夏のドライブ

■2006/08/05 (土) 20:33:03 出発

助手席にアサガオを乗せ、後部席にコオロギを乗せた。

「海へ行くよ」と二人に告げる。

「朝日の美しい海がみたいわ」アサガオが呟く。

「夕焼けが波を染める、大海に行こうよ♪」コオロギが唄う。

二人は知らない。

海がうんと遠いこと。

山や谷をいくつも超えて、車中で何日も寝泊まりしなくちゃならないこと。

「朝日と夕日が、両方とも見える海がいいんだね」

ふたりは深く肯く。

「わかった、じゃ、出発」

わたしはエンジンをかけ、サイドブレーキを外し、おもむろにアクセルを踏む。


■2006/08/08 (火) 17:27:04 雑貨屋

出発してから数日が過ぎようとしている。

確か峠を3つ越え、大きな橋を二つほど渡った。

海はなかなか見えてこない。

アサガオもコオロギも少し疲れが顔にでている。

(海は遠いのよ・・・)

食料を調達するため、ある街のはずれにあった雑貨屋に立ち寄る。

アサガオとコオロギを車に残し、ひとり雑貨屋の門をくぐる。

「こんにちはー」

「はいはい、こんにちは」おばあさんの声。

でも声がするだけで、誰も出てくる気配はない。

ふと見ると雑貨がゴタゴタと置いてある店の片隅に、駄菓子のコーナーがある。

10円とか20円のばら売りの飴玉やチューインガムが色とりどりに並んでいる。
そばにビー玉や面子なんかも置いてある。とてもキレイ。

そしてビー玉の横には菓子パンが並んだ木箱。

ジャムパン、クリームパン、揚げあんパン、やきそばパン。
・・・どれにしよう?

「おばあさん、揚げあんパンはいくらですか〜?」大声で尋ねる。

「ひとつ90円だよ」

「じゃ、二つください」

「はいよ〜」

・・・返事はすれども、おばあさんはやはり奥からでてこない。

!!!

と思ったら、レジの横に居るではないか。

カタツムリのおばあさん。

「あ、おばあさん、失礼しました」

わたしはそそくさとお勘定を済ませると、店先にあった自販機でミネラルウォーターを買った。

車に戻り、カタツムリのおばあさんのことを二人に話してあげる。

「店番をしてらっしゃるのね。ステキ」とアサガオ。

「また帰りにも寄ろう」とコオロギ。

わたしはミネラルウォーターのキャップをあけ、アサガオの株元にトクトクと垂らし、揚げあんパンのクズをコオロギの傍に置いた。

「食事が済んだらでかけるよ」

窓の外には美しい田園が広がっている。

■2006/08/11 (金) 22:29:18 ホウの木

出発してから何日が過ぎただろう?
そろそろ潮の匂いがしてきてもよいはずなのに・・・。

そう思っているうちに深い森を出た。

視界が急に広がり、数百メートル先には1本の大きなホウの木が見える。

「あそこで、ちょっと休もう・・・」

アクセルをゆるめ、ホウの木の脇に車を停めた。

アサガオを抱えて車を降りる。

コオロギはさっきからアサガオの足元でじっとしている。

ホウの木の下は、広い木陰になっていて、とても気持ちが良い。
紫ツユクサが茂る大地に3人で座る。

わたしはホウの木を見上げて尋ねてみた。

「こんにちはホウの木さん」

「はい、こんにちは」ホウの木は太い声で答えてくれる。

「わたしたち、朝日と夕日が両方とも見える海に向かってドライブしてるんですが、まだまだかしら?」

「朝日と夕日が両方とも?そりゃ難しいね」

「夏が終わる前にたどり着きたいんです」

「そ〜さなぁ。以前ツバメに聞いたことがあるが、南に鋭く突き出した岬に行けば、たぶん朝日も夕日も見られるだろう」

「ここから遠いんですか?」

「ツバメたちが休まずに飛んで、3日ほどだと言っておった」

「・・・そうですか」よかった。なんとかなりそうだ。

「アサガオとコオロギか・・・。
 珍しいお連れだね」ホウの木が呟く。

「はい、友達なんです」

「トンボが高く飛び始めた。秋が近い証拠だ」
 先を急いだほうがいい」

「はい、ありがとうございます」

ふと見ると、アサガオがツルの先に彼女のタネがぎっしり入った殻を捲きつけて、わたしに差し出している。

「かおるさん、これ・・・よかったらホウの木さんに、差し上げたいの」アサガオがささやく。

わたしは殻を受け取り、ホウの木の株元にそっと置いた。

来年の夏、ホウの木の身体に、美しいアサガオが花開きますように。


■2006/08/12 (土) 21:17:16 月夜

(きょうはここで眠ろう)

ホウの木と別れてから運転をし続けた。
とても疲れた。
アサガオは朝咲かせた3つの花を、今はしっかりと閉じている。
眠ったのかしら?

