<おはなし日記 パート1>


ある雨の日のできごと

■2006/05/29 (月) 05:53:26 双葉

強い南風の中、久しぶりに峠を越えた。

雨上がりの山は瑞々しい生命力に満ち溢れている。
普通に息をするだけで「緑」の気体が肺の中に侵蝕してくるようだ。
そいつが血液を通して運ばれ、からだ中の細胞に葉緑体が現れるのではないかというほどのド迫力。

ハンドルを握る手に、緑の葉っぱが出てはしまいかと信号で止まるたびに確認。

(あ、爪の隙間から双葉が・・・・)


■2006/05/30 (火) 22:07:53 成長

きのう帰宅してからお風呂に入ったら右足の小指にも小さな双葉が出ているのを発見!
さては「緑」はわたしの身体の中のそこいらで増殖しつつあるのだな。
間違いない。

(まぁいい)
インフルエンザなどのウィルス性の病原菌に身体を蝕まれることを思えば相手は「緑」だもの。
宿り木のようにわたしの身体から好きなだけ栄養を摂取すればいいよ。
蓄えはたっぷりある。

そういえば手の爪から発芽した最初の双葉は少し大きくなって、わたしの爪を透き通った薄緑に染めている。
きちんと光合成をしているのね。
とてもキレイ。

ドレッシングをかけて食べてしまいたい。


■2006/05/31 (水) 18:53:46 ブレスレット

双葉は2葉3葉とかわいらしい手を伸ばし始め、まだ3日しか経っていないというのに15cmほどに成長した。

(!ちょうどいい!、これブレスレットにしちゃお!)

さっそくわたしは彼(or彼女)の成長点をそっと持って、手首に巻きつけてみる。
柔らかい葉っぱが手の甲にこすれて、とてもきもちがいい。


■2006/06/01 (木) 18:45:41 緑の髪

きょうは自治体が行う基本検診の日だった。
身長・体重・血圧・心電図と測定していく。

血液検査のとき、看護婦さんがわたしの左腕から試験管4本分の血液を採取しおわったあと、ふとわたしの髪の毛を見て、
「あら、変わった髪飾りねェ」と言う。

「は?髪飾り??」
わたしはアクセサリーを身体につけることすら稀な人間なのに、髪飾りなんて類のものはそもそも所持していない。

そこで看護婦さんの視線がさすあたりを右手でそっと触ってみる。
(なんじゃ、こりゃ?)

くるくるとした朝顔のツルのようなものが髪に絡みついている。

(おお、もしや「緑」くんは頭からも発芽しちゃったな)

フフッ・・・なぜかちょっと嬉しい。


■2006/06/03 (土) 21:54:35 脱水

ここ2日ばかり天気がよすぎて「緑」の元気がない。
蒸散が激しくて水が足りないのね・・・。

てことはつまりわたしが水不足ってことじゃないの!

あわてて冷蔵庫の中をあさる。
目に付いた(黒酢ダイエット)と(発泡性クリスタルカイザー)と(牛乳)をゴクゴク。ついでに水もたっぷり飲んでおいた。

ぬるめのお湯でシャワーを浴びた後、髪に絡んだツルに触れてみた。
水滴がついて生き生きしている。

よかった。あとはわたしがたっぷり睡眠をとれば明日の朝には手首に巻きついた葉っぱたちも元気ハツラツになるな。

手首の葉っぱも髪のツルも見れば見るほどなんだか愛しくなる。
紅茶を飲みながら、じっと葉っぱを見る。

(・・・ゎ!つぼみができてるし)


■2006/06/05 (月) 22:59:37 トゲ

仕事の合間をぬって買物にでかける。
暑くなってきたしビールを調達しなくちゃな。
ついでに銀行と図書館にもよる。

銀行で毎月の振り込みを済ませ、買物もまぁ適当に終わらせて、さっさと図書館へ向かう。

村の図書室はたいてい誰もいない。
節約のためか電気さえもついていない。
洞穴みたいにひんやりしている。
そこが大変に宜しい。

事務室の窓口に「モモ」を返却してカードに記入してもらっている間いつも通り図書室のドアをあける。
ところがきょうはなぜか蛍光灯がついていて先客の気配。
(なぁんだ、誰かいるのね・・・)
ちょっと残念。

見ると童話のコーナーでひとりの若者が絵本を開いている。
背の高い彼がわたしのほうを振り返ったので、おもわず挨拶。
「こんにちはー」

彼はぺコリと頭を下げる。
黒髪が額にさらりとかかる。
まぁ好印象!

(さて新しい本を借りるのどーしょかなー、読む時間ないしなー)などといつも通りお気に入りの本だなの物色を始めると、急に若者が近づいてきて、わたしの手を取る。

(げ、ななんだコイツ!!!)

驚くわたしを尻目に、
「これ(緑)ですね」とわたしの手首に巻きついた葉っぱを見ながら彼がいう。

(ちょっと〜!なんなのよ!ぜったいに怪しい!何故ゆえ(緑)を知っているの?)
急に不安がよぎり、わたしは思いきり彼の手を振り払った。

その瞬間、
「痛い!」彼が片方の手で右のほっぺたを押さえている。

(へ?わたし何もしてませんけど・・・)

見ると彼の指の隙間から真っ赤な血が流れ出している。

彼はわたしを、イヤ正確には手首に巻きついた緑の葉っぱを睨んでいる。

(おおおおお前がやっちゃったの?)わたしも驚いて(緑)を見る。
すると、なななんと(緑)の生え際から鋭いトゲがでているではないか。

そしてトゲの指す方向に居るのはすなわち彼。
第2弾発射・・・・プシュッ!

(命中、お見事!)

などと言っている場合ではない。
わたしは無我夢中で図書室から逃げ出した。


■2006/06/06 (火) 17:05:29 剪定

かわいいコックさんの日がまたやってきた。
きょうは夕方雨がザーザー降って、あの唄どおりの日。

それにしても図書館で会ったあの青年は誰だったのかしら?
トゲはちゃんと抜けたのかしらね・・・?

