ下でも順調に業績を伸ばしてきた企業も「勝ち組」と「負け組」が明確になりつつある。(家電量販店のヤマダ電機は、大量販売による低価格に加え、品揃えも充実させ、前期より売上高を19%、経常利益は11.5%も増やして売上高で初の業界トップに立った。一方、トップを明け渡すことになったコジマは上場以来初の減収となった。)価格だけでは消費者をつかみきれなくなっていることが分かる。また、BSEや米同時テロは産業界全体に大きな悪影響を出している。
さて、来年2003年の3月期決算では売上高で1.7%増、経常利益は63.1%増と業績が大幅に反転する「V字回復」が予想されているそうだ。この予想の理由は、アメリカの景気回復で輸出企業の販売が増加すると見られることや、円安による輸出採算の向上などである。
しかし、最も大きな理由はリストラの進展で人件費が大幅に削減される点だ。企業が本業で本格的に力を盛り返してきているとは言いがたい面があるという。
為替メリットを得ることで楽観的な予測がされているが、最も求められていることは企業の安定した成長だろう。そのためには企業は創意工夫し、消費者に受けいられる製品作りをしなければならない。外国の需要をあてにするのではなく、国内の需要を喚起させるような製品作りが必要だと思う。そうでなければ為替によって経営が左右されてしまうので、一時的に景気が回復してもすぐに行き詰まってしまうかもしれない。
景気底入れ宣言が発表されたが、ここからが企業の勝負だ。各企業の努力に期待したい。 |
| 中国 鉄鋼輸入制限発動へ 日本経済新聞 5/22
1面 |
中国政府は鉄鋼製品に対する緊急輸入制限(セーフガード)措置を24日から暫定発動する方針を決めた。米国が先に鉄鋼製品を対象にセーフガードを発動した影響で、中国に安価な鉄鋼製品が流入し、国内産業が打撃を受けた可能性があると判断した。
中国は日本にとって韓国に次ぐ2番目の鉄鋼製品の輸出先。2001年の対中輸出量は約514万トン。全世界への総輸出量の15.7%を占める。
今回の中国の措置は日本が最も恐れていたことが現実となった結果である。米国のセーフガード措置に対しては既に大半の品種で反ダンピング(不当に安く販売される輸入品の流入を防ぐ為に、ダンピングによる不当な価格差相殺するように追加関税がかけられること)措置を受けていたこともあり、日本の鉄鋼メーカーは「実質的な影響はない」と冷静だった。むしろ中国などアジア諸国が米国に誘発され貿易制限策を打ち出すことを恐れていたのだ。中国のセーフガードの対象に高級鋼材が含まれるかどうかなど日本への影響がどの程度になるかは現時点ではまだ不透明であるが、もし中国向け輸出が大きな打撃を受けることになれば、日本の鉄鋼メーカーは設備稼働率の低下によるコスト上昇は避けられないと考えられる。
他国製品を締め出す保護主義は自由貿易に反する行為である。そもそもの発端は3月の米国の措置であった。米国は秋の選挙で鉄鋼業界の標を稼ぐためにセーフガードを発動した。貿易問題、セーフガードが選挙向けのパフォーマンスに利用されたのである。このような米国の身勝手が他国の産業に大きな影響を与えた。米国は世界経済の中心的存在であり、大きな力を持っている。そのような国が世界経済の回復や安定に水を差すようなことをしてはならない。
私は今、日本やヨーロッパ各国、アジアなどは制裁と報復の連鎖に陥いるのではなく、協力し知恵を出し合い、この問題に取り組んでいくべきだと思う。 |
| 知的財産に公開基準 読売新聞 5/19
経済面 |
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経済産業省は18日、企業が財務などを公開するディスクロージャー資料で、特許などの知的財産の状況についても公表するためのガイドライン作りに着手した。企業に知的財産に関する情報公開を促し、投資家の判断に役立ててもらう狙いだ。海外での情報公開の状況を調査した上で、独自のガイドラインを2003年度末までに策定する方針だ。
日本では企業に知的財産の公表を義務付ける法律や会計基準がない。このため日本の企業は、有価証券報告書や情報公開資料のなかで、特許など知的財産についてほとんど触れていないのが現状だ。しかし、企業経営にとっても知的財産の重要性が増す中で、投資家の関心度も高まっている。特に、〈1〉企業がどんな研究開発に取り組んでいるか〈2〉どんな特許を申請・取得したか〈3〉特許がいつごろ製品に結びつき、どの程度の規模の市場になるか――などは、投資家が企業の価値を判断する際に必要不可欠な情報になってきている。
