くそったれの神様




 
 つい、数秒前までは瓶の割れる音や、怒号や罵声で耳鳴りがするほどに騒がしかった店内は、何処か優雅な場所へと突然変わった。そう、例えばフランス辺りで静かにカフェラテを飲んでいるかのように。何処かの大聖堂での祈りの一時のように。
 けれども、やはりこれは何処かプログラムの時と似ている物が有った。 気が付いたら、見知らぬ教室に寝ている自分。首輪。桃色のタグをつけた迷彩服の男達。上手く言えない不安からくる、ざわめき。そして、けたたましい銃声。
 嵐の前の静けさと言うのか。こう言う時は…………。
ふと、目の前の現実に戻り、立ち上がった何かを探した。丁度、自分の右側に見えた ″それ″は、もう立ち上がれない程に痛めつけられたモヒカンをじろりと睨み付けると、懐かしくも悲しい音と共にモヒカンを目掛け飛んで行き、勢いよく右目に身体をねじ込ませ、そのままぐるりと回転を続けながら脳みそを強引にシェイクさせるとモヒカンの後頭部から脳漿を引き連れて飛び出した。
 バーに居る人の半分はモヒカンへと目をやり、もう半分は″それ″の飛んできたほうへと目をやっている。
ゆっくりと、モヒカンのトマトのような遺体から目を離し、モヒカンの生命を絶った″それ″に目をやった……無骨な鉄の塊が綺麗なL字に曲げられた、手のひらサイズの殺人マシーン。トカレフTT33。
 まだ銃口からは微かに硝煙が立ち昇り、独特の匂いが鼻を突いたけれど、まさか銃弾を放ったのがビリーだったとは思いもしなかった。
 小刻みに震え、何処か中空を見据えるビリーから、強引にトカレフTT33を剥ぎ取ると、マガジンに残る銃弾を素早く抜き(勿論薬室からもだ)銃弾の全てをポケットに入れ、マガジンと本体をばらばらにして、その場に置いた。
 「何故撃った?其処までしなくとも……」
誰とも言わずに皆が、堰を切った様にビリーへと叫び始めた。人殺しとか警察を呼べとかそういった自分自身への保身から来る責任転化にも似た叫びが、ビリーへと投げかけられる。
そういった言葉を丁寧に聞き取って行くと、ぶっ殺す。ボスを呼べ。銃を持って来い。という明らかにモヒカンの仲間から発せられる言葉も有った。
 ふと、店内を見上げれば奴等の数は一人か二人足りない……そう感じた時には、ビリーの持っていたトカレフとは明らかに違う銃声が店内を鳴らし、先ほどの銃声で免疫がついた一般客は皆甲高い叫びを上げ、店内は一気に修羅場と化した。銃声が鳴るたびに何人かの身体に被弾し、目の前の烏合の集まりは、次第に左右へと開いて行き、オートマチック拳銃の上にカステラの箱を付けたような物を手に持つ男が見えた。その隣にもう一人、シリンダー式の何かの拳銃が見えたと思った時には、床に置いたトカレフTT33を片手で掬い上げる様に取り、もう一方の手でビリーのズボンのベルトを掴むと、くるりと反転しながらビリヤードのテーブルの裏へと隠れ、途端にイングラムだかウージーだかの銃声が数秒鳴り、目の前の壁に規則正しい丸い穴が付けられた。
 こんな事なら弾を込めたままにしておけば良かった。そう思いながらも手早くマガジンに銃弾を込めると、ホールドオープンしたトカレフTT33に乱暴に詰め込み、スライドを引いて、薬室に銃弾を込めると、テーブルの隅から少し顔を出し、向こう側を覗きこんだ。
 カウンターの向こうに裏口へのドアがあり、そのドアを遮るように一人、右手にリボルバーを手にしている。カウンターの外側にサブマシンガンを持った男が撃ち尽くしたと思われるマガジンを手にし、なにやら隣の男に叫んでいる。
 都合3人。さっきの女は居ないと思って良いだろう。残り9発の銃弾でサブマシンガンとシリンダー式のリボルバーが少なくとも2丁。果たして倒せるのだろうかと秋也は自分に聞いた。無理だろう、倒すのも逃げるのも。と自分が叫ぶ。
 くそったれ。と良い様の無い怒りを、もっとも陳腐な言葉で表わすと、シャックの存在を思い出した。ゆっくりとバー全体を見渡すと、カウンター左のジュークBOXの陰に潜む巨体がもたれ掛かるのが見える。何処からどう見てもシャックだ。オーケイ、シャックが生きてるならまだどうにか為るかも知れない。
 「ビリー。銃はこれだけか?」
秋也が聞くと、俯いたまま少し顎を落とした。
「なら、銃弾は? もう無いのか?」
また小さく頷き、今度はオイオイと泣きながらシュウヤゴメンと何度も呟き、倒れこんだ。
 ――オーケイ。少々難儀だがどうにか為るだろう――
もう一度、カウンターを覗きこむと、まだサブマシンガンの男はマガジンに弾すら詰め込んでいないのが見えた。それどころか、隣の男と口論にまで為っている。チャンスは今だ。そう思い、少しばかり迷ったが、秋也は右手に持ったトカレフTT33を肩口まで上げるとシャックに狙いを付け、躊躇無く撃った。
バンと火薬の爆発する音とともにトカレフTT33から放たれた銃弾はシャックの真上のジュークボックスを貫通し、飛びあがるほどに驚いているシャックが顔を出した。
 それと同時に、瓶を投げつけられたあの男と、サブマシンガンを手にした男がシャックの存在を確認した。奴等の意識は完全にシャックへと向いている。もう一度、サブマシンガンの男を見ると、やっとマガジンに弾を詰めている所だった。裏口の男もシャックに目を取られている。
オーケイ、一秒だ。一秒で全てが決まる。天才ショート、七原秋也の第二幕。天才ガンマン七原秋也の始まりだ。
 一度だけ深く呼吸をすると、座り込んだままの姿勢から回転し、転がったままの姿勢で裏口の男に3発放った。当たったかどうかは分からなかったが呻き声が聞こえた気がした。
もう半回転した時には、カウンター前に立っている男二人に向けて、残りの弾を全て放ち、確認しないまま壊れたテーブルの陰に滑りこむと、もはや、なんの役にもたたないホールドオープンしたトカレフTT33を放り投げ、祈った。
――大東亜のエセ神様でも、なんでも良い。とにかく、終わっていてくれ―― 



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