少し幅の広くなっている路肩に車を停め、エンジンを切る。

窓を開けて外の空気を入れる。
こころなし潮のかほりがする。
(もう海は近い)

むくんだ足を伸ばすため、外へ出てみる。

(わぁ、月がでてる!)

夜空には大福を横から見たようなプックリとした月が出ていて、辺りを柔らかく照らしていた。

月明かりの中、路肩の草むらに座って、グッと足を伸ばす。
う〜ん、気持ちがいい。

ついでに寝転んで、腕も伸ばす。
げ〜っ、背中がつる。

あちこちストレッチをしていると、コオロギがやってきた。

「あら、寝ていたんじゃないの?」

「イイや、」

「疲れたんでしょ?」

「うん、ちょっとね」コオロギはそう言うと、まだ短い羽を、たくましい後ろ足でこすった。

「海は遠いのよ」

「だね」

「その羽、もう音がでるの?」

「う〜ん、まだだと思う・・・」

「あと、もう少しだからドライブ中、傷つけないでね」

「うん、」そう返事をしながら、2本の長い触角を、交互に上へ下へと動かす。

コオロギの黒い瞳に月が映っている。

彼はいったい何を考えているのかしら?

■2006/08/17 (木) 21:59:45 目覚め

頬にあたる冷たい雫で目覚める。
(・・・ここはどこ?)

「おはよー」コオロギがアサガオの足元から声をかける。
(ぁぁ、そういえば海へのドライブの途中だった)

頬にあたった雫は、アサガオのツルの先からこぼれた朝露。

深く眠っていた。
夢もみた。
深い海の底の、マッタリとした夢。
ブルーの泡ブクと僅かな光が揺れる音のない深海で、グロテスクな巨大魚たちが悠然と泳いでいる。
わたしはその魚たちを見ながら、トウモロコシを食べているの。

「おはよう」わたしは返事をする。

「かおるさん、急ぎませんか?きょうも暑くなりそう」アサガオが涼しげに言う。

「うん。たぶんあの峠を超えれば、海はもうすぐって思うんだけど」

車の窓を開け、新鮮な空気と朝の光を入れる。

林ではもうアブラゼミがなきだしている。

■2006/08/17 (木) 22:11:51 会話

車を走らせながら、ゆうべのコオロギとの会話を思い出す。

「僕、海を渡ろうと思う」月を見上げていたコオロギが、突然そう言った。

「は?」

「海を渡って、島に行く」コオロギのまなざしには、ひとつの陰りもない。

「しし島・・・ですか、」

「島の人達に僕の歌を聴かせたいんだ」

「・・・はぁ、そう、それはよいことね」

「でも、問題はどうやって海を渡るか。なんだ」

「そぉねぇ」

会話はそこで途絶え、わたしたちは長いこと月を眺めた。

大福のようにすべすべした柔らかい月が、ゆっくりと頭上を超えていく。

流れ星がひとつ、峠の向こうに落っこちた。


■2006/08/18 (金) 21:33:48 到着

峠の頂きで車を停める。
山頂付近は松林。
窓から吹き込む風も潮の香りが強い。

「ちょっと見てくる」わたしは車を降りて、見晴台に立つ。

どこまでも続く水平線。
沸き立つ入道雲。

絶景。

空も海も同じ青なのに、何故こんなにも違った質感なんだろう?

きっと内包しているものの違いなんだろうな。

かたや空はあらゆるものを開放し、かたや海はあらゆるものを飲みこんで止まない。

遠くに数隻の漁船、そして幾つかの小さな島がみえる。

(やっと着いた)


■2006/08/20 (日) 17:33:05 岬へ

下を見下ろすと海岸線はでこぼこと入り組んでいて、南の方向にひときわ鋭く突き出した岬が見える。

あら? 流れ星が落ちた辺りかも・・・。

見ると、どうやら車でいけそうだ。

わたしは車に戻ると二人に(南の岬)に到着したことを告げた。

「いまから大海に沈む夕日が見れるのね」アサガオが嬉しそうにつぶやく。

コオロギは黒い身体を光らせて、じっとしている。

「陽が傾いてきたから、急いで岬に下りよう」わたしはくねくねと曲がる坂道を降り始めた。


■2006/08/21 (月) 22:04:22 海辺の音楽

坂道を降りると、道路はまっすぐに岬へと伸びていた。

右にも左にもコンクリートの防波堤が続き、その外側ではテトラポットの厚い壁が、高い波を散り散りにしている。

太陽が右手の水平線に近づいている。

岬の先端に到着したわたしは、アサガオを抱えて車を降りる。
もちろんコオロギも一緒だ。

「とうとう着いたのね」アサガオがまぶしそうに夕日に見入る。

コオロギの背中の羽が見事にオレンジ色に輝いている。

水平線の際で細くたなびく雲を、ゆっくりと突き破りながら太陽が落ちていく。

そのときコオロギがにわかに背中の羽をこすり合わせ始めた。

ヒ〜ロロフォロ・ヒ〜フォロフォロ〜

「ぉぉ、素敵な音が出るようになったわね」アサガオがうれしそうに囁く

夕焼けに染まる海の傍で、コオロギの美しい音楽を聴いていると、なんだか満ち足りた気分になる。
(海に来てよかった)

