想い〜過去


降りしきる雨、街の雑踏、一人少女が歩く。年齢はどう見ても小学生しか見えない。 買い物の帰りか、右手に傘、左手には紙製の袋をぶら下げている。季節はちょうど 雨季に入ったばかり。これから約1ヶ月は雨が止むことはない。夏突入前の少しの間は。

我慢しなくちゃいけない。この時期の降水量で今年の運命が決まるといっていい。ここ は、気候に恵まれておらず雨季しか雨が殆ど降らない。そのため、作物の育ち具合に影 響を及ぼしてしまう。

少女は立ち止まると空を見る。雲がどんよりと広がっている。数秒見つめた後,また 歩き出した。表情は明るいとはいえない。
「おや、買い物ですか、珍しい。君が街まで下りてくるなんて。」

後ろから声をかけられた。振り向くと少女よりかなり背の高い男が話しかけてきた。
「今の内に必要なものを買っておかないと。」
少し恥かしそうに下を向いて話す。

「そうか・・・。君の家はあそこだったね、すると、学校はどうするの。休学になるの かな。」
男が話しかける。
「うん、そうなると思う。街のどこかに親戚でもいれば別なんだけど。」

少女は言いたくなさそうにいう。
「親戚ね、ねえ、こんな案はどうかな。」
男は少女の眼の高さまで腰を落とす。

「僕の家に泊まるっていうのはどうかな。」
男の意外すぎる案に少女が男を見る。
「え、でも迷惑になるよ。どれくらいになるかわかんないだよ。それに許可なんか絶 対におりないよ。」

少女は無理と判断した。学校側がそんな特例を許すはずがない。
「君の意見が聞きたいな、アリス。」
アリスと呼ばれた少女は返事に困った。

「私は親に無理いってここに入学したんだよ。出来るんなら通いたいよそれは。」
これが本音。いつ回復するかわからない天気に左右されずに好きなことがしたかった。 昔からそう、この時期は毎度毎度、家に缶詰状態にされてしまう。ずっとずっと嫌だっ た。

「行きたいんなら行くべきだよ。両親に話してみれば、学校のほうには僕から話してみ るからさ。あっ長話させちゃったかな、」 男は手を振って別れを告げると雑踏の中に消えていく。

アリスは後ろ姿を見つめながら佇んでいた。頭の中ではこれからのことでいっぱい。 両親に言ったらどんな答えが帰ってくるか不安でしょうがない。 雨脚が強まってきた。まだ買い物の途中なのを思い出し、足早に歩き出すことにした。

サリエルは家に着くなり学校に電話を入れる。 「はい、こちら高等学校でございます。」
電話ごしにでたのは普段連絡窓口の仕事をしている知り合いだった。

「あのー、1年のサリエルですが、担任の先生いらっしゃいますか?」
「サリエル君?」
「はい。いつもありがとうございます。」

「担任の先生?ええっと確か、ジョイス先生だったわよね。」
「はい。本日は学校の方にきてますか?」
待ってというと出勤表を確認している。
「ジョイス先生はきていますよ。呼びますか?」

いるなら早めに越したことはない。
「これからの雨季の件でお話したいことがあるのですが。」
雨季という言葉で思いついたのであろう。

「雨季?っていうと例のあの子かしら。先生中の間ではこの話で持ちきりよ。」
それはそうだろう。開校以来あの森出身の者はいなく、アリスが初めての生徒だった。
「はい。その子についての話です。僕は同じクラスなんですよ、それで気にはしていた んですけど、妙案が浮かんで相談しようと思った次第です。」

「サリエル君同じクラスなんだ、優しいね。わかったわ、今呼び出してみるからちょっ と待ってね。」
というと彼女はいったん受話器から離れると先生専用の無線で連絡をしているようだ。

しばらくすると先生がつかまったようだ。返答があった。
「ジョウス先生は今体育館にいるみたいよ、言ったら後で自宅でかけ直すって言ってた わ。今日中には絶対かけるそうよ、時間はわからないけどいいかしら?そしたら先生に 伝えておくけど。」

「はい、わかりました。お時間のほうは構いませんからお願いします。」
「じゃあ、先生に伝えておくからね。」
「失礼します。」

街からだいぶ離れたところに周囲に何もない、単に広大な森が広がっているだけ。人の 視線からみれば森があるだけなのだが、真上から見ることがあるならよくわかる。
森には違いないだろうが庭師によって綺麗に刈られていて明らかに人の手が加えられて いる。

「迷わずの森」と呼ばれているこの森はある一族が暮らしている。俗世間から隔離した 生活を目標とした変わった者たち。
真相のほどは定かではないが、昔、とある事件が起こった。

