風景




 
傾きかけた日を背にし、カウンターに置かれている椅子へと移ると秋也のカマロよりも低音のディーゼル車の音が響いた。やれやれ。そうジェスチャーすると、思いきりよく叫ぶ。
―――おはよう御座います。いらっしゃいませ―――
 ビリーが手際良くタンクを開け、その間に俺が丁寧に窓を拭く。フロント。サイド。ミラー。と拭いている頃にはもう給油は終わり、シャックが丁寧な対応で会計する。時間にして、ものの数分。我ながらかなり手際が良いと思う。
―――有難う御座いました。またお越しください―――
 深深と礼をすると、仕事は終わりだ。簡単な仕事、馬鹿でも出来る。ほんの数台を相手する毎日。一日に4人も来れば上等だ。
 そんな傾きかけの店なのだが潰れる事は無かった。それどころか給料は毎月1200$も貰えるし、その給料が上がることはあっても下がる事は無かったのだから…。いやはや、世の中って奴は解らないものだ。
 そうして、3人目の客を向かい入れた時にはもう完全に日は落ち、今日も一杯行くかい?なんて会話が町に溢れる時間に為っていた。つまり俺は半日以上も仕事を辞める事を告げられずに居た。
 今日最後の客を相手に、最後の有難う御座いました。と叫ぶと同時にビリーが駆け寄ってくる。
「シュウヤ。今日も一杯やりながらいつもの話を聞かせてくれよ」
いつもの話…多分、きっと。大東亜の話だと思う。ビリーが言ういつもの話とは。クラスメイトの話。あの国の異常な政治。勿論プログラムの話もした。それは多少、マイルドにだが…。
 時間は無かった。けれど、ここで何も言わずに立ち去る事も出来ない。もう二度と、ビリーに会う事は出来ないかもしれないのだから。それに、退社の事も言ってはいないのだから。
「オーケイ。ならシャックも誘おう。久々に三人で行くのも良いんじゃないか?」
ビリーはすっと右手をかざすとピンと親指を突き出した。
「よし。決まりだな。シャックは酒さえあれば何処にでも…」
 ゴツンと鈍い音が聞こえたと思うと、シャックのガハハと言う笑い声が響いた。
今にも掴みかかりそうな勢いでシャックを睨み付けると、鈴虫の鳴き声のように甲高い声でビリーが叫んだ。
「畜生、汚いぞシャック!」  
まぁまぁ。と俺が言うと。ちぇと舌打ちが聞こえる。シャックの拳骨で始まり、シャックの拳骨で終わる。オーケイ。今日も仕上がりは上々だ。
 後片付けもそこそこに、俺達は店を後にした。シボレーカマロ Z28はその場において行き(当然だろう?酒を飲むんだから)店の明かりを消すと、天使の小便を後にする。
「ところで、何処で飲むんだ?」ビリーが言った。
 「いつものところでいいだろう。」シャックが当たり前の様に言う。
いつもの店。天使の小便の斜め向かいにぽつんと佇む、うちの店と張り合えるぐらいボロボロな外見…。いや、勿論内装もぼろぼろなのだが。
 「オーケイ。其処で良いだろう」と俺が言うと、一瞬ビリーの顔が曇ったように見えた。それは本当に一瞬だったし、直ぐにいつもの顔に戻ってしまっていたから、特に気にはせずに、徒歩5分の距離を急いだ。これがこの国で最後の晩餐に為るかもしれないし、彼らと酒を交わすのも最後かもしれないのだから。それは勿論、多少気は重かったが…。



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