「うん、やっとね」コオロギは照れくさそうに笑いながら、暫くの間、波の音にあわせて素晴らしい羽の音楽を聞かせてくれた。

それはまるで生前の忘れていた記憶の縁を、くすぐられるような懐かしい音色。

太陽がすっかり水平線に落ち、残光の余韻であたりがようやくぼんやりと見える頃、コオロギがポツンと言った。
「ボク、あの島に渡ろうと思う」

彼のまなざしの先には、青紫色の海でひときわ黒く浮かぶ小さなシルエットがあった。


■2006/08/22 (火) 20:52:17 出遭い

太陽が沈み、最後まで波に漂っていた僅かな光の粒子も、短い生涯を終えて、夜の海にすっかり飲みこまれてしまった。

海から吹いていた風は、今では山側からの風に変わっている。

コオロギの音楽が静かに終わる。

ちょうどそのとき1羽の美しいチョウチョがアサガオのつぼみにとまった。

「あら、チョウチョさん、こんばんは」ステキなキャラクターの出現に、思わず声をかけてみる。

「こんばんは」チョウチョは答えながら、その美しい羽を、ゆっくり閉じたり開いたりする。
どうやら羽の調子を整えているようだ。

「こんな夜更けにどこへ行かれるのかしら?」アサガオが小さな声で呟く。

「南の国へ行くんですよ」チョウは元気良く答える。

「海を渡って?」

「ハイ」

「でも、海を渡らなくても、お花は陸にたくさん咲いているわ」アサガオは固く閉じたつぼみを少しゆるめて見せる。

「いやいやアサガオさん、僕らが考えることは、今のことではないんです」

「?」

「これから秋になり、やがて冬がやってきます。それまでに僕らは蜜の豊富な花を求めて何千キロも旅をするんですよ」

「でも、・・・海の上では休めないでしょうに」

「波に浮いて羽を休めます」

「・・・過酷な旅ね」

「子孫を残すためです」

「失礼ですが、お名前は?」

「アサギマダラといいます」http://www.j-nature.jp/butterfly/zukan/madara01.htm

(海を渡るチョウか・・・・!!!!)そのとき、わたし達3人の頭に、同じ考えが浮かんだ。


■2006/08/23 (水) 22:08:52 助っ人

さっそくわたしはアサギマダラさんにコオロギの計画を話してみた。

彼が島に渡りたいこと。
島のみんなに音楽を聞かせたいこと。
でも島へ渡る手段がまだ見つからないこと。

アサギマダラはじっと耳を傾けてくれた。

「そうですか、音楽を島の人にね・・・」そう言うとアサギマダラはふっと空へ舞い上がった。

月が出ていないためか、天の川がひときわ白く輝きながら夜空を流れていく。
その川を背景に、チョウが羽ばたく姿は力強い。

空中で暫く旋回したあとアサギマダラはふたたび降りてくると、こう言った。
「もうすぐ仲間がやってきます。それまでにアサガオさんの葉っぱとツルでゴンドラを作っていただけますか?」

「ゴンドラっていうと、気球とかの下についているかごみたいなヤツですか?」とわたしは訊ねてみる。

「はい、コオロギさん一人分の大きさでお願いします。そしてツルは僕らひとりひとりが持ちますから、なるべく多くついていたほうが良いです」


■2006/08/25 (金) 20:34:01 ゴンドラ

なるほど。アサギマダラさんはなかなかのアイディアマンだ。

アサガオのほうを見ると、すでに彼女は大き目の葉っぱと幾本ものツルをわたしの方にさしだしている。

「これを使って」

「うん、ありがと」

わたしは車のダッシュボードから、カッターを取り出して、アサガオの葉っぱとツルを切り取った。

そしてその葉っぱでコオロギがすっぽりと入れるくらいの入れ物を作り、ツルで編んだネットにその入れ物を載せた。

ツルは全部で10本。10匹のアサギマダラでコオロギを吊り上げる作戦。

ゴンドラができあがった時、ちょうど仲間のアサギマダラたちが到着した。


■2006/08/25 (金) 20:51:40 旅立ち・別れ

「陸風が吹いているうちに出発します。コオロギさん急いで準備してください」
アサギマダラさんがコオロギに声をかける。

「え・・・もう行ってしまうの?」アサガオが呟く。

「こんなチャンスは二度とないだろうから・・・。ボク、行くよ」

「うん、そのほうがいい。アサギマダラさんたちも南の島への途中だから、足止めできなし」

そう言ってみたものの、コオロギが居なくなると思うと、なんてこころもとないんだろ・・・。
不意に支えが無くなるようで、不安と寂しさがこみ上げてくる。
多分アサガオも同じ気持ちなんだろな。

