私と中国史(館長の自分史) |
小学の部 |
小学生の頃は、よく学校の図書館とかで、伝記の小説とか、マンガとか読んでました。学校とかでも先生に「読みましょう」と言われてたような・・・。その頃は、「織田信長」とか「豊臣秀吉」とか読んでたなあ。 で、中学年の頃かな?親がマンガで「三国志」を買ってきたのは(でも横山光輝のではなく、園田光慶・画久保田千太郎・作講談社)。このマンガは、なぜか親が途中までしか買ってこなかったので、最後まで見れずに終わる(高校生になった頃ぐらいに1冊にまとまった馬鹿でかい本になっていたのを見つけて買った。よく見ると回が進むごとに画が雑になる。今はマンガ文庫で出ている)。 特徴は、張飛が呂布をジャイアント馬場呼ばわりすること、かなり残虐な画が多いこと(回終わりの最後のページには、骸骨に矢が刺さっていたりして徐々に崩れ落ちていく画がある。当時は、怖くてそのページをめくるのが嫌だった。)かな。「三国志」に軽くはまったのはこの頃。でもこれから中学まで「三国志」に触れなかった。 |
中学の部 |
| 中学生になって、友達の家に行ってゲームの「三国志」(もちろん光栄の)をやることで「三国志」と再会。その頃、横光「三国志」の存在を知り、集める。同時に、ブームの再来(ゲームの人気に、NHK人形劇の再放送、アニメ横光「三国志」、ゲーセンのクイズ「三国志」など・・・)の影響もあり、以降はまり続けることに・・・。 そして、その中学校では、自分より「三国志」に詳しい人はいなくなった(昔から知っていた人を追い抜いて、いろんな人に薦めてた。今考えると笑えるなあ)。 あと、この頃って武将の言い合い(しりとりっぽく言い合う。「ん」とか名前の「つながり」は無視だけど)とかはやったな。 |
高校の部 |
| 「三国志」の人気も定着し、興味も増し、ブームは小説(「演義」)を抜けて歴史書(正史)に向かう。その頃、やたらと「演義」と「正史」の「比較本」とか、うさんくさい本ばかりでてた。手当たり次第買ったけど、読んでも「著者が違うけど内容が一緒」(個性がない。誰が書いても一緒。)とか、「著者が一緒プラス内容も一緒。ただ、出版社が違う」(こっちは微妙だけど、分かってもらえるかな?)というような本ばかり・・・。まあ、若気の至りで失敗した本選び。これが今となっては、本を自分なりに見分けられるようになったから(あくまでも自分なりにですので)、その点はある意味プラスだね!それに、一応、下地ができたのもこれらの本によるところもあったわけだし(今は、B・Oとかに並んでいるか、誰かが買ったかといったところです。たぶん。便利だなあ。本を売るならB・O。)。 また、横光「項羽と劉邦」、「史記」なんかが始まって、「三国志」以外の中国史にも興味を持った時期だね。たぶん、「三国志」だけだったら飽きてたかも・・・。 この頃に話した相手は、「正史」の話をしても「曹操は悪人だ!」(これは仕方ないかな)とか、「魏延が、孔明の祈りを邪魔しなければ(寿命が延びて、孔明の活躍で)魏は滅んでいた」(妄想癖・・・。本気で言っているの?現実に寿命が延びたりするなら、医者いらないじゃん!)とか、「横光「三国志」最後の統一まで行かないけれど、結局、蜀が勝って統一するのかと思っていた。」(おいおい!最後に、蜀の降伏で終わるじゃん!)って連中がいて困った。「演義」が好きなのも、「蜀」が好きなのもいいけどさあって感じでした。 |
大学の部 |
| 大学は、史学ではなく、文学科になってしまったので、ちょっと大変だった。思想・文学はそんなに詳しくなかったから。でも、たまたま、史学の先生がいて、時代も「古代」だったのでよかった(その先生がいなかったらどういう方向に進んでいたのかなあ)。 その先生のおかげで、史学科ではないけどそれなりに中国古代史を学ぶことができたと思う(よかった)。 ちなみに、今持っている本のほとんど(ホームページに載っているの)が、この頃に買った本です。 |
・・・で現在は・・・ |
| 結局、今に到るまで中国古代史にはまりつづける毎日。そして買う本の大半が・・・。と、言う感じで今に到る次第です。 でも、本を読むペースがもともと遅いので、買ったはいいけど読んでない本が多い(たまにその他の本も読むし)。読んでもすぐ忘れるしね。だから、このホームページを作るのです。 |