私はこのような知的財産の状況の公開は積極的に行うべきだと思う。投資家が会社の現状を知るために、また、これからその会社がどうなるかの予想を立てるために、どのような特許を持っているかを知る事は非常に有用だと思うからだ。また、企業側にとっても特許を持っていることを公表することは宣伝になる。目指している特許や積極的に進めている研究があればそれを公表するのも良い宣伝になるだろう。そこに惚れ込んで投資をする投資家も出てくるかもしれない。そうなると企業側では、より多くの投資家の関心を惹きつけるためにもっとすごい特許を取ろうというインセンティブが出てくるかもしれない。日本の新たな発明を呼び起こすためにも、知的財産の公開は行われるべきである。
知的財産権は最近ますます重要視されるようになっている。日本の、世界の法整備をもっときちんと整え、より積極的に、より大切に知的財産権を扱ってほしいものである。特許などの権利はきちんと守られる社会があってこそその効力を発揮するからだ。
最近中国での模倣品が大きな問題となっている。中国はWTOに加盟し、このような模倣品を取り締まっていくと公約したにも関わらず、実際には模倣品がはびこっている。日本の企業、例えばバイクのホンダなどは大きな被害を被っている。このような現状がある限り、知的財産権がきちんと機能しているとは言えない。
国内での企業の知的財産の公開などを進める一方で、中国や韓国などの知的財産権を阻害している国に対してもっと強く、積極的に改善を求めるなどして知的財産権を巡る環境を整えるべきだと思う。
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| 東ティモールの課題 読売新聞 5/17
国際面 |
ポルトガル、日本、インドネシアと400年以上にわたり外国支配を受けてきた東ティモールが20日、独立する。自立への十分な足がかりを欠いたままの船出は、東ティモールに様々な課題を突きつけている。
東ティモールはこれまでポルトガルやインドネシアなど様々な国によって支配されたり混乱をもたらされた歴史を持っている。(歴史がわかる)今問題となっているのは独立反対派(インドネシア併合派)と賛成派の対立や経済的な自立が難しいことなどである。
国民の間にはまだ内戦のわだかまりが残っている。独立反対派は一般市民の家や村を容赦なく焼き払った。多くの市民はまだ恐がっているし忘れる事はできないと言っている。対立はまだまだ残りそうである。
また、スハルト政権は東ティモールをインドネシア化するために大量の予算を注ぎ、手厚く保護していた。インフラ整備は進められ、農家の作ったコーヒーは国軍系の会社によって買い上げられて国内に出荷され国際市場の動向を免れていた。この結果、東ティモール内に依存体質を作ってしまった。独立した後も国際支援をあてにしている。というのも東ティモールの輸出品はコーヒーくらいで農業以外にみるべき産業がないのだ。初代大統領になることが先月の選挙で決まったシャルル・グスマン氏も「これからの5年間は政府にも私にも、人々にも厳しい試練となる」と言っている。
ところで、政権は安定しているのかというとそこにも問題があるようだ。グスマン氏は挙国一致、融和路線を目指している。それに対し、独立後の新政府や国会でも大きな勢力を持つであろう東ティモール独立革命戦線(フレティリン)は民族主義的で排他性が強い。グスマン氏は独立闘争時代にフレティリンの軍司令官を務めたこともあるが、今、グスマン氏とフレティリンの間には確執がある。
なんて厳しい状況だろう。経済的にも不安定な上、国民もまとまっていない。帰ってきていない難民もたくさんいる。しかし、得票率82.69%(選挙の投票率は86.2%だった)という東ティモール住民の圧倒的な支持を集めたグスマン氏のリーダーシップで何とか頑張ってもらいたい。国民はインドネシアが統治していた時代より生活が苦しくなるかもしれないが新たに自分達の国の国民となったという自覚を持ち自立していってほしい。また内戦になる事は避けなければならない。裁判などの仕組みを整え、国民が安心して暮らせる国造りをしなければならない。
そのために必要なのは国際的支援だろう。いかに自立を促しながら支援していくか、ということが日本を含む国際社会に課せられた課題である。 |