「緑」の枝が茂ってきてバイオリンの練習のときにちょっと邪魔なので、小枝を少し剪定する。

なるべくつぼみのついていない枝をチョキン。それを水の入ったコップにさす。
もう1本チョキン。また別のコップにさす。

おとといと昨日切ったぶんを見てみる。
既にコップの底のほうでは切り口から根っこが伸び始めている。

よくよく観察すると、おとといのは(パー)の形に、そして昨日のは(チョキ)の形に白く小さな指のような根っこが見えている。
まったくあどけない指だ。

あ〜、それにしてもあの子は大丈夫かしら?


■2006/06/07 (水) 09:19:11 (おこじょ)現る

夕立のあとはひどく冷えこむ。
「緑」もこころなし葉を縮めている。
図書館での一件のあと、暗くなってからワンちゃんの散歩にでるのが少し怖い。
でも寝る前のトイレは習慣なので、しぶしぶ行くことにする。

ワンちゃんにリードをつけ、スリッパをつっかけて玄関をあけた。
(ん?なにかがいつもと違うぞ)
良く見ると驚いたことに玄関のたたきの隅に一匹の(おこじょ)が礼儀正しく座っている。

(おこじょ)といえばhttp://www.okojo.net/index.htmlにあるとおり警戒心が強く人前にはめったに現れない動物だ。
ワンちゃんがうるさく吠えたてるので散歩はおあずけにして、ひとまずウルサイ彼を家の中に無理やり押しこんでやった。

(おこじょ)はつぶらな瞳でわたしを見上げている。
(・・・どうしよぅ?)ここはひとまず話しかけてみるか、

「おばんです」とわたし。

「・・・・」無言の(おこじょ)
ですよね。動物に人間のことばが通じるわけないじゃん。

するとそのとき
「こんばんは」と誰かが返事をする。

「へッ!!!!?」わたしはキョロキョロ辺りを見まわした。
夜の山の中にはとうぜん誰も居ない。
居るのは目の前の(おこじょ)だけ。

「ぃぃぃいま何か言いました?」まさかとは思ったが、ひとまず(おこじょ)さんに訪ねてみる。

「こんばんは、って言ったんですよ」と(おこじょ)。

どどどどーぶつが話しをしとるやんけ〜〜〜!
と、驚いたわたしは、あわや腰をぬかす寸前。

が、そこを必死にこらえ、呼吸を整える。


■2006/06/07 (水) 21:10:43 (緑)の正体

恐らくハードに働きすぎたのだ。
妄想癖がひどくなっているに違いない。
(ブツブツブツ・・・)

などと夜空を見上げ、つぶやいていると、

「あのー、お聞きしたいことがあるんですが・・・」と(おこじょ)さんがわたしの独り言に割りこむ。

「あー、ハイハイ、ななんでしょ?」妄想の中であってもつい反射的に答えてしまう人の良さ。

「こちらに(緑)が来ていませんか?」

「はぁ・・・来ていらっしゃいますが。(緑)さんにどんなご用件で?」

「やはりそうでしたか。たいへんご迷惑をおかけいたしました。わたしが責任をもって森へ連れてかえりますから、ご安心ください」

「・・・あの、(おこじょ)さんは(緑)さんとどのようなご関係でいらっしゃるのでしょうかね?」

「(緑)はわたしたちが住む森の精霊です」

「精霊ってティリンカーベルみたいな妖精ちゃんのことかしら?」

「・・・まぁ、そのお父さんみたいなものでしょうか」

「ああ、お父様ですかー」


■2006/06/08 (木) 08:38:54 考える

あれから(おこじょ)さんはことの一部始終をかいつまんでに聞かせてくれた。

1.森の精霊である(緑)さんには若干の放浪癖があること。

2.数日前に図書館で出会った若者は童話の国の緑を司る(緑)さんの息子であること。

3.彼らはいま親子喧嘩の真っ最中で断絶状態にあること。

4.(おこじょ)さんの住む森では(緑)さんが居なくなって秩序が乱れつつあること。

などなど・・・。

そして(おこじょ)さんは何やら聞いたことのないことばで、わたしの手首に巻きついた(緑)さんに話しかけたあと、少し何かを考えてからこうわたしに告げた。

「きょうはこれで一旦帰ります。改めて(緑)を迎えに参りますので、それまでヨロシクおねがいいたします」

「はぁ・・・。えっ、おねがいしたしますって、ちょっぉとー!」

わたしのことなど気にもとめず(おこじょ)さんはぺコリと頭をさげると、あっという間に視界から消えてしまった。

さてさて、なにがどうなっているのやら。


■2006/06/08 (木) 08:58:31 余談

これは余談。

わたしはPCをいじくるとき、紅茶とともによく柿の種を食べる。
しかし意識はネットで調べものをしたり日記を書いたりに集中しているため、知らないうちに柿の種やらピーナツがそこいらにこぼれてしまう。(そうとうお行儀がわるい)

でも最近はこぼれたそれらを髪に巻きついている(緑)のつるが逐一拾い上げては、せっせとわたしの口に運んでくれるのよね。

(緑)さんは威厳ある精霊というより、甲斐甲斐しい世話女房のようだ。


■2006/06/10 (土) 17:25:45 一山こえた

今年のトマト植えが終了した。

家族やお手伝いの人にも手伝ってもらい、きのうと今日でカタをつけた。
約2400本−(ひとりで管理するには妥当な本数だと思う)

西日本のほうでは入梅したみたいだけど、東北地区はきょうはまずますの天気でトマトの活着(地中に初めて新しい根を張り出すこと)も悪くはないだろな。
今年は後半に沢山採れるようにできるだけ努力してみよ。
て、それが難しいのだけれど・・・。

(緑)も萎れることなく応援してくれてたし。

定植が終わるとちょっとは遠出できるのよね。
うれしい。


■2006/06/13 (火) 04:59:15 曇天

天気予報は晴れ。
なのに、ふと気がつくと雲が低くたれこめている。
薄日が差していてもポツポツと雨粒がほっぺにあたってもおかしくない。
目の前の緑豊かな風景を見ながら、ふと雪に翻弄される冬を思いだす。
軽いめまいと僅かな吐き気がする。
激変する世界の姿に、身体だって、こころだってついていけないのだ。
(あ〜ぁ、軟弱・・・)

トマトを植えているあいだ、図書館で会った彼のことが頭から離れなかった。
そういえば絵本のコーナーにいたよね。
何の本を読んでいたのかしら?

