「オタク論・オタク史」レポート




「オタク論・オタク史」
−カウンターからサブカルへ−

米澤嘉博(コミックマーケット準備会代表)
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ヨコタ村上孝之(大阪大学助教授)



 京大で上記のような興味深い講演があるってことなんで行ってきました。内容もそうだけど、阪大OBとしてはヨコタ村上氏の名前に惹かれたのが主要因かも。他の教授だったら行かなかったかもなぁ。

 あ、録音・撮影禁止だったんで、画像は一切無しな上に内容も歯抜けですのでご了承を。今後出る(と期待)他HPさんのレポで補完してくださいな。


 第一部:講演

 第一部は米澤氏と村上氏が1960年代末より始まり今に至る、マンガを中心としたオタク文化を語るというもの。クロストーク形式かと思っていたら、それぞれが一連の流れに関して喋っていくという形でした。もう少し二人の意見交換が聞きたかったなぁと思います。

 まずは米澤氏によるオタク文化の変容について。この辺は解釈も様々なので詳しくは割愛しますが、おおざっぱにまとめれば、

60年代末:反体制=カウンターカルチャーとしてのマンガ
70〜71年:カウンターカルチャーから個人的な世界へと自閉、低年齢化
72〜75年:オタク文化の創立、趣味・嗜好に代表される文化
70年代後半:青年達の文化としてのアニメ、クラス化・専門化の進行
80年代:文化のセクト化、相互交流の拒否=オタク文化の発生
90年代:求心力を失い消費されるマンガ、オタクという階層化
2000年〜:オタクが文化を発信していく時代の到来

こんな感じで。文化を発信する層がどのような影響を受けた人たちか(20年スパンくらい)、という繋がりを考えると色々見えてくるかも。

 続いてマイクが渡され村上氏に。既に米澤氏にほとんど言われてるので、補足や立場の違いによる意見の相違なんかを述べる形でした。あと、ふいに主催側代表の佐藤氏に今回の講演の意義を問うたのは流石ですね。講演の趣旨を明確に見ることができましたし。


 第一部で注目したいのが、「オタク」の定義について。米澤氏の意見は、「時代によってその定義が変化し続けている」として定義付けが不可能、もしくは無意味であると考えており、村上氏もほぼその考えに同調していました。ただ、研究者としては何らかの定義付けが必要であることから、「体系化・普遍化を嫌い、既存の規範・概念から外れた需要形態を持つもの」と村上氏は定義していました。

 ここが曲者で、「オタク論」と題している以上、傍聴者側からすれば「オタクとは何か」という命題に対して何らかの道筋が欲しかったと思います。そこで「定義付けはできない」といったものしか出てこず、少々肩透かしをくったような感じでした。ここら辺は、主催側とパネラーとの間での内容の意思統一ができてなかった(してなかった?)のが一因ではないでしょうか。個人的には村上氏の定義はなかなかに的を射ていると思うのですがね。


 雑感として、米澤氏は流石にこういった話題を話し慣れているのか、淀みなく話進めていた印象でした。話題の繋ぎ方や声の強弱の付け方が上手いのか、非常に聴き易い感じ。逆に村上氏は話すテンポがかなり速いのと、「あー」「えー」といった言葉を間に多く挟むので聴き辛い印象を受けました。授業を受ける学生は大変そうです。

 あと気になったのが、話のメインが米澤氏に向いていたことですね。傍聴者の興味も米澤氏の発言が中心だったように見受けられましたし、村上氏が場から浮いてしまってる印象でした。



 第二部:パネルディスカッション

 第二部はパネディということで、傍聴者からの質問に二人のパネラーが答えていくというもの。ってこれパネディじゃなくて質問タイムだよ、とツッコミ。ちなみに質問は、事前に各人が紙に書いたものの中から主催者が選んで読み上げています。


Q1、学生時代にやっておいた方がいいことは。

米「学生の本分である勉強だけはやっておいてほしい。あと、その時にやりたいことはその時にしかできないので、やりたいと思ったことをすればいい」
村「海外旅行。時間の取れる学生の間に長期の海外旅行をしておくべき」


ごもっとも。自分はどっちもしなかったなぁと反省。村上氏の時代はパリまで行くのに五日かかったそうな(船でウラジオストク→鉄道でモスクワ→飛行機でパリ)


Q2、コミケに学生サークルが多いのは?当選しやすいのは本当?