| 「高齢化世界会議」発言から 読売新聞 5/14 24面 |
160か国の代表3500人が参加してマドリードで開かれた国連の高齢化世界会議と先行して開かれたNGOの世界フォーラムでは開発途上国の高齢化が大きな焦点の一つとなった。
世界人口のうち65歳以上の高齢者は現在、10人に1人だが、2050年には5人に1人となり、うち5人に4人は途上国の住民である。アフリカの一部を除く大半の途上国で出生率や死亡率の低下による少子高齢化が着実に進んでいている。多くの途上国が先進国の仲間入りをする前に少子・高齢社会が到来するのはもはや避けられない。
着実に向かっている高齢化にどのように対応していくか、ということが全ての国で共通した問題となっている。途上国の中には高齢者対策基本計画や基本法をすでに制定している国もあるが、まだ対策がなされていない国もたくさんある。そのような国に、高齢化対策をしてきた先進諸国がアドバイスをすることが求められている。
貧困が問題となっているような地域で高齢化が進んだら、ますます苦しくなる。働けない高齢者を若者が支えていかなければならない。途上国の現状の問題の中に「若者の都市部への人口移動により家族の機能が弱体化している」ということがある。工業化、都市化のため働きざかりの若者が職を求めて農村からいなくなり、高齢者が残される。世界の3分の2の国ではまともな社会保障制度がなく、そのような国の高齢者の中には身寄りがなく老後の収入の手段もなくて物乞いになる人もいる。一刻も早く対策を練り、社会保障制度を作るべきだと私は思う。開発ばかり優先していては後から必ず何かしら大きな問題が出てくる。環境問題だってそうだ。一つの面を伸ばそうとそこにばかり目を向けるのではなく、常に様々な面に注意を払い問題がないか検討しなくてはならない。そして、制度を作るにあたっては日本のように何十年も前から高齢化対策をしてきた国が成功した事や失敗した事を途上国に伝えるなど、力を貸すことが重要だと思う。 |
| 在外公館 各国はどう守るか 読売新聞 5/12
国際面 |
中国の日本総領事館で起きた中国武装警官による北朝鮮亡命希望者の連行事件では、警官の侵入を許した総領事館の警備体制の不備が鮮明となった。在外公館の安全確保は主権と直結する問題だけに、本国から軍や治安機関の要員を派遣し常駐させている国もある。諸外国はどのように大使館などの安全を守り、不測の事態に備えているのか。
イスラエルや米国、英国、ロシア、中国では在外公館の警備を自国の治安要員で行っている。そして、どの国も容易に外部の人間が侵入できなように、門や扉を体を張って守っている。どの国も侵入者が発見されたら、口頭で警告し、止まらなければ武器を使っても阻止するという。ロシアは「火事になっても消防車を入れない」というほどである。それほど強烈な主権意識を持っているのである。
今回の事件については、テレビで衝撃的な映像が流れ、多くの人の関心を集めた。私はこの映像を見て、中国の警官の非人道的な行動にもショックを受けたが、日本人の職員が何もしていないことにもっとショックを受けた。情けないと思った。彼らが行っていた事は中国の警官の帽子を拾った事だけであった。彼らには主権を守らなければならないという意識があったのだろうか、と疑った。
日本に軍隊が無い以上、在外公館に軍隊を置いて警備をすることはできない。しかし大切なのは意識であると私は思う。日本総領事館の敷地に一歩入った所から、そこは日本がいかに行動するかを自ら決定し、行動に責任を持たなければならない場所なのである。総領事館の職員は、何かトラブルがあったらそのような意識を持って判断をくださなければならず、決して他国の人間を望むまま思い通りに行動させてはならない。そのことをきちんと理解し、それなりの対策を練っておくのは最低限しなければならない事だ。
日本人には国を守るという意識が足りていないと思う。これは今回の事件の関係者や外務省だけではなく、国民一般にも言える。いくら自分達が戦争を放棄しても外部から敵は攻めてくるかもしれない。その時に守れるくらいの力は必要だ。有事法案の整備などを進める一方でもう一つ大切なのは国民の意識を変えていくことだと思う。日本は戦争をしないから、平和だから何も対策をしなくていい、考えなくていいということはない。教育を通して世界の中の日本の立場を考えさせるなどして意識を高めなければならないと思う。 |