「ねぇ、緑さん、どう思う?」
・・・・。
そういえばあなたたち喧嘩中なのよね。

天気も悪いし、火曜日で温泉もお休みだし、
いちど図書館に行ってみよおっと。


■2006/06/13 (火) 14:54:00 図書室

図書館に到着。

入り口で館内用のサンダルに履き替えているとき、ふと手首をみると(緑)のつぼみが割れかけている。
先っぽはほんのりピンク。
あとは真珠のように白いつぼみ。
ガクは薄っすらと産毛におおわれている。

(緑さんはいたって元気だけど、例のあの子はどうなのかしら?)
階段を上がって2階の図書室に向かう。

受けつけの窓口にはきょうは誰も座っていない。
きっと、いつもの女の子が退屈すぎてトイレにでも立ったのだろう。

(べつにいい。だってきょうは本を借りるつもりで来たワケじゃないんだもん・・・)

そう思いながら向かいの図書室のドアノブに手をかけ小さく開けてみる。
蛍光灯はついていない。
カーテンも閉められていていつも通り薄暗い図書室。
誰もいないらしい。

安心したような、でもちょっとガッカリしたような複雑な気持ちでドアを大きく開け中に入る。
そして左手の柱にある蛍光灯のスイッチを入れた。

するとそのとき、
目の前に信じられない光景が飛び込んできた。


■2006/06/13 (火) 22:17:08 図書室の変貌

いったい何がどうなっちゃたんだろ?

いつもは憂鬱な洞窟のように殺風景な図書室の中が、今はまるで奥深い森となって様々な植物で溢れかえっている。

よく見ると、本の隙間という隙間、書棚の脇や天上からも、朝顔のようなツルやシダのような葉っぱがニョキニョキと這い出している。
しかも見ている間にどんどん成長し部屋中を覆いつくす勢い!
これじゃまるでDVDの早送りだ。

(や、やばいょ、このままじゃ森に飲みこまれる・・・)

少なからず恐怖を感じたわたしは咄嗟にドアに向かった
が、その瞬間、何かがわたしの足に引っかかり、勢いあまって前のめりに。
ドタッN!

「いたたたぁ!もう、なによぉ!」

見ると足元にぶっとい木の根っこが横たわっている。

そしてその先には(おこじょ)さんの姿が・・・。


■2006/06/14 (水) 14:21:29 意外な展開

「かおるさん、はやく起きてください!」
(おこじょ)さんが真剣な顔をしてわたしを見ている。

(言われなくても起きますよ・・・)とぶつぶつ言いながら起きあがろうとすると、
「かおるさん、こちらです」と(おこじょ)さんが小さな手で手招きをする。
それもドアとはまったく逆の方向だ。

「へ、だって帰り道はそっちじゃないでしょ?」

「かおるさん、残念ながらドアはもう開きません。接点がずれてしまったんです」

「接点?なんじゃそりゃ?」

「時間との接点です。はやくこちらへ。コアへ入って深淵部の秩序を元にもどすしかありません」

「ちょちょちょっとまってくださいよ!ななななぜにわたしが行かにゃならんの?」

「(緑)の力が必要だからです」

(あっ・・・)

忘れてた。
そういえば(緑)さんがわたしの体内に入りこんでいたんだ。

「深淵部って何の深淵部なんでしょ?」

「この宇宙に属する全てのモノにたいする深淵部です」

「チョ、チョット待ってょ、じゃ、もしもよ、もしわたしが(行くのイヤじゃ〜)てったらどうなるのかしらん?」

「宇宙の秩序がメチャクチャに狂い、もはや誰の力をもってしても復元することが不可能になります」

「ゲッ、ウソ、マジ?」

「急ぎますよ!さぁ!!」

「え、でも、家にかえんなきゃ、みんな心配するし・・・」

「大丈夫です、接点がずれているんですから」

「はぁ????・・・よくわからんが、まぁいいや。女は度胸じゃ。今は行くしかなさそうだし」

わたしという人間は、一旦こうと決めたら不思議と肝が据わる。
お得意の腕まくりをして(おこじょ)さんの揺れるしっぽを追いかけた。


■2006/06/15 (木) 11:40:50 象の耳、鹿の角

「かおるさん、はやく、こっちこっち」
「はいはい、でもね、この、木の枝やツルが邪魔してあなたみたいに上手く進めないのよ・・・」きょうほど自分の身体の大きさを呪ったことはない。
手や足にも絡みついてくる様々な種類の植物を払いのけながらなんとか前へ進む。

「かおるさん、ここです!」
みると(おこじょ)さんが大きな段ポール箱の上に乗っかっている。

そこまでようやくたどり着き、呼吸を整えてから、段ポールを観察。
上蓋に(県立図書館寄贈「百科辞典 さ行」)と書いてある。
巡回図書の分じゃなく、県から村に贈られた書籍だな。フムフム。

「え、でも、ここから入りますって・・・、この段ポールがコアへの入り口なの?」
「そうです、さ、早く行きましょう」

(げ、狭そうね、でも、ま、じゃ、まずは蓋をあけてと・・・)
見ると中の荷物がまだ出されていない。

一番上にはなにやら灰色のフニャフニャしたものが入っているので持ち上げてみる。
「うんぎゃ〜〜〜ぁ!!!ななな何よこれ!」
最初に出てきたものは、なんと、大きな象の耳。

(勘弁してよ!もう〜〜)わたしは重たい象の耳を取り出して箱の外に置いた。

その下にはえっと、ししし鹿の角・・・・ですか。

「まぁ、百科辞典ですから、何がでてきても不思議ではありません。なにせ秩序が乱れてるんですから」と(おこじょ)さん。

(も〜しょうがないなァ)
わたしは仕方なく「さ」行で始まるそれらをなんとかどけて、中を覗いてみた。

想像通りというか想像を絶するというか、
吐き気がするほどの暗闇が口を開けている。

(ここに飛びこむの?・・・やっぱり、いいいイヤじゃ〜ぁ!)

などと、このごに及んで、わたしがそう思った次の瞬間。
なんと!手首に捲きついた(緑さ)さんがわたしの手をぐいと引っ張った。

どこへ?

