建築はどうあるべきか

 この問いには容易には答えられない。答えを求めてはいけないのかも知れない。だが、建築物は、完成した瞬間から、短くて数カ月、長ければ百年、千年とその場所に残り続け、衆目にさらされることになる。人々が意識するしないにかかわらず、建築は周辺のひとびとに影響を与えていく。したがって社会のあらゆる階層のひとびとに、建築を語る資格がある。建築を建築家の遊技の対象にしてはならない。建築雑誌の難解な文章のベールに建築を覆わせてはならない。建築は白日のもとにさらされなければならない。全ての人々がそれぞれの立場から建築を語り合う時が来た。

 小生の働いている職場は、外壁の半分がガラス張りである。壮麗な外観は、道行く人を驚かせ、内部で働く人に対する羨望を覚えさせている。この建築は、バブル期直前の1987年に定礎がうたれた。が、完成後数年にわたって無人であった。その理由は未調査なので不明であるが、不幸な旅立ちではあった。

 この建築の5階で小生は働いている。空調に問題がある。フロアの空調は大きく二系統に分かれているのだが、小生の居る場所あたりが最も冷える。原因は不明だが、小生の腰から下がしんしんと冷える。働いていられないほどである。精神的ストレスになる程である。建築がデザインだけでは成立しないことの好例である。建築の目的を整理して、建築家の頭脳に打ち込む必要があるのはもちろんだが、施主たちをも教育しなければならないと思う。

 小生は、建築に関する随筆をこれからシリーズ化したい。そのために5つの条件を建築に課し、この条件を基準に随筆を記してゆきたい。その5条件とは、

1、建築は人々を災害から守らなければならない。
2、建築は周囲と不調和をおこしてはならない。
3、建築は人々の健康を害してはならない。
4、建築はその芸術性をもって人々を啓発しなければならない。
5、建築は地球環境の保全に寄与しなければならない。

 この基準をもとにすると、小生の会社のビルは、少なくとも3、5に不合格である。総ガラス張りに近いだけで熱が逃げ、空調効率が悪いことは容易に想像がつく。

 小生の職場の近くに大きなビルがあり、毎日たくさんの人が出入りしている。不思議なことに、数年に一回くらいの割合で、このビルにかかわる人々の間に奇妙な事件が起きる。また、このビルは、その巨大さによって周囲を威圧している。モダニズムに対する設計者の一方的な誤解から、実用優先主義で芸術性からもほど遠い。そして大規模な空調でエネルギーを消費している。この大きなビルも上記に照らし合わせると、2、3、4、5に不合格である。

 すぐに答えの出ない、気の遠くなる問いを、あえて発する。
建築はどうあるべきか。
この問いをもとに小生は、間欠的ではあるが、長い随筆書きの作業を始めることにしたい。


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