西武新宿線は都会的センスの欠如した鉄道

 西武新宿線に乗っていると腹が立ってくることが多い。急行の通過待ちを告げるアナウンス、待ち時間を言わない。「少々お待ち下さい」などと勝手なことを言う。車掌は少々かも知れないが、こっちにとっては少々ではないかも知れないではないか。急行と特急の2本に追い抜かれる場合だってある。4分も停車している。少々などと言わないで欲しい。都会的センスの欠如を感じる。

 環状8号線との立体交差が10年以上もかかってやっと完成した。難工事だった。西武新宿線は何をした?何もしていない。ただのうのうと地上を走っていただけだ。道路が新宿線をよけただけだ。環状8号線の方が後にできたから新宿線は高架などにする必要は無いのだ?どちらが先にできたかは問題ではない。都市交通はスムーズに流れるをもってよしとするべきではないのか。現に中央線も環状8号線よりも古くから存在したが、ちゃんと高架にしてあり、郊外になるまで踏切など無いではないか。新宿線には都会的センスが感じられない。

 いつになったらサイリスタ・チョッパ型の省エネ電車が各駅停車にも導入されるのか。いいかげんに25年以上前のモデルで走るのを止めてもらえないか。これでは動態保存の交通博物館だ。ここはオーナーの出身地、のんびりとした近江の国ではない。利用者はいらついていても他に交通手段がないからやむをえず新宿線に乗る。それでいいのか。

 西武新宿線は駅間距離が非常に短い。だから電車はちんたら走る、と思ったらおおまちがい。例えばJRの新型車両は、加速と減速が強力だ。短い駅間距離でもスピードアップは可能なのだ。西武新宿線は新型車両を各駅停車に導入しようとしないのでいつまでたってものろのろ走っているのだ。

 西武新宿線は客スジが悪い。すぐ足を組む。きちんと腰を引いて座らない。ずるっと座る。足を投げ出すようにして座る。当然ひざが前に出る。前に立つ人に迷惑だ。隣の人と間をあけて座る。自分の席の隣があいていると自分のカバンなどを置いてしまう。これは、暗に隣に座るなというサインである。エゴが見え見えである。みんなゆずりあって座るべきなのに。ファッショナブルな都会的なかっこうをしているくせに、心はゆったりとスペースに余裕のある田舎のままである。ここはすべてが狭い都会なのに。
 田舎を捨てて、これまで自分を育ててくれた両親を田舎に残して東京に出てきたのなら、少しは都会人らしくするべきではないか。それが田舎に残してきた年老いた親に対するせめてもの報いではないのか。

 このところ、新宿線は4ドア車両が増えた。高田馬場駅で待っていると、4ドアの開く同じ場所に急行と各駅の客が混在して並んでいる。各駅が来てやれやれと乗ろうとすると、前の人が急に立ち止まってぶつかりそうになる。前の人は、次の急行に乗るようである。高田馬場駅はホームの幅が狭い。急行と各駅の客が混在したまま並んでいるので、最後尾の客はホームの端近くまで来てしまう。ホームを移動する別の客の列がぞろぞろとやってくる。最後尾の客と移動客の群とがぶつからんばかりだ。

 まず、各駅は4ドアの位置に並ばせ、次の急行は各駅の列の隣に並ばせればそのような混乱は起きない。各駅が来て客が乗り込めば、急行の客は4ドアの位置に平行移動すれば済む。ホームの幅の狭さにも有効だ。

 営団地下鉄は混雑時に次の列車に乗る人の列は、今度の列車の列の隣である。なぜ西武新宿線にはできないか。これは憶測に過ぎないが、経営者が近江商人だからではないか。余計なコストはとことん省くので、利用者の不愉快を解消するなどといった一銭にもならないことはやらないのだ。およそ恥というものを西武新宿線は知らない。商人は恥を気にしていたら食えないからだ。 しかし公共交通機関としてまずやることがあるだろう。それを忘れてもらっては困る。


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