この場合、もちろん段ボールの中しかない、


■2006/06/15 (木) 15:42:56 着地

落ちていく、
落ちていく、
落ちていく・・・、

ん?イヤまてよ、
もしかしたら上昇しているのかも、
なんていうのかしら・・・、
無重力体験というか、身体がフワフワする。

そして相変わらず辺りは真っ暗闇。

どのぐらいの時間が経ったのだろう?
暗闇の中で落ちつづけてると(時間の感覚)なんてどこかに吹っ飛んでしまう。
(このまま一生、落ちつづけたりして・・・ハハッ、まさかね)

そう思った瞬間、身体全体に違和感を感じた。
下降しているエレベーターが速度を落す時、足先の血液が一気に頭部へウィ〜ンと上昇する、あの感じ。

すると、

トン!

突然、地に足がつく。

どうやら着地成功。


■2006/06/16 (金) 09:11:19

あたりを見る。
何もみえん。

「おこじょさ〜ん」
返事なし。

ピチピトッピチャ・・・
変てこな音がする。

(明かりが欲しいなぁ)
と思った瞬間、なぜか辺りが急に明るくなる。
目が慣れてきたというわけではない。
見ると、ぼんやりとしたその明かりの源は、手首に捲きついた(緑)さんのつぼみ。

あら、いや、間違えた。花だ。
とうとう開花したのだ。
(緑)さんの花が光を発して、いまは周りを照らしてくれている。

(おお、光ゴケみたいだなぁ)
などと感心しながら、その光を周囲にかざして様子を覗ってみる。

ピチピトッピチャ。
その音の正体はと、
(ハイハイ、わかりました空飛ぶ魚ね)
いまだに(さ行)が続いているらしい。

もう何がおきても驚きませんよ。
そう心に誓う。

「かおるさん!」
誰かがわたしを呼ぶ。

キョロキョロ・・・。


■2006/06/16 (金) 09:52:29 再会

あ、(緑)さんの息子さんだ。

後ろに立っていたのは図書室で(緑)さんからトゲの集中砲撃を受けた前髪サラサラの彼だ。
いま再び彼と顔を会わせる。

じーっ、
・・・見れば見るほどハンサムな顔立ち。

ジャニーズ系でもなく、ビジュアル系でもなく、新宿ホスト系ではもちろんない。
しいて言えばギリシャ神話に登場する若き神々そのものといったところか。
ま、精霊さんの息子ですからね。当然と言えば当然。

「あの、僕の顔に何かついてますか?」

「ぁっ、いえ、なんでもありません。お久しぶりでございます」

「かおるさん、(緑)を連れてよく来てくださいました」

「イエイエ、ただなんとなく、事の成り行きに流されてるだけですから・・・」わたしは正直にそう言って、ポリポリと頭をかいた。

「さっそくですが、これからコアのフィルターを浄化しなくてはいけません。スミマセンが、かおるさんには(緑)をそこまで連れていってもらいたいのです」

「はぁ、つまりわたしがそのフィルターのとこまで行けばいいてことよね!」

楽天的なわたしは美しい若者を前にして、やる気満々。
掃除は苦手だけど、こーゆうとこで女の本領発揮せにゃな。
???女というか、オバサンというか・・・、

なにはともあれウキウキしながら(緑)さんの息子のあとを付いていく


■2006/06/16 (金) 10:18:50 意識の同化

わたしは(緑)さんの息子さんの背中を見ながら、ふと思った。
(物語の展開でいくと、このあたりで非常に性格の悪い魔女とか、世界征服を企てる野心家の悪者などが登場してもいいはずなんだけど・・・)

「残念ながら、今回はそれはありません」息子さんがすかさず答える。

「へっ、あなた、もしかしてわたしの心が読めるの?」あまりに唐突だったのでわたしはどぎまぎしてしまう。

「あ、失礼しました。
 あなたの心に立ち入ってしまいましたね。実は我々はことばと言うものを持ってはいません。概念でコミュニケートするんです」

「テレパシーってやつ?」

「ん〜まぁ、そんなとこですかね。意識の同化ともいえますか・・・」

(じゃさ、もし今、凄いエッチなこととか考えたら、それもわかっちゃうのよね)わたしがそう思ったとたん、息子さんがクスクス笑う。

ギャ−やめてちょうだい!!
顔から火がでる勢い。

「大丈夫ですよ。通常はシャットアウトしてありますから。じゃないとこっちももちませんからね」

「ぁ、ででですよね」

(でもさぁ、このまえ(おこじょ)さんと(緑)さんは変なことばみたいなのでお話ししてたじゃん・・・)などとこんがらがった頭を整理していると、

ドン!
息子さんが急に立ち止まったので、彼の背中が顔面にもろ直撃。

「着きました」


■2006/06/16 (金) 18:16:49 コア

見ると目の前にはドームのような空間が広がっている。

足元をみると、どうやらそこから水溜りのような気配が始まっているのだけれど、よく見えない。
表面には見渡す限り赤黒いモヤのようなものが漂っていて、その下が池なのか海なのか、はたまた岩なのか底無しの穴なのか皆目わからないのだ。

「へ〜、ここが宇宙を含む全ての源ってとこなの」と、おもわず感心。

「コアの正常な姿は、ドーム状の天井も、モヤの下にあるパワーの泉も鏡のように透明に澄んでいなくてはなりません。しかし最近ではなにもかもが思わしくない」

「んでも、これから(緑)さんがそれを治すんでしょ?」

「いえ、それは不可能です」

「は?」

「(緑)には水と空気の源を浄化する力はあります。でもそれ以外は無理なんです」

「それ以外というと?」

「まぁいろいろありますが、当面やっかいなのが万物に宿る(魂)や(こころ)の源です」

「はぁ」

「話しは長く複雑で、今はそれをしているときではありません」

「ですよねー」

「では、かおるさん、まず、手を出してください」

「ハイハイおやすいごよう。こんなもんで」

わたしは(緑)さんの息子さんに(緑)さんが絡みついたほうの手を差し出した


■2006/06/16 (金) 18:56:00 begin on -

(まさかこんな一大事にトゲなんて出さないでしょうねぇ)