ある日奇妙な集団が街を訪れ、いつのまにか外れに勝手にテントを張って暮らし始めた 。人々は不信がりテントをたずねると、そこには極普通の人たちがいた。理由を訊くと 遠くにある街で暮らしていたが訳あって移動してきたらしい。本来なら挨拶に行くべき ところと言ってを謝罪された。

街の外れということもあって街の人たちは住むことを許すことにした。そのお礼といっ て集団のひとりが特技を披露してくれた。吉凶を当てるという、今でいう占い。方法は 簡単。人と簡単なやり取りをした後に持っていた道具を使うことで少し先の未来がわか るという。

最初は不安がっていた街人もいうことを聞いたおかげで災難から助かったという噂がひ ろがり、次第に占いをしてもらう人が増え交流が深まっていった。それから何年かが経 った頃。

街の一人が亡くなった。集団の占いを頻繁にやっていた人物であった。原因は不明で、 人々は不安がり集団に話を持ち込んだ。
集団の人々は吉凶はわかるが、未然に防ぐかどうかはその本人次第なので私たちはどう こうできないというものだった。

それはそういうものだろう。いかに少し未来がわかったとしても所詮はわかるだけ。ど こうできるのは本人次第というわけだ。そんな説明で納得できるほど、人は柔軟ではな い。
一人だけなら未だしも変死が続くとなると疑いも生じてくる。

原因は変種の伝染病。ある特定の人にしか発症しないものでこの当時は原因がわからず 大勢がこの世を去った。街では対策らしい対策はなされず神頼みが関の山で、石像を造 って祈るのみであった。
街外れにいるへんてこな集団の吉凶占いが原因であろうという輩が現れ、追い出す動き が活発になっていく。

集団の人々は追い出されるのを恐れてさらに森の中へと住まいを街から遠ざけてい った。それから幾年の月日が流れた。そして現在。

「迷わずの森」と呼ばれている森が集団の末裔の家というわけである。街と隔離し た生活を人知れず送り続けてこれたのは不思議といえば不思議な話だが、まあ、どうに かなるものだ。

その末裔がアリス。彼女は大の寂しがりや。今までずっと森の中で暮らしていたために、 世間というものをまるっきり知らないで育ってきた。街へ出て学校へ行きたいと言った 時、両親は驚きを隠せなかった。

「ただいま。」
誰の返事もない。当然といえば当然であった。森の中にある家は貴族が建てる宮殿を思 わせる立派なもので中央にある人間台の扉を開けると広々とした吹き抜けのエントラン スがある。

左右に階段があり、右側の階段を上ると通路、円を描くような構造になっている。アリ スの部屋は数えて3番目、最初の部屋は両親の寝室、次は物置として使われていて主に 親の物が置かれている。

誰に会うことなく部屋に入る。女の子の部屋にしてはさっぱりとしていて、あるのはベ ットが隅にあり反対に小さな箪笥と化粧台が置いてある。後は窓にカーテンがかかって るのみ、他には何もなく彼女にとっては少々大きすぎる部屋だった。

一人娘というわけではなく、兄と姉が一人ずつがいる。アリスとは年が離れていて、滅 多に会わない。家にいるにはいるが、食事するとき極稀に顔を出す程度で、後は自室に こもって何か研究してるか、気が向いたら誰かの手伝いをしているかである。

まずは、自分ために買ったものを化粧台のところに置いた。小物が殆どでたいしたもの は買ってない。後は自給自足だけでは手に入らないものばかり、香辛料といった特別な 製法がわからないもの。それに高価なものが多い。 

これらのものは地下にある倉庫に保管してあるので部屋を出るとその足で地下に向かう。 行くには家の裏側に扉があり、そこからしか行くことができない。仕方なく、玄関まで 降りると半周して反対に周る。 

扉にはダイヤル式の錠で9桁の数字が横一列に並んでいて、暗証番号を入れると開く仕 掛けになっている。暗記してあるので迷うことなく数を合わせる。「カチャ」と鈍い音 が鳴ると錠が外れた。

少し力を入れながらゆっくりと押す。年代ものため金具が錆びている。交換したほうが よさそうなものだが、誰もそのことに触れる者は誰もいない。

中は下に続く階段があり、薄暗く灯りがないと、馴れてない者は躓いてしまうだろう。 アリスは暗がりの中なんなく進む。たまに変なものが落ちていることもあるが気にしない。 階段は螺旋状で深くまである。

中間まで行くと扉がひとつ備え付けてある。地下倉庫が 建てれてた時に一緒に付けれたものらしいのだが、アリスが知る限りその扉が開けられた ことはない。



まえ