もう一つのゲーム




 
秋也の働いているガススタンドが電気を落すと、もう辺りに大きな店も街頭も無く、世界は完全な闇に支配されていた。日も落ち、都会の人間臭さも無く、有るのは長距離を走るディーぜル車の排気臭ぐらいなのだからこれはもう田舎も田舎だろう。まぁそのおかげで煌煌と光り輝く薄汚いネオンが俺達を導く様に一つの線になり、迷うこともないのだが。
 およそ五分かかるか、かからないかの距離を終え、木造のドアを開けた。名前すらも気にした事の無い店だったが、既に看板すら掛かっておらず、名前は店主も忘れたという。
 ぎーっと音を立ててドアが開かれると、案外客が多いことに気づいた。いつもよりも。(とは言っても半年ぶりぐらいだろうか、俺が来るのは)
普通なら、いらっしゃいだの挨拶が聞こえても良いのだがおよそ、店とは言えないほどのボロだ、中身ももう店員とはいえないほど衰退しているのだろう。けれどもこれが、米国と言う奴だろうと思う。いや、思った。
 「バドを三つだ。理解したか?クソ店主」
店に流れるよく解らない音楽をかき消す様にシャックがカウンターで叫んだ。  すっと蓋の開いたバドワイザーが三つ手渡され、シャックが受け取った瞬間に店主が叫んだ。
「ほらよ。ファッキン・スタンド店主」
そう言うと二人はニヤリと笑い、店主はカウンター奥に消えた。
 ビール瓶三つを持っても、まだ余りあると言うでかい手を揺らし、シャックが戻ると、その一つを受け取り、口元に寄せると一気に口に流し込んだ。程よいアルコールが舌を刺激し、少し強めの炭酸が激しく喉を叩く。そのまま半分近くまで飲み込むと、少し気分が良くなった。この調子なら…あるいは、案外簡単に喋れてしまうかも知れない。退職の事など。
 「おい、坊や。玉でも突かないか?」
シャックがビリヤードのキューを指先で滑らせ言った。
「オーケイ。良いだろう」
と言うと、シャックがキューを投げ渡してきた。ビールを持った手でソレを器用に受け取ると、もう一度ビールを口元に運び、今度口から離れた時には瓶はカラに為った。
「悪いけれど、ビリー…」
そう言って手元の瓶を肩口まで上げてゆらゆらと揺らすと、オーケイと言い。カウンターに向かって行った。
 「9ボールでいいよな?シャック」
シャックがオーケイと言う。
 手早くバンキングの準備をすると、キューを構え丁寧に目測し、同時に打った。コツっという控えめな音が重なり合う様に鳴ると、ゆっくりと手玉が打ち出される。
ほぼ同時にクッションに当たるとゆったりとした動きで手玉が戻ってくる…。  秋也の手玉はセンタースポット近くで止まり(今日は日が悪い、何しろ酒を飲んでいるしな)シャックの手玉は再びコーナークッションに当たり、数センチ跳ね返ると動きは止まった。
「悪いな坊や。俺からだ」
ガハハと大笑いすると、手元に残ったビールを飲み干し、ラックを手に取った。
 ガチャガチャと乱暴にセッティングをしながらシャックが言う。
「坊や、何か賭けるか?」
ニヤリと勝ち誇った顔でこちらを見やると、ひし形に並んだボールからラックを外した。
 何か賭けるか? だと? オーケイ。賭けてやろう。
「給料全額だ。シャックが負けたら給料二倍くれよ」
きょとんとした顔で暫く此方を見ると、またガハハと笑い飛ばしオーケイと言うと、ゲームは始まった。
 勿論先行はシャックなので、ブレイクショットは彼が打つ。センタースポットに手玉を置くと、躊躇することなくひと突きで手玉を打ちぬいた。カコーンと小気味いい音が響くと、ソレは力強く弾け、ひし形のボール達が綺麗に散ると、ついでに7番と3番がサイドポケットに吸い込まれた。
 「悪いな小僧。このまま手番は渡らないかもしれん」
そう言うと、続けてセンタースポット近くに留まった手玉から、1番のボールがポケットに吸い込まれる。
「おいおい、このゲームは最後の一つをポケットした方が勝利するんだぜ」
 俺が言うとシャックは2番のボールに狙いを付けながら言う。
「汝、人へのいけにえは、砕かれた氷とウィスキーが望ましい」
 カツンと丁寧な音が為ると、2番ボールが弾かれコーナークッションで動きは止まった。
「砕かれた、悔いた氷。人よ。あんたは、そいつを我慢できるか?」
「どう言う意味だ?」
俺が聞くと、シャックはこう言った。
「素晴らしき誘惑の前では、どんな阿呆も心を奪われる。あいつみたいに」 すっと指差した方にビリーと知らない女が居た。なるほど、どうりで遅いと思ったら。
 「さぁ、お前の番だ小僧」
シャックが言った…オーケイ。勝負はここからだ。




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