彼らがケンカを始めないかどうか、いちおう警戒しながらじっと手をみていると、どの爪の隙間からも今まで見なかった新しい葉っぱが顔を出し始めた。

「浄化の葉っぱたちです」息子さんが教えてくれる。

「フムフム、どくだみに似てますねぇ」と物知り顔でわたしが言う。

「いま父はかなりのエネルギーをあなたから摂取しています。具合が悪くなったらすぐ言ってください」

「どんぞどんぞ、どしどし吸っちゃってください。とくに下腹部あたりから集中的にお願いします!」

どくだみに似た緑の濃い葉っぱは「ジャックと豆の木」の豆の木のように凄い勢いでニョキニョキと育ち、まるでさっきまでいた図書館ように、ドーム空間を埋め尽して行く。

そのとき、どうしたわけかひどい眩暈がわたしを襲った。
(え、ウソ、こんなヤワじゃないはず・・・)

と思う間もなく目の前が真っ暗になる。


■2006/06/20 (火) 21:39:35 覚醒

んんん・・・、
どこかで懐かしい声が・・・、

「かおるさ〜ん」

んんん・・・、
でも瞼がうまく開かん、
・・・・・

「かおるさん、起きてください!」

ていうか、寝返りすらうてんのょ、
・・・・

「大丈夫かなァ?」

いったいココはどこじゃ?
・・・・

「気付け薬のませてみよ」

で、わたしはいったい何やってんだ?
・・・・

「かおるさん!」
また懐かしい声がわたしを呼んでいる。

「・・・ぁぁ、はぃ・・・」と必死に瞼を閉じたまま答える。

「大丈夫ですか?」

「・・・なんか、ダメみたいです」

「で、いま、どんな感じですか?」

「縛られたガリバーみたいに身体が自由にならないの・・・」

「じゃ、これを飲んでください」

やおら懐かしい声が傍にきて、わたしの口に何かを突っ込む。

これまた飛びきりニガイ。
わたしは瞼を閉じたまま顔をしかめる。

「少し苦いですが我慢して飲みこんで」と懐かしい声がいう。

(・・・もしこれが少しニガイのなら、スゴイニガイとなったら卒倒するょ)

などとぼやいているうちになんだか身体が楽になり、あたりの様子もぼんやり映るようになる。

(白い天井・・・大きな蛍光灯、
 壁掛け時計・・・カレンダー、
 沢山の本・・・積み上げられた段ボール)

「かおるさん、気がつきましたか?」
懐かしい顔がわたしを覗きこんでいる。

わたしはむくっと起きあがった。


■2006/06/20 (火) 22:14:32

「ぐゎあああああ〜〜〜〜!!!!!、
 ももももしかして、わたし気絶しちゃいました?」

気付くとわたしは図書室の大机の上で、(緑)さんの息子さんの胸ぐらをつかんでいた。

「はぃ、そうみたいですねぇ、それも相当早い段階で」

ガ−ン・・・よりによってこんな大切な時に、またもやすごいドジをやらかしてしまった。
違う意味で目の前が真っ暗になる。

「・・・で、浄化は成功したんですか?」
わたしは恐る恐る彼に訊ねた。

「お蔭様で、大雑把には終了したので、当面の秩序は保たれそうです」

「ぁぁああ〜、よかった〜」
急に身体中の力が抜けて、再び大机の上に崩れる。

そのときふと手首に視線がいった。
おや?

(わっ!!!(緑)さんが居ない!!!)

あわてて髪に触ると(緑)さんのつるも無くなっている。

(うそ!!まさか(緑)さん死んじゃったの???)

全身に途方もない不安が駆け巡り、再び飛び起きる。

「大丈夫ですよかおるさん。(緑)は(おこじょ)が持っています」

みると息子さんの肩に(おこじょ)さんがちょこんと座っていて、手に小さなどんぐりを持っている。

「この中です」と息子さんがニコニコ笑ってどんぐりを指差す。

再び全身の力が抜ける。
(ぁぁよかった〜)

「わたしが責任をもって連れて帰りますから」と(おこじょ)さん。

それを聞いた途端、なんだか知らないがかおるさんの目に涙が溢れてきた。
何故ゆえ涙が出るのか、かおるさん自身がさっぱりわからないから始末がわるい。


■2006/06/21 (水) 09:25:28 別れ

「大丈夫ですか?」と息子さんが声をかけてくれる。

外では雨が降り出している。
わたしは大机から降りて、傍にある木の椅子に腰掛けた。

「なんかぁ、こう・・・、
 まるで自分が紙くずになっちゃった感じするんです。何故かしら?」

「エネルギーをかなり使いましたからね。でもすぐ元に戻りますから安心してください」

「エネルギーを消耗したとか、そういうんじゃなくね・・・」

図書館の前には国道が走っていて、その向こうは小高い山になっている。
山の緑は雨に濡れて瑞々しく輝き、全体で深い呼吸を繰り返している。

「かおるさん、我々はもう行きます。今回はご協力ありがとうございました」

「え、行くって、どこへ?」

「我々がそれぞれ在るべきところへ、です」

「・・・森とかのこと?」

「ま、そうですね」

「・・・でもさ、でも、問題は全く解決してないと思うんだけど」

(緑)さんの息子さんは視線を大机の上に落とし黙っている。
何かを考えている風でもあり、何も考えていないみたいでもある。
相変わらず美しい横顔。

「その通りです。でも我々には、これ以上為す術が無い。少なくとも今は、」

「そそそんなぁ〜、ねぇ、ほぉんとに良く考えた?
 ・・・きっと何か良い解決策っがあるって思うよ」

息子さんは相変わらず黙って机を見たまま。

「ねぇ、がんばろーよ!」と、とりあえず言ってみる。

「・・・今は無理なんです、かおるさん、
 お別れです。それではお元気で」

そう言うと、息子さんは(おこじょ)さんと(どんぐり/(緑))さんを連れて、わたしの目の前からスッと消えてしまった。

それと同時に図書室のドアが開く。
さっきまで居なかった受付の女の子がカワイイ顔だけヒョイと覗かせる。

「あ、かおるさん!いらしてたんですか。気付きませんでした。ごゆっくり」

若々しい笑顔を残して彼女が去ってしまうと、図書室はいつもの憂鬱な洞窟に戻る。

そして・・・
かおるさんのこころは、未だ紙くずのまま。


■2006/06/22 (木) 07:01:42 紙くず

世の中には紙くずのようなものがけっこう転がっている。

それは元の美しい紙に戻ることもできず、自力でどこかに隠れることもできず、部屋の隅っこや、街角の片隅にいつまでも転がっている。

中に書かれていることはこの世とはなんの関係もなく、忘れ去られ、見捨てられ、申し訳ない程度の空気を含んで、クシャクシャに転がっている。

(だれか〜、僕を見つけて中身を読んでくださいな〜)