そうこうしているうちに、コオロギがゴンドラに乗りこんだ。

10匹のアサギマダラそれぞれが、1本ずつツルを持つ。

コオロギを乗せたアサガオのゴンドラはゆっくりと空中に浮かんだ。

「かおるさん、これ、コオロギに」アサガオが種がぎっしり詰まった大き目の殻をわたしに差し出す。

わたしは慌ててその殻をゴンドラのコオロギに渡した。

「島の皆さんにヨロシク!!!」何を言ってよいかわからないので、とりあえずそれだけを伝える。

コオロギの黒い目は何時にも増してキラキラと輝いている。

「さようならアサガオ〜! さようならかおるさ〜ん!」
陸からフワフワと遠ざかっていくゴンドラからコオロギの最後の声が届く。


■2006/08/26 (土) 20:33:09 日の出

上空には隙間がないほどギッチリと星が敷き詰められている。

目の前では海水が黒くたっぷりと波打っている。

隣りのアサガオは何も言わない。
1本のツルを伸ばして、わたしの手首にそっと絡めている。

ふと見ると、左手の空がどうやら白みかけているようだ。
「もうすぐ夜があけるよ」わたしはアサガオに告げた。

「・・・」

「見たかったんでしょ、海岸での朝日」

「ええ」

「目的達成だね」

「・・・かおるさん、お願いがあるの」


■2006/08/29 (火) 21:41:02 夏の終わり

左手の遠い水平線から、新しい光が生まれた。

とても小さな光の芽は、みるみる成長し、そこから伸びる光の触手が海全体に、まんべんなく注がれていく。

アサガオは無言のまま、つぼみをこの時ぞとばかりに一斉に花開かせた。

世界はいつだって、このように静かに朝を迎えている。

もしこの世のどこかで多くのモノが病んでいても、哀しみに打ちひしがれていても、あるひは止めどなく戦いが繰り返されても、朝は確実に、そしてこのように静かにやってくるのだ。

たぶんコオロギは、新しい島で、新しい朝を迎えていることだろう。

草原のホウの木も、雑貨屋のカタツムリのおばあさんも、それぞれの美しい朝を迎えているのだろう。

この夏、わたしはこうしてアサガオと素晴らしい朝を迎えることができた。

なんてステキな朝なんだろう。

夜明け前、アサガオがわたしに告げた(おねがい)はさして難しいことではない。

帰りの道中、彼女を雑貨屋に置いていってほしいというだけのこと。

カタツムリのおばあさんのお手伝いをしたいそうだ。

店先に置いてあった金魚鉢の金魚の傍で、小さな日陰を作りたいのだそうだ。

うん、それもステキなことだ。

もう夏の終わりも近い。

それぞれの目的をもって、それぞれの短い時間を全うする。

素晴らしいこと。

・・・でも、でも、

みんなが、行ってしまう・・・仲間が去ってしまう。

それはね、

正直、

さみしいの。


■2006/09/01 (金) 22:14:30 新しい友達

長い夏のドライブを終え、何日が過ぎただろう?

ひとり家に到着し、疲れたまま暫くボーとしていたら、畑のかぼちゃが大きくなっている。

土手ではススキの群が虫たちのオーケストラを率いて、紫色の手で指揮をとっているし。

(・・・コオロギは元気かしら?
  ・・・アサガオはちゃんと店番できてるのかしら?)

何を見ても二人のことを思い出す。

そういえばアサガオはわたしにも種の入った殻を託してくれた。

来年も鉢にそれを蒔こう。

そして芽がでたら、その子を連れて島に渡ろう。

そうだ、船を持っている友達を探さなくちゃナ。

アサギマダラさんが何千匹集まっても、わたしを持ち上げられないもの。

少し涼しくなって、いっぱい寝たから、ちょっと元気になった。

寂しさに勝つことはできないけど、ちょっとだけ慣れたみたい。

あぁ、そうだ、わたしは帰りの砂浜で、ステキなモノを拾ったのだ。

星型をした、流れ星の欠片。

けして固いヒトデとかではない。

ドライブの途中、峠でコオロギと見たあの流れ星の欠片だ。

なぜ、あの時の流れ星だってわかるかというと・・・。

本人がそう言っているのだから間違いない。

本人というのは、流れ星くんのこと。

けっこうお喋り好きなヤツ。

へへっ!新しい友達ができてしまった。

おしまい。