このサイトを運営する息子のSatoshiです。
今回「岩崎 久人」のサイトを作るにあたり、父の出した本を読み返している。
小さい頃父に「何でも良いから、"一つ"人より出来る様になりなさい」と言われていたのを今になって思い出す。
様々な思いはあるが、(こんな書き方をすると、もうすでに父は故人になったみたいな感じだが・・・)最近になって、父と酒を飲む機会が多少ある。そんなとき雄弁な父は決まって「能面が分かる能楽師が少なくなった。まぁ、いねぇ訳じゃ無ぇけどなぁ?」とか、「能を見たり能の位を感じた事が無い奴にどうして能の面(おもて)が打てるんだ??」とか、「能楽ジャーナルだか何だか知らないけどよ!あの面は〜〜とか言いやがってふざけんじゃねぇ!!分かりもしねぇくせによ!!」等ノタマウ。
以前、「岩崎君のお父さんは何の仕事をしてるの?」と学校の先生に聞かれて非常に困った事がある。私は「能のお面を打ってる人」と答えた。先生は「じゃ、能面師だね」と。それを父に言うとかなり怒ったのを記憶している。「俺は職人だぞ??師じゃねぇ!!面打だ!!」
このサイトでも、散々強調して「能面」を「能の面(おもて)」と表記している。私には"何となく"でしか分からないが、それが「父のコダワリ」だと思っている。
昨今、やれ「能ブーム」だの、「狂言ブーム」だの、「古典芸能が〜〜」など言われているが、「岩崎
久人の息子」の私にはそれがサッパリ分からないのである。随分と"能"も"狂言"も観て居ないのだが、私の記憶では「ちーとも面白く無い」のである。そんな私も「能」には何番か出演した事が有る。が、「楽しい」とか「やって良かった」とか言う記憶は無く、「エボシが食い込んで痛かった」とか、「着物着るの凄く大変」とか言う記憶しか無いのである。
そんな私も小さい頃から「祭り囃子」をやっていた。横浜市内(多分神奈川県下でもだろう・・・ちょっと言い過ぎか??)では誰にも負けない「囃子の笛」を吹く自信がある。小さい頃から「ひとつやる事をきちんとしなさい」「なんでも良いから人より出来る物を見つけなさい」と言われ続けて居た私だが、どうやら"祭り囃子の笛"がそうだったみたいだ(笑)。
父は以前、「お前には能の囃子で笛を吹かせたかった」と言われた事があった。でも、「ちーとも面白く無い」と思っていた私には"祭り囃子"と"能舞台"で笛を吹くと言う事に「違い」が見出せなかった。"笛吹く事に変わり無いじゃん?"
"舞台に立つ"とか、今やっているバンドの"ステージに立つ気質"みたいな物は小さい頃の経験の賜物では有ると思うが・・・。
小さい頃から父の面(おもて)を見て育った私にはどの面をみても"あ、これはとーちゃんの面(おもて)だ"とか"これはどーかなぁ・・・?"と思える「目」は培っている(つもりである)。しかし、"それ"は「舞台」に上がる前段階の話しである。実際初めて父の面(おもて)が舞台で使われている写真を見た時には驚愕した。「この面(おもて)がこーゆー衣装でこーゆー髪型の人の顔だったのか!」と。
父は、面(おもて)を打っている時「こいつが舞台でどう映えるかな?」「この曲で使えるにはどう言う表情かな?」等想って打っていると言う。それが明確にビジョンとして頭の中に有ると言う。
日本に数多く能面師は居るだろう。「能楽師で面を打った人は居たとしても、面打で能舞台に立ったのはオレ位だ!」と最近の父は良く言う。だからこそ、父の面(おもて)で演じてくれる能楽師が居て頂けるのだろう。
長くなったが、最初の"父の本を読み返している"にやっと繋がるが、父が「この面が舞台でどう映えるかな?」「この曲で使えるにはどう言う表情かな?」等想って打っている事がどんなに能(狂言)演者に愛され、又必要とされているかが良く分かった。「独学がウィークポイント」と言う人も居るだろう。父に小さい頃良く言われた言葉「一つやる事をきちんとやりなさい」「世の中の信用を無くすのは簡単」の言葉が今また頭の中を駆け巡る。
しかし、やはり、父には「ばかやろう〜〜」の方が似合ってると思うのは私だけだろうか?
長い駄文を読んでくれてどうもありがとうございました。
文責:Satoshi