と叫んでみても、誰に声がとどくわけでもなく。

かおるさんは図書室から家に戻ると、だしぬけに鍋に水を入れ、冷蔵庫から卵を3個だして茹で始めた。

雨は降り続いている。


■2006/06/22 (木) 16:33:34 ゆで卵

卵を茹でながら窓辺に目をやる。

そこにはグラスにさした(緑)さんの枝がお行儀よく並んでいる。
全部で5本。

みんな思い思いに腕やつるをいっぱいに伸ばし元気がよい。
赤ちゃんの手のひらだった水の中の根っこは今ではドジョウや鯉のひげより、ちょっとは立派になってきた。

繁りはじめた葉っぱは透き通った緑色をして相変わらず美味しそう。

わたしは(緑)さんの分身から大き目の葉っぱを4〜5枚摘むと、殻をむいた3個のゆで卵の真中に飾った。

(それにしても秩序ってなんだろ?)

1個目の卵に塩をかけてナイフで崩す。
3分の1ほど口にいれてモグモグ。

(本来あるべき順序、決まり、その姿。でもそれを、いったい誰が決めたの?それは何時から始まったの?)

卵を飲みこむ。ゴクリ。

(皆さんとさっきまで居たあのドーム状のコアが、元の状態に戻ればすべての秩序は回復するの?)

卵が咽につまる。ゴホゴホッ。
2個目の卵にとりかかる前に、紅茶を入れるためやかんをコンロにかける。

(そぅだ、そういえば美味しいドレッシングがあったんだ)

わたしは実家から送ってきたゴマドレを出し、(緑)さんの葉っぱにトロリとかけた。

雨は小降りになっている。


■2006/06/23 (金) 08:38:13 電話

2個目の卵に着手する前に、熱い紅茶をすする。
やっぱ雨の日には紅茶が似合うなぁ。

(緑)さんの葉っぱも食してみる。
(サクサクッ)
柔らかくて甘味があって美味しい。

ここで紅茶をもうひとすすりし、ため息を一つつく。
(ホヘ〜〜っ)

2個目の卵をチャッチャとたいらげ3個目の卵を崩しかけた時・・・、

電話が鳴った。


■2006/06/23 (金) 23:10:08 電話の主

食事中と入浴中の電話って、無防備なときに急に脅かされたみたいにビックリするし、そのあとは無性に腹が立ってくる。

(えぇぃ、居留守をつかってしまえ!)
そう決心したわたしは、電話のコールを無視して3個目の卵に着手。

ジリリリーn・ジリリリーn・ジリリリーn・・・・電話くん、なかなか鳴り止まない。

ジリリリーn・ジリリリーn・ジリリリーn・・・・そうとうしつこい。

これで間違い電話だった日には、電話の回線は即刻切断される運命をたどる。

(しょうがないなァ、もうちょっとタイミングってものを考えなさいよね)

しぶしぶ受話器をとる。

「はい、もしもし!」

「さっさと電話にでてくださいよ!時間がないんですから」電話の主が突然早口で切り出す。

「・・・はぁ?いったいあんた誰なんですか?」

「あなたがこれからイヤでも知り合いになるモノです」

からかわれているのだろうか?
わたしは完全に頭に血がのぼる。

「今、大事な食事中なんです。じゃそういうことで!」

真昼間のイタズラ電話に容赦はいらない。
受話器を置く前に、NTT回線のコネクターにさっと手が伸びる。

「ちょちょちょっっと待ってください!電話を切らないで」

「あんたねぇ、いくらなんでも礼儀ってものをわきまえなさいよねェ!!!」
かおるさんは逆上するとすぐに説教口調になる。それもかなりの大声。

「・・・スミマセン。とても重大な連絡があったものですから」

「重大?」

「はい、(コアの浄化)に関することです」


■2006/06/25 (日) 10:44:17 炊飯器

「なぜそのことを知っているの?」

「あそこに居たからですよ」

「コアのこと?」

「です」

「・・・」

「(緑)さんと息子さんはそれぞれの在るべきところへ戻られました。しかし現実には、彼らが施した水と空気の浄化だけでは秩序は思うほど回復しなかったんです」

「どういう意味?」

「浄化をもう少し、徹底しなくてはなりません。或いは他の方法で秩序を回復させるか・・・」

「・・・あなたがおっしゃっていることに対しての決定的な証拠は何かあるんですか?」

今のご時世、とりあえずなんでも疑ってかからねば!と時々思い出すかおるさん。

「そうですねー、じゃ、身近な所で、近くにある炊飯器を開けてみてください」

わたしは言われるがままに、電子レンジの下においてある炊飯器におもむろに手をかけた。

開かない。

中には今朝炊いたご飯が僅かに残っていたはず。

もう1度やってみる。

びくともしない。

これ以上、力をかけると「とって」が壊れるってとこまで頑張ってみる。

完璧に密着状態。

(もしかして・・・)

わたしは電話口に戻ると声の主に言ってみた。

「あのさ、これってもしかして、接点がずれてるってこと?」

「思ったよりものわかりが良いですね」

やれやれ、


■2006/06/25 (日) 16:46:02 ミッション

彼の話しによると、秩序の問題はだいぶ以前から起こっていて、地球上の生態系を始め、人々の深層心理に至るまで、あらゆる所でズレやユガミを生み深刻な問題になってきているらしい。

そういえば、シンドラー社のエレベーターの故障って、接点のズレが関係しているのかしら?とふと思ってみたりする。

だからといって、なぜわたしなんかに重大な電話がかかってくるのかしら?
彼の話しが一区切りついたところで質問してみる。

「お話しはだいたい把握できましたけど、で、一体全体ご用件はなんでしょ?」

「(緑)の分身を持って、わたしのところまで来てほしいのです」

 (あら〜〜、さっきちょっと食べちゃった・・・)