米「本当。学生サークルにはダミーが少ないのと、コミケの準備から手伝ってくれていた歴史があるので、一般サークルとは別に考えている。学生サークルは同人を通じての交流をメインとしているところも多く、コミケのあるべき姿かなと思っている」

コミケを見たこと無いんで初耳なんですが、そういう背景があるんですね。第一部での「コミケはオタクが集まる場ではなく、表現者が集まる場である」という発言も含め、米澤氏のコミケへの想いが感じられる答えでした。


Q3、東京以外の地域から影響力のあるものは現れるのか。

村「お笑い文化の例を見るように、関西の文化発信力は高い。今後、そのようなものが生まれる可能性は充分考えられる」
米「可能性は高い。関西系は表層に流されない一つの勢力である。しかし出版という流れの中ではそれらが露出することは難しい」


これは質問に考えされられました。確かに東京発のもの以外は「亜流」としての捉えられ方かもしれません。ここで面白かったのは、「大阪文化自体が東京文化に対するカウンターカルチャー」という発言。大阪人はオタクとしての素養を既に備えているということか?


Q4、女性のオタクの実態は?コミケの80%は女性の参加者というが、語られるオタクのほとんどは男性であるのはどうしてか。(実際この講演の参加者もほぼ男性)

村「『女性のオタク=やおい』というのが実状。しかし、女性は両義性を持ち規範から外れにくいためにオタクになりにくい性質があり、オタクとして顕在化していない。」
米「女性は自分達をオタクであるとは思っていない。また、女性オタクのブームは波として捉えられ、個として見られにくい。また、自分を知りたいという傾向が男性に強い」


パネラー二名の発言からは「オタク=男」という節があったため、それに対する質問という感じ。やおい云々はともかく、同じオタクでも男女は分けて語らないといけないというのが二人の意見の模様。あと両義性というのは、女性が男性的側面と女性的側面の双方を持っているということ。男性が女性向の物に興味を持つのは規範から外れるが、女性が男性向けの物に興味を持つのは規範から外れない、というのがその一例かと。


Q5、オタクに否定的・批判的な報道が多いが、これはどういった意図からなのか。

米「宮崎事件以降を見れば、オタク批判の番組は減っている。むしろ最近では肯定的に捉えている意見も増えている。男性には常に『これでいいのか』という不安があるため報道への反発が起こりやすく、批判的な意見に過敏な反応を示しているのでは」
村「同じく、オタク産業に注目が寄せられるなど肯定的な報道が増えている。マンガの登場人物(=読者の投影)にオタクが多く出ているなど、オタクが特殊な集団ではないという認識が広がっている」


えー、告白しますとこの質問を出したの僕です(笑。こういうのが最近あったりしたんでそれに絡めての質問だったわけですが、何かピント外れな質問になってしまいました。確かに産業としては評価され始めてるんですけど、オタク自体への風当たりは以前以上のようにも感じるのです。追加質問しようかと思ったのですが、米澤氏の言うように否定的な意見を針小棒大に捉えている節があるとも思うのです。まあ楽観的に考えていいのかもしれませんね。


Q6、オタク語る主体はオタクなのか、オタクを見る非オタクなのか。

村「『オタクでない者がオタクを語るな』とオタクは言い、オタクと非オタクの整合性は語る上で重要になってくる。しかしオタクを語る上では、オタクから離れていく必要がある。オタクはアイデンティティーではなく他者からのイメージ」

