戦争は終わっていない

 箸を持てない若者が多いような気がする。ある金曜日の夕方にスパゲティー屋に入った。このスパゲティー屋は、客に箸を使用させている。私の他に3組のアベックが食事をしていたが、そのうちまともに箸を持てていたのは、わずかに1人の女性。しかし、その女性は中指が引っ込んでいた。
 牛丼の吉野屋に入る。それとなく男たちの手元を観察する。まともに箸を持てる者が1割程度しか居ないことに愕然とする。
 おしゃれに関する情報は、相当なものだろう。しかし、彼らは日本人としての誇りを忘れてしまっている。
 箸は文化である。文化を自ら放棄して恥じない民族に明日はない。
 わが国は戦後52年でこのような一見豊かな国に変化した。しかし、精神的にはアメリカの植民地、経済的にはアメリカの属国である。戦争はまだ終わっていないのである。アメリカは攻撃の手を緩めてはいない。日本人は精神の根底から崩壊させられようとしているのだ。かくいうわたくしも、米国製のマックとかいうパソコンを愛用し、これまたHPの携帯型パソコンを手帳代わりに使用している。日本製のパソコンを使用したくない訳ではないが、日本電気のパソコンはその特殊な方式に固執したことが裏目に出て自滅、富士通のものは、せっかくの親指シフトを生かせずにいる。(DOS/V版の親指シフトは、「、」が従来のように打てない。その事について富士通は知らんふりを通している。小生が最も主張したいのは、日本語はローマ字入力ではなく、わが国独特の入力方法であるべき。それを実現しかけたかに見えた富士通も、いつしか精神を忘れ不完全な親指シフト・キーボードをDOS/V機に付加するに至った。これを精神の荒廃と呼ばずして何と呼ぶか。)
 携帯型も、日本製のものは、キーボードがフニャフニャで使用する気が起きない。オアシス・ポケット然り、モバイル・ギア然り。HPは、関数電卓時代から培った独特のしっかりとしたクリック感。キー間隔も意図的に離してあり、誤打を防ぐ。日本製のものは押したんだか押さなかったんだか不明。キーどうしが接近しているので誤打しやすい。どうしてこんな簡単な事が社内で提言され、採用されないのか。例の日本式才能のつぶしあい、足の引っ張り合いが企業の中で繰り返されていると見るのは杞憂に過ぎないか。ユーザーの民度が低いからかも知れない。


家庭頁へ