「・・・はぁ、べつに構いませんけど、この子たちを何に使うんですか?」

「時間がないので詳しくは説明できませんが、至急やらなくてはならないことは植樹して彼らを育てできるだけ増やすことです。ただうまくいくかは未定ですが、」

「なるほど。で、どこに持っていけば良いのかしら?」

「かおるさんちの裏山にある湿原へお願いします」


■2006/06/26 (月) 13:13:01 湿原

水を張ったバケツに5本の(緑)さんの枝を入れ、丁寧に軽トラに積む。

ワンちゃんはどうしよう?
熊がでたら怖いしなー。連れていきたいけど・・・。

・・・暫く考えて今回は置いていくことにする。吠えたらウルサイし。

<湿原入り口>まで軽トラで登る。

雨上がりの山は緑の液体に飲みこまれた深海の森のようだ。
運転しているだけなのに、水の中に居るように息苦しくなる。

<湿原入り口>に車を停め、そこから徒歩で15分ほど山道を登る。
バケツの水がこぼれないように気を付けながら、いつもよりゆっくりした足取りで進んでいく。

山頂に到着し、なだらかな斜面を暫くいくと、湿原の案内板が見えてくる。
そしてその向こうにコロセウムのような円形の湿原が広がっている。
(ぁぁ久しぶりー。そういえばかれこれ1年ぶり)

やはり湿原はいい。
湿った土から蒸散してくる腐葉土の匂いも、緑色の風も空を行く雲も、湿原ならではの独特の色と匂いを持っている。

案内板のところでバケツをおろし呼吸を整えていると携帯電話が鳴る。

圏外なんですけど・・・。

ま、いっか。


■2006/06/26 (月) 22:13:26 熊さん?

「もしもし、到着しましたけど」相手はもうわかっているので、速攻で電話に答えた。

「おぉ、ありがとうございます。では、そこから木道に出てもらえますか?」

「オーライ!」電話を切り、木道に向かう。

湿原はキレイな円形をしていて、真中を1kmほどの木道がまっすぐに突っ切っている。

わたしはバケツを抱え、木道の片側の端に足をかけてから、ふと前方を見た。

ん?なんだ?
何かいるぞ。

木道の真中あたりに黒い塊。

イヤ〜な予感。
大きさといい、気配といい、熊さんソックリ。

わたしに感づいたのか、熊さんらしき影がもそもそと動く。

(ヤバイ!)

わたしは思わず後ずさりした。


■2006/06/27 (火) 08:39:04 出遭い

(・・・ん?でもちょっと待って。サーカスじゃあるまいし、野生の熊があんなふうに2本足でいつまでも立っていれるかしら?)

目を細めて、よーく見てみると、それは熊ではなく、どうやら熊の毛皮のようなモノを羽織った人間のようだ。

(なーんだ。まったくもぅ、よりによってこんな場所で人を驚かすような紛らわしい服装しないでくださいょね・・・)

気をとりなおして木道を進むことにする。

またポツポツと雨が降り出している。


■2006/06/27 (火) 08:54:21 植樹

木道の幅は50cmほどで、大人がすれ違うにはとても狭い道だ。
でも所どころに1mぐらい幅を広く取ってある個所があって、休んだりすれ違ったりできる工夫がされている。

彼はそこでわたしを待っていた。

「お久しぶりです、かおるさん」黒いコートの彼が頭を下げる。

「?はぁ・・・えっと、どこかでお会いしましたっけ?]
彼の顔には全く覚えが無い。

「1年ぐらいになりますか、お友達を連れてここにいらしたでしょ?]

「え、なんで知ってるの?」

「わたしはこの湿原の番人をしているものです」

「へ〜、そんな人がいるなんて初めて聞きましたけど・・・」

「まぁ、いつもはこんな姿じゃなく、もっと熊らしくしてますが、」

(・・・やっぱり。・・・ええぃもうどうにでもなれぃ!)

「あの、これ、持ってきましたけど」
わたしはバケツにさした5本の枝を彼に差し出した。

「ありがとうございます。ではさっそく始めましょう」

この時期、湿原には僅かに水が湧きだす場所があって、そこから幾筋かのゆったりとした水の流れが生まれる。
そこでは、微生物や小さな昆虫たち、運がよければ小魚が観察できたりもする。

彼は足もとの水の流れに1本ずつ丁寧に枝を挿していった。


■2006/06/28 (水) 21:41:47 ちょっと弱気な熊さん

雨が降り続いている。
咲き始めた(ワタスゲ)の上にも、(ヒツジグサ)の上にも、熊さんのコートにも初夏の暖かい雨が、柔らかくたたみ込むように沁みこんでいく。

湿原の雨はステキだ。
身体中の細胞がぜんぶ溶けてしまいそう。

見ると5本の細い枝の上にもポツリポツリと雨が降り注いでいる。

「僕にはわからないんですょ」足もとの枝に目をやったまま、熊さんが喋り始めた。

「はい?」

「僕らがこうやって当面の秩序を保つためだけに、とりあえずのコアの洗浄や応急処置を施しても、結果は同じなんじゃないかって気がするんです」

「はぁ・・・」

「つまり今やっているこの努力は、未来で決して実を結ぶことはなく、いずれは時間さえも含む宇宙全ての秩序は崩れ去り、本当の意味での混沌がやってくるんじゃないかと・・・」

「・・・・」

「さいきん限界を感じているんですょ」

「え、そ、そんな、お願いだから弱気にならないでちょうだい」こんな大事な場面で何を言ってよいかわからない。オロオロ。

なので、とりあえず励ましてみる。
「えっと、じゃ、みんなに声をかけて、みんなでやってみたら?ん〜と、たとえばコアが汚れないように気をつける、とかさ・・・・」

そのとき遠くでカッコウが鳴いた。


■2006/06/28 (水) 21:59:36 増殖

カッコウの声とともに森の木々が急にざわめきだした。
地中から低い唸りも聞こえてくる。
グゥヮ〜ン、グヮ〜ン・・・・

(え、何が起こってるの?)

