秋の章<2> 寝覚め


7月末、彼女の許に文を送る。

随分とご無沙汰してしまいましたが、どうして、時にはあなたの方から文を 下さらないのですか?
私などあなたの恋人の一人に数えてはもらえないのですね。

彼女からの返事は、

寝 覚めねば聞かぬなるらん 荻風は吹かざらめやは秋の夜な夜な
(物思いに寝ては覚めてを繰り返すこともなく、ぐっすり眠っているあなたには聞こえないのでしょうか。
あなたを呼ぶ私の思いをのせた荻風がきっと吹いているはず、秋の夜毎夜毎に・・・。)

そこで、

おやおや、あなたは『寝覚め』とか言いましたね。
私は『人知れずもの思ふ時』を過ごしているために、寝覚めどころか空寝すら出来ずにいるのですよ。
私の愛情をいいかげんなものだと思わないで欲しいな。

荻風は吹かばいも寝で今よりぞ おどろかすかと聞くべかりける
(荻風が本当に吹いているというならば、今夜からは一睡もしないで、私を呼ぶかと耳を澄ませていなければなりませんね。)

と返す。



荻風の歌のやり取りの後、2日ばかりして、風が本当にあの方を招いてくれ たのだろうか、夕暮れ時、不意にこちらへお見えになった。
牛車を引き入れ降りてこられるけれど、まだ陽のあるうちにお目にかかったことがなかったのでとてもきまりが悪い。
そうはいってもどうしようもないので、お逢いする。
敦道様はとりとめのないお話をされて帰ってしまわれた。

その後何日経ってもお便りがない。
心もとなくて、こちらから文を差し上げた。

く れぐれと秋の日ごろのふるままに 思ひ知られぬあやしかりしも
(あの夕暮れにお逢いして以来、目の前が真っ暗になるような思いで秋の日々を過ごしてみて思い知りました。
秋の夕べは不思議なほどに人恋しいものだと。)

あんなにも逢いたいと思っていたのに、逢った後はこんなにも不安がつのってしまう。
本当に人の心というものは・・・。

敦道様からのお返事は、

ここのところずっとお逢いしていませんね。けれど、

人はいさわれは忘れずほどふれど 秋の夕暮れありしあふこと
(あなたはどうかわからないが、私は時が経っても忘れない。
秋の日のあの夕暮れ、あなたに逢った時のことは。)

とあった。
こんな風にはかなくも頼りない和歌のやり取りに心慰められて生きていくというのも、よくよく考えてみれば、あきれるようなことではないだろうか。




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