研究者としての村上氏にとっては重要な問題。内からの目と外からの目を両方兼ね備えないと、語る上で不十分ということか。しかし「分からん奴が偉そうに言うな(=オタクでない〜)」というのは非常にオタク的な発言だと思うのですよ。


Q7、ベネチアでのオタク展について。

米澤氏が写真を交えてその様子を紹介
米「誰も発信しないからこそ発信する。内でなく外に向かって発信していくことが大事」


ベネチアでのオタク展というのはこれのこと。米澤氏も言ってたけど、国の金でこれだけのものをベネチアで晒してきたというのが、なんつーか凄い話です。街中に貼ったポスターが悉く取られていたり、展示していた同人誌(エロ)が早々に持ち去られていたりと、世界にも好評だったようです(笑


Q8、コミケ(同人)とビジネスの兼ね合いはどうなっていくのか。

米「同人→商業という流れが出来つつある(例:月姫)。また、商業にプラスして同人をしている人もいるが、この辺は住み分けが充分にできていると考えている。無理に規定することで『何でも出てくる』というコミケ特有の場が失われてしまうより、今の自由さを残していきたい」

コミケの今後にも関連する質問。同人の商業化は確かに増えている、というよりビジネスの場として同人が目を付けられたという感じですが、米澤氏としては表現者自身に任せるといったスタンスの様子。コミケを知らない身にはこれ以上はコメントできませんです。


Q9、各々が好きなマンガは?

米「今まで出会ったマンガ、そして今読んでいて楽しいものが好きなマンガで、これ一つとは言えませんね。大量に付き合うことがマンガの楽しさだと思います」
村「同意見ですがそれでは話が進まないので。一つは『ケロロ軍曹』。これはオタク的な人が作っているということで時代の変化を感じる作品です。もう一つは『犬』。戦後からの倫理観をぶち壊す作品でとても気に入っています」

余談ですが、村上氏が阪大生協が出してる本の紹介冊子に上の「犬」の書評を書いたそうです。で、編集している生協職員さんが書評を見て「犬」を読んだらしく、次の紹介冊子で「やはりマンガはくだらない」とバッサリ。多分編集したO田さ〜ん、村上先生チョットご機嫌斜めですよ〜。


Q10、オタクと非オタクは何故断絶するのか。

米「昔は知らないことは恥であり、何でも相槌を打っては家に帰って調べたりしたもの。今は知らないことに対して『知らない』と言える時代。興味・趣味の住み分けがなされて、共用主義がなくなっている」

これは物事の細分化が進みすぎて、「素人お断り」な雰囲気が出ていることも一因かと。齧った程度の知識では話題についていけないことが多いように思うのですが。


Q11、30年後のオタク・コミケはどうなっているのか。

米「マンガ→アニメ→ゲームという流れがどうなるか、それは見当もつかない。ただ、それに代わる面白さを提供するものが生まれないため、30年後もそれぞれは残っているだろう。そして同様にコミケも残っていく」
村「遠からず紙の本は滅び、マンガも電子化する。ただ、技法は変わらずに残る。今話題になっている著作権の問題が、電子ブック化で無くなるだろう」

今回の講演の主論でもある(らしい)30年後の姿。二人に共通するのは、オタク文化は失われることなく残るという予想。つまりオタクもまた今と変わらず健在ということではないでしょうか。



 そんなわけで第二部終了。第一部よりは二人の意見交換があったと思いますが、やはり米澤氏がメインだった感じでした。司会者も米澤氏にしか話題を振らなかったりしたし。むしろ司会の佐藤氏が積極的に二人に絡んでいたのが印象的でした。




 さて最後に村上氏からの発言より。

「こういうオタク論といったオタクの体系化に興味を持つということは、体系化を嫌うオタクにとってはオタク的な事ではない。その矛盾こそが面白いところですね」



2004/11/25


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