木道が揺れた。
あわや転びそうになり、熊さんのコートにしがみつく。

「深いところまで根を張っているんです。もうしばらく揺れますよ」
熊さんがわたしの身体をがっしりと支えてくれる。
さすが頼もしい。

激しい揺れに、波紋の広がる水面には新しい(枝)たちがそちこちに現れはじめている。
(ああ、この子たち、水中で増えている!)


■2006/06/28 (水) 22:17:42 10分の1

暫くすると揺れがおさまった。
気がつくと地鳴りも止んでいる。
辺りには何もなかったような静けさが戻っている。

「たったこれだけか・・・」熊さんが愕然としている。

「え、これだけって?」

「(枝)を見てください。増殖した面積は湿原の10分の1にも満たない」

「あらあらホント、栄養が足りなかったのかしら?」

「それもあります。でも増殖の場合、問題なのは主に水なんです」

「え、だって、さっきコアで(緑)さんが浄化したんでないの?」

「世界の何もかもが淀む速さが加速していて、今まで通りの浄化では追いつかなくなっているってことなんです」

「え〜〜〜!じゃ、はやく(緑)さんに伝えなくちゃ」


■2006/06/28 (水) 22:56:14 番人

「(緑)はもうわかっているはずです。そして彼は森でもう何か行動を起こし始めている」

「へ?そうなんですか?」

「はい、そしておそらく彼の息子さんも(本)の中で彼にしかできない作業を始めている」

「ほぉ、同時進行ですね!」すこし元気が出るかおるさん。

「僕はこの湿原の番人ですが、世界中にいろんな番人がいます。海には海の、空には空の番人。そして今、それぞれがそれぞれの役割を自覚し活動を開始しているはずです」

「もしかして、最近頻繁に起きている津波や台風や地震って、そのぉ、あなたがたが秩序を回復させるための活動の一環なのかしら?」

「違いますよ。あれは秩序の乱れによる自然エネルギーのねじれや歪みがああいった形で放出されているだけです」

「なるほど・・・でも、あの、今更、言いにくいんですが、実はわたし、その<秩序>ってこと自体がよくわからんのですが」

「秩序は変化します。秩序は常に決まった形をとるものではなく、そのときそのときで全体のバランスが肝心なのです。そしてあくまでも、あるがままの自然体でなければならない」

「・・・ん〜やっぱり、よくわかりません」


■2006/06/29 (木) 09:54:32 水蒸気

気付くと雨が止んでいる。

わずかな雲間から透き通った光が差し始め、湿原の水面にも光の線が降り注ぐ。
遮るものの無い山の空気の中では、気温の上昇は思いのほか速い。
陽が濃くなるにつれ、湿原から見る見る水蒸気が立ち始める。

目の前の風景を眺めながら熊さんの説明が続く。

「僕らが感じていることは−物事というものは、できるかぎり在るがままで存在すべき−ということなんです」

「・・・はぁ」

「モノの中にはそもそも最初から秩序というものが存在している。初めからモノが秩序を内包しているといいますか・・・。そしてそのモノ自体が変化すればそれに合わせて秩序もちゃんと変化し、常にバランスを保とうとする」

「フムフム、うまくできてるんですね」

熊さんがうなずいて続ける。

「いいですか、かおるさん。自然にそこに存在すべきモノから必要以上に何かを奪いすぎてもいけないし、手を加えすぎてもいけないんです。さもないとすべてのバランスが壊れてしまう。この湿原のように」

「・・・なるほど。湿原では人間がつけたたった1歩の足跡が、もとの状態に戻るために数百年はかかるっていいますものね〜」

「けれどこの地球上では、まったく逆のことが行われてしまう」

水蒸気の勢いがいよいよ増し、辺りが幻想的に輝く霧に包まれる。


■2006/06/29 (木) 10:05:04 消えた熊さん

「逆のこと?」
わたしは熊さんの方を見て言った。

が、どうしたことだろう、すぐそこに立っているはずの熊さんが見あたらない!
きっとあまりにも霧が濃すぎて、傍にあるはずのモノでさえ見えないのだ。

「熊さん、そこに居るんですか?」ちょっと不安になって思わず尋ねてみる。

返事がない。

「熊さん、居るなら返事してくださいょ!!」

足もとにかすかに見える木道を頼りに、熊さんが立っていたあたりまで前へ進んでみる。

気配なし。

「やだもう〜! 熊がでたらどうするのよ!」と大声で叫んでみたが、手応えはまるでない。


■2006/06/29 (木) 10:20:25 再び電話

そのとき再び携帯の着信音が響いた。
「はい、もしもし、熊さん?いまどこに居るの?」

「僕はこれから地下にもぐります。(枝)たちの根っこがこの湿原から地中深くへうまく成長していけるか見届けなくてはなりません」

「へぇ、そぉなの?」なんだか急に心細くなる。

「かおるさんは霧が晴れるのをまって、気をつけて山を下りてください」

「てことは、わたしにできることはもうないってことかしら」

「はい、今のところはありません。ですがそのうちまた必ず・・・・」

そこで電話が切れる。

残ったのは、霧と木道と底無しの静寂。


■2006/07/02 (日) 07:22:11 ひとまず−concluded−

湿原から帰ってまもなく、恒例の頭痛と吐き気に襲われた。
25時間ほど寝こむ。

そもそも仕事の疲れが溜まっていたうえに、図書館事件と湿原事件がほぼ同時に起きたから仕方がないといえば仕方ない。

今、ようやく起きあがり、ボーとする頭で、暖かい(ほうじちゃ)を煎れて飲んだところ。
いったいどこからどこまでが夢だったのか、もはやさだかではない。
ただ、ゆで卵のお皿の上に、一枚の葉っぱが残っていたことは記憶している。
湿原から戻ったわたしは、熱にうかされて朦朧としつつも、確かその一枚を食したはずだ。
そしてそのまま布団に倒れこみ、寝こんでしまった。

身体中の節々がギシギシいっている。
筋肉も固まって、思うように動いてくれない。

雨はやはり降り続いている。


ひとまずこれで、おはなし日記は、おしまい。
でもたぶん、できれば・・・つづく、
かもしれない。